「墓標なき街」逢坂剛

 前作から10年ぶりくらいですか?
 根強い人気を誇る百舌シリーズ第6弾。最新です。
 まあ、はっきり言いまして、本巻に限っては大して面白くはありませんでした。
 このシリーズは3か4くらいが最高に面白すぎたので、その反動もあるかと思いますが・・・
 前作の「ノスリの巣」の内容を忘れていれば、これを読んでもなんのこっちゃわからないと思います。
 単体でダメであれば、これまでのシリーズのキャラクターのその後を読むことだけが目的になります。
 事実上主人公になった大杉や美希のその後の様子とか。
 10年ぶりの新作が、単体でダメとは残念ですけどね。
 ストーリー的には、躍動感もドキドキ感もなく、なんら面白みを感じられませんでした。
 百舌という、人間の首の後、盆のくぼという部分を千枚通しで刺し殺す殺し屋の登場がこのシリーズの発端だったのですが、すでに何代目かわからぬほど模倣殺人犯が現れ、すでにこのシリーズにおいて“百舌”とは象徴にすらならないほど意味がなくなってきたように思います。
 百舌と倉木らとのスリリングな死闘と、あっと驚くミステリー性がこのシリーズの醍醐味でしたが、おそらく続編が出るごとに物語に裏を作らなくてはならなくなったからでしょう、現在は検察権力を掌握しようとする政治家のドロドロとした野望だけが目につくようになり、何が敵で百舌は何をしたいのか背景が複雑でわからなくなってきました。
 ただ、仕舞い方から察するにまだ続きそうな気がするので、一応、そちらに期待したいと思います。

 とにかく本作に繋がる流れですね、これがわからないと話になりません。
 長崎の鷲ノ島でしたか? そこでの死闘は読んでいるうちにだんだんと思い出してきました。
 作者も親切にそういう書き方をしています。なんせ10年ぶりですからね。
 大杉も美希も死にかけました。新聞記者の残間というのもいました。
 民政党の幹事長馬渡文平は、美希の上司である警察庁特別監察官の津城俊輔に射殺され、津城俊輔は真犯人だった警察官の紋屋貴彦に殺され、紋屋貴彦は体中に銃弾を撃ち込まれ、喉を串刺しにされて死にました。
 馬渡は、警察を治安警察庁と刑事警察庁に分けようとするなど、警察権力の掌握を狙っていました。
 この日本で警察権力を掌握することは、神に近づくようなものです。独裁者になろうとしていたのですね。
 津城俊輔はそれを阻止しようとしたということになります。
 事件の証拠は警察によってすべて抹殺されました。紋屋の死体すらなくなりました。
 もうひとつ、警察内部の策謀で、州走かりほという美人刑事と朱鷺村琢磨というキャリアが事件を起こしたのですが、残念なことにこちらの記憶が私にはほとんどありません。
 本作は、前作からおそらく10年後くらいですかね。
 大杉の娘でシリーズが始まった当初は不良少女だった東坊めぐみ(離婚により母方の姓。警視庁生活安全部の刑事になっている)が28歳ですから。前作では大学生だったと思います。
 40歳を間近に、東都ヘラルド新聞の編集委員に出世した残間龍之輔が、かつての上司で現在は雑誌の編集長をしている田丸という男から百舌事件の原稿を依頼されることからこの物語は始まるのですが、ここで州走かりほと朱鷺村の密談テープというのが証拠に出てくるんですよねえ。これに関する記憶がないために、私には機微がわかりません。
 極論を言えば背景は政治家同士の足の引っ張り合いなのですが、このテープの行方を巡って田丸は殺されてしまいます。
 そしてもう一筋ありまして、武器輸出三原則に違反した非合法輸出の告発が残間に対してあったこと。
 これは武器そのものではなく、部品という形で製品を北朝鮮なりに輸出している会社があるというものでしたが、これに関して調査事務所の大杉が関与することになり、そこで外為法などを扱う生活経済特捜隊に属する娘の東坊めぐみとバッティングすることになるわけです。
 倉木美希は、死んだ尚武や上司の津城の衣鉢を継いだかたちで警察庁長官官房の特別監察官という地位にいますが、大杉と付き合っているために、自然とこのストーリーにに巻き込まれていくことになります。

 百舌の狙いがわからなかったのは、私に州走かりほの記憶がないためでしょうか。
 彼女(彼)が、姉の復讐のためだけに殺人をおかしているのかどうかまったくわかりません。
 ただ、メキシコ料理店「ソンブレロ」で大杉と相席になった女性は、百舌だったと思います。なんとなく。
 あと気になるところは、美術学校の講師で大杉の手伝いをしている村瀬正彦と、美希を影で助ける警察きっての情報屋・内田明男。このへんは、次作で絶対に出てくるでしょうね。


 
 
 
 
 
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「生還者」下村敦史

 けっこう良かったんじゃないでしょうか。
 最後のほうは一気読みでした。
 20冊にものぼる参考文献からは、著者の真摯な取り組みと意気込みが感じられました。
 世界第3位の標高を誇るネパール・カンチェンジュンガを舞台にした、山岳ミステリーの傑作です。

 登山家の増田直志は、突然、兄を亡くした。
 兄は、カンチェンジュンガ山群の未踏峰に挑み、大規模な雪崩事故に遭って34歳の若さで帰らぬ人となったのだ。
 ここ数年、直志は兄と疎遠な関係が続いていた。
 兄は4年前、白馬岳の遭難事故で婚約者を亡くしてから、登山から離れていた。
 それなのに、なぜ山に舞い戻ったのだろう?
 しかも、高い遭難事故率で魔の山と呼ばれるカンチェンジュンガをなぜ目指したのか。
 山では、兄の登山隊6名とソロ(単独行)の計7名の日本人登山者が雪崩に巻き込まれ、兄を含む4名の遺体が回収された。
 現地で荼毘に付されて遺骨になって還ってきた兄の遺品のザイルに、不審な人為的切り込みを見つけた直志は兄の遭難死に疑問を抱く。兄は殺されたのではないか。
 そんなとき、ソロの登山者である高瀬正輝が救助されて日本に帰還した。
 記者会見で高瀬は、遭難中に兄の登山隊に途中で遭遇し窮状を訴えたが、鼻で笑って見捨てられたという。
 ただ、加賀屋善弘という隊員だけは登山隊と別れて、高瀬を救ってくれたと証言した。
 兄は山で困った登山者と出会って見殺しにするような人間ではなかった。
 やり切れぬ思いを抱える直志だが、雪山は開かれた完全な閉鎖空間であり、目撃者はいない。
 なすすべなく日々を過ごすうち、とんでもない事態が起きる。
 行方不明の2名のうち、登山隊の東恭一郎が奇跡的にドイツ隊に発見救助されて帰国したのだ。
 高瀬のとき以上のフラッシュを浴びて記者会見に臨んだ東の口からは、思いもかけぬ証言が飛び出した。
 高瀬という人物とは途中で出会ったこともなく、彼が英雄と称えた加賀屋こそ登山隊から装備と食料を盗んで逃げ出し、隊を窮地に追い込んだ張本人であると言うのだ。
 食い違う、ふたりの“生還者”の証言。
 一方は遭難中に遭遇した登山隊に見捨てられ、加賀屋に命を救われたと語り、一方はそもそも高瀬と会ったことはなく、加賀屋に装備や食料を奪われたと語った。
 正反対の主張。どちらが正しいのか、なんの証拠もない。ただひとり見つかっていない加賀屋の遺体以外は・・・
 登山家でもある雑誌記者の八木澤恵利奈と共に、直志は事件の謎を追う決断をする。
 兄がカンチェンジュンガの未踏峰に挑んだ理由。すべてはそこに答えがあるのだろうか!?

 ラストのライスシャワーに繋げるまでの流れは見事でした。
 雪とライスシャワー。不幸が幸福に転換される白の風景。いい余韻が残りました。
 参考文献の多さといい、専門的な雪山登山の描写は素人を騙すレベルではなく、玄人はだしのものだったと思います。
 雪山とは、なるほど開かれた閉鎖空間ですからね。
 まず証拠は残りません。口に雪を押し込んで殺して雪崩に遭ったといってクレパスにでも落としたらいいのです。
 へたしたら1万年くらい出てこないでしょう。
 遺体が出ても現地で骨にされますが、ネパールは司法解剖なんてやりませんから。
 まさに、ちょっとひねればミステリー小説の舞台にピッタリなんですよ、雪山は。
 ひねり具合もよかったと思いますよ。ふたりの生還者が正反対の主張をするというのはインパクトがあります。
 いい意味で気色悪いんですよ。
 この小説で鬱陶しかったのは、主人公がモテすぎるくらいでしょうかね。


 

「利休の闇」加藤廣

 一方は茶人として、一方は武士としてライバルを蹴落としながらその道の頂点に上りつめたふたりの男。
 天正19年2月28日の利休切腹に至るまでの、天下の茶頭・千宗易と関白羽柴秀吉の蜜月と対立を描いた歴史小説。
 いかにして「筑州」「宗易公」と呼び合った茶道の師弟が、いつのまにか「秀吉様」「利休」と立場は逆転し、反目し嫌い合うようになったのか? 利休賜死の真相とは。
 
 「信長の柩」を書いた人ですよね、この加藤廣という方。
 読んだはずなんだけど覚えていないなあ。
 というのは、本作はどうも「本能寺三部作」なる著者のシリーズ作品と少しリンクしているようなのですね。
 だから、宗易の弟子である山上宗二が真相を追い求めたつくも茄子の謎がこれを読んだだけではわかりません。
 本能寺の変のあとの信長がどうなったのかもわかりませんし、秀吉がどう関わっていたのかもわかりません。
 その背景を知っていれば面白かったかもしれないですが、なんか中途半端な小説でしたね。
 でも、資料として「今井宗久茶湯書抜」や「宗及他会記」を使ったのは面白かったです。
 こうして茶会の記録が残っているとは。参加者の記名の順序に茶人としてのプライドも見られます。
 加藤史観といいますか、歴史的な評価として凡庸に描かれることの多い越前の朝倉家を、家臣登用に一代限りの能力主義を採用した開明的な大名家と書いていたのも、初めて目にしたのでびっくりしましたね。
 秀吉と宗易の対立の結果も、まあ、ほぼこの通りだろうと思います。
 別に奇をてらってはいません。

 千宗易を主人公とした物語ははじめてではないのですが、私はどうもこの千宗易という人間を好きにはなれません。
 生臭いんですよね。
 ここにも書かれていますが、侘び寂び(わびさび)とぬかしながら大きい邸宅を持って、妾を囲っていたりします。
 なんとなく新興宗教の教祖のような、うさんくさい感じもします。
 もっとも、千宗易が信長に見出されて茶頭となった理由は、今井宗久や津田宗及のように茶道にかこつけて己の堺商人としての商売を追求したのではなく、堺の納屋衆としての立場は置いてひたすらに茶の道に精進した結果です。
 まあそれだけ商売では敵わないから、茶の道で宗及や宗久の上に行こうと賭けたのかもしれませんが・・・
 体は大きく精力絶倫で、ものすごくどスケベですしね。秀吉とどっこいどっこいですよ。
 天正9年には朝廷から奢侈(贅沢)を理由に罰せられています。
 ですから「利休」という名前を賜ったのは、はっきり言って秀吉と朝廷の嫌味ですよ。利を休め、ですからね。
 もしも千宗易に心服しているのならば、けっして千利休と呼んでいはいけません。本人も嫌がっていたことは間違いありません。
 
 当初、秀吉がまだ織田家の足軽大将だったときは、宗易は彼のことを筑州と呼び、秀吉は宗易公と最大限の敬意を払っていました。武士として成り上がっていくには何かが足りない秀吉にとって、茶道の師として宗易は欠かせぬ存在でした。
 それが秀吉がトントン拍子に出世するに及び、お互いの呼び方まで変わり、やがて秀吉は宗易を疎むようになります。
 秀吉が喫茶の手法を習ったのは、あくまでも武士としての出世とためですからね。
 そして己が天下人となって権威となれば、茶道の権威者である宗易がうっとうしい存在になってしまうのです。
 宗易は大名諸将三十余人の茶道の師であり、直弟子は数百人、日本一の茶道旦那(宗匠)です。
 宗易だってただ頭を低くしていればいいものを、突っぱねる反骨心があります。腹の中ではサルめがと思っているのです。
 人間というのは、いったん嫌いになるととことんまでいってしまうのが世の常です。
 両者の蜜月は天正13年、羽柴と徳川の和睦を境に終わりました。
 その後「朝顔一輪事件」ですとか「北野大茶会」とか関係悪化のイベントをはさんでついに宗易は切腹を賜るのです。
 宗易が織田家の筆頭茶頭になったのがおよそ天正元年(1573)、秀吉と初めて顔を合わせたのがおそらく永禄初期で切腹が天正19年ですから、ふたりの関係は30年弱続いていたと考えられます。
 よく大徳寺木像事件が切腹の直接の原因であるとされていますが、本作ではあくまでもそれは理由としてあとづけであり、長年にわたる秀吉と宗易の行き違いが積り重なり、秀吉の敵である徳川家康と行動をともにするような軽はずみな判断を宗易がしてしまったことが切腹の本当の原因であるとしています。
 極めて妥当で、そんなところだと私も思いますがどうでしょうか。
 秀吉にとって茶道はしょせん「遊び」ですし、宗易が茶道を法則化して権威付けるのはますます気に入らないのは無論ですね。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「焼刃のにおい」津本陽

 なるほど、面白かったです。
 これほど坂本龍馬が悪人に見える小説は初めて読みました。
 本作の主人公である鶴立長右衛門は架空の人物ですが、彼が所属した紀州藩の民兵組織・共和軍隊(法福寺隊)は史実であり、北畠道龍も実在した人物です。
 慶応3年(1867)に起きた伊呂波丸事件で、坂本龍馬率いる海援隊組織は、まるでヤクザのようなやり方で紀州藩から賠償金をせしめることに成功しました。
 読む本によっては、この出来事は旧弊幕藩体制に対する痛快事なんですが、紀州藩にとってはたまりません。
 もちろん紀州藩は歴代の将軍を輩出した雄藩であり、数万両の賠償金で財政は揺るぎませんが、サムライはメンツの世界ですからね。特に、伊呂波丸と衝突した当事者である明光丸に乗り組んでいた人間はどう思ったでしょうか。
 自分たちは悪くないのに、悪者に仕立て上げられ、藩が謝罪することになったことをどう思ったでしょうか。
 そういう視点でこの物語を読むと、ラストの出来事は極めて筋が通っています。
 読者に自然とそう思わせるのは、作者の腕でしょうが、そればかりではありません。
 現に、龍馬が近江屋で殺された後、海援隊の陸奥宗光が一番に紀州藩を疑ったことは周知の事実です。
 そして、今回はじめて私は気づきました。
 龍馬の暗殺者は「十津川郷士」を名乗って面会を求めたことが明らかになっていますが、仮に江戸の人間が身分を騙るとして、関西でも辺境の十津川郷士を騙るでしょうか。ふつうの関西弁も喋れないのに?
 東日本の方のしゃべる西言葉は、どう努力しても不自然です。取次の時点で怪しまれるのではありませんか。
 その点、紀州の人間ならば十津川村と隣り合った在所の人間が藩内におり、訛りを喋れるのですね。
 そこで作者が最後に出してきたのが、十津川村と隣接した紀州藩内龍神村の郷士であり抜刀術の名手・矢島清蔵でした。江戸から来た見廻組ではなく。
 このことに気がついたのは、本作のセリフがすべて方言で書かれていたからです。
 南海弁といいますか、私も同じような言葉を喋るのでわかりますが、関西弁とは違います。
 矢島の取次で部屋に侵入した長右衛門は、左の男(誰でもよかった。中岡慎太郎)の横面を薙ぎ、そのまま龍馬の頭蓋を断ち割った。伊呂波丸事件の恨み。気性の荒い雑賀衆の血を引く、紀州の人間としてのメンツ。ヤクザ者のようなやり方で紀州藩を恫喝した坂本龍馬への怒り。すべて、龍馬の長く尾を引く悲鳴と吹き出た脳漿という結末に繋がりました。
 この殺陣は完璧だったと思います。時代冒険小説でもこうはいきません。
 もちろん、暗殺の下手人は見廻組というのが真実であり、これがファンタジーだとしても、ファンタジーはともするとファンタジーではなく真実かもしれない、可能性が1%でもある限り、それは嘘とはいえません。
 あの坂本龍馬が殺されてスッとしたという意外な観点。だから、本作は面白かったのです。

 では少しあらすじと状況説明。
 万延元年(1860)。紀州藩においても、250年続いた太平の世は、武士を腐らせた。
 オロシャの船が沖合に現れただけで腰を抜かした藩士連中に失望した本願寺派法福寺住職・北畠道龍は、藩内に庶民で編成する軍隊を創設する。長州の奇兵隊よりも先んじたこの組織を日本体育共和軍隊とも法福寺隊ともいう。
 このとき40歳の道龍は柳剛流(足を斬る)剣術や柔術を知る武道の達人(京都本願寺の武術師範)であり、2年間長崎に留学していたこともあって、武士に頼らない民兵の育成が時流であることを知っていたのである。
 道龍のもとに80名の隊士が集まった。道龍の稽古はすさまじく、一瞬のゆるみも許されない。
 彼らは胸が張り裂けるほどの荒稽古を何年も強いられ、やがて気性が荒い雑賀衆の血を引く彼らは、柔弱な藩士を傍らへも寄せ付けない屈強な兵士となっていくのである。
 和歌浦で塩田の人足をしていた長右衛門もそのうちのひとりであった。
 母ひとり子ひとり、「サムライになれるから」と誘われ、最年少の12歳で入隊した長右衛門は、年少ゆえの柔軟さから道龍の教える武術をことごとく吸収し、たちまち頭角を現す。
 法福寺隊の初陣は、大和五条における天誅組の掃討だったが、やる気のない藩士隊と比べひとり気を吐く。
 慶応2年(1866)6月の長州征伐でも、芸州口で奮闘、苦戦の幕軍のなかで唯一勝ち戦を展開した。このとき隊士5百余名戦死15名。
 藩主茂承にその実力を認められた法福寺隊は、そのころ人口40万の7割が日傭取り(日雇い)であり、極めて治安の悪かった大坂の市中見廻りを仰せつかり、長右衛門はじめ戦で名を挙げた隊士たちは、今度は勤王を叫ぶ不逞浪士たちとも市井の決闘を繰り広げていく。


 
 
 
 
 
 
 
 
 

「池田屋乱刃」伊東潤

 これはなかなかの良作かと思います。

 風雲急を告げる幕末、元治元年(1864)6月5日。祇園祭の宵々山で賑わう京の街。
 三条木屋町の旅館・池田屋で寄合をしていた尊攘派志士たちを、会津藩配下の治安組織新撰組が急きょ襲撃しました。志士たちは約20名、建物に踏み込んだ新撰組は局長近藤勇以下4名。これが世に云う“池田屋事件”です。
 数的不利を物ともせず、この事件は新撰組の活躍で幕府側の圧倒的勝利に終わりましたが、壬生浪と蔑まれていた新撰組はその名を一気に天下に高らしめた一方、尊攘志士側は指導者的立場であった宮部鼎蔵ら維新回天の原動力となるべき逸材が多数死亡し、「明治維新が数年遅れた」とまで云われています。
 でもね、この「池田屋事件」のことを、どれだけの方が詳しく知っているでしょうか。
 切り込んだ沖田総司が血を吐いたことなど新撰組側からの視点はともかく、池田屋で寄合をもって急襲された志士側のことは、ほとんどの方が知らないんじゃないでしょうか。私が知っていたのは宮部鼎蔵という名前だけです。
 志士側には、どんな人間がいたのか。そして、そもそもこの寄合は何のために行われたのか。
 寄合を決めたという桂小五郎は、この事件にどのように絡んでいたのか。
 常説では、桂小五郎は池田屋に行ってみたが、まだ人が集まっていなかったので、いったん対馬藩邸に寄ったために襲撃から免れた、ということになっていますが、それは真実なのか。
 史実を根底に、知られざる池田屋事件の可能性を追う、作者渾身の5連作歴史ロマン・ミステリー。

「二心なし」
 食い詰めた伊予松山藩・中間の福岡裕次郎は、死のうとさまよっていたところを夜鷹のお吟に救われた。そのままお吟と暮らし始めた裕次郎は、彼女の勧めもあり、新撰組の入隊考試を受ける。自信のあった剣術はまったく通用しなかったが、全藩挙げての佐幕派である伊予松山出身ということが重宝し、土方歳三の命を受けて尊攘派に潜入し、新撰組の間者となった。三条家家士の丹羽正雄の用人となった裕次郎は、知らぬ間に政局の中心に放り出される。そして、己の損得勘定抜きで命を捨てて奔走する志士たちの情熱に、スパイでありながら、ほだされてしまうのだが・・・
 新撰組側の死亡者のひとりである奥沢栄助を絡めたラストは、脚色ながらも秀逸だったと思います。

「士は志なり」
 「自分らが帰ってこなかったら、龍馬には京を通らずに長州に行けと伝えよ」と言い残し、池田屋の寄合に出掛けた北添佶摩。土佐勤王党だった佶摩は、土佐藩江戸屋敷で龍馬に感化され、28歳で脱藩、蝦夷地海防の重要性を説き、彦根藩探査行や高野山遊説で名を馳せた、優秀な志士だった。長州藩の諜報網に一翼である桝屋こと古高俊太郎が捕縛され、事後の対策を協議するため、佶摩は宮部鼎蔵から池田屋に呼び出される。
 桝屋の土蔵には、中川宮邸に砲火するため、佶摩らが集めた武器弾薬が貯蔵してあった。
 土佐藩脱藩の北添佶摩は、池田屋事件で倒れた志士のひとりですが、初めて名前を知りました。

「及ばざる人」
 宮部鼎蔵は、豊臣秀吉の家臣として活躍した宮部継潤を祖とし、熊本藩兵学師範を務めた名門の出である。
 のちに140日間の奥州探査旅行を共にする、吉田松陰との出会いが彼の運命を大きく変えた。維新回天のために宮部は東奔西走し、文久3年(1863)には全国諸藩から集められた禁裏守衛のための御親兵3千の総監の座に就いた。
 松陰亡き後、池田屋事件のときは45歳。名実ともに、尊攘派志士たちの中心的存在だった。
 長州藩藩邸に居候していた宮部は、古高捕縛の急報を受け、この4月に長州藩京都留守居役を拝命したばかりの桂小五郎と善後策を協議するが、桝屋の土蔵に武器弾薬を貯蔵していたことを咎められる。
 
「凛として」
 松蔭門下四天王と謳われた俊英・吉田稔麿はこのとき24歳だった。彼は長州藩の穏健派として、今にも千切れそうな長州と幕府の間を懸命に周旋してきた。桂小五郎の尽力により、偽装脱藩した稔麿は、間者として旗本奥右筆の妻木田宮の家臣となり、すべてを見通していた妻木田宮にも気に入られ、幕臣として栄光に彩られた人生さえ眼前に開けつつあった極めて優秀な人材だった。尊攘派志士の暴発を防ぐため、桂小五郎に頼まれて池田屋へ志士たちを周旋した稔麿は、次の日、江戸へ出立する予定だった。寄合ですぐにでも囚われた古高を奪還しようとする京都商人の志士、西川耕蔵と言い争いになった稔麿は、桂に促されて一足先に藩邸に戻されるのだが・・・

「英雄児」
 明治10年。56歳になった元長州藩京都留守居役・乃美織江は、木戸孝允(桂小五郎)の京屋敷に呼び出される。桂は45歳にして死の床に伏せっていた。かつては同じ京都の最高責任者である留守居役として相役で、幕末の修羅場をくぐり抜けてきたふたり。しかし乃美織江は志士ではなく、藩の定期異動で京都に行かされただけの吏僚であり、彼では京の役目が果たせないため、国元よりやって来た桂は、明らかに年上の乃美を見下していた。お互いに嫌悪していたと云える関係だった。なのに、なぜ死期が迫ったこの時期に、桂は乃美を呼んだのか。
 明治維新の元勲・桂小五郎の、今生最後の望みとは、誰にも言えなかった「池田屋事件の真相」の吐露だった!
 ま、じゅうぶんあり得るでしょうね。
 でも、桂小五郎は剣術の達人でありながら、常に逃げる人でしたから、今更逃げたことを恥として体裁を繕うような作り話をするでしょうか。そこが問題ですね。
 いずれにせよ、長州の工作員である古高俊太郎の捕縛は、桂および長州にとって大きすぎる痛手でした。
 池田屋の寄合を前にして、志士たちの暴発を抑えなければ、たちまち会津藩や桑名藩と長州の戦争になりますし、だからといって何もしなければ拷問によって機密を知っている古高が口を割る可能性もあります。
 桂のことですから、ひたすら悩んだことでしょう。
 差料を回収したことは、池田屋が長州藩に近いという油断があったからにしても、大失敗でしたね。
 革命には血がつきものとはいえ、これだけの優秀な人材があたら若き命を落としていたのかと思うと、池田屋事件というものをどうしてこれまで勉強しなかったのかという後ろめたさと、派手なものにばかり引きつけられるという人の目の節穴さに、歴史にはまだまだ深い謎がたくさん隠されていると確信した次第です。



 
 
 
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