「何者」朝井リョウ

 想像力が足りない人ほど、他人に想像力を求める。
 他の人間とは違う自分を、誰かに想像してほしくてたまらないのだ。


 第148回直木賞(2012年下半期)受賞作です。
 5年も前ですか。
 深夜のラジオを聴いていて、「なんだ朝井リョウは変態だったか、キモ」と思って読む気が失せていました。
 もっともそれは本作が出てからずっと後のことで、朝井リョウの記念すべき直木賞受賞作を今まで読んでいなかったのは、本作が就活を題材にしたものだということを知っていたからです。
 私、学生時代に就活で一度、大恥をかいたことがありましてね。
 それが今もトラウマになっています。面接で大失敗をしたのです。
 おそらく、今も就活と聞けばあのとき同じグループで面接を受けていた連中は、私のことを思い出して失笑しているはずです。
 もっとも、その会社は盛大に倒産してしまいましたが・・・
 それに私の学生時分は超就職氷河期の時代でしたから、会社も強気でしてね、就活にいい印象の思い出はありません。ですから、本作が就活を題材にしていると知った時点で、嫌なことが甦り、すっかり及び腰になってしまっていたのです。

 いざ、読んでみると、想像していたのとは違いました。
 朝井リョウのことだから、青春小説の延長線上で爽やかな就活ドラマを描いているのではないかと思っていたのです。
 ところが、実際の就職活動の現場なんて少ししか書かれていませんでした。
 どちらかというと、就活に臨んでいる人間の背景や裏側にスポットを当てた硬派のヒューマンドラマでした。
 そして、ミステリー小説だったのかと思えるほど、ラスト辺には想像もつかない大きな驚きがありました。
 これはまったく予想もできなかったブラックな展開で、さすが朝井リョウやるじゃんと唸りましたわ。
 少し掘り下げに雑なところもありますが、読まず嫌いしていたことが悔やまれるくらいの、問題作でしたね。
 
 主な登場人物は、えーと、6人。同じ大学で、おそらくみんな齢は同じだと思います。
 バンドマンで金髪を真っ黒に染め直して就活に挑む、光太郎。
 光太郎とルームシェアをしており、演劇をしていた拓人。瑞月に片思い。
 アメリカ留学から帰国して就活に臨む、瑞月。光太郎の元恋人。
 瑞月の友達で、光太郎と拓人のアパートの上階に住む理香。
 理香の同棲している彼氏で、一見就活から距離を置いている隆良。
 そして大学を退学して好きな演劇の道に踏み込み、就活などまったく関係ないギンジ。
 就活を巡って、繰り広げられる彼らの人間ドラマ。
 想定外でしたが、かなりブラックな方向に進んでいきます。
 叙述トリックなので、作者の意図には気づきません。
 SNSの発信がキーポイントですね。6人ともやってるし。
 おそらくSNSの広がりが、作者がこの作品を創作するきっかけになったのではないですか。
 表面に現れるのは文字だけで、現実にそれを書いている人間は何者なのかという。
 ここで、この作品のテーマが実は就活だけではなく、SNSでもあったことに気付かされるのです。
 就職活動もある意味、自分をどんどん偽って、自分自身ではない何かが憑依するみたいなものですからね。
 SNSにしても、まあ、フェイスブックはリアルだけど、ツイッターやブログは覆面だからね。
 表面に出される情報だけを追っていくと、本当のことが埋もれていきますから。
 理香は「うざ、落ちろw」と思いながら読んでいましたが、まさか拓人がこんなだとは思いもよらなかったです。
 このふたりが、どうして内定を勝ち取ることができないのか。
 それはおそらく、不器用というよりバカだからじゃないでしょうか。
 私は現実にそうでしたが、友人がいいところに就職できれば、「いい金づるができた」と喜ぶべきです。
 人生に勝ち負けなどありません。


 
 

 
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「蜜蜂と遠雷」恩田陸

 キタワァ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。..。.:*・゜゚・* !!!!!
 ついに!! 恩田陸が直木賞を受賞しました。
 もう今更、要らなかったかもしれないけど、ノミネート6回目ですか。長かったねえ。
 学園ホラーの名作「六番目の小夜子」でデビューしてから、20数年。
 いまだに好きです、「六番目の小夜子」。
 以来、早熟でもなく晩成でもなく、変わらぬ活躍ぶりを続けてきました。稀勢の里みたいだなあ。
 もちろん、その間には地雷もあったし駄作もあります。私は3冊に1冊くらいは読んでると思う。
 正直、直木賞にはもう縁がないと思っていました。
 もう、通り過ぎただろうと。
 本作「蜜蜂と遠雷」が、最後の砦だったかもしれないね。
 しかし、この最後の砦は最強でしたね。
 他年度の受賞作も、本作と一緒にノミネートされれば、たいがい落選したと思う。
 まさに、文句なし。
 原稿用紙千数百枚、500ページ二段組の超大作ですが、のめり込んで読めました。
 国際ピアノコンクールを舞台にした、異色の音楽小説です。
 私、クラシックのことは正直、よくわかりません。でも、超面白かったです。

 あらすじと概要。
 物語の舞台は、芳ヶ江国際ピアノコンクール。
 作者インタビュー見ましたが、芳ヶ江のイメージは浜松だそう。そう、世界的音響メーカーの地元。
 今回で第6回目を迎える芳ヶ江国際ピアノコンクールは、過去の優勝者が世界的に著名なコンクールを制したこともあり、時代を担うスターの登竜門として、世界中から夢見る若手が集まります。
 90人のコンテスタントは、2週間のうち、まず一次予選(演奏時間20分)で24人に絞られ、二次予選(演奏時間40分)で12人になり、三次予選(演奏時間60分)でやっとオーケストラとコンチェルトを弾く本選に進む6人が決まるのです。
 物語の主要なキャラクターとなる、コンテスタントは4人。
 世界中から敬愛された伝説のピアニスト、ユウジ・フォン=ホフマンの秘蔵の弟子である、謎の少年・風間塵。
 13歳のときに一度はキャリアを断った、“ステージから消えた天才少女”・栄伝亜夜。
 優勝候補筆頭と目されるジュリアード音楽院の王子・マサル・カルロス・レヴィ・アナトール。
 参加最年長の28歳、会社勤めで家族持ち、生活音楽者の高島明石。
 彼らの演奏と闘い、そして音楽を通じた友情が本作のテーマ。
 視点は彼ら4人だけではなく、2週間のあいだ神経をすり減らす審査員や、舞台の袖からコンテスタントを送り出すステージマネージャー、会期のあいだ不眠が続く調律師、生徒の師匠、家族、ケアしてくれる友人、テレビカメラのクルーなど、コンクールを中心として多角的な視点から語られて物語が進みます。
 そして帰結は「音楽」。あくまでも、音楽が主役です。
 誰が優勝するのか? コンテスタントたちと同じように、あるときは緊張し、胸をドキドキさせながら先を進み、やがて圧倒的な演奏に飲み込まれることになります。

 ある意味、実験的な小説でしたね、価値ある実験。
 音楽が小説にどれだけ書けるのかという。
 足かけ6年にわたって連載された小説ですが、作者は相当苦しんだようです。
 音を文にしなければなりませんから。難しいよねえ。プロットどころじゃないですよ。
 本当によくここまで描けたな、と思います。
 直木賞の価値はありますよ。
 しかも、筋は面白いですし。
 音楽家の大変さもよくわかりました。食べていけるのはほんの一握り。
 幼少の頃からずっと音楽一筋に近い努力を重ねがら、お金も費やしながら、成功する人間は滅多にいません。
 それでも、観客と一体となる演奏中の高揚は、何物にも代えがたいものだとか。
 審査員も大変です。
 万が一、予選で落としたコンテスタントが後でスターになれば、末代までの恥になります。
 非常な責任感をもって臨まなければならない、過酷な務めです。
 そういうところですね、私はほとんど知りませんでしたから、なおさら面白く読めたと思います。
 音楽をやっている方が読めば、また感想は違うでしょうし、ひょっとしたら素人よりも楽しく読めるかもしれないですね。
 直木賞の名に恥じない、大作でした。


 
 
 

 
 

「つまをめとらば」青山文平

 第154回(平成27年度下半期)直木賞受賞作です。
 長編だと思って読んだので、こんな面白いのが最後まで続くのかたまらんと思ってたらプツンて終わってしまい、
 短編かよガ━━(゚Д゚;)━━━ン!!!!! となりましたが、読み終わってみると6篇の物語はそれぞれに味があって良かったと思う。
 江戸時代中後期を舞台にした時代人情小説集です。
 隠居した中年旗本のそこはかとない人生の裏側を描く表題作の「つまをめとらば」は特に深かったですね。
 いや、ドラマチックな江戸社会風刺である「逢対」や、たそがれ清兵衛なみの剣劇が活きる「ひと夏」もまた捨てがたい。
 振り返ると、その時は良作の期待にドキドキした冒頭の「ひともうらやむ」が一番つまらなかったかもしれません。
 まあ、おのがスタイルを確立した作家だわね。
 つい最近読んだ「白樫の樹の下で」では、いい意味での筆の若さを感じましたが、本作群には全く感じませんでした。
 男女間の機微や愛憎を絡めながら、対象の対比で浮かんだ一本の筋を通していく作風がウケる所以なのでしょう。
 たとえば美形の妻を娶ったのと美形とはいえない妻を娶った男の人生を比べて風景を描き、はたして男にとって女とはなんぞや、というふうな真相を浮かび上がらせていくのですね。
 どちらかというと対象作品よりも小説家としての事蹟が買われる直木賞受賞作としては、たいそう面白かったと思います。

「ひともうらやむ」
 美丈夫と美形の、ひともうらやむ組み合わせと思われた、長倉克巳と世津の縁組。
 克巳は藩門閥の家老職の世継ぎであり、見目も麗しく剣術もできる、ふたりとない美丈夫であった。
 世津は、藩が三顧の礼を尽くして迎えた西洋医学の世に名高い医師の娘で、ふたりとない美人であった。
 しかし、1年余りで彼らの婚姻は破綻してしまう。
 惚れたら負けよ(;一_一)

「つゆかせぎ」
 つゆかせぎとは、日銭稼ぎの作女などが雨で仕事ができないせいで、宿屋などで春をひさぐことです。
 主人公はしがない旗本の家侍。妻が病死し、死んでから彼女が筆名をもって戯作を書いて売りだしていたことを知ります。
 元はといえば、妻は市井の芝居茶屋の娘であり、俳諧を趣味としていた主人公と俳句の場で知り合ったのでした。
 彼女が絡めとった相手は、俳諧師の主人公であり、侍の主人公ではありませんでした。
 妻が死んでから、彼女と心のなかで対話していた主人公は、ようやく自分の活きる道を悟るのです。
 凶作がきっかけとはいえ、ラストで俳諧の道を選んだ主人公の選択にエールを送りたい。

「乳付」
 御家人と旗本。母からなまじの習い事では役に立たぬと漢詩を習わされた民恵は、漢詩の縁で、両番家筋四百石の旗本である神尾信明に嫁ぐことになりました。家格の違いから気が重かった縁組でしたが、信明は優しく、2年半あまりで男子を授かります。
 しかし、民恵は産褥で寝付き、初子の新次郎には遠縁の乳母が付くことになりました。
 なんとなく中年の女子であろうと想像していた民恵でしたが、いざ乳母に会ってびっくりします。
 民恵と同じくらいの齢の、たいそう美しい女性だったのです。
 信明までが瀬紀という彼女と親しく話しているのを見るにつけ、民恵は悋気(嫉妬)いたします。

「ひと夏」
 貧乏小藩の柳原藩で、当主である兄の部屋住みであった高林啓吾に、思わぬ出仕(召し出し)の書状がきた。
 いざ裃姿で登場してみると、百石大番組という沙汰は建前で、事実は領地を管理する地方御用だった。
 しかも、務めた誰もが2年は持たぬという、幕府御料地の真ん中にある飛び地の管理が任務であった。
 領地の百姓は、柳原藩などバカにして相手にしておらず、無理強いをすれば一揆勃発の恐れもあった。
 何もしないに限る、前任者からこの地での身の処し方を聞いていた啓吾は、慎重に任務を開始する。
 しかし、よりによって幕府領の侍が手代を手にかけて柳原藩の用事も司る庄屋の屋内の立てこもるという事件が発生した。
 立てこもっている侍は、いまをときめく直心影流の使い手だという。啓吾は田舎の道場の防御剣法の目録である。
 さて、どうなるのか・・・?
 剣戟が良かった。念流と直心影流の立会や如何に。作者には武道の素養を感じる。

「逢対」
 「逢対」とは、朝早く登城する前の権家、つまり権勢をもつ幕閣の屋敷に無役の者は出仕を求めて日参することを云います。
 本作の主人公である竹内泰郎は父子二代の無役の貧乏旗本ながら、独学とはいえ好きな算学塾でなんとか身を立てていました。彼には近所の煮売屋の女主人である里という深い関係になった女がいて、生まれつき身の軽い彼女は婚姻を望んでいませんが、泰郎にも考えるところがあり、近所の貧乏旗本の友人に頼んで、逢対に連れて行ってもらうのです。
 先は、今をときめく実力派の若年寄である長坂備後守。
 長蛇の列をかいくぐり、臨んだ初めての逢対でしたが、所と姓名を名乗るくらいしか出来ませんでした。
 ところが・・・
 数日後、長坂備後守の家の者が宅にやってきて、「主人が折り入って懇談の場を持ちたい」と申していることを伝えにきたのでした。はたして・・・

「つまをめとらば」
 深掘省吾は10年ぶりに幼なじみの山脇貞次郎に出会った。ふたりとも56歳で、隠居している旗本である。
 話の流れから、貞次郎は省吾の家作(離れ間みたいなもの)を借りたいと申し出、即受けることになった。
 広敷添番という大奥の用事を預かる職についていた貞次郎は女の正体を見て女を倦み、生涯独身であったのだが、この年になって世帯を持とうと思っているという。省吾の家作を、夫婦の新居にしようとしているのだった。
 めでたいと省吾は思った。しかし、貞次郎が越してきても待てど暮らせど相手はやってこない。
 なぜか?
 省吾は、己の三度の結婚の失敗の真相を、この古き友に心を開いて語りながら、ようやく貞次郎の胸の内を聞くことになるのだが・・・
 この話は読む人によって捉え方が違ってくるでしょう。
 枯れたと読むかもう一花と読むか。私は魚心あれば水心ありと読みました。



 
 

「恋歌」朝井まかて

 ほんとうにいいものを読みました。
 これまで読まなかったのが悔やまれるくらいです。
 第150回(2013年下半期)直木賞受賞作ですが、こんなに深い味わいのある直木賞作品は最近ないんじゃないかなあ。
 朝井まかてという小説家にしても、私が読んだものの中では、これが群を抜いていると思います。
 直木賞はどっちかというと作品よりもその作家の業績に対して贈られるようになってきているじゃないですか。
 ですから、タイミング的にその作家の一番面白い作品が選ばれるわけではないんですよね。
 ところが、本作は違います。大違いだよ。
 逆に直木賞というステレオタイプが霞むくらいに、素晴らしい小説でした。
 作中、主人公(中島歌子)の手記を読んだ三宅花圃が「読んでしばらく時を置いても動悸が治まらない」と言っていましたが、こちらもまったくその通りに感じました。
 幕末の動乱期に、愛する夫と離ればなれになり、ついぞ再会がかなわないまま、その面影を愛し続けた女性の物語です。
 そして薩長に先んじた尊王攘夷の魁でありながら、明治新政府において影を薄くした水戸藩の苦悩が描かれた歴史小説としても、万感迫る読み物であると思います。
 間違いなく、私が今年読んだものの中ではベスト3に入る好著でした。

 主人公は、明治の歌壇を一世風靡した中島歌子。
 歌子は門人千人余を抱える名流の歌塾「萩の舎」を主宰し、弟子には有名な樋口一葉や婦女子として初めて小説を出版した三宅花圃がいます。歌子がいなければ、現在の5千円札の肖像画はあり得なかったことでしょう。
 物語は、明治37年に歌子が病に倒れ、かつて弟子であった三宅花圃が師宅を訪れた折に、歌子の手記を発見したことから始まります。その手記には、誰もが知らなかった歌子の生涯が綴られていたのです。
 門下生には華族もおり、日本女子大学の和歌の教授を務めるなど女性として華やかな成功を収めた歌子ですが、夫の死後、再嫁することなく独り身を貫き、子を持たぬ身の上で、何度も養子をとっては離縁を繰り返していました。
 時代は与謝野晶子に代表される女流新時代の幕が開け、歌子のやまとうたは時代遅れになりつつある中、かつての弟子たちも師のわがままに眉をひそめていましたが、歌子の乗り越えた数多の苦難を誰も知りません。
 三宅歌圃と「萩の舎」の女執事である澄は、息を詰めて師の愛を貫いた生涯の謎をたどるのです・・・

 正月十四日節分、浅草の市村座で三人吉三廓初買いという芝居を観る。
 これが歌子の手記の書き出しです。時代は安政のころ。歌子は17歳。
 歌子の生家は、水戸藩の御定宿である池田屋という旅館でした。
 何度も、ひとりで旅館を切り盛りし口うるさい女傑である母から見合いをさせられますが、気が乗りません。
 そんなとき、ひとりの武士に出会います。
 その男の名は、林忠左衛門以徳。見目麗しく、腕も立つ水戸藩の中士(百五十石)でした。
 しかし以徳は、名の轟いた水戸天狗党の一員であり、安政7年(1860)の桜田門外の変にも事前には名を連ねた尊皇攘夷の志篤い烈士でした。
 母の反対を押切り、幼いころから世話をしてくれた爺やの清六と共に江戸を出て、水戸に嫁入りした歌子でしたが、幕末の動乱で以徳は奔走したまま家にもなかなか帰ってこられず、義妹のてつはお嬢さん育ちである歌子になにかと冷たく当たり、辛い日々を送ります。
 さらに、世の中は穏やかになるどころか、ますます混迷の模様を深め、水戸においては天狗党と諸生党という同じ藩士でありながら志を異にする両派が、血を血で洗う抗争を繰り広げるのです。
 天狗党の以徳は不本意ながらも同士討ちの戦陣に駆けつけ、やがて幕府の力を借りた諸生党が優勢に戦いを進めるうち、天狗党に属する藩士の妻子は不潔極まりない牢獄に幽閉されてしまいます。
 もちろん、歌子も義妹のてつと共に捕吏に捕われ、愛する夫の消息を知るすべもなく、世間から隔絶されます。
 そして凄惨極まりない処刑が執行されていくのです・・・

 侍の矜りも志も捨てて、私と共にひっそりと暮らしてくださいませぬか。
 これが歌子の真の気持ちそのものでしたでしょう。
 次々に処刑場へ消えていく地獄の牢屋から奇跡的に解き放たれ、水戸から江戸へ逃避行し身を隠して和歌の修業に一念発起してからも、朝から夕まで部屋の中に座しながら、じっと耳を澄まして夫の足音を待っていたのです。
 一目惚れの初恋だったからこその、一途で純情な想い。
 それは歌壇で名声を得、還暦を過ぎて肺炎になり亡くなるまで、ずっと途切れることなく続いたのでした。
 亡くなる瞬間も、これでやっと以徳様に会える、と彼女は思ったはずです。
 最後はさすがに、胸が詰まりました。

 君こそ恋しきふしは習ひつれ さらば忘るることもをしへよ
 
 あなたは私に恋を教えてくれた。ならばこの恋を忘れる方法も教えてほしかった・・・


 

 

「肩ごしの恋人」唯川恵

 第126回直木賞受賞作(2001年度下半期)になります。
 2007年にTBS系で放送された米倉涼子主演ドラマ「肩ごしの恋人」の原作でもあります。
 私は観ていないので違いはわかりませんが、ウィキペディアを見た限りでは相当原作に忠実だったのではないでしょうか。
 萌が米倉涼子で、るり子が高岡早紀ですか。
 柿崎が田辺誠一で、リョウが要潤。ほう。
 米倉涼子はともかく、るり子の高岡早紀はイメージ的にハマっているんじゃないですか。
 自己中の権化、バカっぽいエロテロリストみたいな感じで。
 ちなみに原作では主人公のふたりは27歳でしたが、ドラマでは30歳になっています。
 これも、時代の変化でしょうな、2007年の27歳と2000年の27歳はまた違いますから。
 年々、人間は幼くなっていきますな。
 なぜなんでしょう。
 不思議なことに、この青木るり子という、美人の皮を一枚めくれば、気まぐれでうぬぼれ屋で浅はかな女性に対しても、読んでいてまったく腹が立ちませんでした。たぶん、10年前に読んでいればムカムカしたと思うのです。
 これおそらく、こういう女の人がもういなくりつつあるからじゃないでしょうか。
 女であることを武器にして、男を手玉に取るような悪女(でもないか)は、絶滅危惧種状態にあると思うのです。
 植物系という言葉がいつから言われるようになったのか知りませんが、女が男にモテにくくなっているのですね。
 少なくとも、今ではるり子みたいな女性がいじましくて可愛らしく見えます。
 服の流行があるように、男女の関係も世相を反映しつつ変化していくものです。
 それを考えたとき、この小説でのゲイの面々(文ちゃんやリョウ)の登場は、ある意味時代を先取りしていたと思えなくもありません。

 簡単にあらすじ。
 幼稚園からの腐れ縁である、早坂萌と青木るり子。
 幼いころから自分が可愛いことを自覚していて、同性の反感を買ってでも可愛さをひけらかしてきたるり子と、そんなるり子を冷ややかな目ながらも暖かく見守ってきた萌。
 ふたりは27歳になった。5歳からだから、22年間の付き合いである。
 そして今日は、めでたい? るり子の結婚披露宴。3回目の(笑)。
 相手は、萌の元カレである室田信之。別に萌は誰に対しても怒っていない。もう慣れっこである。
 るり子にとっては、萌が付き合っていたというだけで、その男に信用がおけるというのだ。
 一方、披露宴も3回目ともなれば、るり子のお色直しを見ているだけでも飽きが来た萌。
 同じテーブルにいるのは、るり子と付き合っていたけれど結局上司の娘と結婚したエビ嫌いの柿崎という外車ディーラーの営業マン。渋い、大人の男。なんと、萌はこの日、柿崎と寝てしまう。
 そしてハワイに新婚旅行にきたるり子は、結婚したという実感が湧いたとたん、急に夫に対して興味が失せてしまい・・・

 読んでいて、おっΣ(・∀・;)と思ったフレーズを列挙。
 セックスは相手の身体を利用したマスターペーションである。
 これは、人によってはその通りかもしれません。ですから、セックスそのものを楽しむ行為と、愛している相手との生殖行為は違うということです。
 女を張るということは、いつだってどこだって胸を張っていられるということだ。
 それ以上変わりようがないから。急に男になれるわけではありませんから、ある意味開き直りです。
 女にはふたつの種類がある。自分が女であることを武器にする女か、自分が女であることを弱点に思う女か。
 これは逆説的でもあって、女であることを弱点にすることで武器にされる方もたくさんいらっしゃいます。
 大人の男は、いつもハンドルの遊びと同じものを胸の内に持っている。
 本作で一番印象に残ったフレーズ。ハンドルの遊びとは、乙なことを言う。すぐにハンドルが効き始めるのはガキなのですね。余裕がない。対して大人の男は、絶妙な間(ハンドルの遊び)を持っており、クッションのように相手のことを思いやることができるのです。さすが、直木賞作家。


 
 
 
 
 
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