「スリーピング・ドール」ジェフリー・ディーヴァー

カリフォルニア捜査局の尋問の専門家キャサリン・ダンスがヒロインの新シリーズ第一作です。
キャサリン・ダンスはリンカーンライムシリーズ第七作「ウォッチメイカー」(カテゴリー海外ミステリー参照)で、ニューヨークに講義に来ていたついでにライムの捜査に加わり活躍しました。
本作「スリーピング・ドール」はニューヨークの事件からほぼ1年後くらい?の出来事です。

新シリーズの舞台はカリフォルニア、モンテレー。
風光明媚な場所らしいです。ロサンゼルスの遙か北、サンフランシスコの南の辺りです。
キャサリン・ダンスはカリフォルニア州捜査局(CBI)の捜査官でキネシクス(証人や容疑者のボディランゲージなどを観察し分析する科学)のエキスパートです。だから派手な格闘戦とか銃撃戦は苦手です。アメリア・サックスとは正反対ですね。
ちなみにカリフォルニア州捜査局というのは実在する司法機関で、云ってみれば州限定の“FBI”(FBIは米国全土を統括する連邦捜査機関)みたいなものらしいですが、モンテレー支局というのは実在しません。
物語はヒロインが尋問家ということもあって取調室から始まります。
キャサリン曰く相手がウソをついているかどうか見極めようとするとき注目すべき三要素は「非言語行動(ボディランゲージ、キネシクス)」「言語の様態(声の高さや話す速度の変化、答えるときの反応)」「言語の内容(発言の中味)」。
本筋に全く関係ありませんが少し面白い文章を発見したので紹介します。取調室に鏡(マジックミラー)が設置されているのはカメラや証人を容疑者から隠すためではなく、本当の理由は人間は自分の姿を見ながらウソをつくことに抵抗を感じるものであるかららしいです。なるほど、と思いました。面白いでしょ。
で、物語はこのダンスが尋問しているダニエル・ぺルという強烈な悪党が脱獄することから展開していくのです。
強烈ですよ(笑)。脱獄はするわ、殺人は厭わないわ、頭は切れるわ、女はたらしこむわ……
それでいて酒もタバコもやらないんです。だから隙がないような印象を与え、しみじみと怖いんです。
ダンスはじめ、友人でもあるモンテレー郡保安官代理マイケル・オニール、同僚であるCBI西中央支局捜査官TJ・スキャンロン、そしてFBIから加勢したウィンストン・ケロッグらがこの恐るべき殺人鬼を追いこんでいくのですが、何度も包囲網を突破されてしまいます。そして、これだけ追われてもダニエル・ぺルがモンテレーから逃げ出さす潜み続ける理由とは?このへんがミステリーです。そして恐るべきラスボス(笑)
ラストでドミノのように連鎖するどんでん返し、さすがジェフリー・ディーヴァーでした。

途中、証拠物件の相談でダンスがアメリア・サックスに電話するシーンもあります。ライムも登場します。
“ウォッチメイカー”の行方に関する会話もありました。彼はカリフォルニアに逃げ込みましたからね。
はっきりした年齢の記述はありませんでしたが、キャサリン・ダンスは30代後半でしょうか。
12歳の息子(ウェス)、10歳の娘(マギー)がいますからね。容姿の詳しい記述もありません。
彼女の私生活はこれからどうなるのか、こんなこともヒロインを主人公としたシリーズミステリーでは楽しみでもあります。パトリシア・コーンウェルのドクター・スカーペッタを思い出しました

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「ポリティコン」桐野夏生

結局、ポリティコンという単語の意味は最後まで作品中に出てくることはありませんでした。調べてみると、社会的、政治的というような意味みたいですが、だからといって本作にはあまり関係はありませんね。
そう、タイトルなんてどうでもいい。ただ、この物語は非常に面白かった、それだけで幸せです。
個人的には、桐野夏生はいま最も力のある作家であると思っています。どうしてこんな面白い話が書けるのか不思議に思うくらいでしたね。作品の雰囲気としては、「メタボラ」「東京島」に少し似ているかと思いますが、ボリュームは圧倒的にこちらの方が上です。書ききった、という感じではないでしょうか。

ストーリーは最初と最後が真矢、あいだは東一が主人公です。
真矢も東一も主役でないときはまったく存在感が薄くなるという珍しいスタイルの構成です。
だから読んでいる側もあるときは東一が可哀想になったり憎らしくなったり、座標がころころ変わりました。
物語は、突然、中朝国境で母が行方不明になった女子高生の真矢が、昔母と付き合っていたクニタに連れられて、スオンとアキラという外国人親子と共に疑似家族になって唯腕村(イワン村)というコミューンの住人になることから始まります。
唯腕村は、1917年彫刻家の高浪素峰と作家の羅我誠が「他人への無償の愛」「私有財産の禁止」「自給自足」の三原則を旗頭に東北山形に切り拓いた農村ユートピア、理想郷でした。
現在の居住者は、6家族と独身者で22人。現理事長である高浪素一は農業を顧みず演劇に熱中したり、寝たきりの高齢者がいたり、女性で一番若いのは48歳のアリスだったり、いろんな問題を抱えており、素一の息子である高浪東一(27歳)は毎日頭を悩ませていました。ユートピアがディストピア(絶望郷)になりかけていたのです。
そこに真矢、クニタ、スオン、アキラというまったく新しい血が流れ込むことにより、村は大きく変動していくのです。
1997年から始まった物語ですが、下巻では2008年になっています。真矢、東一はもとより、「イワン村の出島」・山路夫妻、クニタ、スオンら住民の十年間の変遷、特にアリスなんて下巻では恐ろしく感じられるまで変わってしまいました。サスペンスもスリルもないのに、なぜか最後までドキドキしながら読みました。登場人物と時間の流れに目が離せないのです。

家族と、疑似家族が作者のテーマだったのでしょうか。
そうだとすればかすんでしまったように思いますが、でもそれは他の部分が面白いのと、ボリュームがあるせいでシンプルではなくなったので仕方ないでしょうね。面白ければいいのです。
性別によらず、感情の機微というか感情のヒダというものを的確な表現で描かれているのは凄いです。
自己嫌悪に変貌しつつある欲望、なんて文章も私の好みですね。いかにも女に対して男が抱く欲情でしょ?
さらに少しミステリーぽいスパイスも効いています。
村外委員に出された東一批判の手紙も誰が書いたのかわからないし、真矢の母の行方不明の謎はラストに近付くにつれ不気味になりますよね。クニタ、スオンは本当はいったい何者だったのでしょうね。
こういうことも、作者は「人間の関係というか絆」とはいったい何なのか?という提起をしたかったんだと思うんです。
読む方も登場人物との絆を感じられるほど、人間が善も悪も立体的に描かれています。
東一ではないですが、上巻の260ページ、小松のおじさんの失踪あたりで、もう読むのが止まらなくなってしまいました。

「チルドレン」伊坂幸太郎

短編集かと思って読んだんですが、五つの作品が繋がってひとつの物語になっているようです。
それぞれの初出は「バンク」小説現代02年4月・「チルドレン」小説現代02年11月・「レトリーバー」小説現代03年9月・「チルドレンⅡ」小説現代03年12月・「イン」小説現代04年3月、となっています。
ですから2年に渡って創られた物語なのですね。
これはあくまでも私の想像ですが、「バンク」という短編は出来がいいですし、登場人物もしっかりキャラを作っていたので後々話を広げていこうという意図はあったのではないでしょうか。
ただ、第五話の「イン」は、この世界を単行本にするにあたり、これまでの四つの作品ではボリューム的に中途半端なので、これまでのエピソードを踏まえて話をひねり出したのかとも思えました。
まぁ違うでしょうけどね(笑)
面白いといえば面白いんでしょうけど、まったくサスペンス風のスリルがないんですよね。
当然で、それが伊坂幸太郎のリズムなんでしょうが、ぽやんぽやんしてて眠たいんですよ。
陣内、とは五つの物語を通じて登場するメインキャラクターですが、どうにも理解出来ず好きにもなれませんでした。ただ、永瀬という盲目の青年とその盲導犬べスの描き方は巧いです。
この作家の悪い癖である「オシャレめいたウンチク」が少なかったことも良かったと思います。

「バンク」 これは単独でしっかりしてる面白い話です。銀行強盗に人質にされた陣内、鴨居、永瀬。「お面」を被らされます。人質は彼らを含めて12人。犯人は2億円を奪った後、人質を解放して忽然と消えさります。永瀬の謎解きは面白いです。陣内の唄ったビートルズの曲はあとの物語で明かされます。
「チルドレン」 舞台は家庭裁判所。なんと陣内(31歳)は家庭裁判所の調査官になっていました。後輩に武藤という調査官がおり、彼の担当する万引き少年とその父の話です。これもなんというか、伊坂幸太郎ならではの、ぽやんとしたミステリーで面白いのかつまらないのかよくわからない話です。
「レトリーバー」 陣内(22歳)、永瀬、優子(永瀬の恋人)、ベス(永瀬の盲導犬)が高架歩道のベンチで体験する不思議な物語。書き忘れてましたが、本作は仙台が舞台です。高架歩道のベンチとはあまりよく想像できないのですが、この3人と1匹がいるベンチの周りに、時間が止まったかのように2時間ほどほとんど動いていない人々がいました。それが謎です。
「チルドレンⅡ」 再び家庭裁判所です。陣内は32歳、武藤は少年犯罪から離れて家事(離婚など)調停の仕事をしています。「飲みに行こうぜ」「何を飲みにですか?」「そんなこと具体的に言うのかよ」このふたりの会話なかなか面白かったです。武藤の担当する離婚間際の夫婦と、陣内の担当する不良少年のほのぼのとしたミステリー?と云えるのかな。
「イン」 銀行強盗事件より1年後。これはとってつけたような話で、さきに私が推測しましたが、これまでの話で陣内が父親を殴ったエピソードがあったのですが、そのときの話です。盲目の永瀬の描き方は巧いです。ただそれだけの話かと思ってますが、どうも陣内の父が連れていた女子高生が気になります。この女子高生は優子のグッチのバックを盗もうとした娘だと思われます。とすると陣内の父は個人タクシーの運転手ですね。陣内が思っていたように援助交際だったのでしょうか、それとも……
どうも引っ掛かるんですよね、ひょっとしたら私は重大な何かを読み落としているのかもしれません。
ただ、そんなに気の利いたフェイントのない作家だとは思っているのですが。

「白銀ジャック」東野圭吾

ホテルも併設され、大規模なゲレンデを持つ新月高原スキー場のホームページに脅迫メールが届きました。
その内容は「三日以内に三千万を用意せよ、さもなくばゲレンデの下に仕掛けた爆発物のタイマーを作動させる」という驚くべきものでした。
リフト、ゴンドラの安全運行、ゲレンデ全体の安全を担当する索道事業部マネージャー・倉田玲司はスキー客、宿泊客の避難、警察への通報を主張しますが、社長の筧純一郎はじめスキー場幹部役員は、営業停止や風評被害を恐れ、犯人との直接取引を決定します。
スキー場パトロール員・根津昇平は犯人の指示通り現金を運び、取引は成功します。
しかし、すぐさま新たに三千万の現金を要求するメールがスキー場のホームページに届くのです……
妻であり母をスキー場の痛ましい事故で亡くした入江義之・達樹父子、その現場となった北月エリアの再開を待ち望む北月町の住民、テレマークスキー(踵が板と分離する)を駆使するスイートルーム宿泊の謎の老夫婦。
様々な人間の思惑が交錯するゲレンデの真犯人はいったい誰なのか、本当にゲレンデは爆破されるのか。
スノーボーダーでもある東野圭吾のおくるスリルあふれる白銀サスペンス

本作は百万部を突破したらしいですが、はっきりいってそれほど面白いとは思えませんでした。
確かに、スピード感とスリルで一気に読めてしまう軽快な作品で読みやすいのですが、なんの「ひねり」も感じられません。結末も「なんだ、やっぱりそういうことか」で終わります。
私が東野圭吾に求める世界はこういう安物ではありません。過去の名作のように読了後、余韻で酒が五合ほどやれそうな東野圭吾独特の創りだされた世界なのです。最近の大量生産によってひり出された駄作ではありません。
それこそしばらく筆を止めて、今冬はゲレンデでのんびり休めばどうでしょうか。
とはいえ、やはり本作でのゲレンデの描写、空を舞うシュプール、陽にきらめくスノーボードのエッジ、読んでいて目が眩しくなるような白銀の世界を読む者にこれほど伝える力は見事というほかありません。
それだけに現代最高のヒットメーカーである作者には、無駄弾を撃ってほしくはないですね。
もったいないです。

「ウォッチメイカー」ジェフリー・ディーヴァー

リンカーンライムシリーズ第7弾は「ウォッチメイカー」(時計師)です。
時計師という言葉は日本人にはあまり馴染みませんね。時計技師とか時計職人っていうでしょ。
たぶんウォッチメイカー、時計師という言葉は時計という文明精密機械に対して造詣の深い西欧のボキャブラリィでしょう。
本作中に少しありますが、昔は西欧において時計を作る技術者の社会的地位は驚くほど高かったらしいです。
そして文明の進歩の根幹を担ったと云っても過言ではない「ウォッチメイカー」というニックネームをおしいただいたのが今回の「敵」なのです。犯罪を創ること計画すること実行すること、時計の如く精緻で正確なのです。

ローランド・ベルはまた休暇です(行先は言わずもがな)。ライムの自宅兼研究室の新しいメンバーは、前作の「12番目のカード」(カテゴリー海外ミステリー参照)で大けがを負った若手警官ロナルド・プラスキーと、ハバニーズという種類の小型犬ジャクソン。ゲストはジョージクルーニー似のニューヨーク市警警部補デニス・ベイカーと、別シリーズの主人公となるカリフォルニア州捜査局捜査官で尋問、キネシクス(証人や容疑者の仕草や言葉遣いを観察し分析する科学)のエキスパート、キャサリン・ダンス。
そして懐かしいシリーズ初作「ボーンコレクター」のラストの母娘が再登場するわけですが……
今回はおどろおどろしいウォッチメイカー事件を発端として、アメリア・サックスの統括する事件、アメリアの父であるハーマン・サックスが関わっていた汚職事件、またシリーズの根底で秘かに進行していたテロの脅威が絡み合い、いつにもまして複雑で読みごたえのあるストーリーが構築されています。二段組でびっしりと。
作者は9・11を挟んだ世界をビフォア・アンド・アフターという言葉で表わしています。殺人事件という表面的な恐怖と、テロという合衆国の根底的な恐怖、この階層の異なるふたつに、警察官の汚職というエッセンスを加えて、天才ストーリーテラーの作者が料理したのですね。ですから、慎重に吟味しなければ面白さは半減します。
なにしろどんでん返しの連続、後半はジェットコースターみたくストーリーにしがみついていなければ、振り落とされてしまいます。隠し味のキャサリン・ダンスとライムのキネシクスVS科学捜査は物語の魅せどころですし、面白いですが、なにせウォッチメイカーの精密な犯行計画は、いくつもの動機を重ねてその層の下に真の動機を隠しているものですから、いくつもの平行している事象を把握していなければなりません。
ですから、本作はシリーズ最高傑作と云われていますが、心して読まなければならない難しいミステリーですよ。
もちろんウォッチメイカーがシリーズ最高の強敵であり、キャサリン・ダンスも助勢した捜査陣との対決はシリーズ最高のスリルであることに異議はありませんが。
このシリーズはどういう決着をみるのか気になるところではありますね。
パミー・ウィロビーはたぶんまた再登場しそうだし、カリフォルニアに逃げたと思われるチャールズ・ヴェスパシアン・へイルは今後どう関わってくるのか、シリーズのジョーカーとなるのでしょうか。
そしてライムの身体は回復するのか。本作では右手の指と手首の感覚が復活しています。

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