「還って来た紫電改」宮崎勇

ハードカバーだけどちょっと薄っぺらいかなあ、と思って読んでみたら物凄く読み応えがありました。
撃墜王・坂井三郎の娘さんがアメリカ人と結婚していたなんてこの本読まなきゃ知ることもなかっただろうし、昭和18年の1年間でタバコ「光」が18銭から45銭へ倍以上の値上がりをしたという事実も知ることはなかったでしょう。
角田和男、岩本徹三、菅野直、杉田庄一、武藤金義ら私には聞き馴染みのある名前も出てきますし。
表紙の写真の、昭和53年11月に戦後国内に1機も残っていなかった紫電改を愛媛宇和海海底で発見、引き上げる経過が書かれているのも非情に興味深いエピソードでした。

著者の宮崎勇は大正8年広島呉出身。ですが、戦前も戦後も四国で生活された方のようです。
昭和11年、17歳で丸亀中学を中退、佐世保海兵団に入りました。その後、中支戦線の掃海艇乗組みなどを経て、昭和15年11月、海軍丙飛二期(225人。うち戦闘機68名中51名戦死)。
丙飛とは、旧の操練(操縦訓練生)のことで、海軍にすでに入っていてその中から志願して搭乗員になるコースです。一期下には、山本長官護衛機でのちに撃墜王になった杉田庄一がいます。
横須賀航空隊勤務を経て、昭和17年10月、二五二空に配属されラバウルへ。同僚に後に三四三空でも一緒になる「空のムサシ」武藤金義がいました。劣勢になりつつあったガダルカナル攻防戦に参加、11月12日、グラマンを初撃墜しますが、深追いしすぎため、菅沼政治隊長に叱られます(菅沼は数日後に戦死)。
ソロモンでの日本航空隊の苦戦を、著者は「ひねりこみ」などの空戦技術を多用した歴戦のベテランパイロットの単独プレーが、本来は大事にしなくてはならないチームプレーを阻害した、と書いています。
昭和18年1月には、不時着し、サメのいる海を8時間漂流。このときを含め宮崎勇は、不時着3回経験。
昭和18年2月にマーシャル諸島に転進。ウェーキ島、マロエラップ島を転戦。このときの飛行隊長であった周防元成大尉は、零戦に爆装されたことに憤り、彼方の司令部へ殴りこみ、おまえ参謀全員たたっ殺すぞ、と吠えたらしいですが、戦後この方は航空自衛隊のジェットパイロットになり、空将まで昇進されたそうです。
なお、戦後松山で酒屋をしていたらしいですが、宮崎勇、なかなかの酒飲みであったらしく、艦隊司令官接待用の上等の酒「黒松白鹿」3本を銀蝿した翌日、司令官が来島され、隣の島まで酒を調達に空を飛んだらしい(ノ∀`) アチャー
昭和19年2月内地へ。硫黄島、沖縄、台湾、フィリピンと長躯転戦、フィリピンでは、神風敷島隊の関行男大尉の出撃を見送っています。
そして、昭和19年12月25日に満を持して四国松山で発足した紫電改戦闘機隊である三四三空に転属。
宮崎は菅野直大尉ひきいる戦闘三○一空の列機となりました。「最後の撃墜王」(カテゴリー海軍戦史・戦記参照)にあった菅野のエピソードの多くは宮崎と一緒のものが多かったようです。仲が良かったのでしょう。
菅野直の戦死の模様も詳しく書かれ、戦後数十年を経てもその悔しさが滲んでいるかのようです。
最後の搭乗は、昭和20年8月12日の哨戒飛行でしたが、このとき列機とともに陸軍の高射砲に誤射され、こんなときにかぎってよく当たり、2機は不時着し宮崎も片足着陸しました。
怒りの電話によって陸軍の少佐が平謝りにきたらしいですが、とんだ“最後”でした。
終戦時、飛曹長(のち少尉)。撃墜スコアは13機と記録されています。

確かに、有名な撃墜王と比したら地味かもしれませんが、間違いなく宮崎勇は歴戦の勇者であり、エース・パイロットです。零戦も紫電改も乗りこなした。そして、数多くの良き戦友に恵まれました。
紫電改の特筆技術である「自動空戦フラップ」についても適度にわかりやすく説明されていますし、零戦やアメリカ軍機との比較についても、今まで読んだ本のなかで一番わかりやすかったかもしれません。
そして、写真も載せられていましたが、この方、大変な男前です。
紫電改にちなんで、松山の女学生が、紫のマフラーを編んでくれたらしいです(三○一隊全員に名前刺繍入り)
普通、戦闘機乗りは、白のマフラーですよね。たまに傾奇者が赤とかしていたようですが。
紫かぁ。たぶん、めちゃくちゃかっこよかったと思いますよ。

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「偉大なる、しゅららぼん」万城目学

万城目学(まきめまなぶ)、初めて読みました。後味の爽やかな青春ファンタジーです。
読み始めはなかなか馴染みにくく、紙質も薄いのでページがめくりにくく、100ページくらいで、なんだこれえ、面白いのかこれ?、もう読むのやめるかあ、と投げ出しかけていたのですが、だんだんと引き込まれ、ところどころに洒落が効いているのも心地よくなってきて半分くらいから一気読みしてしまいました

日出涼介は、高校入学のため、琵琶湖の湖東と湖北のちょうど境目にある小さな街、石走(いわばしり)にある日出家の本家に居候をすることになります。
なんと日出本家は、日本で唯一、江戸時代から現存する本丸御殿“石走城”で実際に生活しています。
涼介にとって親戚のおじさんである、当主の日出淡九郎は、日出グループを率いる財閥のリーダーです。
同い年である本家の御曹司、淡十郎と同じクラスで新しい高校生活をスタートした涼介ですが、入学式の日にいきなり棗(なつめ)広海という男子のクラスメイトに殴られるはめになります。
実は、日出家と棗家は琵琶湖沿いのこの地で千年以上の間、いがみあってきた宿敵同士の間柄であったのです。
日出家と棗家の間でいったいどのような確執の歴史があったのか?
それがファンタジーなのですが、涼介もただ高校進学のために本家のある石走にやってきただけではありませんでした。十歳の誕生日に、日出家の秘められた真実を知らされた彼は、家系に宿る不思議な“力”を修養するため、石走城内にある不念堂で日出家六代目師範藤宮濤子(通称パタ子、パティー)による訓練を受けていたのでした。
それを持つ日出家の人間の名前の一字に「さんずい」が与えられるという、その“力”とは何か。
日出家の力ある人間は、人の体の6割を占める水を動かすことにより、他人の心に入り込み相手の精神を操る力があるのです。対する棗家の人間は同じように水を操り、他人の心に入り込み相手の肉体を操る力があるのでした。
いずれの力も聖なる琵琶湖から授かったものであり、両者とも「湖の民」と自称しているのです。
ところが、両家の対立で物語が進行するかと思いきや、予想ならぬ第三者が介在してきます。
それは、新しく高校に転任してきた校長でした。そして彼の出自は、かつて日出家に城を乗っ取られた石走藩藩主速瀬家の子孫だったのです。
琵琶湖を巡る壮大なサイコキネッシス・スペクタクルが展開され――

滋賀県琵琶湖。ものすごく特殊な土地なのに地味ですよね。石走は架空の地名らしいですが。
はじめて琵琶湖が舞台の小説を読みました。なんでも、琵琶湖ができたのは40万年前であり、通常、湖の寿命が何千年か何万年であることから考えると、琵琶湖は世界でも特殊な湖であるらしいです。
民俗的にも、もっと馴染まれていていいはずですし、もっと何かの題材になってもいいはずでしょう。
万城目学は、「プリンセス・トヨトミ」「鹿男あをによし」など関西を舞台にした小説が自身得意のラインですが、さすが琵琶湖も上手にファンタジーにまとめあげた、ということですね。
クライマックスからラストにかけてのミステリーもよかったです。
映像になるでしょうね。ただ、淡十郎とグレート清子のキャスティングは難しいかなあ。


「放蕩記」村山由佳

「あんたはお母ちゃんの子やない、お父ちゃんの子ォや。女の子やのにお父ちゃんの肩ばっかり持って、あんたの言うこというたらどれもこれも、お父ちゃんがうちに言うこととそっくりや。ほんまに、こんなんやったら何のために頑張っておなかまで切って女の子産んだかわからへんわ」

夏帆38歳、小説家。離婚歴があり、現在は7歳下の恋人・大介と同棲中。
母・美紀子は78歳。40年前に東京にやってきていまだにバリバリの大阪弁でしゃべる。おまえは明石家さんまか。
さらに気分屋で、社会に出て働いたこともなく、わがままがそのまま大人になって老人になったような箱入り婆で、自分の価値観が絶対の世界に生きています。
夏帆は、この母のことが昔から、厭わしく、疎ましくて仕方がないのです。
二つ下の妹・秋実は、長女にはない要領のよさと向こうっ気の強さがありましたが……
長女には、我慢してストレスを溜め込み突然爆発するイメージってありますけど、夏帆は読んでていらいらするくらい我慢するんですよね。母親はどんどん甘えて長女に当たってしまう。
高校の頃よりの“放蕩”は、そんな母に対する反発でした。奔放な女は、かつての母への意趣返しだったのです。
それでも、母に支配され続ける夏帆。小説家になって社会的に成功しても、呆け始めた母に囚われているのです。
そして、ラストには思わぬ父の告白によって、ちょっとしたどんでん返しが夏帆の中で起きるのでした。
読みながら、なんだか最後にありそうな雰囲気を感じていましたから、まあ想定内かな。

半自伝的小説という触れ込みだったのですが、どうなんでしょうか。
村山由佳はたぶん40歳代後半だと思うので、この主人公とは10年の歳の開きがありますね。
78歳の母・美紀子は戦前に女学校を出たという記述もありますが、これも現在の時間には合いません。
けれども、作中に登場する過激な性愛小説とは「ダブル・ファンタジー」のことだろうし、猫の描き方は堂に入っているし、「大ごっつぉ」(大変なごちそう)なんて大阪弁は実際に耳で聞いていた人間じゃなければ出てこないんじゃないですかね。それに、作者がいかに筆力があって巧いといえど、登場人物のキャラクターが生々しいです。
やはり、時間はけっこういじっていますが、半分以上は「自伝」なんじゃないですかね。
実話なら、いなくなった隆也という一番上の兄の話は、ちょっと不気味で怖かったですが。

「放蕩記」というタイトルは、主人公の奔放な性体験によるものとするより、作中にあったエピソード、新約聖書の『ルカによる福音書』にある「放蕩息子」の寓話からとられたもの、と考えたいですね。
まあ、この小説は読み手がどんな親子関係を家庭で築いてきたのかによって大きく感想が変わるでしょう。
それに、娘か息子か、そして長女か次女か末っ子か、なんてことも感じ方に差がでるでしょうね。

そういや、村山由佳の公式ホームページはだいぶ前から死んでるんですが、トップにサイトリニューアルの記事が載っています。物語の恋人・大介のかつての職業はWEBデザイン関係でしたが、たしか二人のなりそめは、夏帆が古くなった自分の公式HPを大介にリニューアルしてもらったことでしたね。
まさか……ねえ。


「蜩ノ記」葉室麟

文化4年(1807)、舞台は九州豊後の羽根藩。
戸田秋谷は、かつて27歳時に郡奉行(農政など地域担当トップ)として抜擢されると、農民に慕われ、若いころより文武両道に優れた武士でした。
しかし、12年前に郡奉行から江戸表の中老格用人となって5年、つまり今より7年前の8月に事件を起こして失脚し、かつて己の所領であった向山村に蟄居、幽閉されています。
その事件とは、江戸屋敷で主のご側室と不義密通し、そのことに気づいた小姓を切り捨てたという重大なものでした。本来なら家禄没収のうえ速やかに切腹のところ、名君の誉れ高かった今は亡き三浦家六代目藩主兼通は、当時秋谷の取り組んでいた三浦家御家譜の編纂が中断することを惜しみ、切腹は事件よりちょうど10年後の8月8日と期限を切ったのです。
切腹まであと3年――
城中での喧嘩口論のすえ刃傷沙汰となり、危うく切腹は免れたものの家督を弟に譲り隠居した壇野庄三郎は、家老の密命を受け、向山村の戸田秋谷の元へ向うのです。
密命とは、秋谷の監視と、いまだ秋谷が続けている御家譜の編纂に藩の恥となる例の事件がどのように書かれているのかを探り家老に報告するというものでした。
ところが、庄三郎は清廉潔白で穏やかな秋谷の人柄や、彼を取り巻く妻・織江、娘・薫、息子・郁太郎の暖かい家庭に触れているうちに、しだいに感化され、なんとか秋谷を将来の切腹から救えぬものかと行動するようになるのです。
しかし、向山村では外部から訪れた役人の変死や、秋谷による百姓一揆の扇動を疑う藩による牽制など、きな臭い気が満ちてきます。そんな中、思わぬところより亡き藩主の正室であったお美代の方の御由緒書が秋谷、庄三郎の手に入るのです。それは謎に満ちたものでした。そしてその背景には、かつて秋谷が江戸で斬ることになった小姓の父の怪死、さらには三浦家本家と分家を巻き込んだ家老の暗躍があったのです……
たったひとつの真実はなにか。秋谷と庄三郎、郁太郎はゆるぎない権力へ挑戦するのですが――

ついこの前の、第146回直木賞受賞作です。
正直いいましょう、私は、同じ候補作であった桜木紫乃「ラブレス」のほうがずっと優れていたと思います。
ただし、そんなことはただ“一作品の比較”に過ぎないことであり、もちろん本作も楽しんで読みました。
ラストと、源吉の笑った遺体が返ってきたときは、思わず涙がこぼれましたし。
難点をいえば、物語のリズムが突然盛り上がったので、ピアニッシモ的に穏やかに読み進んでいた気持ちがついていけなかったこと。郁太郎が城下に向ったときは「おいおい、いきなりかよ」とびっくりしました。
そして、御由緒書に隠された謎が少し複雑すぎてわかりにくかったことですね。
「疑う」という気持ち、「信じる」という気持ち、そして武士とはなにか、人とはなにか、人の死に時とは、いろいろと考えさせられ、教えられる作品でした。
それに、とりあえずはハッピーエンドであり、あれ以外の終わり方はない、ということも理解できます。
「蜩ノ記」とは、日暮らしの記です。


「忍び外伝」乾緑郎

おそらく乾緑郎の小説デビュー作であり、第2回朝日時代小説大賞受賞作です。
私は間違って「忍び秘伝」(カテゴリー伝奇小説・ミステリー参照)を先に読んでしまいましたが、コメントで指摘していただいたとおり、両者にストーリーの繋がりはありません。
どちらも甲乙つけがたい忍者伝奇小説の傑作であると思いますが、本作を読めばこの作家の歴史に関する深い造詣、宇宙物理学を練りこんだスケールの大きな構想力にあらためて気づかされるでしょう。
まさに、司馬遼太郎、山田風太郎の世界よりさらに進化した新時代の伝奇小説の第一人者に成りつつあります。

天正9年(1581)、天正伊賀の乱によって伊賀忍者は信長に壊滅されました。
生き残りである石川文吾衛門は、弟子である九ノ一のお鈴、兄弟分である黒子丸とともに京や堺で盗賊家業を働いていましたが、あるとき、忍び働きのために訪れた奈良の猿沢池で、妖しい芸を聴衆に見せていた果心居士に出会うのです。文吾衛門は、己の術の及びもせぬ果心居士の幻術に取り込まれ、伊賀で起こった二十数年の時間を一瞬にして振り返るのですが……上忍・百地丹波(三太夫)に忍術を仕込まれた修行時代、お式との思い出、九ノ一として育てるべく奮闘したお鈴のとの日々ばかりか、天正伊賀の乱の背後に隠された驚くべき陰謀が明らかになるのです。
遠い昔、服部家から奥義“煙之末”を持ち出した忍び、服部観世丸とは何者か?
そして、朝廷の忍びである窺見(うかみ)の恐るべき左道(さどう)。
不老不死の妙薬・非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)と、忍術の奥義究極の忍法・煙之末が駆使される南北朝以来の二百年にわたる時空を超えた凄絶な闘争は、織田信長の運命にも大きく影を落とすことになるのです。
はたして、果心居士によって“虚空”に取り込まれた文吾衛門は、無事還ってこれるのでしょうか、そしてそこには何が待っているのか……

私が気に入ったのは、「まず、宇宙は空白である。そこに点が生じる。点は長じて線となる。次に線は幅を持ち、それは面となる。面は高さを持つにいたるが、これがお前たちの知る世界だ」すなわち、我々の3次元の世界です。
「煙之末の術とは、ここからもうひとつ先に足を踏み出す術だ。ただ一歩で良いのだが、これが出来ぬ」?
「この世界はいくつもの重なり合った世界から成り立っている。鏡と鏡を合わせたときのように、いくつもの世界が平行して存在し、それぞれ少しずつ違っている。それらを行き来するのが煙之末の術だ」
パラレルワールドのことですね。ひょっとしたらどこの物理学の本よりも、我々が関知出来ない4次元空間の概念をわかりやすく説明しているのではないか、とも思いました。
さらに、信長の運命が実にオチがついていて素晴らしいですね。
誰が信長に非時香菓を渡したのか、読みながらずっと気になっていたのですが、伊賀が降伏のとき差し出したもの、それがどうして樒の実であったのか合点がいったときには思わず気の毒に思いました。
さぞかし苦かったんじゃないだろうかと(笑)

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