「たった一人の生還 『たか号』漂流二十七日間の闘い」佐野三治

 1991年12月29日午後8時頃。
 三浦半島の油壺からグアム島を目指す外洋ヨットレースの途中、「たか号」(7人乗組)が転覆した。
 場所は小笠原群島の父島北方約300キロの大海原である。
 転覆時に舵を取っていた艇長は亡くなり、海に投げ出された残りの6人は艇の復旧を断念、ライフラフト(ゴム製の救命いかだ)で漂流した。このとき不幸にも、ライフラフトに常備されていた食料等の常備品が流失し、彼らの手元には9個のビスケットと500ミリリットルの水しか残っていなかった。6人は、1日1枚のビスケットを6片し、わずか親指の爪ほどのそれで飢えをしのぎ、わずかの水を舐めあった。定員は8名だが外径2メートル半のライフラフトは窮屈で、足を伸ばせる余裕もない。
 イーパブ(救難信号発信装置)は海の底に沈んだ。頼みの救援は来ない。
 漂流して10日が過ぎた1月9日、海上保安庁のYS11機が彼らに近接する。しかし、見逃されたようだった。
 そのことに絶望したのか、翌日、ついに漂流後もリーダー的存在で、軍歌を歌ってみんなを勇気づけてくれた最年長の艇員が亡くなった。1月11日には、続けて3人が亡くなった。
 残った2人。13日には初めて鳥を捕獲し、その肉や内蔵を食べた。スコールもやってきて雨水も飲めた。島影も遠望できた。 しかし、1月16日、26歳で最年少だった艇員が心臓の不調を訴え、急死した。
 ついに生き残ったのは、本書の著者たったひとりになった。
 そして彼は、27日間にも及ぶ凄惨な漂流の末、オーストラリアに向かっていた貨物船「マースク・サイプレス号」に偶然発見され、救出された。体重は3割も減り、足の踵は壊死していた。
 本書は、絶望的な状況の中、奇跡の生還を果たしたひとりのヨットマンが綴る、自然と死との闘いの記録である。

 怖い。これほど凄い海難の話は読んだことがありません。
 小説では絶対に無理だと思います。このような凄惨な真実の話の前には太刀打ちできません。
 しかも、著者は時間経過を自分の時計に彫りつけており、事故後間もなくの出版であるので記憶も生々しいためか、事象の描写が鮮明です。救命ボートの中の足の位置で口喧嘩したり、誰もが陥った幻覚症状、昨日まで「帰ったらあれが食べたい」と言っていた人間が願い叶わず力尽きて亡くなる瞬間、自分の小便を飲むことに抵抗がなくなってしまったこと、最後のひとりになってしまい気が狂いそうな孤独感に襲われ、これまで仲間が亡くなるたびに冥福を祈り水葬していたのに遺体を3日間ボートに置いたこと・・・
 読みながら、自分も漂流を体験させられているかのように感じました。
 とてつもなく、怖かったです。
 ただの漂流生還記ではなく、救出された後の日本医科大学附属病院での治療の模様や、亡くなった艇員の遺族との面会、そして「人の肉を食ったのか」と医者に聞いたという常識はずれの阿呆がいる記者会見など、事故後のことも詳しく書かれており、特に他クルーの遺族との交流では、自分ひとり生き残ったことに対する申し訳なさ、やりきれなさが切ないほどうかがわれ、思わずこちらまで苦しくなってしまいます。入院中、最後に看取った最年少の艇員の家族から「最後までお世話になりました、ありがとう」と花束をいただいたときは、著者と一緒に涙しました。
 たとえば私の家族が同じように亡くなったとして、生き残った人間に同じことができるかと思いましてね。
 今も日本のどこかで、著者は十字架を背負って生きているはずです。

 日医大病院の先生の話では、著者だけが奇跡的に生き残った原因として、身体の恒常性維持機能が高く、内蔵の衰弱がバランスよく起こったことが考えられるそうです。たとえば、肝臓やら腎臓やら臓器のひとつが他より異常に悪くなると亡くなりやすいのだそうです。つまり、著者は臓器それぞれが等しく弱っていったために、助かったのです。こういうタイプが、生き残る人間だそうです。
 そして肝心要の漂流の原因となった「たか号」の事故はなぜ起こったのでしょうか。
 著者は転覆時ベッドにおり、このとき操船していた艇長はすでに亡くなっていたため、転覆の確かな原因はわかりませんが、著者の聞いた音などから想像するに、崩れ波というとてつもなく巨大な波が「たか号」を襲った可能性が指摘されています。
 さらに、普通ならばヨットは転覆しても自然に起き上がるものらしいのですが、「たか号」はなかなか回復しませんでした。ようやく回復したときには、ハッチが損傷しており、浸水が止められなくなっていました。
 しかし、私が思うに多くの方が助からなかった最大の理由は、イーパブ(救難信号発信装置)ではないでしょうか。
 艇を脱出するときに、著者が落としたことではありません、始めからイーパブは作動しなかったのです。
 なぜかというと、納入時にはイーパブは電池の損耗を防ぐために、バッテリーと本体をつなぐコネクターを接続していなかたったのです。作動するか確かめてくれと言われて(誰が言ったのか、大会主催者か部品業者か?)、たか号のクルーたちはレースを目前に控えた忙しさで、作動確認を怠っていました。まさか事故などという油断もあったのではないでしょうか。
 そして海上保安庁のYS11機による“見逃し”の謎もありました。
 今ならば、海上自衛隊も出動しているはずなので、彼らが亡くなることはなかったと思います。
 そのほかにも、様々な不運が重なっていることがわかります。もっとも事故という結果から遡れば、そこにはミスが重なっていることは当たり前なのですが、こういう言い方はなんだけど、やはり最後はメンタルかなあと思います。事故を起こしてしまうメンタルがクルーたちにあったということではないでしょうか。レースという勝負に気を取られすぎていたことを責めることはできないでしょうが・・・


 
 
 
 
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「漂流」角幡唯介

 1994年3月17日。
 フィリピン・ミンダナオ島沖合で、地元漁船が一艘のうす汚れた救命筏を発見した。
 救命筏には日本人1名フィリピン人8名が乗っており、9人全員が無事に保護された。
 彼らは、沖縄の漁船第一保栄丸(59トン)の本村実船長(52歳)と船員だった。
 第一保栄丸はグアムを基地に創業していたマグロ延縄漁船で、1994年1月19日に出港し、2月1日にグアム南東の海上から連絡があったのを最後に、無線連絡が途絶えていた。
 マグロ水揚げを代行する代理店が2月21日に米国の沿岸警備隊に捜索を以来したが、5日間航空機で付近の海域を捜索したにもかかわらず、彼らの生存に結びつく手がかりは何も発見されなかった。
 彼らは何らかの理由で遭難したと考えられ、生存は現地でも日本でも絶望視されていた。
 それが、37日間ぶりに、およそ日本列島に相当する2800キロ離れたミンダナオ島で、全員が極めて衰弱しながらも無事に漂流しているところを発見されたのである。奇跡といってよかった。
 救助翌日にはフィリピンのメディアに加えて日本からもマスコミの記者が大挙押し寄せ、新聞や週刊誌で大きく報道された。
 特に、フィリピン人船員の「最後は日本人の船長を殺害して食べることで意見が一致していた」という証言が伝えられるや、センセーショナルを巻き起こした。20年以上も前のことながら、覚えている方も多いことだろう。
 漂流にまつわる事案を研究していた冒険家・角幡唯介も、そのひとりである。
 彼はこの「第一保栄丸漂流事件」に着目し、船長だった本村実に接触し、直に当時の話を聞こうと考えた。
 しかし、この試みは失敗に終わり、著者本人とここまで本書の冒頭を読んできた読者に想定外の衝撃をもたらすことになる。
 本村実は、救助されてから8年後の2002年、またもやグアムから漁船で出港したまま、忽然と行方不明になっていた。
 船どころかブイも浮き輪も重油も、何の痕跡も残さず、水に浸かれば自動的に送信される救難信号無線も発信されることなく、神隠しのように消えた。そして今度は見つからなかった。

 はい。
 つかみは衝撃的でした。
 「そんな、バカな!」と思いました。一度遭難して命からがら助かった人間が、再び遭難するなんて。
 しかも今度は行方不明のまま。
 これ、行方不明だから報道されていないので誰も知らなかったんです。遺体なり痕跡なりが見つかれば、おそらく大々的にニュースになったと思います。
 この事実を知った瞬間から、本書が生まれることになったのでしょう。
 1年前の本なんですけど、改めてもっと早く読んでおけばと思いました、このときまでは。
 その前の著者自身の冒険譚である「アグルーカの行方」が、面白かったんですが、シロクマの親子を撃ち殺したでしょう。あれが、根が残虐ながら極めて動物愛護家にできてる私にとっては、後味が悪かったのでね。そこに住んでる人間なら仕方ないけど、好きで冒険にいった人間がシロクマ撃ち殺すってどういうことやねんボケ、と思って読むのやめてました。
 「ああ、読んでりゃよかったよ」と悔みましたね、冒頭読むまでは。本章に入るまでは。

 今回のは、角幡唯介自身による冒険紀行はありません。
 取材でマグロ漁船に乗せてもらうだけ。
 あとは、家族含む本村実周辺の人物への膨大な聞き込み、そしてそこから広がる本村の出身地である伊良部島佐良浜に綿々と受け継がれる海洋民としての血統から推測される海を生活の場にする者の価値観の違いの考察などを通して、どうして一度生き永らえた人間が再び海に出ていったのかという謎を解明しようとしています。
 しかし、同じ遭難したフィリピン人船員や家族へのインタビューはともかく、本村実さんの人間関係を伸ばしすぎたと思う。複雑になってわけがわからなくなった。みんな嫌がっていたし。この部分が冗長すぎたわ。
 ウラセリクタメナウも興味深いけど、そこまで深入りすることないと思いました。
 それよりも、フィリピン近海では昔から何隻もの沖縄マグロ漁船が神隠しにあったように忽然と消えているのですから、難題とはいえ憶測見切り発車でいいからその真相を追う方向でいってほしかったですね。
 大型船衝突、北朝鮮による拉致、海賊の襲撃などの可能性があるわけですから。
 実際のところ、どうなんでしょうね。バミューダ海域みたいなものだから。
 沖縄が日本に変換される前は、沖縄の船は琉球船舶旗しか持っておらず、ミクロネシアでインドネシア海軍の哨戒機に攻撃されて死亡者が出た事件もあります。遭難したはずの船員が上海で北朝鮮の船舶に乗っているところを目撃されたという情報もあったりします。北朝鮮の水産業のレベルが低く、高度な技術を持つ日本の漁師を拉致したのではないかとも言われています。しかしあくまでも、昔の話ですからね。
 大型船による衝突の可能性が一番大きいのか。あれだと夜で寝てたら一瞬で木っ端微塵だから。
 どうやら著者もそう考えているような雰囲気も感じましたが・・・


 
 
 
 
 

「偽書『東日流外三郡誌』事件」斉藤光政

 グリコ森永事件や幼女連続誘拐殺人事件で筆跡鑑定をしたことがある大学教授はこう締めくくった。
 「『東日流外三郡誌』の作者は、自分が書いたものが全国規模で報道されることを喜んでいたのでしょう。たとえ、地元の青森県では疑いの目で見られていても、中央で知られればそれでいいと考えているのかもしれません。
 その意味では、『東日流外三郡誌』問題は単なる偽書事件ではなく、愉快犯による劇場犯罪のような要素を多分に持った問題だといえます」

 詐欺師による、サギ史。
 戦後最大の偽書事件といわれる、東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)事件の顛末と真相。
 著者は、この事件を地元青森の最前線で追い続けた、東奥日報編集委員の斉藤光政さん。
 読めば納得。いい仕事です。

 古代の津軽地方に大和朝廷と対立する王国があったと書いている「東日流外三郡誌」は、中世津軽の豪族である安東一族にかかわる歴史と伝承を、江戸時代にかけて収集し、編集したという体裁をとっています。
 それを、明治時代に曽祖父にあたる人物が模写したものが、戦後間もなく茅葺屋根の天井裏から落ちてきたと、発見者である和田喜八郎は言っています。ちなみに、原本は和田喜八郎の死後も行方は知れません。
 家で発見されたのは外三郡誌だけではなく、千巻もの「和田家文書」と呼ばれる古文書が出てきたそうです。
 これが公に日の目を見たのは、1975年の青森県市浦村史の資料編として刊行されたとき。
 ほんとバカだな、青森の自治体は。偽書の区別もつかず税金使って村史として世に出したとか、もうアフォかと。
 以来、古代史ブームに乗っかって、日本中に拡散しました。
 ムーにも載ってましたよ。ちゃんと読んでいませんが、目にした覚えはありますね。
 それどころか、コロンビア大学や海外の研究機関に所蔵されるまでになってしまいました。
 
 真贋論争が巻き起こったのは、1992年のことです。
 大分の研究者が、外三郡誌の発見者である和田喜八郎の刊行物に、無断で写真を使用されたと訴訟を起こしてから。
 裁判所は真偽を調査することはありませんでしたが、これが契機となって、筆跡や紙質が調べられることになりました。
 その結果、執筆者は発見者の和田喜八郎で、煤を使って古く見せかけた障子紙に筆ペンで書かれていることが明らかになりました。使用されている言語も現代のものが混じっており、とても明治時代に模写されたものではなく、現代に製作されたものであると推測されるに至ったのです。
 内容は、既成の歴史書や論文から史談や伝承を集めて、これに筆を加えてまとめた創作物であり、なかには出典を明示された箇所も多々あります。
 しかし、真書派と呼ばれる根強い外三郡誌ファンは、それでもめげずに、本書刊行時点(2006年)でもこの五流の偽書を信じ切っているという、もうなんか、新興宗教のような事態になっていたわけですな。
 常に最前線でこの事件を追ってきた著者も、だいぶ口撃されたそうです。
 
 もうほんと、読むのがバカらしくて途中でやめようと思いました。
 偽書作るんだったら、そう簡単にバレるような仕事せずにもっとちゃんとやれよ。
 これくらいのもんで騙されるほうも悪い。レベル低いわ。この件は、作った方より騙されるほうが罪が重いように感じました。外国の偽造絵画の来歴なんて本物より精巧に作られているんですからね。
 でも目を開かされるところも多々ありましたね。
 津軽地方の寒村の村おこしの面もあったという観点には、私も寒村に住んでおりますので、正直、気持ちはわかります。
 この手があったかとも思う。ネス湖のネッシーもそうだろうし。
 実は本書を読むまで真相を知らなかったのですが、同じ青森の戸来村でキリストの墓があったという伝承があったでしょ。
 あれも、1935年に村おこし的なものと新興宗教が絡んで作られたものだそうで、それ以前は戸来村にはキリストのキの字もなかったそうです。
 面白いのは、和田家文書には戸来村にキリストの墓があるという記述があるんですよね。
 おまえ江戸時代だったろうと(笑)


 
 
 
 
 
 
 

「震度7 何が生死を分けたのか」NHKスペシャル取材班

 1995年(平成7年)1月17日午前5時46分、淡路島付近を震源とする阪神・淡路大震災が発生しました。
 震度7。全壊、全焼した家屋は11万棟、関連死を含む犠牲者6434人。
 現代の都市をあっという間に壊滅させた、あの21年前の出来事は忘れることはできません。
 本書は、2016年1月17日に放送されたNHKスペシャル「震度7 何が生死を分けたのか ~埋もれた21年目の真実~」の取材チームによる、書き下ろしのノンフィクションです。
 21年間埋もれたままだった震災当時のアナログデータ、たとえば医師による死体検案書、消防署の活動記録、震災直後の航空写真などを、最新の分析技術で統計化することによって、新たな視点から震災を振り返っています。
 その結果、浮かび上がった疑問点は3つ。
 発生から1時間までに亡くなった方々の意外な死因、発生から数時間後に起こった時間差火災の正体、そして救助隊の行く手を阻んだ渋滞の先頭ではいったい何が起こっていたのか?

・『意外な死因』
 震災当日に亡くなった方の総数は5036人。そのうちの3842人の方々が地震発生直後に亡くなられていますが、うち60%にあたる2116人の方の死因は建物に押しつぶされたことによる圧死ではなく、「窒息死」でした。
 なぜか? 鼻や口が塞がれる気道閉塞性窒息ではなく、外傷性窒息というもので、柱などの重量物が胸や腹に載り横隔膜や肺の動きが止められて呼吸ができなくなったのです。
 遺体を検案した医師によると、骨も折れていないし臓器損傷もない方がほとんどで、指でぎゅっとつまんで押さえるとそこが白くなるのと同じ原理で、窒息で亡くなった方の遺体には白く変色した部分が胴に帯状にあったそうです。

・『遅れた火災の正体』
 発生1時間後、当日亡くなった3842人のうち、窒息死を免れてこのときまで生き残っていた方は900人いました。
 しかし、ここで不可思議な火災が発生するのです。
 地震当日の火災は205件で、兵庫県全体で1年間の火災発生件数は1800件ですから、いかに火災が集中して起きたかがわかります。しかし205件のうち、地震直後に起きたのは113件で、残りの92件は時間差で発生したのです。
 何が原因だったのか? その正体は通電火災でした。
 これは停電していた電気が復旧するとともに電気製品から発火する現象のことです。
 たとえば地震で倒れていた電気ストーブが、条件が重なることによって停電の復旧によって再び通電し、周辺の可燃物に着火してしまったのです。

・『渋滞によって助けられた命が失われた』
 地震発生から5時間。窒息死や遅れた火災を免れ、当日亡くなった方にうち500人近くが生存していました。
 このとき、兵庫県からの要請を受け、各地から180もの消防隊が被災地に向かっていました。
 しかし、彼らは活動すべき被災地になかなか入ることが出来ませんでした。
 大渋滞によって行く手を阻まれてしまったのです。
 本書には三重県の消防隊の方の証言が載せられていますが、8キロ進むのに3時間かかったそうです。
 このために、助かったかもしれない命が失われることになりました。
 渋滞の原因はなんだったのか? 渋滞の先頭では何が起こっていたのか?
 航空写真を分析して導き出された答え、それは道(夙川橋)に30センチの段差ができたため、車が歩道を徐行しながら通行していたためでした。
 安否確認の車が多かったことも一因です。今のように災害伝言ダイヤルなどありませんから、家族や友人の安否を心配するあまり、人々は車を出してしまったのです。
 気持ちは痛いほどわかりますが、結局、それは救助隊の足を引っ張ってしまいました。
 
 本書が教えてくれるもの、それは次の大地震から身を守るためのメッセージです。
 亡くなった方々が、生きている我々に残してくれたものと捉えることもできます。
 本当に、1ページ1ページが重かったです。
 ハードもソフトも備えること、これが大事です。
 頭のなかでシュミレーション。家具の固定化や食料の準備。
 私は消防団やってますからねー、ジャッキみたいな道具がたくさん必要だなと思いました。
 ジャッキみたいなのは、ないなあ、うちは。ゴムボートはあるけど。


 

 
 
 
 

「秘密解除 ロッキード事件」奥山俊宏

 今から40年前に発覚したロッキード事件。
 時の総理大臣・田中角栄が米国の諜報機関CIA(中央情報局)と密接な繋がりのある軍需メーカーから5億円の賄賂を受け取ったとされるこの事件は、1976年に発覚し、戦後最大の疑獄と言われています。
 本書は、2009年から7年かけて、著者が米国の国公立図書館や各大統領図書館(米国では各大統領に関係する書類の図書館が建つ)などで粘り強く発掘した新たな文書をもとに、新たな視点(主にアメリカ)からこの事件を見直したものです。

 もう事件から40年も経つので、事件関係者の多くは死亡し、秘密が解除された文書も多いそうです。
 それでも、事件発覚の核心となった米上院のチャーチ委員会の資料がすべて開示されるのは、あと10年かかります。
 何が書いてあるんですか。
 名前が伏せられたままの、カネをもらった6人の日本政府高官ですか。
 まあ、興味がまったくないとは言い切れませんが、6人で10万ドルでしょ。
 田中角栄への180万ドル(5億円)と比べたらねえ、屁のさきっぽみたいなもんですよ。
 事件単体の謎解きとして見ると、その6人の名前ですね、そこに自民党幹事長だった中曽根さんが含まれているかどうかとか(おそらくないような気がする)、1972年8月31日のハワイでの日米首脳会談でニクソン大統領が田中角栄に直接ロッキードをセールスしたのかどうかとか、そんなへんしか興味は残っていないでしょうね。
 むしろこの事件の真相を探るということは、本書の意図もおそらくそうですが、現在にまで至る戦後日本外交史、日米関係史の隠された闇の一端を垣間見ることによって、戦後70年の日本の真の姿を俯瞰することにあるんじゃないでしょうか。
 そういう意味で本書を読むと、ちょっと難解な本ですが、とても有意義で面白いかと思います。
 田中角栄の後の首相である三木武夫さんが、まさか政界刷新を考えていたなんて夢にも思いませんでした。
 私もそうですが、今では多くの方がこの事件をリアルタイムで知らないでしょうけどね、ロッキード事件という名前くらいは聞いたことあるんじゃないかと思うんです。
 これを機会に、今の日本の姿が出来上がったわけを考えてみるのもいいかもしれません。
 思いの外、今よりも戦後30年しか経っていない時のほうが、アメリカの言いなりじゃなくて丁々発止のやり取りをしていることがわかるかと思います。
 田中角栄なんて、中国との国交正常化をアメリカと歩みを同じくせずに6年も先立って成し遂げましたからね。
 今じゃ考えられないと思うんだよなあ。実際、アメリカは失望していたらしいですから。
 日本を主軸の基地にして、アメリカは台湾(日本もアメリカも中国の正統政府は台湾だけであるとして国交を結んでいた)、フィリピン、韓国などの国防を担っていたのですから。それが日本は台湾と断交して敵であった中国と国交を結んだのですからね。
 かといって、アメリカの虎の尾を踏んだばっかりに、田中角栄が罠にハマってロッキード事件が起きた、というのとは違います。
 確かに本書を読む限り、アメリカ、特に大統領補佐官で後に国務長官になるキッシンジャーは蛇蝎のごとく田中角栄を嫌っていました。福田赳夫とか大平正芳が好きだったんだね、アメリカは。
 といっても計算してこんな大仕掛けが、そんな器用なことがアメリカにできるはずがないと思うんですよね。
 ロッキード事件自体の発覚からして、ニクソンが失脚したウォーター・ゲート事件の副産物ですから。
 ウォーター・ゲート事件がなければ、どうなっていたかわかりません。きっと歴史は変わっていたでしょう。

 もっとも、アメリカという国自体が一枚岩ではありませんが・・・
 日本から見るアメリカの本体は、やはりCIAなのかなあ。
 気色悪いんだけど、最悪の流れにはならなかったと言うべきでしょうか。
 これを読むと国益って何なんだろうと思います。
 結局は、戦前の日本もそうですが、セクショナルインタレスト(組織的利害)なんじゃないですか。
 もっとも、100%無私で国益を考えるというのも、なんだか人間臭くない。
 1970年で日本の対米貿易黒字が12億ドルだったのが、翌年には32億ドルもの黒字になった、これはとてつもない貿易不均衡だから、是正のために、日本よ、アメリカの飛行機を買ってくれ、そうかわかった、国産のほうがいいけど買ったる。これは別に悪いことではないと思いますよ、私は。5億円はまずいけどビール券くらいなら許容範囲じゃないですか。
 田中角栄と三木武夫を足して二で割ったような首相が日本の指導者であったならば、40年後の今日は、違った日本が見れたかもしれませんね。



 

 
 
 

 
 
 
 
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