「地球儀のスライス」森博嗣

S&Mシリーズが完了し、Ⅴシリーズが始まる前に刊行された短編集です。
10編の作品で構成されています。書き下ろしは2作です。
前の短編集「まどろみ消去」に比べると幅が広がったような感じを受けます。

第1話「小鳥の恩返し」父が殺害された事件。真相を知る小鳥と真犯人の意外な正体とは!?
第2話「片方のピアス」自殺した後に自分で放火できませんね?トオル兄さんさようならの手紙を書いたのは、トオル自身なんでしょう?二日後に帰国することもわからないんだから。しかし、サトルが生きていることにしても物語が成り立つようにわざと作られています。
第3話「素敵な日記」レザーのカバーがしっとりと手になじむ日記。それが頭に想像出来てしまうからこそ騙されるんですね。
第4話「僕に似た人」これを読んだだけではわかりません。次の「石塔の屋根飾り」を読めばわかります。そしてこの作品が書き下ろしであることの意味もわかるはずです。
第5話「石塔の屋根飾り」西之園萌絵、犀川創平らS&Mシリーズの面々が登場する番外編ですが、けっこう面白いです。巻末に記されていますが、作者が実際に耳にした研究上の実話らしいですね。
第6話「マン島の蒸気鉄道」これも前話と同じように諏訪野イタズラ系の話なんですが、イギリスのマン島のモチーフをテーマにした作品です。大御坊安朋はS&Mシリーズ「数奇にして模型」に登場しましたね。
第7話「有限要素魔法」死ぬまでの一瞬の夢、そして時間とは個々の脳内の幻ですね。
第8話「河童」珍しく少し古典的でファンタジックなオカルティックミステリー。
第9話「気さくなお人形、19歳」Ⅴシリーズのメンバーである小鳥遊練無が初登場します。少しだけ、シリーズ中とキャラが違っているような気がします。プロトタイプでしょうか。物語の内容は、Ⅴシリーズの「六人の超音波学者」「朽ちる散る落ちる」に関係する話です。ああそうっだのか、と私はいまごろ思いました。
第10話「僕は秋子に借りがある」面白い。これはだれかモデルがいるのでしょうか。彼女はなぜ僕に会いにきたのでしょう。そして僕は何の借りが秋子に対してあるのか、切ない話です。あまり森博嗣らしくはないですね。

以上10編、私のお気に入りは「石塔の屋根飾り」と「僕は秋子に借りがある」です。
どっちか選ぶとするなら「僕は秋子に借りがある」。
30キロの道のりを歩いて会いにきた秋子。僕が「また会えるか」と聞いたときからいなくなりました。
僕が舞台の端役をしていたのも知っていた秋子。いったいいつから僕のことを知っていたのでしょう。
そしてどうして「今」だったのでしょうか。
僕に何を残そうとしたのか考えたとき、ぞっとするような気もします。

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「ジェネラル・ルージュの凱旋」海堂尊

いやあ、面白かった
チームバチスタの栄光から本作にいたり、海堂尊という現役医師の小説家としての高いポテンシャルは確定したような気がします。
一気に読めてしまう作品でした。大満足です。
こういう作品にたまに出会うことは人生の大きな喜びであります。
もっと物語が続けばいいのに、と思いながら読みました。これからの作品もますます楽しみです。

本作は「ナイチンゲールの沈黙」と同時期という設定になっています。
水落冴子を乗せた救急車の場面から始まる第1章はそのまま同じといってもいいくらいです。
違ってくるのは、「ナイチンゲールの沈黙」が同じ救急車に同乗している浜田小夜の世界の話であるのに対し、本作はICUの看護師である如月翔子の世界であることです。
二つの物語は同時進行しており、登場人物もおのずと重なっています。
本作を楽しむためには、「チームバチスタの栄光」と「ナイチンゲールの沈黙」を読了し、おおまかに記憶していることがのぞましいでしょう。

如月翔子の世界は、浜田小夜と同じ東城大学医学部付属病院の「オレンジ新棟」です。
小夜は2階の小児科勤務でしたが、翔子は1階の救急救命センターです。
ジェネラル・ルージュと称せされる救急救命センター部長、速水晃一にスポットが当たります。
「救急救命センター速水部長は、医療代理店メディカル・アソシエイツと癒着している。VM社の心臓カテーテルの使用頻度を調べてみろ。ICUの花房師長は共犯だ」
愚痴外来ドクターにして神経内科窓際講師のくせにリスクマネジメント委員会委員長である田口の院内ポストに投函されていた、謎の告発文。
果たして告発者は誰なのか。速水に収賄の事実はあるのか。
現在の救急救命医療制度の欠陥、矛盾がリアルに語られます。
また、捜査に乗り出した田口の前に立ちふさがるエシックス(倫理問題審査委員会)の壁。
エシックス委員長である精神科沼田助教授との死闘。
白鳥の補佐を務める姫宮の満を持した登場。
ラストに近づくにつれ人間味あふれるドラマも展開され優しくなっていきます。
まごうことなき医療小説の傑作です。

「レイテ戦記」大岡昇平

「レイテ島の戦闘の歴史は、健忘症の日米国民に、他人の土地で儲けようとするとき、どういう目に遇うかを示している。それだけではなく、どんな害をその土地に及ぼすものであるかも示している。その害が結局自分の身に撥ね返ってくることを示している。死者の証言は多面的である。レイテ島の土はその声を聞こうとする者には聞こえる声で、語り続けているのである」

示唆的な巻末で締めくくれられる、本書「レイテ戦記」。
1972年の刊行です。太平洋戦争終戦から30年も経ってないのですね。
三巻からなる本書を読み始めて最初の感想は「読みにくい・・・」です。
文体は司馬遼太郎に近いです。細部が緻密です。ちょっと上の空で読み飛ばすと、どこがどうなっているのかわからなくなります。フィリピン、レイテ島の地図は必須です。
逆に、地図を観ながらしっかりと文章を追えば、日米両軍の死闘が軍靴の音までも脳裏によみがえってくる想いがします。

レイテ島はマニラのあるルソン島から南、観光地として有名なセブ島の東に位置するフィリピンで八番目に大きな島です。
昭和19年10月よりニューギニアを突破された日本軍の絶対防衛圏の決戦場として、反攻に転じたアメリカ軍の日本本土に迫る橋頭堡として、凄惨な戦闘の舞台となりました。
レイテ戦における両軍の被害は米軍4000、日本軍は90000に及ぶといわれています。
海戦では、有名な大和型超弩級戦艦「武蔵」が沈没しています。
そして高所では「マレーの虎」として有名な山下泰文大将がフィリピンの戦局を統括していました。
また、「神風特攻隊」はこのレイテ戦場で誕生したのです。
1分900発撃てる軽機関銃を装備した日本軍特殊空挺部隊、陸軍が生産した輸送潜水艦の存在、丸太舟で脱出した司令官、敵上陸二日目にして投降を誘う軍医中尉と絶望的な作戦の中決死の斬り込みを敵飛行場に行った150名の16師団兵士、そして禁忌的な人肉食にまつわる真摯な考察、おおよそ太平洋戦史に興味のある人間は目を通すべき事件がしっかりと記されており、その公平で達観的な視点からの信憑性は高いです。
著者は戦時、レイテ島の隣のミンドロ島で警備兵をしていたので、当然、臨場感もありますね。
他にも、アメリカ公刊戦史も研究した詳細すぎる戦闘の記録(戦後30年も経過していない時点での戦記は生き証人が多いため当然であろう)は他本に類を見ない圧倒的なリアリティが存在します。

戦争とはいったいなんなのでしょう。
アメリカ兵は祖国から数千マイル離れたフィリピンで雨の中泥濘にまみれて命をかけて戦うことに腹を立て、日本兵もまた物量にものをいわせる米軍の戦闘を卑怯と感じ、弄られることに腹を立てていました。
当時からフィリピンはゲリラの活動が活発で日本軍も苦悩していました。
現在でもミンダナオ島等にはゲリラの存在が知られていますね。
約40年前に刊行されたこの本からは、私の記憶には存在しない、そして日本人が忘れかけている昔の大戦が、生々しく湯気をともなった痛烈なここ最近の出来事として蘇ってくるようです。
そして本書に登場してくる名もない何万人もの日本、アメリカ、フィリピンの人々が、決して忘るるなかれと諭してくれているように思えるのです。

「主審告白」家本政明

2010年5月24日、サッカーの聖地、イングランドのウェンブリーで行われたイングランド代表対メキシコ代表の国際親善試合でその男はピッチに立ちました。日本を代表するレフェリーとして。
私はワールドカップ前にこんなことがあったなんて知りませんでしたが。
あの家本が主審に招待された、それも当時Jリーグにイングランドから招かれていたレフェリーの強い推薦を受けていた、なんてこと夢にも思いませんでした。メディアは報じたのかな?
ともかく、本書はその出来事から始まります。
正直、いやなスタートだなぁと思いましたね。

家本政明というスペシャルレフェリーに対する私個人の感想は差し控えますが、芳しいものではありません。このひとは、2006年9月、Jリーグの判定で一貫性を欠く、と判断され研修措置を受け香港リーグに飛ばされていた時期もあります。
帰国して復帰戦、たしか新春の高校選手権の決勝で現れたときは、驚愕して呆然とした覚えがあります。
そして記憶に新しい2008年のゼロックススーパーカップ広島対鹿島戦においては、試合をコントロールできなくなり、退場者3人、警告11枚、PK戦蹴りなおし2回、サポーター乱入など失態を演じ、日本サッカー協会は無期限に家本主審にJリーグの試合を割り当てないと発表しました。
確か、川渕元チェアマンも激怒していましたね。私もテレビ中継を観ていて唖然としました。
逆にこんなことがあったから、本書があるんでしょうね。
実際、非難中傷罵倒のメールや電話、手紙が殺到したらしいです。家族にも尋常ではない被害が及び、著者も審判引退を真剣に考えたようです。
しかし、人生の師匠であったり理解者であったり家族に支えられて、彼はJリーグのレフェリーとして復活するのです。
本書はゼロックス戦の苦悩からウェンブリーでピッチに立つまでの過程を、家本政明にインタビューする形でスポーツライターの岡田康宏がまとめたものです。
そこには家本主審の反省の言葉もあるし、審判として、人間として成長できた軌跡、審判員の目からみた日本サッカーの課題、はては人間の正しい走り方歩き方まで、なかなか面白いネタが詰まっています。
主審の目からみた世界というのは、我々からすると別次元の視点なわけで、そこが面白かったですね。
一方で現役の審判員がこうした暴露まではいかなくとも赤裸々な告白をするというのはどうなのか、ということも考えながら読みました。
ある新聞に「レフェリー通信」という記事で松崎審判委員長が連載していたのも大きかったかもしれません。
私も楽しみに読んでいましたが、「あれは誤審である」とか内容も明快でフェアなもので、Jリーグの試合を生観戦すると審判に対して憎悪の感情がわき起こることの多かった私も、最近は審判もまた人間であるということが理解できつつあります。だからレフェリングに対する野次はやはり逆効果なんでしょうね。

かくいう私も家本主審のレフェリングをしばらく見ておりません。
きっと根は真面目で正義感が強いタイプなので基本的にはレフェリーに向いていると思います。
ただ、融通が利かなかったのですね。精神的に弱かったですね。
本書で書かれているとおりなら、著者はサッカーを楽しんで穏やかにレフェリングできているのでしょうか。
本書の感想はピッチの彼がコントロールするゲームを一度この目で観てからにします。

「歌うクジラ」村上龍

2006年より4年間「群像」で連載された作品です。
作者は村上龍、私にとっては「半島を出よ」という近未来サスペンスの傑作を読んで以来の村上作品でした。
「半島を出よ」を読んだときも感じたんですが、村上龍の目は煮詰まった世界の先を見越しているようですね。
これからの世界は、地球は、人類はどうなっていくのか。
誰もが感じている不安や期待を決して突拍子もない妄想ではなく、あんがいこの中のどれかは未来で当たってるんじゃないかと思わせるほど、考えられた、調べられた物語です。
もちろん村上龍の卓越したセンスが土台にあってからこそなんですけども。
ただし、「半島を出よ」は近未来の設定で読みやすかったですが、本作は途中、文学的側面もあってとっつきにくい感じもあります。表現が難しく、書かれている未来のメカや社会を想像するには個々で差がでるのは仕方ないでしょう。
そしてそれらが丁寧に丁寧に書かれているので、逆に脳に負担がかかるのですね。

物語は2110年の日本です。
いきなり人間が魚類だったころの鰓のなごりの穴が開いているクチチェという種類の人間や、大昔に埋め込んだICチップが原因で腕が壊死している老人が現れたりするので、どうなることかと思います。
またテロメア切断という、ある遺伝子を切除して急激な老化を促進させる医学的刑罰(このへんの作家の想像力はさすがである)によって主人公であるタナカアキラの父が処刑されたりします。
登場人物はカタカナの名前です。「半島を出よ」でもカタカナが多かった気がします。
で、このタナカアキラという15歳の少年が、犯罪者と脱落者が集められた社会の最下層である九州の離島を脱出して、父の遺言である人物に会うために、冒険を重ねる、というのが物語の唯一の骨格です。
上巻まではスリルあふれるファンタジーでしたが、下巻は間延びしましたね。

なぜ題名が「歌うクジラ」かというと2110年の世界では1400歳の生きたクジラ(聖歌を歌っていた!)の研究によってSW遺伝子(シンギングホエール)を注入され寿命が驚異的に伸びた優良選抜人類がいたのです。
クジラうんぬんはともかく、不死の遺伝子の研究は人類の夢でしょう。
ただ、ラスト近くになって思いましたが、やはり死なないことは人間にとって非常に辛いことであるかもしれません。
あと印象に残ったこと。
ガスケットという未来のスポーツ。スポーツの好みは変わらないと思うんですがね。
棒食という携帯食糧。魚肉ソーセージが急に食べたくなったのは私だけではないと思います。
これらの楽しい要素もあり、難しい話ですが次に何が起こるか想像もつかないという期待が抱ける物語も滅多にあるものではなく、村上龍的な未来観=死生観を覗いてみるのも悪くないと思います。

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