「伯爵夫人」蓮實重彦

 第29回(2016年度)三島由紀夫賞受賞作品。
 作者の蓮實重彦氏は、第26代東京大学総長(1997~2001)。フランス文学者。

 風雲急を告げる帝都・東京。
 子爵家の跡継ぎである二朗の屋敷に、いつのまにか謎の女が住み着いた。
 この女、伯爵夫人だといふ。
 しかし、伯爵というご亭主のことなど誰も知らない。
 二朗の高等学校の悪友である濱尾が言うには、上海くんだりの高級娼婦に違いないという。
 女中の小春は、目につく女をすべて組み敷いていた二朗の祖父の妾腹ではないかという。
 “伯爵夫人”は、まったく正体不明の女だった。
 ある日、聖林(ハリウッド)製の活動写真を観たあとの街頭に、二朗は伯爵夫人を見かけた。
 伯爵夫人は従妹の蓬子の裸しか知らぬ晩熟の二朗を、大胆にもホテルに伴おうとする。

 文句のつけようのない寸劇。
 さすがは、東京大学総長。さすがは仏文学者。
 こんな小説、読んだことないです。この人にしか書けません。
 どう言えばいいのだろう、卑猥な言葉と行為が連発しますが、けっしてエロ小説ではないのですね。
 物語の世界は従妹との性行為など普通の日常からは大きく逸脱していますが、それでもエロ小説では絶対にありません。
 この作品を「エロ」と思う人は、はっきり言って、センスないと思います。
 確かに、二朗と伯爵夫人があのまま同衾すれば三島由紀夫賞にかすりもしない下町エロ小説だったと思いますが、それはあり得ないだろうと思いながら読んでいました。それでも、ラストがあのように鮮やかになるとは予想外でしたが。
 射精以外の分野を広げているからだと思います。
 女性器に男性器を挿入して射精する性行為と、それ以外の行為の意味を明確に分けているからだと思います。
 私は初めて、男性器を女性器に挿入する行為と、男性器を肛門に挿入する行為の差を真面目に考えさせられました。
 エロ小説に見えて、エロ小説ではないということ、この作品の清さはそこにあるのでしょう。
 読み手を興奮させる手段としてではなく、作品を作り上げる必要性にかられてのことなのです。

 この作品の懐の深さは、一見性愛小説に思わせることだけではありません。
 ラストでは冒険小説だったのかという解釈もできます。
 日本が開戦することを察知して、伯爵夫人は迷宮から消えたのです。
 小春も消えたことを考え合わせれば、極めて意味深でしょう。
 二朗の家は何者だったのかというミステリーも生まれるわけです。
 父のことは書かれていませんから。母のものかと思わせた嬌声は、実は謀議を覆うカモフラージュだったのではないかと。
 さらに、意外にも笑わせてくれる場面にも多く遭遇しました。
 「ぷへー」と「父ちゃん、堪忍して」ですね。
 これはなぜだかしらん、意味不明の笑いを誘いました。
 そして、忘れてはならないのが、独特の文体です。
 「」カギカッコの会話文を使いません。読点をあまり挟まず、ひとつの文章が長い。
 それでいて、読みやすい。一見、昭和初期の文学作品かと思いきや、平易で読みやすいことにすぐ気付かされます。

 いったい、何を思って80歳になる作者はこの小説を創造したのか。
 今にして思えば、伯爵夫人の容姿を明らかにしていないことも、計算された技ありだと思えるのですね。


 
 
 
 
 
 
 
 
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「Red」島本理生

 結婚して4年。
 イケメンで誠実で一流企業に勤める夫、可愛い盛りの2歳の娘。
 友達のように気さくな姑。
 こんなにも安定し、平穏な生活を送っているのに・・・
 まだ私の体は覚えているのか、ほんの短期間、あの人にだけは溺れたことを。

 女という性を内包したまま、母親という役割を生きる女の危うさを描いた、
 島本理生の傑作長編背徳小説。


 やっぱり島本理生は特別な作家であると改めて思える作品。
 「ナラタージュ」には及びませんが、彼女の代表作のうちのひとつには間違いありません。
 なにがすごいって、濡れ場の描き方の感性といいますか、性技の比喩ひとつとってもレベルが超絶高い。
 エロ親父の喜びそうな下品さはなく、なんつうかこう、興奮するんじゃなくて熱くなるような感じ。
 どのような頭の構造ならば、こういう表現が出てくるのでしょうか。
 まず、今の日本の小説家の中ではピカイチでしょうね。
 セックス描写。どんな官能小説家でも勝てないわ。濃厚で刺激的で文学性もある。
 そういう意味では、ほぼ全般に渡り、目が釘付けでした。

 さて、あらすじ。
 31歳の塔子は、夫の真、2歳の娘の翠、夫の両親と世田谷の高級住宅地に同居している。
 塔子は元SEでバリバリ働いていたが、子育てに専念するために仕事を辞めた。
 夫の真にはそれなりの収入があり、経済的には問題がない。
 姑の麻子は友達のように気さくで、義理の父は月の半分が出張でほとんど家にいない。
 夫は少し坊っちゃん気質だが、イケメンで誠実で夜遊びもせず、浮気の気配すらない。
 翠が出来て以来セックスレスな夜の生活を除けば、安定した平穏な生活だった。
 女子校の友達の結婚式で、あの男に再会するまでは・・・
 10年前、アルバイトしていた先の会社の社長の鞍田秋彦。
 20歳のとき、塔子は生まれて初めて男にのめり込んだ。それが鞍田だった。
 偶然が重なり、再会してからも顔を合わせるようになったふたり。
 彼に溺れた記憶を、まだ私の体が覚えている・・・
 平穏だった生活は、大量の家事に朝からノンストップの育児、仕事をやめたフラストレーション、いくら仲が良いとはいえ夫の両親に気を遣うことなど、たちまち居心地悪くその色を変えていく。
 塔子は、母親の、妻の仮面を脱ぎ去り、嘘を重ね、ひとりの女として男と逢瀬を重ねていく。
 いけないことと、わかっていながら・・・

 結局、見かけとは裏腹に上昇志向といいますか、母子家庭で倹約家の母に育てられたためもあるでしょうが、塔子は家でじっと子育てしているような女性ではなかったということです。
 真は、妻がそんな女性だとは思っていませんでした。見かけ通りの地味で控えめな女だと思っていた。
 塔子自身もわかっていなかったかもしれません。窮屈な場所に押し込められていると感じるまでは・・・
 その反動が、性欲という形になって吹き出たのだと思います。
 もちろん、夫にまともな性欲があれば、事態は変わっていたかもしれません。
 しかしまあ、いずれ私はこうなっていたと思うなあ。
 鞍田の出現はきっかけではありましたが、ただのきっかけだったと思います。
 あまりにも都合よく偶然が重なりましたでしょう。不倫とはこんなものです。
 奇跡的な偶然の重なりがなければ、うまくいきっこありませんから。
 本性とは、どれだけ隠して騙してても、いずれ現れてくるものです。
 それの折り合いをつけながら生きていくのが人間ではないでしょうか。
 まだ相手が鞍田や小鷹で良かったんじゃないですか。特に小鷹はいい味だしてた。好きなキャラです。
 やらないよりやったからこそ、後の人生に味が出たみたいなラストだったでしょ、塔子さん。

 私は一度の浮気なら許します。
 仕方ないことは仕方ありません。
 人間ですからね。人間らしく生きようと思えばありますよ。
 もちろん相手には言いませんが、そう思って覚悟して付き合いますから、あまりジェラシーを感じません。束縛もしません。
 ただし、浮気の1回目と2回目は違う事象だと思うので、2回目はサヨウナラです。


 
 
 

 

 

「ラヴィアンローズ」村山由佳

 「大丈夫だから。黙っていれば誰にもわからない」
 思わず乱れた息を、かわりに呑みこまれる。
 「俺と咲希子さんだけの秘密。悪くないでしょ」
 太い腱の浮きあがる首にすがりついた後のことを、覚えていない。


 うん、ここ数年で読んだ村山由佳のなかではこれが一番よかった。
 私の独断と偏見ですけどね。
 村山由佳を読むにおいて、だいたいの方が上品なエロを期待すると思うんですよ。
 でも最近、期待ハズレが多かったでしょう。
 その点においては、まずまず及第点かと思います。
 むしろ前半から飛ばしており、「このままのペースでは後半どうなるんだ(;´Д`)ハァハァ 」てな具合でしたが・・・
 予想もつかない(いや、ついたかも笑)方向へ展開していくのです。
 もうエロどころじゃなくなる。ですから物語として面白い。ラストの微妙さも好きですね。
 
 あらすじは書きようがないなあ。
 38歳の、ガーデニングで有名な、カリスマ主婦になりかけている咲希子が主人公。
 フリーのグラフィックデザイナーをしている夫の道彦の咲希子に対する束縛はハンパない。
 友人もおらず、秘密主義で吝嗇、狭量で偏屈な道彦に、育ちがよくて争いを好まない咲希子ほぼ洗脳されていた。
 しかし、本の出版の企画で会うことになった、デザイナーの堂本裕美が会ってみたら素敵な男性だったことから、かごの中の鳥だった咲希子は知らなかった世界へ羽ばたいていくことになる。
 いけないと思いながらもどうしようもない。たった一回きりの過ちではなく、咲希子と堂本は逢瀬を重ねていく・・・

 恋愛は賞味期限がありますからね。
 いつまでも好きではいられないんですよ。
 道彦は異常ですが、愛情の吐露がそのまま相手への抑圧に変わるタイプはたくさんいます。
 いまどきの結婚は、恋人同士よりも友達同士のほうがうまくいくかもしれませんねえ。
 猫がびっくりして飛び上がるような大きな屁を放ったり、偶然に熱心に鼻くそをほじっているところを目撃してしまったり、男と女が一緒に暮らしていると、出会った頃のトキメキは消え去っていくのが当たり前です。
 それほど好きじゃないふたりのマイペースな共同生活のほうがうまくいかもね。
 価値観は距離感ですよ。
 我が強くてもいいんですよ、相手を許すことができればね。
 恋人には許せないことでも、友達なら許せる場合があるでしょ。
 あれが結局、男と女の関係の極意じゃないかなあ。
 ある意味、浮気も仕方ないところもあるんですね、後から出会ったことならしょうがない面もある。
 あるいは性的な面もあるかもしれない。
 相手をどこまで束縛するか許せるかという問題では相手の行動が主軸になるので、そうではなく、己の心の持ちようが問題なんです。客観ではなく主観でね。
 ひとりよりもふたりのほうが人生は有意義なのは確かだと思いますから、自分を見失わない相手を見つけることは大切なんじゃないでしょうか。外見はまったく関係ないと思いますね。経済力はあるにこしたことないけど、それを罠にしないためには、己も経済力は必要です、食べれるだけでくらいでいいと思いますけどね。それだけでだいぶ違いますから、心の持ちようが。
 そういうところから見ていくと、咲希子は甘いと思う。
 幸せになれないのは、自分の甘い選択の結果です。
 異性との距離感が間違っているのですね。
 間合いを詰めすぎる人は、近すぎて相手も周りの景色も正確に見えなくなります。
 ラヴィアンローズ。La Vie en Rose.薔薇色の人生。そんな甘くはありませんね。


 
 

「軽薄」金原ひとみ

 全てを捨てる覚悟をした途端、彼らの恋愛は完全に魅力を喪失する。

 かつて恋愛の尼将軍・瀬戸内寂聴は言いました。
 恋愛の醍醐味は不倫である、と。
 不倫こそ常人の辿りつけぬ奥深き情愛道の極地にあり。
 しかしそのまた逆も真であります。
 不倫が不倫でなくなれば、たちまち燃え盛っていた情愛の炎はその輝きを失う。
 進むも地獄、引くも地獄。
 難しきかな、恋愛道。ただいたずらに凡夫の近づく所に非ずなりけり。

 はい。
 本作も一応不倫の範疇には入るのですが、かなりアブノーマルです。
 叔母と甥のいけない関係。
 インブリードになるね、2✕3かな。
 ものすごくいけない感じがする。
 でも、多くの人が従妹とかね、特に幼いころは親戚に対して性的なものを感じたことがあるのではないですか。
 美貌の叔母とか、憧れることは不自然ではありません。
 しかし、脳内で完結するのが普通であって、実地には普通の神経では至らないでしょう。
 実は叔姪婚(しゅくてつこん)といって、おばやおじと姪、甥の婚姻はドイツやタイでは法律で認められています。
 ドイツ人が意味不明や無意味なことを認めるはずがないので、おそらく遺産の相続関係があってのことだと思うのですが、ともかく、美貌の叔母と不肖の甥の婚姻は認められている社会もあるのです。
 日本だって、禁止されたのは明治時代になってからであって、古くからそういう慣習はあったそうです。
 でも、婚姻と性交と子作りはまた違いますからね、それぞれレベルが。
 叔母と甥の子作りはあってはならぬが、じゃあ、避妊したセックスならいいのでしょうか。
 気持ちよければ、それですべていいのか?
 突き詰めるとこういう問題になってくる、ですから道徳に背いた不倫という言葉の存在意義とそれは社会悪であるという認識は、恋愛道という修羅を突き進むごく一部の恵まれた方たちを含め、およそ99%の凡夫で構成されたこの憂き世において、一番必要な概念なのです。建前はね。建前こそ社会ですから。

 簡単にあらすじ。
 29歳のカナ。フリーで芸能人のスタイリストを務める業界人で、年上で社会的地位のある夫と8歳の息子の家庭がある。完璧な家庭と、完璧な生活を謳歌していた彼女。誰もが羨ましいと思える人生のはずだった。
 ところが・・・
 彼女は、齢の離れた姉の息子、10歳歳下の甥である弘斗に強引に迫られ、セックスしてしまう。
 それは複雑な知恵の輪が落とした瞬間、偶然するっと外れてしまったような、奇跡のような事故だった。
 一度存在した削除のできない現実は、快感となって完璧な彼女の現在の生活に綻びを作った。
 そして綻びの穴はもう二度と修繕のできない大きな穴となって、カナと弘斗を歯止めの効かない奔流へと誘っていく・・・

 この小説のミソは、過去に刺されたカナと、過去に“刺そうとした”弘斗の立ち位置の錯覚にあると思います。
 錯覚という言い方は違うかな、まあでもいいや、それをタイトルである軽薄という言葉に繋げているのですね。
 つまり、刺したほうは悪であり社会的な制裁を受けましたが、それは恋愛道においては誠実ということだったのではないかということ。刺されたほうは善と言えるのかどうか、責任という問題ではなく、添い遂げるべき相手を裏切って刺されることになったその軽薄さ、そこには偶然ではなく必然という“理由”の認識があってもいいのではないかということです。これはなんとも問題的なテーマだと思いますねえ。
 ストーカー=悪であるという、凡人一般の観点からは、この小説は読み解けないと思います。
 ただし、この小説に続きがあるのならば、カナは刺されるのではなく、弘斗を刺すと私は思う。そう遠くない未来に。
 それが必然じゃないかな。それ以外に結末が考えられない。皆さんはどう思いますかね?

 金原ひとみは、私が大好きな作家のひとりであり、この小説は期待を裏切りませんでした。
 たまに、どうしようもない凡作もあります。
 しかし本作は、「蛇にピアス」「マザーズ」に続く快作であると思います。
 しかしおそらく、半数以上の方が同意してくれないことでしょう。
 それこそ錯覚かもしれませんよ。まったく思いもつかなかった世界を見せてくれるのですから、見ましょうよ。



 
 
 
 
 
 
 
 

「夏の終わり」瀬戸内寂聴

 瀬戸内寂聴は、恋の醍醐味は不倫であると言ったそうです。
 恐怖と背中あわせのときめきが不倫にはあると。
 これは経験者にしかわからないことですね。
 本作「夏の終わり」は、作者である瀬戸内寂聴の自伝小説とでもいうべき、背徳小説です。
 夫と子供を捨てて若い男に走った主人公が、その熱に浮かされただけのような恋に破れ、やがて妻子ある男と不倫の関係を長年続けるようになり、そこにまたかつての若い男との焼けぼっくいが燃え上がるという、三角関係、いや、夫と主人公の仲を黙認している妻も含めて奇妙な四角関係が繰り広げられるわけです。
 まあ、まったくエロくはないですけどね。情愛小説ではないね。
 表題作「夏の終わり」を筆頭に、連作5篇。ちなみに「夏の終わり」の発表は昭和37年。
 最後の「雉子」だけは、登場人物の名前が違いますが、環境はまったく同じような設定です。齢の差が少し違うかな。
 私は「雉子」が一番好きですけどね。文学的に格調が高いような気がしますし、こちらのほうが本当の私小説っぽい。
 「夏の終わり」からの一連は、まあ、昭和37年に発表された当時は問題作という扱いだったでしょうが、今の人倫にもとった時代では格別珍しいことではありませんもんね。
 ただ、瀬戸内寂聴の過去を知るという意味では、一読の価値があると思います。
 瀬戸内寂聴の過去などどうでもいいという方は、はたして、読むだけ時間の無駄のような気がしますねえ。
 「雉子」だけは、無条件で読む価値のある作品ですが。

「あふれるもの」
 知子が、妻子ある慎吾と不倫の関係を続けて8年。38歳の知子は染色家として売れっ子で経済能力があり、一回り年上で売れない小説家の慎吾は無収入に近い。そこに、12年前に知子が夫と娘と離別するきっかけになった涼太が現れる。涼太は知子と別れた後に南方で結婚したが失敗し、東京にやってきていたのだ。慎吾に隠れ、再び、6歳年下の涼太との肉欲に溺れる知子だったが・・・
「夏の終わり」
 1ヶ月後。ふたりの男の間で右往左往する知子。ソビエトへの観光旅行から帰ってきた知子を、港で慎吾と涼太が待っていた。売れない小説を書き続け50歳まで芽の出ない慎吾。性の中でしか知子を捉えている実感と安心を得られない若い涼太。そして、8年間一度も会ったことも声を聞いたこともない慎吾の妻。危ないバランスの上に成り立っていた奇妙な関係がほころびを見せ始める。
「みれん」
 2ヶ月後。涼太は去った。相変わらず慎吾は一週間を二分して、柱時計の振り子のように、妻と知子のふたりの間を規則正しく行き来している。知子の部屋で、慎吾が留守の間、突然、慎吾の妻から電話がかかってくる。8年間、顔はおろか声さえ聞いたことのないあの人から・・・
「花冷え」
 慎吾と別れて三月目。けじめをつけるため、知子は引っ越した。生活という雑事と習慣の繰り返しが、意外な強さで人間の感情や感傷を飲み込み、押し流していく。そしてそれは、知子に慎吾とのかつての生活が、愛や情緒より、生活の習慣と惰性で保たれていたことを今更のように思いかえさせた。これまで触れられなかった、知子と慎吾の出会いが語られる。そしてその回想は、知子の新しい出発の証左であった。
「雉子」
 知子は「牧子」に、慎吾は「久慈」に、涼太は「田代」と名前は変わりますが、「夏の終わり」一連と同じく瀬戸内寂聴の不倫時代を振り返ったもの。ただし大きく異なるのは、牧子の子供に焦点が当てられること。
 40歳近くなった牧子が、生後4年までしか一緒に暮らさなかった娘の理恵と離れて十数年。
 不倫関係を続ける同じ文学サークルの先輩格だった久慈には、理恵と同い年の娘がいた。名前もりえ。
 牧子は成長するりえに、もう会うことのない自分の娘の姿を重ねる。
 
 瀬戸内寂聴の半生を知って、一番気になったのは、別れたままの娘さんのことです。
 瀬戸内が夫の教え子と恋に堕ちたのは事実ですが、夫も突然暴力をふるう問題があったようです。
 ここには、顔を殴られて目から血が吹き出した母をかばうため、幼い娘が父に突進したと書かれています。
 別れるにあたって、娘は父が引き取ることになりました。
 可愛い盛りに、突然会えなくなった娘のことを、母はどう思ったのか。
 今だったら、家庭裁判所のもと、母にも会う機会が与えられたはずですが、この時代はそんなもんなかったのでしょう。
 一度だけ、いてもたってもいられず娘のもとにいったときの叙述には、胸が締めつけられる思いがします。
 

 
 
 
 
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