「シブミ」トレヴェニアン

こんな小説があったんだ……世界は広いなあ、というか深いですねえ。
作者の覆面作家トレヴェニアンの正体はアメリカ人のロドニー・ウィリアムズ・ウィテカー博士で、2005年に亡くなられています。代表作の「アイガー・サンクション」は映画にもなりましたが、私は観ていませんし、著作を読むのは本作が初めてでした。そして私が一番驚いたのは、この「シブミ」が1979年の作品であったことです。

ストーリーは単純なのですよ。
主人公の引退した殺し屋が、亡くなった恩人の親戚にある仕事を頼まれるのですが、またたく間にその人物が殺されてしまい、復讐のためにもその仕事を実行するのですが、今度は大反撃を受け、友人などが殺されてしまいます。本人も死にかけるのですが、そうは問屋が卸さず、巨大な影の権力を相手に牙をむいて復讐の戦いを挑むのです。
本作が凄いところは、この明快な筋書きのまわりに彩られた異国の背景や、国際情勢分析、優れた会話術にあり、それを今から30年以上前に創りだしたこの作家の能力と先見性に、驚きの念を禁じ得ません。
たとえば、主人公ニコライ・ヘルと対峙することになる、ミスター・ダイアモンドの属する母会社(マザーカンパニイ)は、西欧世界のエネルギーと情報を完全に支配している石油、通信、運輸関係の主要多国籍企業の共同体であり、自分たちの原子力、化石燃料合弁企業と競合することがないよう、太陽熱、風力、地熱などの新エネルギー開発用政府研究費を国民をなだめる程度の少額に抑えこんでいます。そしてミスター・ダイアモンドの役割は、母会社の国際的権力を通してCIAをコントロールし、西側社会の行動を監視、誘導することなのです。
どうでしょう、2011年の現在にそのままで通用する「背景」ではありませんか?
そして本作の特異な点、それは「渋み」に代表される日本的概念がふんだんに盛り込まれていること。
主人公の世界中で最高の報酬をうける暗殺者ニコライ・ヘルは、純粋な西洋の白人なのですが、国籍がありません。なぜなら母は白ロシア人(ソビエト革命から逃げ出した王政ロシア帝国民)で、彼は私生児同然でした。日支事変によって日本の軍人の世話を受け、この軍人と親子同然となり、大戦勃発後、日本に移り住みます。ここでも囲碁の棋士の世話となり、「さび」「わび」などの日本的概念をその精神に内包していくのです。戦後、アメリカナイズされていく日本に嫌気がさした彼は二度と日本に赴くことはありませんが、そんな彼がもっとも尊ぶ観念が「シブミ」なのです。民族的地方であるスペインフランス国境のバスクにある彼の館「エチェバー館」には日本庭園も再現され、茶をたしなみ、ともに暮らす理解しあった女性と、玄米ライスと野菜を主食に隠遁した生活を送っています。
「シブミ」という概念はどう説明できるでしょうか。作者は文中で、「表に現れるのを厭う、美という古い色褪せた概念」と書いていました。どうも私が多用する「シブい」とは少し違うようですね。
とにかく日本的概念がたくさん盛り込まれていますが、制作より30年未来の日本人の私が読んで違和感はありません。なんとなく日本で暮らしている我々よりも、その外で日本を研究している人間の方がより正確に古い日本のことを知っているのかもしれませんね。その傾向はますます強くなるかもしれません。
その他、本作でケイヴィング(洞窟探検)という単語も初めて知ることができました。
基本的な冒険小説に、文芸的な奥深さをエッセンスした異色のエンターティンメントです。

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「ヨーイ、テーッ!」中攻会編

ヨーイ、テーッ!とは、用意、撃て、という爆撃、雷撃の用語なのですが、ナイスタイトルです。
中攻会とは、海軍中型陸上攻撃機に関わった人々、搭乗員をはじめとして、地上整備員、開発技術者、基地要務員、遺族などで構成された戦友会ですが、平成19年に閉会されました。その活動期間中に、会員が往時の戦争体験を綴ったものを編んだのが、本書「ヨーイ、テーッ!」です。
本書を読んで初めて知ったのですが、「大攻」というのがあったらしいのです(95式陸上攻撃機)。それの性能が悪く、山本五十六の肝いりもあって誕生したのが、「中攻」とのことです。「陸上」というのは、母艦を発着する「艦上」に対して陸の基地を使用する、という意味ですね。
中攻は、九六式陸攻一式陸攻の両者で終戦まで総生産数約3500機、中攻一機には7,8名の搭乗員がいますから、搭乗員として養成された人々の数は1万5千を超えるのです。それが、終戦時には約150機ほどしか残っていませんでした。その消耗の度合いたるや、開戦から終戦まで休む間もなく稼働し続けた日本海軍の主戦であったということでしょう。
本書は、この縁の下の力持ちともいえる「中攻」が600ページを超えるボリュームで、余すところなく語られています。もう、当時の中攻のことが知りたいなら、本書を読めば足りる、と云っても過言ではありません。
昭和12年8月の大村基地から南京飛行場への「渡洋爆撃」、南京政府の主席専用機搭乗員の体験談、中攻の名を一躍高らしめたマレー沖海戦における英軍戦艦プリンスオブウェールズ、レパルスの撃沈、真珠湾の裏の昭和16年12月8日のインドシナからのシンガポール爆撃、同じく12月8日の千歳空によるウェーキ島攻撃、高雄空によるマニラ攻撃、捕虜になった原田機搭乗員に対する自爆の仕打ちに憤る同じ一空隊員の話、落下傘部隊に対する運用の批判、ラバウルでの主計科の糧食の悩み、地上整備員の思い出、昭和18年にラバウルの防空壕で占いのコックリさんが流行っていたという驚くべき回顧談、昭和18年6月に八木アンテナという電探(レーダー)を取り付けた話(別の投降では、昭和19年3月に初めて機上電探が取り付けられた)、野中五郎少佐が突撃の前に抹茶を点てたこと、ドイツにまねたグライダー空挺部隊の訓練の様子、太平洋に不時着して三日間漂流、7,8メートルの鮫の集団に囲まれた体験談、陸攻の腹に特攻兵器「桜花」を据え付けた神雷部隊の戦闘詳報、中攻隊最後の大作戦「剣作戦」(陸戦隊を乗り込ませマリアナの敵基地に強行着陸しB29を破壊せしめるというもの)、玉音放送の後の基地の騒然とした雰囲気、終戦の勅使を載せて米軍との交渉に向かうべく機体を真っ白に塗り、日の丸を緑十字にした一式陸攻で沖縄までいった貴重な話と写真、中攻開発にいたった三菱技術担当者の回顧、四発(エンジン4基)中攻なら防御力もアップしていたのに技術者の案を一蹴した馬鹿の提督が歴史を変えたという考査、などなど……本当に内容も濃く、一文一文血潮が感じられて、かみしめて読みました。
よく、これほどの戦記を残してくれたことに大変、感謝しています。
「攻撃隊こそ砲煙弾雨の中、敵戦闘機の群がり襲う中を黙々と進む勇者の道である」
搭乗員、ペア同士が本当に魂で結ばれた仲だったのです。だからこんな本が作れた。
運命共同体の中攻隊には自分だけ助かれば、自分だけ手柄を取れば、という思想がなかったのですから。
最後に主な目次をのせておきます。
第一章 支那事変 渡洋爆撃にはじまる
第二章 大東亜戦争開戦 マレー沖の凱歌
第三章 ソロモン 陸攻の墓場
第四章 戦雲暗く 中部太平洋からフィリピンへ
第五章 沖縄の海、なお青く
第六章 戦いすんで
第七章 中攻開発記、人物列伝
全61篇 執筆57名

「キラレ×キラレ」森博嗣

読んでておっと思ったんですが、考えてみると満員電車って怖いですね。
ぜんぜん知らない人間同士が、無理やりに空間に押し込まれて、それこそ体臭までかげるほど近付いているわけです。痴漢も冤罪痴漢も、起こらないほうが不思議とも言えます。それでいて、目的地に着くや、その密着状態がぱっと解けて、隣のワキガの奴とかもう一生、遠くに見ることさえないかもしれません。ある意味、非常に特殊な空間です。
Ⅹシリーズ第二弾「キラレ×キラレ」は、電車内で相次いで女性が背中を斬りつけられるという「切り裂き魔」事件が発端です。

前作「イナイ×イナイ」(カテゴリー・ミステリー参照)より一ヶ月後、佐竹家の私設探偵をしていた鷹知祐一郎が、3人の女性が被害にあった一連の切り裂き魔事件の調査依頼を受けるのですが、彼はSYアート&リサーチ(前椙田泰男探偵事務所。西之園萌絵が東京に進出したことにより脅威をおぼえた保呂草が改名)に、この件の応援を頼むのです。
それで助手の小川令子、留守番の真鍋瞬一と鷹知の3人が、この怪事件の謎に挑みます。
3人の被害者に、ある心療内科系のクリニックのクライアントであるという共通点を見つけたところで、第四の被害者が現れます。なんと、その被害者とは、小川令子の前任者、つまり以前の椙田泰男探偵事務所でアルバイトをしていた女性でした。そしてほどなく、その女性(阿部雪枝)もクリニックに通っていることが判明。
どこからか患者の情報が漏れているのか?さっそくクリニックの処方箋を扱っている薬局にたどりつきましたが、翌日、この薬局の店主は無惨に殺害されてしまいます。
犯人は切り裂き魔と関係はあるのか?そして事件の突破口ははたしてどこにあるのか?
前作は江戸川乱歩調のおどろおどろしいトーンでしたが、今回はサイコサスペンス風で非常に気色悪く、クライマックスはホラー映画を観ているかのように、背筋がぞくぞくします。
やはり、このシリーズはこれまでとは一味違います。作者が工学博士ということで、科学的なネタが多かった印象がありますが、令子も真鍋も理系ではありませんし、人文学的な“読み切り”ミステリーで、S&M、Ⅴ、Gとは一線を画すスピンオフ的なシリーズかもしれません。場所も那古野ではなく、東京ですしね。
しかし、前作と同じように終盤には萌絵様のご光臨もありましたし、小川令子の元上司は亡くなっているとか彼女自身にも謎があります。杉田泰男こと保呂草は、相変わらず滅多に事務所にも姿を見せず怪しい行動をしているようですし……とにかく、私とすれば保呂草が無念の最期を遂げるとか、アルカトラズみたいな孤島の刑務所に放り込まれるとか、そういったスリリングで素敵な展開を希望します




「柳生十兵衛死す」山田風太郎

慶安三年三月二十一日(1650年)、木津川の白い砂州に倒れていた死体。それは柳生十兵衛でした。
しかし、不思議なことに、彼の潰れているはずの左眼が開いていたのです。
誰が柳生十兵衛を斬ったのか?そしてなぜ潰れている眼が逆になっているのか?
そして実はさかのぼること二百五十年前、応永十五年三月二十八日(1408年)の同じ場所で、同じように柳生十兵衛の死体が発見されていました。こちらのほうは、右眼が開いていました。
これはいったい誰であるのか??
この謎、そして上下巻に吹き荒れる剣戟の嵐、1964年(昭和39年)に柳生忍法帖(カテゴリー伝奇小説・ミステリー参照)が上梓されてより30年、柳生十兵衛三部作のトリを飾る本作「柳生十兵衛死す」は、そのタイトル通り、山田風太郎が命を吹き込んだヒーロー、隻眼の天才剣士“柳生十兵衛”の最期が巻頭から書かれています。

登場人物もまた、英雄の最期を飾るにふさわしく、錚々たるメンバーですが、由比正雪、紀州大納言頼宣らは前作「魔界転生」(カテゴリー伝奇小説・ミステリー参照)においても登場していました。が、本作ではその繋がりをまったく感じられません。あの魔道の世界はなかったかのように、まるでリセットされているようです。
その他、能楽師の世阿弥、室町幕府第三代将軍足利義満、一休坊、伝説の剣聖・愛洲移香斎、義円(後の六代将軍足利義教)、月ノ輪の院(明正天皇)、後水尾法皇、服部半蔵、丸橋忠弥、長宗我部乗親など……室町時代と江戸時代初期の禁裏の重要人物、問題人物が続々と登場します。最初の謎にも関わりますが、登場するのは「ふたつの時代」に分かれています。
江戸では、紀州大納言と由比正雪、それに後水尾天皇が関わって、天地を覆す謀議をしており、室町では、室町幕府第三代征夷大将軍たる足利義満が、なんと皇位を奪わんと画策しているのです。
この異なった時代の物語が、どうしてひとつところに進行するのでしょうか。
それは、過去は消滅せず現在と同じに存在するというパラレルワールド的な宇宙観を作者、山田風太郎が本作において実行したからです。それには、夢幻能という能に秘められた奥義が鍵となっているのですが……
相国寺の七重の塔は107メートルもあったらしいです。この現存していない舞台をはじめ、SFチックで奇想天外な世界の中でも、山田風太郎の日本史に対する深い造詣が基盤にあるので、物語の骨格がしっかりとしています。また、有名な一休さんも「世の中は食うて糞して寝て起きて さてそのあとは死ぬるばかりよ」と唄ったり、そのキャラクターが面白いです。
ただ、主人公たる柳生十兵衛の人格が、過去二作と比べると荒いのが残念でした。
剣の奥義を極めすぎてしまった、剣だけにしか生きてゆけなくなったということかもしれません。
ただ、もう続編はありません。柳生十兵衛の最期は44歳であったようです。

「絆回廊」大沢在昌

大沢在昌といえばこれ、新宿鮫シリーズ第十弾、最新巻「絆回廊」を読みました。
はやいもので……初作「新宿鮫」が1990年に刊行されてから20年以上経つのですね(遠い目)
映画にもなりまして、観にいった覚えがあります。真田広之が「鮫島」役でした。それ以来、5年前の第九弾「狼花」までずっと読んでいますが、いまだに鮫島のイメージはあのときの真田広之で固定されています。
しかし、前作出てから5年もごぶさただったのですね。むしろそうなると、よく作者が出したなあとも思います。
読者は登場人物忘れていやしませんか?本作では、ところどころ過去を振り返ってくれるので、ああ、そんな話あったなあとか、鑑識の藪は撃たれたんだっけとか、おかげでだんだん思いだしてきます。
なかでもこのシリーズで忘れてはならないのは、鮫島の恋人である青木晶、ことあるごとに衝突してきた警察官僚の香田、ヤクザの真壁、新宿署生活安全課課長であり鮫島の唯一の味方である桃井、の4人じゃないでしょうか。
本作では残念なことになってしまうのですが……一番いなくなっては困るひとがいなくなってしまいます。今後、このシリーズがうまく続いていけるのか非常に心配ですね。

鑑識の藪が負傷から復帰したばかりであるということは、本作の設定は前作の「狼花」から何年も経っているということはないでしょう。少なくとも、「狼花」から「絆回廊」までの5年と云う隔日は作中ではありません。しかし、新宿鮫の世界の変化というか、犯罪の変化によって背景も確実に変化しているようですね。
犯罪集団にしても、暴力団の破壊性が薄れて、本作ではあたかも国際犯罪集団に翻弄されている伝統的な存在、というような扱いで書かれていますね。いまさらヤクザ対警察ではもうネタもないでしょう。
で、本作でクローズアップされる恐るべき犯罪集団は「中国残留孤児二世グループ」です。
この中国人でもない、日本人でもない、はた目も言語も境界が曖昧な存在は、そうであるがゆえにとらえどころのない不気味な敵という描かれ方をしていますし、作者のこのシリーズの新展開の意図もまた垣間見えるような気がします。
そして、22年の刑期を終えて出所したばかりの67歳の大男、この伝説の喧嘩師は、ある警察官を殺害することを生きがいとしており、国際犯罪集団とは正反対の古風な一匹オオカミとして、このサスペンスをさらに強烈に彩っていくことになります。
そして、晶がボーカルをしているバンド「フーズ・ハニー」に薬物使用疑惑がかかり、メンバーが逮捕や家宅捜索を受けるのです。交際相手である鮫島は現職警察官ということで、マスコミにも接触され、辞職もありうるところまで追い込まれてしまいます。また、香田は警察を退職し、内閣情報調査室の下請け機関で怪しげな活動を始めています。
様々な角度からのスペクトルがスパークする作者渾身の一冊で、シリーズ随一の衝撃度がありますが、やはり私的にほっとしたのは、新宿署の署長、副署長はじめ幹部も鮫島擁護でまとまったことでしょうね。
もう彼に最大の庇護者はいなくなってしまいましたから

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