「イノセント・ゲリラの祝祭」海堂尊

新たに彦根新吾という人物が登場します。
ある意味でこの物語の主人公であり作者海堂尊の分身でもあるこの男、房総救急救命センターの病理医をしているのですが、なんと過去では「雀荘すずめ」で田口、島津、速水と卓を囲んでいた東城大医学部の後輩です。

どこまで拡がっていくのでしょうか、この海堂ワールドの世界は……
いい加減ややこしくなってきたような気がします(笑)
さて、本作「イノセント・ゲリラの祝祭」は、ここしばらくブラックぺアンやひかりの剣といった派生作品を読んでいた私にとって久しぶりの「リアルタイムの桜宮」です。
高階は50歳半ばで東城大附属病院の院長、田口は不定愁訴外来で講師、速水はスキャンダルで極北救急救命センターに左遷、ホワイト・サリーという新病棟が建設中、これが現在進行形です。
ブラックぺアンやひかりの剣は過去に還り、医学のたまごに至っては未来に跳ぶのでややこしくなるのですね。
時系列はあくまでも、バチスタからこのイノセントゲリラの流れが正規であり、ジーンワルツ、螺鈿迷宮も同軸です。読む順番を間違えれば、混乱すること必至です。
本作も作者のノンフィクション「死因不明社会」に沿った形の物語なので、私も事前に読んでおいたのですが、ひょっとしたら読まなかったほうが本作を楽しめたかもしれないと少し後悔しています。
あまりにも「死因不明社会」そのままの部分が多くて、物語の流れが想像できすぎました。
そのぶん今の日本の死亡時医学検索の大いなる問題点が頭に刷り込まれてしまいましたが。
また、「死因不明社会」ではわかりにくかった法医学(司法解剖)と病理学(病理解剖)の関係が小説になったおかげでわかりやすかったと感じました。どうして両者がうまくいかないのかも何となく理解できました。
「死因不明社会」を読んでいるかどうかで本作の読後感は大きく異なってくるでしょう。
そしてその良し悪しは読者個人によっても変わってくると思います。
そのほかの感想として、冒頭で述べたように作者の言いたいことを彦根に喋らせているのですが、ちょっと大げさな感じがしてピンときませんでした。会議の雰囲気も漫画然としていましたし。
もっとシリアスでドラスティックな展開であればよかったのですが。
あと、「螺鈿迷宮」の時風新報桜宮支所社会部主任・別宮葉子、「ナイチンゲールの沈黙」の警察庁警視正・加納達也が久しぶりに登場します。
医療小説はやはりメスがキラッと光らなきゃ締まらないのかなぁ。



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「死因不明社会」海堂尊

途中まで読んでいてふと思い出したのですが、知り合いの放射線技師に警察が運んできた遺体をⅩ線スキャンしたという話を聞いたことがあります。14,5年前のことです。
そのときは、そんなこともあるのかと聞き流したような気がしますが、今考えてみるにそれはPMI(死後画像診断)というものだったのですね。
14,5年前ということ、それにその地区の状況(山奥の県立病院)を考慮すれば、それは先進的で画期的なことだったかもしれません。
PMIは本書で熱心に語られるAI(Autopsy imaging)=(死亡時画像病理診断)のプロトタイプです。

海堂尊という人はご存じ「チームバチスタの栄光」で一躍脚光を浴びた医療作家で、現役の病理医です。
本書を読んでみると、あたかもAIの問題を社会に認知させるために小説を書いたのだ、と言っているようにも見受けられます。
これだけ熱心にAIの導入を説いているところをみると、あながち本当のことなのかもしれません。
げんに「チームバチスタの栄光」ではAIが事件の謎を解く鍵となりましたし、その言葉自体知らない方ばかりだったと思います。テレビドラマにもなって、認知度も上がったんじゃないでしょうか。
どうして、AI(死亡時画像病理診断)しなければならないのか。
著者はそれを死因確定、医療監査、公衆衛生的なデータ集積、これを私の言葉に変えればつまり殺人事件を見逃さないように、医療事故を見逃さない体制を作れるように、人体内画像データ収集により医学が発展するようにという解剖が社会に必要とされる理由を述べながら、遺体を侵襲しないので家族の同意が得られやすい、そして一体25万ほどかかる解剖のコストが5万円程度で済むなどの極めて実用的な根拠を提示しています。
日本の解剖率はわずかに2%、年間108万人の中で解剖されるのは3万人強ほどらしいです。
つまり死亡診断書にしろ死体検案書にしろ確実な「死因」が不明なのですね。
著者曰く、これではいかん、死因の特定は人間の最後の基本的人権の範疇でもあると言うわけです。
そして破たんしかけている日本の解剖状況の発展的変化を阻害しているのは、思考停止した官僚と硬直した一部アカディミズム集団であると断じています。
今は2011年、この本が書かれてから4年経ちました。
著者をはじめ死亡時医学検索推進派を取り巻く状況はどうなっているのでしょうか。
問題を提起した以上は現状説明の著作が待たれるところですし、最新のノンフィクション「ゴーゴーAI」にどういったことが書かれているのか楽しみでもあり怖くもあります。

「魔術師」ジェフリー・ディーヴァー

これでもかというMISDIRECTION(誤導)のリピートが印象的であるライムシリーズ第5弾です。
原題は「The Vanished Man」(消された男)。
魔術師(イリュージョニスト)と訳された邦題はお馴染の翻訳者池田真紀子さんによるものかどうか知りませんが、適切であると思います。
まさにくどいほど、幻惑されますが……
確かにいつも通り物語は楽しいです。登場人物はそれぞれに魅力的であり、久しぶりにタフガイ刑事ローランド・ベルが全編にわたって活躍しますしね。「コフィンダンサー」での彼の存在は渋かった。「エンプティチェア」に登場したルーシーとの恋愛もどうやらうまくいっているようで、何より。
アメリア・サックスは本作で巡査部長(どうやら日本の巡査部長という階級よりだいぶ重いようです)試験を受験しているように、鑑識捜査の腕前も、もはやベテランの域にあるのではと思わせられます。
作中で、リンカーン・ライムの居宅に犯人が侵入し、彼が襲われた事件で、サックスがライムの尋問をする場面があるのですが、ロン・セリットーが唸ったとおり、ある部分では師匠を超えているのではないでしょうか。
そして本作の「真犯人」はタフ揃いの悪党を擁したこのシリーズでもベストのタフネス。
正体がわからない、何をするのかわからない、捕まらない、死なない……
確かにマジシャンが犯罪者になった場合は厄介だろうなとは思います。ピッキングとか手先の器用さとか。
でもここに出てくる「奴」は、これは山田風太郎の伝奇小説を読んでいるのではないかと錯覚を覚えると言っても過言ではないでしょう。まさしく忍者ですよ。

ですが、物語が少々くどすぎましたね。
450ページほどで終わっていても良かったんじゃないでしょうか。あそこで死んでいてもよかったんじゃないでしょうか。初めからあそこを狙っていればよかったんじゃないでしょうか。
面白いんだけど味付けが濃すぎた、という表現が近いかもしれません。
私はまだこのシリーズ以外目を通していないので詳しいことはわかりませんが、序盤にライムが相談するキンケイドという文書検査士はこの作家の別の作品に登場する人物だと思います。
あとどうしてもわからないのは、どうしてカーラの本名が明かされることがなかったのだろう、という点です。
これが本筋の誤導だったのかな?

「ゴサインタン」篠田節子

篠田節子という作家は私にとってホラー作家であるという印象が強いです。
角川ホラー文庫の創刊は多くの有能な作家を生みました。貴志祐介、坂東眞砂子、新津きよみ、そして篠田節子もそのうちの一人でしょう。
本作は怖くはありません。読み方によっては恐ろしいことなのですが、恐怖小説ではありません。
むしろラストのへんでは切ない恋愛小説的な側面が強くなってきます。
恋愛、民俗、オカルト、宗教、色んな要素を詰め込んだこの長編小説は直木賞候補となりましたが、落選しました。
その後すぐに「女たちのジハード」で同賞を受賞するのですが、こちらの「ゴサインタン」のほうがよほど面白いと思いますね。

ゴサインタンとは、神の住む地というネパール語らしいです。
東京近郊で農業をしている名家の後継ぎの結木輝和は、40歳を目前にしてネパール人女性とお見合いで国際結婚をします。彼女の名前はカルバナ・タミ。しかし輝和は日本風に「淑子」と呼びます。
なかなか「淑子」が生活に馴染めない中、やがて次々と不思議な事件が起こります。
明らかにされる結木家の過去の所業。そして摩訶不思議な「淑子」の行動。彼女はいったい何者なのか――
私は一度ネパールを放浪したことがあって、未開の村に泊めてもらったりしたことがあります。
その経験から言うと、作者は十分な現地取材をしているように感じました。そうとう気合いが入ってますね。
スワヤンブナートの影響も感じられます。第3の眼はこれから着想を得たのではないでしょうか。
ネパールは人の数より神の数が多いと言われる国です。
私は日本人を見るのも初めてというあるネパールの山中の村でしばらくの間、ロキシーという地酒を飲みながらダラダラしておったのですが、ある日、ある祭りを見せてくれました。宴たけなわで踊っている中のひとりの男が突然走りだして草葺きの屋根に這い上がり、村人が、ああ、あれは猿が憑いたのだ、と教えてくれました。ガンジャか酒で酔っていたのだろうと思うのですが、その身のこなしは尋常ではなくちょっと気色が悪かった覚えがあります。
「淑子」は巫女みたいな存在だったのでしょうね。
日本にいる間に彼女に憑いていたものはいったい何だったのでしょう。
読んでいるときは気になりませんでしたが、今になってそれを考えるとやっぱり怖いですね。

「完全なる首長竜の日」乾緑郎

面白い。
読みやすくて、初っ端から引き込まれる物語です。
作者の乾緑郎(いぬいろくろう)は略歴によれば鍼灸師で劇作家とのこと。
どこからみてもプロの作品なんだけど、と思いながら読んでました。
本作は第9回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作なのですが、巻末に付録されている選評によると、ほぼ満場一致で決定したらしいですね。そんなことは海堂尊の「チームバチスタの栄光」以来らしいですよ。
前者が医療という専門的な分野を切り札としていたのに比べて、本作はほぼ作者のアーティスト的創作センスと高い筆力によるものであることを考えれば価値が高いですね。
そして男性作家による女性主人公の物語は作者のレベルが高くなければあり得ないと思っています。

あえてストーリー全般についての言及は避けます。
あのラストはどうであったのかについても読んだ者の後味の問題だけの話じゃないかと思っています。
つまり現実であったのか虚無であったのか、それを判断するのは読了した主観者であって、この物語については私のごとき外野が何を言おうとそれはもはやフィロソフィカル・ゾンビの戯言でしかないのですよ。
フィロソフィカル・ゾンビ。哲学的ゾンビ。この単語が作者の造語であるのかどうか知りませんが、面白い概念でしたね。
コーマワークとかセンシングとか。あとSCインターフェースってのもありました。
頭皮と頭蓋骨の隙間に針(ニードル)がどうやって入るのかと思いましたが、作者は鍼灸師なのでそれは可能なのでしょう、そして植物状態になっている昏睡患者とのコミュニケーションもこの物語で実用されているような形で近い将来は可能なのかもしれません。
あと、怖かったところと感動したところが一か所ずつありました。
ざわっと鳥肌が立ったのは、相原がニセ浩市の他にも淳美の意識下に3人の何者かが潜んでいることを喋って、それがどの存在であったのか明かしていったとき。あの場面はいま思い出してもぞっとします。とくに一人目。
感動したところは、唯一です。
広島カープの帽子を被った少年がプレシオサウルスの背中に乗って青く輝く海の中を旅立っていったとき。
あそこだけはじーんとしました。
わたしたちの世界は実在しているのでしょうか。そもそも実在という概念は何を基準としているのでしょうか。
この世界がフラスコの中に創りだされた実験宇宙だとしても、私は本作のような面白い本が読めれば幸せです。

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