「たまらなくグッドバイ」大津光央

 2015年度「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞作品です。
 八百長疑惑の渦中に自殺した元エースを題材にした、野球ミステリー。
 プロ野球ですよ。
 おっさんくさいよねえ。
 昔は私も関西の球場にまで足を運んでいましたが、もういまや12球団の監督の名前さえわからないですね。
 でも一番見ていて理解できるスポーツったら、私にとって野球であることに間違いありません。
 あの“間”が悪いところでもあれば、良い所でもあるのです。
 日本人には向いていると思います。
 サッカーが物語であるとすれば、野球は詩ですね。

 さて、あらすじどうするかな。
 というか、この小説の一番いかんところ、構成のややこしさ。
 今から27年前の1988年に宮崎での春季キャンプ中に、数々の記録を打ち立てた34歳の元エースピッチャーが、宿舎のユニットバスで喉を切って自殺したのはなぜか、というミステリーが最大の謎になっているのですが、それを最後まで引っ張るのはいいとしても、その周辺を1章から5章まで関係者の証言やらで埋めていくのですが、それを統括して物語にしている人物が他におり、しかも関係者の証言を聞きまわっている人間がまた別にいるので、ややこしくて仕方ありません。
 わたし、という一人称が多すぎるので、整理できません、わたしは頭が悪いので。
 しかも、この証言集がどこやらで見たような、聞き語りなんだよねえ、最近流行っているけど。
 つまり、浅田次郎形式ですわ。百田尚樹も永遠のゼロで思い切り真似していましたね。
 まあ、文章は会話含めてストレスをまったく感じさせないこなれたものであるので、真似だろうがなんだろうが面白ければいいんだけど、いかんせん、この形式をやるんだったらシンプルにしないと。
 誰が誰やらわからなくなってしまいます。
 それが、一番の難点ですわ、残念ながら。
 まあ、せいいっぱい優秀賞が到達点で、大賞はないな、まだ今回の大賞作品読んでいませんが。
 面白いか面白くないかで言うと、もうひとつ面白くありません。
 もっと、シンプルに、K・M(自殺したピッチャー)の謎にサスペンス風に迫ればよかったんじゃないですかね。
 ヒューマンドラマ風にしたから、ぬるくて失敗した。柄にもなくちよっと感動させようとした。
 浅知恵だねえ。サエ子が絵を描こうがどうたら、そんなんどうでもいい。
 しかも、K・Mの八百長疑惑や自殺の謎にも、すっきりとした解決は用意されていませんね。
 結局、なんだったかのかが全然わからないです。最後見ると“わたし”の創作になっていますよね。
 なんなのこれは(笑)
 ひょっとしたらモデルの選手がいるのでしょうか。
 通のプロ野球ファンならば、私には見えないものが見えるのでしょうか。
 その可能性があるのならば、話は別ですね、作者はもっと深いところをぼかしていたということだから。
 でも、私には、サブマリン(アンダースロー)で日米野球で活躍したったら阪神の川尻くらいしか思いつかないです。
 川尻の下の名前は忘れました、哲郎みたいな感じだったかな。
 この小説の主人公と同じように、川尻は日米野球で完封したと思います、確か。見た記憶があります。
 でもそれだけで、このK・Mは川尻ではありませんよね、もちろん。
 モデルの選手がいるとは思えないんだけどなあ。
 昭和の中頃の、八百長事件で選手が何人も永久追放になっていますが、それが元ネタなら私にはとんとわかりません。

 では、くさすのはこの辺にして、いいところを。
 3章の「転向」は、それまで眠たかったのが、パッチリ目が覚めました。
 そうきたか、と思ってね。
 ここでは、K・Mが自殺したときに宿舎で同室だった若手選手の回顧が載せられています。
 彼は、入団2年目の若手のくせに、キャンプ中に朝帰りしてK・Mの異変に気づかなかったことになっています。
 彼がずっと部屋にいれば、自殺を防げたんじゃないかと、メディアからは叩かれました。
 どうして、彼は朝帰りしたのか? たとえそれが建前であっても、批判されてなお押し通さなくてはならなかったか。
 あり得る世界でしょ。
 男の世界ですから。ないほうが不思議です。
 血染めのジャージは、一度彼が介抱したという証でもあります。
 転向。コンバート。コンバートしたのは野球のポジションだけではなかったのです。



 
 
 
 
 
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「サクリファイス」近藤史恵

 これはやられた、予想外に面白かったです。
 サイクルロードレースという日本ではマイナーな競技を舞台にした、スポーツミステリー。
 けっこう意味深だったラストも展開もよかったですが、何より刺激的だったのは自転車競技の風景。
 ロードレースってこういう仕組みでやってたんですね。
 チームがあって、個人競技でありながら団体競技でもあるのですね。
 タイトルのサクリファイスとは犠牲という意味ですが、ロードレースではチームとして戦うためにエースを空気抵抗から助けたりするアシスト役の選手が存在するのです。もちろん、勝者として記録に残るのはただひとりなのですが、その勝利は記録に残らないアシストという縁の下の力持ちによって支えられているのですね。
 けっこう奥が深いですよ、ロードレース。
 ケイリンとかスプリントってわかりやすいんですが、街中とか山岳とか走るロードレースは馴染みがありません。
 ツール・ド・フランスは有名で日本で放送もされているので観たことはあるのですが、こういうことになっていたとは知りませんでした。
 素人目ですが、作者は見事に描き切っていると思います。
 近藤史恵が自転車乗っているのはあまり想像できませんし、小説の素材として一から取り組んだんだろうねえ、さすがプロ。
 よかったですわ。迫力ありましたし。
 スポーツ小説としては傑作の部類であると思いますよ。

 ちょいあらすじ。
 高校時代にインターハイで優勝するほど将来を嘱望された陸上選手だった白石誓が、走ることをやめて自転車競技に転向したのは18歳のときである。大学の自転車部のエースとなった白石は卒業後、国産自転車フレームメーカーを母体とするチーム・オッジと契約してロードレースの選手になった。
 チーム・オッジは大阪北部を拠点とする。選手は全部で15名。しかしレースに出れるのは6人だ。
 白石には、このチームでどうしても勝てない選手がふたりいる。33歳の石尾豪と23歳で同い年の伊庭和実だ。
 石尾は長年このチームを引張るエースで、日本を代表するヒルクライマーである。
 伊庭は新人だが実力はベテランのチームメイトを追い越していた。平坦が得意なスプリンターだ。
 白石はどちらかというと山が得意だが、自分でエースになれる実力がないのはわかっている。アシストタイプである。
 勝つためのレースと、働くためのレース。エースとアシスト。そこには埋めることのできない溝が存在した。
 伸び盛りの伊庭はつっけんどんな性格で、チームから浮いていたが、その実力は誰もが認めざるを得ない。
 ある時、白石は先輩から聞き捨てならないことを聞く。
 このままだと、伊庭はエースの石尾に潰されるというのだ。石尾には長年チームを牽引してきた己も気づかぬプライドがあり、伸びてきて自らのエースの座をうかがう若手を叩き潰す場合があるというのだ。
 白石はレースでよく石尾と同室になるが、口数こそ少ないが石尾にはそんな陰険な気配はまったく感じなかった。
 そのことを言うと、その先輩は「それが奴の怖いところなんだ」と言う。
 そして迎えた、ツール・ド・ジャポン。海外の有名チームも参加する大会の6ステージ中の1ステージで、石尾でも伊庭でもなく展開に恵まれたアシスト役の白石が優勝してしまう。
 4ステージ目までも総合で白石はトップに立ち、リーダージャージを着ることになった。夢のようである。
 しかし・・・3位の石尾がレース途中でパンクし、本来ならアシスト役でエースを補佐しなければならない白石は、総合トップでありながら石尾に指示されて彼の修理を待つことになってしまう・・・

 最後、袴田はあれでよかったのでしょうかね。
 いくら車椅子だからといっても、許されることと許されないことがあるでしょう。
 怨念を抱えた彼に、どうして香乃が付いたのかわかりません。
 そう考えれば、傑作と思う本作でも“アラ”はあったということですね。
 わざわざベルギーまで行ってあんなことするくらいならば、それまでの日本にいた3年間でなにかできたでしょうよ。
 ま、それでも本作が面白いことに変わりはありません。
 特に、伊豆ステージでの石尾の行動の理由がわかったときは、思わずうなりましたね。
 そやったんか、石尾さん、と。
 やはり、作者のロードレースへの理解が深いからこそ書けたのだと思います。興味深い世界でした。


 
 
 
 

「チア男子!!」朝井リョウ

 まず、この本を読み始める前に、動画かなんかでチアリーディングを観たほうが絶対いいと思います。
 そうしなきゃ、専門的な技の名前とかいっぱい出てきますしね、作中の説明だけではイメージわかないですね。
 実際にチアリーディングを観ることによって、どれだけこの物語の登場人物たちが無謀で危険なことにチャレンジしているのか理解できると思いますし。
 また、ラインダンスをしますが組体操みたいなのはしない“チアダンス”との違いもわかることでしょう。
 まあ、 本当にこれはすごいというか・・・体操の床運動とですね、ピラミッドとかの組体操の凄いのが合体したような、思わず見入ってしまうような、アクロバティックな競技です。
 全国選手権のような大会もあって、選手は8人以上16人以下、競技時間は2分20秒以上2分30秒以内。
 そのうち1分30秒間は音楽を使ってもいいのです。あとの1分は、選手たちのかけ声ですわ。
 「GO! FIGHT! WIN!」とか、なんとなく聞いたことあるでしょ。
 しかも、これ実は“応援”なんですよね。当然なんですけど。
 応援することが主役になり、誰かの背中を押すことがスポーツになっているのです。
 チアとは、戦うスポーツではなく、世界でたったひとつだけ、人の関わりの中で生まれた競技であり、誰かを応援するという姿勢が評価されるスポーツなのです。
 チアリーダーとは観客も選手も関係なくすべての人を応援し、励まし、笑顔にする人のことです。
 チアリーダーの笑顔の裏には、涙も凍りつくような努力があります。しかし、観ているものを不安にさせてしまうのなら、それはチアリーディングとは言えません。チアは一般人からすると危険なスタントに思えますが、ハラハラドキドキさせたのならそれは“サーカス”なのです。上手なグループのチアを観てください。どれだけ危ないことをしていても、どこか安心して楽しみながら観ていられると思います。
 敵も味方も観客も関係なく、全員が笑う、応援して、応援される。
 ある意味、生き方の基本といいますかね。これまでに団体競技など精神的にキツいスポーツ経験のある方は、本作をうまく読めたならば、価値観が広がるかもしれません。
 決して筆力があるというよりどちらかというと下手くそな小説なんですけど、これを読んで何か残るとしたら、それでしょうね。うん、何かは残ると思いますよ。

 簡単ですが、あらすじ。
 命志院大学柔道部1年生60キロ以下級の晴希と一馬は、小さい頃から仲の良いコンビだった。
 柔道一家で大学の公式柔道練習場「坂東道場」の息子である晴希。姉の春子はインターハイ準優勝の強豪選手だ。
 一馬は、両親は昔に事故死し、唯一の肉親である祖母も高1のとき入院してから、彼は築何十年の風呂なしアパートで一人暮らしをしている。彼はインターハイにも出場したが、大学には一般入試でトップクラスの成績で合格し、特別給費生の資格を得ている。
 入学して3ヶ月。肩の怪我をして練習できなくなった晴希は、どこかホッとしていた。
 彼はインターハイにも出場できず、姉のように取り立てて才能に恵まれた柔道選手ではなかった。
 公式道場の息子だからもらったスポーツ推薦で入学できたのではないか、ということにも疑念があった。
 そして、はるかに及ばない姉の背中を追いかけていることは、重荷だった。
 晴希は柔道部を退部することを決める。
 しかし、いざ部長室に向かうと、驚いたことに一馬が先に来て退部していたのである。
 一馬には一馬の事情があったのだが・・・
 「・・・一発おもしろいことしようぜ、ハル」
 一馬はそう言って、出会ったころのように白い歯を出して笑った。そう言う一馬の声が少年だったころの声に重なり、一馬の姿が真夏の太陽に重なった。
 あのとき確かに聞こえた。何かが始まる音。夏が始まる合図。晴希にはっきりと聞こえた気がした。
 一発おもしろいことしようぜ。それは、二人が出会ったころからの永遠の合言葉だった。

 二人がやろうとしたこと、それは男子のみのチアリーディング。男子チア。
 人を応援することに性別なんて関係ない。
 掲示板にチラシを貼ったり、なじみの食堂に協力してもらって集めた7人のチームは10月の学園祭でデビューした。
 そして、反響から選手は16人に増え、専門のコーチもついて3月の全国選手権を目指すのだが・・・

 あとがきによれば、早稲田大学の男子チアチームが紹介されているように、男子チームや男女混成チームはけっこうあるようです。そこがウォーターボーイズとは違うよね。
 まあ、小説の題材にするのは初めてだろうとは思いますが。
 スポーツ小説と言っていいと思いますが、こういうのに付き物なのが、選手の中に必ずいる、劣等感の塊みたいな肥満型の男と、メガネをかけて運動音痴な秀才タイプ。本作もご多分に漏れず、いますよ(笑)
 バック転とかバク宙が、数ヶ月の訓練で簡単にできるとは思えないけどなあ。
 それ以前に、何もできないのに、チアリーディングをしようとする神経も理解できない。危ないでしょ。
 笑いながら演技してますけど、一歩間違えば大怪我ですからね。
 個人的には、男子チアのユニフォームは短パンなんですが、すね毛をどうしたのかが非常に気になるところでした。


 
 
 

「独走」堂場瞬一

 現代スポーツの存在意義を問う、意味深で読み応えのあるスポーツ小説。
 著者はこの分野での活躍もすでに数年、ご存知ロマンスグレー・堂場瞬一。
 元読売新聞の方だけあって、野球やら箱根駅伝を主に題材として選んでいらっしゃいます。
 私としてはサッカーや格闘技なんかも取り上げてほしいんですがねー。
 スポーツ小説というのは、生活分野を扱う普通の小説と違って、個人の趣味が色濃く反映されますから仕方ありません。まったく興味のない競技や球技なら、一から物語を創作するのは苦痛でしょうな。
 まあ、私がほぼルールが理解できないのはクリケットとアメフなんですが、だからこれ以外なら読むのはたぶん大丈夫。
 でも以前読んだのは「チーム」(カテゴリースポーツ小説・ミステリー参照)だけですが、あれはもうひとつだったなあ(笑)
 同じ箱根駅伝モノとしては、三浦しをんの「風が強く吹いている」(同上)に、大きく劣っていました。
 三浦しをんの「風が・・・」はいまだに思い出すくらい印象に残った名作なんですが、「チーム」はまったくと言っていいほど思い出しません。だから「ヒート」という続編がでてるらしいんですが、読む気が起こりません。
 以上の流れで、それほど期待せずに手にとった本作でしたが・・・
 いい意味で予想が外れました(・∀・)
 柔道の元金メダリストが、まったく畑違いな陸上の長距離選手の育成を任されるというスタート。
 はじめはお互いがすれ違ってうまくいかなくても、きっと最後には大きな大会で勝ってハッピーエンド・・・
 という筋書きかと思いきや、思わぬ方向へ物語が進んでいきました。
 そうですね、私が南を向いて待っていると90度違う西に炎上しながら墜落した、みたいな感じです。
 想像だにせぬ、着地点!! やったな、堂場さん。
 これは絶対に、三浦しをんには書けません。
 そういう意味で、スポーツ小説の新境地かと思います。
 いやそれは大げさかな、少なくともオリンピックや愛国心、商業主義を含む現代スポーツのあり方に警笛を鳴らす問題作とでも云えるでしょうか。
 人はなぜスポーツをするのか、そして我々はそれを観てなぜ楽しいのか、改めて考えさせられることでしょう。

 あらすじ☆
 スポーツは日本の基幹産業である。
 強い日本の国際競争力の象徴であり、最先端科学を融合した現代のスポーツは、国力が問われるのだ。
 選手が活躍すれば日本に対する国際社会の見る目が変わり、スポーツ産業の更なる輸出促進にも繋がる。
 それゆえ、オリンピックのメインポールにできるだけ多くの日の丸を掲げることは、最重要な日本の国策である。
 元オリンピックマラソンメダリストでもあるスポーツ省大臣安藤夏子のもと、潤沢な予算で省内の強化局や球技局などの官僚組織が機能し、国が実に1600名に及ぶSA(スポーツ省特別強化指定選手)を管理していた。
 SAにはいかに金メダルを目指せるかでランクがあり、最高のSランクだと月100万円の給与が国から振り込まれ、練習や大会遠征に関わる一切合切の費用を国が肩代わりし、最高の設備を誇るトレセンで至れり尽くせりの生活が送れる。もちろん専属のコーチも付く。
 柔道73キロ級の金メダリスト・沢居弘人も、10歳から22年間の長きにわたってSAだった。
 学校が終われば練習、大会。物心ついたときから一人きりの時間はほとんどなかった。
 金メダルの報奨金は1億円。オリンピック後引退を決めた沢居は、暫くのあいだ妻と一緒にゆっくり過ごそうと決め、今後の身の振り方を決めていなかった。突然、スポーツ省強化局長の谷田貝に呼び出されるまでは・・・
 沢居を呼び出した谷田貝は、次のオリンピックまでの金メダル倍増計画(15→30)が省内決議で決裁されたことを告げ、入省して力を貸してくれと頼んだ。
 谷田貝は、タフな精神力を持ち、格闘選手でありながら頭の回転も早い沢居の人間性を買っていた。
 さらに驚くべき人事を谷田貝は告げる。
 将来が有望視されている期待の星、高校生の長距離ランナー仲島雄平を担当してくれ、と言ったのだ。
 金メダルを倍増させるためには、ひとりで複数のメダルが期待できる競泳や陸上の強化が近道であり、高校生ながらに日本記録に迫ろうとしている仲島は、その計画の核となる選手だった。
 しかし、仲島は完璧主義者であるせいか、異常にメンタルに問題を抱えていた。
 有り余る才能を持ちながら、メンタルの弱さで潰れてしまう選手は少なくない。特に日本人はそういう傾向が強い。
 谷田貝は畑違いとはいえ、タフな金メダリストでSAの先輩である沢居に、仲島のメンタル面での育成を任したのである。
 しかし、1万メートルの日本記録と世界記録は何十秒もの差がある。
 さらに、仲島は沢居に心を開かず、トレセン内でまるで籠の鳥のように違和感を感じていた。
 それでも記録を更新し続ける仲島に、スポーツ省による驚くべきバックアップ作戦が進行するのだが・・・

 この世にスポーツなんてなくても誰も困らないですかね?
 私は困りますが・・・
 この小説のように、国が税金をザクザクとスポーツにつぎ込めば、怒る人は多いでしょう。
 2020年の東京オリンピックに向けて、スポーツ庁を立ち上げる議論もありますが“省”でないかぎり大したことはありません。しかし、ヨーロッパなんかにはスポーツ省が存在する国が実際にありますし、旧ソ連や中国なんかは莫大な予算をスポーツにかけていることは周知の事実です。
 しかしそれは、あくまでも国威高揚のためですよね。
 選手個人の意識には、仲島のように国という枠なんかいらないと思っていても全然不思議じゃありません。
 そして競技団体やスポンサーの思惑に大きく左右される既存の大会。そこにスポーツの純粋性はあるのでしょうか。
 やっている者が楽しくてこそのスポーツでしょ。
 税金は強化費として一流選手だけに投下されるのではなく、普及費として幅広く一般人にスポーツを楽しんでもらうべきです。
 それが結局は、本当の意味での国力に繋がると思いますが、どうでしょうか。


 

「ボックス!」百田尚樹

 *・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。..。.:*・゜゚・* !!!!! きましたあ!めっちゃ面白かったヽ(^o^)丿
 今年読んだ中で一番の小説だったと思います。でもまさか、これほどまでとは・・・
 というのも、評判のすさまじい「永遠の0」があまりにも浅田次郎の壬生義士伝の真似をしすぎていたので、私はそれほど面白いとは感じられず、自然百田尚樹の著作からは背を向けていたのです。
 本作が文庫化されたのはこの春ですが、作品自体は3年前のものなので、もっと早く目を通しておけば良かったですねえ。高校のボクシング部を舞台とした青春スポーツ小説なのですが、ボクシングという知っているようで実は知らない競技についての考察は相当深いです。アクションシーンもバッチリで、ハッキリ言って角田光代の「空の拳」とは比べものになりません。さらに物語性においてもボクシング部の選手を取り巻く人間模様は素晴らしく、鏑矢義平や木樽優紀といったキャラクターも立っており、最後には勝つのだろう的な普遍的なストーリー性を打ち破る筋立て、思わず布団のなかで涙してしまう名場面や爆笑してしまう珍場面の的確な挿入、そしてふっと空を見上げてしまいたくなる爽やかな余韻を残すラストといい、ほぼ百点満点に近い内容でした。「永遠の0」と同じ作者とは考えられない出来でした。

 高津耀子は24歳、私立恵比寿高校の英語の教師である。
 彼女が「風」を見たのは、電車の中だった。彼女に絡んできた不良少年たちを、ひとりの少年があっという間にぶちのめしたのである。その動きはさながら一陣の風が舞ったようだった。
 そしてなんとその少年は、耀子と同じ恵比寿高校のボクシング部に所属している生徒だったのだ。
 彼の名は鏑矢義平。フェザー級(54~7㎏)の選手で、桁外れの実力と破天荒な明るい性格を持っていた。
 それからまもなくボクシング部の顧問になった耀子は、当初は野蛮であると思ったボクシングというスポーツに深く魅せられていく。
 さらに鏑矢の幼なじみで成績特待生である木樽優紀が、母親の強い制止にもかかわらずボクシング部に入部した。
 彼は中学生の頃はいじめられっ子で、ボクシングからはもっとも縁の遠い生徒だと思われていた。
 しかし元大学選手権覇者でもある沢木監督の指導のもと、左ジャブ、右ストレート、左フックと愚直なまでにトレーニングを繰り返し、ボクシングの選手として急速に成長していく。
 大阪府下の高校ボクシング部は12校。野球やサッカーに比べると圧倒的にマイナーな競技である。
 しかしインターハイ、国体、選抜大会と1年には3回の大きな大会があり、各校がしのぎを削っていた。
 中でも玉造高校の2年生稲村は、ライト級で1年時に3冠を達成したモンスター級の選手であり、鏑矢と木樽の前に立ちはだかった。
 ボクシングはフィジカル面だけでは勝てない。闘争心と耐久力が絶対に不可欠である。
 そしてそれは持って生まれた才能だけでは乗り切ることの出来ない、苛酷な世界なのだ。
 内蔵を引きずり出され、脳漿が飛び散っても闘い続けるという軍鶏は、闘争本能が生存本能に勝っているのだ。
 四角いリングには、血と汗と涙の青春、そしてボクシングそのものに取り憑かれるという恐怖が眠っていた――
 
 「鏑矢君がボクシング部をあっさり辞めたのは才能があるからよ」
 「えっ――」
 「人は苦労して一所懸命に努力して手に入れたものは、決して簡単に手放さない。でも、あの子はボクシングの強さを簡単に手に入れすぎたのよ。たいした苦労も、努力もせんと、ね。だからあっさり捨てられたのよ」
 高津先生はそう言った後で、少し悲しそうな顔をした。そして小さく呟いた。
 「才能というのは両刃の剣やね


 確かに才能というのは両刃の剣かもねえ。
 実際にはほとんどの人が自分の中にすごい鉱脈が眠っているのに気付かないまま一生を終えます。
 自分が何に向いていたのかなんて結局は死んでもわからないのですよ。
 そしてはたして才能に気付くことが自分にとっての幸福になるのかどうか、それもまた別問題なのです。
 ボクシングというか格闘技なんていうものを、どうして人間はするのでしょうか。
 ボクシングは世界で最も古いスポーツだと云われています。ですが、現代はもう男が腕力で戦う時代ではありません。金と地位、そして権力を持つ男たちが現代社会の闘争の勝利者なのです。確かにボクシングのチャンピオンにでもなればそれも伴うでしょうが、ほとんどの選手はそうはいきません。1回も勝ったことない選手だって大勢いるのですから。
 護身術で満足というレベルを超えてしまえば、人間が格闘の技術を学ぶことは自分の限界を知るということなのかもしれません。私もしばらくずっとやっていましたが、たとえば本作でも書かれていた通り、殴られて脳震盪で倒れるときって確かに“小さな死”なんですよね(笑)。死の予行演習みたいな感じですね。すっと気が遠くなるという。そういうことを経験したり、相手のパワーやテクニックに恐怖を感じたり、逆に殺してやろうと思うほどの憎悪を経験したり、日常生活では気付くことのない自分の内面を知ることができます。同時にそれは自分の限界でもあるはずです。
 また肉体的なことでも、たとえば肝臓(レバー)や腎臓(キドニー)に打撃が決まれば神経叢が集中しているために一気にスタミナがなくなります。よくボクシングでボディが効いてスタミナがどうのこうの言ってるのは、これのことです。スタミナが切れればあっという間に戦意も一気になくなります。だから走り込みとか基本は実に重要なんですね。だけども運動能力に溺れる選手は地味な走り込みとかが大の苦手に出来ていて、結局はウサギが亀に負けることになってしまう。苦しいことをいつまでも続けることが出来るということ、これが実は才能ということなのでしょう。私にはありませんでした。

 それにしてもいい物語でした。
 今思えば、鏑矢は赤井英和と桜木花道を足して2で割ったようなキャラでした。
  そしてこの作品の主人公は丸山智子だったに違いありません。


 
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