「百年文庫 異」江戸川乱歩・ビアス・ポー

百年文庫の17年目のテーマは“異”です。
異。異なる。何やら妖かしのような、尋常ならざる予感がするテーマですが、はたして、私が思うに今までで一番、3篇の作品選抜のセンスが抜群であると思われました。
異というテーマにこれほど沿った作品は、この3篇以外にないんじゃないかとまで思わせてくれましたね。
もちろん、それぞれ持ち味は違いますし、万人が面白いと感じるかどうかは別なんですが、3篇とも読み終えて「あ、そうか、異か、なるほど」と不思議に納得してしまうな感じなのです。
それぞれの作品は、その世界においてあまたの小説群に埋もれておるとしても、こうやって百年文庫でそのテーマをあてがってスポットを当ててみると、妙に輝きだすような気がします。

「人でなしの恋」江戸川乱歩(1894~1965)
 名作ですね。素晴らしい、としか云いようがない。実は私、ずいぶん前にこの作品の映画を観たことがあります。原作に忠実であったような気がしますが、今となっては門野が阿部寛だったことしか覚えていません。でもうっすらと筋を覚えていましたからね、映画を観ずに小説だけ読んでたほうがよほど面白かったと思いますよ。ショッキングで。
自由恋愛などない時代。19歳の京子の結婚相手は、町でも知られた旧家であった門野家の一人息子でした。
門野は凄いような美男子なのに乱らなうわさがないかわり、一通りでない変人だと言われていました。しかし、結婚当初の京子の可愛がられようは、夜ごとのねやのエクスタシィといい半端ではなく、やっと京子が「変だな」と気づいたのは婚礼から半年たった時でした。夜中にしげしげと土蔵の2階に夫が閉じこもるのです。ある日決心して夫の後をつけた京子は、錠がおとされた落とし戸の向こうから男女のひそひそ声を聞くのですが……
人でなしの恋。この世のほかの恋。人形に霊が取り憑いているとかそういう見方を許さない書き様をしています、それがまた素晴らしい。まごうことなき名作でしたね。

「人間と蛇」ビアス(1842~1914?)
 これもまた3篇中の間をしめるにちょうどいい、ピリリと香辛料が効いたような逸品でした。
ただし、これは読む時間に注意!寝る前に読むと悪夢になってしまうかもしれませんよ!(笑)
蛇の話を読んでいるときに、ふと目をやると部屋のベッドの下に蛇がいる、これ相当びびりますよね。
もっと怖いのは部屋の壁を這っているという場面ですが、これなら怖すぎて逆に対処の仕様があると思います。
中途半端なのは、それが“ベッドの下”だったからですよ。それも主人公が居候している家は、動物学者の邸宅であり蛇も飼っていた。だから、ベッドの下に光る目を2つ発見して蛇以外のなにものでもなくなっちゃった。
悲劇ですよね。でも、ラストといい、何かの暗示っぽい作品であることは、作者の意図はともかく間違いないでしょう。

「ウィリアム・ウィルスン」ポー(1809~1849)
 1839年の作品で、江戸川乱歩訳です。最後のセリフの意味を考えながら焼酎3杯は飲めると思いますよ。
私の名は「ウィリアム・ウィルスン」(仮名)。どこにでもある平凡な名前だ。学校では、同姓同名の奴がひとりいた。同級生間でもっとも勢力があった私に対して、そいつだけは反抗した。このうえない邪魔な存在だった。しかも同じなのは名前だけではない。生年月日まで一緒である。そして全身の恰好やら顔の輪郭まで似ていたのだ。
彼は私の言葉と行為を完全に真似ることにだけ腐心した。悪夢である。
学校を逃げ出してからも悪夢は覚めなかった。奴は、もうひとりのウィリアム・ウィルスンは、オックスフォードでは私の名誉を破壊し、ローマにおいては私の野心を砕き、ナポリにおいては恋を妨げ、ようするに私の邪魔をするためだけに生きていたみたいなものである。あるとき、ナポリの仮面舞踏会で奴にあった私は、決闘を申し込むほど激怒していた。私は何度も奴の胸を突き刺して殺してしまう。そして、奴が言ったセリフとは……
これも最後のところ、よく読んでみると読み手の勝手な妄想を許してないと思うんですよ、私は。
もちろん主人公はだいぶ酒にやられているようなことも書かれていますが、けっして二重人格のような類の結末ではないと思いますね。学校では先輩から血縁があるように思われていたそうですし、もうひとりいたのは間違いありません。ただ、主人公はもうひとりのウィルスンに取り込まれてしまった。本当は別人同士なのに、一緒になってしまった。寄宿舎で寝顔をみるシーンがあったと思います。本当は主人公が思うほど似ていたのでしょうかね。「お前自身に他ならぬこの姿でよく見るがいい」これは、「俺がおまえに似ているんじゃなくて、おまえが俺に似ているんだ」という強烈な余韻を与えてくれました。酒が進みますね。





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「体育館の殺人」青崎有吾

本年度(2012)の第22回鮎川哲也賞受賞作です。
作者の青崎有吾は、本作の舞台と同じく1991年横浜生まれ。本賞史上初の平成生まれです。

神奈川県立風ヶ丘高校は、全校生徒千人弱の進学校。
前期中間テストも終わった、6月某日、事件は起こりました。放課後、校舎東側に建つ旧体育館のステージで、胸にナイフが突き刺さった男子生徒の死体が発見されたのです。
死体の身元は、3年生の朝島友樹、放送部の部長でした。死亡推定時刻は午後3時前後、死体には殺害後、舞台袖からステージの演台のところまで移動された跡がありました。
異例の学園内殺人であり、さらに神奈川県警捜査一課の刑事たちを驚かせたことは、殺人の現場である体育館が、出入り口はすべて鍵がかかっているか、人の目があった“密室”だったことでした。
警察の初動捜査は、密室の状態で唯一殺人機会があった卓球部部長の2年生佐川奈緒へ向かいます。
兄である捜査一課刑事の優作が本事件の捜査に参加しており、佐川への憧れを抱いている卓球部の後輩で1年生の袴田柚乃は、彼女を救うため、ある人物に協力を依頼するのです。その人物とは……
いっさい帰宅せず、百人一首研究会という文化部部室に住み着いているという、究極のアニオタにして中間テスト900点満点の伝説の廃人、裏染天馬でした。
体育館の男子トイレに残されていた、犯人の遺留品だと思われる傘によって佐川奈緒への警察の嫌疑を晴らした天馬は、袋小路に入り込んだ警察の捜査同様、難航しながらも真犯人を追うのです。
そして事件発生から48時間、大会議室に事件の関係者を集め、天馬の圧巻の謎解きが始まる……

事件発生時の体育館内の時間経過と人の出入りはややこしいので、簡単にまとめておきます。
①3時00分 6時間目が早めに終わった佐川と卓球部顧問の増村先生が体育館に入る
②3時03分 被害者である朝島友樹が渡り廊下から体育館に入ってくる
③      朝島が下手にある舞台袖に入った直後、ステージの幕が下ろされる
④3時05分 増村は職員室に戻る(練習メニュー表を忘れたため)10分に再び戻ってくる
⑤3時08分 制服姿の手ぶらの女子生徒が体育館に入り、そのまま舞台袖へ(佐川の証言)
⑥3時10分 卓球部の1年生袴田柚乃と野南早苗が体育館に入ってくる。佐川らと合流
⑦3時12分 バドミントン部の生徒が2人体育館に入ってくる
⑧3時15分 ドーン、ドーンという太鼓のような音がする
⑨3時15分 演劇部4人がリヤカーを引いてが体育館下手のトイレ側の扉に到着
⑩      演劇部の三条愛美がステージ幕を上げて死体発見
⑪      騒ぎを聞きつけ、体育館のトイレの外側で人を待っていた2年生針宮理恵子と、生徒会長の正木章弘が          体育館に入ってくる

巻末に選考委員の選評が記載されていますが、そこでも見られるように、ロジカルミステリーを標榜していながら、本作にはおかしな所が多少見受けられます。他にも私が気になったのは、体育館のトイレの位置ですね。ふつう、体育館のトイレというのは、建物の入り口付近にあるものであって、本作の舞台のように建物のずっと奥にトイレがある体育館など見たことありません。そして生徒がひとり殺されているにもかかわらず、あまりにもショックが感じられない学園内。でもまあ、これは作品の方向性だから仕方ないかな。学園ミステリーといっても、ソロモンの偽証のように事件の背景を描きつくすようなのは特殊ですよね。だから、風変わりな高校生探偵としてキャラの立つ裏染天馬の推理や活躍を楽しむライトポップな学園ミステリーとして読むぶんには、まずまず満足できる一冊であったと思います。


「本土決戦の虚像と実像」日吉台地下壕保存の会編

表紙を開くとそこには、関東・甲信越の戦争遺跡の地図があります。
戦争遺跡。聞きなれない言葉です。私は初めて聞いたし、その存在を意識したことはありませんでした。
遺跡といえば何千年も前の考古学的な遺物が普通ですし、太平洋戦争の終結からまだ70年も経っていません。
しかし考えてみると、我々の生活している今の日本という国、いつでも総理大臣の悪口が言えてネットで好きなことが書ける社会と180度違うような世界が、ほんの60数年前には“ここに”存在していたのです。
人間の命を屁とも思わず、次から次へと特攻に追いやった恐るべき社会が確かにここに存在していました。
私は戦争を経験していないので、その実感がありません。フィルムや文書で知るのみです。
その意味で戦争遺跡とは、戦争を知らない後世に、かつての日本の狂気を直に触れさせる教訓になると思います。
本書で紹介されているのは、慶應義塾大学日吉キャンパスの連合艦隊司令部地下壕や、長野県松代の大本営地下壕など数が多くはありませんが、一般に公開されているものもあるので、機会があれば是非目にしてみたいと思っています。全国の戦争遺跡の保存と活用に献身的に努力してきた各団体が、長年にわたって研究、調査した内容を、本土決戦体制という概念で分析しようとしたのが、本書のねらいであるようです。
地域の戦争遺跡を調査すれば、現存する文書資料がきわめて少ない「本土決戦」の姿が私たちの眼に蘇ってくるのです。

昭和19年7月、サイパン島の陥落後、初めて大本営は日本本土でも大規模な地上戦を想定せざるを得なくなりました。具体的には、各地の沿岸の砲台や陣地の概成、決戦部隊第36軍の編成、閣議決定した「国民総武装」による全国の職場や学校での竹槍訓練などでした。
さらにレイテ決戦の失敗により、本土決戦の準備は本格化します。
15歳以上60歳以下の男性、17歳以上40(45)歳以下の女性は「義勇兵」として戦闘に参加することになるのです。昭和20年に大本営が示した「決号作戦」では、部隊の持久、後退を許さず、傷病者の後送や看護を禁止しました。6月には沖縄での敗戦が近づいてなお御前会議の基本方針は、「あくまで戦争を完遂、国体護持、皇土を守護」でした。「1億総特攻」「1億玉砕」の精神です。すべての戦闘は特攻作戦であり、特攻のための基地づくり、訓練は特攻必死の訓練でした。
たとえば、人間爆弾「桜花」43型乙は、カタパルト射出のジェット特攻機です。木製の簡易ボートで水上特攻する「震洋」。人間機雷「伏龍」は、簡易潜水服を着た隊員が海中で棒機雷を手に持ち、敵の戦車などを積んだ上陸用舟艇を水際で爆破しようというものでした。あまりにも無謀な戦術で、泣けてきます。
そして、国民に死を命じた大本営は、あろうことか長野県松代に政府、大本営の移転をだいぶ前から検討しており、工事を督促し、兵隊に後退を認めないくせに、おのれらのみは後退し自己の温存を図ろうとしていたのです。
松代大本営は総延長10キロを越える地下壕群であり、一部気象庁などに使用されながら現存しています。
そして実は、本書には興味深い記事がありました。皇居から松代への天皇の動座も検討されていたのですが、その際、宮内省の視察で賢所(かしこどころ)の造営が問題とされました。賢所は「三種の神器」のうち鏡を祀る場所です。天照大神から伝えられたとされる鏡は伊勢皇大神宮に祀られ、その写しが宮中の賢所に置かれていました。大本営を松代に作っていた陸軍は、三種の神器は地下御殿の神棚に安置しようとしていましたが、宮内省は賢所の造営が絶対必要であるとして「陛下には万一のことがあっても、三種の神器は不可侵である。同じ場所しかも物置を充てることは許されない。陛下の常の御座所と伊勢の皇大神宮を結ぶ線上に南面にして造営し、しかもその掘削には純粋の日本人の手によること」と指示しました。ものすごく、意味深だと思いますね。

米軍は、九州を先に(オリンピック作戦)、そして相模湾および九十九里浜に上陸する最終侵攻作戦(コロネット作戦)を計画していました。結果的に実現することがなかったのは、両国とくに日本にとってこれ以上のない不幸中の幸いでした。本書には他にも、世界ではじめて実用化された大陸間横断兵器である風船爆弾や、特攻隊員の手記など、断末魔の日本の姿が描かれています。これもまた、日本の歴史なのです。


「月と蟹」道尾秀介

第144回直木賞受賞作(平成22年度下半期)です。
もうすっかり人気作家の地位を確立しましたね。
全作読んでいるわけではないのですが、この方の作品の傾向には大まかにいって2種類あると思うんです。
少しライトポップなミステリーと、じめっとした粘着系のヒューマンドラマ、青春小説。
私は断然、後者のほうが好きでして、暗いんですが、この作家の特質がよく表現された良作が多いと思っています。
反対に前者は面白いんだけど、なにかオシャレにまとめすぎようとしている窮屈さを感じます。
まあ、人それぞれの感じ方でしょうけどね。ひょっとしたら私のほうが少数派かな。
本作もそれほど評判が高かった作品ではなかったと思いますが、私はけっこう面白く読ませていただきました。
物語全体を覆うトーンの暗さ、これがいい。
ふつう、少年2人と少女1人が主要なキャラクターである物語であれば、もうちょっとノスタルジックになるはずですが、作品全体に通された不気味で暗い質感が、そういった感傷的部分に対してはるかに勝っています。
これこそ道尾秀介という作品だと思うんですが、きっと私は少数派なのでしょうね。

利根慎一は10歳(明記されてないが小学校5年生)。2年前、東京から鎌倉市にほど近いこの海辺の町に引っ越してきた。10年前に船の事故で片足を失った父方の祖父の家で、母である純江と3人で暮らしている。父の政直は1年前に癌で亡くなった。お金に余裕はなく、東京から来たということもあってクラスにはなかなか馴染めていない。
慎一が唯一仲がいいといえるのは、同じように関西から引っ越してきた富永春也だけである。
放課後、いつも2人で遊んでいた慎一と春也は、山道を行く途中で秘密の場所を見つける。
そこにある岩の凹みに海水を注ぎ、即席の潮だまりを作った彼らは、海辺から捕まえたきたヤドカリを放ち、やがてヤドカリをヤドカミ様と呼ぶ奇妙な儀式を行うようになる。ヤドカリを下から火で炙って中身が出てきたところを捕まえ、台座に固定して願い事をしながらそれを焼き殺すという残酷なものであった。
お金が欲しいと願った慎一は海で500円を拾い、彼にいたずらをしていると思われていた蒔岡は階段から落ちた。
しかし、しだいに慎一が気付いたように、これはすべて慎一の願い事をじかに聞いていた春也の仕業だった。
2人だけの秘密の場所――のはずだったところに、葉山鳴海というクラスでも人気のある女の子が加わるようになり、やがて慎一と春也はぎくしゃくとしていく。鳴海の母親は、十年前に慎一の祖父である昭三の船に乗っていて事故に遭い、亡くなっていた。水産研究者だった。
鳴海に魅かれていく慎一と、母を巻き込んだ事故の関係者の家族と知りながら彼に近づく鳴海の思惑。
そして、慎一は母の純江が、鳴海の父と深い関係にあることを知った慎一は、ヤドカミ様に最後の願いをかけるのだ。

物語の舞台は鎌倉付近の海辺の町ですが、それはともかく、瀬戸大橋が開通したばかりということは、だいぶ昔ですね。どうしてそんな昔にしたのでしょうか。おそらく、小学生が“秘密の基地”を作るような時代であったからでしょうね。テレビゲームがようやく流行りだしたころでしょう。だから、クラスで浮いている慎一と春也が2人で孤独に外で遊んでいるという絵柄が活きているような気がします。もちろん、気色悪いですがヤドカリを焼いたりだとか、それに鳴海という女子が参加したりすることも、その時代であるとすると違和感がありません。今だったら「きんもー☆」とか言われて次の日からハブられますよ、きっと。
月と蟹というタイトルの由縁ですが、祖父の昭三が末期のように語った言葉、「月の光が上から射して、海の底に蟹の影が映ったとき、その自分の影があまりにも醜いもんだから、蟹は身を縮こませてしまう……」を考慮すれば、人間なら誰もが持っている心の裏表を表したものではないでしょうか。蟹とは、慎一があの日の鏡の中に見た自分の姿ですよね。明るさで露わになる己の醜い心。それはきっと誰もがどこかに持っているものですよ。そして、結局は自分に返ってくる。人を呪わば穴ふたつとやら。
この作家のすごいところは、主人公の小学生にそれを体験させてしまうところでしょうね。





「風が強く吹いている」三浦しをん

一人ではない。走りだすまでは。
走りはじめるのを、走り終えて帰ってくるのを、いつでも、いつまでも、待っていてくれる仲間がいる。
駅伝とは、そういう競技だ。
そして、1月2日。箱根駅伝がはじまった。
それは、十人で挑んだ一年間の戦いの、終着点だった。同時に、箱根駅伝があるかぎり語りつがれる十人の、最初で最後の、激しい戦いのはじまりだった。


家賃三万円のボロ下宿、竹青荘。昔は寛政大学陸上部の錬成所でした。
9室ある部屋の最後の1室に、高校陸上界のトップランナーでありながら事件を起こし、その世界から消えた蔵原走(かける)が新一年生として入ってきたとき、寮長のような存在である清瀬灰二が歓迎会でぶちあげたこと、それはなんと竹青荘のメンバー10人で箱根駅伝に挑戦するという、おそるべきものでした。
東京箱根間往復大学駅伝競走、全216,4キロ。
1920年にスタート、1987年にテレビ中継が始まり、毎年高視聴率で年初の全国の家庭をにぎわすこの大会は、学生ランナーの憧れであり夢である。陸上の強豪校がハードな練習を毎日、何年もやってそれでも箱根に出場できるのは、ほんの一握りの選手だけです。そんな陸上をやるものにとって「箱根」という特別な思い入れのある大会に、素人ばかりの竹青荘の住人が目指そうと思って目指せるものなのでしょうか。
しかし、あんがい箱根駅伝の門戸は広いのです。予選会にでるには、5千メートル17分以内の記録を持っていればいいのです。そして、あらゆるスポーツで天分が必要とされますが、およそ長距離ほど天分と努力の天秤が努力のほうに傾いている種目もありません。
10月の予選会まであと半年。理工学部の国費留学生で陸上経験のないアフリカ人のムサ、高校時代陸上の選手でありながら今はチェーンスモーカーである最年長のニコチャン、現役で司法試験に合格したユキ、漫画オタクで運動オンチの王子、目立ちたがり屋の双子ジョージとジョータら、竹青荘の変人いやユニークな面々は、猛烈な訓練によって箱根の剣に登ることができるのか……
個人競技と団体競技の究極の中間形態である「駅伝」。読み終えたあとには、その見方が変化すること確実である爽やかな青春スポーツ小説です。

もう2ヶ月もありませんね、箱根まで。
私はだいたい毎年、朝から酒を飲んだりごぞごぞしながら観ているわけですが、今度の箱根はまったく違った目で観れそうです。箱根駅伝には20校が参加できるのですが、シード権は昨年の上位10校のみで、残りは10月の予選会で決まるのですが、本作を読んで驚いたのは、予選会の門戸が広いことですね。関東の大学ならどこでも参加できるようなので、“記念受験”みたいなものもあるんじゃないですか。もっとも、1キロ3分強のペースでなければ話にならないようですが……
一見、むちゃくちゃなテーマのようですが、どうなるんだろうと先が気になる、そして読みながら新しい価値に気付かされ、読み終えて感動する、これでいいんじゃないですか、小説は。ただ、隠し玉の存在かと思っていた監督の大家さんが最後までへぼだったのは参りましたが(笑)私も毎日ジョギングしていますが、ほんとうに、走るということはこんなに奥が深いということに初めて思い至りましたよ。

走るということは、速さじゃないんだよ、強さだというんですね。
走るという行為は一人でさびしく取り組むものだからこそ、本当の意味で誰かとつながり、結びつくだけの力を秘めている。走りとは力だ、スピードではなく一人のままで誰かとつながれる力強さだと。
わたしは、あなたは、たすきをつなげる仲間がいるでしょうか。
そしてまた、走るとはどういうことか、それは走ること自体が問いなのですよ。ある意味、人生でしょうね。



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