「騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編」村上春樹

 えーと、どこから書いたもんですかねえ。
 ざっくり、あらすじから?
 それとも、すっぱり感想から?
 うーん(ー_ー;)
 まあ、下巻はまだ読んでいないわけだし(読まない可能性おおいにあり)、まずはあらすじですかねえ。

 読む前に多くの方が気になるのはおそらく、「騎士団長殺し」というタイトルでしょうね。
 これ、絵の題名ですわ。
 もっと詳しく言うと、モーツァルトのオペラの中にあるシーン「騎士団長殺し」からタイトルをとった絵画です。
 つまり、オペラのほうはノンフィクションで、絵画のほうはこの小説のフィクションということです。
 で、この「騎士団長殺し」という絵を見つけたのが、本作の主人公で語り手である36歳の画家。
 彼は、肖像画を専門に描いています。肖像画は権力者に需要がありますし、彼はその方面では有名でした。
 彼は、6年間結婚生活を送っていた妻と離婚することになりました。
 彼は広尾のマンションを出て、美大の同級生である友人から、小田原郊外の山の上の一軒家を借りることになります。
 この山の一軒家、友人の父親が住んでいた家で、その父親は著名な日本画家でした。
 主人公の画家は、この家の屋根裏から、「騎士団長殺し」というタイトルがついた絵を発見します。
 この絵は、人目のつかない場所に隠されていたのですね。
 さらに謎があります。書いたのは友人の父親である有名な日本画家で、絵に描かれているのは飛鳥時代頃の人間が人を殺している場面なのですが、「騎士団長殺し」というタイトルは日本画にふさわしくありません。騎士団長というのは、明らかに西洋の役職ですからね。
 主人公が調べてみると、くだんの日本画家は、若い頃は洋画家であり、1936年から39年にかけてウィーンに留学していたことが明らかになりました。ところが、帰国するなり、突然彼は洋画から日本画に宗旨変えをしていたのです。
 戦後日本画家として成功した彼は、この絵を描き、発表することなく、屋根裏に隠していたのです。なぜ?
 彼が留学していた時期は、ナチスドイツがオーストリアを併合した時期に重なっています。
 主人公は、おそらく留学していたときに体験した事件を、日本画にすることによって暗喩としたのではないかと推測します。
 この絵の謎は、第2部に引き継がれますが、さらに物語を彩る謎があります。
 この山の上の家の谷間を挟んだ向かい側に、瀟洒な大邸宅があるのですが、そこに住んでいる免色渉なる謎の富豪と、主人公は肖像画の製作以来を契機として、関係を持つようになります。
 免色なる紳士はあらゆる面が謎であり、彼の邸宅にあるとされる“開かずの間”や、実の娘ではないかとされる少女との関係なども、第2部へと誘う動機になるかと思います。

 あえて、石の塚の下の鈴には触れないでおこう(笑)
 イデアというのは・・・西洋哲学の言葉のようですが、なんだろう。共通意識みたいなものでしょうか。
 それこそ即身成仏になったカラカラの肉体から抜け出した魂のような、目に見えない意識みたいなものでしょうか。
 ちょっと難しいね。イデアは騎士団長の姿で顕れますが、あれは仮の姿ですから。
 結局、冒頭で出てきた顔のない人物、それこそアフターダークを思い出させるような、あの絡みは肖像画家である主人公が人間の内面を露わにして描き出すことと、内面がまったくない空っぽのイデアとの対比になっているのではないでしょうかね。
 内面が空っぽならば描くことができないという。イコール顔、外見は仮の姿ということでしょうか?
 地上と地下にも通じます。「騎士団長殺し」の左下の謎の人物は地下から地上を覗いているのでしょう。
 まあ、第2部を読んでいないのでなんとも言えない。偉そうなことは言えない。
 でも、ひとつだけ勝手に予測するならば、免色が見ようとしているのは秋川まりえではなく、叔母さんのほうではないですかね? 彼女は何かある気がする。それだとちょっと気色悪くて、興味ひかれるけど、どうだろう。
 読むかなあ、どうしよ。
 はっきり言って、「海辺のカフカ」や「ハードボイルドワンダーランド」からしたら落ちますわ。
 「1Q84」と同等くらい? 「色彩のない多崎(だっけ)」よりは面白いと思います。
 なんか、昔のこの方の作品は、それこそ未知でありながら上質の音楽のように滑らかで刺激的でしたけども、今は妙にノイズが多いように思いますわ。読んでいてちょっと引っかかる部分があると言いますか。滑らかではありません。
 テーマは変わっていないと思うんですけどね、一連の流れの中の文章と文章のパッキンおよび潤滑油みたいなものが、少しずつ不協和音していると思います。
 まあ、私なんかが偉そうなこと言えないんですが。
 偉そうなこと言ったんだから、次も読まなきゃダメかな。


 
 
 
 
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「タダイマトビラ」村田沙耶香

 少し黒ずんだ、脂肪と筋肉で膨れた母のふくらはぎ。
 その先に、私が10年前にあけた肉のドアがある。
 この世には、狭い暗がりから世界に向けたドアが無数にあって、私はたまたま、母の足の間についているドアを開けただけだ。この世に出てくるために蹴破った、血と肉でできた扉。


 普通の母親としての感情が欠落した母。
 叱りもしない、誉めもしない。徹底した放任主義。
 子育ては仕事としか思っておらず、子供を虐待したい気持ちを抑えることに必死だったことも知った。
 家族の形が歪であることを幼い頃から感じていた恵奈は、ずっと家族欲に飢えていた。
 滅多に家に帰ってこない父、引きこもりの弟。彼らも含めて在原家のみんなは家族ではない、ルームメイトだ。
 早く大人になって、恋がしたい。結婚がしたい。この家を出て、自分の本当の家族を持ちたい。
 しかし、恋人さえ家族をつくるための部品とか思えぬ、彼女の信念の行き着いた先には・・・

 うーん、感想がわかれる小説ですねえ。
 こういうのあるんだよねえ、この作者。青春小説そのものでいくパターンと、文学性が混じって中間小説になるパターン。
 作者のインタビューを見ていると、書いた本人も思わぬ方向に行ってしまったそうですが、あまりにも急でしたなあ。
 正直言って、私は面白いとは思いません。
 家族というものを追求するテーマが深いですから考えさせられますし、「なるほど命は連鎖か」というような新しい感覚の発見もあるのですが、小説としては別に読みにくいし、楽しくはありません。
 私は「マウス」ですとか「しろいろの街の~」のほうが好きですわ。
 
 それでも、作者が何を追求しようとしていたのかはわかるような気がします。
 渚さんの飼っていた瓶の中のアリがヒントなのですが、結局、地球の歴史を見る限り我々は生命の連鎖の途上でしかないということが言いたかったのでしょうね。つまり、家族として血縁を持って生まれてきたとしても、それはこの世のシステム上のたまたまであって、大元はすべて生命はフラットであるということを提起したかったのだと思います。
 母の足の間から生まれてきた、だから家族になっている、でもそれはまやかしの世界なのかもしれない、と。
 この小説では、子供をまったく愛せない母親が出てくるのですが、彼女を精密に描くことによって、家族という形をボヤケさせることに成功しています、ノッケからね。
 で、このとき恵奈はまだ小4だから、次の章で中学生になって、この家族欲に飢えた子は、これからどうなるのだろうと思うわけですよ。十分、歪んでいる女の子ですからね。
 そしたら高校生になって、半同棲するような大学生の彼氏ができちゃった。
 彼女は、この彼氏と家族を築き上げていくことをうっとりと夢想するようになります。
 んで、おそらく恵奈がフラれる流れなんだろうなと思っていたのですが、なんと彼氏も恵奈という人間を愛しているわけではなく家族というシステムを作りたいと思っているだけだということに気づき、つまり恵奈と同じだったということですね、自分と同じカゾクヨナニーをしているのか自分を見たようで気持ち悪いとなって、ここからは物語がある意味昇華したままラストまで向かいます。
 ラストのあれはなんだということですが、そのままこの世に出る前、ホモ・サピエンスとして生を受ける前の世界ということではないでしょうか。母の「おかえり」はそのままの意味でしょう。タイトルはただいま扉なのですから。
 でも、SFだとは思いませんねえ。あれをSFといっては野暮でしょう。
 そういう終わり方をする物語だった、ということでそこに明確な答えは必要ないかと思います。創作落語みたいなものでね。
 まあ、こういうの読むと疲れる。


 
 
 

「赤へ」井上荒野

 第29回(2016年度)柴田錬三郎賞を受賞した短編集です。
 20~30ページほどの短編が十篇。
 私、はじめミステリー小説集かと思って読んでました。井上荒野なのに。
 あまりにも不穏な雰囲気があるのと、読後にザラッとした舌触りが残ったので。
 まあ、読み進めていけば少なくとも作者がミステリー小説を意図したわけではないことがわかるのですが。
 どうして不気味に感じたかというと、それぞれ掲載誌も書かれた年代も違うのに、十篇の物語には共通したテーマみたいなものがあって、そのテーマというのが『死』なんですね。
 それに気づいたとき、ああ、なるほどなあ、と。
 読む姿勢に一本筋が通ったというか、作品の捉え方が理解できました。
 ここに集められている小説たちの中心にあるのは“死”であり、それによって翻弄されたり影響されたりする残された人間の心の動き方を表現した物語なのです。
 相変わらず、運筆がすごいというか小説が巧い。
 プロの作家であることを認識させてくれる、数少ない方のうちのひとりです。
 何が巧いって、余白がいいわ、井上荒野は。
 すべて書いていくのではなくて、すぽんと説明すべきところを抜かしているのですが、その部分を読者は自分で埋めなければなりません。その作業が読み手にとっては醍醐味といいますかね、まあ、面白いわけでして。
 やはり、井上荒野は他とは違うと改めて思いましたねえ。
 実力者です。

「虫の息」
 市立体育館のプールにやってきた、ふたりの老婆。81歳と82歳、太った方はイクちゃんといい、痩せたほうは虫の息と呼ばれていた。若い頃、ふたりはサヨクケイの劇団員だったらしい。やがて騒動を引き起こす彼女たちを、受付でバイトしている大学生の女の子と、彼女に憧れてプール監視員をしている同じ大学の男子の視点から捉える。
「時計」
 19年間秘密にされてきた別荘の秘密。19年前に病気で死んだ双子の妹の死の真相。
 どこが怖いって、十数分間くるっていたという振り子時計の、十数分間のくるいにラストで気づいたのが凄いわ。
 管理していた鈴子はわざと放っていたのではなくて、あまりそこに行きたくなかったのではないですか?

「逃げる」
 赤坂のレストランでウェイターと客という関係で知り合った咲子と広一郎。それ以来2年間不倫関係を続けてきたが、一月前に通り魔事件があって、広一郎の妻が刺殺された。一ヶ月後、連絡をくれた広一郎は・・・
 不倫というのは不倫だから燃えるのです。不倫でなくなれば燃料はありません。しかもこのようなオチでは、ねえ。
「ドア」
 主人公はバーで働いている52歳のゲイ、香津実。元々はひとりで飲みにきていた者たちが、たまたま隣り合ったことで仲良くなってグループとして組成され、カウンターで和やかにやってるようなバー。あるとき、そのグループの一員だった45歳の税理士の音沙汰がふっと消えてしまった。香津実は偶然拾ったハガキを手がかりに、彼の行方を追うが・・・
 おそらく仕事には就いていなかったと思うんですね。
「ボトルシップ」
 小説家の植村さゆりは、いきなり薔薇の花束を持ってきた男性にひるむ。男は衣田といい、さゆりと知り合いだったHの遺言で花束を持ってきたという。さゆりは15年前に癌を克服した。入院していてHに知り合ったという衣田も癌手術を終えたばかりだった。2週間後、衣田はさゆりに再び会いに来る。
 Hからの電話、あれは衣田ですね。
「赤へ」
 42年間暮らした一軒家を売り払い、ミチは高齢者向け介護付きマンションへ引っ越すことになった。娘婿だった庸一郎に車で送ってもらう。娘の深雪が死んで1年。深雪は庸一郎と35歳で結婚し、ミチと同居3年目で自殺した。
 互いを疎ましく思いながらも、死の責を分かち合うふたりだったが・・・
 表題作の出来はすこぶるよし。味わい深い逸品です。
「どこかの庭で」
 引っ越してきたばかりの新築の一軒家には庭があり、織絵はガーデニングに精を出す。庭造りの教科書役は、素人の主婦がやっている庭ブログ。しかし、ブログ主は病に冒され、しだいに更新されなくなってゆく。
 どこかの庭でというタイトル、夫と知らない女性が独立起業しようとしている内容など、すべてが調和した秀逸な作品。
「十三人目の行方不明者」
 6年前に洪水で行方不明になったと思われていた勇介が突如、還ってきた。護は、勇介の妻だったあゆみとすでに付き合っていた。失踪して7年経てば離婚ができる。あと1年というところで・・・なぜ、あいつは還ってきたのか?
「母のこと」
 膵臓がんが見つかった83歳の母。死にたくなくてあらゆる手をつくして闘病した父とは違い、まるで死に寄り添うように、無抵抗で優しく死んでいった母への想い。
 これはこれまでの物語と種類がまったく違うといいますか、作者の随筆でしょうか。
「雨」
 志帆子の中学2年生になる娘の友達が死んだ。噂によれば、イジメを苦に飛び降り自殺したらしい。
 志帆子は偶然、娘のLINEの履歴を見てしまう。そこには、自殺した子を蔑み、けなす言葉が書き連ねられていた。
 ありがちな話をいかにもプロらしい手際でまとめたこの作品が一番好きかもしれません。
 

 
 

「光炎の人」木内昇

 日本で電線がはじめて引かれた当初、人々は電線を遠隔地に荷物を送る装置と思い込み、手紙や小包を括り付ける者が絶えなかったそうです。
 電気のおかげで、人間の暮らしは一気に変わりました。
 辛い仕事も機械が肩代わりしてくれるようになりました。
 しかし、便利さと引き換えに、人間は何かを失ったことも事実なのです。
 技術は常に功と罪を背負います。
 便利な暮らしのためにと開発された技術も、使い方によっては悲惨な結果をもたらすのです。
 たとえば・・・いわずもがなですな。
 本書で作者の言いたかったことの要点は、そこだと思います。
 
 わずか10ページ読んだだけで、すっと物語に引き込まれる。
 地味ながら、おそらく現在日本一の筆力を持つ、本当のプロ作家・木内昇の大作。
 上下巻およそ800ページ。
 明治時代、徳島の山奥に生まれ育ち、ろくに小学校も出ていない無学ながら、電気に関する技術を独学で勉強して第一線の無線技師になったひとりの男の物語。
 伝記ではなくフィクションなわけですが、日露戦争をはさんだ巷の景気動向、軍部が台頭する不穏な日本の社会情勢など背景が非常にリアルなので、思わず本当にあった出来事のように感じながら読んでしまいます。
 そしてなんといっても凄いのが、無戦、電気技術の詳細な技術や構造描写の数々。めっちゃ理系。
 どうしてこんなことまで調べて書いてるのといいますか、ただたんに調べたら書けるものではありません。
 これが、この方の実力でしょうねえ。
 リアルな電気技術者でもここまで知らないんじゃないでしょうか。ほんとうに、驚きました。脱帽です。
 
 さて、内容はというと、主人公は郷司音三郎、明治25年生まれ。登場時点で12歳。
 野球の池田高校で有名な徳島県池田町(このときは村か?)の山奥で生まれた彼、家はタバコ農家。
 小学校を辞め、12歳まで父とふたりの兄と共に、山で葉たばこの栽培を手伝っていた音三郎でしたが、友達の大山利平に誘われる形で、池田のたばこ工場に住み込みで働くことになります。
 ここで、音三郎は衝撃的な出会いをします。人ではありません、タバコを刻む機械です。
 それ以来、音三郎は、文明の利器である機械やその動力である電気にのめり込んでいくのです。
 まあ、どういったらいいの、今で言う機械オタクですかね。
 初めて見る機械の、仕組みや正体を解明したくてたまらなくなります。
 そのまま工場の機械の整備を任されることになった彼は、タバコの仲買人である業者に目をつけられ、大阪の中規模工場で職工として働くことになりました。
 以来、無器用ながらも頭角を現して、大阪工業界のフィクサーである弓濱の知遇を得、最新式の機械が揃った伸銅工場、そしてついに東京の官営軍需工場の無線技師として招聘されるに至るのです。
 しかし、無学ながら順風満帆の人生のようですが、音三郎自身は影をぬって生きてきました。
 技術者としての成功と引き換えに、何かを失くしながら生きてきたのです。
 毎日機械に触れて誰も作ったことのない製品を手がけられれば十分と思っていた当初の初々しい技術者の心境はいつのまにか消え失せ、田舎で畑を耕して暮らすのは人生を棒に振るにひとしいとかつての自分を否定するような考えをするようになり、やがて軍部が力をもって戦争になれば、自分の作った製品は日の目を見る機会が増えるから戦争してほしいとまで思うようになります。
 周りのことがまったく見えていない、考えていないのですね。
 彼が見ているのは、自分の製品だけです。そして、衝撃の結末が音三郎を待ち受けることになります。
 
 科学技術を制御する心がなければ、行き着くところまでいって結局、人間は破滅するということですね。
 特に日本人は、宗教的観念が薄いため、この傾向が強いと言われています。
 何が正義か、なんのための技術なのかわからなくなるのです。本来、技術は人間社会あってこそのものです。
 現代社会への警笛のようにも読めますね。
 謎もありました。
 なぜ楊は弓濱の名前を出して音三郎を引っ掛けたのかということです。
 弓濱はこの事件の黒幕ではありえません。島崎との関係もイマイチわからない。
 楊はなぜ音三郎の背後に弓濱がいることを知っていたのでしょうか。
 あるいは言っていた通り、弓濱は楊の正体を知らずに音三郎のことを伝えたのでしょうか。
 そこだけがどうも、しっくりこないんですよね。


 
 
 
 
 
 
 

「世界から猫が消えたなら」川村元気

 恋には必ず終わりが来る。
 必ず終わるものと分かっていて、それでも人は恋をする。
 それは生きることも同じなのかもしれない。
 必ず終わりが来る、そうとわかっていても人は生きる。
 恋がそうであるように、終わりがあるからこそ、生きることが輝いてみえるのだろう。


 手遅れの脳腫瘍で、余命は長くて半年、短くて1週間と医者に告げられた“僕”。
 職業は郵便配達員。30歳。愛猫と二人暮らし。
 意外にも落ち着いた心を保ったまま、いやどうしたらいいかわからないままアパートに帰ると、猫の“キャベツ”の他に、何かいた。いるはずのないものが。それは、僕とまったく一緒の顔かたちをして、なぜかアロハシャツを着た“悪魔”だった。
 悪魔は、「実は、君は明日死ぬ」と告げたあと、僕に取引を持ちかけてきた。
 ひとつだけ、寿命を延ばすことができる方法があるという。
 それは、この世界からひとつだけ何かを消す。その代わりに1日の命を延ばすことができるというのだ。
 30個で1ヶ月。365個で1年。いい提案に思えた。
 消すものの選択権は悪魔にあり、それを決定する権利は僕にあった。
 人間は何万年もかけて、無数のガラクタを作ってきた。
 人は水と食べ物と寝床があれば死にはしない。つまり、この世界にあるほとんどのものは、あってもなくてもいいものだ。
 悪魔の勧める通り、僕はあらゆるものを消すことに承諾していく。
 電話、映画、時計・・・
 しかし、やがて僕は、この世の中にむだなものなどないことに気づいていく。
 人である以上、誰もがやがて死ぬ。致死率は100%だ。そう考えると、死がイコール不幸だとは言えない。
 死が幸せか不幸かどうかは、どう生きたかに関係するのだ。ただ生きることには意味がない。どう生きるかに意味があるのである。そして自分がどう生きたかという軌跡は、この世界に残っているものが決めるのだ。
 次の悪魔の提案は“猫”だった。
 悪魔に細工されて言葉を喋れるようになったキャベツは、僕のためなら自分を消してくれていいと言った。
 しかし、この世界に無駄なものなど何一つない、すべてが僕を形作っているのだと理解できた僕は、自分が消えるほうを選ぶ。

 はい。
 映画になりましたね。ヒットしたかどうかは知りませんが、映画のほうが面白いんだろうなあ。
 作者は、映画プロデューサーで「君の名は。」が大ヒット中の川村元気氏。初の著作とのことです。
 まあ、小説家の書いた本ではないのは一目瞭然。
 それでも、読みやすくてグイグイ感情移入してしまうのは、「泣かせよう」としているからじゃないですか。
 泣かせよう、としている本は私は苦手です。あざとく感じますからね。
 それでもウルウルきてしまったのは、私が猫好きであるからだろうと思います。
 
1471915906076_convert_20161006173034.jpg   
     


   

     玉(たま)   4歳♀

    好きなもの
     イケメンの獣医さん
     アメリカンショートヘアーのオス
     煮干し



 もちろん、映画人らしい良い面もたくさんあるのですがね。
 切り替えの早さですとか、展開のスピード(ツボを押さえて冗長なところがない)、そして決めゼリフ。
 キャラクターに固有名詞がないところもいい。
 猫のキャベツだけかな? ツタヤは渾名みたいなものだから違うよね。
 僕は、僕。彼女は彼女。母、父、アロハ。これだけで事足りる。
 無駄なものが一切ないのですね。
 この悪魔の格好はどうだろうと思ったアロハまで、最後では意味があることがわかります。
 唯一なんでだと思ったのは、キャベツがお母さんのことを忘れてたじゃないですか。
 あれ、なんでだろうね。考えたんですが、今でもわかりません。
 すなわち僕が死んだら僕のことも忘れるんだ、という伏線なのかな。最初は寂しいけど、キャベツは大丈夫だよ、という。
 ま、映画観たらわかりますかね。
 お母さんがレタスの後にキャベツを飼ったのは、僕と父の間を考えてのことだと思います。
 結果的に、猫を消さないということは、母の気持ちが生きたということになるでしょう。
 そして僕の死後、お父さんにとっては辛い現実ですが、母と息子の思いが託されたキャベツがいることによって、せめてもの救いになるのではないでしょうか。
 

 

 

 
 
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