「失われた地図」恩田陸

 残念ながら、これは読んではいけません、地雷です。
 これを読んで面白かったと云う人は、まずいないと思われます。
 直木賞受賞第一作がこれですからね。
 まさかのトラップでした(ー_ー;)
 アマゾンの批評も見ていなかったので、思いっきり、躊躇なく走って真上から地雷を踏みつけて即死しました。
 直木賞を受賞した「蜜蜂と遠雷」とは、まるでレベルが違うどころか違う人が書いたのかとも思えた。
 たぶん鼻くそほじりながら、片手間で書いたんだと思う。
 まあ、たまにあるんですよ、恩田先生はこういう失態が。だいたいが水準以上なんですけどね。
 ちょっとFTっぽい作品に、出てしまうんです。
 本作は、一応ホラーなのかな。
 軍都と言われる、東京や大阪、呉、横浜の市街や郊外に、「裂け目」という時空の割れ目みたいなのが現れて、そこから「グンカ」という軍服を着て鉄砲を持った亡霊みたいなのがわんさか湧いて出て、そいつらが直接には市民に影響を与えないんだけど、ナショナリズムとか右翼思想と結びついて、社会が悪い方向に進むのを助長するのです。
 それを防ぐのが、先祖代々特殊能力を持っている風雅一族。
 髪に風車のついたかんざしをさした風雅遼平、その元妻で俊平の母である鮎観、就職したばかりの浩平。オネエで関西方面の仕事を受け持つカオル、全国に出現した「裂け目」の情報を得て仕事の段取りをする煙草屋。
 彼らが、「グンカ」と戦ってそれを「裂け目」の向こうの時空に押し返すとともに、裂け目を縫い合わせて閉じてしまうのです。
 むろん、時空の割れ目ですから、「グンカ」だけではなく、あらゆる時代の無念の思いを引きずった魑魅魍魎の類もまた、彼らの行く手を阻むことになります。
 
 まあ、どこが面白くないってすべてなんですが、まずキャラクターの人間関係など設定の説明がなさすぎ。
 いきなり本題に入って補足なしですから、これなにかの続編に違いないと早合点したくらいです。
 浩平なんてぼそっとセリフつぶやくだけで、何者なのかさっぱりわからない。
 風雅一族が、なぜ「グンカ」と戦っているのかも、まったく説明なし。
 だいたい「グンカ」というのが、一つ星の帽子を被っているて中国兵でもないのに、何なのかさっぱりわからない。
 かんざしで裂け目を縫うってのも、馬鹿馬鹿しいですよね。
 遼平は髪にさしてある風車のかんざしで、裂け目から流れ出る風を感じて、さらにそれで裂け目を縫って閉じるのですが、まったくのマンガ。カオルにいたっては、大きなグローブみたいな手でアイロンみたいに裂け目を溶かして閉じるのですよ、アホらしい(笑)ヤマトが波動砲撃ったのは、もう呆れるのを通り越して苦笑しました。
 何を思って(思ってないのでしょうが)、恩田陸ともあろう作家がこんな設定をしたのかほんと不思議に思う。

 やはり恩田陸のホラーやFTみたいな作品は、「三月は深き紅の淵を」とか「黒と茶の幻想」「黄昏の百合の骨」のようなのがダントツに面白くて、恩田陸らしさが一番出ているんじゃないですかね。
 もちろん「夜ピク」や「蜜蜂と遠雷」みたいなガチンコの青春小説もいいんですけども。
 美人の先輩に憧れる後輩みたいな設定で、怪しげな校舎の奥の方で何やらゴソゴソしているというのが、いかにも恩田陸らしい。雰囲気作家ですからねえ。オチを求めているわけではないのですよ、この方には雰囲気を求めているのです。


 
 
 
 
 
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「夜行」森見登美彦

 第156回(2016年度下半期)直木賞候補作になった「夜行」を読みました。
 とても幻想的な作品で、読み終えたあとはまるで夢を見ていたかのように、ぼんやり。
 物語全体が、濃霧のなかに包まれているみたいで、実感がありません。
 珍しい後味の作品だと思いました。変わってる。
 「蜜蜂と遠雷」が相手では仕方ありませんが、十分に張り合うことのできた一作じゃないですか。
 理系の作者ならではの、サラサラとしたねっちょりしていない文章は読みやすいですし、この方は京都を舞台にした物語が専門のようですが、魔境が似合う夜の京都の情景が目に浮かぶようで趣があったと思いますね。

 導入。
 鞍馬の火祭の夜に、仲間のひとりがまるで虚空に吸い込まれたかのように姿を消した。
 彼らは同じ京都の英会話スクールに通う生徒たちで、消えたのは長谷川さんという大学2回生の女の子だった。
 警察による捜査も虚しく、何ひとつ手がかりはなく、未解決のまま事件は風化した。
 そして10年。
 あのときの5人の仲間たちは、再び鞍馬の火祭に会合する。
 貴船の宿で、それぞれが旅の思い出話をするうちに、ある奇妙な符合に気付く。
 それは岸田道生という亡くなった銅版画家の描いた奇妙な版画が関係しているということだった。
 「夜行」と名付けられた全48作のシリーズで、ビロードのような黒の背景に白い濃淡だけで描きだされた風景は、永遠に続く夜を思わせる。いずれの作品にも、目も口もなく滑らかな白いマネキンのようなひとりの女性が描かれている。
 岸田道生は、日が昇る前に眠って日が沈んでから起きるという生活を続けていた。
 彼は連続する夜の世界で暮らしていて、そこで想像した日本各地の風景を作品にしていたという。
 10年ぶりに会合した5人の仲間たちは、それぞれの旅の風景で、「夜行」の場面に遭遇していた。
 そして、不気味な世界が彫り込まれた版画の漆黒の世界に、気づきもせぬまま魂を絡め取られていたのだった。
 おそらく10年前の長谷川さんと同じように・・・

 5人は、リーダーの中井、一番年かさの田辺、紅一点の藤村さん、一番年下の武田君、そして大橋。
 順番に、己の体験した不可思議な話を披露していきます。それが章構成になっています。
 トップバッターは中井で、彼が尾道に行った奥さんを連れ戻す話だったんですが、なんか違和感を感じました。
 ? みたいな。だって中井はホテルマン殺したんじゃないですかね。なんでのほほんとここにいるんだろと思って。
 その流れで次の武田君の話は、ほんとに怖かったです。これがマックスだったと思いますね。
 4人のうち誰か2人が死ぬような話で、私は武田君自身が死んだと思いました。おそらく武田君と美弥さんの内通していた2人が霊感おばさんの予言通り死んだと思いました。でも、貴船まで来てるということは武田君は生存していたということです。
 ?? ですよね。
 最年長の田辺の話で、あることに気づきました。
 天竜峡に向かう電車の中で出会った不思議な女子高生が「悩んでるつもりですけどね」っていうセリフを言うのですが、これ、中井の話であった長谷川さんのセリフそのままなんですよ。
 「あ、これ、ひょっとしたらそれぞれの話に長谷川さんが姿を変えて紛れ込んでいるんじゃないか」と思ったんです。
 武田君の話ならば瑠璃、藤村さんの話では佳奈ちゃん、というふうに。
 10年前に消えた長谷川さんは、形を変えてそれぞれの人生に登場しているのではないかと。
 
 結果、違ったわけですけどね。
 マルチバースといいますか、表と裏、、陰と陽、夜行と曙光という多元世界が種明かしであったわけです。
 もちろん、10年前の鞍馬の火祭で消えたのが長谷川さんや大橋ではなく、中井であったり藤村さんであったりした世界もどこかに存在するのではないでしょうか。人間消失はともかくとして、その時その時の選択によって宇宙は無限に分岐していくというのが、現在の物理学の考え方の主流になっています。
 私やあなたがブログをやったり見ているのではなく、既に死んでしまっている世界もどこかに存在しているはずです。
 結局、「夜行」という版画は、怪奇現象を引き起こしたわけではなく、謎を解くモチーフになっていたということです。
 でも、夜のほうの世界は少しおかしいと思いますけどね・・・
 ひょっとしたら、夜の方は完全に閉ざされているのではなく、たまに光が紛れ込んでいるのかもしれません。


 
 

「コンテクスト・オブ・ザ・デッド」羽田圭介

 生物として、魂の入れ物としての肉体は、まぎれもないオリジナルだ。
 しかしそこに入れられた中身も、オリジナルだといえるか?
 教育や社会的規範、身の回りに無数に飛び交っている文脈を疑うことなく吸収することで、
 中身のようなものが形成されていった。
 つまりそれは、漂っていた無数の文脈を、ただ己の心身に転写しただけではないか。


 どういうジャンルといえばいいのか、ゾンビモノなんですが、単純なエンタメ系ホラーとは云えません。
 作者が作者ですからね、はんかくさい文学性が濃厚に臭う。
 むしろ中間小説といってもいいかもしれません。
 もっとも、今更ゾンビホラーにエンターテインメントとして新しいネタがあるのかというと怪しいですから、本作は、ゾンビを大多数の画一化というメタファーとした文芸作品であるという視点も成り立つでしょう。
 問題は、それがあるばかりに読み物としての面白さを損ねていることです。
 面白けりゃいいんだよじゃだめだと作者も物語のなかでキャラクターに言わせていますが、それは卑怯だとも思う。
 ハッキリ言って本作のようにどっちつかずの中途半端になるよりは、ベタなスプラッターのほうがいいと思います。
 綾辻行人のあれなんだっけ、殺人鬼でしたか? あんなようなのでいいんじゃないですか。
 なかには創作活動に関する面白い表現も目立ち、あとにいくほどゾンビと人間のバトルシーンも慣れたのか描写に迫力が増してくるのですが、しょせん、羽田にはこの辺が限界かなと、作者の事象の地平線を露呈する一作となりました。
 
 簡単にあらすじ。
 大手出版社の文芸部編集者である須賀は、小説家と待ち合わせた場所に向かう途中、渋谷のスクランブル交差点で人だかりを発見、のぞきこんでみるとそこにはゾンビがいた。ゾンビは知らずに通り過ぎようとした女性に噛みついた。
 日本だけではなく世界中に、映画の中だけの存在だったゾンビが大量発生。
 ゾンビ化の原因は不明で、病原菌やウイルスは発見されなかった。
 心停止し、体温が21度ほどまでに下がり、脳幹以外の脳部分は極度に不活性化し、顔は青っぽく、ゆっくりとしか歩けないというのが、これまでにわかっているゾンビの身体的特徴だ。
 ゾンビになった人間は、尻の上に特徴のある斑が現れる。映画のように脳を破壊すると死ぬ。
 問題はゾンビ化するまでのステップで、一度死んでからゾンビとして蘇生する場合、ゾンビに噛まれやがて生きながらにしてゾンビなる場合、火葬され遺体すらこの世に存在しないはずなのにどこからかゾンビとして復活し現れる場合、の3パターンがある。
 物語の主な登場人物は、須賀を含め6人。
 売れない小説家のK、10年前Kと同じ文学新人賞を受賞した美人作家の理江、区の福祉事務所でゾンビ通報ダイヤルを担当している新垣、ゾンビがいないという北海道に一家で疎開する南雲晶、17歳の女子高生で不幸にもゾンビに噛まれてしまった青崎希。彼らは、ゾンビが徘徊する社会をそれぞれの方法で生き抜こうとする。
 はたして、生き残るのは誰か? それとも人類は全滅するのか・・・

 ゾンビ化するパターンなんですが、火葬されて遺体がないのにゾンビとして復活とありますが、あれはそっくりさんのコピーだと思いますね。この小説は、ゾンビは没個性のメタファーとして描かれていますから、そういうことなんじゃないかと。
 ゾンビ小説に神経質な整合性もクソもないかもしれませんが、遺体が無いのにゾンビになるのはやはりおかしいのでね。
 一体目のゾンビがこの世にどうして現れたのか、それはあらゆるゾンビ映画でも最大の謎なんですが、この小説の場合は噛まれないまま大量発生というところでしょうね。
 まあ、好意的な見方をすれば、噛むイコール影響を与えるというメタファー的な読み方もできるわけで。
 直接、影響を与えなくとも(噛まなくとも)、どんどん影響を受けてしまう、受けたがる凡人たち、ということでしょうか。
 あとは・・・
 大御所作家の女性の耳を甘噛みする大先生、あれはモデルがいるような気がするなあ。WJ?


 
 
 
 
 
 
 

「ふたつの星とタイムマシン」畑野智美

 「タイムマシンでは、行けない明日」が良かったので、同じようにタイトルにタイムマシンが入っている本作を読んでみました。それぞれ単発のSF短編集かと思ってましたが、登場人物や話の筋がぼんやりと繋がってくる連作作品集でした。
 しかも!
 なんと、「タイムマシンでは、行けない明日」にも繋がっているという、まさかの展開にビックリ。
 まあ、色々捉え方はあると思いますが、後ほど。

「過去ミライ」
 東北の大学でタイムマシンの研究をしている平沼教授の物理学研究室。2016年、部屋に出入りしている20歳の西村美歩は、偶然の出来事から、この研究室に本物のタイムマシンが置かれていることを知ってしまった。
 彼女は5年前に戻ってやり直したいことがあった。中学を卒業した後の春休みから付き合っている、彼氏のあゆむ君が、美歩と付き合う前に他の女の子と付き合っていたことが許せないのだ。ぜひとも、中学3年生の私を見つけ出し、誰よりも先にあゆむ君に告白するように言いたい。

「熱いイシ」
 大学3年のときから付き合って10年、フミと広文は2年前に念願だったカフェをオープンした。しかし、次第に広文はカフェの仕事よりも趣味の骨董集めに熱中するようになり、ふたりの会話はすれ違いはじめる。広文の実家がたいそうな資産家であることも、フミの中に鬱屈した気持ちを抱かせたままだ。そんなとき、常連客の田中くんが、“アツイイシ”という不思議な鉱石を持ってきた。この石を握りしめて質問を受けると、質問に対する気持ちの強さで石の色が変わるというのだが・・・

「自由ジカン」
 中学2年生の大道は、クラスでも目立たない普通女子だ。しかし、それもこの夏休みが終わるまで・・・
 彼女には子供の頃から、物を動かせる念力と、時間を自由に操れる不思議な力があった。
 彼女は自分をテレビで売り込み、超能力アイドルとしてデビューしようと試みる。

「瞬間イドウ」
 「ここ、どこ?」 目を開けたら、さっきとは違う場所にいた。OL歴10年の32歳経理部・一ノ瀬は、会社の給湯室でお茶を入れていたはずが、突然、万里の長城に瞬間移動したのだった。はじめは慣れなかったが、しだいに彼女は瞬間移動できるコツをつかみ、あらゆる外国に出没するようになり・・・

「友達バッジ」
 小学校3年生のサトシと哲は、いじめられっ子コンビだ。友情の証としてふたりだけのピンバッジを身につけ、いつも河原の秘密基地で遊んでいる。同級生に見つかれば、ふたりとも蹴られたり殴られたりするが、ひとりでやれれるよりマシだ。
 ある日、サトシは向かいのアパートに住んでいる田中くんから、不思議な力を持った缶バッジをもらう。これを身につければ、誰とでも友達になれるという。

「恋人ロボット」
 西村美歩の彼氏であるあゆむ君目線。東京に遊びに来ていた美歩が仙台に帰り、夏休み明けの大学で、彼は不思議な光景を目にする。それまでまったく女に縁のなかった部活の先輩や友人たちが、みんな彼女を連れているのだ。
 それは人間にそっくりなロボットだった。5年前に発売された家事用ロボットが進化し、ソフトを入れれば携帯やパソコンの役目も果たし、今では初期費用こそ高いものの、維持費は携帯電話と変わらないという。
 あゆむ君は仙台の美歩のところに行くお金で、ロボットを一台買ってしまう。

「惚れグスリ」
 小さなデザイン事務所に同期で入社して6年半、田中くんは、長谷川さんのことが好きで好きでたまらない。
 誘えば飲みにいったりご飯を食べにいったりするのだが、その先へは進めなかった。
 長谷川さんには、踏み込めない部分があった。おそらく、彼女の地元である種子島に関係があるのではないかと思っている。最近の長谷川さんはつとにキレイになってきた。焦る田中くんは、いつものカフェで思わず「惚れグスリでもないかなあ」とつぶやくと、なんとカフェのオーナーの広文が「惚れグスリならある」という。

 まあ、どことなくほんわかとした味付けの薄い7篇の作品でしたが、気になるのはやはり、「タイムマシンでは、行けない明日」との関連ですね。
 この世界、ロボットが進化して普及していたり、超能力があったりと、私たちの宇宙とはちょっと違うようです。
 しかし、平沼昇一教授は長谷川さんの事故を防ごうと過去にきたまま帰れなくなった丹羽光二その人でしょうし、最終話の長谷川さんの話といい、この世界は「タイムマシンでは、行けない明日」と同じとみて間違いないでしょう。
 問題は、作者がどこまでそのことを意図していたかということですね。
 当初、特に最初の「過去ミライ」を読んで、私が考えたのは、本作が「タイムマシンでは~」の原点になったということでした。これから話が膨らんでいったのだろうな、と。長編にするために。
 ところが、最終話の「惚れグスリ」を読む限り、どうみても作者の頭の中で同時進行として「タイムマシンでは~」の構想があったとしか思えませんねえ。辻褄が合いすぎるんだもの。ただ単に、ここの話をつなげたものではないはずです。
 こっちを先に読んだほうが良かったか?
 まあ、いいか、それは。
 それは置いといて、この作者の男女の会話、西村美歩とあゆむ君なんかは読んでいて楽しいです。
 次は、SF抜きの、作者の専門分野であろう、青春小説を読んでみようと思います。


 
 
 
 

「タイムマシンでは、行けない明日」畑野智美

 魚住さんは、未来や過去を変えたら駄目だと言っていた。
 けれど、僕は過去を変えたい。
 過去を変えたら現在や未来も変わるということは分かっているが、それで僕がいなくなるわけじゃない。
 他の誰かの未来がどうなってもいい。
 僕は、長谷川さんの生きている未来が欲しい。


 時空物SF青春ミステリー。
 面白いです。レベル高いです。
 初めて読む作家でしたが、これからも読んでみたくなりました。
 少年時代に好きな人を事故で亡くした物理学者が、タイムマシンで過去を変えにいくのは、いかにもありがちなストーリーですが、そこからが普通ではありません。さすが、プロの作家と言える作品に仕上がっています。
 何も書かれていないラストが、特に好き。

 さて、ネタバレ最小限にあらすじ。
 仙台にある大学の物理学教室博士課程1年目、丹羽光二は時空に関する研究をしている。
 わかりやすく言えば、タイムマシン。
 物理学の論理では、時空を超えることは不可能とされている。
 しかし、彼にはタイムマシンを研究したい強い理由があった。
 高1のとき、好きだった女の子を初めてデートに誘った当日、待ち合わせ場所で、その女の子は彼の目の前で車に轢かれて死んだ。故郷は種子島だ。光二はロケット開発者になるのが夢で、その日はロケット打ち上げの観測に、以前からずっと好きだった女の子を誘ったのだ。当日、告白するつもりだった。
 彼女の名前は長谷川葵という。長谷川さんが死んだことで、光二の人生は大きく変化した。
 それから好きな人もできなかった。あの時の長谷川さんに会いたい。言えなかった僕の気持ちを伝えて彼女の気持ちを知りたい。そして事故が起きないように過去を変えたい。
 その思いで、一心に不可能なタイムマシンの研究を続けてきた光二だったが・・・
 実は、可動しているタイムマシンがすでにあったのである。しかも、すぐそばに・・・
 光二の研究室には、現在は退職しているが井神教授という世界的に名声のある物理学者がいた。
 タイムマシンは、太平洋戦争中に、井神教授が戦争から逃げるために作ったものだった。
 もちろん極秘である。タイムマシンの管理は、研究室で密かに先輩から後輩へ受け継がれてきた。
 そして、光二は、一期上の博士過程にいる魚住さんからタイムマシンの存在を教えられたのだ。
 事故があったあの日、2003年11月23日に戻ることを光二は決意する。

 うーん、面白かったし、味があったねえ。
 想像した展開ではまったくありませんでした。
 こういう世界もあり得るんだよねえ、現在の物理学では。パラレルワールドは存在すると言われています。
 そのときの選択で、無限に未来が分岐しますが、それぞれに宇宙があると考えられているのです。
 ダークマターにしても、違う宇宙が観測できれば、謎が解けるのかもしれませんから。
 おそらく何万年経っても、できませんけどねえ。
 タイムマシンも絶対に出来ないでしょう。
 SFの中だけの代物ですが、さんざん語り尽くされてきたこのタイムマシンネタも、こういう新鮮な話がまだまだ作れるのですね。よかったよ、畑野さん。
 で、宇宙センターにいた村上さんですが、おそらく事故した村上さんの子供だと思います。
 3歳になる娘がいて、彼女が熱をだしたので予定が狂ったと書かれています。
 彼女は彼女なりに、父の起こした事故を過去に戻って変えたかったのだと思います。
 だけど、光二と同じように元の世界に帰れなくなりました。
 村上さんのいた世界は、光二が元いた世界とはまた違う世界です。
 とすると、港に村上さんの父がいなかったのは、すでに光二より先に村上さんが過去を変えていたためと思われます。
 だから、長谷川さんではなく光二が轢かれたわけです。
 井神教授が光二に村上さんのことを黙っていたのは、長谷川さんのことを含め、光二の気持ちというか人生が落ち着くのを待っていたからではないでしょうか。


 
 
 
 
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