「蜜蜂と遠雷」恩田陸

 キタワァ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。..。.:*・゜゚・* !!!!!
 ついに!! 恩田陸が直木賞を受賞しました。
 もう今更、要らなかったかもしれないけど、ノミネート6回目ですか。長かったねえ。
 学園ホラーの名作「六番目の小夜子」でデビューしてから、20数年。
 いまだに好きです、「六番目の小夜子」。
 以来、早熟でもなく晩成でもなく、変わらぬ活躍ぶりを続けてきました。稀勢の里みたいだなあ。
 もちろん、その間には地雷もあったし駄作もあります。私は3冊に1冊くらいは読んでると思う。
 正直、直木賞にはもう縁がないと思っていました。
 もう、通り過ぎただろうと。
 本作「蜜蜂と遠雷」が、最後の砦だったかもしれないね。
 しかし、この最後の砦は最強でしたね。
 他年度の受賞作も、本作と一緒にノミネートされれば、たいがい落選したと思う。
 まさに、文句なし。
 原稿用紙千数百枚、500ページ二段組の超大作ですが、のめり込んで読めました。
 国際ピアノコンクールを舞台にした、異色の音楽小説です。
 私、クラシックのことは正直、よくわかりません。でも、超面白かったです。

 あらすじと概要。
 物語の舞台は、芳ヶ江国際ピアノコンクール。
 作者インタビュー見ましたが、芳ヶ江のイメージは浜松だそう。そう、世界的音響メーカーの地元。
 今回で第6回目を迎える芳ヶ江国際ピアノコンクールは、過去の優勝者が世界的に著名なコンクールを制したこともあり、時代を担うスターの登竜門として、世界中から夢見る若手が集まります。
 90人のコンテスタントは、2週間のうち、まず一次予選(演奏時間20分)で24人に絞られ、二次予選(演奏時間40分)で12人になり、三次予選(演奏時間60分)でやっとオーケストラとコンチェルトを弾く本選に進む6人が決まるのです。
 物語の主要なキャラクターとなる、コンテスタントは4人。
 世界中から敬愛された伝説のピアニスト、ユウジ・フォン=ホフマンの秘蔵の弟子である、謎の少年・風間塵。
 13歳のときに一度はキャリアを断った、“ステージから消えた天才少女”・栄伝亜夜。
 優勝候補筆頭と目されるジュリアード音楽院の王子・マサル・カルロス・レヴィ・アナトール。
 参加最年長の28歳、会社勤めで家族持ち、生活音楽者の高島明石。
 彼らの演奏と闘い、そして音楽を通じた友情が本作のテーマ。
 視点は彼ら4人だけではなく、2週間のあいだ神経をすり減らす審査員や、舞台の袖からコンテスタントを送り出すステージマネージャー、会期のあいだ不眠が続く調律師、生徒の師匠、家族、ケアしてくれる友人、テレビカメラのクルーなど、コンクールを中心として多角的な視点から語られて物語が進みます。
 そして帰結は「音楽」。あくまでも、音楽が主役です。
 誰が優勝するのか? コンテスタントたちと同じように、あるときは緊張し、胸をドキドキさせながら先を進み、やがて圧倒的な演奏に飲み込まれることになります。

 ある意味、実験的な小説でしたね、価値ある実験。
 音楽が小説にどれだけ書けるのかという。
 足かけ6年にわたって連載された小説ですが、作者は相当苦しんだようです。
 音を文にしなければなりませんから。難しいよねえ。プロットどころじゃないですよ。
 本当によくここまで描けたな、と思います。
 直木賞の価値はありますよ。
 しかも、筋は面白いですし。
 音楽家の大変さもよくわかりました。食べていけるのはほんの一握り。
 幼少の頃からずっと音楽一筋に近い努力を重ねがら、お金も費やしながら、成功する人間は滅多にいません。
 それでも、観客と一体となる演奏中の高揚は、何物にも代えがたいものだとか。
 審査員も大変です。
 万が一、予選で落としたコンテスタントが後でスターになれば、末代までの恥になります。
 非常な責任感をもって臨まなければならない、過酷な務めです。
 そういうところですね、私はほとんど知りませんでしたから、なおさら面白く読めたと思います。
 音楽をやっている方が読めば、また感想は違うでしょうし、ひょっとしたら素人よりも楽しく読めるかもしれないですね。
 直木賞の名に恥じない、大作でした。


 
 
 

 
 
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「つまをめとらば」青山文平

 第154回(平成27年度下半期)直木賞受賞作です。
 長編だと思って読んだので、こんな面白いのが最後まで続くのかたまらんと思ってたらプツンて終わってしまい、
 短編かよガ━━(゚Д゚;)━━━ン!!!!! となりましたが、読み終わってみると6篇の物語はそれぞれに味があって良かったと思う。
 江戸時代中後期を舞台にした時代人情小説集です。
 隠居した中年旗本のそこはかとない人生の裏側を描く表題作の「つまをめとらば」は特に深かったですね。
 いや、ドラマチックな江戸社会風刺である「逢対」や、たそがれ清兵衛なみの剣劇が活きる「ひと夏」もまた捨てがたい。
 振り返ると、その時は良作の期待にドキドキした冒頭の「ひともうらやむ」が一番つまらなかったかもしれません。
 まあ、おのがスタイルを確立した作家だわね。
 つい最近読んだ「白樫の樹の下で」では、いい意味での筆の若さを感じましたが、本作群には全く感じませんでした。
 男女間の機微や愛憎を絡めながら、対象の対比で浮かんだ一本の筋を通していく作風がウケる所以なのでしょう。
 たとえば美形の妻を娶ったのと美形とはいえない妻を娶った男の人生を比べて風景を描き、はたして男にとって女とはなんぞや、というふうな真相を浮かび上がらせていくのですね。
 どちらかというと対象作品よりも小説家としての事蹟が買われる直木賞受賞作としては、たいそう面白かったと思います。

「ひともうらやむ」
 美丈夫と美形の、ひともうらやむ組み合わせと思われた、長倉克巳と世津の縁組。
 克巳は藩門閥の家老職の世継ぎであり、見目も麗しく剣術もできる、ふたりとない美丈夫であった。
 世津は、藩が三顧の礼を尽くして迎えた西洋医学の世に名高い医師の娘で、ふたりとない美人であった。
 しかし、1年余りで彼らの婚姻は破綻してしまう。
 惚れたら負けよ(;一_一)

「つゆかせぎ」
 つゆかせぎとは、日銭稼ぎの作女などが雨で仕事ができないせいで、宿屋などで春をひさぐことです。
 主人公はしがない旗本の家侍。妻が病死し、死んでから彼女が筆名をもって戯作を書いて売りだしていたことを知ります。
 元はといえば、妻は市井の芝居茶屋の娘であり、俳諧を趣味としていた主人公と俳句の場で知り合ったのでした。
 彼女が絡めとった相手は、俳諧師の主人公であり、侍の主人公ではありませんでした。
 妻が死んでから、彼女と心のなかで対話していた主人公は、ようやく自分の活きる道を悟るのです。
 凶作がきっかけとはいえ、ラストで俳諧の道を選んだ主人公の選択にエールを送りたい。

「乳付」
 御家人と旗本。母からなまじの習い事では役に立たぬと漢詩を習わされた民恵は、漢詩の縁で、両番家筋四百石の旗本である神尾信明に嫁ぐことになりました。家格の違いから気が重かった縁組でしたが、信明は優しく、2年半あまりで男子を授かります。
 しかし、民恵は産褥で寝付き、初子の新次郎には遠縁の乳母が付くことになりました。
 なんとなく中年の女子であろうと想像していた民恵でしたが、いざ乳母に会ってびっくりします。
 民恵と同じくらいの齢の、たいそう美しい女性だったのです。
 信明までが瀬紀という彼女と親しく話しているのを見るにつけ、民恵は悋気(嫉妬)いたします。

「ひと夏」
 貧乏小藩の柳原藩で、当主である兄の部屋住みであった高林啓吾に、思わぬ出仕(召し出し)の書状がきた。
 いざ裃姿で登場してみると、百石大番組という沙汰は建前で、事実は領地を管理する地方御用だった。
 しかも、務めた誰もが2年は持たぬという、幕府御料地の真ん中にある飛び地の管理が任務であった。
 領地の百姓は、柳原藩などバカにして相手にしておらず、無理強いをすれば一揆勃発の恐れもあった。
 何もしないに限る、前任者からこの地での身の処し方を聞いていた啓吾は、慎重に任務を開始する。
 しかし、よりによって幕府領の侍が手代を手にかけて柳原藩の用事も司る庄屋の屋内の立てこもるという事件が発生した。
 立てこもっている侍は、いまをときめく直心影流の使い手だという。啓吾は田舎の道場の防御剣法の目録である。
 さて、どうなるのか・・・?
 剣戟が良かった。念流と直心影流の立会や如何に。作者には武道の素養を感じる。

「逢対」
 「逢対」とは、朝早く登城する前の権家、つまり権勢をもつ幕閣の屋敷に無役の者は出仕を求めて日参することを云います。
 本作の主人公である竹内泰郎は父子二代の無役の貧乏旗本ながら、独学とはいえ好きな算学塾でなんとか身を立てていました。彼には近所の煮売屋の女主人である里という深い関係になった女がいて、生まれつき身の軽い彼女は婚姻を望んでいませんが、泰郎にも考えるところがあり、近所の貧乏旗本の友人に頼んで、逢対に連れて行ってもらうのです。
 先は、今をときめく実力派の若年寄である長坂備後守。
 長蛇の列をかいくぐり、臨んだ初めての逢対でしたが、所と姓名を名乗るくらいしか出来ませんでした。
 ところが・・・
 数日後、長坂備後守の家の者が宅にやってきて、「主人が折り入って懇談の場を持ちたい」と申していることを伝えにきたのでした。はたして・・・

「つまをめとらば」
 深掘省吾は10年ぶりに幼なじみの山脇貞次郎に出会った。ふたりとも56歳で、隠居している旗本である。
 話の流れから、貞次郎は省吾の家作(離れ間みたいなもの)を借りたいと申し出、即受けることになった。
 広敷添番という大奥の用事を預かる職についていた貞次郎は女の正体を見て女を倦み、生涯独身であったのだが、この年になって世帯を持とうと思っているという。省吾の家作を、夫婦の新居にしようとしているのだった。
 めでたいと省吾は思った。しかし、貞次郎が越してきても待てど暮らせど相手はやってこない。
 なぜか?
 省吾は、己の三度の結婚の失敗の真相を、この古き友に心を開いて語りながら、ようやく貞次郎の胸の内を聞くことになるのだが・・・
 この話は読む人によって捉え方が違ってくるでしょう。
 枯れたと読むかもう一花と読むか。私は魚心あれば水心ありと読みました。



 
 

「恋歌」朝井まかて

 ほんとうにいいものを読みました。
 これまで読まなかったのが悔やまれるくらいです。
 第150回(2013年下半期)直木賞受賞作ですが、こんなに深い味わいのある直木賞作品は最近ないんじゃないかなあ。
 朝井まかてという小説家にしても、私が読んだものの中では、これが群を抜いていると思います。
 直木賞はどっちかというと作品よりもその作家の業績に対して贈られるようになってきているじゃないですか。
 ですから、タイミング的にその作家の一番面白い作品が選ばれるわけではないんですよね。
 ところが、本作は違います。大違いだよ。
 逆に直木賞というステレオタイプが霞むくらいに、素晴らしい小説でした。
 作中、主人公(中島歌子)の手記を読んだ三宅花圃が「読んでしばらく時を置いても動悸が治まらない」と言っていましたが、こちらもまったくその通りに感じました。
 幕末の動乱期に、愛する夫と離ればなれになり、ついぞ再会がかなわないまま、その面影を愛し続けた女性の物語です。
 そして薩長に先んじた尊王攘夷の魁でありながら、明治新政府において影を薄くした水戸藩の苦悩が描かれた歴史小説としても、万感迫る読み物であると思います。
 間違いなく、私が今年読んだものの中ではベスト3に入る好著でした。

 主人公は、明治の歌壇を一世風靡した中島歌子。
 歌子は門人千人余を抱える名流の歌塾「萩の舎」を主宰し、弟子には有名な樋口一葉や婦女子として初めて小説を出版した三宅花圃がいます。歌子がいなければ、現在の5千円札の肖像画はあり得なかったことでしょう。
 物語は、明治37年に歌子が病に倒れ、かつて弟子であった三宅花圃が師宅を訪れた折に、歌子の手記を発見したことから始まります。その手記には、誰もが知らなかった歌子の生涯が綴られていたのです。
 門下生には華族もおり、日本女子大学の和歌の教授を務めるなど女性として華やかな成功を収めた歌子ですが、夫の死後、再嫁することなく独り身を貫き、子を持たぬ身の上で、何度も養子をとっては離縁を繰り返していました。
 時代は与謝野晶子に代表される女流新時代の幕が開け、歌子のやまとうたは時代遅れになりつつある中、かつての弟子たちも師のわがままに眉をひそめていましたが、歌子の乗り越えた数多の苦難を誰も知りません。
 三宅歌圃と「萩の舎」の女執事である澄は、息を詰めて師の愛を貫いた生涯の謎をたどるのです・・・

 正月十四日節分、浅草の市村座で三人吉三廓初買いという芝居を観る。
 これが歌子の手記の書き出しです。時代は安政のころ。歌子は17歳。
 歌子の生家は、水戸藩の御定宿である池田屋という旅館でした。
 何度も、ひとりで旅館を切り盛りし口うるさい女傑である母から見合いをさせられますが、気が乗りません。
 そんなとき、ひとりの武士に出会います。
 その男の名は、林忠左衛門以徳。見目麗しく、腕も立つ水戸藩の中士(百五十石)でした。
 しかし以徳は、名の轟いた水戸天狗党の一員であり、安政7年(1860)の桜田門外の変にも事前には名を連ねた尊皇攘夷の志篤い烈士でした。
 母の反対を押切り、幼いころから世話をしてくれた爺やの清六と共に江戸を出て、水戸に嫁入りした歌子でしたが、幕末の動乱で以徳は奔走したまま家にもなかなか帰ってこられず、義妹のてつはお嬢さん育ちである歌子になにかと冷たく当たり、辛い日々を送ります。
 さらに、世の中は穏やかになるどころか、ますます混迷の模様を深め、水戸においては天狗党と諸生党という同じ藩士でありながら志を異にする両派が、血を血で洗う抗争を繰り広げるのです。
 天狗党の以徳は不本意ながらも同士討ちの戦陣に駆けつけ、やがて幕府の力を借りた諸生党が優勢に戦いを進めるうち、天狗党に属する藩士の妻子は不潔極まりない牢獄に幽閉されてしまいます。
 もちろん、歌子も義妹のてつと共に捕吏に捕われ、愛する夫の消息を知るすべもなく、世間から隔絶されます。
 そして凄惨極まりない処刑が執行されていくのです・・・

 侍の矜りも志も捨てて、私と共にひっそりと暮らしてくださいませぬか。
 これが歌子の真の気持ちそのものでしたでしょう。
 次々に処刑場へ消えていく地獄の牢屋から奇跡的に解き放たれ、水戸から江戸へ逃避行し身を隠して和歌の修業に一念発起してからも、朝から夕まで部屋の中に座しながら、じっと耳を澄まして夫の足音を待っていたのです。
 一目惚れの初恋だったからこその、一途で純情な想い。
 それは歌壇で名声を得、還暦を過ぎて肺炎になり亡くなるまで、ずっと途切れることなく続いたのでした。
 亡くなる瞬間も、これでやっと以徳様に会える、と彼女は思ったはずです。
 最後はさすがに、胸が詰まりました。

 君こそ恋しきふしは習ひつれ さらば忘るることもをしへよ
 
 あなたは私に恋を教えてくれた。ならばこの恋を忘れる方法も教えてほしかった・・・


 

 

「肩ごしの恋人」唯川恵

 第126回直木賞受賞作(2001年度下半期)になります。
 2007年にTBS系で放送された米倉涼子主演ドラマ「肩ごしの恋人」の原作でもあります。
 私は観ていないので違いはわかりませんが、ウィキペディアを見た限りでは相当原作に忠実だったのではないでしょうか。
 萌が米倉涼子で、るり子が高岡早紀ですか。
 柿崎が田辺誠一で、リョウが要潤。ほう。
 米倉涼子はともかく、るり子の高岡早紀はイメージ的にハマっているんじゃないですか。
 自己中の権化、バカっぽいエロテロリストみたいな感じで。
 ちなみに原作では主人公のふたりは27歳でしたが、ドラマでは30歳になっています。
 これも、時代の変化でしょうな、2007年の27歳と2000年の27歳はまた違いますから。
 年々、人間は幼くなっていきますな。
 なぜなんでしょう。
 不思議なことに、この青木るり子という、美人の皮を一枚めくれば、気まぐれでうぬぼれ屋で浅はかな女性に対しても、読んでいてまったく腹が立ちませんでした。たぶん、10年前に読んでいればムカムカしたと思うのです。
 これおそらく、こういう女の人がもういなくりつつあるからじゃないでしょうか。
 女であることを武器にして、男を手玉に取るような悪女(でもないか)は、絶滅危惧種状態にあると思うのです。
 植物系という言葉がいつから言われるようになったのか知りませんが、女が男にモテにくくなっているのですね。
 少なくとも、今ではるり子みたいな女性がいじましくて可愛らしく見えます。
 服の流行があるように、男女の関係も世相を反映しつつ変化していくものです。
 それを考えたとき、この小説でのゲイの面々(文ちゃんやリョウ)の登場は、ある意味時代を先取りしていたと思えなくもありません。

 簡単にあらすじ。
 幼稚園からの腐れ縁である、早坂萌と青木るり子。
 幼いころから自分が可愛いことを自覚していて、同性の反感を買ってでも可愛さをひけらかしてきたるり子と、そんなるり子を冷ややかな目ながらも暖かく見守ってきた萌。
 ふたりは27歳になった。5歳からだから、22年間の付き合いである。
 そして今日は、めでたい? るり子の結婚披露宴。3回目の(笑)。
 相手は、萌の元カレである室田信之。別に萌は誰に対しても怒っていない。もう慣れっこである。
 るり子にとっては、萌が付き合っていたというだけで、その男に信用がおけるというのだ。
 一方、披露宴も3回目ともなれば、るり子のお色直しを見ているだけでも飽きが来た萌。
 同じテーブルにいるのは、るり子と付き合っていたけれど結局上司の娘と結婚したエビ嫌いの柿崎という外車ディーラーの営業マン。渋い、大人の男。なんと、萌はこの日、柿崎と寝てしまう。
 そしてハワイに新婚旅行にきたるり子は、結婚したという実感が湧いたとたん、急に夫に対して興味が失せてしまい・・・

 読んでいて、おっΣ(・∀・;)と思ったフレーズを列挙。
 セックスは相手の身体を利用したマスターペーションである。
 これは、人によってはその通りかもしれません。ですから、セックスそのものを楽しむ行為と、愛している相手との生殖行為は違うということです。
 女を張るということは、いつだってどこだって胸を張っていられるということだ。
 それ以上変わりようがないから。急に男になれるわけではありませんから、ある意味開き直りです。
 女にはふたつの種類がある。自分が女であることを武器にする女か、自分が女であることを弱点に思う女か。
 これは逆説的でもあって、女であることを弱点にすることで武器にされる方もたくさんいらっしゃいます。
 大人の男は、いつもハンドルの遊びと同じものを胸の内に持っている。
 本作で一番印象に残ったフレーズ。ハンドルの遊びとは、乙なことを言う。すぐにハンドルが効き始めるのはガキなのですね。余裕がない。対して大人の男は、絶妙な間(ハンドルの遊び)を持っており、クッションのように相手のことを思いやることができるのです。さすが、直木賞作家。


 
 
 
 
 

「流」東山彰良

 第153回(2015年度上半期)直木賞受賞作。
 最近の、作品にではなく作者の“名”に対して贈られる傾向の強かった直木賞受賞作の中では出色の出来です。
 文句なく面白い。
 面白い小説の前提である、色々なジャンルといいますか要素がふんだんに織り込められています。
 物語の底流である祖父の代から続く因縁は大河小説的ですし、10代だった主人公が経験する切なすぎる失恋の過程は正真正銘の恋愛青春小説ですし、誰が祖父を殺したのかという最大のテーマがラストに明かされる様は文句のつけようのないミステリー小説です。藍冬雪の下りはホラー以外の何物でもありません。
 日本土産にもらった洒落た涼しげな短パンをカップルで履いていたら下着のトランクスだったとかユーモアのセンスもあります。
 が、この小説に引き込まれるのは、それだけではありません。
 日本人にはわからない、スケールの大きさがバックグラウンドにあるのですね。
 我々は8月15日に第二次世界大戦が終戦したあとの世界のことを、実はあまりよく知っていません。
 中国大陸では、日本軍相手に手を結んで共闘していた毛沢東率いる共産党軍と蒋介石総統の国民党軍が、敵である日本軍がいなくなったためにいよいよ本性を現し、何十万という戦死者をだす未曾有の内戦が繰り広げられました。
 そして1949年、人民解放軍に敗れた国民党は、台湾に逃げたのです。
 しかし外省人(土着の台湾人は本省人という)が台湾に渡って30年を経てでさえ、ほとんどの年寄りたちはこの島を仮住まいと見なしていたといいます。つまり、いつの日か故郷である大陸に凱旋することを思っていたのですね。
 本作の冒頭、主人公の少年時代は、偉大な蒋介石総統が死んだ1975年の場面から始まります。
 学校の教師が涙を流して総統の死を伝え、生徒たちに家に帰って今後に備えよと言うのです。
 なぜなら、今にも大陸から共産党軍が攻めこんできて、宝島(台湾)が火の海になる怖れを台湾人が抱いていたからです。
 1975年の台湾は戒厳令下にあり、高校生にさえ銃を扱う軍事教練を課していました。
 田嶋陽子が聞いたらなんと思うでしょうかね。
 台湾では去年まで1年の兵役制度がありました。本作の主人公の頃は2年です。失恋するには十分な期間ですな。
 台湾の戒厳令が解除され、大陸間の訪問が解禁されたのは1987年のことです。
 本作は、こうした我々の知らない台湾と中国大陸との関係に沿って物語が進んでいくことが醍醐味なのです。
 直接に手紙が送れなかったので、船乗りに託して日本を中継して送ってもらうとかね。
 近所の出来事であるのに、存外に知らないんだなあと改めて思いました。
 だからこそ新鮮であり、面白く読めたわけですが。

 少しあらすじというか導入。
 主人公は台湾人の葉秋生。
 忘れもしない、1975年。蒋介石総統が死んだその年の5月、彼の祖父・葉尊麟は何者かに殺害された。
 商売を営んでいた布屋の仕事場で、手足を縛られ浴槽で溺死させられていたのだ。
 第一発見者は、当時17歳だった秋生だった。
 彼が祖父の遺体を発見した直後、仕事場にかかってきた無言電話。その通話口の先にいたのは犯人だったと秋生は今でも思っている。
 祖父は気難しい人間だった。警察は怨恨の線で追っていたが、犯人は捕まらなかった。
 秋生は思う。もしも、祖父が殺された理由が怨恨にあるとすれば、その恨みが生まれた場所は、中国大陸以外に考えられないと。
 祖父は、第二次世界大戦が終った時、国民党の兵士だった。正規軍ではなく、ゴロツキを集めた遊撃隊である。
 そして、祖父は村長が日本軍の間諜だったとして、ひとつの集落の人間を皆殺しにしていた過去があったのである。
 1949年、香港を経由して台湾に逃れた祖父は、台北で布屋の商売を始め、妻と3人の子、そして戦死した仲間の子ひとりを引き取って家族として養ってきた。
 長男である秋生の父は一族で初めて大学を卒業までしたが、癇癪持ちの祖父は家庭内暴力をふるい、戦死した戦友の家族へ仕送りなどしたため、生活は貧しかった。
 そして台湾に渡って30年後、突然殺された。
 それは好き勝手に生きてきた男の、半世紀ぶんのツケだったのか。
 流(りゅう)は血。連綿と続く憎しみの連鎖。
 はたして、祖父を殺した鬼牌(ジョーカー)は誰か。

 もうひとつ思い出したことは、キャラクターがすごく生きていること。
 チンピラの趙戦雄(小戦)、毛毛、明泉叔父、宇文叔父、ゴキブリを物ともしない祖母の林麗蓮など、1970年代の台湾風俗を背景にして、その行動がイキイキと輝いています。
 どことなく岸和田少年愚連隊の雰囲気がありましたね。
 いまさらですが、面白く読めた最大の要因はそこにあったと思います。続きがないのが残念です。もっと読みたかった。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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