「ジェノサイドの丘」フィリップ・ゴーレイヴィッチ

ウガンダ、コンゴ、タンザニア、ブルンジに囲まれた中央アフリカの小国ルワンダ。
1994年4月6日、ルワンダのハビャリマナ大統領の搭乗した飛行機が撃墜されてからすべては始まりました。
ジェノサイド(民族抹殺、大虐殺)によって人口の約1割、750万人のうち少なくとも80万人が、たった100日のあいだに殺されたのです。武器は主にマチェーテ(山刀)、釘を打ったバット。
ルワンダ政府を乗っ取ったフツ族至上主義者の新しい政策は、すべての多数派であるフツ族は、少数派であるツチ族をすべて殺しつくすことでした。
ラジオでは殺人を煽り、隣人同士で、同級生同士で、ときには友人同士で、親類で、凄惨な殺戮が繰り広げられたのです。
国連が、歴史上初めて、それを説明するために「ジェノサイド」という言葉を使うことに決めたこの出来事は、過去の迫害で国外に逃亡したツチ族難民が結成した反政府軍ルワンダ愛国戦線(RPF)が、死体を喰った犬を撃ち殺しながらルワンダ国内を進撃することによってくい止められるまで続きました。
そして、ジェノシダレ(虐殺実行者)は、何十万という難民となって各国の国境を突破し、世界各国の人道支援という名目の庇護のもと難民キャンプでぬくぬくと腹を肥やし、ゲリラ活動を継続したのです。
ユニセフの調査によれば、ジェノサイドの期間中、ルワンダの子供の6人に5人が流血を目撃しています。

重たい本でした。1994年の初夏に自分が何をしていたのか、と振り返っても遠いアフリカでこんなことが起きてるなんてまったく知りませんでした。それもそのはずで、ほぼ世界からほったらかしにされていたばかりか、加害者側に軍事支援していたヨーロッパの大国もあったのですから呆れます。
アメリカは、ソマリアで大失敗していたため、動かず逃げ続けました。
こんなことがどうして起こったのか?を本書ではルワンダの歴史を掘り下げて解説していますが、やはり欧州列強による植民地支配が遠因であったようです。ベルギーは、人種IDカードを作り、ツチ族とフツ族の人体的特徴を科学的に研究しました。鼻の形状の統計とか。外見でどっちが支配階級に向いてるとか、もうアフォかと。
結局のところ、ジェノサイドはフツコミュニティの実践であり、ゴキブリであるツチ族を殺すのはルワンダ独立以来の伝統であり、人民を団結させるものだったということなんだと解釈されていますが、ここでは書ききれません。
「ホテル・ルワンダ」の映画(観ました)になったオテル・デ・ミル・コリンの話も詳しくでてきます。

ジェノシダレ(虐殺実行者)を追い払い、新政府設立時には、ルワンダの国庫には1ドルも1ルワンダ・フランもありませんでした。政府のオフィスにはきれいな紙の1枚も、ホチキスの針1つありませんでした。
18年後の2012年現在、ルワンダはアフリカの奇跡と呼ばれる目覚しい経済発展を続けていることが、せめてもの救いでしょうか。いや、何もかも救いになるようなものはない。
現在の大統領は、本書に度々登場する、RPFの天才的な将軍、ポール・カガメです。
「ジェノサイド――死者を埋めよ、真実を埋めるな」


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「発光地帯」川上未映子

よくわかりません、この人は(笑)

読売新聞のウェブサイト「ヨリモ」に2009年3月から2010年2月まで連載されたエッセイです。
驚くべきことは、この連載は「食に関するエッセイ」としてスタートしたらしいことです。
筆者は、ほぼスパゲッティと、ウインナーと卵焼きしか食べておりません。
あまり食に対するこだわりとかないんでしょうね、そしてスーパーとかで食材を買い込んで料理をするという習慣がはじめからないんだと思います。
出来ないか、というとそんなことはない、この人はそこまで不器用な人間ではありません、買い物や料理がめんどくさいのです。だからついつい冷蔵庫にあるもので間に合わせてしまうのでしょうね。
なぜなら、小説を書く、という仕事に苦しんでいるからです。
そこに自分の活力の99パーセントを吸い取られているといってもいい。
詩集「先端で さすは さされるわ そらええわ」で賞をとったように、この人の専門は「詩」でしょう。
長い物は得意ではないはずです。短距離ランナーがマラソン走ってるみたいなもんですよ。
本著を読んでても、雨とか曇りとかやたら天気が悪いことが多いのは、小説を書く、何かを表現するということに囚われて逃げれなくなって苦しいんじゃないでしょうか。
一日最低でも9時間は眠りたい、私は睡眠家である、という表現がありますが、これも寝ていれば創作の苦しみから解放されるからでしょうね。
ずいぶんネガティブな推測ですが、その気持ちはわかります。
結婚したことは、たぶんこの人にとって救済であり、不可欠なものであったと思います。

「14歳のときに曲線を走るバスから顔を出して、町は白くて、ああもうぜんぶのことに感想を持つのをやめればいいのだつまり生きる生きられる生きてゆくための方法はたったそれだけなのだと気づいたときに、これはとんでもない発見だと思って思って安心して、そのまま殴られたように眠ったことを思いだす。なんて静かなんだろう、なんて静かなんだろうと、眠りながらとても思って」
すげえな、と思ったのは、ここだけです。
あと、やっぱり大阪弁が似合うと思いましたよ。



「沖で待つ」絲山秋子

第134回芥川賞受賞作です。
タイトル作「沖で待つ」と、カップリングの「勤労感謝の日」の二篇あわせて100ページちょっと。
絲山秋子は初めて読んだのですが、こんな感じとはまったく思ってませんでした。
私が読んでいる人の中では、津村記久子の書くものに似ています。もっとも、絲山さんのほうが先輩なのですが。
「沖で待つ」なんてタイトルで、表紙もそのままだったから、てっきり荒波を乗り越える漁師親子の葛藤と感動の磯臭い物語かと思ってなんとなく敬遠していたのです。
こういったアップテンポなものだったら、もっと早く読んでれば良かったですね。

「勤労感謝の日」は2004年の「文學界」に発表された作品。
女性総合職としてバブル期に入社した恭子は、現在は会社をクビになり無職の36歳。
近所の長谷川さんの紹介で、11月23日の勤労感謝の日にお見合いをすることに。
ところがやってきたのは、黄緑色の靴下を履き、あんパンの真ん中をグーで殴ったような顔したちんちくりん。
野辺山という彼のお見合い第一声は、「スリーサイズは?」
「88-66-92」と答えて恭子はお見合いの席を飛び出します。
バブル期に入社した奴どうなったんだろと遠い目にしてくれる一品です。一瞬、恭子の人生は絶望的なようですが、暗さはまったく感じられません。
「私はこの店に夜を買いに来るのだ。真っ暗で静かで狭い夜一丁」

「沖で待つ」は面白かった芥川賞にしては軽いノリでしたが、読みやすいです。
これはたぶん、2001年の35歳まで住宅設備機器メーカーのイナックスに勤めていたという作者の実体験が相当織り込まれているんじゃないでしょうか。
物語は、三ヶ月前に死んだ太っちゃんとの思い出なんですが、この牧原太みたいなキャラクターも実際にいたんじゃないかと思います。ちょっとファンタジックな面もあるのですが、この作品が本当の話に思えて仕方ないのは、登場人物すべてが角がとれて丸く、親しみやすいからです。人工のキャラクターとは思えない。
死ぬ前に処分しておきたい秘密は、誰にでもあるんじゃないでしょうか。死後の世界をまったく信じていない私でも死んでから見られたら恥ずかしいような気もします。
HDDという発想はありませんでしたが……考えたら私たちは恥を記録しながら生きているみたいなもんですね。
昔のアナログな日記なら、ある程度は死後の流出に備える覚悟があったかもしれません。
太っちゃんが、及川のことを好きだったとは思えませんが、太っちゃんのHDDには、珠恵さんに見られたら恥ずかしいだけではなく、困るものが入っていたのかもしれません。

「百年文庫 闇」コンラッド・大岡昇平・フロベール

百年文庫の7年目は「闇」がテーマです。
「闇」とは何か?がじっくり考えられる三篇の作品が揃っています。
三篇ともに共通しているのは、その深く暗い混沌からどういう運命が生み出されるのか、人智の範囲を超えている「闇」という漆黒に対する畏怖でしょうね。
暗闇だってそうです。ライト片手におそるおそる進むのは、先に何が待ち受けているのかわからないからです。
人間は潜在的に「闇」を恐れているのでしょう。
しかし、我々の社会は常に光に溢れているわけではありません。一寸先は闇、光と闇は表裏一体であり、そこに人間の運命の儚さを知ることになるのです。

「進歩の前哨基地」コンラッド(1857~1924)
 未開地だったアフリカの交易所で働く、白人の物語です。著者のコンゴでの経験が元になっているそうです。
19世紀後半のコンゴは、ヨーロッパの文明社会からすると「闇」でしょう。言葉も通じぬ住民は、何を考えているやもわかりません。ジャングルの奥深くには何が潜んでいるかも知りえません。が、この話で一番怖いのは、白人ふたりの運命ではなく、交易所で雇っていた英語もフランス語も話し、簿記もできるマコラという黒人の信仰でしょう。

「暗号手」大岡昇平(1909~1988)
 「レイテ戦記」(カテゴリー戦史・戦記参照)で有名な大岡昇平は、35歳で召集されフィリピンの舞台で暗号手をしていました。そのときの体験です。暗号手というのは、部隊から部隊への通信を敵に傍受されても解読できないように暗号化、非暗号化する兵種です。この話は、言い方は悪いですが相当皮肉が効いており、まるで昔話のような落ちがついています。戦局が悪化し、とうがたって応召された兵隊は会社員も多くいたことでしょうし、軍隊での暮らしに会社での経験を活かしたはずです。自分が生き易いようにね。「軍隊で株を上げるな」とはよく言ったものですね。結局、作者が生き残り、中山が死んだというこの運命は何が分けたのか、それは「闇」の中なのでわからないんですね。だから怖いんです。

「聖ジュリアン伝」フロベール(1821~1880)
 1877年に発表されたという本作を、どう捉えたらいいものか迷いました。
前二作が、それぞれ「社会の闇」「運命の闇」を描いてるとすれば、本作は「心の闇」になるでしょう。
宗教小説ではないと思うんですね。ただ、この作品が言外に何かを比喩しているとすれば、それは私にはわかりません。ただ、ジュリアンが若いときにどんどんと動物を殺戮していくシーン、あれは怖いと思いました。
人間なら、誰でももっている「闇」かもしれません。そして我々が救われるのは、最期の一瞬だけかもしれないですね。



「漂砂のうたう」木内昇

第144回直木賞受賞作「漂砂のうたう」を今頃読みました。さすがに面白かったです。
一気に読んでしまいました。今も目の奥に、埃舞う遊廓の見世先に定九郎が水を打つ姿がありありと浮かびます。
お職をはる(最上位という意味)花魁、小野菊の華やかな道中も、芳里のかすかに饐えた口の匂いさえも。

明治十年頃のお話です。
百軒近い妓楼と二重数軒の引手茶屋で成り立っていた、根津遊廓がお話の舞台。
明けて26歳になる定九郎は、遊廓の中見世(中規模の廓)である、美仙楼で立番をしています。
立番というのは、廓の見世口の台に座って、客を呼び込む役目をする者で、現在も繁華街でキャッチするのを見かけますが、似たようなものであるやもしれません。
定九郎よりひとつ年上の龍造も、間口で台に座って番頭をしているのですが、こちらは妓夫(ぎゆう)といって立番よりはるかに職階が上のようでした。
定九郎は、生まれも育ちも入間、家は小作、幼い頃に父が突然ばくちに狂って一家離散、そっから流れ流れて遊廓の男衆に落ち着いたという建前ですが、本当は、御家人の家の次男で、れっきとした武士でした。
明治の御一新は、日本の史上空前絶後といっていい体制の変革でした。なぜなら「武士」がいなくなったからです。
最初は旧禄に比した手当てを与えていた政府も、数年で「武士」との縁を切るのです。
生きる術を失った武士は、商売に失敗したり、各地で反乱を起こしたり、あるいは定九郎の兄のように車夫に身を落としていたり、そして定九郎自身のように遊廓の流れ者になったりしたのでしょう。
定九郎の人生は、いくらでも滑り落ちることは出来るが、今よりわずかでもマシな場所に上がることは出来ない、横に流れるのがせいぜい、といったどん詰まりでした。
そしてそれは、自分がどこからも必要とされていないという事実から、自分の人生を逃げてしまっている、「武士」の成れの果てだったのです。
冒頭で定九郎が踏み潰す綿虫、物語中盤で踏むしだく金魚の腹、踏むほうも定九郎なら踏まれるほうも定九郎自身の投影だったのだろうと思います。

面白いと同時に、美しく、優れた筆力に引き込まれる物語でしたね。粋でしたし。
話の流れも抜群だったと思います。落ちも良かったです。ポン太はあの「穴」をずっと使っていたのでしょうね。
定九郎は踏み止まれたのでしょうか。
根津遊廓は、明治20年過ぎ、移転しました。東京帝国大学のそばにあったため、と聞いています。
移転先の新しい美仙楼で、楼主の龍造の下、出世して妓夫台に座っている定九郎の姿が想像できます。
生きているかぎり、人間の道程は奪われても笑われても、自分で卑下しなければ、そこに道は通るのです。


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