「マウス」村田沙耶香

 私のワンピースを見て、瀬里奈がかぼそい声で言った。
 「あんまり似合わないね」
 「わかってるよ」
 なぜだかちっとも腹が立たず、私は瀬里奈に歩み寄りながら言った。
 「瀬里奈って、本当に失礼だよね」
 「何で? だって、洋服って、少し似合っていないほうが可愛いでしょ」


 そうなんですよねえ(*^^*)
 服は、バチーンて似合っているよりも、少し似合っていないほうがかわいいです。
 これがわざとだと、あざとく感じるので、あくまでも天然で少し似合わない服をチョイスしなければなりません。
 これができる女子は、けっこうモテます。
 人間というのは、おそらく深層心理的に完璧さを怖がるのではないかと思います。
 人間らしさというのは完璧さからずれたものなのでしょう。
 だから、ちょっと外れた調子のほうが「安心できる、ほっとする」と言われるのではないですか。
 一年に一度くらい鼻毛が風にそよいでいるとか、エレベーターで軽く屁が漏れたとか、そういった絶対にないとは言い切れない格好悪さをしてしまったときに許される人格であること、これが楽に生きる秘訣でもあるし他人を幸せにできる余裕でもあります。
 本作は、自分を偽って他人に合わせる才能を持った女子と、自分を見せるリスクを怖がらない女子の葛藤を描いた青春小説です。

 少し、あらすじ。
 4月、クラス替えで5年C組になった田中律。
 ほとんど知らない子ばかりで不安だったが、なんとか「真面目で大人しい女子グループ」に落ち着いた。
 クラスの女子は最上級クエストであるイケてる子グループ、その下ににぎやかな子グループがふたつ、そしてその下に律らの真面目で大人しい子グループ、その下に教室の隅っこで少人数でヒソヒソ話しているキモいグループに分かれていた。
 しかし、C組にはどのグループにも属していない特別な女子がひとりだけいた。
 彼女の名前は塚本瀬里奈。祖母と二人暮らし。背が極端に高くて極端に痩せていた。
 瀬里奈は、まったく友達がいなかった。いつもひとりで座って宙を見つめていた。
 学業にも健康にもまるで問題がないのに、まったく喋らず、とてもよく泣いた。
 とても繊細であるのに、周りに対してひどく無神経で、彼女はどんどん疎まれ嫌われていった。
 あるとき、急に泣き出した瀬里奈がいつものように教室を抜け出してどこかに歩いていったのを、律は後をつけた。
 瀬里奈は解体前の旧校舎の中の女子トイレに入り、掃除用具の入ったロッカーで丸まっていた。
 辛いことがあると、ここにきて頭の中にある灰色の部屋に閉じこもることを想像すると、心が楽になるのだという。
 そんな瀬里奈に、あまりにも真面目すぎて大人しいグループからも脱落しかかっていた律は興味を持ち、くるみ割り人形の童話を話して聞かすようになる。自分の世界に閉じこもっている彼女に空想の世界であっても解放されて自由になれることを教えたかったのだ。すると信じられないことに、純粋すぎるがゆえに瀬里奈は童話の主人公マリーと同化してしまった。
 性格が180度変化した。いじめっ子の男子を泣かすまでになった。もともとスタイルも良かった彼女は、どんどんクラス内ヒエラルキーを突破して出世し、4月とは正反対の立場になって最上級クエストの女子グループと会話するまでになっていた。
 人畜無害を座右の銘とする律は、そんな瀬里奈の変身を嬉しく思い、同時に寂しくも思った。
 ふたりはしだいに遠ざかり、話をすることもなくなった。
 そして、8年後。大学生になった律は、瀬里奈と再会する。

 はい。
 タイトルの「マウス」は臆病な女の子という意味だそうです。
 名作「しろいろの街の、その骨の体温の」の前哨戦みたいな感じの作品でした。
 ですが「しろいろ~」にはいなかったここの瀬里奈みたいなキャラクターが私は読んでて一番好きかな。
 作者の村田沙耶香さんは小学校5年生のとき「暗い女子グループ」で、自分と「大人しいグループ」の違いはなんだろうとじっと考えていたそうです。だからこのような小説が生まれたのでしょうね。
 校庭の端のほうの草木らへんでたむろしているのは、大人しいグループなのかな。
 まあ、男子にはあまりわからない世界といいますか、実際に読んでいて胸が詰まります。
 面倒くさいですねえ、女子の世界は。
 その割には、同窓会の出席率は女子のほうがいいのですよ。
 そのときの腹の中は何を考えているのかわかりません(笑)
 見かけ(うわべ)だけですべて済む、と思っている子がいかに多いかということなんでしょうね。


 
 
 
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「しろいろの街の、その骨の体温の」村田沙耶香

 これは・・・すごかったです。
 「コンビニ人間」読む前に挟もうと思って読んだんですが、とてもローテーションの谷間ではありません。
 主戦格ですね、エースですよ。
 こんなすごい小説書ける人が36歳までコンビニでアルバイトしてるとは、世の中はほんと奥が深くて面白い。
 これこそ芥川賞じゃないの、コンビニ人間はこれより凄いのでしょうか。
 背筋が震えるくらいレベルの高い青春文学の傑作でした。

 あらすじ。
 主人公は谷沢結佳。彼女の小学校4年生から中学校2年生までの物語。
 舞台は、光ヶ原ニュータウン。結佳が小学生のときは、どんどん家が建って街が勢い良く広がっていたのですが、彼女が中学生になると日本の景気が悪くなって、一転街の成長は止まり、工事途中のまま残された部分が目につくようになります。
 それを「しろいろの街」と骨にたとえています。
 そして骨とは、子供から大人へ成長している途中にある結佳のことでもあり、その周辺のキャラクターのことでもあります。
 年代設定は、携帯が出てこないということは、バブルを挟んでいるということなんでしょうね。
 つまり、作者の実年齢(1979生まれ)に重なっているということで、これだけ生々しい雰囲気なのかな。
 結佳の周辺の人物では、小学校では仲が良かったのですが中学校では疎遠になってしまう信子と若葉。
 そして同じ習字教室に通っていて、結佳が危険な想いを寄せるようになる伊吹陽太。
 この3人が、あまりにも自意識が肥大して息苦しい結佳の青春を醸し出す存在としてくっきりと描かれています。
 中学校の2年E組では、女子の間に5グループの階層があって、若葉の属する見目麗しい上流階級、その下2つに元気で明るい女の子たちのグループ、そしてその下に結佳の属する地味で大人しい子のグループ、最底辺に信子の属するキモいと相手にされないグループが存在します。小学校ではつるんでいた結佳と若葉、信子がいかにして分かれていったか、彼女らはどうやってクラス内で処世をしていくか、そしてみんなから好かれてクラスの女王様からあからさまに思いを寄せられている伊吹陽太とE組の空気でしかない結佳の禁断の関係の行方はどうなるのか・・・ここらへんが最大の読みどころではないかと思います。

 いやあ、息苦しかった。
 女子は大変だねえ。めんどくさいですねえ。
 これほどまでじゃなくても、似たようなことはあるのでしょうねえ。
 私は貧乏で昼ごはんが食えなかったので、昼休みは体育館の横の水飲み場っていうの、あそこにずっといました。
 いじめられることはなかったですが、性格が難しくできているのであまり友達はいませんでしたねえ。
 夏祭りとか、私服がジャージしかなかったので、浴衣や甚平を着ているみんなから誘われることはありませんでした。
 それでも好きな子はできるようで、次から次にフラレていきました\(^o^)/
 今から思えば、楽しかったです。生きてさえいればどうにかなるのでね、金も。
 ですから、結佳が最後にカーストの外に出たときの解放された感がわかるなあ、少しは。
 クラス全体の価値観に縛られているうちは、自由になんかなれっこないですよ。
 底抜けの貧乏かバカ、あるいは陽太のように天然素材(実はラストで正体が知れる)でなければ、クラスの権力者に歯向かわない限りクラスという檻から逃げ出すことはできません。
 もちろん、すべてわかったうえで立ち回れる子もいるのですが、まあ、大体は大人になってみなければわからないことだらけですね。彼らにとっては、その街のその学校の中が世界のすべてなのですから。陽太が結佳に街の外を見せようとした意味、そこにありますね。
 いい小説でした。


 
 
 

 
 

「イノセント」島本理生

 震災から3年。
 生まれたばかりの紡(つむぐ)を抱えて、たったひとりで仙台から東京に出てきた比紗也。
 彼女は、心を硬くすることで、ようやく生きてきた。
 本職である美容師のほかにも、キャバ嬢だってやった。
 信頼や愛情なんて、幻想に過ぎない。わたしはひとりで生きてゆく。
 困ったときだけ下心のある男を頼ればなんとかなる・・・
 そんな比紗也の前に現れた、ふたりの男。
 ひとりは、イベント企画会社を経営する、独身貴族の真田幸弘。
 もうひとりは、14歳で神学校に入寮して以来、神にすべてを捧げる人生を歩んできた、神父の如月歓。
 彼らは、凝り固まった比紗也の心を開かせることができるのか。
 しかし、比紗也は尋常ではない、闇を抱えていたのである・・・
 その正体とは!?
 
 片方とは、性別を超えて同じ人生の重さを共有できるかもしれないが、男女として一緒に暮らせない。
 片方とは、どこまでいっても男と女で、内面をさらけ出すことは自分の人生がさらに傷つく危険をはらんでいる。
 さて、どうすればいい、わたし?
 みたいな感じの、島本理生の一応、恋愛小説。
 実際は、こんなに軽い物語ではなくて、少し重苦しいです。
 面白いかどうかも、微妙。ま、腕がある作家ですから、多少は読ませてくれますが・・・
 恋愛小説史上に残る不朽の名作「ナラタージュ」が100点とすると、本作は65点かなあ。
 「ナラタージュ」を超えるものは生み出せないねえ。もうすでに余生かなあ。
 それでも、人生に一作でも「ナラタージュ」みたいなのを書ける作家が10年に1人くらいしかいませんもんね。
 だからやっぱ、島本理生はすごい。余生といえども、付き合わなくてはいけません。
 ただ、不本意かもしれませんが、文芸小説家としてこれだけ濡れ場に迫力がある方は、いま、いらっしゃいません。
 かといって、エロ作家に転身してほしいというわけでは、毛頭ありません。
 
 この小説、どこがもう一つかというと、比紗也という女性の性格がイマイチよくわからない。
 リアルではあんがい、いがちなタイプなんですけどね。こういう方、たまにいます。
 何を考えているかわからない。男を惹きつけるフェロモンみたいなのを持っているし、モテるのにのめり込まない。
 ただし過去がすごい。家族がいません。ただひとり愛していた夫は震災で死に、生い立ちの貧しさゆえ夫の家族とはハナから折り合いが悪かったために、見守ってくれる人間もおらず、非常に寂しく出産しました。
 逃げるように、生きるために、なんのツテもない東京に出てきました。
 このあたり、作者の書き様もうまく、読んでいて身につまされましたし、ここらでようやく、比紗也という女性の生き様が、ある程度わかってきたのですが、真田に対する不信感がクドすぎたと思います、最後らへんで。
 もちろん、十分ありえるんだけど、怪我もしたしね、でもあそこまできて後戻りするのはクドいわ。
 もう勝手にせいや、こんな女ほっとけと思いました。
 あそこは、ひょっとすると、作者の書き方が悪かった可能性があります。意図というか空気がこちらに伝わりきれていないかな。

 比紗也のような複雑な女性に対して、真田と如月という対照的な男性ふたりの、恋のさや当てというのが、この物語の本筋であったのでしょうが、どこか中途半端に終わりましたね。
 1年ぶりに再会の意外にハッピーエンド? なラストも、別段感動はありませんでしたし。
 如月の、年が明けたら比紗也のための最後の仕事というのが、すわ、おっさんを殺すのかよと思いましたが、真田を函館にやることだったんですねえ。これはまあ、よかった。
 女を女としてしかあつかえない男。ふーむ。
 人間としてあつかってくれる男は、たいていブサイク。ふーむ。
 どっちも必要なんじゃないでしょうか。難しいねえ、男と女は。
 ただ、溢れかえる性欲をどんなことして押さえつけてでも、異性の友人というのは、何者にも代えがたい存在ですよ。
 この小説でわたしが一番好きだったのは、キリコですねえ。



 

「君の膵臓をたべたい」住野よる

 総合病院の待合室で「共病文庫」と名付けられた日記を見つけて、つい読んでしまった「彼」。
 そこには、高校のクラスメイトの女の子の、家族だけしか知らない“秘密”が綴られていた。
 しかし、それをきっかけに、ふたりは親しくなる。
 クラス随一の地味で根暗な少年と、明朗快活で容姿端麗、クラス一の人気者の少女。
 正反対な種類の人間であると自他共に認めるふたりの、暖かくて切ない触れ合いを描いた、傑作青春小説。
 
 なんとも切ない。
 正直云って、「彼」と同じところで私も泣きました。255ページです。
 普通、こらえきれんでしょ。これはたまらんな、飲みにでもいこかと思いました。
 でも読み終わったところで、少しだけ顔を空に向かって上げることができる、前に向いて進みたくなる、そんな小説ですね。
 どこか救われたような感じも残っています。
 桜良のポジティブな考え方に感銘したからでしょうね。
 彼女の日記のタイトルは、闘病日記ではなく共病文庫であり、その理由は「不治の病に冒された自分の運命を恨まない」から。
 出会いは偶然でも運命でもなく、今まで自分がしてきた選択の結果であるという考え方も大好きです。
 これは「彼」が共病文庫を読んでしまったのは偶然ではない、という想いも込めれているのでしょう。
 前向きだなぁ。
 彼女のポジティブシンキングのおかげで、「彼」も救われたし、また読者も救われたのではないですか。
 体はなくなっても思いはずっと続いていくのです、人と触れ合ってその思いはリンクしていくのですから。
 生きているということは、誰かと心を通わせること。その通りだよね。
 あなたは誰かと心を通わせる生活ができていますでしょうか・・・私はどうかなあ。
 
 それにしても、いい意味で軽くて、味わいのある物語でしたねえ。
 「セカチュー」と似ているようで似ている箇所は実は一箇所しかありませんから。
 物語としてあっちが上かもしれませんが、読んでプラスになるのはこっちです。
 登場人物と同じくらいの高校生が読んで、感受できたならば、すごい勉強になると思います。
 もちろん、オッサンオバハン老若男女、誰でも選ばずに何かを感じ取ることができる小説です。
 今、25万部売れてるそうです。不思議ではありませんね。

 大事なんですよう、男子にとって女子の友達は。
 共学ならば、よほどのことがないかぎり、知らず知らず相性が合って異性の友人ができると思います。
 もちろん、なれるタイプとなれないタイプがありますがね。
 男子の周辺3メートルに近づいただけで風呂場で百回くらい体をこすって消毒する女子もいますからね、中には。
 でもこの小説で桜良が言っているのは、「なれるタイプになろうよ」ということだと思います。
 鼻毛が10センチ伸びてるとか、風呂に半月入ってないとか、そういうんじゃないかぎり誰でも不思議とできるものです。
 そしてこれがまた、この異性の友人というのが、後々の人生にすごく効いてくるときがあるんですよ。
 たとえば男同士だと年取るにつれ、何らかの損益計算がついて回りますからね。
 古くて長い異性の友人にはあんがい、そんな憂き世を超越したところがあって、思わぬ時に力になってくれたりします。
 ただし、好きになっちゃダメですよ。ある意味、恋人よりも重要な存在ですから、感情や性欲で壊しちゃあいけません。
 この小説でよかったことは、彼らが彼氏彼女ではなかったことです。ならなかったことです。
 桜良にとっては彼だからよかったのであり、直樹にとっては桜良以外ではあり得なかったことです。
 これは恋人同士ではできなかったことでした。それ以上に、大切で貴重な関係でした。
 だから、この気持は、彼の中で永遠に続いていくのです。
 すなわち、彼女が生きているということなんですね。
 最後になりましたが、桜良さんに「良い言葉、ありがとう」と言いたいです。


 

「ウォーク・イン・クローゼット」綿矢りさ

 なんだかよくわかりません。
 2013年と2015年に『群像』に掲載された中編小説2篇で構成されたのが、本書。
 正直言って、綿矢りさの書いたものの中では、下の中の部類。
 これが他の作家の書いたものならいざしらず、綿矢りさらしさがまったく感じられない中途半端な作品です。
 どうしちゃったんだろうねえ。
 ひょっとしたら、創作の泉が枯れちゃった?

 史上最年少で芥川賞を受賞して颯爽と文壇にデビューした綿矢さんですが・・・
 私は同世代の者として、非常に注目しておりました。
 ちなみに芥川賞を同時受賞した金原ひとみも大好きな作家です。
 このときの芥川賞は30年に一度くらいの、豊作であったと思っています。
 綿矢りさ、金原ひとみ、どちらも稀有な女流小説家であることに間違いありません。
 まあ、最近確かにふたりともあまりパッとしないんですがね。
 ただ金原ひとみの場合は、情緒不安定ゆえの爆発力があり、「蛇にピアス」「マザーズ」など彼女にしか書けないものがあることは事実であり、絶対的な強みがあると思います。本が売れる売れないは別にしてですよ。
 ところが、綿矢りさの場合は、例えが難しいですが、特色がパステルカラーなものだから、差別化が難しい。
 その中でも、傑出した人間観察力でもって、これぞ綿矢りさというものを生み出してきました。
 私が一番好きなのは、「かわいそうだね?」に入っている「亜美ちゃんは美人」という作品。
 これは、読みながら物語の登場人物と同じタイミングで泣けるというものすごい小説で、そのどこまでも深い人間分析力(とくに女性に対する)には、感動というよりむしろ背筋がゾクッとするものを感じさせられたと思います。
 あれは、綿矢りさの代表作。間違いない。
  ところが、最近はらしくありません。
 なぜでしょうか。
 ひとつは、これまでの作品だと、小説の登場人物の年代に書いている自分自身が近いということがあったと思います。
 ところが、物語と違って人間は年を取りますから、オバサンになることによって、これまで自分が作っていた若者の世界からの齟齬が出てきたのではないかということ。自分が若い時と今の若い世代ではやはり、環境が違いますからね。
 だから、「大地のゲーム」みたいに作家として新しい方向を目指そうとして失敗している状態なのではないですかね。
 本書に収めれた2篇のお話も、なんとかエンタメ性を持たそうとして中途半端になって失敗しています。
 途中まではそれも成功しかかっているのですがね(私ものめり込んだ)、行き着くところがなんだかおかしい。
 結局、何が言いたかったのか、なんの話だったのか、わからないのです。
 予算のないVシネマみたいな、安物の話になってしまいました。近所のおっさんでも書けると思う。
 本当に、綿矢りさらしくない。
 復活を熱望しています。

「いなか、の、すとーかー」
 故郷のど田舎に帰って製作に励む若手陶芸家が、東京から追いかけてきた熱烈なファンにストーカーされるというストーリー。物語は二転三転します。途中まで、綿矢りさの新境地かと思って楽しんで読んでいました。
 が、薄っぺらい。Vシネ。結局、なんだったの?という。
 田舎のストーカーとは、都会に対する嫉妬であるという本筋で描ききれていません。
 ただ、ストーカーによる事件が最近多発してますから、偶然ですが、それに関連付けて読むことができました。
 愛しながら憎むというね。愛=憎悪ではないはずなのに、どうして両者は成立しているように見えるのか。
 見えるだけで両立していないのか、あるいは他人の男女間で愛という関係は幻かもしれません。
 自分の親や子供を愛するように、恋人や配偶者は愛せないのではないかということです。
 だから自分だけのものというように、取り込みたがってしまうのですね、性の対象だから。
 
「ウォーク・イン・クローゼット」
 これもよくわかりません、物語に芯がないです。
 早希という28歳のなかなか恋愛が成就しないOLが主人公。彼女は洋服のことが好きでたまりません。
 彼女には、売出し中のタレントである、末次だりあという幼なじみの親友がいて、彼女の住居には仕事柄、ウォークイン・クローゼット、つまり衣装専用の小部屋があるのです。
 早希は恋愛に真面目であるがゆえに、色々な男性とデートして本当に自分に合う相手を見つけようとしています。
 パネェ君(いつもパネェ!と叫ぶ笑)や、怪しい紀井さん、本命の隆史クンとかですね。
 ですから、洋服を男に喩えるということが、この表題作の展開の元であり意味でもあるかと思ったのですが、終盤、だりあがパパラッチに襲撃されたりして、思わぬどっちらけの方向に走ってしまったのは、本当に残念でした。
 面白かったのは、パネェ君だけ。
 以前の綿矢りさならば、早希とだりあの幼い時からの確執を混じえながら、本当に深い長編を書けたと思います。
 これほどまでに薄っぺらいと、もうなんとも言いようがないですね。


 
 
 

 
 
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