「脳はいかに意識をつくるのか」ゲオルク・ノルトフ

 私は私の脳なのか?

 私の意識が脳の電気活動によって存在しているとしても証明はできません。
 解剖して脳を取り出し、輪切りにしてどこを探しても「意識」が存在するという証拠は見つかりません。
 しかし、多くの方が脳こそ他ならぬ心の源であるということに賛同するはずです。
 いったい、脳神経の特性がいかなる仕組みを通じて人間の心的特性に変換されるのか。
 自己、意識、情動的感情、人格的同一性は、脳という地味な灰色をした物質からいかにして生み出されるのでしょうか?

 人間に意識がなぜあるのか、それは現在でも多くの分野で最大の謎のひとつであるそうです。
 そりゃそうだわな、形がないんだから。
 意識は幻ではないかという説もあります。
 私もなかばは、意識は幻ではないかと思っています。
 結局、時間や空間を背景に、記憶と五感や体感覚から構成された集合体ではないかと思うのですね。
 肉や白菜や魚やネギをぶち込んで作られた鍋、これが意識。単品の具だけでは意識にならない。
 たとえば今私はPCのキーボードを叩いていますが、これだってPCとキーボードというものを認識し、日本語を習得していてなおかつ指を使ってキーが打てるために出来る行為なわけでしょう。つまり、記憶と感覚の集合によって出来ているのですね。
 明日、記憶喪失になれば出来ないかもしれません。
 そして私が私であるという記憶がなくなれば、もはやその意識は私のものとはいえないかもしれません。
 とすると、昨日の私と明日の私に意識の連続性はあるのでしょうか。
 明日の自分が本当に自分であるという証明などできないし、違うかもわかりません。
 
 ところが本書によると、安静時(フラットなとき)での脳活動でも意識はあるそうです。
 つまり、何も考えていないときでも、意識のベースとなる活動が脳内でなされているというのです。
 それが他ならぬ自己の根幹であり、そのために何かで刺激を受けると、パッと発動できるのです。
 それがどうやって脳で行われているのかはわかりません。
 ただし、著者によると、心は脳の神経活動に単純に還元できないとまで言うのですよ。
 脳単独では意識足りえず、脳と外部(世界)が繋がることによって意識が生まれているそうです。
 もうここまでくると、私には理解できません。
 本書では、正常な脳の活動と意識の関係性を探るために、植物状態の脳や、重症の抑うつの脳、統合失調症の脳を健常な脳と比較し脳活動の研究の成果が語られていますが、これも非常に難解でした。

 あとがきで訳者の方も書かれていますが、とても易易と理解できるような内容の本ではありません。
 何度も繰り返し読め、そうしたら新しい考え方が身につくと書かれています。
 結局、その通りで、読んでいるとうっすらとわかりかけるのですが、すぐにビシャーンと扉が閉まるみたいな感じで、私の脳のレベルが追いつかないのですよ、著者のいるところに。
 本書を半分でも理解できたときには、自分の思想がレベルアップしているはずだと思います。
 それは何かから考え方自体を解放してあげないと、行き着かない場所だと思いますねえ。
 3次元世界にいる我々の世界から、4次元世界を想像してみることに似ていると思います。
 わかりそうで、わからないんですよ。
 あんがい、意識を認識することも、そういうことなのかもしれませんねえ。


 

 
 
 
 
 

 
 
スポンサーサイト

「ツチノコ 幻の珍獣とされた日本固有の鎧蛇の記録」木乃倉茂

 昭和17年8月21日、長野県埴科郡西条村の山中(上田市よりの標高五百メートルの丘陵地)で、軍(海軍)による大規模な施設工事の最中、掘り起こされた土中から奇妙な生き物が発見された。
 現場で作業をしていた者が、この謎の生物を捕獲。
 報告は鉄道省の役人である山形光朋から、工事をおおもとで管理していた海軍省松代鎮守府に報告され、海軍直属機関で生物化学兵器の研究をしていた大日本理化学研究舎にこの生物は託されることになった。
 本書は、野槌(ツチノコ?)とされるこの謎の生物の、昭和17年8月21日から昭和18年10月21日までの、約一年間にわたる観察記録である。
 観察者は、著者の祖父であり大日本理化学研究舎の研究者だった木乃倉佐之助。
 生態観察、採毒しての成分調査、死後の解剖の詳細など。写真も有り。

 長さ30センチのビール瓶状の形態、最後部にちょろっと尻尾が伸びています。
 ウロコにはマムシのような銭形の斑紋が見られます。
 誰がどう見ても、幻の生物であるツチノコを想像するでしょう。
 木乃倉佐之助によって野槌と名付けられたこの生物の観察記録からその特徴を書き出すと、
 
1,土の中で生活する。飼育槽に盛り土するたびその最深部まで潜る。
2,土中で生活するため眼は退化して小さい。しかし、その眼は蛇のものでトカゲのような瞼はない。
3,カレイやヒラメが泳ぐように体を波打たせて移動する。まれに尺取り虫のようにも進む。
4,60センチほど跳躍できる。
5,性格は極めて臆病。まれに飼育槽の土中から掘り起こされたとき、怒って威嚇行動。このときは俊敏。
6,1年間の観察で1回だけ、体全体を風船のように膨らませて威嚇してきたときがある。
7.ミミズを食す

 さらに、木乃倉佐之助と同じ大日本理化学研究舎の研究者でマムシやハブなどの採毒をしたことがある益岡岩三郎によって、野槌の毒性の成分調査がなされました。
 それによると、マムシと同じポロペプチドトキシン、プロテアーゼなどタンパク質破壊酵素が含まれていたほか、マムシには含まれないムスカリン、リゼルグ酸ジエチルアミドという強い幻覚作用をおよぼす物質が検出されました。
 
 これらのことから、1年にわたり野槌を飼育・観察し記録を続けた木乃倉佐之助は、野槌は日本固有のクサリヘビの一種であると結論づけました。
 理由はクサリヘビ科のマムシにもある銭形の斑紋が野槌にも認められること、毒の成分がマムシと一部同じであること。
 昭和18年9月17日に飼育槽で死んでいることが発見された野槌は解剖され、骨格標本にされました。
 しかし、昭和19年2月に大日本理化学研究舎が解体されると、骨格標本はいったん東京の木乃倉佐之助の知人に預けられましたが、東京大空襲によって焼失したと考えられています。

 うーん。
 なんとも云えませんねえ。
 戦時中とはいえ、科学者がここまで調査したことが闇に埋もれたままだったというのが解せません。
 確かに、731部隊とも関係があったであろう生物化学兵器を研究していた大日本理化学研究所の研究者であったと戦後名乗り出ることは難しかったことは想像できるのですがねえ。
 毒性の成分調査については、別の本で当時でも蛇毒研究が進んでいたことを知っているので「昔にそんなちゃんと調べることができたの?」という疑惑は、私は持ちません。
 せめて骨格標本が残っていればなあ。
 読む限りでは、アオジタトカゲではないと思いますが・・・


 

「ニホンオオカミは消えたか?」宗像充

 そんじょそこらのミステリー小説よりよほど面白い。
 シーボルトが江戸時代の日本から送った2体(!)の異なる種類のイヌ科動物の標本を、ライデン自然史博物館初代館長でシーボルトと仲の悪かったテミンクが故意に1体にまとめてしまい、その影響が現代のニホンオオカミの分類研究に影響を及ぼしているなんて、ほんと息を呑むような壮大なミステリーでしたわ。
 オオカミでもなくてイヌでもない未確認のイヌ科動物が日本に生息していたという発想は私にはありませんでした。
 ニホンオオカミに関するドキュメンタリー本としては最新で、なおかつ劇的な写真から学術的な研究の成果、今も息づくオオカミ信仰に至るまで、私のような素人がニホンオオカミにアクセスする上において、この本以上はありません。
 まず、ニホンオオカミという生物は何だったのか? というところから始めてくれる。
 ニホンオオカミとは、あなたが頭の中で想像するようなイメージではないかもしれないのです。
 ニホンオオカミに少しでも興味のある方ならば、まずもって抑えておかなくてはいけない一冊でしょう。

 ニホンオオカミは100年以上前に絶滅したと言われている生物です。
 1905年(明治38年)に、奈良県東吉野村でシカを追っているところを地元の猟師たちに撲殺され、英国より派遣された東亜動物学探検隊員マルコム・アンダーソンに8円50銭で買い取られて、現在は大英博物館で毛皮の標本になってるものが、最後の個体と言われています。
 日本国内にも国立科学博物館、東京大学、和歌山大学の3ヶ所に剥製がありますが、これらの来歴は不明で中には違う動物の体と結合されているものもあり、当然ながら生存時の写真も映像も他の地域の生きた個体も、残っていません。つまり、日本ではまったく生物学的研究が進んでいないうちに絶滅してしまったということです。
 姿形どころかニホンオオカミがなんであったのか、そんな基本的なことすらわからないままに。
 実際、我々がイメージする獰猛ですが格好のいいシベリアンハスキーのようなオオカミ像は、タイリクオオカミのものです。
 ニホンオオカミは、おそらくオオカミの種類の中では世界最小ではなかったかと言われています。
 残っている毛皮や化石などからDNA分析も行われていますが、タイリクオオカミが島に閉じ込められて小型化した亜種であるのか、それとも別の日本固有種であるのか、DNA解析の解釈の仕方にも見方があるためにはっきりとしていません。
 正直言って、イヌに似ている他はまったく謎の動物なのです。

 ところが、100年前に絶滅したはずのニホンオオカミがまだ生息しているかもしれないとしたら?
 本書で初めて見ましたが、衝撃的な写真が載っています。
 1996年に埼玉県秩父地方で、後にニホンオオカミをさがす会を主宰する八木博さんが撮した「秩父野犬」と呼ばれる動物の写真。そして、2000年に福岡で学校の校長先生をしていた西田智さんが大分県祖母山系で撮した「祖母野犬」と呼ばれる動物の写真。2枚とも、国立科学博物館の研究員を長年務め、ニホンオオカミ研究の大家であった今泉吉典氏により「ニホンオオカミ生き残りの可能性がある貴重な動物」というお墨付きを頂いています。
 私、これを初めて見ましたが、明らかにイヌとは違う、なんだか不気味な感じがしました。
 脳は犬と認識したいんだけど、データにないから?、みたいな。
 さらに私見では、この2枚の写真に写っているものは、違う動物のような気がしました。
 そして、とっておきの写真がもう1枚。
 1910年に、福井城の松平試農場で捕殺されたというニホンオオカミの写真です。
 これを見たら、あなたのオオカミ観は変わると思います。
 この写真を見てから、ニホンオオカミとはどんな動物か? ということを考えるべきでしょう。
 オオカミに対するイメージが狼王ロボのままでは、話が進まないのですね。

 しかしまあ・・・本書を読んで改めて思いました。
 「ニホンオオカミを追う」でも書いたことなんですが、若い時に四国の鉱山(銅山)で働いていた近所のオッサンが、「オオカミはまだおる。オオカミはヤマイヌのことをいうんじゃわ」って言ってたんですよ。もう、30年も前かな。私はまだ子供でしたがハッキリ覚えています。というのは、その場に他の大人もいて軽い論争になったのですね。
 四国でヤマイヌといえば別に名の感慨も沸かない当たり前の存在ですが、最近はもういないでしょうねえ。
 ただ、今から15,6年前に四国山中標高おそらく500メートルくらいのヘリコプター降着場で真夜中に友達とBBQしたときに、姿は見ていませんが野犬らしき遠吠えみたいなのは聞きました。「あ、イヌがおる」と思っただけですが・・・
 子供心にヤマイヌがオオカミて思いましたが、本書を読んで繋がりました、約30年ぶりに。
 つくづく、もっと話を聞いておけばよかったと思うんですよ。
 おっちゃん、ほのヤマイヌのカッコ、絵に書いてみ、ってね・・・


 
 

 
 

 
 
 
 
 

「逃げろツチノコ」山本素石

 伝説の渓流釣り師・山本素石によるツチノコ探索記。
 1973年に刊行された本の復刻版です。
 ツチノコに興味のある方は、絶対に押さえておきたい一冊であろうかと思います。
 ネッシーや雪男の存在は信じませんが、ツチノコは80%くらいの確率でいただろう(いるだろう)と思っていた私は、本書を読むことによって、その存在の棲息を99%確信するにいたりました。

 著者の山本素石氏は、昭和34年8月31日に発生した加茂川上流の記録に残る集中豪雨の10日後、水害発生現場にほど近い山中で、いきなりビール瓶のように太くて短い胴体をもった異形の蛇に襲われました。
 蛇に慣れている著者をして、その邪悪な雰囲気には本能的な恐怖を感じたそうです。
 絶対に、獲物を飲んで膨れた蛇ではなかったそうです。
 なんの予備知識も持っていなかった著者ですが、この体験談を周囲に語るうちに、それは京都や奈良の山中でツチノコと呼ばれる図鑑には載っていない正体不明の怪蛇であることを知りました。
 この他、オハッスン、ヨコヅチ、ツチヘビ、コウガイなど、全国で約40ほどの通称があったのです。
 冒険心に富む著者は、たちまち「この謎の蛇を捕まえよう」と思い立ち、数名の奇人?からなる「ツチノコ捜索隊」を結成し、鹿児島から東北までのツチノコの情報を収集、ツチノコを見たという一報が入ればすぐさま現場に捜索に入りました。
 有名なツチノコ手配書は、著者らが主催したものです。

img085_convert_20170211141631.jpg

 いつしか著者らの活動はメディアの注目を受けてテレビにも出演し、やがてツチノコブームが起きるのですが・・・
 あくまでも、目立とうと思ってやったわけじゃなかったのですね。
 タイトルにある「逃げろツチノコ」とは、周りが騒ぎすぎて嫌気がさしてきた著者の気持ちを如実に表わしています。
 しかし、山本素石という稀代の釣り師が、ツチノコという幻だった動物をメジャーにしたことは間違いありません。

 玉石混交といいますか、著者が書いているように、いかに素朴な人でも嘘をつくし、又聞きしたことをいかにも自分の体験談のように膨らませて話す人もいるし、ツチノコの発見談はほぼ嘘だったり、見間違いです。
 逆に、祟りがあると言って絶対に話さない人もたくさんいました。
 著者が探索していたのは、昭和30~40年代という時代の山深い村々ですからね。
 今はもう、なくなってしまったような村ばかりです。ですからツチノコの目撃談が多かったのでしょう、山に人がいましたから。
 信憑性の高い情報のなかには、昭和36年に三重と岐阜の県境の山奥で炭焼き窯に入って生け捕られたツチノコの話、昭和10年に北九州でツチノコらしき蛇を殺害した話、南河内の開発現場でダンプカーにツチノコらしき生物が轢き殺された話などがあります。岐阜県揖斐川の上流にあった徳山村の昭和48年刊行の村史には、猛毒をもった珍しいヨコヅチ(ツチノコ)という蛇がいると明記されています。「いるといわれる」じゃなくて、「いる」と明言されている点に注目です。
 昔になればなるほど(山に人が住んでいた頃ほど)、ツチノコは認識されていた生物だったと思います。

 それでも、非常に珍しい生物だったことに違いはありません。
 おそらく、ツチノコという名の通り、土の中に住んでいるからだと思われます。
 私は日本でも辺境のほうに暮らしていますが、いまだにモグラというものを見たことがありません。
 正式に認識されている生物となっていなければ、モグラの存在を疑っていたと思います。
 土の中にネズミみたいなのがいるわけないだろ、と。
 さらに言えば、マムシ(こちらではハメというが)も一生で2回しか見たことないです。
 マムシ注意という看板だけは、よく見かけますが。
 ただでさえ蛇を滅多にみないうえに、それが土の中に住んでいれば、見かけるチャンスはゼロに近いと思いますね。
 逆に言えば、これだけ珍しくても全国に同じ形をした生物の通称があって、通称ということは非正式ながら認識されていたということですからね、ツチノコという生物が存在していたことは間違いないと思います。
 いないほうがおかしいです。幻でした、全国一律の妄想でございました、のほうが不思議ですな。
 さらに言えば、まだ日本のどこかには生息していると思っています。


 
 



「池上彰が聞いてわかった生命のしくみ」聞き手・池上彰

 本当にわかったのかな、池上さん。
 易しいようでいて、概念上の理解が難しいと思います。
 生命とは何かを解く「生命科学」を、池上彰が聞き手となって東京工業大学の先生に教えてもらうという形式です。
 東工大では「生命科学」を必修にするほど、力を入れているらしくてね。
 同大学名誉教授である大隅良典さんも、まさにこの分野でノーベル賞を受賞されましたし。
 話題としてもタイムリーな読み物だと思います。
 ですが、どうして生物にはメスやオスがいるのか、動物と植物の違いはなにかなど各章のタイトルには興味深いものが並ぶのですが、いかんせん、答えを聞いても「ふーん」というような生理解しかできません。
 私が馬鹿だからでしょうか。
 それとも本書にあるように「生物は暗記科目」として勉強した、古い世代だからかもしれないなあ。

 まあ、なんとなく納得できたのは、地球上の生物の生命を還元するとずべて細胞に行き着くということです。
 我々人間を単位としてみるのではなく、人間を構成している細胞に眼点を置けば、生命とはなにかがうっすらと見えてくるのです。
 つまり、「私が生きている」ということは「私を構成している細胞が生きている」ということなんですね。
 人間には約37兆個もの細胞があって、数ヶ月で古い細胞は新しい細胞にリニューアルされます。細胞の中で様々な生命機能を担っているタンパク質もどんどん壊され、新しく作られていきます。
 年を取るにつれてリニューアルのスピードが衰え、それができなくなったとき、個体として死を迎えます。
 また、神経細胞はリニューアルされません。生まれたときのままです。
 そのため、現代の人間は長生きですので、神経細胞本来の生物学的な寿命を超えてしまい、アルツハイマーなどの原因となっていると考えられているそうです。
 東工大の先生は否定はしていませんでしたが、いずれ超人類というものが誕生するならば、ひょっとしたら神経細胞が再生されるという特徴を持っているやもしれませんね。

 あとこれ、よく知られていることなんですが、コラーゲンのサプリメントを飲んでもそのままコラーゲンになりませんから。
 コラーゲンを摂っても、一度アミノ酸にまで分解されてから多種類のタンパク質になるので、意味ありません。
 同じように遺伝子組み換え食品を食べても、どんなタンパク質でもアミノ酸に分解されて同じようになるので、体に害はありません。
 20種類のアミノ酸の組み合わせで作られる様々なタンパク質が、細胞の生命活動の源です。
 地球上には姿形の違ういろいろな種類の生物がいますが、すべて細胞レベルのしくみは同じなんですね。
 遺伝子数は大腸菌が4千に対して人間は2万5千。形の割にはあまり変わりませんし、チンパンジーも同じ2万5千の遺伝子数でゲノム全体は人間と98%同じです。
 ほんのすこしの差で、生物の形は大きく変わるものなのです。
 DNA複製はまったく同じものがコピーされるはずなので、ちょっとしたミスコピーですね、イレギュラーが起こったおかげで我々人間は単細胞生物の細菌から、このような複雑な形と知性を持った変化を遂げたのです。
 本当に、まるで作られたかのように、細胞や生命は調べれば調べるほどうまくできているです。
 個々の活動の仕組みはだんだんと解明されていっていますが、どうしてそういうことが起こりうるのかという、生命への根本的な問いかけは、いまだ謎のままです。


 
 
 
 
 
NEXT≫
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
最新記事
カテゴリ
ミステリー (91)
ミステリー短編集 (17)
歴史ロマン・ミステリー (17)
冒険ロマン・ミステリー (14)
サイコホラー・ミステリー (15)
学園ホラー・ミステリー (14)
民俗ホラー・ミステリー (10)
政経・金融ミステリー (17)
ファンタジックミステリー (21)
近代・昭和ミステリー (14)
オカルティックミステリー (7)
青春・恋愛ミステリー (20)
医療小説・ミステリー (22)
伝奇小説・ミステリー (12)
時代人情小説・ミステリー (17)
時代冒険小説・ミステリー (18)
社会小説・ミステリー (14)
スポーツ小説・ミステリー (10)
アーティスティックミステリー (12)
海外ミステリー (27)
海外冒険小説・スリラー (16)
SF・FT・ホラー (24)
SF・FT・ホラー短編集 (13)
海外SF・FT・ホラー (17)
クライシス・パニックサスペンス (12)
警察・諜報サスペンス (29)
悪漢・犯罪サスペンス (28)
中間小説 (21)
青春・恋愛小説 (30)
家族小説・ヒューマンドラマ (30)
背徳小説・情痴文学 (13)
戦記小説・戦争文学 (17)
政経・金融小説 (14)
歴史・伝記小説 (21)
芥川賞受賞作 (19)
直木賞受賞作 (17)
文学文芸・私小説 (23)
海外小説・文学 (12)
文学アンソロジー (52)
歴史・伝記 (30)
戦史・戦記 (31)
海軍戦史・戦記 (143)
物理・宇宙 (26)
生命・生物 (37)
アンダーグラウンド (44)
事件・事故 (35)
世界情勢・国際関係 (23)
スポーツ・武術 (22)
探検・旅行記 (19)
随筆・エッセイ (28)
月別アーカイブ
プロフィール

焼酎太郎

Author:焼酎太郎
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
最新トラックバック
リンク
QRコード
QR
RSSリンクの表示