「健太さんは、なぜ死んだか」斎藤貴男

 2007年9月、佐賀市で、中度の知的障害のある安永健太さん(25歳)が仕事から自転車で帰宅途中、不審者と間違われて警官たち(最終的には15名)に取り押さえられ、路上で命を落とした。
 警察はあくまでも「保護」であり過誤はなかったと主張、遺族は「逮捕」だったとして損害賠償請求と特別公務員暴行凌虐罪を問う刑事・民事の両方の裁判で争った。
 最高裁は2016年7月1日、福岡高裁判決を不服とした遺族の上告を棄却し、警察側の勝訴が確定した。


 健太さんはわずか10分間で命を失っています。
 何が起こったのかというと、パトカーの追尾と警察官らによる取り押さえでパニックに陥った健太さんが、急激な心拍動の異常や過呼吸状態、血圧の急変から急性の血液循環不全(心臓発作)を起こして急死したものと考えられています。
 健太さんは、対人コミュニケーションに難を持つとされる自閉症スペクトラムという発達障害でした。
 テーマパークとして開園した知的障害者授産施設で真面目に働き、野球が大好きで社会人のチームにも入っていました。父親はPL学園野球部のテストも受けたことがあるほどの元野球少年で、健太さんにもその血が反映されていたらしく、障害がなければプロも夢ではなかったのではないかと言われるほどの才能があったそうです。また、養護学校3年生だった1999年の夏にはアメリカ・ノースカロライナで開かれた第10回スペシャルオリンピクスの陸上競技に参加しています。
 こういう言い方は語弊があるでしょうが、どうしても健常者は障害者を「とろい」と見てしまいがちです。
 しかし健太さんの場合、健常者以上の運動能力があったと見るべきでしょう。

 だから彼の身体能力の高さが、不審者と誤解した警察による「保護」を著しく困難なものとし、十重二重に囲んでの過剰な拘束あるいは暴力によって、あまりにも異常な状態に追いやられた健太さんの心臓がパニックを起こして突然死したという推測はある程度事実なのだと思います。
 いくら力が強くてもひとりの男性にプロである警察官がよってたかってと思われますが、私も実は武道格闘技の黒帯を2本持っているのですが、パニックを起こして火事場の馬鹿力をだした青年男性の取り押さえに四苦八苦してとてもひとりではどうにも出来なかった経験があります。殴り倒すのではなく取り押さえるとなると力に力を持って対処しなくてなならないので、非常に困難を伴うのです。いっそ頭を蹴り倒してやろうかと思ったくらいです。
 けっして警察は彼を死なそうと思っていたわけではありません。
 しかし、警察による重大な過失と考えるべきは、健太さんが知的障害者であり、警察官が彼を障害者であるとその時点で認識していれば、その対応はまったく間違ったものになったかもしれないということです。
 養護学校時代の健太さんの指導要録には、<性格的な影響から、理解できないものに遭遇した場合、走って逃げ、それを追いかければさらに走って逃げる性格である。不測の事態に遭遇した際はパニック状態になり、それを収めるには放置しかない>と書かれていたそうですが、これは多くの知的障害者の方にも当てはまることではないでしょうか。
 この時点で2004年に警察庁から全国の警察署に配布されていた知的障害者に対する対応のマニュアルには、ゆっくり穏やかに話しかけて近くで見守るように書かれています。
 ところが、この佐賀県の警察官(部署は書かれていない)は、そんなものは読んでいなかったか無視した、あるいは健太さんのことを知的障害者と認識していなかったということになります。実際に裁判ではそのことが争点となったわけです。
 不確かですが、当時付近では覚せい剤の関係者が逃亡したという情報もありました。
 警察官が「ゼロロク(薬物中毒者?精神錯乱者?)が暴れている」と無線連絡したという情報もあります。
 もちろん警察側は、健太さんを知的障害者と認識しておらず、結果的に死に至らしめることになったのは不可抗力であった、強引な拘束はやむを得なかった、殴ってはいないと主張したわけですね。本当のところはわかりませんが・・・
 私が思うのは、別に相手が知的障害者ではなくてもこういうことは起こりうるだろうかということです。

 謝れば責任を認めたことになるので、謝れないのでしょうね。ほとんどの警察官が真面目に仕事をしています。そのときに私が警察官だったとしても同じようなことになったかもしれません。死なそうと思ったわけではないのですから。無理に職務質問をしたわけではない。ただし、やりすぎた可能性はある。謝れないのだけれども謝れば、遺族の気持ちはずっと楽になったはずです。それができないのは制度の問題なのかどうか。他にも警察関係では怪しげな事例が全国でたくさんありますがね・・・
 人間ならば誰でも失敗はするものです。医者だって警察だって失敗する。
 問題は失敗してしまった後の対応なんですよね。
 日本という国はセクショナルインタレスト(組織的利益)が大きすぎると思うのは、国民性でしょうか。
 失敗しても謝ればいくらでもやり直せるんだよ、という文化を根付かせねば、この国はいつまでたっても「ごまかし天国」でしょうねえ。



 
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「PC遠隔操作事件」神保哲生

 片山祐輔の名前はおぼろげでも、顔を見れば多くの方が思い出すことだと思います。
 2012年6月から約2ヶ月、片山は犯罪とは縁もゆかりもない4人の一般市民のパソコンを遠隔操作し、JALニューヨーク便の爆破予告を含む14件もの殺害・爆破予告をネットで発信しました。
 犯罪の土台となったパソコンの持ち主である4人の“被害者”は、警察によって誤認逮捕されました。
 4人のうち2人は取り調べのプレッシャーに絶えきれず、虚偽の自白をしました。
 やがて真犯人からの犯行声明のメールが届き、疑いは晴れたものの、彼らは一生消えることのない心の傷を負いました。被害者の中には未成年ですでに家裁の処分を受けた方もいたのです。
 真犯人である片山は、警察をあざ笑うかのように挑発的な挑戦メールを送り続け、証拠物件を見つけるために警察は冬の雲取山に登山したり、江ノ島で猫の大捕り物をさせられたりしました。
 このときくらいから、テレビなどメディアの煽りもあって、日本中が大騒ぎになります。
 結果、江ノ島に防犯カメラが存在するとは思っていなかった片山の抜け作のおかげで、彼のデブオタの容姿はバッチリ捉えられ、2013年2月10日に江東区の自宅マンションで逮捕されました。
 しかし、検察が時期尚早であると考えていたように、この逮捕はやや拙速でした。
 片山を有罪にする決定的な証拠がなかったのです。
 片山こそ遠隔操作の真の被害者ではないか――佐藤博司弁護士をはじめとする最強の弁護団に守られ、片山は容疑を全面否認します。裁判の行方は予断を許さず、検察と弁護双方の壮絶な舌戦の渦中、それは起こりました。
 保釈中、あろうことか片山は別の真犯人を装った偽装メールを発信し、これに使用したスマホを荒川の河川敷に埋めましたが、瞬時に警察に発見されてしまったのです。信じられない間抜けな墓穴でした。
 万事休す。偽装の動かぬ証拠を押さえられた片山は否認を一転、すべての犯行を認めたのです。
 2015年2月4日、片山祐輔には懲役8年の判決が下されました。
 これがだいたいの「PC遠隔操作事件」の概要なのですが、本書は知られざる事件の裏側が網羅されています。
 片山はなぜ一文にもならぬ事件を起こしたのか、その動機とは?
 誤認逮捕という大失態を犯した警察の捜査手法など日本の司法制度の問題から、俯瞰すればネットオタクによる悪質ないたずらにすぎない事件がこれほどまでに国内を騒がせることになった原因ともいえるマスコミの問題まで、事件の表層にとどまらず事件の外郭を取り巻くこの国の真の病巣にまで迫る、渾身のノンフィクション。

 著者は相当力あります。論理的だし読んでて見事だと思いました。
 ただ、長い。558ページもある。ジャーナリスト心理としてそれでもまだ言いたいことは足りないのでしょうが、あと100ページは削ることができたと思います。面白いけど小説ではないので、読んでいる方は非常に疲れる。
 まあでも、間違いなく事件ルポとしては秀逸な出来です。
 新聞やテレビでこの事件のことを見ていましたが、知らないことがたくさんありました。
 ツボは証拠品回収のために雲取山に登山させられた警察官たち。急に行けと言われて冬山登山の準備など知らなかったのでベンチコートとか間抜けなカッコで行って偶然現地で会った山岳救助隊に怒られたそうです。そりゃそうだよね、雲取山って東京最高峰で2千メートル超えてるんだってね。それでもあるはずのUSBはなぜだか見つからなかった。だから焦れた片山が江ノ島の猫を使うことになってそれが結果的に逮捕に繋がったのだから、何が幸いするやらわかりません。
 そして片山に前科があったことを知りませんでした。のまネコ事件で1年6ヶ月もの実刑判決を受けていたのですね。
 名字を変えて(両親がわざと離婚)、前科を隠していました。
 今回の事件は出所してから丸5年経っていなかったため、量刑には再犯のペナルティが課せられています。
 今回の8年と合わせて40歳までに10年近く刑務所に入るとは、ヤクザ顔負けの牢名主です。
 出てきても、また似たようなことをやる可能性は高いと思います。
 それでも、誤認逮捕された被害者のことを考えると腹が立ちますが、中学時代にイジメを受けた経験もあり、対人関係がうまくいかずネットの世界しか息を抜ける場所がなかったことを知ると、なんだか同情してしまいます。
 私は、社会に対し自らの存在を誇示せずにはいられない特異な自己顕示欲、自己承認欲求が片山にあったことは無論ですが、私は彼はネットの世界で少しずつリアルな人間としての常識をなくしていったのだと思うのですね。
 ネット世界は顔を出さなくてもいいというのが、リアル社会と大きく異なる点だと思いますが、この顔を出さなくていいということが片山にとっては逆に本当の社会になってしまい、コンピュータプログラマーの派遣社員としてのリアル生活のほうが裏になってしまったんじゃないかと思うのです。だからネット世界でこれだけ負の感情を爆発させたんじゃないですかね。発端はともかく、それは必ずしもストレスからの逃げでも反動とも次元が違う話だと思うんです。
 アル中やヤク中と同じように、ネット中毒というのは存在すると思います。


 
 
 
 
 

「闇を照らす なぜ子どもが子どもを殺したのか」長崎新聞報道部

 長崎では近年、悲痛極まる重大な少年事件が三たび起きました。
 2003年7月の、中学1年生の男子生徒が4歳の男児を殺害した長崎市男児誘拐殺人事件。
 2004年6月の、小学6年生の女児が同級生を教室で殺害した佐世保小6女児同級生殺害事件。
 そして記憶に新しい2014年7月の、15歳の少女が同級生を殺害した佐世保市高1女子同級生殺害事件。
 なぜ、長崎でこのような衝撃的な事件が発生したのか。
 本書は事件の舞台となった長崎県の主たる報道機関である長崎新聞が、各事件の経過と背景、加害少年の更生への道筋、被害者や遺族の置かれた状況などを多面的に検証し、事件の深層に迫ろうと試みた長期連載「闇を照らす」を中心に、刊行にあたって長崎市男児誘拐事件の検証会議の報告書などを付録して再構成されたものです。
 内容はハードですが、私だってあなただって明日にでも事件に巻き込まれる可能性はゼロではありません。
 同じ人間として、大人として、一読の価値があります。

 長崎、事件が多いなとは思った記憶があります。
 佐世保市高1女子同級生殺害事件のときでしょうか。確か加害者の父親は弁護士で自殺したと思います。
 しかし事件の記憶はとかく風化しがちであり、特に自分の住んでいる場所から離れた場所であると、どこか他人事になってしまいます。テレビ観て「こええな」と話し合ってそれで終わり。
 ですが、本書を読めば、とても他人事とは思えないほど身につまされるというか、この深い闇の病弊は長崎にとどまるものではなく、日本の社会全体の問題であるということがわかりました。身近な問題であるのです。
 佐世保小6女児同級生殺害事件については詳細に説明されてないのでわかりませんが、長崎市男児誘拐殺人事件と佐世保市高1女子同級生殺害事件の加害者少年は、発達障害を抱えていました。
 基本的には脳の神経ネットワーク機能の障害とされる発達障害という病気が、即非行につながるものではありません。現に程度の差こそあれ発達障害の子どもはクラスに1名以上いる計算になり、彼らのすべてを犯罪者予備軍と見なすことはとんでもない魔女狩りであり、彼らのほとんどは逆にイジメられる側の人間なのです。身体の障害と違って、精神の障害は見てもわかるものではありませんから、周囲からケアされにくいのです。
 では、何が違うのか。
 たとえば素人の私がこれを読んでいても、長崎市男児誘拐殺人事件と佐世保市高1女子同級生殺害事件の加害者少年を、同じ発達障害という病でひとくくりにすることは無理があると思います。なるほどアスペルガー症候群と自閉症スペクトラム障害というように病名は違うのですが、でもそれは結局、結果論でしょ。病気が犯罪を犯すわけではないと思うのですね。
 事件を起こした子どもが、たまたま発達障害という病気を持っていたと考えるべきではないでしょうか。
 佐世保市高1女子同級生殺害事件の加害少年などはとても発達障害ですむような生易しいものではありません。
 語弊があるかもしれませんが、逆に発達障害に失礼ではないかとも思う。
 猫を殺して解体し、給食異物混入事件を起こし、寝ている父親の頭を金属バットで殴りつけて殺そうとし、本人も人が殺したくてしょうがなかったという人間は、どうみても異常中の異常ではないですか。
 それはそもそも「病気」で片付けていいのでしょうか?
 精神科医が「この少女は人を殺す」とその危険性を問題視して、佐世保児童相談所に通報したのはよほどのことですよ。なのに、佐世保児童相談所は、それを無視したのです。放置しました。それから事件が起きました。
 もちろん、児相が対応できたとしても、異常少女の暴走を完璧に止められた補償はありません。
 しかし、無視するということは可能性をまったくなくすということですからね。
 万死に値数するんじゃないですか、佐世保の児相は。具体的には悪いのは課長ですけどね。
 佐世保の児相には、大変問題のある人間が幹部をしており、以前からパワハラが存在したのです。
 もちろん、長崎県庁の監督問題でもある。そのことは長崎新聞の調査によって本書に詳報されています。
 精神科医の通報を無視した課長にも言い訳はあります。ですが、それは所詮、組織的利害(セクショナル・インタレスト)です。県民の利益を第一に考慮すべき長崎県の県職員が、己の差配する佐世保児童相談所の利益立場を優先しました。
 これ、前川ポコチン喜平元文科省事務次官も同じです。
 国益よりも省益、というね、官僚の鏡とでもいうべき国賊です。
 本書では01年の少年法改正にまつわる(08年の裁判傍聴解禁ふくむ)被害者側の状況も詳しく書かれていますが、それは大事だけれど結局、事件が起こってしまって後のことですからね。
 起こる前が問題なんですよ。起こらなければ被害者遺族もいないわけだから。そして、起こらないということは言い換えれば目立たないことでもあります。
 でも、それこそが行政の本来の仕事なのではないですか。
 組織的利害(セクショナル・インタレスト)を廃した、児童相談所、学校、教育委員会、医師(校医)、県庁市町村役所などの速やかな連携こそが、本来ならば何も起こらない地味で無風な“健全な子ども行政”でしょうね。
 子どもが子どもを殺す社会は、世も末だよ。


 
 
 

「たった一人の生還 『たか号』漂流二十七日間の闘い」佐野三治

 1991年12月29日午後8時頃。
 三浦半島の油壺からグアム島を目指す外洋ヨットレースの途中、「たか号」(7人乗組)が転覆した。
 場所は小笠原群島の父島北方約300キロの大海原である。
 転覆時に舵を取っていた艇長は亡くなり、海に投げ出された残りの6人は艇の復旧を断念、ライフラフト(ゴム製の救命いかだ)で漂流した。このとき不幸にも、ライフラフトに常備されていた食料等の常備品が流失し、彼らの手元には9個のビスケットと500ミリリットルの水しか残っていなかった。6人は、1日1枚のビスケットを6片し、わずか親指の爪ほどのそれで飢えをしのぎ、わずかの水を舐めあった。定員は8名だが外径2メートル半のライフラフトは窮屈で、足を伸ばせる余裕もない。
 イーパブ(救難信号発信装置)は海の底に沈んだ。頼みの救援は来ない。
 漂流して10日が過ぎた1月9日、海上保安庁のYS11機が彼らに近接する。しかし、見逃されたようだった。
 そのことに絶望したのか、翌日、ついに漂流後もリーダー的存在で、軍歌を歌ってみんなを勇気づけてくれた最年長の艇員が亡くなった。1月11日には、続けて3人が亡くなった。
 残った2人。13日には初めて鳥を捕獲し、その肉や内蔵を食べた。スコールもやってきて雨水も飲めた。島影も遠望できた。 しかし、1月16日、26歳で最年少だった艇員が心臓の不調を訴え、急死した。
 ついに生き残ったのは、本書の著者たったひとりになった。
 そして彼は、27日間にも及ぶ凄惨な漂流の末、オーストラリアに向かっていた貨物船「マースク・サイプレス号」に偶然発見され、救出された。体重は3割も減り、足の踵は壊死していた。
 本書は、絶望的な状況の中、奇跡の生還を果たしたひとりのヨットマンが綴る、自然と死との闘いの記録である。

 怖い。これほど凄い海難の話は読んだことがありません。
 小説では絶対に無理だと思います。このような凄惨な真実の話の前には太刀打ちできません。
 しかも、著者は時間経過を自分の時計に彫りつけており、事故後間もなくの出版であるので記憶も生々しいためか、事象の描写が鮮明です。救命ボートの中の足の位置で口喧嘩したり、誰もが陥った幻覚症状、昨日まで「帰ったらあれが食べたい」と言っていた人間が願い叶わず力尽きて亡くなる瞬間、自分の小便を飲むことに抵抗がなくなってしまったこと、最後のひとりになってしまい気が狂いそうな孤独感に襲われ、これまで仲間が亡くなるたびに冥福を祈り水葬していたのに遺体を3日間ボートに置いたこと・・・
 読みながら、自分も漂流を体験させられているかのように感じました。
 とてつもなく、怖かったです。
 ただの漂流生還記ではなく、救出された後の日本医科大学附属病院での治療の模様や、亡くなった艇員の遺族との面会、そして「人の肉を食ったのか」と医者に聞いたという常識はずれの阿呆がいる記者会見など、事故後のことも詳しく書かれており、特に他クルーの遺族との交流では、自分ひとり生き残ったことに対する申し訳なさ、やりきれなさが切ないほどうかがわれ、思わずこちらまで苦しくなってしまいます。入院中、最後に看取った最年少の艇員の家族から「最後までお世話になりました、ありがとう」と花束をいただいたときは、著者と一緒に涙しました。
 たとえば私の家族が同じように亡くなったとして、生き残った人間に同じことができるかと思いましてね。
 今も日本のどこかで、著者は十字架を背負って生きているはずです。

 日医大病院の先生の話では、著者だけが奇跡的に生き残った原因として、身体の恒常性維持機能が高く、内蔵の衰弱がバランスよく起こったことが考えられるそうです。たとえば、肝臓やら腎臓やら臓器のひとつが他より異常に悪くなると亡くなりやすいのだそうです。つまり、著者は臓器それぞれが等しく弱っていったために、助かったのです。こういうタイプが、生き残る人間だそうです。
 そして肝心要の漂流の原因となった「たか号」の事故はなぜ起こったのでしょうか。
 著者は転覆時ベッドにおり、このとき操船していた艇長はすでに亡くなっていたため、転覆の確かな原因はわかりませんが、著者の聞いた音などから想像するに、崩れ波というとてつもなく巨大な波が「たか号」を襲った可能性が指摘されています。
 さらに、普通ならばヨットは転覆しても自然に起き上がるものらしいのですが、「たか号」はなかなか回復しませんでした。ようやく回復したときには、ハッチが損傷しており、浸水が止められなくなっていました。
 しかし、私が思うに多くの方が助からなかった最大の理由は、イーパブ(救難信号発信装置)ではないでしょうか。
 艇を脱出するときに、著者が落としたことではありません、始めからイーパブは作動しなかったのです。
 なぜかというと、納入時にはイーパブは電池の損耗を防ぐために、バッテリーと本体をつなぐコネクターを接続していなかたったのです。作動するか確かめてくれと言われて(誰が言ったのか、大会主催者か部品業者か?)、たか号のクルーたちはレースを目前に控えた忙しさで、作動確認を怠っていました。まさか事故などという油断もあったのではないでしょうか。
 そして海上保安庁のYS11機による“見逃し”の謎もありました。
 今ならば、海上自衛隊も出動しているはずなので、彼らが亡くなることはなかったと思います。
 そのほかにも、様々な不運が重なっていることがわかります。もっとも事故という結果から遡れば、そこにはミスが重なっていることは当たり前なのですが、こういう言い方はなんだけど、やはり最後はメンタルかなあと思います。事故を起こしてしまうメンタルがクルーたちにあったということではないでしょうか。レースという勝負に気を取られすぎていたことを責めることはできないでしょうが・・・


 
 
 
 

「漂流」角幡唯介

 1994年3月17日。
 フィリピン・ミンダナオ島沖合で、地元漁船が一艘のうす汚れた救命筏を発見した。
 救命筏には日本人1名フィリピン人8名が乗っており、9人全員が無事に保護された。
 彼らは、沖縄の漁船第一保栄丸(59トン)の本村実船長(52歳)と船員だった。
 第一保栄丸はグアムを基地に創業していたマグロ延縄漁船で、1994年1月19日に出港し、2月1日にグアム南東の海上から連絡があったのを最後に、無線連絡が途絶えていた。
 マグロ水揚げを代行する代理店が2月21日に米国の沿岸警備隊に捜索を以来したが、5日間航空機で付近の海域を捜索したにもかかわらず、彼らの生存に結びつく手がかりは何も発見されなかった。
 彼らは何らかの理由で遭難したと考えられ、生存は現地でも日本でも絶望視されていた。
 それが、37日間ぶりに、およそ日本列島に相当する2800キロ離れたミンダナオ島で、全員が極めて衰弱しながらも無事に漂流しているところを発見されたのである。奇跡といってよかった。
 救助翌日にはフィリピンのメディアに加えて日本からもマスコミの記者が大挙押し寄せ、新聞や週刊誌で大きく報道された。
 特に、フィリピン人船員の「最後は日本人の船長を殺害して食べることで意見が一致していた」という証言が伝えられるや、センセーショナルを巻き起こした。20年以上も前のことながら、覚えている方も多いことだろう。
 漂流にまつわる事案を研究していた冒険家・角幡唯介も、そのひとりである。
 彼はこの「第一保栄丸漂流事件」に着目し、船長だった本村実に接触し、直に当時の話を聞こうと考えた。
 しかし、この試みは失敗に終わり、著者本人とここまで本書の冒頭を読んできた読者に想定外の衝撃をもたらすことになる。
 本村実は、救助されてから8年後の2002年、またもやグアムから漁船で出港したまま、忽然と行方不明になっていた。
 船どころかブイも浮き輪も重油も、何の痕跡も残さず、水に浸かれば自動的に送信される救難信号無線も発信されることなく、神隠しのように消えた。そして今度は見つからなかった。

 はい。
 つかみは衝撃的でした。
 「そんな、バカな!」と思いました。一度遭難して命からがら助かった人間が、再び遭難するなんて。
 しかも今度は行方不明のまま。
 これ、行方不明だから報道されていないので誰も知らなかったんです。遺体なり痕跡なりが見つかれば、おそらく大々的にニュースになったと思います。
 この事実を知った瞬間から、本書が生まれることになったのでしょう。
 1年前の本なんですけど、改めてもっと早く読んでおけばと思いました、このときまでは。
 その前の著者自身の冒険譚である「アグルーカの行方」が、面白かったんですが、シロクマの親子を撃ち殺したでしょう。あれが、根が残虐ながら極めて動物愛護家にできてる私にとっては、後味が悪かったのでね。そこに住んでる人間なら仕方ないけど、好きで冒険にいった人間がシロクマ撃ち殺すってどういうことやねんボケ、と思って読むのやめてました。
 「ああ、読んでりゃよかったよ」と悔みましたね、冒頭読むまでは。本章に入るまでは。

 今回のは、角幡唯介自身による冒険紀行はありません。
 取材でマグロ漁船に乗せてもらうだけ。
 あとは、家族含む本村実周辺の人物への膨大な聞き込み、そしてそこから広がる本村の出身地である伊良部島佐良浜に綿々と受け継がれる海洋民としての血統から推測される海を生活の場にする者の価値観の違いの考察などを通して、どうして一度生き永らえた人間が再び海に出ていったのかという謎を解明しようとしています。
 しかし、同じ遭難したフィリピン人船員や家族へのインタビューはともかく、本村実さんの人間関係を伸ばしすぎたと思う。複雑になってわけがわからなくなった。みんな嫌がっていたし。この部分が冗長すぎたわ。
 ウラセリクタメナウも興味深いけど、そこまで深入りすることないと思いました。
 それよりも、フィリピン近海では昔から何隻もの沖縄マグロ漁船が神隠しにあったように忽然と消えているのですから、難題とはいえ憶測見切り発車でいいからその真相を追う方向でいってほしかったですね。
 大型船衝突、北朝鮮による拉致、海賊の襲撃などの可能性があるわけですから。
 実際のところ、どうなんでしょうね。バミューダ海域みたいなものだから。
 沖縄が日本に変換される前は、沖縄の船は琉球船舶旗しか持っておらず、ミクロネシアでインドネシア海軍の哨戒機に攻撃されて死亡者が出た事件もあります。遭難したはずの船員が上海で北朝鮮の船舶に乗っているところを目撃されたという情報もあったりします。北朝鮮の水産業のレベルが低く、高度な技術を持つ日本の漁師を拉致したのではないかとも言われています。しかしあくまでも、昔の話ですからね。
 大型船による衝突の可能性が一番大きいのか。あれだと夜で寝てたら一瞬で木っ端微塵だから。
 どうやら著者もそう考えているような雰囲気も感じましたが・・・


 
 
 
 
 
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