「白樫の樹の下で」青山文平

 直木賞作家青山文平のデビュー作で、第18回(2011年度)松本清張賞受賞作です。
 私は本作を、日頃本選びの参考にさせていただいているとにかく読書録のsiroさんの推薦によって読みました。
 感想を率直に言わせてもらうならば、初っ端からすっと引き込まれる文句なしの快作でした。
 全米オープンの錦織とマレーの準々決勝を片目で追いながら読み始めたのですが、いつしか意識は本作に集中し、あげく大金星となった錦織の勝利の瞬間さえ見逃してしまいました。
 それほど、導入からラストまでつかえることがなく、ミステリー仕立てにリードされて先を先をとページをめくる手が止まりませんでした。それでいて、刀争の背景を持った本格的な時代小説に仕上がっていますから。
 これがデビュー作かという信じがたい思いと、逆にデビュー作だからこそこれだけの快作が書けたとも云えるのかな。
 私は青山文平の本を今までに2冊しか読んでいませんが、仮に全部読んだとして、ひょっとしたらこれが一番面白いんじゃないかという予感もあります。少なくとも最近読んだ「半席」よりは格段にのめり込みようが違いましたな。
 作者には武道の素養も感じます。
 作品の時代設定は尚武の気風が廃れきった天明の世(1788年)で、江戸の道場でも真剣どころか木刀でさえない竹刀と防具を使った稽古が流行りつつあるのですが、自由に撃ち合える竹刀の掛かり稽古と一歩間違えば大怪我をする木刀の形稽古の違いといいますか、それは現代の空手や拳法など武道格闘技でも同じことが云えるのですが、そのへんの機微が非常に巧く書かれていたと思います。
 「頭が死を願っているから、軀(からだ)に埋め込まれた形が(敵の斬撃を)独りで躱した」
 とかね、今の自由組手主流だと形稽古とかバカにしがちですから、武道を知らない人がこんな深いこと思いつけるのかな、と思ってしまいます。武道における形稽古の意味を今更に知らされたような気がしますねえ、なんとも。
 あんがいこのデビュー作は深いよなあ。

 簡単にあらすじ。
 舞台は天明8年(1788)の江戸。著名な松平定信が老中の役職に就いた頃。
 主人公は、二代続いての小普請組である御家人の村上登(23歳)。
 言うまでもなく、無役の小普請組三十俵二人扶持は幕府御家人の最末席であり貧しい。村上の家も父は金魚を養殖し、出戻りの姉は針仕事の内職をし、登もまた提灯貼りの内職をしている。腰の刀は5年前から竹光だ。
 しかし、登には剣術の素養があった。彼は白樫の樹の下にある剣術道場、漂泊の剣客・佐和山正則を主とする佐和山道場の代稽古(師範代)である。佐和山道場は竹刀稽古を取り入れず、あくまでも本格的な木刀による形稽古を主としている。そのため、流派的には親戚でありながら竹刀稽古しか行わない近所の寺島流の道場に道場破りが現れると、登は木刀を持って寺島流の看板を守る助太刀のバイトをしていた。登の手にした木刀を見ると、たいていの道場破りは退散した。
 ある日、寺島道場に通う大手蝋燭問屋の次男坊・巳乃介から、登は一竿子忠綱(いっかんしただつな)の刀を腰に預かることになった。一竿子忠綱とは、4年前の天明4年、老中田沼意次の息子を襲撃した旗本佐野政言の使用した脇差しの刀匠であり、世直し大明神として世間の値が破格につり上がっている稀少な刀剣であった。
 偶然であろうか? しかし、地獄の蓋が開いたのは、間違いなくこの刀剣のせいである。
 同じ佐和山道場で師範代をしている貧乏御家人の幼なじみでありながら、僥倖で出世した青木昇平の心中の葛藤、3人のなかで一番腕が劣る仁志兵輔の世をすねた鬱屈、そして登に刀剣を贈った町人巳乃介の思わぬ武士取り立てなど、周辺が急転する中、去年の秋ごろから世間を震撼させている大膾(おおなます)という残虐な辻斬り犯の息吹まで、一竿子忠綱の名刀は吸い寄せていくのだった・・・

 あっと驚くラスト。
 まさかの展開に呆然。
 私は、大膾の正体は佐和山先生でないのならば寺崎道場の主かと思っていました、途中で。
 巧みにミスリードしては自分で潰していってましたな、作者(笑) おかげで読みやすかった気がします。
 青木昇平が出世した時期と、大膾の跋扈しだした時期を見比べれば、わかっていたかもしれません。
 彼が頭がおかしくなってしまったのは、悪者とはいえ人を斬ったことによる葛藤だったのでしょうね。
 自分では人を斬ったという感覚がなかった。でも出世したのは人を斬ったからです。
 接待する先々で、そのときの悪人を斬った模様を聞かれる。しかし本人は太刀筋など覚えていない。
 そのジレンマに苦しみ、いつしか精神を病んで人斬りの感覚を思い出すように辻斬りをするようになってしまったのでしょうな。
 しかし、本音をいえば、証拠としては弱い気がします。
 本人の自白は佳絵だけでしょう。
 実は大膾の真犯人は別にいた可能性も十分にあり得るではないですか。
 ラストの締め方の感じからして、続編の可能性もまったくないわけではないと思います。
 なければ、これだけの雰囲気をもった作品だから、もったいないと思いますね。


 
 
 
 
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「地に巣くう」あさのあつこ

 弥勒シリーズ第6作「地に巣くう」を読みました。
 小説宝石連載時にタイトルは「地虫鳴く」でしたが、変更になりました。
 同名の小説が木内昇の新選組物(傑作!)にあったことが、関係したのかもしれませんね。

 あらすじ。
 木暮信次郎が、弥勒寺橋の近くで襲われ、腹を刺された。
 刺したのは、老いた小男で、同心の信次郎を木暮と確かめた上での凶行であった。
 命に別条はなかったものの、市中見廻りの同心が路上で町方に刺されたことは、明らかな失態である。
 切腹こそ免れたものの、信次郎は謹慎になった。
 普段の信次郎なら、老いた小男に刺されるようなヘマは犯さない。
 彼は、両国の両替商大橋屋の内儀お美代の間男とのこじれ話を収めてやった礼に、料亭でお美代から酒肴の接待を受けていた。そのときに、どうやらしびれ薬を盛られたらしい。 
 後日、信次郎を襲った老人は、水死体となって川ぬ浮かんだ。他殺である。
 この老人は名を徳助といい、遠島から20年ぶりに江戸に帰ったところであった。
 徳助を島送りにしたのは、信次郎の父で10年前に心の臓の病で急死した右衛門である。
 伊佐治が仏のようだったと称えた先代同心の右衛門は、その裏で20年経っても消えぬ恨みを受けていたのだ。
 さらに、大橋屋が火付けで全焼し、お美代と亭主の実三郎が焼け死んだ。
 複雑怪奇な事件の真相は、20年前の隠された深い闇へと遡る・・・

 はい。
 第一作目で、信次郎の父右衛門は表向きの死因は心臓発作ですが、ちょっと頭がおかしくなった剣の達人の同僚に殺されたんじゃなかったでしたっけ、私の記憶違いですか。
 まあいい、そういうことならそれはそれで。
 このシリーズ、面白いことは面白いのですが、そろそろ、信次郎と清之助の、なんていうの、腹の探り合いじゃなくてなんかこう、感情のもつれ合いっての、なんだか鬱陶しくなってきました。
 もう飽きたよね、実はホモかおまえらっての。
 くどいよ、ネチネチと。
 作者が女性だからでしょうか、このこだわりようだけは、私には理解できません。
 これがなければ、ずいぶんとスッキリして、もっと楽しいのになあ。
 ふたりが互いにどうしてそれだけ執着するのか、まったくわかりません。
 清之助はまあ、売出し中の江戸で評判の青年実業家じゃないですか、でも、信次郎はただの同心でしょ。
 たぶん、釣り合わないんですよね。
 北南町奉行所に与力40数騎、同心260名ですから、おそらく今で言う警視庁の警部クラスだと思うのですが、同心は同心で出世しませんからね。中村主水だって同心でしょ。五十俵二人扶持くらいの薄給じゃないですか。
 もちろん、清之助はただの商人ではなく、凄惨な過去を持つ人斬りなわけですが、それでも信次郎はただの同心だから、やはり関係はいびつに見えてしまいますな、そのへんがこちらとしてはしっくりこないところです。
 いっそ清之助が幕府の大目付の委託をうけた隠密とかだと、ぐっと面白くなったかもしれません。
 でもそうなると、伊佐治親分の居場所がないか。
 それはちょっとね。このシリーズの主人公は信次郎、清之助、伊佐治のトロイカに見えて、実は伊佐治ですからねえ。

 ま、能書きはおいといて、斬り合いの描写は、ものすごく巧いです。
 たまさかにしかないんですけどね、このシリーズにおける斬り合いの描写でハズレはありません。
 今回は特に好き。斬ったあと、刺客の袖で血を拭う、鞘に刀を納めると、かしゃりと小さな声をたててそれで目が覚めた、なんて、一流の時代アクション作家でもなかなか書けないと思いますね。
 瞬間の切り取りが巧いんだと思います。
 このわずか5ページくらいですか、これだけで読む価値がありました。


 
 
 
 

「冬天の昴」あさのあつこ

 傑作時代ミステリー・弥勒シリーズ第5弾「冬天の昴(とうてんのすばる)」を読みました。
 文句ない。面白い。流石。
 この作者は、場面転換がものすごく巧い。
 時や場所が変化することに、読んでいてまったくストレスを感じません。
 すっと、ひとつのギクシャクもなく、本当に自然に舞台が転換します。
 リズムがよくて読みやすいのは、大部分はこのせいかな。
 プロといえど、これはなかなか難しいと思うんですよ。
 真犯人が捕まりそうになって、やっとこさ隠れ家に逃げ帰って戸を開けると、
 「よう、遅かったじゃねえか、心配したぜ」
 と同心の木暮信次郎が、上がり框に腰掛けて待ってるところのさくっとした書き方とかねえ。
 本作を読んでいて改めて思いましたわ。
 いや、前作までより、シリーズ第5弾である本作が今までで一番面白かったかもしれません。
 ストーリー的には、遠野屋清之助の過去にまつわるあれこれが、今回はまったく出てきませんでしたし。
 あれも面白いのですが、どうしても雰囲気が凄惨というか、暗くなりますからねえ。
 一応、前作の故郷帰参で大本のケリはついたと考えていいのかもしれません。
 兄貴(宮原主馬)の子分の、あれ誰だっけ、名前忘れたけど、あいつ以外はね。
 ですから、今回は過去の因縁の後腐れもなく、ネタとなる事件は凄惨なのですが雰囲気的にカラッとしており、木暮信次郎の独壇場となります。大活躍です。前作で影に隠れたぶんを取り返すような勢いです。
 伊佐治や清之助との3人での会話もどこかユーモアが交えられているように思いますし、読んでいる我々も信次郎の性格に慣れてきたと共に、彼自身もいくぶん丸くなってきたように思います。
 とても安心して、楽しく読めました。

 さて、今回ですが、なんと導入は「お仙」から。
 お仙。前作に出てきた、品川の旅籠の女将ですよ。清之助と伊佐治が泊まりましたよね。
 齢は38。かなりの美人。信次郎と出来ております。足かけ5年の理無い仲です。
 彼女、実は昔は御家人の奥方でした。しかし18歳で結婚して28歳のとき、とんでもない事件が起こったのです。
 主人が、女郎屋の遊女と、無理心中したのです。女を斬って、自分は切腹していました。
 家は取り潰しになりました。子供はいませんでしたが、義理の母は自殺し、女郎屋から事件の後始末で莫大な借金を背負わされたお仙(藤枝)は、そのまま苦界に身を落としたのでした。
 これが、10年前の事件です。
 ところが、10年後、同じような事件が起きたのです。それも、信次郎の身の回りで。
 見習いから本勤並になった若い同心が、お仙の亭主と同じように、女郎屋で無理心中で相対死したのです。
 とんでもない不祥事であり、奉行所としては大失態です。
 信次郎の上役である、支配役与力の南雲新左衛門は、責任をとって切腹するしかない窮地に追いやられます。
 しかし、信次郎は、この事件の裏になにか割り切れぬものを感じました。
 何か、尋常でないものが匂う・・・
 無理心中に見せかけた殺人事件!? 
 ならば、10年前のお仙の事件と今回の事件は関係しているのでしょうか・・・
 南雲新左衛門の切腹まで期限は7日。はたして闇に眠る巨悪を信次郎は揺り起こすことができますか・・・
 
 信次郎の鋭すぎる読みが冴えわたります。
 この作家は、ふたつの並行進行する題材を最後で重ね合わすことによってミステリーを完成させるのがパターンなんですが、本作は例に漏れず典型的な形でしたね。侍が女郎屋で無理心中する事件と、一見関係ないふうで遠野屋で進行する材木商伊勢屋の内儀お登勢の件。このふたつが意外なところでもつれ合うのです。清之助は殺気は見事に見抜きますが、女の情念はこれっぽっちも察知できません(笑) 殺されるとすれば女でしょうね。
 遠野屋の女性陣ですが、おしのとおこまがあまり出なかった割に、おうのが活躍します。
 宮原主馬の情婦だった彼女は前作で遠野屋に拾われましたが、意外な美的センスで商売に貢献しているようです。
 ミステリーもさることながら、遠野屋の商売の発展も、シリーズの気になるところになってきましたね。


 
 
 
 
 
 
 

「東雲の途」あさのあつこ

 東雲の途。「しののめのみち」と読みます。
 美しいタイトルですねえ。
 中味も申し分のない、時代ミステリー弥勒シリーズ第4弾です。

 ますます面白くなってきた。
 ちょっと5分で読み始めたのに、いつのまにか30分経ってるような感じ。
 この方、導入がうまいですよね。
 読み手が少し食いついたら、もう釣り針を喉元に引っ掛けて離さないね。
 緩急もあります。語り手というか、視点がころころ変わる、もちろん、ストレスはありません。
 それが伊佐治や清之助といった主要キャラだけではなく、おけいやおふじなど脇キャラまで混ぜてくるのですね。
 だから、物語がつっと止まるときがあったり、またぐいーんと伸びるときもあって、退屈させません。
 やっぱうまいんだろうなあ、これぞ職業作家。
 ただ今回は、ふたつの題材(事件)をクロスさせた前回までと違って、瑠璃の原鉱というひとつのネタで引っ張りました、最後まで。だからそのぶん醍醐味はないものの、ストーリーが平易で、すごくわかりやすいです。
 まあ、今まで通して読んできたからかもしれませんが、本作が一番面白かったですわ。
 あと1作出てますよね、それがラストなのかさらに続くのか知りませんけど。

 とりあえず本作のあらすじ。
 2作目「夜叉桜」の事件から約1年後と書かれている箇所がありました。
 来年には伊佐治親分が50歳になるとも書かれているので、少し矛盾しているような気もしますが(45歳くらいじゃなかったか)、まあ、細かいこたあ、いいよね。そして、遠野屋の養女となったおこまが3歳になっています。
 今回の発端は、橋桁に斬り殺された屍体が引っかかっていた事件からです。
 この屍体の男は、商家の奉公人のようないでたちをしていましたが、怖ろしいほど研ぎ澄まされた鬼眼を持つ定町廻り同心・木暮信次郎は、この屍体が侍のものであると簡単に見破りました。
 そして、検分をしているうちに、膾のように大勢から斬り刻まれた遺体の腹から、異物を取り出しました。
 殺された侍は、己の裂かれた腹の中に、それを隠して死んでいたのです。そこまでして隠すものとは何か?
 それは、青藍色の輝く石でした。瑠璃ではないかと推測した信次郎と伊佐治は、目端の利く小間物問屋・遠野屋清之助に確認をとるため出向きます。瑠璃は七宝のひとつで、金銀に伍する値打ちがあります。しかも金銀なら国内で産出されますが、瑠璃は国内では取れません。すなわち、この石が瑠璃だとすれば禁制品の疑いがあります。
 ちょうどその頃、遠野屋清之助は、兄である宮原主馬の側近の伊豆小平太(2作目で清之助に挑んだ若武者)の訪問を受けていました。小平太は、弟の屍体を引き取ってもらいたいとお願いにきていたのです。そう、瑠璃のような石を飲んだまま惨殺された橋桁の屍体は、国元から何やら密命を帯びてやって来る途中だった小平太の弟だったのです。
 
 ついにここに至って、清之助の過去が白日に晒されます。
 きれいさっぱり捨てたはずの生国が、罪深い因縁でもって否応なく絡んでくるのです。
 これまでなら清之助は逃げていました。しかし、もう逃げるわけにはいきません。
 江戸で真っ当な商人として生きていく、その喜びを日々感じるためには、影のようにまとわりつく己の過去を精算するしかありません。清之助は、江戸を離れて生国へ飛び込む、しかも父や兄の政争の仇敵であった筆頭家老・今井義孝に面談するという思い切った強硬手段に出るのでした。

 ついに、清之助の生国が明らかになりました。
 江戸から百余里西方、大阪よりも西にあるという、嵯波藩。もちろん、架空ですけどね。
 信次郎や伊佐治が清之助の過去に絡むのは、ここぞの大一番だから最終回になると思ってましたけど、違いましたね。
 どうなんだろ、少し兄のほうはまだ未練がましいというか、生臭いような気がしますが、本作のラストの感じだと、おおよその清之助の問題は片付いたのかな?
 とすれば、違う意味でこのシリーズの方向性が気にはなりますねえ。
 今度は、信次郎のほうに何やらあるのかもしれません。
 とりあえずは、次作を読んでみます。楽しみです。


 

 
 
 
 
 

「木練柿」あさのあつこ

 「こねりがき」と読みます。
 あさのあつこの人気時代小説シリーズ第三弾。
 今回は前二作のような長編ではありません、短編集です。四篇。
 他の作家もそうですが、シリーズ物って、たまに途中でこれやりますね。息抜きみたいな感じで。
 長編にするまでには至らないネタだったり、普段は脇役である登場人物にスポットを当てたりすることが多いです。
 本作は、まさに脇役の独壇場。
 四篇はそれぞれ、遠野屋の女中頭おみつ、帯問屋三郷屋二代目吉治、伊佐治の息子太助の嫁おけい、そして最後は・・・前作で死んだ菊乃の娘であり遠野屋の養女になった赤ちゃんのおこま、が主人公。
 もちろん、他人の誰をも信用せず性根が曲がりきった最低の人格ながら、たいていの事件をあっさりと鮮やかな手並みで解決してしまう定町廻り同心の木暮信次郎、信次郎を嫌いながらもいいコンビになっている老練な岡っ引き伊佐治親分、そして、凄腕の商人であり、恐ろしいほどの剣の使い手で、過去が謎に包まれている小間物問屋遠野屋清之助が全編にわたり登場します。
 ここにきて、やっと信次郎のキャラをつかめたような気がしますが、まだわかりません。
 相変わらず嫌な野郎です(笑)が、ひょっとしたらこの人間の心の虚空は、清之助より謎が深いやもしれませんね・・・
 いずれにしても、彼の普通ではない主人公としてのあり方が、このシリーズに他にない味を与えているのは確かです。
 ストーリーのほうは、それぞれ、まあまあ面白いと云えるかと。
 この作者のやり方といいますか、ふたつの事件(題材)ですね、それを融合させるというのがお定まりのプロットのようです。
 まあ定番なんですが、そこにキャラのやり取りですとか、時代小説ならではの人情味が加味されて、総合的にいい読み物となっていますね。退屈はしません。

「楓葉の客」
 遠野屋の女中頭おみつ。37歳の彼女は、遠野屋に奉公して足かけ20年になります。清之助よりずいぶん古株です。信次郎に「牛女」と揶揄される太り肉で陽気で、心遣いもでき、奥の柱として清之助も信頼しています。現在、彼女はおりんの事件以来心を病んだおしのと、遠野屋の養女となったおこまの世話に生きがいを見出しています。
 そんなおみつですが、彼女には嫁ぎ先の商屋で子ができず離縁されるという過去がありました。
 街角で刺殺体となって発見された男の身元が、以前おみつが嫁いでいた店で丁稚をしていたという事実が明らかになり、複雑で不気味な事件の渦中におみつは巻き込まれてしまいます。遠野屋も・・・

「海石榴の道」
 前作「夜叉桜」の事件から10月後。事件の真犯人として捕まったのは黒田屋でしたが、彼は遠野屋で今で言うファッションショーのような、女性の着物や装飾品を総合的に見繕う新しい商いの形を始めようとしていました。その若手実業家のグループには、遠野屋清之助の他に、履物問屋吹野屋の謙蔵や帯問屋三郷屋の吉治らがいました。事件が落ち着いて、いったん棚上げになったこの企画を再びやろうではないかと気運が盛り上がったところ、なんと吉治が情婦の家で女を殺害したかどで捕まってしまうのです。清之助は濡れ衣ではないかと、信次郎に談判しますが・・・

「宵に咲く花」
 伊佐治の息子で小料理屋「梅屋」を営む太助の嫁おけいにスポットを当てた作品。おけいはなぜか、夕顔にトラウマがあり、非常に怖がるのです。ある日、人気のない神社の境内で夕顔を目にしてしまった彼女は立ちくらみ、不良どもに犯されそうになるところを清之助に助けられます。まもなく身元が判明した不良どものリーダーは、大店(おおたな)のボンボンで、信次郎に締め上げられるのですが、このおけいの夕顔事件が、偶然にも過去に封印された魔物を解き放ってしまうのです。

「木練柿」
 ようやくおりん事件の傷が癒えてきた遠野屋女将のおしのが、おりんと清之助との出会いを回想する静かで情緒的な前半の物語から一転、後半は養女のおこまが何者かに誘拐されるというスリリングな方向に急展開します。
 おりんが死んだ事件がこのシリーズの発端なわけですが、そこには武士から足を洗って商人になった清之助とおりんの深い愛情がテーマとなっており、亡くなった先代遠野屋吉之助のエピソードを含むふたりの結婚を振り返るおしのの回想は、シリーズを振り返る意味でも、これからを占う意味でも非常に大事なパーツとなったのではないでしょうか。
 一方で、これほど信次郎の性格の悪さを感じさせた話もありませんでしたが・・・
 短編のボリュームにもかかわらず、静と動が一挙に暗転するリズム感など、作者の力量を改めて感じさせる表題作であったと思います。


 
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