「暗幕のゲルニカ」原田マハ

 ゲルニカ。
 既存の美術的価値観を破壊した20世紀美の創造主、パブロ・ピカソの代表作。
 縦350センチ・横780センチの巨大なカンヴァスにモノクロームで繰り広げられた阿鼻叫喚の図。
 死んだ子供を抱いて泣き叫ぶ母親。戦慄して振り返る牡牛。折れた剣を握りしめて息絶えた兵士。
 腹を切り裂かれ、いななきわめく馬。灯火を掲げて窓から乗り出す女。驚いて駆け出す女・・・
 1937年パリ万国博覧会スペイン館のメイン展示物として制作されたこの絵は、同年4月26日スペインバスク地方最古の町であるゲルニカが、ナチス・ドイツの協力を得た反乱軍によって徹底的に爆撃破壊されたことを題材としている。
 いわば、「戦う相手は政府でもファシズムでもない。戦争、暴力、憎悪である」という、ピカソによる反戦の強烈なメッセージである。しかし、世界に新たな大戦勃発の予感がするこの時代、この絵は美術史上最大の問題作であった。
 やがて全ヨーロッパが戦場となる中、絵は、大西洋を渡ってアメリカに亡命する。
 そして「スペインが真の民主主義を取り戻すその日まで、この絵をスペインに還さないでほしい」というピカソの要望を受け入れ、絵はMoMA(ニューヨーク近代美術館)に1980年代まで貸与された。
 フランコ独裁政権が倒れてスペインが民主主義国家になった今、ゲルニカは、ピカソの母国であるスペイン国立レイナ・ソフィナ芸術センターに存在している。

 本作はこの「ゲルニカ」という有名な絵画をテーマとしたアーティスティックミステリー。
 「楽園のカンヴァス」と同じMoMA(ニューヨーク近代美術館)も主要な舞台となっており、一部登場人物は重なっています(ヒント169ページ)。といっても、そこを読んだとき「あら?」となったので思い出しましたが、ほぼ忘れてますけどね。
 美術界ではマイノリティである日本人女性のMoMAキュレーター(学芸員)八神瑤子が主人公です。
 3・11のテロで、最愛の夫を亡くした彼女が企画したのは「ピカソの戦争展」。
 戦争を憎み、反戦のシンボルでもあるピカソの企画展を、今こそニューヨークでやるべきだと意気込む瑤子。
 その目玉となるのは、ピカソの代表作である「ゲルニカ」でなければなりません。
 ピカソの研究を長年続けてきた彼女にとって、「ゲルニカ」は人生を変えてくれた絵画でもありました。
 しかし「ゲルニカ」は、スペインに還ってから一度も外には出されていません。
 当然、交渉は非常に厳しく、暗礁に乗り上げてしまいます。
 そしてイラクへの武力行使が国連安全保障理事会で決議された日、国連の議場ロビーに飾られている「ゲルニカ」の精巧なタペストリーが、何者かによって“暗幕”がかけられるというミステリーが発生するのです。
 しかも、なぜかMOMAの、それもピカソの専門家である瑤子に嫌疑がかけられ・・・
 反戦の象徴である「ゲルニカ」を消してしまったのは、いったい誰なのか!?
 風雲急を告げる1937年のパリと、テロに戦慄する2000年代初頭の運命が「ゲルニカ」を通して烈しく交錯する意欲作。

 こういうのはもう、原田マハにしか書けないね。
 キュレーターとしての経歴も一級ですから。論文は読んだことないですが、やっぱモダンアートが専門だったのかな。
 芸術を小説のテーマにするのは、非常に難しいと思います。
 ピンとこないもんね、よほどその作品に覚えがないと。
 私なんて、ゲルニカがスペインの町の名前だったと初めて知ったし、あのシワシワが馬の肛門だったことも知らなんだ。
 まあ巨大な実物を見たことがありませんから、見ても私の感性では感受できないでしょう。
 いい絵は詩みたいなもので、作者がすべてを表す小説とは違って、詩みたいに読むもの(見るもの)に感じさせる部分を残しておかなければならない、とはよく聞いた言葉ですが、「ゲルニカ」はどうでしょうか。
 「ゲルニカ」と対話できる方はいらっしゃいますか。
 おそらく、この絵をあの時代に見ることと、今見るのとではずいぶんと違うでしょうね。
 今見たら、まあ一応来歴も揃っていますし、ピカソの代表作とも云われていますから、先入観で見る目は違いますよね。
 これが、製作された当時だったらどうだろう。
 一部始終の過程を撮影した愛人で写真家のドラ・マールはともかく、いったい何人の人間がこの絵の価値を理解できたでしょうかね。感応できたでしょうかね。無理なんじゃないかな。
 とすると、万博のパビリオンという公共の場でね、ピカソが真剣に世の中に反戦を訴えるには、抽象画ではなくてもっと万人にわかりやすい物のほうがよかったんじゃないですかね?
 政治的プロパガンダとして絶対にそっちのほうがいい。本当に戦争が憎かったのならば、それで万一ナチスに捕まって殺されても、「私は死すとも私の絵は死なない。未来永劫に」とでも気高くのたまわって死ねばいい。
 私はそう思います。そして、どうしてそれをピカソがしなかったかといえば、ナチスに怖気づいたからではなくて、絵画を通して対話できるものを対象に描いたのではないかと思うのです。絵画はある意味、暗号ですね。
 未来永劫にこの世界からは戦争は消えないだろう、ならば暗号として「ゲルニカ」を残そう、暗号を解読できるものならば、戦争の悲惨さを身にしみて理解できるであろうから、と。
 いっぽうで、戦争は絶対になくならないとピカソはわかっていた。
 まあもちろん、愛人が何人もいるようなエロ親父だから、実際のところは何を考えていたかそれはわかりません。
 でも、これがこの小説の流れに一番沿った、この絵画の有り様でしょうね。おそらく。


 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
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「真贋の森」松本清張

 素晴らしかったですね、久しぶりに味わいのある小説を読みました。
 これまで松本清張は「点と線」を読んだくらいで、あんまり印象はよくありませんでした。
 戦後の日本美術史界を震撼させた文化財偽造事件の顛末を描いた「永仁の壺 偽作の顛末」を読んだ時に、松本清張が序文を書いておられ、さらに事件を参考に小説を書いているという記事を読まなければ、本作の存在を知ることさえなかったかもしれません。
 本と本のリンクはこうやって繋がっていくからいいのです。
 結果的に、ひとつの事象を多角的に見ることができますし、記憶にも残りますし、想像が広がります。
 表題作である「真贋の森」は、永仁の壺事件に触発されて書かれたアーティスティックミステリーです。
 単なるエンタメではなく、アカデミックな日本美術史界の陥りやすい問題を暴き、さらに芸術そのものの真の定義にまで迫るかのような深い内容を持っていると思われます。
 何が真物で贋物かという問題を、一軸の絵から人間自身にまで昇華させたその構図もさることながら、オチも素晴らしい。
 オチについては、本作は表題作含めて5篇の作品から成っていますが、どれも秀逸だと思います。
 ラストの一行で、それまでの物語がグッと締まりますし、ガラッと雰囲気を変えてくるのです。
 そんな魔法を見る思いの作品にいくつか出会えました。
 やっぱり、松本清張はすごかったですね。昭和臭さも鼻につくことなく、いい意味でセピアでした。

「真贋の森」
 50代半ば、薄汚れた六畳一間を間借りしている宅田伊作は、かつて東大で将来を嘱望された日本美術史学究の徒であった。しかし、東大教授で戦前から美術行政のボスでもあった本浦博士に一方的な嫌忌を受け、美術史界に生きる道を断たれた。日本の学術施設で職を得ることができなかった宅田はやむなく朝鮮の博物館で嘱託をし、貧しく暮らした。やっと本浦博士が死んだときには、もう彼は学究への夢をなくしていた。日本に帰った宅田は相変わらず定職に就くことなく、かつての美術品審美眼を活かして二流美術誌に雑文を書いたり、骨董屋の口を利いたりで糊口をしのいでいた。
 ある日、馴染みの骨董屋が田能村竹田の贋物を持ってくるが、その精巧さに宅田は舌を巻くと同時にある企みを閃く。
 贋物を描いたのは酒匂鳳岳という福岡に住む貧乏絵師だった。鳳岳は、自分の画ではてんでダメだが模写にかけては見違えるような精彩を放った。宅田は福岡まで鳳岳に会いにでかけ、彼を東京に連れ帰ることに成功する。
 宅田が鳳岳にその作風を習熟させ、精巧な模写を命じたのは江戸時代の文人画家、浦上玉堂である。
 時の日本美術史界のトップは、本浦の愛弟子で宅田と同期だった岩野東大教授だった。
 天と地ほどに隔絶した宅田と岩野の学者人生。本浦もそうだったが、岩野は輪をかけて鑑識眼がなかった。
 作品に対する鑑識眼はないくせに、机上で学問を確立させてきた憎むべき日本美術史界のアカディミズム。
 鳳岳が模写した玉堂の絵を見破れる学者は日本にいない。オレを除いては・・・
 贋物を見抜けない学者を真物であると云えるのか? 宅田の復讐の念がいま、燃え上がる。

「上申書」
 本書の5篇の中ではこれが一番読みにくいですね。
 昭和10年代に起こった殺人事件の証人尋問調書を元に話が進みます。主婦が強殺され、夫が疑われているのですが、夫の供述が二転三転するのですね。なんか読んでいるうちに怖くなってくる。今では当たり前になっていますが、前時代の警察というか、取調べの怖さというものを早い内に暴露した問題作ではないでしょうか。

「剥製」
 これも得も言われぬ味がある作品。
 新聞記者の芦田は、担当になった人気作家の家で、かつて一世を風靡した美術評論家Rに出会います。
 そして、今ではすっかり人気のないRですが、担当先である作家先生からこっそりRに何か書かせてやってと頼まれるのです。
 先生の頼みならばと上司も承諾しましたが、出来上がった原稿はとても読むに耐えず・・・
 芦田は1年前、口を鳴らすとたちまち何十羽という鳥が寄ってくるという、鳥寄せの名人を取材しましたが、思わずその出来事が脳裏に浮かびました。剥製は人間。盛りを過ぎた、形骸ばかり・・・

「愛と空白の共謀」
 ここ3年、勝野章子はふた月に一度、ひとりで一週間を過ごす。会社の営業課長である夫が決まって出張するためである。しかし今回はいつもと違った。突然の凶報が舞い込んできたのである。それは、夫が京都の旅館で急病になったという電報だった。取るものも取りあえず章子が駆けつけたときには、夫はもう死んでいた。
 書院風の、古めかしい荘重な旅館だった。
 それから3年。章子は妻子ある夫の同僚と不倫をしていたが、不意に見てしまった男の利己心で破綻する。
 同時に、思わぬ偶然から3年前の夫の死の謎が解ける瞬間がやってくる。

「空白の意匠」
 これなんて、ラストの一行でガラリと風景が変わる逸品です。
 地方の小新聞で広告部長をしている植木欣作は、その日の朝、自分のところの新聞を見て頭を抱えてしまう。
 広告の大得意先である一流の製薬会社の新強壮剤を飲んだ人間が、中毒死したという事件の記事が載っていた。
 編集部の無神経さに植木は呆れる。新聞社は購読料だけでは経営できないのである。
 ご丁寧に、そこにはランキロンという薬の名前まで載せられていた。ライバル紙や全国紙には薬の名前まで載っていない。
 これは先走りではないか。案の定、広告代理店と製薬会社が大激怒したあげく、薬物事件は間違いだったことが判明する。
 植木は至急、謝罪のために東京に向かい、新聞には一面に謝罪広告を載せたが、ことは簡単には収まらない・・・


 
 
 
 

「永仁の壺」村松友視

 ふつう世間の人々は、贋物・真物を見分ける人を「目利き」という。
 それに違いはないのだが、私にいわせればそれは鑑定家で、経験さえ積めば、真贋の判定はさして難しいことではない。
 駆出しの学者でも、骨董屋さんの小僧でも、それくらいの眼は持ち合わせている。
 むつかしいのは、真物の中の真物を見出すことで、それを「目利き」と呼ぶと私は思っている。
 「名人は危うきに遊ぶ」といわれるとおり、真物の中の真物は、時に贋物と見紛うほど危うい魅力がある。


 「永仁の壺事件」については最近読んだところです。(「永仁の壺 偽作の顛末」松井覚進
 文部省の文化財技官が重要文化財に指定した鎌倉期とみられる壺が、実は現代製だったという事件でしたね。
 壺には「永仁二年」という銘が入っており、年銘の入ったそれまでの最古のものより18年も古くなる計算になりました。
 ところが、加藤唐九郎という昭和期の著名な陶芸家が、「わしが作った」と告白したのです。
 科学的検証も行われて、この壺は重要文化財の指定を取り消され、文部省の技官は辞職しました。
 この技官の名前を小山冨士夫といい、本書は著者が偶然、小山冨士夫作の造ったぐい呑みに出会ったことから始まります。
 「永仁の壺事件」をあまり知らなかった著者ですが、小山冨士夫のことを調べるうちにこの事件に引き込まれ、もう一方の重要人物である加藤唐九郎のことも、彼が活動の拠点としていた陶芸のメッカである瀬戸にまで出向き、その人物の背景を追い求めるのです。まるで、何ものかに引き寄せられ、壺の洞穴に導かれるように・・・
 そして、ついに見えてきた我が国文化財史上に残る“贋作事件”の真相とは――

 ドキュメンタリータッチでありながら私小説っぽくもあり、村松友視という小説家の力量を感じる一作になっています。
 おそらく、ほぼすべてが事実なのでしょうね。謎の「さとう」の老人も、数江教一という実在した人物であろうと思います。
 冒頭、警察に犯罪者と間違われるというスタートから導入が素晴らしく、群馬県で発生したニセ作家の事件から、父母は死んだと言い聞かされ、建前上祖父の戸籍上の息子として育てられた己の来歴まで交えながら、永仁の壺の事件いわゆる“虚と実”の真相に迫っていくという、実在の件を追いながらもどこか幻想的でもあるスタイルなのが小説家らしいな、と。
 少し難しい場面もありましたが、面白かったですね。
 事件の登場人物などの記憶がまだはっきり残っていましたからね、良かった。
 結局、芸術の領域というのは一般的価値観にのっとった善悪の届かぬ世界ですから。
 この事件の表層は、善玉が小山冨士夫で悪玉が加藤唐九郎ですが、それはあくまで我々の世界からの俯瞰です。
 現に、事件をきっかけにふたりの後半生は花開きました。
 贋作者は袋叩きにされ、技官も失意のうちに世間のかたすみに追いやられるような結果にはなっていません。
 加藤唐九郎は一躍有名人になって陶芸家として活躍し、小山冨士夫はいささか酒の量は増えたようですけども、これまた本来の陶芸家に立ち戻って己の好きなように生きて作陶し、非常にいい作品を残しています。
 あくまで結果論ですが、この事件で不幸になった人間はいないようです。

 この事件が起こった理由は、だいたいのところ、友人の新興宗教家から頼まれて加藤唐九郎が造ったのが、永仁の壺であり(瓶子。神前に供える御神酒徳利なので対)、当時志段味村村長であった長谷川佳隆が発見したという形にして箔をつけたものの、宗教活動が瓦解したことによって壺は無用になりました。しかし農業組合長でもあった長谷川氏が肥料詐欺に遭って公金を騙し取られ、この詐欺師というのが加藤唐九郎や壺の作成にも絡んだ刑部金之介の薦めた人間であったために、その補填のために窮余の策として永仁の壺を偽装して表に出し、蒐集家に売りつけたというのが実相のようです。
 その過程、そして加藤唐九郎でさえ思いもよらなかったことが、小山冨士夫がこの壺に惚れてしまったということなのです。
 この壺は昭和34年に重要文化財に指定されましたが、その十年前にも小山は重要美術品への指定を推薦しているほど、この壺に執着していました。
 どうでしょう。陶人が脈々と築いてきた文化である陶磁の業の値打ちを、限られた役人や高名な学者、陶芸家によってやすやすと決められてたまるか、という憤慨が加藤唐九郎にあったのでしょうか。
 虚と実、真と贋、その一線はほんとうににじんでいます。黒と白ではないのです。
 この小説のいいたいかったことは、そこにあるのでしょうね。

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「注文の多い美術館」門井慶喜

 その男の名は神永美有。
 日本はおろか、世界でもトップレベルの美術コンサルタントだ。
 彼の鑑定能力の根拠は“舌”。
 甘みを感じればその文化財は何らかの意味で「ほんもの」、苦味を感じれば「にせもの」。
 その判定に誤りはない。今日もどこかで、彼の“舌”が・・・
 美術探偵・神永美有と、どこか抜けてる美術学者・佐々木昭友の名(迷)コンビが繰り広げる、
 アーティスティックミステリー第3弾。

 まあ、ね。
 もうシリーズ3作目なんですが、一度たりとも面白いと思ったことがありません。
 どうしてこんなに面白くないんだろうと、逆に、それを目当てに読んでいるような気がします。
 美術に関するネタは、作者の多彩な知識というか、勉強ぶりがうかがえる素晴らしいものなんですがねえ。
 私は今でこそこうやって猫を抱えて酒を飲みながら本を読んでいますが、過去には美術工芸史の研究をしており、この本に書かれていることがまんざらわからないわけではありません。突拍子もないフィクションを除いてね。
 確かに、目で見て感じる部分の多い文化財や美術工芸品を、見せずに文章で表すのは大変なことです。
 字で細かく説明されても、読む人によってそのイメージするものは異なって当たり前でしょう。
 誰もがスッと思い浮かぶ、よっぽど有名な彫刻や絵画ではない限り、ね。
 このへんに、美術ミステリと呼ばれるジャンル群の難しさ、ひいては本作の面白くなさの理由があるのかもしれませんが・・・あんがい、ネタに出てくる美術品に関して、作者の表現はそれほど悪いとは思っていません。
 だから私は、ほかに原因があると思うなあ。
 なんだか、すべてのプロットがこじつけがましいんですよね。弄られすぎて、あっと驚くオチにならない。
 美術に関する造詣は豊富ですが、その価値ある物品に肝心のオーラがまったく感じられない。その説明がない。
 そして、イヴォンヌというキャラに代表される、キャラクターの輪郭の薄さ、リアリティのなさ、すべり感が痛々しい。
 まあ彼女に関しては、「B級殺人」のラストで初めて笑わせてもらいましたが、大体においてちょっとウザいですよね。
 いっそ神永美有が話を進めたほうがいいかもしれません。佐々木は、ルネッサンス期イタリア専門の美術史家ですが、それが邪馬台国の金印にまで首を突っ込んでくるのはどうでしょうか? 無理があると思うんですね。
 そんなこんなで、このシリーズは3作も続いているのが奇跡と思えるほど、面白くありません。

「流星刀、五稜郭にあり」
 北海道で開かれる学会に出席した京都Z大学造形学部准教授・佐々木昭友にとって、学会なんかよりも、特別な感情を抱いている教え子であり、札幌の美術館の学芸員をしている里中琴乃に会うほうが大切であった。
 しかし恩師の想いなど露とも知らず、琴乃が佐々木に差し出したのは、先祖から伝わる細身のサーベルだった。
 隕石から鋳造されたというこの風変わりな家宝は、明治時代に榎本武揚から下賜されたものらしいのだが・・・

「銀印も出土した」
 佐々木の勤務する京都Z大学の新キャンパス建設現場から、“銀印”が出土した。金印ならぬ、銀印である。
 専門外ながら学長の樽坂に呼び出された佐々木は、発見された銀印が古代のホンモノであるという結論を出せ、と命じられる。神永美有が苦味を感じた銀印だが、やがて邪馬台国論争にまで飛び火して・・・

「モザイクで、やーらしい」
 語り手は、ほぼイヴォンヌ。佐々木とイヴォンヌは琴乃の勤務する北海道の美術館で、イスパニアで発見されたというモザイク(絵の具、筆をつかわずいろんな色の石をびっしり敷きつめることで人物や情景を表現する平面芸術)を見せられる。画題は、紀元前1世紀の古代ローマの将軍であるジュリアス・シーザーを北極星に見立てたもの。佐々木に会うため徳島を出てきたイヴォンヌの双子の姉である高野さくらは、このモザイクはカエサルの時代にものではないと断言する。
 なぜなら、その当時の北極星は、現在のこぐま座アルファ星ではなかったから!?

「汽車とアスパラガス」
 佐々木のもとに、しろねこ堂という横浜のアンティークショップから電話があった。売買契約をしている蒸気機関車の模型を引き取れという。模型といっても、大きさは原寸の4分の1、しかも車輪こそ外しているものの、レールがあれば実際に走るという。この機関車、実は幕末、ペリーが将軍徳川家定に献上した土産物のひとつらしい。
 売買契約を勝手に結んだのはイヴォンヌだが、148万円という存在の割には意外に安い代金に釣られ、佐々木は購入してしまう。しかしその後、しろねこ堂が由来商法を駆使する悪徳業者であることが明らかになって・・・

「B級偉人」
 なんと里中琴乃が結婚するという。披露宴の招待状をもらった佐々木は大失恋、泥酔してしまう。
 琴乃の新郎は、仙台の名家だった。絶対に行くかと思っていた披露宴だが、出席した佐々木の前に、泣きはらした琴乃が現れる。結婚式でトラブルが起きたという。新郎の母が、支倉常長が慶長遣欧使節で持ち帰ったものという家伝のタペストリー(つづれ織り)を教会に飾ったところ、琴乃は「あ、にせもの」と呟いた声が意外に響いてしまったのである。

「春のもみじ秋のさくら」
 少しスピンオフ。美術探偵・神永美有がまだ才能に恵まれていなかった20歳の頃の話。この物語がきっかけで、彼は美術品の価値を舌で味覚として感じ取れるようになる。
 骨董屋「蛾落田屋」でアルバイトをしていた神永。実家は名の知れた古書店「無才堂」だが、いまのところの彼に美術に対する興味はなかった。ある日、血相を変えた貴婦人が、店主を呼べとやって来た。あいにく、店主は留守である。
 親戚の子供の七五三祝いに贈るため、ここで12万円で買った大正時代の画家、太田聴雨の風景画軸物が、七五三を題材にした絵ではなかった、12万円返せ! と怒っているのであった。
 七五三はだいたい11月15日前後の祭りである。しかし絵の背景には満開の桜が描かれていたのだ。
 はたして真相の追求に乗り出した神永美有の舌に異変が・・・


 
 
 
 
 
 
 
 

「無垢の領域」桜木紫乃

 用意した大きめの端渓に墨液を流し込み、硯のくぼみで二種類の青墨を擦る。
 乾燥した室内の、更に乾燥する場所で、この女はなにを書くつもりなのだろう。
 秋津は息を潜めて純香の背と肩、墨を含んだ筆先を見つめる。
 ひと筆目は逆筆で入った。純香の体が文字と一緒にうねる。
 強弱、緩急。止める、伸ばす、持ち上げ、なだめ、振り切る。――思わず、ため息が出た。
 純香の手から筆をはずした。
 筆を持たなければ頼りない少女でしかなくなる。
 畏れと嫉妬、感じたこともないかなしみが秋津の内側で凍り始める。
 純香が持つ異形の才は、秋津を心の底から震えさせた。


 215ページの衝撃は、しばらく忘れられそうにありません。
 北海道の生んだ実力派作家・桜木紫乃による、読むだに切ない物語です。
 ヒューマンドラマでもあり、恋愛小説でもあり、家族小説でもあるこの傑作長編小説を、私は読み終わってしばらく逡巡した結果、あえて芸術小説、芸術ミステリーということで仕分けしたいと思います。
 なぜかと云えば、この様々な人間ドラマが織り込められている作品を振り返って見ても、真っ先に思い浮かぶのは林原純香の筆を持って半紙に向かっている後ろ姿であるからです。
 25歳でありながら普通に生活を営むことができない純香が、筆を持って発揮する天賦の能力。
 それを小説という形でしかその作品を想像することしかできないとは、誠に残念ですね。映画になればなあ。
 さらに、秋津の母である書道家・秋津鶴雅の、息子を筆の力で世に出したいという執念は、物語を通してまるで呪詛のように不気味なBGMになっているでしょう? やはり、この小説は芸術モノだと思いますねえ。
 桜木紫乃といえば、海の掘っ立て小屋と十勝の牧場の嫁いびりが名物だと思っていましたが、同じ北海道が舞台といえど、このような作品も書けるのですねえ。ずっと印象に残る作品でした。非常によかったです。

 じゃあ、ちょっとあらすじしといて、後少しネタバレでも。
 舞台は釧路。人口18万人のこの街は、同じ北海道でも札幌や十勝、旭川とはにおいも景色も温度も人も違う。
 秋津龍生は、42歳の書家。母が長らく道東の書道を牽引してきた書道家であり、中国への留学歴など立派な経歴を誇りながら、金と中央への人脈がなければ出世できない芸術界の仕組みに阻まれ、鳴かず飛ばずだった。週に3回の書道教室の収入は、高校の養護教諭をしている妻・怜子の半分にも満たない。さらに、5年前に倒れて半身不随となった母の介護に追われ、「墨龍展」という既成権威からの脱却を図った新設の公募展への挑戦だけが、いい年をしながら肩書も収入もない男の心の支えだった。
 指定者管理制度で民営化した釧路市立図書館のロビーを借りての、個展。
 準備した芳名帳への記帳は情けないばかりの、初日の雨の中、その女は現れた。
 青みがかった白い肌、目鼻立ちは整っているが美しいというのとは違う。顔かたちの良さを引き立たせる表情が欠落している。魚も住めないほど澄み切っている水のような瞳。そして、芳名帳に書かれた恐怖を覚えるほど整った楷書文字。
 彼女は、この図書館の館長として札幌からやってきた林原信輝の10歳下の妹だった。林原純香という。
 純香は、世話をしてくれていた書道家の祖母が亡くなったために、身内である兄のところに移ってきた。
 年齢に心が追いついていない彼女は、25歳にして少女のままであり、無垢な透明さがあった。
 個展で龍生の作品を見た純香は、前へならえの姿勢のまま「この幅からでてこないの、この字。紙の大きさに負けてるの。怖がっている書いてる。紙のことも、墨のことも」と率直に感想を漏らし、兄に連れて行かれた。
 純香のひとことは、思わず痛みすら麻痺するくらいの深傷を龍生に与えたが、同時に、とてつもないものを見つけた喜びにも満ちた。かつてこれほど強い言葉で自分の書を言い当てられたことはない。龍生の心は痺れたままだった。
 これが秋津龍生と、彼の書道教室を手伝ってもらうことになる林原純香の出会いだった。
 そして、それは同時に、龍生の妻である秋津怜子と純香の兄である林原信輝の出会いの発端でもあった。

 では、ネタバレなんて大げさだけど気になったところを。
 まず気になるのは、秋津龍生の母がどうして6年間も詐病していたのか、ということですね。
 ラストで盾を落としたことからも、詐病というのは間違いありません。むしろ、あそこで叫びだすんじゃないかと思ってページをめくるのが怖かったです。おそらく当初は本当に不髄になっていて、どこかで治ったんじゃないかと思うんですが、そのまま寝たきりのふりをしていたのは、ふがいない息子への失望と育てた自分からの逃避もあるでしょうが、怜子に龍生の元を去らせないためだったんではないでしょうか。どっちの比重が高いかはわかりませんが、両方あるのは間違いないと思います。怜子という人格を読み切っていたと思うんですね、この秋津鶴雅という書道家の母は。
 そして、死んだおばあちゃんに会わすと嘘を言って純香に作品を書かせ、さらにそれを龍生が模倣して墨龍展に出品するように裏で糸を引いていたんですよ。「僕という人間に、神様が与えてくれたものがこれなんですよ。あなたには、わかってたんだ最初から」という龍生のセリフは、自分の観賞能力を言ったものです。龍生は、2つ作品を見比べてどっちが優れているか見極めることができますが、己からその作品を創造する能力はなかったんですね。ということです。
 しかし、それにしても・・・残念だったねえ、純香(墨香)は・・・


 
 
 
 
 
 
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