「百年文庫 婚」久米正雄/ジョイス/ラードナー

 ポプラ社百年文庫ナンバー52のテーマは『婚』。
 ズバリ結婚、ですな。
 婚は恋でも愛でもありません、あくまでも“婚”です。
 さぞかし趣のある作品が選ばれたかと思いきや、なんだこりゃばかり。
 しかも、このテーマで夏目漱石の娘さんに失恋したことが有名な久米正雄を選ぶとは何たる皮肉、選考者の性格の悪さが偲ばれます。絶対、わざと選んでるからね。
 もうシリーズ百作のうち折り返し地点を過ぎたわけですが、今回が一番底が浅かった。
 いつもはね、首をかしげるくらい深い場合があるのですけどね、今回の三作は表面だけだね。
 もちろん、それだけ結婚というのは表と違う裏の顔があるのだよ、と言われればそうなんですけども。

「求婚者の話」久米正雄(1891~1952)
 頃は明治。法科大学生の鈴木八太郎は、如何にして空拳でもってこの人生で功をなすべきか大陸に渡ろうかと下宿で考えている時、ふと窓の下を見ると、洋傘(パラソル)をさした見目麗しい娘が歩いているのを見た。とたんに八太郎恋に落ちて、「これは愚図々々しとれん、早くあのひとを嫁にもらわなければ」と、今で言うストーカーまがいにお嬢さんのあとを追いかけた。
 お嬢さんは立派な屋敷に帰り着き、たちまち八太郎は決心をし、邸宅に乗り込み、父上と談判した。
 必ず功を立てて還ってくるので、そのときは娘さんをください、と。
 父上は仰天したが、八太郎を気に入った風で、娘(時子)も反対をしなかったので、この申し出は受け入れられた。
 八太郎は大陸にわたって鉱脈を探検していたが、やがてこの地に金属商の少ないことを見抜き、日本の鉱山会社の支店を上海に開業、波に乗った。そして約束通り、ひと目で見初めた時子を迎えに上がったのである。

「下宿屋」ジョイス(1882~1941)
 舞台はアイルランドの首都ダブリン。
 肉屋の娘だったムーニー夫人は、店の大番頭の男と結婚したが、父が亡くなってから夫は堕落し、子供を連れて別居した。そして肉屋の儲けで下宿屋を開いた。
 娘のポリーが19歳になったとき、下宿している30代半ばの男と深い仲になったことがわかった。
 ムーニー夫人は、娘の失った体面を取り戻すには、“結婚”こそがただひとつの償いであると考えるが・・・

「アリバイ・アイク」ラードナー(1885~1933)
 作者は全米に名を馳せたスポーツ記者だったらしい。
 大リーグを舞台にしたコメディ。筋に関係ないですが、チーム名は残念ながらわかりません。
 今ではリーグが異なるボストンやシンシナティに遠征に行っているということは、時代が古いせいでしょう。
 主人公は、フランク・X・ファレル。あだ名は「アリバイ(言い訳・アイク」。野球選手になって3年目。
 オープン戦で活躍し、大リーグ定着へのチャンスを掴みかけている。
 この男、何かをたずねられると何か言い訳せずにはいられないタチで、それはホームランを打ってもエラーをしても同じことで、野球だけには限らない。メシを食ってもギャンブルをしても必ず何かの言い訳をして、意味のない嘘をつく。
 こんなアイクだが、監督の奥さんの妹が好きになってしまう。
 しかし、言い訳をしながらチームメイトに気持ちを明かさないために、なかなかうまくいかない。
 はたして恋の行方は・・・?

 今ふと思ったんですが、久米正雄の「求婚者の話」のオチはなんだろうね。
 ひょっとしたらこの話は、婚がテーマというよりも、人の功はその人次第という訓話なのかな。
 最後断るところが、後味が良くない気がします。


 
スポンサーサイト

「百年文庫 星」アンデルセン/ビョルンソン/ラーゲルレーヴ

 ようやく折り返しです。
 ナンバー51のテーマは「星」。象徴的な意味合いの星。涙、福音、ともしび。
 できればひとつでも、ティンクルスターのほうも入れてほしかったですけども。
 そして、おそらくわざとでしょうが、3篇の物語の作者はいずれも北欧人。デンマーク、ノルウェー、スウェーデン。
 なんで「星」と北欧が関係あるのかはわかりません。
 なんでだろうね。
 こういう意味のないことしてるから、売れなかったんだろうね、この企画。
 まあ、いい。
 それぞれに読みやすい、寓話的なお話ですが、私のイチオシは2作目の「父親」。
 短い作品ですが、えも言われぬ味わいがありました。
 
「ひとり者のナイトキャップ」アンデルセン(1805~1875)
 童話で有名なアンデルセンの作品です。
 知らなかったのですが、アンデルセンて、失恋を繰り返してずっと独り身だったそうです。
 旅が好きでね。まるで寅さんのよう。
 このお話なんて、ほぼ実体験というか、実は彼の身の上そのものだったかもしれません。
 ドイツ商人の部下で、コペンハーゲンで番頭をしているアントンさんが主人公。
 寒くて寂しい夜、毛糸のナイトキャップを目深にかぶって寝間に入った彼は、幼馴染で初恋の相手だったモリーとのことを思い出し、その恋がよくある悲恋に終わった後、実家の商売が傾いて苦しかった身の上などが走馬灯のように脳裏をかけめぐり、寝苦しい夜を過ごすのですが・・・
 失恋を繰り返す人というのは、惚れっぽいのですね、つまり基本的に人がいいのだと思います。
 それはそれでいいのではないですかね。失恋をするということは、するたびに優しくなっていくということです。
 振られるたびに性格が曲がっていくのならば、それは本当の恋ではありませんねえ。

「父親」ビョルンソン(1832~1910)
 教区で一番の地主で有力者である男に息子ができた。彼は洗礼、堅信礼、そして婚約と、そのたびに教会を訪れて少なからぬ寄進をした。一人息子のためである。そして結婚を目前にして、ふたりでボートに乗っているとき、息子は海に落ちたまま死んでしまった。その日から一年、男は教会を訪れた。屋敷を売った金で、貧乏な人のためになる基金を、死んだ息子の名前を冠して作りたいというのである。牧師は言った。「お前の息子は、おまえの祝福になったのだな」、と。
 なんとも味わいのある話でね。想像を絶する悲劇でも、いつしか福音に生まれ変わる可能性があるんですね。
 この1年の父親の心の動きように思いを馳せてみることです。きっといい息子さんだったのでしょう。
 悲しみは悲しみのままにしていてはいけないのです。昇華しなくては。

「ともしび」ラーゲルレーヴ(1858~1940)
 女性初のノーベル文学賞受賞者の作品。
 昔のフィレンツェを舞台にした話で、なかなか読みでがある物語です。
 主人公はラニエロ。この男、三国志の張飛みたいな奴で、ひとかどの剛の者なのですが、いかんせん脳が足りない。
 せっかく愛してくれた妻のフランチェスカを幾度も傷つけ、彼女は実家に帰ってしまいます。
 ラニエロ、どうしていいかわからない。とりあえず、彼はフィレンツェを出、傭兵になってたくさんの武功を挙げました。
 それによってフランチェスカが戻ってきてくれないか、と思っていたのです。
 彼はフィレンツェの聖堂に、戦いのたびに戦利品を献上していました。
 しかし、それでもフランチェスカからは、音沙汰がありません。
 ついに皇帝の騎士にまで登りつめた彼は、エルサレムへの十字軍遠征でまたしても抜群の功績を挙げました。
 そのために、聖墳墓教会のキリストの聖火を一番にあずかるという栄誉を受けました。
 ことの成り行きから、彼はこの聖火を灯したまま、フィレンツェに直接届けるという無理難題を背負ってしまいます。
 盗賊の襲撃をかわし、ロウソクを何本も継ぎ足し、幾度も火が消えてしまう危難から脱し、彼はなんとかフィレンツェの聖堂にたどり着くのですが、そこで待っていたものとは・・・


 
 
 

「百年文庫 都」ギッシング/H・S・ホワイトヘッド/ウォートン

 ポプラ社百年文庫ナンバー50のテーマは『都』。
 みやこ。
 本作に収められている3篇は、いずれも外国人作家の作品ですから、出て来る都はみんな外国。
 ローマ2,ロンドン1。なんでパリがないの?
 パリの作品を探しても良かった気がするけど。
 あと気づいたことは、どの話に出てくる都(みやこ)も、だいたい登場人物がストレンジャーなところ。
 つまり、旅先とか滞在先なわけです。
 すなわち、都(みやこ)とは、そこに定住している人にとっては、無関心というか感じなくなっちゃってるものですよね。
 外から来た人が、気づいたりとかですね、己のドラマの背景に宛がうものなのですね。
 何かが起きるのですよ。何かを求めているから、起こりやすいのかもしれません。
 それは恋であったり、奇跡であったり・・・あるいは魔が差したり。
 都(みやこ)での滞在で起きる、非日常な出来事を描いた3篇の物語。

「くすり指」ギッシング(1857~1903)
 ギッシングはイギリス生まれ。マンチェスター大の優等生であったが貧しい娼婦と恋に落ち結婚。その後、作家を志すもまったく目が出ず、経済的に困窮したまま、妻は酒浸りになって死亡した。それもまた人生かな。
 本作は、ローマのホテルを舞台にした、ささやかなすれ違いを描いた人情小説ですね。
 オーストラリアから故郷の北アイルランドへ帰る旅の途中でローマに寄った、30歳くらいの女性・ケリン。
 イギリスの高校の教師で、養生のために冬季をローマで過ごしている青年ライトン。
 同じホテルで顔を合わすうちに仲良くなったふたりは、いつしかローマの遺跡を連れ立って歩くようになる。しかし、ライトンは故郷に意中の女性がいて、ローマから意中を告白した手紙を出して返事が来ず鬱屈し、ほんの気晴らしのつもりだった。一方、基本的に気の良い田舎娘であるケリンは、散歩とはいえ男に誘われたことで、はや恋に落ちたような気がするのであった。

「お茶の葉」H・S・ホワイトヘッド(1882~1932)
 19世紀末。アメリカのニューイングランドで教師をしている独身37歳のミス・アビー・タッカーは、パンと紅茶だけという節約生活の末、念願のヨーロッパ旅行に必要な500ドルを貯えた。ツアー旅行最後の観光地ロンドンで、彼女は一軒の雑貨屋で、目についたピンクの玉のネックレスを買う。それは店で19年間も置きっぱなしになっていたという古びた品物で、アビーはそのネックレスを値切って12シリング(2ドル88セント)で購った。ところが・・・ アメリカに帰ってパーティで出会った紳士の薦めで、そのネックレスをボストンの宝飾店に持っていくと、なんと6千ドルの値がついた。さらにニューヨークの著名な鑑定士のもとを訪れた彼女は、そのネックレスの途方もない曰くを知るのである・・・

「ローマ熱」ウォートン(1862~1937)
 非常に完成度の高い、恋愛ミステリーとも云える作品。
 これまで読んできた百年文庫の作品のなかでも五指に入るような、短編ながら深い味わいを伴った作品で秀逸。
 ローマの、皇帝たちの宮殿を見下ろす崖の上のレストランでたたずむふたりのアメリカの婦人。
 ミセス・スレイドと、ミセス・アンズレー。ふたりは子供のころから親しく、お互いによく似た運命を辿ってきた。
 ニューヨークの社交界でも華々しかったふたりの婦人は、ともに今では夫を亡くし、元気のいい娘たちを連れてローマのホテルで再会した。栄光の都であるローマを見下ろしながら、ふたりは共に若い娘時代にローマで滞在していたことを思い出し、お互いに相手の人生を振り返る。それは、望遠鏡を逆さにして眺めているようなものだった。
 たとえばミセス・スレイドの人生は、彼女自身は華やかな満足のいくものであったが、アンズレーから見ると、彼女の人生は失敗と間違いの連続であったと感じているように。
 そしてローマの午後の穏やかだったふたりの女性の会話は、ある瞬間から、思わぬ方向へと舵を切ってしまう。
 それは、禁忌とでもいうべき、ふたりの忘れられない恋の思い出に関することだったのだが・・・

 「あなたが手に入れたのは、あの人が書いたのではない、ただの一通の手紙だけだったわ」
 スレイドは、25年間連れ添った夫のデルフィンと婚約していたころ、アンズレーが彼に恋をしていると気づいてイタズラをしたのです。デルフィンと偽って手紙を書いて、アンズレーをコロッセオに呼びつけた。それを「実はあの手紙は私が書いた」とここでバラしたのですね。ずっと心に秘めていたのに、今更どういう心境の変化でしょうか。これぞ“みやこ”の持つパワーでしょう。
 しかし、それをバラしたがために、知ることのなかった事実を知ることになるのです。
 きっとアンズレーはコロッセオで無様に待ちぼうけしていたと思っていたのですが、実はアンズレーは返事の手紙を書いて、デルフィンとコロッセオで密会していたというのです。
 さらに「結婚して25年間、あの人の人生は私のものだった」というスレイドに対して、ラストのアンズレーの「私はバーバラを手に入れたわ」の一言。
 これはキツイ。
 どういうことだと思います?
 アンズレーの娘であるバーバラが、実はスレイドの偽の手紙におびき出された形で逢ったコロッセオでデルフィンとの間に出来た子供、というオチではありませんよ。
 その後、つまりスレイドが結婚してからも、あなたの夫と私は逢っていたのよ、ということなんです。
 どう思うコレ(笑) まさにやぶ蛇。
 ものすごい、結末でしたね。女性、恐るべし。


 
 
 
 

「百年文庫 膳」矢田津世子・藤沢桓夫・上司小剣

 百年文庫ナンバー49ですね、テーマは「膳」。
 やっと、折り返し地点まで来ました。長かった。
 百年文庫はポプラ社のろくでもない編集社員が選んでいる作品であるため、面白さは二の次です。
 それでも、やはり文学作品は勉強になりますので、知らなかった作家に出会うことは楽しいですね。
 すなわち、価値観が広がるということですから。
 本作もそう。
 矢田津世子なんて名前も知らなかったですが、画像を検索してみると、信じられないような美人。
 37歳で亡くなったこの方はどういう人間だったのだろうと思いを馳せながら、作品を通し、時空を超えて語り合う。
 小説というのは、いわば、そのときの作家の感情や五感が、そのままタイムカプセルになったみたいなものですから。
 酒の肴には、こういう渋い近代の情緒小説が最高ですな。
 しかもテーマは「膳」ときたもんだ。言うことなし。

「茶粥の記」「万年青」矢田津世子(1907~1944)
 目の覚めるような秋田美人の矢田津世子は、林芙美子や佐多稲子と同時期に活躍した女流作家でしたが、37歳の若さで肺病で亡くなっています。元気だったならば、彼女らと一緒に従軍戦記を書かされているかもしれません。
 本作には、2篇が所収。
 聞き学問の知識だけで雑誌に味覚談義を執筆していた夫の思い出を語る「茶粥の記」。
 無垢で純真な孫嫁と、隠居のおばあさんの心の結びつきを情感豊かに描いた「万年青(おもと)」。
 どちらも、食がテーマというよりも、姑、祖母を物語の中心に据えた情緒小説ですね。
 品が良いです。

「茶人」藤沢桓夫(1904~1989)
 茶道、というと手前や侘び寂びなどを連想しますが、昔はお茶のあとに懐石料理で一杯やっていたのですよ。
 たしか千利休なんて、料理も玄人はだしであったと思います。
 いわば戦国武将にとっては、お茶はアペタイザーだったわけですね。
 この小説では、一代で身代を築いた袋物問屋の隠居七宮七兵衛が主人公で、この隠居が金持ちなのにケチで有名。
 自分も家族も丁稚も一日に二食。お茶会のメンバーですが、茶器は他人のものを借りて贋作を作るという品の無さ。
 そして、茶会の亭主は当番制で回るものなのですが、家が手狭でとぬかして亭主を受けようとしない。
 まったくどうしようもない吝嗇家なわけです。
 しかし、ついに茶会のメンバーが示し合わせて、七兵衛が亭主になるように仕向けることに成功しました。
 茶会の後には料理をこさえなければなりません。
 さあ、ドケチの七兵衛はどうしたのでしょうか・・・

「鱧の皮」上司小剣(1874~1947)
 鱧皮は、細く切って、二杯酢にして一晩くらいつけておくと、いいご飯のおかずになるそうです。
 作品の舞台は、喧騒の道頓堀。讃岐屋という料理屋の女主人・お文の周辺の物語。
 料理屋といっても、雇い人が男女28人もいますから、大店ですよ。
 問題は、このお文の亭主で、福造というのですが、これがまたとんでもない放蕩者。
 店をお文に任せて、自分は畑ちがいの投資ばかり手を出しては失敗。家出癖があって、ふつりといなくなります。
 このときも、商売でてんてこ舞いのお文の元に、東京にいるという福造から手紙が届きます。
 手紙には、金の無心と、鱧皮を送ってくれと書いてありました・・・
 このときの道頓堀は20世紀初頭でしょうか。
 なんとも、雰囲気がいいです。当時に歩いてみたかった。
 作品に登場する夫婦善哉は後に織田作之助の小説に書かれて全国的に有名になりました。



 

「百年文庫 波」菊池寛・八木義徳・シェンキェヴィチ

 百年文庫ナンバー48のテーマは『波』。
 人生という荒海の前に、人の運命など波間に漂う木の葉同様。
 どう抗おうが、抗えぬ巨大な波に呑まれ、運ばれる先は何処か。
 あるいは大波を好機と捉え、運を天に任せて飛び乗ってみるか。
 運命という波に立ち向かう3人の男の物語。

「俊寛」菊池寛(1888~1948)
 俊寛は、平安時代の真言宗の僧侶。平氏打倒の陰謀に加わり、露見して現鹿児島県の喜界島に流された。
 同じように流人となったのが、平康頼と藤原成経であり、3人は謀反を後悔してはお互いの不遇を嘆きあい、浪時はるかな都を偲んで呆然と佇み、島民とも交わらずひたすら無為に過ごしていたが、治承2年(1178)、突如、赦免の船が現れ、俊寛を除いたふたりは罪を許されて都に帰れることになった。これに納得出来ないのはただひとり島に残された俊寛である。
 当初こそあまりの不憫さに自死してしまおうと思った俊寛だったが、一念発起する。
 妻の形見である小袖を島民の麦のたねと交換して畑を作り、海に出ては漁をすることを覚えた。
 いつのまにか、恨みである平清盛のことも忘れて、南の島で力強く生きていくのであった。
 実際には、治承3年に俊寛の待童だった有王が喜界島を訪れ、そのときに渡した手紙がきっかけで俊寛は自殺したことになっています。ところが本作では、俊寛の自殺はあくまでも噂であり、当の俊寛は島で女も娶り楽しく暮らしたことになっています。
 ロビンソン・クルーソーのような話です。流罪とはいえ、釣った魚を食ったり自由気ままで私なんか羨ましく感じたりもします。もちろん、平安時代の当時は、喜界島といえど天の果てのように思われたのでしょうけど・・・
 やっぱり、羨ましい。こういうのなら、戻れない波であっても構いません。


「劉廣福」八木義徳(1911~1999)
 満州は奉天の小さな工場。「私」は、そこで事務所の庶務をやる傍ら、工場の方の人事の面倒も見ていた。
 工員を増員するために、工人応募の張り紙を出すと、すぐに大勢の満州人が押しかけてきた。先に来た者から選び、残りは帰ってもらったが、中にひとりだけ帰らずに立ち尽くしている者がいた。私は「彼」に目を留めて興味を覚えた。
 彼の名は「劉廣福(リュウカンフウ)」という。
 常人の二倍はある巨大な体軀に、不釣り合いな童顔の顔が乗った、30歳の農民だった。錦州出身の天涯孤独である。
 彼はひどい吃音症だった。彼がひとことしゃべるたびに、工場の日本人のみならず満州人も笑った。
 私は工場長を説き伏せ、彼を雇うことにした。一番給料の安い「雑工」である。工場内外の掃除や使い走りをするのだ。
 しかし彼は文句もいわず「不太離!(たいしたことない)」を合言葉に、みんなに苛められても、食べ物は鍋底の残り物を漁っても、懸命に自分の仕事を務めた。そして、ゆっくりゆっくりと、工場での彼の立場はのし上がっていく。
 1944年、戦時中の芥川賞受賞作です。
 そう言われてみれば。なるほどと思う。満州の工場の話でね。プロットが体制に沿っているというか。
 体制といっても、作者は元々左翼思想のあった人ですが、この場合、不思議にどっちの体制にも合う小説になっています。
 おそらく作者は満州の工場にいたことがあったので、「劉廣福」のモデルは実際にいたのだろうと思います。
 楽しいというか、気持ち良い小説でした。いいほうの波に乗りましたね。


「燈台守」シェンキェヴィチ(1846~1916)
 パナマ運河の北にある小島の燈台守が、ある日突然姿を消し、パナマ駐在アメリカ総領事は、すぐに新しい燈台守を探さなくてはいけなくなった。燈台守の仕事は、ろくに外出もできず、400段もある階段を始終登り降りし、小島の灯台で孤独に耐える、まるで囚人とほとんど変わらないような仕事である。すぐに代わりの人間がみつかるはずがない。アメリカ総領事は困っていた。
 ところが、すぐに見つかった。
 燈台守の仕事に応募したのは、かくしゃくとしたポーランド人の老人だった。名をスカヴィンスキという。
 スカヴィンスキは、燈台守という仕事に憧れていた。スペインやフランス、アメリカなどで兵隊として働き、世界各地で様々な仕事を経験し、あげくに捕鯨船にも乗り、そのことごとくに失敗してきた彼は、あちこちさすらう人生に飽き飽きしていたのだ。
 いや、もうすっかりイヤになっていた。彼は、あまり人間に関わらずひっそりと暮らしたかった。燈台守の仕事こそうってつけである。ちょうどパナマに来たときに、こうした機会に出会うとは、彼にとって最後の幸運かと思われたのだ。
 一も二もなく雇われたスカヴィンスキ。燈台守の仕事を忠実にこなしていたが、ある日、とんでもない失敗をやらかしてしまう・・・
 はい。
 なにはともあれ、作者もポーランド人で、話の主人公もポーランド人であるということが時勢的に印象的でね。
 ポーランドという国は、ドイツやソヴィエトによって歴史的に虐げられてきた、悲劇的な国のひとつです。
 ポーランド移民という言葉は今でもよく耳にしますし、例のイギリスのEU離脱でも取り上げられていましたよね。
 アメリカにもポーランド移民は多いそうです。今読んでこそですが、この小説の、スカヴィンスキは、そうした苦難のポーランド人の運命のメタファーになっているような気もします。
 ポーランドほど大国の波間で翻弄されてきた国は、なかなかありません。



 
NEXT≫
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
最新記事
カテゴリ
ミステリー (91)
ミステリー短編集 (17)
歴史ロマン・ミステリー (17)
冒険ロマン・ミステリー (14)
サイコホラー・ミステリー (15)
学園ホラー・ミステリー (14)
民俗ホラー・ミステリー (10)
政経・金融ミステリー (17)
ファンタジックミステリー (21)
近代・昭和ミステリー (14)
オカルティックミステリー (7)
青春・恋愛ミステリー (20)
医療小説・ミステリー (22)
伝奇小説・ミステリー (12)
時代人情小説・ミステリー (17)
時代冒険小説・ミステリー (18)
社会小説・ミステリー (14)
スポーツ小説・ミステリー (10)
アーティスティックミステリー (12)
海外ミステリー (27)
海外冒険小説・スリラー (16)
SF・FT・ホラー (24)
SF・FT・ホラー短編集 (13)
海外SF・FT・ホラー (17)
クライシス・パニックサスペンス (12)
警察・諜報サスペンス (29)
悪漢・犯罪サスペンス (28)
中間小説 (21)
青春・恋愛小説 (30)
家族小説・ヒューマンドラマ (30)
背徳小説・情痴文学 (13)
戦記小説・戦争文学 (17)
政経・金融小説 (14)
歴史・伝記小説 (21)
芥川賞受賞作 (19)
直木賞受賞作 (17)
文学文芸・私小説 (23)
海外小説・文学 (12)
文学アンソロジー (52)
歴史・伝記 (30)
戦史・戦記 (31)
海軍戦史・戦記 (143)
物理・宇宙 (26)
生命・生物 (37)
アンダーグラウンド (44)
事件・事故 (35)
世界情勢・国際関係 (23)
スポーツ・武術 (22)
探検・旅行記 (19)
随筆・エッセイ (28)
月別アーカイブ
プロフィール

焼酎太郎

Author:焼酎太郎
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
最新トラックバック
リンク
QRコード
QR
RSSリンクの表示