「戦場のコックたち」深緑野分

 最近、話題になっていた本を読みました。
 深緑野分(ふかみどりのわき)さんの、「戦場のコックたち」。
 主人公は19歳のアメリカ人の青年。舞台は、第2次世界大戦のヨーロッパ戦線。
 青年は空挺部隊のコック兵で、1944年6月のノルマンディー上陸作戦から1945年のナチスドイツ降伏後までが背景の時系列として描かれる中、部隊内の事件や戦闘中の謎が解かれていく冒険ミステリー小説です。
 正直、3分の1くらいまで読んだときには苦痛でした。面白くなくて。
 筆力があるので読みやすいのですが、この調子でいかれたら、最後まで読めないと思ってました。
 ところが、読み終えた今となっては、心にしみじみとした感慨があふれ、当初の予想を覆す読後の充実感に浸っています。
 ただの冒険ミステリー小説ではなかったということです。
 これはもちろん、ドイツ軍の誇るパンター戦車や88ミリ高射砲の恐ろしさと不気味さが如実に描かれている戦闘アクションの迫力だけではなく、背景として描かれる戦争についての深い洞察と、連合軍の進撃によってナチスから解放され歓喜に湧いたフランスやオランダの市民が翌日には爆撃で町ごと吹っ飛ばされるなど瞬く間に生命が奪われる戦争のやりきれなさが切々と真実味をもって語られている点にあると思います。
 そしてさらに、クライマックスにかけての冒険性とエピローグのやるせなさが作品にキレと深さを与えました。
 文句なく良い作品だったと思います。
 日本人の書くものとしては珍しい設定でしたし、戦争物の面白い洋画を観ているような感もありました。あまり知らなかったヨーロッパ戦線のことも勉強になったと思っています。

 簡単にあらすじ。
 ルイジアナ州の雑貨店の息子であるティモシー・コールは、思い立って1942年に合衆国陸軍に従軍した。
 厳しい訓練を経た彼は、第101空挺師団第506パラシュート歩兵連隊第3大隊G中隊の管理部付きコック兵として、初陣を1944年6月のノ連合軍反攻のきっかけとなったルマンディー降下作戦で迎える。
 コック兵とは、隊員に糧食を配り、食材と時間に余裕があるときは野戦調理器などで調理配膳をし、食中毒にならないよう衛生指導をし、仲間たちの胃袋を満たすことが任務だが、中隊付きのコック兵は戦闘となれば銃を取り、普通の兵と一緒に前線で戦う。
 特技兵でもあり、階級も給料も一般の兵より少し高い。
 しかし、一般の兵からは「志願しておいてママの真似か、この女々しい飯炊き野郎」と蔑まれる存在でもあった。
 コールがコック兵になったのは、料理好きの祖母の存在と、エドワード・グリーンバーグという管理能力に長けた先輩の中隊コック兵に誘われたからだった。
 同僚には、ディエゴ・オルテガというスペイン系の、調理は下手だがとにかく明るい男もいて、すぐ打ち解けた。
 頭脳明晰だが味音痴のエドワードと、調理がだめでもささくれだった兵士の心を和ませる配膳ができる明るいディエゴ、そして祖母のレシピを常に携行し、戦闘の腕はからきしだが調理がうまいコールのG中隊コックたちは、ノルマンディー降下以後、フランス(コタンタン攻略)、オランダ(アイントホーヘン降下)、ベルギー(アルデンヌの森)と厳しい戦闘を生き抜き、負傷兵として民家の地下室で保護されたダンヒルを仲間に加え、粉末卵3トン消失事件や解放直後に地下室で自殺したオランダ人夫婦の件など、続けざまに起きる様々な謎や事件を探偵のように解決していく。

 終わり方が特によかったと思うんです、この小説。
 特にゾマーに関して、このあっけなさが逆に真に迫っているような気がして好きです。
 こんなものだと思います。だからよかったんだと思うのです。
 死ぬも生きるも紙一重ですが、人間いつかは死ぬんですからね。遅いか早いかだけであって、それも未来から振り返ればたいした時間の違いはありません。
 思い出の中で、心のなかだけで、かつての戦友はずっと若い時のまま生きているのですから。
 そして自分にはまた、別の生活がある。別の明日がやってくる。そんなもんだと思います。
 まあそれはいいとして、アメリカの携帯食糧はやっぱすごいねえ。
 ビスケットや肉類の缶詰、チョコレート、キャラメル、角砂糖、ブイヨンなど、3食分で3900キロカロリー。
 パンを専門に作る製パン部隊なんてのもあったようです。
 日本軍とはえらい違いますなあ。
 しかし、アメリカ軍も本当にヨーロッパ戦線では苦労したというのが、よくわかりました。
 アメリカの底力がなかったら、ほんと世界はどうなっていたかわからんね。
 ドイツの最後の反攻もすごかったし、ヤークトパンターとか88ミリ高射砲は、日本軍のレベルを遥かに超えたものでしたね。
 勉強になりました。ドイツ、恐るべし。
 さて最後に本小説最大の謎と云われる、ミハイロフ中隊長の個人的な謎についてはどうしましょうか(笑)
 放っておきましょうかね、彼の名誉のために。


 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
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「雪炎」馳星周

 2011年12月、北海道道南市。東日本大震災から9ヶ月。
 鵡川原発は停止し、再稼働の目途は立たない。
 道南市は、鵡川原発で経済が成り立っていた街である。原発なしでは金が回らない。
 道南市は今、真綿で首を絞められるようにじわじわと死につつあった。
 そんなときのこと。
 来年の市長選に、札幌に事務所を構える著名な人権派の弁護士が出馬することが決定したという。
 選挙公約は、道南市から原発をなくすことである。彼の名前は小島大介。道南市は故郷だった。
 誰もが原発を嫌っていながら、なくなれば困ると思っている。しかし子どもたちの将来を考えれば原発は必要なのか?
 それを原発の街である道南市で問い、全国に運動を広げたいと小島は思っていた。
 元公安警察官で、6年前に警察をやめて故郷で農家をはじめ、隠遁生活をしている和泉伸は、同級生だった小島から選挙を手伝ってくれるように頼まれる。様々な問題が発生するであろう選挙戦を裏で支えてもらいたいという。
 元公安が、同級生とはいえ天敵の“アカ”の弁護士と手を組むなど前代未聞である。
 しかし、同じ同級生で地元商工会議所で青年部長をしている武田や、20年前の恋人で離婚して道南に帰ってきた神戸碧の誘い、そして小島の事務所で見かけた平野友香という女子大生が和泉が警官をやめることになった一件に関わっていたことから、和泉は小島の選挙運動を手伝うようになる。
 ところが・・・原発にたかって生きてきた地元の暴力団、そして原発推進派の国会議員と繋がっている地元警察上層部は様々な妨害を仕掛けてきたのだ。反原発という多くの国民の意志を潰したい、原発そのものが悪魔とされた3・11以降の流れに歯止めをかけたい勢力にとって、原発のこれからを問う道南市の市長選は決して落とすことができないばかりか、接戦さえ許されない戦場であったのである。
 そして、事件は起こった。和泉の元恋人で小島の選挙を熱心に応援していた神戸碧が殺されたのだ・・・

 はい。
 直木賞候補になった「アンタッチャブル」よりかは、面白いです。というか、私はこちらが好き。
 それでも、以前の馳星周の書いたものに比べると、ずいぶん丸い。カドがとれている印象。
 主人公が普通っぽいというか、元公安だというので凄腕のスパイもどきかと思いきや、貧乏なただのおっさんですから。
 逆に言えば、感情移入できるいうことですが、ならばヤクザは叩きのめしたいよね、せっかく感情移入したのに叩きのめされるんじゃなくて(笑)
 ハードボイルドなんだけど、ハードではないという小説ですね。弱いし、ボケてます。
 原発を絡めているので社会小説かと思いきや、そこまで深いものはありませんし。この小説のジャンルはなんだろね。
 少し意外性があったのは、神戸碧(佐藤碧)を誰が殺したのかというミステリーがずっと続くことですね。
 よく考えればすぐ犯人はわかるだろうし、誰が男だったかなんてバレバレなんですけどね。
 でも、この方の小説としては、新鮮な展開だったかもしれません。乗せられましたから。
 原発の有り無しについては、あえて何も言わずにおきましょう。いろいろだからね。
 ただ、警察というのは正義の味方ではなくて権力の味方であるというのはある程度知っていましたが、捜査一課や四課の幹部はノンキャリが多いのに、どうして二課をキャリアが牛耳りたがるのか、それは選挙などを二課が扱っているからであるというのは、刮目しましたね。確かに、そう言われればそうだなあ。
 あっさりと終わってしまいましたが、振り返るとどす黒い小説であったなあと思うわけです。
 チェレンコフの光は目の覚めるような青らしいですが、原発をどす黒くたらしめているのは、他ならぬ人間のどす黒さなのでしょうね。原発は本来なら、人類にとって希望の光であったはずです。


 

「十二月八日の幻影」直原冬明

 第18回(2014年度)日本ミステリー大賞新人賞受賞作です。
 著者は直原冬明(じきはらふゆあき)さん。元国会議員秘書。フリーター。
 昭和16年12月8日の日本海軍による真珠湾急襲を巡る、日本国内での諸外国の諜報員の暗躍と、機密漏洩を防ぐ日本側の防諜(カウンターインテリジェンス)部員のアンダーグラウンドの戦いを描いたスパイミステリー。
 映画にでもなりそうなエンタメ。どっちかというと冒険アクションよりもミステリーよりのサスペンスですが、まあ、人を選ばず誰が読んでもある程度は楽しめる作品であると思います。
 ただ戦史関係に詳しい方は、一家言あるでしょうから、少し不満な部分もあるかもしれません。
 まあ、それは後ほど。

 だいたいのあらすじ。
 昭和15年12月に少尉を任官した海軍兵学校出身の瀬田三郎は、華々しい最前線の艦艇勤務を熱望しながら、海軍軍令部に配属された。アメリカの情報の収集、分析を行う第三部第五課である。
 不貞腐れたまま、在アメリカ日本大使館から送られる新聞や雑誌の翻訳して1年。
 いよいよ日米開戦かの噂も飛び交う昭和16年11月、瀬田は食堂でひとりの海軍少佐に出会う。
 真向かいの席に座った少佐は、自分のカレーライスに肉が何片入っていたか瀬田に尋ねた。
 これが、瀬田少尉と26歳にして軍令部総長直属の特別防諜班を担う渡海宗之少佐の出会いだった。
 渡海少佐は海軍兵学校を卒業後、身分を偽って中野にある陸軍の諜報学校に入学したという海軍諜報のスペシャリストである。
 以後、諜報学校で教官の教官を務めるまでになり、異色の経歴が海軍大臣に見出されて防諜特殊班を率いている。
 日本国内に暗躍する外国の諜報員を封じ込め、機密漏洩を防ぐスパイハンターである。
 一回見た光景を写真のようにすべて記憶できる特殊技能を持った瀬田は、渡海少佐にスカウトされたのである。
 とはいえ、派手な艦隊勤務を望む瀬田のこと、正々堂々と敵と正面切って戦う武士道こそ正義と心得ており、カゲでコソコソと地味な裏方臭の強い防諜任務など好かない。結局、一ヶ月の仮配属とされた。
 しかし、開戦間近、陸軍参謀本部の暗号解読班が、在日本アメリカ大使館が本国に送った電信を解読中、「コバヤカワ」なる人名と「キンコウワン」なる地名をその中に発見したことから、瀬田は望む望まないにかかわらず、東京を舞台にしたスパイゲームの渦中に放り込まれることになる。
 鹿児島の錦江湾では、真珠湾攻撃を想定した海軍の極秘演習が開催中であり、コバヤカワなる正体不明の諜報員が、日本の命運を握る機密を他国に流出させていることが判明したからである・・・
 真珠湾奇襲が、やる前から知られている!?
 はたして海軍中枢部にいると思われる「コバヤカワ」なるスパイは何者か。
 そして「ニイタカヤマノボレ」、日本の国運を賭けた真珠湾急襲は成功するのか、それとも事前にアメリカはそれを察知するのか?
 帝都を舞台に、日本軍防諜部隊と大英帝国秘密情報SIS、そしてソ連の大物エージェントをも巻き込んだアンダーグラウンドの戦いが始まった。

 まあね、ひとりのスパイの動き次第で一国が転覆するのは事実ですからね。
 スパイ活動は失敗したから露見するのであって、成功した場合、誰にもわかりません。
 日本の開戦の場合、はたしてどうだったのか、永久に謎のままですが、私は何らかの関与はあったと思います。
 日本の特高も優秀でしょうが、現実にはこの小説のような渡海がいたわけではありません。
 思想的にね、江戸時代の平和の澱が生んだ武士道というのは、人の生き方としてはともかく戦争には向いていないのです。本作にも書かれていましたが、日本は忍者の国であり、本来ならば諜報国家だったのですよ。
 織田信長の桶狭間なんて諜報の勝利でしょう。固有名を持つ有名な忍者もいましたしね、あんな昔に。
 それがいつのまにか、糞の役にも立たぬ武士道サムライが生まれた。そんなの床の間の飾りですわ。
 武士道では飯は食えないのですよ。正々堂々では、戦争には勝てないのです。
 イギリスやソ連、アメリカに比べると、諜報分野では開戦当時、日本は劣っていたのが正直なところでしょうね。
 
 では実際、真珠湾急襲はアメリカに知られていたのでしょうか。
 これもよく言われていることです。空母がいなかったから知っていて逃していたとかね。
 私はでも知らなかったと思うなあ、少なくともアメリカは。ソ連やイギリスは知りません(笑)
 で、これがさっきに「後ほど」と書いた話に戻るのですが、真珠湾急襲は戦術的には成功でしたが、戦略的には失敗だったんですね。成功が仇になって日本は惨敗することになります。なぜなら、アメリカ国民が激怒したから。
 定石通りに、フィリピンから攻めていた場合、アメリカの世論はあれほど激昂しなかったと思われるのです。
 難しいね、このあたり。
 コバヤカワが日本をリセットしたいと思った気持ちもよくわかります。
 ならば結果的に、なにもしないでもコバヤカワの作戦は成功したということになりませんか。
 本作がもっと奥を深めるためには、その辺の洞察も加えてしかるべきだったかもしれません。
 まあ、ひょっとしたら続編があるかもしれないので、あるならばそれを楽しみにしましょうかね。


 
 
 

 

「還るべき場所」笹本稜平

 人はなぜ山に登るのか。
 登山は、命を失うことが暗黙のルールとして組み込まれているスポーツです。
 この季節ならば、毎日のようにニュースや新聞で“遭難”の二文字が踊っています。
 寒い思いをし、足が滑ったら奈落まで落ちるような危険を冒し、残された家族や救助隊に多大な迷惑をかける可能性がありながら、人はどうして山に登るのか。そうまでして、クライマーを山に駆り立てるものは何でしょうか。
 その理由を、初めて理解できる形で、小説として著してくれたような気がします。
 「そこに山があるからさ」なんていう、トンチンカンな禅問答もどきではありません。
 そこに山があったら、私だったら迂回して通るわ、バカか。
 ヒマラヤをトレッキングした経験はありますが、高所恐怖症気味の寒がりであり、登山にはさして興味のない私でも、読みながら登山家という異人種の崇高な目的の片鱗がわかった気がして、なんだか感動しました。
 もちろん、登山家の浪漫ばかりではなく、現実的な雪山の恐怖も、みっちり妄想で体験できます。
 頂上稜線で遭難したニュージーランド隊のサポートスタッフが、後にまだ人が残っているのに、高所と酸素不足による脳浮腫によって意識混濁、吹雪のなか命の綱である固定ロープを回収していく様子は、ゾッとしましたわ。
 他隊の酸素ボンベを盗んで、クレパスに隠しておくアルゼンチン・パーティーも・・・
 私が読んだ笹本稜平の小説のなかでは、一番面白かったと云える、山岳冒険ロマンです。

 まあ、少しあらすじでも。
 主人公は、矢代翔平という29歳の“元”クライマー。
 彼が“元”クライマーになった理由、それは4年前、世界第2位の高峰K2での悲劇が原因でした。
 人生の伴侶であり登山のパートナーであった栗本清美とふたりで、前人未踏のK2東壁を登攀中、ふいの雪崩に襲われて、ふたりは空中に宙吊りになりました。直下は3000メートル下の氷河です。
 利きの怪しいセルフビレイの支点にかかった、細いスリングだけで支えられたふたり。もはや絶体絶命というとき、急に翔平の胴体をねじ切らんばかりにかかっていた圧力がなくなりました。下にいた清美が、自らロープを断ち切って、翔平を助けたのです。彼女は奈落まで落下し、遺体はおろか遺品さえ発見されることはありませんでした。
 この出来事が、世界的に認められていた登山家の矢代翔平をして、引きこもりたらしめたのです。
 元々ふたりは、翔平が高1、清美が中3の頃から、同じグループで登山の腕を磨いた山仲間でした。
 清美の従兄である板倉亮太、東大進学とクライミングの両立を目指す宮森裕一を合わせて、4人のこの登山グループは、高校生の頃から補高や八ヶ岳といった国内高峰の登攀に成功し、それぞれ違う大学に入り社会に出てからも、人間関係の煩い体育会系の登山部や組織的登山から身を置き、少人数速攻で攻めるアルパインスタイルでヨーロッパアルプスやマッキンリーなどを攻め落としてきました。そのなかでも、女性ながら栗本清美の登山技術は抜群でした。
 いつしか、同じ山狂いの仲間という関係から、男と女の仲になったふたり。
 結婚はしていなかったといえ、ふたりにとって、お互いが、山の人生の、かけがえのないパートナーでした。

 自分を助けるために、清美は死んだ。彼女を失くして以来、翔平の人生は登攀不能な壁に変わったのです。
 しかし、絶望の底にいつつも、いつかは顔を上げなければなりません。
 山岳ツアーを組むトレキング企画会社を起業した板倉亮太の誘いで、翔平は公募登山のガイドをすることになりました。場所は、忌まわしきK2から氷河を挟んだ対岸にある、ブロード・ピーク。
 公募登山とは、アマチュア登山家が登攀することが困難な世界的高峰を、旅行会社の企画とプロの登山家の補助のもとに、誰でも登頂が可能にする高度な山岳ツアーです。
 期間は3ヶ月。参加するのは20名弱。その中には、自社の開発した心臓ペースメーカーを付けて、エベレスト登頂に成功した61歳の医療用電子機器メーカー会長もいました。しかし、8千メートルを超える高峰に高所経験に乏しい一般参加者を登頂させる仕事は、これまで好き勝手に山を登ってきた翔平にとって、非常に困難を伴うものでした。
 さらに、悪名高きパキスタン陸軍のリエゾンオフィサー、口先だけで実力のないアルゼンチンの登山パーティーによる妨害や、地球温暖化によって頻発する雪崩、そして翔平自身を苦しめる4年のブランク。
 苦しいときに顔を上げると、隣の山に世界で一番大きなとんがり帽子、K2が見えます。
 果たされずに終わった、ふたりの夢の破片。翔平は、それを収集するために、再びK2の東壁に挑むことができるのでしょうか・・・

 山に登るという行為は、人生そのものなんですね。
 人間は夢を信じて生きている限り、不条理な現実から目を離すことができます。
 美しい花が、堆肥や泥、土のうえにすっくと育つように、人生という困難で苦しくて辛い道の行く先には、夢という花が必要です。登山は、この人生の短縮版疑似体験なのです。
 登り切ったその先は、天高き頂上ですが、大事なのは自分が苦労してたどってきたその道。
 登り切ったその人間にしかわからない、その感慨。
 地球上に人間という罪深き生物が存在するかぎり、登山という甘くて危険な人生体験型スポーツは、なくなることはないでしょう。


 
 
 

「クレィドゥ・ザ・スカイ」森博嗣

 死んで生まれ変わらないと、生物は進化できない。
 ずっと生きていたら、種としては死滅するのだ。
 たとえばアウストラロピテクスがずっと生きていたら、現生人類は誕生しただろうか?
 死ぬ機能を持っていたものだけが、地球上に生き残ったのだ。


 スカイ・クロラシリーズ第4弾(刊行順5作目)です。
 クレィドゥ・ザ・スカイ。Cradle the Sky.
 ついに、森博嗣らしくなってきたといいますか、正体不明のミステリーになってきました。
 突然、きたね。気づけば、底なし沼に足を取られていたという感じ。
 前作「フラッタ・リンツ・ライフ」のラストからの流れを、スムーズに引き継いだまま読み始めたので、というか、そういう誘導だったので、〈僕〉というのは前作の一人称だったクリタだと思い込んで読んでいましたが、途中でわからなくなってしまいました。主人公が誰なのか、正体不明の小説です。
 恐るべきことに、読み終えてしばらく検討した今になっても、この物語の〈僕〉が誰であるのか、わかりません。
 スカイ・クロラとスカイ・エクリプス(だったっけ短篇集)は、まだこれからなのですが、この謎は解けるのでしょうか。
 考えられるのは、クリタ、クサナギ、カンナミの3人のうちの誰かなのでしょうが・・・
 もちろん他のサイトやブログは見ていない状態で、現時点での私の勘では、〈僕〉とは、格好はカンナミで、クサナギの記憶を受け継いでいるのではないか、というもの。あるいは、クサナギの外見と記憶を変えられたという可能性。
 ずっと〈僕〉とは記憶をなくしたクサナギだったのだが、会社(軍隊)に戻った時点でカンナミになった可能性。
 決定的なのは、最後のほうで杣中が〈僕〉を「カンナミ」と呼んでいることです。
 杣中は、草薙水素のことを知っています。雰囲気は似ていると感じつつも、何かを疑いつつも、そこまでです。
 ヒントはいろいろ、散らばっています。
 まず、〈僕〉とフーコが逃走中に、ドライブインで〈僕〉がトレーラーのドライバーに強引にナンパされる場面がありますが、外見が女性であれば納得できますが、カンナミというのは少年でしたよね。ドライバーが変態だったということでしょうか。
 さらに、相良亜緒衣が〈僕〉に銃を向けたことを謝っている場面。これは前作に起きた事件のことなんですが、関わっていたのはクサナギとクリタです。カンナミは関係ありません。さらに相良が直接狙ったのは、クサナギでしたね。
 そして、杣中が〈僕〉に渡したのはブーメランのキーホルダで、クサナギのコードネームはブーメランです。
 〈僕〉の夢に出てきた、クサナギに撃ち殺される場面、これもクサナギ側の記憶だとすれば、〈僕〉がクリタではないことの筋も通るような気がします。他にも、フーコとの関係は? 今まで、カンナミとフーコが一緒に登場する場面はありませんでした。クサナギにしても、フーコと一緒に逃走するなんて関係ではありませんでしたが・・・
 ずばり一番の謎は、娼婦であるフーコと〈僕〉が逃避行をしているということです。これはクリタしかあり得ません。
 病院から抜けだしたことも、前作で大空戦からの不時着で負傷したクリタからの流れであればスムーズです。
 ただし、クサナギが首を負傷して入院したときに、記憶をなくしたカンナミも入院していましたけどね。
 今ふと思いつきましたが、物語の前半部分がクリタで、後半がクサナギという可能性もありますか?
 クリタを撃ったあと、相良のところになぜか記憶をなくしたクサナギが向かった。〈僕〉が入れ替わった。
 うーむ。相良は裁判中だし警察がわかってるくらいだから、居場所はわかるはずだけど。
 相良亜緒衣が、死ぬ前にした告白(あなたはまたキルドレに戻っている)からすると、クサナギで間違いないんだけどなあ。〈僕〉は、最初がクリタで、中盤から終盤までがクサナギ、ラストがカンナミなのか??
 3人ともキルドレですし、キルドレは記憶障害を抱えていますから、こういう物語の形になったのでしょうか。
 相良が〈僕〉の白日夢に出てきたクサナギの髪の長さを訊ねる場面があるのですが、あれも引っかかるなあ。
 カンナミがクサナギに会ったときは、クサナギの髪は短かったはずです、たしか。

 ダメだ。考えれば考えるほど、わからない。とりあえずシリーズをすべて読んでから、ですね。


 
 
 
 
 
 
 
 
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