「母艦航空隊」高橋定・谷水竹雄・安部井稠也ほか

 帝国海軍の花形・母艦航空隊の搭乗員・整備員による実体験戦記集。
 雑誌「丸」に掲載された記事から、26名29篇。
 いずれも、錚々たるメンバー。よくもまあ生き残ったという歴戦の方々ばかり。
 珍しい名前もありますね、岡嶋清熊とか谷水竹雄とか。
 谷水竹雄さんは、色々な本でお名前を目にしますが実際にご自身で書かれている記事を初めて読みました。
 よほど運動神経が良かったのか向いていたのか、搭乗時間の割には撃墜記録の多い方ですよね。
 なんなら長いの一冊書いてほしかったですけど。
 他にもねえ、ええっ、生きてたんだ! と吃驚するような体験を持っている方の記事もあるんですよ。
 レイテ沖海戦のときに、小沢機動部隊から索敵に飛び立ってハルゼーの機動部隊を発見触接した彗星偵察機の操縦員とか、日本海軍で初めて撃沈された空母となった「祥鳳」の直掩戦闘機隊員であるとか。
 ヨークタウンを撃破した“刀折れた日本海軍の意地”空母「飛龍」の第三次攻撃隊の生き残りとか。
 思わず食い入るように読んでしまいました。
 これ重箱の隅じゃないけど知りたかったとこだよなあ、と思って。
 他にも、縁の下の力持ちである知られざる整備員の戦記も数篇ありましてね、空母に着艦した飛行機がどのように制御されてエレベーターで格納庫に降ろされてそれから何をされるのかとか書かれているわけですよ。
 発着艦や母艦航空隊ならではの洋上航法だとかもね。
 もちろん、各空母の攻撃隊長クラスの方々の手記も多いですから、手に汗握る航空戦の模様も盛りだくさん。
 特に南太平洋海戦で空母「翔鶴」の艦攻操縦員だった萩原末次少尉の手記は迫力あったわ。
 どの方のもそうなんですが、一篇一篇が短いのが惜しい。それぞれ一冊で読みたかったくらい。
 さくっと潮書房が出したのが拍子抜けなくらい、凄い戦記集でした。

 では特に印象に残った記事を抜粋。

 「飛行甲板の主役『整備分隊』戦闘日誌24時」吉岡久雄(601空整備分隊長)
 空母「加賀」「龍驤」「翔鶴」「瑞鳳」「瑞鶴」の5隻の空母に乗り組み、「龍驤」「翔鶴」「瑞鶴」の3隻の沈没時にその場にいた、歴戦の整備将校による、まさに母艦航空整備の生き字引的戦記。
 「御紋章なき空母『大鷹』戦闘機隊初陣記」谷水竹雄(大鷹戦闘機隊操縦員)
 護衛空母「春日丸」の最初で最後の戦闘機隊に配属されたときの手記。同期の杉野計雄と一緒に配属され、鍛えられました。96艦戦ですね。当時の「大鷹」は飛行甲板170メートル、速力20ノットで零戦は心細く、96艦戦と96艦爆を搭載。第二次ソロモン海戦では戦艦大和の護衛として出撃しました。
 「瑞鶴艦爆隊が演じた勝利の海戦劇」堀建二(瑞鶴艦爆隊操縦員)
 宇佐空開隊時からの歴戦のヘルダイバー。江間保隊長の列機として活躍。南太平洋海戦では、数次に渡る攻撃のトリを務めました。たった2機で・・・傷つきながらも生きて帰る、凄い。
 「孤独な空母『祥鳳』珊瑚海に死す」石川四朗(祥鳳戦闘機隊操縦員)
 甲飛5期。祥鳳に配属され、96艦戦を担当(祥鳳戦闘機隊には零戦6,96艦戦6搭載)。祥鳳はポートモレスビー攻略作戦における陸軍部隊輸送の護衛中に撃沈されましたが、このとき著者は上空直掩中。急に敵の艦爆が降ってきましたが間に合わず。母艦が沈み思案中に、デボイネ基地に行けと無線を受けたそうです。「どこだそれ」と困っていると、零戦で分隊長と仲間が誘導してくれたそうです。
 「飛龍艦攻隊のサムライども突撃せよ」橋本敏男(飛龍艦攻隊偵察員)
 ミッドウェー海戦で海軍の最後の意地を見せた飛龍攻撃隊。著者は友永丈市大尉の片道燃料特攻で有名な、飛龍第三次攻撃隊艦攻偵察員として、ヨークタウンを撃破、見事帰還しました。操縦員の高橋利男上飛曹は本当に操縦がうまかったそうですが、飛龍沈没時に戦死してしまいました。
 「翔鶴雷撃隊、南太平洋の激闘」萩原末次(翔鶴艦攻隊操縦員)
 全部すごかったですが、もっとも迫力があった戦記を選ぶとすれば、これでしょうね。
 「準鷹艦攻隊 入魂の航空雷撃の果てに」山下清隆(準鷹艦攻隊操縦員)
 この方、「空母雷撃隊」を著した金沢秀利さんのバディです。新機を受け取るときにテスト飛行は長時間で辛いからと金沢さんらに断られ、主計課に人の重量の代わりになる砂袋をもらいに行ったんですが、ここでも断られ、ならばと主計科の主任クラスをふたり乗せたテスト飛行で艦攻ではギリギリのアクロバットをやって、重症の飛行機酔いに追い込んだそうです。
 他にも郷土訪問飛行で手袋に自分の卒業年度と名前を書いて学校に落としたりとか、歴戦の艦攻パイロットにしては茶目っ気のある方です。
 「『千歳』乗組 母艦整備屋マリアナ奮迅録」安部井稠也(653空整備員)
 安部井さんはこの他レイテ沖海戦で「瑞鳳」の艦攻天山を担当した記事もあります。マリアナでも、千歳で天山の整備を担当しています。飛行甲板180メートルの千歳で天山はギリギリだったそうです。
 レイテ海戦時、瑞鳳の搭載機は零戦8,天山5,爆戦4も実働17機。
 「瑞鶴発 彗星艦偵レイテ沖の歓喜と慟哭」中野宏(653空偵察飛行隊操縦員)
 レイテ沖海戦で敵機動部隊発見触接の重責を全うした瑞鶴発彗星艦偵のパイロットの手記。生きてたんですね・・・日本が優勢のときですら、触接機はたいがいやられていますから。何度も敵機に襲われながらも奇跡的に逃げ延び、燃料尽きてフィリピンの小島に不時着したそうです。この体験の他にも、航空戦艦「日向」で彗星のカタパルト発射の飛行実験をした非常に興味深い体験も寄せられています。


 
 
 
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「海鷲 ある零戦搭乗員の戦争」梅林義輝

 人間は社会的動物であり、社会を離れて人間は存在しない・・・という書き出しで始まる異色の戦記。
 それもそのはず、著者の梅林義輝さんは大学の哲学科を卒業した愛媛の県立高校の校長先生でした。
 しかも、この校長先生は弾雨降り注ぐ大空を生き抜いた予科練出身の零戦搭乗員という過去を持っていたのです。
 岩井勉(「空母零戦隊」)や白浜芳次郎(「最後の零戦」)といった海軍のエースパイロットの列機でした。

 著者の梅林義輝さんは大正15年愛媛県出身。
 中学校3年生の昭和17年4月、憧れの飛行機乗りになるべ甲種10期予科練に入隊(入隊1097名)。
 飛練(32期)、戦闘機実用教程を昭和19年1月に修了し、卒業後は築城空などで錬成教育を受け、神ノ池空の教員を経て、母艦航空隊である653空の戦闘機隊に配属されました(のちに最後の母艦航空隊である601空)。
 甲飛10期生中、戦闘機専修者は約350名いましたが、その中で母艦搭乗員になったのは13名だけだったそうです。
 作中では「私は下手だったのに」と謙遜されてますが、本当に下手では空母への離発着はできないでしょう。
 もっとも、一度だけ「瑞鶴」への着艦で失敗して飛行機を凹ませ、罰金10円(今の1万円くらい?)取られてます。
 「瑞鳳」への着艦で慣れていたので、それより大きい「瑞鶴」ならばと油断したそうです。
 653空から601空に配置換えされてからは、「天城」で訓練もしています。
 サブタイトルには最後の母艦航空隊員の手記とありますが、まさにその通りだったわけです。
 昭和20年4月3日の沖縄作戦では、喜界島に不時着しながらもF6Fを1機撃墜しています。
 米軍の公刊戦史に照らし合わせてのことなので、確かなことなのでしょう。
 この後、終戦の寸前まで対B-29の首都防衛に奮迅しました。

 著者の同期である甲飛10期は、敷島隊の面々を初めとして多くが特攻で戦死しました。
 著者が特攻から免れたのは、不思議な巡り合わせがあったとしか考えられません。
 そういう星の下に生まれていたといいますか。
 特攻を推進した201空副長・玉井浅一中佐と飛行長・中島正少佐が居座る悪名高いフィリピン・マバラカット基地に、零戦を空輸したときは、「このままここにいろ」と言われましたが、空輸指揮官である青木泉蔵中尉(海兵72)が「空輸が終われば帰隊せよと命令されている」とそれをはねつけたために助かったのです。
 また、653空にいた当時、隊は小沢艦隊の空母に配乗されて捷一号作戦を戦ったわけですが、このとき著者は国内で零戦を空輸していたために、作戦配置から漏れました。
 もしも参加していたならば、優勢なるハルゼー機動部隊との戦闘を生き抜いたとしても事後のフィリピン(空母を出撃した航空隊は小沢長官の命令により作戦後母艦帰還せずともフィリピンへの帰着が認められていたが、そこには特攻地獄が待っていた)も含めどうなっていたかわかりません。
 このあたりが運命なのですね。
 戦後、予科練出身者への風当たりが強い中、著者は教員を目指しました。
 価値観が180度変わったなかでの転身は、生活のためとはいえ、非常に苦痛を伴うことであったと思われます。
 しかし、それをあえて背中を押してくれたのは、夢半ばで散った同期の予科練搭乗員だったのではないでしょうか。
 旧軍人が手のひらを返したように蔑視されるなか、「生きてるおまえは新しい日本のために頑張れ」という厳しい訓練を耐えに耐えたあげく特攻で散った同期の魂が彼を支えたのではないでしょうか。
 県立高校の教師として、校長先生として新しい日本の時代の若人を送り出した著者は、その思いにきっと応えたことだろうと思います。
 本作で多くのページが割かれている予科練の猛烈なシゴキを反面教師として。
 ある意味、日本が戦争に負けたのは当然でしょうね。


 
 
 
 

 

「航空母艦『赤城』『加賀』」大内建二

 日本海軍機動部隊の主力であった第1航空戦隊大型空母「赤城」「加賀」。
 大艦巨砲主義からの転換を象徴した両艦の設計構造、繰り返された改造の内容、装備の変遷、艦載機の種類、そして1942年6月5日ミッドウェー島のはるか沖に沈むまでのあまりにも短かった戦歴などが紹介されています。
 
 「赤城」「加賀」が生まれることになった当時の背景なども詳述されていましてね。
 こちらのほうの著者の入れ込み具合が、両艦の戦歴の紹介より大きいかも。
 知らなかったんですが、世界で最初に実戦に投入された航空母艦は日本海軍のものなんですって。
 水上機母艦「若宮」が、4機の水上機を搭載して青島攻略作戦(1914・11~12)に参加したのが世界初だそうです。
 4機の水上機は、合計で49回出撃し、敵陣地偵察や小型爆弾による攻撃を行ったそうです。
 すごいですよね、日本海軍の実行力は。航空機の実用性にいち早く着目していたということです。
 さらに、海軍は世界最初の全通飛行甲板を備えた航空母艦「鳳翔」を1922年(大正11)に完成させます。
 この頃はアメリカやイギリスも航空母艦という新しい艦種を研究、建造に着手していましたが、同じように日本海軍も遅れをとるどころか世界のトップを走っていたのです。
 しかし、時代の趨勢はいまだ大艦巨砲主義にどっぷりひたっていました。
 所詮、航空母艦などまだまだ海のものとも山のものと知れぬ、想定外の実験戦力だったと言っていいでしょう。
 八八艦隊。海軍は、戦艦8隻巡洋戦艦8隻からなる重厚な攻撃部隊の設立を計画していました。
 ところが、軍事費の増大に悲鳴をあげた世界各国は一転軍縮に転じます、これがワシントン条約ですね。
 この条約のおかげで、八八艦隊構想は露と消え去り、建造中であった戦艦と巡洋戦艦から空母に転用されたのが、「加賀」と「赤城」でした。「加賀」は41センチ砲10門を備える予定だった戦艦「加賀」級から、「赤城」は同じく41センチ砲10門を備え30ノットの高速を誇る巡洋戦艦「天城」型から、航空母艦へ変身することになったのです。

 なんと空母になった当初は、両艦とも飛行甲板が三段式でした。昭和2~3年に両艦が完成したときのことです。
 一番上が着艦用で、二段目と三段目は攻撃機と戦闘機の発艦用だったのです。
 びっくりですね。当時の試行錯誤というか、まだ航空母艦はこれという決まった形がないのですから。
 結局、搭載される航空機の性能が上がって重量が増しますから、多段式の甲板は一段式に改められたわけですが・・・
 巡洋艦並の20センチ砲も装備されていました。これは沈むまでずっとありました。
 実際、空母が20センチ砲をぶっ放すことがあるでしょうか? 重量の損にしかならんと思うんですが。
 本書の興味というか読みどころは、空母という艦種の黎明期の試行錯誤と、実戦に通用するべく改造につぐ改造を重ねた「赤城」と「加賀」の変遷にあると思います。
 赤城の甲板には傾斜があって、その理由ははっきりしたことがわからないなんて書かれてあるのを読むと、俄然興味が湧きますよね。中央部分が1~2度盛り上がっていたんです。おそらく着艦後の滑走スピードを和らげるためと、発艦の滑走スピードを助けるためだと思われるのですが、それならなぜ他の空母には採用されなかったのでしょうかね。
 それと、イギリスの空母のスタイルを真似たためらしいのですが、格納庫が密閉式なのですね。
 ちなみにアメリカは開放式の格納庫です。飛行甲板の下にありあすからね、格納庫は。
 格納庫が密閉式であると、飛行甲板に爆弾が落ちて甲板が破られて格納庫で爆発すると、もろ全滅するわけです。
 開放式だと爆風が逃げて減殺されるのですが、密閉式だと威力がすべて船内で破裂してしまう。
 ですから飛行甲板は装甲甲板でなければいけないのですが、日本の空母は当初は装甲がありませんでした。
 このために、ミッドウェーでアメリカの爆撃機に実力以上にやられてしまったらしいのです。
 零戦もそうですが、防御の弱さというか匹夫の勇というか、結局、日本の軍部が戦争に負けたのは自業自得ですね。
 はじめの目のつけどころはいいのです。「鳳翔」だって建造できたわけだし。頭は固くない。
 あとがいかんわ。おそらく貧乏性なのかもしれませんね、資源がないから。

 「赤城」と「加賀」の戦歴は、我々の知っている通りです。太平洋戦争開戦から1年もたずに沈んだわけですから。
 強いて言うなら、「加賀」のほうが日支事変に参戦しているぶん戦功があります。
 あと、本書を読むまで気に留めてなかったのですが、歴代艦長のところでおっと思ったのは、赤城の最後の艦長である青木泰二朗大佐。彼はミッドウェーで沈んだ空母の艦長ではただひとり生き残った人物だったのですが、そのことが内地で責められ、辞職に追いやられたそうです。おいおい、と思う。強いて言うなら悪いのは南雲のハゲと戦闘機バカの源田だろうが。
 生き残ることだって勇気がなきゃできないんだよ。
 こんなんだから、上にアホしか残らないのですね。


 
 
 
 

「空母『蒼龍』とともに」池田清夫

 中型空母「蒼龍」のベテラン飛行機整備兵による戦記。
 著者の池田清夫さんは、大正5年宮城県南郷村出身。終戦時海軍整備兵曹長。海軍生活11年3ヶ月。

 母艦の整備兵による戦記は非常に珍しいかと思います。
 著者が海兵団を出たのが昭和9年ですが、勤務先の海軍通信学校で分隊士から「これからは航空の時代だ。大砲の時代ではない」と諭され、砲術学校への進学を諦めて霞ヶ浦空の普通科整備術練習生になったそうです。
 支那事変で初めて空母「蒼龍」に配属されてから、一度陸上勤務を挟んで再び真珠湾攻撃の前に「蒼龍」に呼び戻され、それからミッドウェーで沈むまで「蒼龍」と共にあったあったわけですから、大げさでなく本のタイトル通りの海軍生活でした。
 一度目の「蒼龍」勤務では、安慶基地で横山保大尉や羽切松雄兵曹のいた戦闘機隊の飛行機員を担当、2回目では江草少佐率いる艦爆隊を担当しました。飛行機員というのは、同じ整備員でも分解組み立て等の大整備と違って、毎日の飛行作業前後の点検整備等を行い、搭乗員が支障なく飛行できるように作業をこなすのを任務としています。
 昭和13年11月に念願の下士官(三整曹)となり、昭和15年5月には24歳で二整曹に昇格していますが、陸上勤務していた霞ヶ浦空や土浦空では、母艦乗組経験があるということで一目も二目も置かれていたそうです。
 そらそうだわな。曲者ぞろいの艦隊戦闘機隊を担当してたんだから、怖いものないよねえ。
 本書の特徴としては、あまり自分の経験した戦闘を資料を調べて肉付けしておらず、あくまでも自分の記憶に素直に書かれているということが挙げられると思います。自分史の一面もあり、海軍を志願するまでや逆に戦争が終わってからの生活についても多くのページが割かれているのは珍しいですね。

 整備兵らしい興味深いエピソードもありました。
 真珠湾攻撃に向かう前、飛行機のエンジンを温める特大の白金懐炉が60機分積載されたそうです。
 このことから北方攻撃に向かうものと著者ら飛行機整備兵は思い込んだそうですが、敵を欺くにはまず味方からということでしょうか。その頃は海軍も兜の緒が締まっていたのですね。
 逆にミッドウェーでは緩みきっていました。慢心です。
 「蒼龍」が致命傷となる爆撃を受けた時、著者は飛行甲板サイドの待機所にいました。
 格納庫にいたら確実に死んでいたそうです。航空機の爆弾や魚雷に誘爆しましたからね。
 海に放り出された著者はサメのいる海で6時間漂流することになります。
 ちょうど昼飯前に攻撃されたので、空腹と疲労と寒さで、救助艇が「いまいくぞ頑張れ」ときたときには自力で船に上がる力は残っていなかったそうです。このときの模様は詳述され、海で漂流していたときに、駆逐艦に向かって泳いでいったやつはみな死んだと書かれています。体力を温存して最小限の力で水に浮いていることだけをしたやつは助かったと。

 ミッドウェー海戦後、幸運にも著者が艦隊に戻ることはありませんでした。
 艦隊に戻らされた「蒼龍」の整備兵たちは、ほぼ生きて帰ってくることはありませんでしたから。
 おそらく、運だけではないと思います。
 長年海軍のメシを食ってきた実力も多大に関与したのではないでしょうか。人柄といいますか。
 整備だけではなく、海兵団で教員にもなっていますからね。
 郡山航空隊分隊士で終戦。



 
 
 

「飛龍天に在り 航空母艦『飛龍』の生涯」碇義朗

 日本海軍を代表する中型航空母艦「飛龍」。
 昭和14年7月5日に竣工してより、支那事変、ハワイ奇襲、南方作戦、インド洋作戦に参加、そして運命のミッドウェー海戦において日本主力の三空母が沈む中、孤軍奮闘して敵「ヨークタウン」と刺し違える形で昭和17年6月6日に沈没するまでを、飛龍乗組員の豊富な証言を元に克明に追った戦記です。

 碇義朗さんの本は他にも読みましたが、これが一番引き込まれたかも。
 ミッドウェー海戦の模様を読むのは、あまりにも情けないのと腹が立つので嫌いだったのですが、初めてじっくりと読むことができました。「赤城」「加賀」「蒼龍」が沈んだ後に、まるで凪というか台風の目のように飛龍が個艦で奮闘していた時間が長かったことに驚きました。12時間くらいあったんですね。私は2,3時間くらいの差で飛龍もやられたのかと思っていました。
 南雲や源田実などエルランゴップ級の知力2程度の愚将のせいで、絶対勝てる戦を負けたのだと思いこんでいましたが、彼らも一生懸命やって不運が重なりすぎて負けたのだとわかりました。まあ、それでもバカには間違いないけど。
 飛龍の艦長である加来止男大佐(第4期航空術学生)も、二航戦司令官の山口多聞少将(海兵40)も、南雲司令部が兵装選択でバタバタしているのを横目で見て「せっかく陸用爆弾を付けたのだからこのまま行ってはどうか」と具申したのは有名な話ですからねえ。でも著者は、仮にその通り行ってても目標を見つけられなかっただろうと書いていましたね。
 索敵が甘すぎたのです。激甘。根本的に舐めすぎていたのだと思います。
 しかしまあ、アメリカが勝てたのはものすごい偶然の重なり具合といいますか・・・
 未来から過去を変えるために操作されたのではないかと思えるくらい、おかしな戦闘です。
 戦争は錯誤(エラー)の連続であると言われますが、これはおかしいでしょ。
 まったく当たらなかったアメリカの航空機の攻撃が急に当たりだしたのはなぜでしょうねえ。
 珊瑚海海戦のときに日本の艦爆隊が間違って敵空母に着艦しそうになったのを教訓として、ミッドウェー作戦を前に日本の空母の甲板には大きな日の丸が描かれるようになって、それがアメリカの艦爆隊の爆撃照準になってしまったそうですが、それだけで技量の未熟なアメリカの急降下爆撃があれだけバシバシ命中するものなんでしょうか。

 たった1隻残り、果敢に第一次、第二次攻撃隊を送り出して米空母「ヨークタウン」を航行不能に追いやった飛龍。
 日本側の空母の中では乗組員のチームワークが抜群で、ダントツに飛行機収容時間が短く、それが戦闘能力の高さに繋がっていたといいます。
 猛将山口多聞司令官を筆頭に、仲間を沈められて憤怒に燃えていたことでしょう。
 それが名指揮官の判断を誤らせたとは思いませんが、結局、第三次攻撃隊の出発を薄暮に遅らせたことで、先に波状攻撃を受けることになってしまいました。この時点で逃げるという選択肢もあったと私は思う。
 攻撃を遅らせるのならば逃げればよかった。どうせ寄せ集めの機体しかないのですから。
 結局、今度は逆にヨークタウンの仇を討たれることになってしまいました。
 飛龍だけを狙ったあれだけの攻撃は避けることはできないでしょう。
 4発の1000ポンド(450キログラム)爆弾が命中したことが、飛龍の命取りになってしまいました。
 日本の空母は、アメリカのように防御飛行甲板ではありません。
 長期戦に備え、米俵をあちこちに積んでいたこともアダになりました。米俵に火がつくとくすぶって消えないのです。
 しかし、本書を読んで一番驚いたのは、上と中はめちゃくちゃにされましたが、実はそれでも底にあった飛龍の8缶あるボイラーのうち5缶は生きていて、28ノットで航行することが可能であり、帰るつもりで機関員も頑張っていたのです。
 それが艦橋と機関室の連絡が遮断されてしまい、機関室の声が届かなかったために、機関室は全滅したもはや飛龍もこれまでと幹部が早合点してしまったというのですね。
 飛龍は内地に帰還できた可能性が高いです。返す返すも無念だねえ。
 今更飛龍が残っていたとしても、いずれやられてはいるでしょうが・・・司令官も艦長も死なずにすんだわけですから。
 死んだと思われて捨てられた機関員は、総員退去後も機関長相宗邦造中佐以下百人近くいたそうです。
 沈没寸前、彼らは脱出しましたが、生き残ってカッターで漂流できたのは39人。
 この後のことは本書に一番登場して証言し、著者が本書を書くきっかけにもなった機関長付の萬代久男少尉さんが丸の別冊に書いているそうですが、彼らには15日間漂流し、3年半の捕虜生活を送るという過酷な運命が待っていたのです。
 決死の出撃をさせた航空隊の後を追うつもりだったのでしょうが、加来さんも多聞さんもちょっと死に急ぎ過ぎましたね。


 
 

 
 
 
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