「社会人大学人見知り学部卒業見込」若林正恭

 漫才コンビ・オードリーの若林さんのエッセイ。
 2010年からダ・ヴィンチに連載されていたものです。
 2008年にM-1グランプリで準優勝するまで、誰にも見向きもされなかった期間は8年間。
 コンビ解散の危機を乗り越え、ようやく30歳になって爆発的にブレイクしたわけですが、あまりにも下積み生活が長かったせいか、トンネルを抜けた先には、すでに自分の感覚が社会の通念から離れていることに気づいたのです。
 つまり、社会不適合といいますか。同い年の方は会社でバリバリに働いている頃ですから。
 本書は、若林さんが売れない地獄の20代を振り返りながら、ようやく一般社会人としての礼節、感覚をわきまえるまでの日々が、面白おかしく、ときには切なく綴られています。

 面白い。いい本です。
 ネガティヴにならないためには、何かに没頭することという若林さんの悟りの境地には賛同。
 忙しくしてたら、ネガる暇がありません。暇だから悪い方向に考えすぎてしまうのです。
 最後はしんみりしましたわ。放尿のところと春日の幸せのところ。
 春日はほんとすごい人間ですな。
 他人の物差しなんて関係ないんだろうね。
 どれだけ貧乏だろうと、ゲームができて毎日エロサイトのサーフィンができれば幸せだと。
 ほんまうらやましいわ。どないやねん。
 私、この2年ほどはオードリーのオールナイトニッポンをほぼ毎週欠かさず、聴いております。
 ラジコのタイムフリーですけどね。ジョギングしながら聴いてる。
 めちゃくちゃ面白いです。少なくとも木曜日の小さいオッサンよりは、よほど面白い。
 おそらく、私の1週間の笑いの半分ほどはオードリーのラジオに費やされているんじゃないかな。
 テレビだとあまりパッとしないんですが、ラジオだと若林さんの投げやりトークが冴えるんですわ。
 今だと春日さんが数年前よりだいぶおとなしいので、トーク番組としてもバランスがちょうどいいです。
 笑う門には福来たるといいますが、笑えば人間は幸せになります。循環がよくなります。
 ですから、若林さんは十分、人をしあわせにしていると思いますよ。
 少なくとも、私は感謝しています。オードリーというコンビを忘れることはないでしょう。

 しかしまあ、8年間もよく耐えたもんですねえ。
 いつかラジオで「春日がいたから俺の今がある」と言ってましたが、逆のことも言えると思います。
 ですから、若林さんの相方が春日さん以外だったらどうなっていただろう? という仮説はきっと成り立ちません。
 春日さんがいまだに風呂なしのアパートに住んでいることは有名ですが、若林さんもかつては風呂なしのアパートに住んでいて、真っ赤のシャツしか着る服がなかったので不動産屋から「赤シャツ」と呼ばれていたそうです。
 それがテレビに露出するやいなや、引っ越しのために訪れた不動産屋の態度が変わったという場面が、まず若林さんが社会を認識した第一歩だそうです。
 M-1で準優勝したことにより、世界が一変し、それから若林さんは様々な社会の返礼を受けることになります。
 飲み会嫌いは有名ですね。
 事務所の飲み会のときに、ひとりトイレにこもってシド・ヴィシャスを聴いていたそうです。
 自意識過剰というか、世の中を斜めに見過ぎていたのではないかと思います。
 でも本当に人間が曲がっていれば、8年間もそうした生活が続いていないと思うんですよ。 
 いくら笑いをとることが中毒になったとしても。
 本もけっこう読んでいますし、自分のことをよくバカだからと言ってますが、相当頭がいいと思います。
 最近ちょっと太り過ぎて顔がスコーンみたいになっていますが、童顔ですから、もうちょっと痩せればオバサン受けして、45歳までなんて言ってないで、60歳まではいけますよ、若林さん。


 
 
 
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「正直に語る100の講義」森博嗣

 森博嗣のエッセイ「講義シリーズ」第5作目。
 著者が日々疑問に思ったことや常々感じたことなどが、100題それぞれ2ページで語られるスタイル。
 なかなか特異な本です。
 私が思うには、100の講義には3種類あって、「そうか、そうだったのか」と初めて気付かされるもの、「なるほどねえ」と改めて考えさせられるもの、「ふーん」と大して面白く感じられないもの、に分けられるかと思います。
 今回は残念ながら、「ふーん」と寝てしまうような講義が多かったかもしれません。前に比べるとね。
 前のはけっこうインパクトあったからなあ。
 どの講義だったか忘れましたけど、応援しているスポーツチームに対する考え方みたいなテーマがあって、この方おそらくスポーツに疎い理系文化会系だと思うんですが、スポーツが全般的に好きである私をして気づかなかった真実を捉えており、その後の心の持ちようで大変勉強になったとことがありました。他にも、何かにつけて「森博嗣はこう言ってたな」と思い出すことが多いです。
 原発問題とか社会に関することに対する切り口は鋭いですからね。
 安全性さえ確率されるならば核燃料の廃棄施設はうちの家の庭でもいい、と言っておられたのには感心しました。
 その通りかと思います。民主主義はリスクの分散であって汚いものはよそに放れではないのですね。
 本作が私にとってイマイチのように感じたのは、おそらくこのような社会的なテーマが少なかったからでしょう。
 あるいは科学的なことも。もっと重力波には触れてほしかったと思います。
 言葉遊びというか、言葉を記号ではなく暗号で捉えられているのかもしれませんが、そっち系の「正しい日本語」ネタが多くて、もっとも森博嗣ファンにはそっちのほうがウケるのかもしれないので、私が少数派なのかなあ。
 セメントの先生ですから、次作(あるならば)では福岡の道路陥没事故については絶対に触ってもらいたいですが。

 それでは本作でピンときた文章を抜粋。
 ・可能性があるのは、今売れていないものだ。売れていないものをよく観察すると、そこから売れない理由を学ぶことができるし、ここをもう少しこうやれば売れたのにというアイディアも思いつく。売れているものではなく、売れていないものを見よう。
 ・将来に不安があると答えた人が多い、というアンケートの結果について。将来への不安がない人間なんて、かぎりなく馬鹿に近いと思われる。
 ・小説を書いてみようと最初に思った時、僕が一番にしたことは、座り心地のいい椅子を買うことだった。準備をするほど余裕が生まれ、余裕はいい仕事を生む。
 ・(アーティストは)良いなと感じた作品には近づかない方がいい。なぜならその良さは既に世に出ているからだ。
 ・「自分の目で見ないと信じられない」という人ほど、見て騙される。自分の目を信用してもいいのか?
 ・どこへ行っても「お忙しいところ、わざわざありがとうございます」と挨拶をしてくれるのだが、そこにいる誰より僕は暇なのだ。みんなもの凄く忙しいのは、見ればわかる。だから、「私が忙しいところへ、ありがとうございます」が正しいと思う。
 ・「空き巣に注意」というポスターがあったが、空き巣に注意をしているのは泥棒ではないのか。「空き巣狙いに注意」という意味だろうが、それでも空き巣になったら家人はいないのだから。誰が注意するのかよくわからない。
 ・優しさの測り方を教えよう。簡単にいえば約束をどう実現するか。たとえば待ち合わせをしたときに、何分前に来るかで貴方に対する優しさが測れる。時間は金よりも労力よりも高い価値を持っている。その高価なものを貴方に差し出せるかどうかで、優しさが測れる。遅刻は論外。
 ・なんでも頭を下げておけばよい、という卑屈な文化が日本にはある。たいていの頭はそういう文化で下げられているだけで、本心から謝っているわけではない。
 ・世界遺産、ノーベル賞、アカデミー賞、ミシュランガイドなど、欧米はお墨付きを後進国に与えることで、欧米が世界の支配的立場にあることを維持している。日本や中国や韓国は、金はあるけれど名誉が作れない。だからこういった勲章を高く買わされている。そういう図式である。いつまでも喜んでいるようでは、結局はオリジナルの文化は、外向けに飾られ、内側は綻びるだろう。

 要約すれば、こんなところですかね。
 一番は「優しさの測り方」。
 待ち合わせでわかる? と最初は怪訝に思いましたが、過去の経験に照らし合わせてみれば、その通りかもしれないと思いました。相手も、もちろん自分もです。どれだけその人のことが気に入っていようとも、その人が自分にくれる優しさには関係がないのです。八方美人に見えて、実は誰に対しても優しくない人間もまたいるということなんですね。
 思い当たります。


 
 
 

「他者という病」中村うさぎ

 ナルシズムという病と、自意識過剰という罪。
 この両者が「私」を形作っている限り、我々は常に他者を求め、他者に期待し、他者の承認を欲しがり続ける。
 そして他者に拒絶されたり否定されたりするといたく傷つき、相手に激しい怒りや憎悪をぶつけるのだ。
 だが、他者がいないと、私は自分の輪郭を維持することができない。
 他者との比較によってのみ、私は自分が「人とは違う私」であることを発見できるからだ。
 私にとって「他者」とは己を映す鏡であるが、ただしそれは己の姿を極端に矮小化したり誇大化したりする歪んだ鏡なのである。


 著者の中村うさぎさんは、2013年の8月中旬、突然の病(100万人に1人の難病だったという説もある)に倒れて入院、約3ヶ月半の入院の間に一度の心肺停止と二度の呼吸停止状態を経験しました。
 死にかけたというか、一度死んでおるのです。
 幸い奇跡的な回復により退院しますが、脳に作用して人格を変えてしまうホリゾンという薬の副作用により、「私が私でなくなっていくのだろうか?」という恐怖を抱えながら、経済的支柱であった週刊文春の連載とMXTVのレギュラーを失い、鬱のどん底で「あの時に死んでいればよかった」とせっかく生き返ったのに死んでしまいたい気持ちをどうすることもできないまま、自殺未遂を決行するまでに堕ちていく、そのときの自身の心情が赤裸々に語れているエッセイが、本書です。
 時系列に沿って9つの章で構成されていますが、最初のほうは痛々しいです。
 薬の副作用のためなのか猜疑心が強くなって攻撃性が増したそうで、各章の最後には後から自身の文章を振り返った回想録が載せられており、自分が自分でなくなるとはどういうことかという考察もなされています。

 中村うさぎという人を私は週刊文春のコラムでしか知りません。
 それも、ずいぶん前に数回読んだきりで、面白いとは思っていませんでした。
 本書に目を通して、はじめてこの方が、重度の買い物依存症でホスト狂いでデリヘル嬢をしていた過去があったことを知りました。画像を検索してみましたが、そういや観たことあるかな程度でした。
 もちろん本書の重要な核である「5時に夢中」という番組でのトラブルなどは、まったく知りません。
 ですので、良かったのか悪かったのかわかりませんが、先入観なしで読みました。

 死んだ瞬間は、まったくの虚無であったそうです。絶大なる「無」と書いてありますね。
 普通ならば、その体験から新たな価値観を見つけそうなものです。
 しかし、生き返った著者は、その後のトラブルや体の困難から、死という無は生という有より幸福であり、苦界からの救済ではないかと思いつめるのです。あのまま死んでいればよかった、と。
 どうしてそのようにこの方は思うのか、それこそ他者との関係にがんじがらめに縛られた苦しみから逃れるためです。
 恐るべき自意識過剰なのですね。ナルシストなのですね。傷つきやすいのですね。
 頭が非常に良い方だと思うので、相当、生きづらいと思います。
 結局、ようやく足が立つほどに回復すると、ドアノブで首を吊って自殺を図り、失敗しました。

 ドストエフスキーの小説に「地下室の手記」というのがあります。
 あれと同じように、著者のように自意識が特に強い方は、目に見えない所に隠れて住むようにすればいいのです。
 もちろん、たとえですけどね。
 目立ちたがり屋というのは、高転びに転びますから。永遠にトップにいることはできません。
 偉そうなことは言えませんが、この方の視点というか思想からは、宇宙という観念が抜け落ちているように思います。
 宗教ではありませんよ、物理学ですね。
 生き物なんてものがどうして、宇宙にいるのかわかりません。
 人類など、宇宙にとってはいてもいなくても変わりありません。
 あまりにも早い一生を終えて消えてなくなく我々が、生きる意味など問うても仕方ないのではないですか。
 飯を食って酒を飲み、うんこして寝ていればいいのです。



 
 

 

 

「一私小説書きの日乗 遥道の章」西村賢太

 「小説野性時代」に連載中の徒然なる日記の、4巻目だか5巻目(数える気なし)。
 時系列でいうと、平成26年6月20日(金)から平成27年6月19日までの1年間。
 ただひたすらに、40代後半の汚れ五流作家のデブおっさんの日常を簡潔にまとめたもの。
 たとえば、
 
 午後十二時起床。入浴。
 日中、昨日分下書きの清書。
 夜、買淫、外れ。
 深更、まだ少し腰の痛みが残っているので、横臥し読書。
 缶ビール1本、ホッピー割りで宝を半本。
 手製のスクランブルエッグ。ドライサラミ1本。冷凍食品のえびシューマイ。
 最後に、ペヤングのカレー味を食して就寝。


 こんな感じで、延々と続きます。
 もちろん、テレビでに出たりとか、有名人との会合もあるので、起伏はありますけどね。
 大体において、この方の漂わせている怠惰看板な雰囲気の通り、無為な一日が大半です。
 それでも、まあ、今回はちょっと買淫の回数が大目ですが、手淫は1回しかなかったし、まだマシなほう。
 コンビニにてエロ本1冊購める、というお得意の変態披露もなし。
 なんたって、自炊の回数がめちゃ増えてる。
 どうしたんだろう、柄にもないねえ。
 相変わらず痛風が再発したりとか、体調は安定していないようですが、自炊ですとか風呂場の掃除とか、ずいぶん人間的な生活感が増したような気がします。
 前作までは、滅多に自炊などせず、出来合いのもので晩酌していたはずですね。
 知人の子供にお土産を買ったりとか、今まで絶対になかった一面も。
 何かが変化した、これは間違いないでしょう。

 交流でいうと、昔から憧れていた稲垣潤一との付き合いは深まっていますね。
 ふたりで「信濃路」行ったりとかね。
 これは私も「ブルージン・ピエロ」や「バチェラーガール」とか好きだし、少々羨ましい。
 さらに今回は意外にも、真梨幸子の小説にハマり、対談までしています。
 「5人のジュンコ」とか読んでいる(笑)
 あまりにも、イメージからかけ離れているような気がしますが、あんがい、この方は本に純情ですよね。
 頑ななようでいて、懐が広いというか。
 他にも、前作までになかった読書では、江上剛もそうです。金融ミステリーにまで手を出した?
 
 まあ、なんだかんだで、この方の書くものは面白い。
 それは間違いない。
 こんな無為な日記でも、読んでいて飽きません。楽しい。
 やはり創作家なのだな、と思います。
 今回も“悪い時の周期”が出て、一切小説を書けなくなるターンが数ヶ月続くのですが、それでも藤澤清造の本を再読して仕事を続ける闘志を奮い立たせたり、あがいてのたうち回りながらも、小説を書かなければと前を向こうとする姿勢がよろしい。
 無意識の意識で、書けないときでも精神的にネタぐりをしているのだと思います。
 だから、著作が30数冊も刊行できているのだと思いますよ。
 西村賢太の真似は誰にもできません。
 これはこれで、稀有な才能だと思います。


 
 
 

 
 
 
 
 

「東京者がたり」西村賢太

 ご存知・史上最低の人格者西村賢太先生による、極私的な東京脳内散歩。
 家庭内暴力をふるって縁が切れた母を思い出す錦糸町の商業施設や、暴行で逮捕されて護送車から見た隅田川の風景など、江戸っ子である著者が人生の節目節目の出来事を絡めて、都内のスポットを語るというもの。
 巻末には、玉筋袋太郎なるマイナーであまり知られていない四流芸人との対談付き。
 西村先生は、自らの身内に流れる純然たる東京っ子を自覚しており、それは誇示でも見栄でもなく、日常的に無意識の成長過程で身についたものであり、所詮、地方より気負って上京してくる田舎者には絶対に身につかないものだそうです。
 東京人特有の、本来の意味での野暮ったさというものは、上京イコール洗練とはき違えている、そこいらの百姓学生風情には到底理解の叶わぬものであろう、とも述べられています。
 
 なるほど、少しわかる気がしないでもないね。私は東京はあまり知りませんけども。
 確かに、ついこの前まで牛の糞かついでた奴がいつのまにやら帰ってくると標準語になっているのは、見ていて痛い。
 本当に保守的で排他的なのは、江戸っ子ですからね。その壁は地方人では破れません。
 かといって、この対談に出てくる玉筋袋太郎っていうの? 元が日本人かどうかわからんようなのに言われてもねえ。
 代々の江戸っ子という、この“代々”はおうおうにして嘘が多いです。

 意外だったのは、本書でも相変わらず「苦役列車」の映画を酷評している西村賢太ですが、あのえーと、名前忘れた俳優だれだっけ、ウォーターボーイズの、まあいいや、彼が扮する北町貫多に、実はイヤなまでの江戸っ子意識を求めていた、ということです。それがまったくなかったから、あの映画は駄作であると酷評しているらしいのです。
 なるほど、それはまったく想像だにすらしていませんでした。
 私は「苦役列車」観ましたけど、とても面白かったと思いましたよ。
 でも西村賢太は、あのしゃべりようは脳が欠落しているみたいじゃないか、実際の北町貫多はああじゃない、監督も俳優も関西の人間が作ったような映画だと言うんですね。
 びっくりですわ。てっきり、駄作だ駄作だというのはネガティブに宣伝してるのかと思ってましたが、彼には彼なりの主張があったのです。しかもそれは、江戸っ子にしかわからないという、美意識の問題。うーん、わかりません。
 面白かったけどねえ。私が田舎者だからかなあ(笑)
 
 さて、昭和58年に15歳で家出して初めて一人暮らしを開始した家賃8千円の鶯谷、その後の飯田橋、新宿一丁目など、風呂もろくに入っていなかった頃の垢まみれな西村賢太の思い出話は、やはり面白いです。
 一番面白かったのは、日暮里のビジネスホテルでしょうか。
 たまさか入った分不相応のホテルで、風呂やら冷蔵庫やら自販のハンバーガーやら非日常の感激を味わうという。
 味をしめて次に行くと「満室です」とすげなく断られ、二度と泊まれなかったのには、何か裏があるのでしょうか。
 これは、わかる気がしました。
 あと、この人、墓が好きだねえ、なぜでしょうか。
 墓に関する話題が多かったです。有名人の墓でひっそりとその人を偲んだり。
 図体や外見に似合わず、ロマンチストなのでしょうね。
 なんやかやで、15で家出して最底辺の港湾人足で働きながら世を過ごしてきたこの方の半生っていうのは、とても面白く、ある意味力強く、勇気づけられるのは確かです。どうにかなるんだよね、生きてりゃ。


 
 
 
 
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