「私の男」桜庭一樹

作者の頭の中をのぞいてみたい小説ですね。
第138回直木賞受賞作である本作はとてもつもなく変わっています。強烈な背徳です。
しかし、不思議なんだけどよーくわかるんだなあ。それこそ沁みてこんでくるみたいに、その情景のヒトコマヒトコマが身近に感じられるのです。うまいんでしょうね、作者が。
奥尻島の震災、不覚にも私は忘れていました。第1章で見たときは、主人公は神戸出身なんだとしばらく思っていました。しかし、そうではないことを知ってなるほどと。紋別市なんて行ったこともないし、でも北の黒い海があったからこそこの物語が出来た、と言っても過言ではないでしょう。白砂に陽光がきらめく夏の太平洋とかでは、湿ったこの物語の背景になりえません。
あくまでも、この小説の背景は北の暗い海なのです。

そんな話をよくもまあ、豆さんみたいな顔ですが美人である桜庭一樹という女性が書いたなあと。
乾くるみはおっさんですが、桜庭一樹は女性です。天才でしょうね。
「私の男は、ぬすんだ傘をゆっくり広げながら。こちらに歩いてきた。」冒頭です。
いいでしょう?盗んだでも偸んだでもない、ぬすんだ。平仮名。これがいい。
退廃した男の描き方も素晴らしい。淳悟という人格の創り方が際立っています。腐野という名字も面白い。

小説は6章からなり、それぞれ花という主人公以外の人物の視点で語られた章もありますが、何よりこの物語の奇抜なのは章ごとに時間が逆行していることです。
第1章の内容は花の結婚式、花と淳悟の別れ(花24歳)ですが、最終章は花と淳悟の出合い(花9歳)なのです。
私は、最終章を読み終えたあと、もう一度第1章だけ読んでみました。すべて逆から読んでみる、というのも面白いかもしれないし、また違った感想をもつかもしれません。
まあ、これは桜庭一樹にしか書けないでしょう。
背徳的なとんでもない内容でありながら、その文学的センスの高さ、布団の湿った匂いまで漂ってくるような表現の上手さ、そして人間の血に潜むその仄暗い神性にまで触れようとした挑戦、傑作だったと思います。

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「ルームメイト」今邑 彩

今村 彩の本を初めて読みました。
なぜそういう気になったかというと、新聞の広告で見たからです。
ルームメイトという本が重版を重ねて20万部を突破しているらしいのです。
ちょっと調べてみると、1997年に発行された10年以上前の本です。興味をそそられました。
沸々と下火が燃えていたのでしょうか。

最初、本を手にとったとき、「ラノベ?」かと思いました。
北見隆さんのカバーイラスト、久しぶりに見たような気がしましたね。
ところが読んでみるといきなりのスプラッタ惨殺。
どうなるんだと思いつつ、平易な文章で読みやすく、二転三転する展開、210Pで確信した私の推理はものの見事に外れ、あっと・・・驚くラストまでサラサラと読めました。
ラストは良かったと思いますし、そのせいで物語全体が引き締まって、しっかりとした読後感がありました。
たまに読んだ後ネギがしおれたように気持がしぼむような本もありますが、これはさすが売れ続けている理由がわかる気がします。色々な層に読みやすく、紹介しやすいんでしょうね。

にしても1997年とはこういう世界であったのですね。
物語の骨子である「24人のビリーミリガン」を初めとするサイコが語られた時代であったのかもしれません。
そういや小説もそういうジャンルのものが増え、作者が表紙裏で書いてる通り猟奇的な事件が続発しました。
本作はその流行の「多重人格」を物語のテーマとして描きながらも、工藤が神社のご神体を語る場面を読めば、作者ならではの捉え方があることがわかり、それがラストの場面と重なって奥深いものとなっています。

「胡蝶の夢」司馬遼太郎

松本良順を知っている人がどれくらいいるでしょう?
名前を聞いたことがあるという程度であれば10人に1人くらいはいるでしょうが、その事蹟を知っている方は30人に1人くらいではないでしょうか。
本書を読むことによって私も晴れてその30人の中に入ることができたわけです
物語は良順だけではなく、島倉伊之助(司馬 凌海)、関寛斎という二人の準主役というべき人物の人生をも展開していきます。彼らに共通している事柄、それは幕末の動乱期の人間であること、そして長崎において外国人に指導された医師であったということです。

私が読み残している司馬遼太郎の長編も残りわずかです。
中には「翔ぶが如く」のように読みにくくて苦労したのもありますが、だいだいにおいてその圧倒的な文字量も気にならないリズムよく読める作品が多いです。
もはや日本人の青春のバイブルと言っても過言ではない「竜馬がゆく」、昭和の大河ドラマブームの火付けとなった「国盗り物語」、この人が生きていれば日本の運命は変わったであろう大村益次郎を鮮烈に描いた「花神」は私の一番好きな物語です。これら代表作は色々あり、人によって好みの作品は分かれるでしょうが、変わらないのは、「司馬遼太郎」という出色の歴史作家に対する評価かもしれません。それを裏付けるのはその圧倒的な資料研究の量と蓄えた古今東西隅々の知識でしょうね。
フィクションである、と言われても、その人物に関する資料を彼は最大限研究し、その人格性格を吟味し、小説という物語の世界を歩かせれば、その姿勢でさえその通りではなかったか、と思えるほどに司馬遼太郎の書く人物は時を乗り越えて読む者の心に甦ってくる想いがします。

「胡蝶の夢」という題名は、あとがきによれば「荘子」からとったもので、良順ら登場人物を儚い蝶になぞらえたものだそうです。司馬作品の中では一番美しい題名ではなかったかと思います。
本作のキーワードは、「蘭」です。
硬直化した青銅の巨人が崩れるが如く、何百年と惰眠をむさぼった江戸幕府が倒れる刹那の物語を、ヨーロッパの小国であるオランダという国が、当時の日本の最先端の科学者であった医師に与えた影響を背景として、間接的に日本の文化に革命を与えた模様が躍動するように描かれています。
「医師の前には何人も平等である」良順を通して、科学(天)の前には人間に階層も階級もなく、儚い一匹の蝶の人生に過ぎないということも言いたかったのかもしれません。



「日本兵捕虜は何をしゃべったか」山本武利

興味深い内容の本でした。
今までの太平洋戦争観、帝国軍人観が覆るような本です。
著者が直接アメリカ国立公文書館で発掘した英文の資料によって構成されています。
その資料とは、連合軍が捕えた日本兵捕虜に対する尋問の中身であったり、戦闘で死んだ日本兵が身に付けていた作戦資料や日記などです。

ATIS(南西太平洋連合軍翻訳尋問部隊)という組織がありました。マッカーサーはこれを極秘にしていました。この部隊はアメリカ在住の日系二世などを主とした日本語解読機関であったのです。
そして日本が敵性語として英語を排除したのと反対に、アメリカは敵である日本語を学ぶために各地に日本語学校が作られました。この時点で情報戦は完璧に差がついたと見るべきでしょう。
日系人は開戦当時、アメリカでひどい差別を受けていました。ATIS内においても白人兵と昇格で差はつけられていたようですが、それだけにがむしゃらに日本軍の文書を解読し、捕虜を尋問し、自分のルーツである日本を敗戦においやるためアメリカという母国のために忠誠を尽くしたのです。重要な日本軍の作戦要項を発見したため勲章を授かった兵士もいます。

ドイツ  9,451,000
フランス 5,893,000
ソ連     215,000
日本     208,000

これは本書に載っている赤十字発表の第二次世界大戦国別捕虜数です。
どうしてソ連と日本は少ないのか?ソ連は捕虜となって帰還すればシベリア送り、日本は銃殺か強制的自害が待っていたからです。「生きて虜囚の辱しめを受けず」といった武士道精神の軍隊教育も大きかったことでしょう。
また、ガダルカナルなどの大戦初期においては将校のサーベルが連合軍に人気であったため、生きたまま日本将校を射殺したり、ちょっと気色悪いですが金歯や頭蓋骨(プレデターかよ)を記念とした例もあるらしく、捕虜となるものが少なかったのです。
しかし、いざ日本兵は捕まえてみるとしゃべるしゃべる・・・
私たち後世の想像とはかけ離れた資料が本書には詰まっています。
捕虜となってみると言われていたように拷問処刑どころか、ちゃんと食糧も与えられ、病院で治療までしてくれるのです。
どうしてもっと早く投降しなかったのだろう、と供述した兵士もいます。
自ら進んで連合軍に協力し、日本軍の作戦や拠点の場所、部隊構成などを供述した捕虜のなんと多いことか。
それほど日本における軍隊教育と軍部構造は間違っていたということでしょう。
最後に、これは日本兵に投降を呼びかける米軍のビラに書かれていた捕虜の糧食の内容です。
投降すればこれだけ食わしてやる、つまりメシで釣ったのです。

魚及び肉類  136匁(1匁は3,75グラム)
米及びパン   95匁
馬鈴薯     75匁      バタ、脂肪類  24匁8分
野菜類     84匁      茶、コーヒー  17匁8分
穀類      11匁3分    砂糖  37匁7分
果実      35匁2分    牛乳  68匁

腹が減っては戦が出来ぬ、です。

「セカンド・ラブ」乾くるみ

これどうなんでしょう・・・
「イニシエーションラブ」は大変面白かったですし好評であったので、乾くるみには質の高い恋愛ミステリーを望む声が多くあったことは確かだと思いますし、もちろんそれを書ける技量は卓越しているので、私も読む前は期待していましたし、実際、短時間で楽しく読み通せたのですが。
たとえは違いますが、いきなりチャートトップに躍り出た新人アーティストが二作目で重圧に押しつぶされるとは言いすぎかな。新人ではありませんし、恋愛ミステリーだけの人ではないんですけどね。

イニシエーションラブはすっきりまとまっていたのですが、本作は作者に苦心のあとがうかがえます。前者は書く前からすべての形が出来上がっていた、つまり読んでいる者を最後の段階で落とし穴に突き落とすまでの道しるべがしっかりしていましたが、本作はひょっとしたら最初に想定されていた落とし穴は具合が悪くなって、途中で違う穴を掘りだしたのかもしれません。
169ページあたりからゆっくりと読みだして、ラストをさらにじっくりと読み終えたあと、おもむろにタバコを1本吸い、気になるところをパラパラと読み返し、大きく息をついたあと、私は「わかりません」と応えました。

すっきりとした答えがないです。むしろ、それを作者が狙っているなら傑作だな!と言えます。
これ実は死んだのは春香で美奈子が生きているんじゃないですか?でもそれだと内田家の家族とか高田尚美とか騙せないでしょう。やはり美奈子が死んで春香が一人二役をやっていた?のでしょうか。

「セカンドラブ」ってどう訳しましたか。
これ中森明菜のヒット曲と同じ題名です。「二度目の恋なら・・・」と歌う詞があります。
物語も同じ1980年代前半を時代背景としています。乾くるみはおっさんなのでこの曲は知っているでしょう。
「二度目の恋」がテーマなら春香が主人公のはずなんですよねえ。
では何故、金銭的に恵まれている彼女が、いきなりパブに飛び込んで求職したのでしょうか?美奈子はこれより前に死んでいることになっています。これが私には合理的にはわかりません。
ですから、私はこう解釈することにしました。
春香には霊感があります。ラストでもしっかり見えています。
一卵性双生児である美奈子の霊魂が彼女に憑依したと考えればどうでしょうか。
春香には一時的に美奈子の人格になるときがあったと。
だから、パブでのユキとアキの彼女への評価が違ったものになったのではありませんか。
ユキはミナ(春香)を魔性の女と言い、アキは堅い女であると言っていたと思います。
また、尚美曰く初めての男を自殺でなくして落ち込んでいた春香が、正明も自殺でなくしてわずか半年後に成田空港にいるでしょうか。春香の人格はそんなものではなかったんじゃないでしょうか。

もしも春香の中身が美奈子だったら?だんだんと美奈子の魂が浸透していけば?
セカンドラブは美奈子が勝ったんです。

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