「武蔵無常」藤沢周

 剣豪・宮本武蔵の心の葛藤を描いた本なのですが、非常に難解で面白いとは言えません。
 エンタメ性に満ち溢れた剣戟小説ではありませんので、注意が必要。
 まあ、作者が作者ですから、わかりますね。
 もちろん、藤沢周は剣道四段らしいので、いやいや昔の真剣勝負と今のパチンコ剣道はまったく別物とおっしゃられる方もいるかもしれませんが、剣道四段は相当な腕前ですよ。素人が武蔵を書くのとは全然違います。
 ただ、ある意味へたに剣道家であるだけに、逆に素人にはわかりにくくなっているかもしれません。
 それが理解できれば、面白いかもしれませんね。
 私も素人ですが、小次郎の必殺技である燕返しの描き方には感心することができました。
 振り下ろす剣の重みと速度を利用して、さらに速度を増して、太刀筋を一転して上に振り上げるのですね。
 つまり、ツバメがキュンキュンと角度を鋭く変えて飛んでいるでしょう、太刀筋がツバメの軌道と同じなのです。
 もちろん、振り下ろした剣を振り上げるのですから、手首を返さなくてはなりませんね。
 武蔵は、それが見えなかった。
 私思うに、手首を返しているのではなく、体幹を捻っているんじゃないですかね。
 振り下ろしたときに縮んだ身体が、振り上げるときには、ビュッと膨らんで伸び上がるんじゃないですかね。
 回るのは肩くらい。そのような武道の動き方もありますね。
 剣の達人は、天井に頭の届くような高さの部屋でも、長刀で相手の脳天を叩き割ると云いますからね。
 
 さて、内容ですが。
 武蔵は、兵法数寄の小倉藩主細川忠興の家臣である松井佐渡守興長より、
 「明くる13日、辰の正刻、舟島にて巌流小次郎と立ち会われよ」と申し付けられます。
 どうしてそういうことになったのか、書いてありません。
 しかし、この武蔵と小次郎の決闘は、小倉藩の陰謀であったようには書かれています。
 どういうことかいうと、小倉藩剣術指南の小次郎を消してしまおうということです。
 云われてみると、彼らふたりの決闘は、一般人には公開されていませんでしたよね。
 怪しい下地はあったと。
 仮に小次郎が勝てば小倉藩士が鉄砲で始末し、武蔵が勝ったとしても彼も殺される可能性はありました。
 決闘の前から、このきな臭い陰謀に武蔵は気づいていました。
 それに、天下無双の名声を得ていた武蔵は、この時点で、闘いに飽いていました。
 勝っていかになる、殺していかになる? と。
 特に、吉岡一門との争いで、吉岡清十郎の幼い嗣子である又七郎の首を刎ね飛ばしてから、彼は重いうつ状態になっていました。護国寺の勧善院に匿われてから、書画に没頭していたのです。
 武蔵の禅画は、後世とても有名になりました。初めから才能があったのか、剣を極めることによって才が生まれたのか・・・
 剣の道よりも、まだ画業のほうが、一天四海を斬りもし、活かすことができるではないかと。
 これまでの武蔵の人生は、勝ちたい、死にたくないの気持ちのみでした。
 いかようなことであれ勝つことが本位であり、姑息、奸計、裏切りなる言葉は闘いにおいては泥に浮く泡のごときものであって、ただただ己独りが生き延びるための剣が、真の兵法であると信じて生きてきたのです。
 8年間風呂にも入らなかった。裸でくつろいでいるところを襲撃されるのが怖かったからです。
 しかし、もう彼はそんなことに飽いてきた。意味を見出さなくなりました。
 山城の鞍馬山で禅密双修の高僧・灯籠庵住職愚独を斬ってからは(実は斬ったつもりになってからは)、愚独の亡霊に悩まされるようになります。しかし愚独の亡霊とは、他ならぬ武蔵自身なのですね。
 度々出てくる「独行の這入」とは、存在しない真理を追い求めるがために現実(三千世界)を超越した境地、それは誰にも自分という存在を理解してくれない地獄の入り口であって、一度浸れば二度と戻れぬ狂気の世界に迷い込むことです。
 ただ、巌流小次郎の技だけは、見たかった。
 殺されてもいいので、その剣技を見たかった。燕返しとはいかなるものなのか。
 だから、小次郎との決闘に望みました。当初は、彼を殺すつもりはなかったのですが・・・

 ほんと、宮本武蔵という人間は怪人であると思います。
 司馬遼太郎だったかなあ。
 武蔵を異常者のように小説で書いていました。
 昔の真剣勝負というのは、死ぬ可能性が高いですからね。
 死なないためには、なんでもした。いわゆる、武士道というようなものは武蔵にはありません。
 しかし、それほどまでにしても、名声の他に武蔵に残ったものはなんだったのでしょうか。
 子供の首を刎ね飛ばしてまで、彼は何を追い求めていたのか。
 それはきっと、彼自身わからなかったんじゃないかなあ、五輪書だって弟子が書いたという説もあります。
 ただ、武蔵の残した書画は凄いという話を聞きました。私も見たことあります。
 それは魂の休息だったのか、それとも、言葉にも剣にも表せない境地をそこに見出したのか・・・
 己が剣か、剣が己か。
 きっと小次郎に勝てた原因は、燕返しと同じ速さで中に入れたこと、すなわち“心速”だったと思います。
 その瞬間、あらゆる煩悩などなくなり体重さえ消えた。空気のような軽さで燕返しの枠内に入った。スーッと。
 それでなおかつ、小次郎の長剣より、武蔵の櫂のほうが長かった。だから、“先に当たった”のです。


 
 
 
 
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「羅生門・鼻・芋粥・偸盗」芥川龍之介

 無性に芥川が読みたくなった、と云えば私に似合わぬ高尚な様子ですが、本当のことなので仕方ありません。
 たまには、こういうときもあるのです。
 久しぶりに、学校の国語の教科書を読んだような気になりましたが、感じが違うのが面白いところです。
 この岩波文庫には、作者が得意とする王朝物(平安時代の日本に題材をとった作品)が4篇収められていますが、どれもとても読みやすいですね。
 いずれも大正4年から6年にかけて、彼の名前が売れてきた時代に重なる作品群です。
 「偸盗」は初めて読みましたが、なかなか迫力があって、大正時代の小説とは思えないくらい、平成の時代小説と言っても通用するんじゃないかと思いました。ちょっとグロいですが、オチもスッキリしていていいです。
 「芋粥」は、今回一番読み返したかった作品。
 芋粥とはどんな食べ物だったのかを検討するためでしたが、考えたらジャガイモもサツマイモもあるわけないんですよね。
 山の芋とは、山芋のことだろうね。山芋のお粥って変じゃありませんか?とろろごはんでもないし。
 でも、宇治拾遺物語に「利仁芋粥の事」という記述があるのだから、そういう食べ物があったことは間違いありません。
 山芋を米の中に混ぜて、甘葛(あまずら。甘茶蔓みたいなものだろう)で煮たもの。甘い、山芋入のお粥だろうと思われます。
 これが、平安期の当時ではご馳走だったそうです。
 「羅生門」「鼻」については、今更どうこうもありませんが、「羅生門」は黒澤明の映画のイメージが強いですね。崩れかかった楼門のスチールがなんとも言えません。都を南北に貫く朱雀大路に連なる平安京の正門なのですが、都に災いが続いて、すっかりさびれてしまっていたのです。奈良の平城宮址を知っている方ならばわかると思いますが、ただの関所や門を想像するのではなく、人が登れる階段を持った小さな城という認識で読んだほうがわかりやすいと思います。
 「鼻」はそうだな、ある意味一番教科書向けというか教訓めいた話であると思うのですが、手塚治虫のお茶の水博士よりも大きな鼻を持った僧侶が、鼻が小さくなる方法として、鼻を湯で茹でて弟子に足で踏ませると毛穴から油がギュッギュと出てきて鼻が小さくなったというのが、なんとも絵空事ばかりではないような気がして、ひょっとしたらそんな病気が本当にあったのではないかというような気にさせられましたね、少々。

「羅生門」
 地震などの災いが続く京の都。平安京の正門である羅生門もすっかり寂れている。ここに、ひとりの下人がやってきた。彼は、主人から暇を出されて途方に暮れている。ちょっとした雨宿りのつもりであったが、何やら階上で気配がする。下人が登ってみると、ひとりの老婆が、女の屍体から髪の毛を抜いていた。かつらにするのだという。

「鼻」
 池の尾(宇治)の僧侶である禅智内供の“鼻”は有名である。なんと上唇から顎にまで鼻が垂れ下がっているのだ。彼はずっとこの鼻で苦慮してきた。といってもどうにもならない。しかし老年になって、どうやら本当に鼻を小さくする方法があるらしいと聞き及び、思い切ってそれを実行したのだが・・・

「芋粥」
 藤原基経に仕える侍に五位という者がおり、40歳を過ぎていたが何をやってもぱっとせず、周囲からは軽んじられて、京童たちかたも赤鼻と呼ばれてバカにされていた。彼の唯一の欲望は、彼の身分では一年に一回味わえるだけの芋粥を飽きるほど食してみたいということだった。するとある日の集まりでこれを伝え聞いた藤原利仁が、五位に芋粥を飽きるほど食わせてやろうと企んだのである。日を改め、恐縮しながらも芋粥食いたさに利仁についてきた五位であるが、行けども行けども利仁は馬の歩みを止めようとはしない。そのうちに京の都どころか、山賊の跋扈する越前への山道へと出てしまう。

「偸盗」
 沙金は年の頃25,6、洛中を騒がせる盗人の頭であり、極めて美しく淫乱な女夜叉である。偶然に彼女の集団に取り込まれ、仕方なく悪事を働くようになった太郎と次郎の兄弟は、同じように沙金に惚れて恋敵になった。太郎は疱瘡を患った隻眼の醜男であり、弟の次郎は見目整った美男である。ある日、沙金は押し込み強盗に見せかけてしつこい太郎を抹殺することを次郎に持ちかける。次郎は一瞬たじろぎながらも、沙金欲しさに目が眩んで実の兄の殺害の企てに首肯してしまう。
 ところが、当日の押し込みで思わぬことが勃発するのであった。
 殺害を目論まれていたのは、太郎だけではなく、次郎自身でもあったのだ。恐るべき沙金・・・

「放浪記」林芙美子

 岩波文庫ので、「第一部・第二部・第三部」が一堂に収められた文庫本です。
 ふつう、放浪記というと林芙美子が昭和初期にブレイクする転機となった第一部のことなのかな。
 第二部はそれより少し後、第三部に至っては戦後にまとめられたもので改稿を繰り返しているようなのですが、第二部巻末には放浪していたころの自分を振り返っている部分もありますし、第三部の圧倒的な煮詰まり具合は、第一部のルンペン気分を吹き飛ばす放浪記完結編とでもいうべき、金も男も食べるものもない“人生の困り具合”が完璧に描かれています。
 本当にすごいと思いますよ、この方は。
 大正の世に、家さえない私生児で、小学校もろくに行かず12,3歳の頃より働いていたのに、教師にその才能を買われて、尾道の高等女学校に5番の成績で入学し、帆布織物工場でアルバイトをして学費を払いながら卒業したのですから。
 大正時代、上級学校への進学率は10%未満です。
 これだけでも、林芙美子という人間は偉人だと思いますよ。
 
 放浪記の有名な書き出し「私は宿命的な放浪者である・・・」の通り、芙美子には故郷がありません。
 父が妾を連れ込んだ家を出て20歳下の男と世帯を持った母親について、行商をして回りながら木賃宿で生活していたのです。
 主に九州の炭鉱街でメリヤスやアンパンを売り、当然、芙美子も働いていました。
 小学校は4年で7回も転校もしたあげく止めています。これはむしろ、その家庭環境でよく学校に行かせることができたと思うのですが、芙美子にはそれでも本が好きで、学ぶことを効率よく吸収できる頭があったのですね。
 そして経済的には親から独立して女学校に通います。
 おそらく、夜には織物工場でバイトして、夏休みにも女中をして働いて金を工面しなければならないような生徒は、当時の大正の女学校には芙美子以外にいなかったはずです。
 ふつうなら、ここで、尾道に残って教師にでもなると思いませんか。
 母娘ともどもルンペンまがいの悲惨な流浪生活をしていた身ならば、それでも一代出世と言えるではないですか。
 しかし、芙美子のすごいところは、彼氏が明治大学に合格したのに付いて東京に上ったことです。
 もちろん、働きながら厳しい女学校で勉強して、彼氏がいたというのもすごいと思いますけど。
 彼氏を追いかけて上京した芙美子は、彼氏の家族に結婚を反対されてフラレます。
 この彼氏が、放浪記で登場する「島の男」です。地元の因島の造船会社に就職した男ですね。
 彼氏に捨てられた芙美子は、不況下の東京のどんづまりで悶え苦しみながら、生活します。
 放浪記は、その頃の生活を描いています。
 放浪記は日記調でありながら基本的に時系列はありませんが、20歳の頃を描いた第三部(大正12年)から生涯の夫となる手塚緑敏と出会う23歳(大正15年)までの間が、芙美子の“放浪記”です。
 牛飯屋、住み込みの女中、行商、新聞記者、カフェの女給・・・様々な職を転々とし、ろくでもない男と付き合い、金がなくて飢えながら「死にたい死にたい」と言って試作をする、それが林芙美子の放浪記なのです。

 仕事にも男にもつまずいてばかりだった芙美子。
 寝ても覚めても死んでしまいたい。別れた男に金の無心にいく情けなさ。
 なんとか落ち着こうとすると、義父と母が田舎から上京してきて、しばし混乱の元となります。
 劇的なデビューの直前、彼女は着る物まですでに質に流れてなく、部屋の中で水着を着ていたといいます。
 カフェの女給とは今で言うスナックのホステスのドギツイ版みたいなものだと思いますが、そこで踏みとどまり、この物語でいうところの玉ノ井ですね、体をひさぐところにだけは落ちなかったことが、彼女が作家として成功して結果的には目指していた女成金になれた要因ではないでしょうか。これを読んでそう思いましたね、私は。

 あと、妙に印象に残ったのが、松田さん。
 この方、芙美子のことが好きでいい人ぽいのですが、芙美子からはボロクソに思われるのですね。
 寒気がするほどみっともない姿だった、と書かれていたときには思わず笑ってしまいました。
 離れているといい人だなと思わせるのですが、そばにいると虫酸が走ると芙美子はいうのです。
 ずいぶんな言いようで(笑) 当時の大金である10円借りてるのに・・・
 こういう滑稽なところもあり、どうしようもない生活の煮詰まりようは読者も身につまされるのですが、それでも自分の人生にへこたれず時には笑い飛ばしながら敢然と立ち向かう芙美子に、とても勇気づけられるのが本作品の醍醐味です。
 一度この方と話してみたかったと思わせる、稀有な歴史上の女性のひとりであると思います。
 林芙美子はもはや伝説ですね。


 
 
 
 
 

「わかれ」瀬戸内寂聴

 93歳の現役作家・瀬戸内寂聴の、随筆含む短編小説集。
 2003年から14年にかけて、主に「新潮」に発表されたもの。9篇。
 普通に読んだらね、小説のほうはあまり面白くないんですわ。随筆は重信房子との面会とかあってめちゃおもろいですけど。
 でも、これが80歳を超える(執筆当時)方が書いたものと思えば、ものすごく驚ける。
 助平ですよね、この方。
 あまりよく知りませんけど、私生活で色々あった方なのでしょう?
 どちらかというと、情痴文学系の作家なのではないですか。
 まあ、いくつになっても元気と思わされますわ。
 そういう視点から、この小説群を読むと、果たして80歳まで読んでいるほうが生きているかどうかということも考慮して、自分の寿命を超えたかもしれない作家が現役でこうした物語を書いているということに、ただただびっくりするしかありません。
 私が90歳まで生きているとして、猥談ができる元気があるでしょうかね。
 おそらく作者も、そういうところを意識して書いてらっしゃるのではないでしょうか。
 どう、私の歳まであなたはそのまま元気でいられるの? と。

「山姥」
 女遍路と云われるほどモテモテだったフリーライターが、付き合っていた女性が自殺してうつ病になり、四国の南で大学時代の友人がしている新聞配達店に厄介になっている。彼は朝刊の配達中、画家だった夫が亡くなってからも山奥のアトリエに住んでいる老女と、ふとしたことから交流を持つようになる。
「約束」
 長く生きすぎるということは、それだけ憂き世の埃を厚くかぶることなのだ。去年死んでいれば、この喜びに逢えなかったという僥倖よりも、去年死んでいれば、この憂き目は見なかったものをと思うことの方が多いのが人世のようだ・・・
 作者が小説家として歩んでいくことができた恩人である、吉行淳之介との思い出など。
「道具」
 徳島の里の家で、義兄の一周忌。81歳の寂聴は京都から出席する。老人性うつ病に長く悩まされながら、92歳まで生きた義兄は生前「つくづく生き過ぎたなあと思います」と、たまに顔を合わすと寂聴に語っていた。戦後6年間シベリアに抑留されており、復員したときはすっかり洗脳されていたという義兄の話から、神仏具商を営んでいた寂聴の生家の話まで、興味深い随筆。
「紹興」
 ほとんど同じ時代を日本と中国に生きた女革命家・秋瑾と菅野須賀子。清朝打倒を志した秋瑾は1907年7月15日紹興で斬首され、菅野須賀子は明治44年大逆事件で1911年1月25日に刑死した。ふたりの女闘士に思いを馳せながら、敗戦を北京で迎え、夫と1歳の娘をともに、その後1年間中国で非合法に生活していた自身の過去を振り返る。
「面会」
 重信房子の弁護人をしている大谷恭子弁護士から、彼女について書くことを頼まれている寂聴。仕上がらない。大谷弁護士とは、連合赤軍事件の永田洋子の情状証人をしてほしいと頼まれてからの仲だ。寂聴は、重信房子とパレスチナ人の間にできた娘メイの日本での養育も頼まれたことがあった。面会した房子は、がん治療の影響か、やつれていた。
「道づれ」
 60年前、シベリアに抑留された夫の復員を待ちきれず男と駆け落ちしたよし枝は、それ以来、足を向けられなかった故郷徳島に帰るバスの中、フリーライターの男と知り合う。
「百合」
 絵里があの告白をして離婚を望んでからというもの、夫は夜毎に興奮している。妻の恋の相手が女性というのが、性的な何かを刺激したようだ。ふたりも子供を産んでから、自分の本質がレズだったことに気がついた絵里。その性的嗜好とそれを許容する生々流転の考え方の由縁は、学生時代にあった。
「圏外」
 20年前に亡くなったカメラマンの夫の弟子だった男から、83歳のとき携帯電話をもらった。圏外(愛想が尽きた)と永久圏外(あの世)の着想。
「わかれ」
 2014年に発表された表題作は、91歳の主人公の女性が、超モテモテの50歳報道カメラマンと、仲良く猥談をしているというもの。85歳から携帯電話を使いだしたが、いざ死んだときにメールの猥談を処分しなくては恥ずかしいことに気づく。あの世があると思いだしたのは、死者の霊の気配を思いがけない時にありありと感じるから、というのは作者本人の意見だろう。
 寂聴は天台宗の尼さんだが、出家するまでは霊の存在など信じていなかったという。
 こういう小説を読んでいると、死ぬ前の準備みたいな話をせずに、どうか百歳まで頑張ってほしいと思う。

「痴者の食卓」西村賢太

 ご存知・秋恵ものを中心とした短編集・6篇。
 うーん。
 今までで、一番面白くないかもですね。
 もう、秋恵モノではネタが尽きてきた感がありありです。
 癇癪持ちの貫多が、久方ぶりの恋人となった秋恵を失うのが惜しく、必死に己の癇癪の爆発をこらえながらも、ついには関が切れたように怒りだして、薄汚い言葉と共に打擲を加えてしまうという、ダメ最低男丸出しのいつものパターン。
 ああ、またかと。こうなるんだろうなあと読みながら思っていた通りの展開に、辟易しました。
 もう、秋恵モノはいいんじゃないかなあ。
 おそらく書いている本人もわかっているとは思いますが・・・
 いくらでも新たに展開できると思うんですよ、しょせん私小説といいながら大部分は脚色なんですから。
 慣れていないうちは面白かったんですけどねえ。
 それに今回はストーリーだけでなく、西村賢太らしい面白いフレーズや言い回しも少なかったように思います。

「人口降雨」
 かれこれ十年近くも素人女性と口をかわす機会すらなかった北町貫多は、ようやく手に入れた恋人・秋恵をどうあっても手放すわけにはいかない。器量は普通だが、充分に十人並みと言い得る彼女を失ったなら、もうこの先は二度と女体を横付けにする日々に再び相まみえる自信はない。しかし、いかにお人好しの秋恵といえど仏の顔も三度まで・・・

「下水に流した感傷」
 根が病的な癇癪持ちの貫多だが、いっときの感情を爆発させたあとの慙愧の念はなまなかのものではなく、己の行為によって秋恵を失ってしまうことを何より恐れている。しかし、彼は秋恵が自分の子供のように大事にしていたぬいぐるみの首を引きちぎり、はらわたならぬ腹綿をつかみ出しぶちまけるという愚行を犯す。反省した貫多は、以前秋恵が欲しがっていた金魚を求めてくるが・・・

「夢魔去りぬ」
 これだけが秋恵モノではありません。テレビ番組の出演依頼で、過去に在籍した小学校に赴き、特別授業を行うというもの。しかし、父が性犯罪を犯したため小学校を転校するはめになった“私”にとって、そこは禁断の領域だった。30数年ぶりに訪れた母校と生育の町。そこには、長年意味もわからず見ていた夢と同じ風景があった。

「痴者の食卓」
 秋恵と同棲して2ヶ月。秋恵が、土鍋を買おうと言い出した。貫多は元来、鍋が好きではない。15で家を出てから友達とか仲間とかに縁がなかった貫多は、みんなでワイワイという雰囲気が苦手なのである。しかし、秋恵とたったふたりでの生活のこと、そして日頃の愚行の反省から、秋恵に同調して土鍋を購なうことを決める。しかし、いざ買いにいってみるとふたりの意見は食い違って・・・

「畜生の反省」
 古書店主・新川が登場。貫多より12歳歳長で人のよい新川と貫多が交流をはじめて10年。トータルで4百万円ほど借金をし、酔ったあとに幾度か殴りつけるという愚行を犯しながらも、新川は貫多を見放すことがなかった。偉人である。そしてまた、貫多は新川の元へ金の無心に行った。このところ喧嘩ばかりしている(一方的に貫多がやっている)秋恵のためとは言いながら、本心は買淫を含む遊興費につかってやろうと企んでいる。

「微笑崩壊」
 秋恵を信濃屋(貫多が昔から馴染みにしている24時間営業の居酒屋。実在)に連れて行くという新機軸。新しいパターンに少し期待しましたが、結局は・・・帰りのタクシーの中で、大げんかしてしまいます。信濃屋には、ふたりが行ったときに男女が口喧嘩しており、同じようにいつも秋恵を罵倒している貫多から見ても男のいいぶんは醜悪であり、人の振り見て我が振り直せとばかり一時は反省するものの、元の木阿弥。南無。

 今回は切れ味なく、見るべき作品もありませんでしたが、復調を期待します。
 すっかり“随筆”のほうにベクトルがいってしまって・・・酒の飲み方が足りないんじゃないかなあ。


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