「ボクの大東亜戦争」萩谷朴

こういう戦争もあったのか、と思えるほど風景の違う第二次世界大戦の戦記です。
著者は日本古典研究の第一人者であり大東文化大名誉教授であった故萩谷朴先生。
二松学舎で教師をしているときに二等兵として召集されスマトラで従軍した三年半の青春の記録です。
当然ですが、写真が残っていないのが残念です。しかし、著者は「花便り」としてハガキに現地で求めた色鉛筆で植生を写生し内地の家族に送っていたのが現存し、本の表紙裏と裏表紙裏にはそれらが掲載されています。いかにもエリートの学者らしいですね。14メートルのワニを見た話もあります。

さて、風景が違うと書いたのは、戦闘の場面がほとんど出てこないからです。わずかに、敵機との遭遇があったくらいで、スマトラという地がアメリカの進行ルートには関係がなく、戦闘らしい戦闘もないままに終戦を迎えたからなのですね。しかも、資源の豊富な土地でもあり衣食には何不自由ない楽園のような場所でもあったのですね。もちろん原住民たるイスラム系のアチェ人と華僑、支配者たる日本軍、問題も多くあったようですが、少なくともマライ半島など他地域よりは支配被支配関係もおおむね良好であったようです。
著者が衝突するのはほとんど軍の上司ばかりなんですね(笑)こっぴどく殴られる場面もよく出てきます。
なんせ正義感が強いというか、名家のぼっちゃんらしくきかんきも強く、夫としての貞操も頑なに守るジェントルマンであるがゆえに、日本軍というか人間の横暴さが我慢ならないのですね。まさに、萩谷朴という一地球人がたったひとりで戦っていたと言えるでしょう。だから面白いんです。終戦後、復員船で外地を離れるとき、白人が「ゲラウト、ジャップ!」と叫んでいるのを見て「バカヤロー」と怒鳴り返せる人ですからね。

配属していたのは主に野戦倉庫という軍の生産管理部みたいなところです。木材や塩などを現地人を使役して生産、管理、運搬するのですが、まさに八面六臂の活躍、たぶんこの人は学者でなく貿易業など実業の世界に身を置いても大成功したでしょうね。アチェ人や華僑との関係でも決して偉ぶるところもないし、言葉も覚えて人間つきあいをするので尊敬され、大事にされ、前任者から現場を引き継ぐや生産量は跳ね上がるんですね。そのくせ、上司に嫌われているので軍内での出世は縁がなく、三年半の間、ほとんど一等兵として活動していました。ですから、面白いんです。
もっとも一番面白かったのは
「わくらばに 問ふ人あらば スマトラに 野糞垂れつつ 侘ぶと答へよ」
という短歌を詠んだところでしょうか(笑)
こういったおかしき青年たちが鉄砲を担いで外国で青春時代を送っていたことが、いまの日本人と大きく異なるところなんですよね。そして創られる国のかたちも違ったものになっていくんだろう、と思います。

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「ぼっけえ、きょうてえ」岩井志麻子

ぼっけえ、きょうてえ?普通、何だろうかと思いますよね。意味の想像すらつきません。
これ、岡山の方言で、「とても怖い」「めっちゃ恐ろしい」という意味みたいです。
そして表題作以下4編の心凍える恐怖の短編すべて明治期の岡山県を舞台としています。
作者も当然岡山県の出身ですね。

しかし、なんと言いますか怖いかどうかは別にして女性作家ならではの残酷さというか、なかなかに読むのが辛い物語です。
岡山県が舞台ですが、岡山市や倉敷市といった山陽の都会の話ではありません。北の寒村や瀬戸内の小島が背景なのです。岡山市のことは物語の中で貧しい田舎に対する比喩といった形ででてくるだけです。
そしてこの作家の手にかかれば、瀬戸内の漁村でも殺人的な日射で老いは早く、よそ者はなじめない排他的な土地柄と設定され、まして北のわびしい寒村など言うにも及びません。
掘立小屋みたいな粗末な住まいで両親もおらず兄妹ふたりきりが、村八分にされながら牛馬同様の食生活で飢えをしのぎ、兄は戦争で取られ、残った妹は情の無い家に引き取られて働かされボロ布みたいになる、というような話はなかなかに読みにくいでしょう。読んでて苦しくなってくるのですね。
しかし、半面この作家の実力ではあるのです。実の入った物語になるんです。

「ぼっけえ、きょうてえ」日本ホラー小説大賞。女郎屋の遊女のきょうてえ語り話。
「密告函」死病の流行る寒村。匿名の密告箱担当の男と妻の物語。
「あまぞわい」瀬戸内の漁村。干潮時に現れる岩場にまつわる二つの伝説。
「依って件の如し」貧しい農村で懸命に生きる兄妹。巻き起こる事件と恐怖の秘密。

私が一番良かったと思うのは、「依って件の如し」です。ダントツです。
60ページほどでありながら内容は濃厚でありホラーでありながら、最後は唸らせてくれるほどのミステリー仕立てでもあります。そして怖いですよ

「赤緑黒白」森博嗣

本作でもってⅤシリーズは一応の完結となります。第10弾「赤緑黒白」、面白かったです。
思えば、S&Mシリーズ、Ⅴシリーズ合計20冊を読むのに1年ほどかかりました。
これは順番に読んできたからこそ楽しく読み込めたと思っているんです。
そして、本作でまた新たな謎が生まれてしまいました・・・最後の最後でまさか・・・
私は書評ブログを滅多に見ないようにしているのですが、もし私が見逃しておればアウトのような問題ですので、是非ググってみたいところですが、タネがわかればそれはそれで面白くないというジレンマに苦しんでします(笑)
ともかく、「これから森博嗣どうしよう、適当に一休みみたいな感じで短編パラパラして」とこの本の最後を見るまでは思っていたのですが、どうやらS&M、Ⅴのシリーズに続く「四季」シリーズに早く行かざるをえないようですね。それだけの謎を、作者が残してくれました。有難く頂戴しておこうと思います。

さて、本作の内容ですが・・・
ずいぶんとスリリングな展開です。こんなのはシリーズファースト「黒猫の三角」以来といっても過言ではないかな。リズムも良く、展開が早いですね。懐かしい名前も出てきます。秋野秀和、は「黒猫の三角」で主役級の活躍(笑)、「捩れ屋敷の利純」では名前だけ登場しました。紅子と秋野の面会は、S&Mシリーズの冒頭にあった、西之園萌絵と真加田四季の面会を思い起こさせましたね。そしてそれは、映画「羊たちの沈黙」でジョディフォスター演じる捜査官とハンニバルレクターの面会を想起させます。何故なんでしょう?天才の会話だからでしょうか。会話といえば、相変わらずここでも上手だったです。練ちゃんと紫子さんね。そして気付きました。この工学博士で小説家の森博嗣というおっさんは、登場人物と登場人物を化学反応させて様子を見ているのですね。つまり、紫子さんと保呂草を反応させればどういう化学変化が起こるだろうとか、実験しているんですね。私はそう確信しました。だから、人間関係の描写が際立っているんです。会話も生きているんですね。

そしてなぜか、読み終えた私の脳裏に浮かんだのは村上春樹の「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」です。本作に天才が登場するからでしょうか。記号と化した死体がでてくるからでしょうか。
なぜか、神に近づいた天才が、周りを記号としか感じえなくなったとき殺戮にいたる、という啓示は、本作でうかがえるところでもあるのです。
とすると、それを書けるのは殺人者の心臓を持っている、ということなのかもしれませんね。

「叫びと祈り」梓崎優

あまり読み込めませんでした・・・梓崎優(しざきゆう)。
この本は今年度の本格ミステリーベスト10の2位にランキングされ期待していたのですが
師走のドタバタとしている時期に読む本ではない、と思います。
淡いパステルカラーの風景画みたいな印象の作品ですので、出来れば緑風が優しく前髪を揺らすような穏やかな春の一日に、ストレートティーでもいただきながらページをゆっくりとめくってみる、これがいいと思います。
私のように飲み会の段取りをつけたりかからぬ電話にいら立ちながら慌ただしくページを飛ばしあいまに焼酎をぐいぐいとやっている、こんなことではこの本の良さはわからないでしょうね。

さて、内容ですが5つの短編から成り立っています。
それぞれ独立したものではなく、主人公はすべて同じ「斉木」君。彼は七ヶ国語を喋ることができ、ジャーナリストとして世界各地を飛び回っています。
最終話の「祈り」では大団円というかそれまでの作品と繋がってくるので、連作小説集というよりもひとつ作品として見ることもできますね。物語も同様の格調があって、それがこの新人作家の特徴です。
「砂漠を走る船の道」は西アフリカの砂漠が舞台、「白い巨人」はスペイン、「凍れるルーシー」はロシアの修道院、「叫び」はブラジルのジャングル、「祈り」はなぜでしょう、日本の病院です。
読み終えて、斉木君の喋れる七ヶ国語はどこなんだろう、と考えた人間は私くらいかもしれません。
まず、西アフリカはフランス語でしょうな。そして、スペイン語、ロシア語、ポルトガル語、英語。あと二つは「祈り」の中にヒントがあって、たぶん中国語とアラビア語だと私は思っています。

まあなんだかんだですが、もう一回読んでみなければいけませんね。
新鮮で格調高い雰囲気を感じたのは事実ですし、「命」というものに対する捉え方は、文化文明に左右されて決して世界で統一された見方たりえない、であるから殺人という行為にしても、人がなくなるという行為にしても、たとえば外国人としてその場面にあなたがそっと置かれた場合、あなたは一方向からの側面しか見ることが出来ないかもしれない、といったテーマは感じました。
祈りの洞窟の話も同じことが言いたかったのでは、と私は思いましたが、さあどうでしょうか・・・

「坂本龍馬を斬った男」今井幸彦

今井信郎。京都見廻組の剣客にして坂本龍馬を殺害したと言われている人物です。
本書は今井信郎の孫にあたる方が1971年に祖父の業績をまとめたものです。今井といえば暗殺犯としか知らなかった私は、彼が会津戦争、五稜郭の戦いなどを幕軍側要職として生き残り、戦後八丈島に初めて学校を設立した人物であったりすることを知りませんでした。
極めて近い血縁者ならではの家伝、口伝を交えながら龍馬事件のみならず、今井信郎という一幕臣の生涯を綴った名著です。以下、今井信郎にインタビューするという形式で本書の内容を簡単に紹介します。

Q「あなたは強いんですか」
今井「18で直心影流榊原先生門下、3年で免許、講武所師範代、横浜講武所勤務をえた後、講武所教授を務めた。大政奉還のころに腕を見込まれて京都に呼ばれ、見廻組与力頭。解散後は衝鉾隊隊長として北越戦争、会津戦争、箱館戦争という幕軍対官軍の主な戦場の最前線を走り回ったわ。河井継之助や土方歳三の最期も見た。わしが生き残ったのは運が良かったからじゃ。だいたいな、剣術の免許とか目録とかいう人を斬るのは素人を斬るよりはるかに容易、剣術などは習わないのが安全」
Q「坂本龍馬を暗殺しましたか」
今井「やったぞ。しかしな、世間が言うように暗殺などではない、あくまでも公務執行じゃ。あやつは寺田屋で同心をピストルで殺しよった。いわば警察官殺害の凶悪犯よ。今となってはそんなこともあったなという感覚じゃけどな。わしの人生の一エピソードにすぎん」
Q「谷将軍などは今井は嘘を言うておる、下手人は新撰組の原田だ、などと反論していますが」
今井「人殺しは俺に違いないといい張って争うバカがどこにおるか(笑)」
Q「ひとりでやったのですか」
今井「いや。某と二人で2階に上がった。取り次いだ下僕の相撲取は後ろから斬ったの。奥の部屋に入ってびっくりしたのは2人おったことじゃ。わしが「坂本先生おひさしぶりです」言うたら、「はて?」と顔を上げたから、そこをサッと斬った。もう一人のほうは某が拝み打ちに斬っておった。わしは倒れた龍馬の背中を袈裟に斬った。とどめの一撃は振り向いた奴の鞘で防がれた。さすが坂本龍馬、豪勇の士よ。新撰組が手を出せんかったわけじゃ。しかし、膂力は弱っておったから力でねじ斬ってやった。とどめを刺したわ。わしも右の人差し指を怪我した。ほれ、今もあまり動かん。気付くと後ろで隊長の佐々木只三郎が「もうよい、もうよい」言うてたな」
Q「某、とは誰ですか」
今井「新政府に出仕したからあまり言いとうない。清河八郎を斬った見廻組の隊士じゃ」
Q「維新後はどうされましたか」
今井「裁判後、特赦で解放された。西郷先生の骨折りで死罪を免れたからの。静岡に寄っておった家族のもとに帰った。これからの世の中、学問がどんなに大切か剣や槍を振り回すことがいかに愚であるかを説いた。弟は東大に入れたし孫も東大じゃ。わしも静岡や八丈島に学校を建ててな、教育関係に力を注いだ。西南戦争のときだけは心が動いた。西郷先生のためになろうと昔の仲間を募って決起したがの、間に合わなかったわい・・・それからはの、静岡の山間に引き込みひっそりと心の安住を求めておった。キリスト教にも入信したの。大正7年、78歳まで生きたぞ」
Q「最後に聞きます。龍馬事件を教唆したのは誰なんです」
今井「知らん。わしは命令に従っただけじゃ」

「知ってても言わんがの」

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