「赤へ」井上荒野

 第29回(2016年度)柴田錬三郎賞を受賞した短編集です。
 20~30ページほどの短編が十篇。
 私、はじめミステリー小説集かと思って読んでました。井上荒野なのに。
 あまりにも不穏な雰囲気があるのと、読後にザラッとした舌触りが残ったので。
 まあ、読み進めていけば少なくとも作者がミステリー小説を意図したわけではないことがわかるのですが。
 どうして不気味に感じたかというと、それぞれ掲載誌も書かれた年代も違うのに、十篇の物語には共通したテーマみたいなものがあって、そのテーマというのが『死』なんですね。
 それに気づいたとき、ああ、なるほどなあ、と。
 読む姿勢に一本筋が通ったというか、作品の捉え方が理解できました。
 ここに集められている小説たちの中心にあるのは“死”であり、それによって翻弄されたり影響されたりする残された人間の心の動き方を表現した物語なのです。
 相変わらず、運筆がすごいというか小説が巧い。
 プロの作家であることを認識させてくれる、数少ない方のうちのひとりです。
 何が巧いって、余白がいいわ、井上荒野は。
 すべて書いていくのではなくて、すぽんと説明すべきところを抜かしているのですが、その部分を読者は自分で埋めなければなりません。その作業が読み手にとっては醍醐味といいますかね、まあ、面白いわけでして。
 やはり、井上荒野は他とは違うと改めて思いましたねえ。
 実力者です。

「虫の息」
 市立体育館のプールにやってきた、ふたりの老婆。81歳と82歳、太った方はイクちゃんといい、痩せたほうは虫の息と呼ばれていた。若い頃、ふたりはサヨクケイの劇団員だったらしい。やがて騒動を引き起こす彼女たちを、受付でバイトしている大学生の女の子と、彼女に憧れてプール監視員をしている同じ大学の男子の視点から捉える。
「時計」
 19年間秘密にされてきた別荘の秘密。19年前に病気で死んだ双子の妹の死の真相。
 どこが怖いって、十数分間くるっていたという振り子時計の、十数分間のくるいにラストで気づいたのが凄いわ。
 管理していた鈴子はわざと放っていたのではなくて、あまりそこに行きたくなかったのではないですか?

「逃げる」
 赤坂のレストランでウェイターと客という関係で知り合った咲子と広一郎。それ以来2年間不倫関係を続けてきたが、一月前に通り魔事件があって、広一郎の妻が刺殺された。一ヶ月後、連絡をくれた広一郎は・・・
 不倫というのは不倫だから燃えるのです。不倫でなくなれば燃料はありません。しかもこのようなオチでは、ねえ。
「ドア」
 主人公はバーで働いている52歳のゲイ、香津実。元々はひとりで飲みにきていた者たちが、たまたま隣り合ったことで仲良くなってグループとして組成され、カウンターで和やかにやってるようなバー。あるとき、そのグループの一員だった45歳の税理士の音沙汰がふっと消えてしまった。香津実は偶然拾ったハガキを手がかりに、彼の行方を追うが・・・
 おそらく仕事には就いていなかったと思うんですね。
「ボトルシップ」
 小説家の植村さゆりは、いきなり薔薇の花束を持ってきた男性にひるむ。男は衣田といい、さゆりと知り合いだったHの遺言で花束を持ってきたという。さゆりは15年前に癌を克服した。入院していてHに知り合ったという衣田も癌手術を終えたばかりだった。2週間後、衣田はさゆりに再び会いに来る。
 Hからの電話、あれは衣田ですね。
「赤へ」
 42年間暮らした一軒家を売り払い、ミチは高齢者向け介護付きマンションへ引っ越すことになった。娘婿だった庸一郎に車で送ってもらう。娘の深雪が死んで1年。深雪は庸一郎と35歳で結婚し、ミチと同居3年目で自殺した。
 互いを疎ましく思いながらも、死の責を分かち合うふたりだったが・・・
 表題作の出来はすこぶるよし。味わい深い逸品です。
「どこかの庭で」
 引っ越してきたばかりの新築の一軒家には庭があり、織絵はガーデニングに精を出す。庭造りの教科書役は、素人の主婦がやっている庭ブログ。しかし、ブログ主は病に冒され、しだいに更新されなくなってゆく。
 どこかの庭でというタイトル、夫と知らない女性が独立起業しようとしている内容など、すべてが調和した秀逸な作品。
「十三人目の行方不明者」
 6年前に洪水で行方不明になったと思われていた勇介が突如、還ってきた。護は、勇介の妻だったあゆみとすでに付き合っていた。失踪して7年経てば離婚ができる。あと1年というところで・・・なぜ、あいつは還ってきたのか?
「母のこと」
 膵臓がんが見つかった83歳の母。死にたくなくてあらゆる手をつくして闘病した父とは違い、まるで死に寄り添うように、無抵抗で優しく死んでいった母への想い。
 これはこれまでの物語と種類がまったく違うといいますか、作者の随筆でしょうか。
「雨」
 志帆子の中学2年生になる娘の友達が死んだ。噂によれば、イジメを苦に飛び降り自殺したらしい。
 志帆子は偶然、娘のLINEの履歴を見てしまう。そこには、自殺した子を蔑み、けなす言葉が書き連ねられていた。
 ありがちな話をいかにもプロらしい手際でまとめたこの作品が一番好きかもしれません。
 

 
 
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「光炎の人」木内昇

 日本で電線がはじめて引かれた当初、人々は電線を遠隔地に荷物を送る装置と思い込み、手紙や小包を括り付ける者が絶えなかったそうです。
 電気のおかげで、人間の暮らしは一気に変わりました。
 辛い仕事も機械が肩代わりしてくれるようになりました。
 しかし、便利さと引き換えに、人間は何かを失ったことも事実なのです。
 技術は常に功と罪を背負います。
 便利な暮らしのためにと開発された技術も、使い方によっては悲惨な結果をもたらすのです。
 たとえば・・・いわずもがなですな。
 本書で作者の言いたかったことの要点は、そこだと思います。
 
 わずか10ページ読んだだけで、すっと物語に引き込まれる。
 地味ながら、おそらく現在日本一の筆力を持つ、本当のプロ作家・木内昇の大作。
 上下巻およそ800ページ。
 明治時代、徳島の山奥に生まれ育ち、ろくに小学校も出ていない無学ながら、電気に関する技術を独学で勉強して第一線の無線技師になったひとりの男の物語。
 伝記ではなくフィクションなわけですが、日露戦争をはさんだ巷の景気動向、軍部が台頭する不穏な日本の社会情勢など背景が非常にリアルなので、思わず本当にあった出来事のように感じながら読んでしまいます。
 そしてなんといっても凄いのが、無戦、電気技術の詳細な技術や構造描写の数々。めっちゃ理系。
 どうしてこんなことまで調べて書いてるのといいますか、ただたんに調べたら書けるものではありません。
 これが、この方の実力でしょうねえ。
 リアルな電気技術者でもここまで知らないんじゃないでしょうか。ほんとうに、驚きました。脱帽です。
 
 さて、内容はというと、主人公は郷司音三郎、明治25年生まれ。登場時点で12歳。
 野球の池田高校で有名な徳島県池田町(このときは村か?)の山奥で生まれた彼、家はタバコ農家。
 小学校を辞め、12歳まで父とふたりの兄と共に、山で葉たばこの栽培を手伝っていた音三郎でしたが、友達の大山利平に誘われる形で、池田のたばこ工場に住み込みで働くことになります。
 ここで、音三郎は衝撃的な出会いをします。人ではありません、タバコを刻む機械です。
 それ以来、音三郎は、文明の利器である機械やその動力である電気にのめり込んでいくのです。
 まあ、どういったらいいの、今で言う機械オタクですかね。
 初めて見る機械の、仕組みや正体を解明したくてたまらなくなります。
 そのまま工場の機械の整備を任されることになった彼は、タバコの仲買人である業者に目をつけられ、大阪の中規模工場で職工として働くことになりました。
 以来、無器用ながらも頭角を現して、大阪工業界のフィクサーである弓濱の知遇を得、最新式の機械が揃った伸銅工場、そしてついに東京の官営軍需工場の無線技師として招聘されるに至るのです。
 しかし、無学ながら順風満帆の人生のようですが、音三郎自身は影をぬって生きてきました。
 技術者としての成功と引き換えに、何かを失くしながら生きてきたのです。
 毎日機械に触れて誰も作ったことのない製品を手がけられれば十分と思っていた当初の初々しい技術者の心境はいつのまにか消え失せ、田舎で畑を耕して暮らすのは人生を棒に振るにひとしいとかつての自分を否定するような考えをするようになり、やがて軍部が力をもって戦争になれば、自分の作った製品は日の目を見る機会が増えるから戦争してほしいとまで思うようになります。
 周りのことがまったく見えていない、考えていないのですね。
 彼が見ているのは、自分の製品だけです。そして、衝撃の結末が音三郎を待ち受けることになります。
 
 科学技術を制御する心がなければ、行き着くところまでいって結局、人間は破滅するということですね。
 特に日本人は、宗教的観念が薄いため、この傾向が強いと言われています。
 何が正義か、なんのための技術なのかわからなくなるのです。本来、技術は人間社会あってこそのものです。
 現代社会への警笛のようにも読めますね。
 謎もありました。
 なぜ楊は弓濱の名前を出して音三郎を引っ掛けたのかということです。
 弓濱はこの事件の黒幕ではありえません。島崎との関係もイマイチわからない。
 楊はなぜ音三郎の背後に弓濱がいることを知っていたのでしょうか。
 あるいは言っていた通り、弓濱は楊の正体を知らずに音三郎のことを伝えたのでしょうか。
 そこだけがどうも、しっくりこないんですよね。


 
 
 
 
 
 
 

「世界から猫が消えたなら」川村元気

 恋には必ず終わりが来る。
 必ず終わるものと分かっていて、それでも人は恋をする。
 それは生きることも同じなのかもしれない。
 必ず終わりが来る、そうとわかっていても人は生きる。
 恋がそうであるように、終わりがあるからこそ、生きることが輝いてみえるのだろう。


 手遅れの脳腫瘍で、余命は長くて半年、短くて1週間と医者に告げられた“僕”。
 職業は郵便配達員。30歳。愛猫と二人暮らし。
 意外にも落ち着いた心を保ったまま、いやどうしたらいいかわからないままアパートに帰ると、猫の“キャベツ”の他に、何かいた。いるはずのないものが。それは、僕とまったく一緒の顔かたちをして、なぜかアロハシャツを着た“悪魔”だった。
 悪魔は、「実は、君は明日死ぬ」と告げたあと、僕に取引を持ちかけてきた。
 ひとつだけ、寿命を延ばすことができる方法があるという。
 それは、この世界からひとつだけ何かを消す。その代わりに1日の命を延ばすことができるというのだ。
 30個で1ヶ月。365個で1年。いい提案に思えた。
 消すものの選択権は悪魔にあり、それを決定する権利は僕にあった。
 人間は何万年もかけて、無数のガラクタを作ってきた。
 人は水と食べ物と寝床があれば死にはしない。つまり、この世界にあるほとんどのものは、あってもなくてもいいものだ。
 悪魔の勧める通り、僕はあらゆるものを消すことに承諾していく。
 電話、映画、時計・・・
 しかし、やがて僕は、この世の中にむだなものなどないことに気づいていく。
 人である以上、誰もがやがて死ぬ。致死率は100%だ。そう考えると、死がイコール不幸だとは言えない。
 死が幸せか不幸かどうかは、どう生きたかに関係するのだ。ただ生きることには意味がない。どう生きるかに意味があるのである。そして自分がどう生きたかという軌跡は、この世界に残っているものが決めるのだ。
 次の悪魔の提案は“猫”だった。
 悪魔に細工されて言葉を喋れるようになったキャベツは、僕のためなら自分を消してくれていいと言った。
 しかし、この世界に無駄なものなど何一つない、すべてが僕を形作っているのだと理解できた僕は、自分が消えるほうを選ぶ。

 はい。
 映画になりましたね。ヒットしたかどうかは知りませんが、映画のほうが面白いんだろうなあ。
 作者は、映画プロデューサーで「君の名は。」が大ヒット中の川村元気氏。初の著作とのことです。
 まあ、小説家の書いた本ではないのは一目瞭然。
 それでも、読みやすくてグイグイ感情移入してしまうのは、「泣かせよう」としているからじゃないですか。
 泣かせよう、としている本は私は苦手です。あざとく感じますからね。
 それでもウルウルきてしまったのは、私が猫好きであるからだろうと思います。
 
1471915906076_convert_20161006173034.jpg   
     


   

     玉(たま)   4歳♀

    好きなもの
     イケメンの獣医さん
     アメリカンショートヘアーのオス
     煮干し



 もちろん、映画人らしい良い面もたくさんあるのですがね。
 切り替えの早さですとか、展開のスピード(ツボを押さえて冗長なところがない)、そして決めゼリフ。
 キャラクターに固有名詞がないところもいい。
 猫のキャベツだけかな? ツタヤは渾名みたいなものだから違うよね。
 僕は、僕。彼女は彼女。母、父、アロハ。これだけで事足りる。
 無駄なものが一切ないのですね。
 この悪魔の格好はどうだろうと思ったアロハまで、最後では意味があることがわかります。
 唯一なんでだと思ったのは、キャベツがお母さんのことを忘れてたじゃないですか。
 あれ、なんでだろうね。考えたんですが、今でもわかりません。
 すなわち僕が死んだら僕のことも忘れるんだ、という伏線なのかな。最初は寂しいけど、キャベツは大丈夫だよ、という。
 ま、映画観たらわかりますかね。
 お母さんがレタスの後にキャベツを飼ったのは、僕と父の間を考えてのことだと思います。
 結果的に、猫を消さないということは、母の気持ちが生きたということになるでしょう。
 そして僕の死後、お父さんにとっては辛い現実ですが、母と息子の思いが託されたキャベツがいることによって、せめてもの救いになるのではないでしょうか。
 

 

 

 
 

「獅子吼」浅田次郎

 「ししく」と読みます。
 浅田節が冴え渡る短編集6篇。
 おやっと思うのもあれば、イマイチなのもありますね。
 なにせね、かれこれ十数年になるのかな、この方の小説読んでいますけど、少し飽きてきましたね。
 浅田節。最初はしみじみとしたけど、今はもう、またこの展開かと思う。
 結局、これしかないんだよな、この人。この書き方しか引き出しがないというか、これがすべてなのです。
 もちろん、すごい作家なのですけど。この方にしかできないことなのですけどね。
 やっぱ壬生義士伝かなぁ。そして蒼穹の昴。そしてエッセイの勇気凛凛ルリの色。
 これらは別格として、まあ平均以上に面白いのが揃っているのですが、さすがに飽きてきました。
 その点、本作は短編集なので、あっさりと読めるのが逆によかったと思います。
 面白いかどうかは別にしてですよ。
 私的には5番目の「流離人」が全盛期の浅田次郎らしくてよかったと思います。

「獅子吼」
 けっして瞋(怒)るな、瞋れば命を失うと、父から百獣の王たる獅子の掟として教えられたボス。彼は草原で人間に捕まり、日本の動物園に送られる。そして戦時中の悲劇が彼を襲う。大切にしてくれた飼育員が徴兵され、敗戦間近、軍部は動物園の動物たちを抹殺しようとする。
 実話を元にした話です。戦争とは、人間だけでなく、何の罪もない動物たちを無残に殺すことでもある。平和なときは蝶よ花よで大事にしてくれた人間たちが、今度は爆撃で檻が壊れれば大変と銃を片手にやってくる。人間社会とはこんなものです。百獣の王ならば鼻で笑うことでしょう。最後の、「見上げる青空は、きっとふるさとの草原につながっていることだろう」という一文はシメとして最高でした。

「帰り道」
 下請け専門の町工場の工員たちが楽しみにしている、バスでのスキー行。昭和27年に集団就職で入社し、独身で30歳間近になった妙子は、一緒に来ている将来有望株の若手社員を“落とそう”とするのだが・・・
 どうして妙子は、中野坂上でバスを降りなかったのか?
 それを考えるのが楽しい小説ですね。わかるようで、わかりません。デリカシーだけではないでしょう。おそらく、妙子ははじめて我が身を振り返ってみたのではないでしょうか。だから、勇気が出なかったのだと思います。こんな私でいいのだろうかという土壇場で生じた迷いが、バスを降りる勇気を挫いてしまったのではないですかねえ。だからこそ、年取ってから思い出を辿るようなことをしていたのでしょう。もし光岡くんのデリカシーに幻滅しただけの理由ならば、何年経ってもそんなことをしないと思います。


「九泉閣へようこそ」
 不景気な温泉町の落ちぶれた老舗旅館で起こった奇怪な事件。先々代の時分から50年間住み込みで働いてきた男衆の喜一は、なぜ、一組の客と旅館の主人の3人の遺体と共に、警察に通報もせず、1年余も生活をしていたのか。
 まず、どうして真知子が春さんを殺したのかがわかりません。よく読めば確かにその前兆のようなことも仄めかしているのですが、なんだか流れ的にしっくりこない。旦那だって、自殺したのかな、よくわかりません。できそこないの作品だと思います。

「うきよご」
 私生児である和夫は、父からも母からも厄介払いされて、東大を受験するつもりで東京にやってきた。しかし、東大闘争のために入試が中止されて無受験浪人になってしまった。母違いの姉が東京の大学に通っており、何かと和夫の力になってくれた。姉の助けがなければ、雑木林の中にある賄下宿・駒場尚久寮に世話になることもなかっただろう。
 雰囲気はある作品ですが、これも何が言いたいのかよくわかりません。
 うきよご、とは私生児のことです。


「流離人」
 列車の中で出会った謎の老人。彼は“さすらいびと”だと言う。行先もなし、目的もなし、乗り降り自由の切符を持って、夕方になったら列車を降りて、そこいらの宿に泊まるのだという。そして老人は、彼が学徒出陣した戦時中の思い出話を語り出す。そこには、現在の彼の原点となった桜井中佐がいた。
 浅田次郎らしい、奇妙譚ですね。よかったと思います。満州ならば、本当にあり得たかもしれない。

「ブルー・ブルー・スカイ」
 ラスベガスで有り金をすった日本の男が、場末のグロサリー・ストアの片隅に眠っていたスロットマシンで奇跡を起こした。2万ドルの大当たりである。店始まって以来の快挙だった。老いた店主は、日本人を残して出金を交渉するため管理会社へと出向く。そこへなんとピストルを持ったギャングがやって来て・・・
 たまに浅田次郎がやってしまうドタバタ三文芝居のちんどん劇。失敗作というよりも、締め切りに追われて苦し紛れにひねり出したもののような気がします。


 

「薄情」絲山秋子

 絲山秋子と津村記久子の書くものは雰囲気が似ていると感じるのは私だけでしょうか。
 ふたりとも好きな作家ですが、偉そうに言う割には数を読んでないんですけどね。
 なんだかこう、肌触りというか読触りが同じような気がします。
 その中でも何が違うかといえば、おそらく絲山秋子が東京の出身で、津村記久子が大阪の人間であるという、東京の人間と大阪の人間の産み出すものの違いみたいなものを感じます。
 そんなのこじつけだよ、と言われればその通りで、私が色眼鏡で見ているだけなのかもしれませんが。
 しかし、絲山秋子の世界というのは、津村記久子のよりも固くて重いと感じます、もちろん、いい意味ですよ。
 同じ題材でも津村さんのは柔らかくて軽い、当然、こちらもいい意味でですよ。

 で、本作。
 舞台は群馬県高崎市の辺。詳しく言えば合併前は群馬県群馬郡群馬町という場所。
 うそだろと思って調べると、本当にあった。
 「あーねー」とか帰ることを行くって言うなど、しっかり方言も混ぜられています。
 こういうところは、絲山さんは生真面目というか、リアルだよね。
 主人公は、宇田川静生という、伯父の神社の跡を継ぐ予定である男。未来の神主。國學院大學卒。
 齢ははっきり書かれていませんが、一学年下で名大を卒業した蜂須賀が8年前に結婚したという唯一の手がかりで推測すると、おそらく30代半ばではないかと思われます。
 宇田川は将来の神主ですが、定職には就いていません。神社の手伝いもしますが、5月から半年間、嬬恋でキャベツの収穫のバイトを住み込みでしたりしています。実家住まいとはいえ、生活は不安定です。伯父の神社を継いだとしても、祭りや地鎮祭や冠婚葬祭といった宮司の仕事だけでは食べていけません。
 不規則で儲けがないのに結婚して跡継ぎも求められる。そんな自分の立場に、明確に意識しているわけではありませんが彼自身少し嫌気がさしているような感じです。どうなるんだろ、どうにかなるのか、みたいな。
 この物語は、そんな宇田川くんの、前橋に観測史上最高の73センチの積雪があった2014年2月から翌年の夏までの、とりとめもないヒューマンドラマ。彼はどうなるのでしょう。

 彼には無意識にニヤニヤしてしまうクセがあります。そういう人っていますよね。
 一方で、彼は無意識に嫁を探しています。
 なんにも考えていないようでいて、いや実際に彼は何も考えていないのですが、無意識の意識で彼は、久しぶりにあった高校の後輩の女性を、嫁として値踏みしていました。
 そんな反動が、爬虫類系の女性を好むという性癖に現れていますし、無意識だからこそ、変人工房で鹿谷と一緒にいる彼女を見たときに、嫉妬したのです。
 他にも色々な比喩や暗喩が織り込められていますが、作者が言いたかったことは意識の表と裏ということであって、このことがズバッと書かれているのは、
 「誰かを抹消してしまうような薄情さで、よそ者が持つ新しさを考えなしに賛美するとかって、根底的には同じなんじゃないか」という部分。
 この一文は凄いと思います。この一文のための物語といってもいいでしょう。
 さすが、絲山秋子。これは一般人では、絶対に思いつかないというか、言葉にできないね。
 薄情というのは、そこに心がないのです。ですから、簡単に褒めることもできれば、簡単に貶すこともできます。
 同じなんですね、根底は。表に現れたものが「褒める」か「貶す」という形になっているだけで、本質は同じなんです。
 可哀想なのは褒められて喜んだほう。
 怖いよね、人間は。
 そしてそれほど時間もかからずに、褒めたことも貶したことも忘れてしまう。
 されたほうは、覚えている。
 怖いねえ。
 本作では、東京から群馬にきた芸術家(よそ者)の工房が火事になった物語終盤の一件で、そのことを表現しています。
 絲山秋子の凄みを見たような気がします。
 やはり津村記久子より、固くて重いよね。


 
 
 
 
 
 
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