「百年文庫 命」シュトルム/オー・ヘンリ/ヴァッサーマン

 命は点ではなく線、あるいは連鎖していると私は思っています。
 輪廻転生ではありません。私は死後の世界を信じていません。命は物質でもなければエネルギーとして確認されたわけでもありません。思考はただの脳の電気信号であるなら、命とは幻です。
 であるのに、本書に収められた命に関する3篇の物語を読んで、なぜにこれほど感動するのか。
 それは、命というものは、点として生まれてやがて線のように消え去るものであるからです。
 命はなくなり、人の思い出の中だけで生き、やがてそれも消え去っていきます。
 歓びもなく、憩いもなく、素敵なこともなければ、明日への希望もない、そんな人生でも人は生き続け、命は人生の線を描き続けるのです。生きるということは、大変なことなんですよ。
 百年文庫、第21作目のテーマは「命」。名作が揃っています。途中で読み止めることができませんでした。

「レナ・ヴィース」シュトルム(1817~1888)
 シュトルムはドイツの小説家であり、法律家でもあります。本作の語り手の境遇に似ているかもしれません。
 レナ・ヴィースとは、語り手の主人公の幼年時代の“語り部”だった女性で、パンを焼いて牛乳も売っている店で、老いた両親と一緒に暮らしていました。30歳を過ぎている彼女は、元は美しいのですが、顔が疱瘡にやられていました。ただ彼女の美しい鳶色の眼だけはそこなわれておらず、その眼も彼女が語る物語と同じように、主人公の幼年時代を照らす星でした。
 やがて少年は勉強のために街を出て、デンマークがドイツを占領し、またドイツが領土を取り戻し、故郷の街に地位を見つけたころ、彼はもう老年に向かっていました。レナもやがて凛とした死を迎えます。
 しかしいつまでも彼の心には、レナが生きていました。いつしか目にする場所が思い出に変わり、自分もまた誰かの思い出になり、そしていつか、消えていくのです。美しいあの人の追憶と、共に。

「最後の一葉」オー・ヘンリ(1862~1910)
 これは、あまりにも有名な作品ですね。あえてこの作品を選んだ理由は、「命」というテーマでこの物語を外すことができなかったからではないでしょうか。何度読んでも味があるという深い小説ではありませんが、読むたびに何か発見があります。それは、読み手であるこちらが年を取ったためでしょう。
 ワシントン・スクウェアの一劃にある“画家村”。食堂で知合い意気投合したスウとジョンシィは、ルームシェアして一緒に暮らしています。やがて、ジョンシィが肺炎に罹り寝込んでしまいます。医者からも大変厳しい状態であると言われ、すっかり弱気になったジョンシィは、窓から見える向かいの家の塀に絡まっている蔦の蔓の葉っぱがすべて落ちてしまえば自分も死ぬ、と言い出すのです。困ったスウは、階下のベアマンに相談します。ベアマンは、いつか傑作を描くと言い続けているだけの落伍した老画家でした。で、あとはご存知の通りですね。
 命とは連鎖していくものなのです。自分は生かされているんだということを、気付かせてくれる逸品です。

「お守り」ヴァッサーマン(1873~1934)
 面白かったです、感動しました。ヴァッサーマンという作家はまったく知りませんでしたが、ドイツのユダヤ系の作家とのことで、演劇にも造詣が深かったらしいですね。3篇ではこれが圧倒的に長く(約70ページ)、途中で止めて寝てしまおうと思いながら読んだんですが、最後まで止まりませんでした。またラストの余韻が切なく、目が覚めてしまって焼酎をもう一杯飲んでしまいました。
 舞台はウィーン。クリスチーナ・シールリングは、父の顔も母の顔も知らずに育ち、孤児院で育ちました。
 長じた彼女は、水汲み、洗濯、子守、掃除など、なんでもやって懸命に生きていました。
 油が切れればランプの炎は消えてしまいますが、人生はそうではありません。歓びもなく、憩いもなく、素敵なこともなければ、明日への希望もない、そんな人生でも人は生き続けるのです。
 住み込みで働き、うんざりするほどいろんな人生を見てきた彼女は、やがて良い家に下女として働ける幸運に恵まれ、恋人まで出来ます。生まれて初めての恋人でした。恋人は、カリクストゥスという軍隊の伍長で、お金はなく、彼は人生の散歩人でした。やがて生まれた子は、人に預けることになりました。
 彼女は、カリクストゥスの友人で、床屋で名優であるポリーフカの舞台を見て、新たなる人生に立ち向かう勇気をもらいました。生まれて初めての観劇でした。しかし、ポリーフカは彼女が憧れるような男ではありませんでした。
 戦争になってカリクストゥスがいなくなると、彼はクリスチーナが15年の歳月を要してためた600クローネを、借りたまま踏み倒しました。そのお金は、子供のヨーゼフのために彼女が取っておいたものだったにもかかわらず……
 悲劇はこの後も続きますが、何が不運だったといって、カリクストゥスが戦死してしまったと間違って伝わったことでしょうね、やはり。これさえなければ、彼女は生きていましたし、ヨーゼフも生きていました。
 ですが、それだと臨終の間際に、彼女が初めて純粋な幸福を味わうことはなかったかもしれません。生きていれば、人間から無私の善意を受け、言葉を受けることはなかったかもしれません。
 それほど素晴らしい最期でした。彼女が20歳くらいのときに住み込みで奉公していた元陸軍中佐が死ぬ時に、彼女にメダルを渡しましたが、これはなんの伏線だったの?と不思議に思いながら読んでいたのですが、でてきましたね、ラストで!これ以上ありえないほど美しい形で命がリレーされたのは、あのメダルがあったからこそです。
 もう一回、いや何度読んでも、ラストで泣いてしまいそうになります。
 やはり、命は連鎖するのですよ。地球があるかぎり、続いていくのです。


 
 
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「海防艦『占守』電探室異状なし」北村栄作・神波賀人・河本義夫ほか

 軍事雑誌「丸」に掲載された実録戦記5篇で構成された、リバイバル戦記コレクションというシリーズの中の一冊です。
 シリーズの各冊にはそれぞれテーマがありまして、本書は名せられるところ「海軍小艦艇戦記」。
 どうしても連合艦隊の戦艦や空母、巡洋艦、あるいは航空隊など、派手なところは注目を浴びていると思うのですが、1400余隻を数えた特設艦船、特務艦艇のことを知っている国民は、それほどいません。
 その割には彼らの果たした役割というのは非常に大きく、海軍にとっては、縁の下の力持ちという、なくては戦争が遂行できない重要な存在でした。
 例えていうなら、野球は4番バッターとピッチャーだけで出来るものじゃありませんから。
 本書は、国民から注目されることもない、日の当たらない場所で、ゼロ戦や戦艦大和の乗員と同じように、国のために命を賭して懸命に戦った、勇者の記録です。

「海防艦『占守』電探室異状なし」北村栄作(海防艦占守電探員)
 著者は、立命館大学在学中、学徒動員によって昭和18年12月舞鶴海兵団に入隊。
 航空兵を志すものの、周囲の懸念と視力が足らず、海軍通信学校に入校(第1期普通科電測術練習生)。
 我が国の電探(レーダー)は、八木博士によって早くから理論づけられていたにもかかわらず、電波探信儀の探知能力は、日本とアメリカに1年半の能力の差があった。海軍は、この立ち遅れに対し、ドロナワ式に学徒兵を速成教育してその要員に充当しようとしたのである。著者は、開戦以来の歴戦の海防艦「占守」に乗り組むことになる。
 占守は、12ミリ単装砲3門、25ミリ機銃5基、爆雷60個、対空電探、水中探信儀など武装を増強し、高角砲はないものの、1020トン(860トン)、19,7ノット、航続距離8千カイリの能力は、他の海防艦に見られない充実したものだった。
 占守は「捷一号作戦」に伴い、輸送船団を護衛しレイテに向かう。
 また、終戦直後の、緊急を要する、樺太の在留邦人の引揚げにも尽力した。
「書かれざる船舶砲兵ソロモン海戦記」神波賀人(輸送船崎戸丸船砲員)
 著者は速力19ノット以上を誇る1万トン級の高速輸送船「崎戸丸」の船尾高射砲の砲兵。
 昭和17年9月、シンガポールを出港した崎止丸は、ジャワで陸軍第2師団の主力を搭載し、ガダルカナルへ向かう。
 ラバウルに寄港してからは敵による夜間爆撃を経験。探照燈の照射は、高空の敵を捉えるだけで、見えない低空から敵機が突っ込んできたという。高度8千でも、B17は大きく見えた。
 昭和17年10月15日、ガダルカナル島攻略強行上陸作戦に参加。速度19ノット以上だせる高速輸送船6隻で船団を組んだ。乗船部隊の兵隊が気が狂うほどの激しい空襲。著者は満州で教えられた信管射撃で、高射砲を速撃して応戦。ガ島滞在18時間に及ぶ対空戦闘で、のべ百数十機の敵機に350発の砲弾を浴びせたが、輸送船は6隻中3隻が炎上大破した。
「わが青春の軍艦『白鷹』に生きる」河本義夫(敷設艦白鷹水側員)
 著者は、少年水側兵。昭和17年5月大竹海兵団に入隊、18年4月、芹崎防備衛所に配属された。
 少年水側兵というのは、開戦によって志願年齢が14歳に下げられた水中聴音の専門兵である。少年のころからの音感教育が、精密な音響新兵器を駆使するのに適切とされた。著者が先に配属された防備衛所は、日本全土の海峡や湾口に総数63を数え、水側陸上班が密かに航行する敵潜などを警戒していた。
 しかしさすが少年、環境に飽きたらず、新兵器水中側的の特技者として敷設艦「白鷹」に乗り組む。
 白鷹は、防潜網の急設網艦も兼ねていた昭和4年建造の石炭船だったが、船団護衛の旗艦として昭和18年6月17日、呉を出港、南下する。憧れた軍艦乗りだったが、少年には、石炭搭載の激務や、甲板整列の猛烈なしごきなど悪夢が待っていた。著者が対潜学校入校のため退艦後1ヶ月、昭和19年8月31日、白鷹は米潜により撃沈された。
「燃える上海 軍艦『出雲』が出撃するとき」本田清治(軍艦出雲副長付兼甲板士官)
 著者は、海兵68期。戦艦霧島の対空機銃群先任分隊士から、昭和16年9月、支那方面艦隊旗艦である上海の軍艦「出雲」へ転任した。出雲は、日露戦争にも参加した艦歴40年を越える老朽の石炭船でありながら、1万トンを誇る巨体は、事大主義の中国人を圧していたという。
 揚子江の艦隊ということもあり、趣きの異なる戦記で、上海の日本租界におけるテロ事件や、緊迫していく日米交渉に合わせるかたちで、入渠が隣同士であるアメリカやイギリスの上海駐留艦隊との駆け引きも面白い。もっとも、英米の艦隊はほぼなにも準備していなかったに等しいが……いざ開戦となって、暁暗の黄浦江では、日本の軍使艇が英米艦に宣戦布告を通告した。降伏勧告を拒否したイギリスの砲艦は撃沈され、アメリカ艦はそれを見て降伏したという。この後、著者は拿捕した敵国の輸送船に捕虜を載せて、内地に回航する任務を引き受ける。
「軍艦『最上川丸』ラバウル航海記」小山泰治(特設運搬艦最上川丸艦長)
 戦後残された父の日記からなる戦記。日記の書き手である著者は、海兵34期、予備役海軍大佐。日米開戦前の昭和16年12月に、55歳で召集された。十数年ぶりの現役復帰である。
 著者が艦長を拝命したのは、貨物船を改造し、機関銃数梃をつんだ名ばかりの軍艦「最上川丸」(7500トン)。
 日記は、著者が退艦する昭和17年10月まで続いている。
 最上川丸は、航空機を南方に輸送する重要な役目を負っていた。ラバウルを往復すること3度。ほかにもMO作戦(ポートモレスビー攻略作戦)でラバウルの台南空や4空の基地員を輸送する任務を受けたため、珊瑚海海戦も体験した。このときは昭和17年5月4日にラバウルを出撃している。また、連合国反攻前夜のツラギ基地にも輸送するなど、特設運搬艦としても、急遽召集された初老の予備役艦長としても、赫々たる戦歴を残したと云えるだろう。

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「黙示」真山仁

 目に見えない恐怖。
 ミツバチの帰巣本能を狂わせ、集団失踪事件の原因とされるネオニコチロイド系農薬。
 はたして農薬は放射能と同列に語られるべきものなのか、必要悪なのか、それとも人類の叡智の結晶なのか。
 
 農薬と聞けば、多くの人は人体に害を与えるものと連想します。
 しかし、農薬がなければ大半の農作物は商品になりませんし、無農薬農業だけで国民の需要を満たすだけの収穫量はなしえません。日本は、狭い上に総面積の7割が山地という国土に、1億人以上の国民が暮らしています。それだけの食卓を豊かにするのに農薬は貢献しているのです。言い方を変えれば、農薬こそが日本の食生活を支えているとも云えるのです。
 一方、2011年に世界の人口は70億人を超えました。60億人から70億人に達するのに要した時間は、わずか13年。
 人口爆発は、いずれ世界中が食糧と水を奪いあう事態を招きます。現に、国土の砂漠化が年々進む一方で、人口増加は衰えず、そのうえ近い将来には超高齢化社会の問題がとてつもないスケールで襲ってくる中国は、世界中の食糧のみならず農地まで買い漁っているのです。
 たいして日本は、年間で小麦500万トン、大豆300万トン、とうもろこし1600万トンを輸入に頼っています。
 このままいけば、近い将来に、日本国民は飢えますよ。
 じゃあ、日本では栽培が自粛されているGMO(遺伝子組み換え作物)はどうか。
 GMOというと、たいていの日本人は気色悪く考えます。しかし、GMOはすでに世界の趨勢であり、日本にも家畜の飼料として入ってきていますし、砂漠に適した野菜も作れますし、害虫抵抗性作物は農薬がいりません。
 農薬とGMO,日本の農業はこれからどちらを選んでいくのでしょうか。
 TPP交渉も実現し、日本の農業は国際競争力をもった強い農業への転換が求められています。
 世界が飢えようとしているのに、農薬は毒だGMOは神への冒涜だ、などと甘っちょろいことを日本人のみなさん、言っていると食べるものなくなっちゃいますよ、中国を含めた新興国の金持ちは、日本人が出す以上のお金でもって世界の食糧を買い占めてしまいますよ、もう日本は金持ちではないんです、原発停止の影響で燃料輸入費が急造し貿易赤字国に転落したうえに、また食糧でも貿易赤字を増やすとなると、国が滅びますよ。
 今こそ、日本は官民一体で、オランダが成功したような植物工場、食品加工場、農業研究施設、港湾、飛行場が一体となった農業コンビナートを計画推進し、国内でも国外にでも大量に作物を供給できるような体制を整備しなければならないのです。
 強い農業。これこそが、未来の日本を救う道なのです。

 とまあ、本作で書かれていることをまとめると、こんな感じかなと(笑)
 私の考えではありませんし、おそらく、作者の考えでもないと思います。
 食糧問題や農薬を突き詰めて取材していくと、こんな書き方しかできなかったんだろうなあ、と。
 なにか煮え切らない、中途半端な書き方をされているのはきっと、作者が打ち立てた方向性から、真実がずれてきたのだろうなあと思います。
 3方向の視点から3人の主要なキャラが登場します。養蜂家でミツバチの集団失踪事件に取り組み、ネオニコチロイド系(ニコチンに近い)農薬の廃絶を訴える代田悠介、農薬メーカーの研究室のエースで、ネオニコチロイド系農薬「ピンポイント」の開発者である平井宣顕。農水省のキャリアで、放射能問題のあとはTPP協定批准後の日本の農業のあり方を考えるセクションにある秋田一恵。
 この3人がですね、代田はマスコミでうっかり農薬は放射能以上の恐怖と失言したり、平井は息子が自分の開発した農薬で曝露し重体になりますし、秋田はGMOの先進企業であるアメリカの会社の先棒を担ぐ政治家に振り回されたりと、それぞれ当初の考え方とは、物語が進むにつれ変化していくのです。
 これは、農薬が悪いかGMOが良いかなど、善悪の二元論ですべて解決する時代ではなくなった、今や世界はもっと複雑に入り組んで成り立っているのだ、ということです。作者の言いたいことはこれかもしれませんね。
 謎なのは、結城さおりと土屋宏美です。何者でした?
 平井の息子が犬のノミ駆除薬で再発したことをリークしたのは、結城さおりなのでしょう。とすると、彼女は早乙女代議士と繋がっていたということはトリニティの人間かもしれません。土屋宏美も、代田の組織で過激な宣伝をしようとしました。これは結果的にGMOを推進したいトリニティを利することになりますね?ふたりの消えた時期が同じくらいだと考えると、土屋もアメリカの農業コングロマリットであるトリニティの息がかかっていたとして間違いないと思います。
 とすると、ひょっとしたら最初の農薬ラジコンヘリの事故も…!?いや、これは考えすぎ。

「二・二六事件蹶起将校 最後の手記」山本又

 磯部曰ク、「村中サン、オトナクシテオレハ陸大ヲ出テ、今頃参謀デスナー」
 村中曰ク、「勤皇道楽ノナレノ果カ」
 一同呵々大笑。
 栗原曰ク、「アスノ朝ハ雪ノ中ニ昼寝カ」
 林曰ク、「永劫未来起キマセンナ」
 栗原曰ク、「起ルヨ。コノ次ノ世ニ青年将校ト生レテ又尊皇討奸ダ」

 いい会話でしょ。負けを自覚してからも、彼らはこんな冗談を交わしていたのです。
 その場にいた生き証人だからこそ書けた、真実の記憶、ノンフィクションですよ。
 昭和11年2月26日、雪積もる帝都を震わせた、大事件。日本に激震が走った4日間、昭和維新という革命。
 「蹶起(けっき)」という漢字が使われるのは、私の知っている限り、この二・二六事件をおいてありません。
 日本の歴史を180度変えていたかもしれない、クーデター。その参加者である山本又予備役少尉の獄中手記「二・二六日本革命史」が、2008年に発見されたのです。まさに「最後の手記」に違いありません。

 発見の経緯は、60年前に蹶起将校の首魁である安藤輝三大尉の母、すえさんの家に下宿していたという、郷土史家の鈴木俊彦氏が、山本又を調べるうちに、遺族と出会い、資料を託されたことによります。
 山本又は特異でした。20代から30代の青年将校たちの中で、山本は42歳で事件に参加しました。しかも、彼は一兵卒から叩き上げの少尉で、予備役となってから6年、すでに民間人(中学の体育教師)だったのです。そして4人の子供の父親でした。熱烈な法華経信徒で、事件鎮圧後は唯一人逃走し、日蓮宗の総本山である身延山で犠牲者の冥福を祈ったあと、3月4日東京憲兵隊に出頭するという、特別な行動もしています。
 禁錮10年(恩赦で5年に減刑)の判決を受け、昭和15年11月に釈放、昭和27年、57歳で亡くなりました。
 同時に発見された日記では、「日独伊三国同盟を結ぶ 大馬鹿」「アメリカ、中国と同盟を結ぶべき」などと書かれている他、釈放後、故郷の静岡で農作業をしていたときには太平洋戦争開戦に「この戦争は必ず負ける。馬鹿なことをするもんだ」「もし私たちの革命が成功していたなら、こんな戦争はしなかったし、こんな日本になることはなかった」と言っていたそうです。
 結論から先に云えば、私は読み終えて、闇のフィクサー北一輝の思想と一線を画した山本又は、二・二六蹶起部隊における、唯一の絶対的な良心ではなかったか、と思いました。この人は、磯部浅一と親交があったので、その場の流れ的に一連の事件に参画することになりましたが、ただのひとつも私心がなかったように見受けられます。

 本書は、発見者である鈴木俊彦氏の序文と、山本又が安藤大尉から「事件の記録を残してほしい」と請われて獄中で書いた「二・二六日本革命史」の現代語訳、同じく原文のママ、そして昭和史研究家の保阪正康による解説から成り立っています。原文は原文で味があり、私は飛ばすことなく、じっくりと読ませてもらいました。
 山本は、若い将校が気が回らない蹶起部隊の食糧や衣服の補給を行ったほか、蹶起趣意書を原紙に書き写しました。このとき、もはや山本しか存在を知らない「削除された22文字」があって、保阪正康は誠に興味深いと書いていますが、それはここでは触れません。
 私はそれよりも、殺害すべき人名リストに陸軍第一の戦略家石原莞爾(同じ熱心な法華経信徒ということもあり山本は味方にしようとした)のほかに、辻政信大尉の名があったことに関心をひかれました。
 辻政信みたいな人間のカスこそ草の根分けて探し出し、真っ先に殺すべきだったんじゃありませんか?
 ほかにも、マレーの虎こと山下少将やら疑惑の真崎甚三郎大将やらのこと、事件は忠魂の爆発にいたるまで十数年を経過し、一朝一夕の偶然に突発した事態ではないこと、他からの了解(皇族など)や扇動はいっさいなかったこと、やむにやまれぬ国体擁護、尊皇討奸のために起ち上がったことなどが、書かれています。
 部隊行動中、ソビエトロシアの駐在武官か大使館員が日本語で「革命ですか、戦争しますか」と山本に訊ねてきたらしいです。山本は危険な場に勇敢にも出てきたこの男に「革命です」と正直に答えると、ソ連の男は慌てて駈け出したそうです。
 あとは……法華経の熱烈な信徒だった山本の中で、尊皇がどう体系づけられていたかも気になりましたが、王法と仏法の冥合という名文句でもって説明されていました。宗教の苦手な私にはよくわかりませんでしたが。
 当日の帝都は積雪だったからでしょうか、事件の性格のせいもあるのでしょうが、赤穂浪士の討ち入りを比喩した記述が多かったように思います。吉良上野介は炭小屋に逃げたが、岡田啓介首相は女中部屋に逃げた、とかいう感じですね。

 二・二六事件こそ、日本昭和史の一大事件であり、日本の開戦に直接繋がる出来事であるとする歴史書もありますが、私もどちらかというと、昭和天皇も激怒なされたことだし、青年将校がやり過ぎたのではないかという印象がありました。あまり事件のことは知らないくせに、ですよ。もっとも、現代人ばかりか、歴史家はいうに及ばず当の蹶起将校までも、この事件については「よくわからない」というのが本当のところでしょう。
 それだけに、磯部や栗原の軽口の会話や、釈放後の山本の非戦的な思想、辻政伸が殺害リストにあったこと、などの事実が非常に気になります。
 ひょっとしたら、歴史は間違っているのじゃありませんか?
 ただ云えるのは、言うは易し行うは難し。これに尽きるのではないでしょうか。
 

「望郷」湊かなえ

 人口2万人の架空の瀬戸内海の島(私の感じ方では香川よりも愛媛のほうの印象)、白綱島を舞台にしたミステリー短編集です。薄っぺら過ぎず、しつこ過ぎずの適度な長さで6篇。
 難関である日本推理作家協会賞を受賞したミステリーの逸品もあれば、ミステリーというよりもヒューマンドラマ系の作品もあります。また、湊かなえが巷で云われているところのイヤミスもあれば、思わずあんたこんなん書けたんやなと言いたくなる爽やか感動系のラストもあります。
 ま、確実に云えることは、この作家は長編よりも短編が面白いということ。向いているという言い方もできます。
 そして、自身は淡路島に住んでいたんでしたっけ?とにかく田舎視点というか、この方は田舎のことがほんとによくわかっているということを改めて感じました。本作品集のテーマは“田舎 閉鎖社会 自由と束縛 いじめ”というところに落ち着くと思いますが、私はシンガポールなんかとは違って日本人の95%は田舎者であると思っていますから、ほぼすべての読者が本作品集のどこかで、かつての自分を見つけるのではないかと思っています。
 なお、6篇に共通する舞台は白綱島ですが、登場人物においては私の気付いた範囲内で、重複しているキャラクターはおりませんでした。6篇はそれぞれに独立しています。

「みかんの花」
 30年前、10歳のときに父が交通事故死した。役場の同僚で若い女の人とともに。
 私と母、3歳上の姉の3人が残され、姉は高校を卒業する前に男と駆け落ちして島を出た。
 そして今日は、白綱島が合併により“市”ではなくなる白綱島市閉幕式。島を出て有名な作家になった姉が、25年間一度も音沙汰のなかった姉が、島に帰ってくる。彼女が帰ってきたのには理由があった。
「海の星」
 第65回日本推理作家協会賞短編部門受賞作。すごい。綺麗にまとまりすぎている作品。
 息子の釣ってきた小アジを食べていると、脳裏に思い出がよみがえる。母と二人の侘しい食卓、そして――
 小学6年のとき、父が失踪した。私は、一日中働いている母の助けにと、釣りでおかずを確保するようになる。
 そして釣り場でダミ声のおっさんと知り合う、おっさんは、たびたび我が家へやってくるようになるのだが……
 バケツの海水を真っ暗な海面にぶちまけると、青く青く、透明な青い輝きが海面にキラキラと浮かぶ。これが“海の星”である。おっさんと母との最後の会話をもう一度見てみよう。確かにおっさんは求婚に来たわけではない。母は父が海で死んだことをこの時確実に悟ったかもしれない。本当に一瞬キラリと海の星がきらめいたかのようなラスト。
 まあ、漁師が網にかかった死体を云々はともかくとして。
「夢の国」
 東京ディズニーランドという固有名詞は使えなかったのかな。
 東京ドリームランド(笑)がオープンした年に生まれた私の名前は夢都子。都会を夢見る田舎者みたいな名前を付けたのは、近所の人たちから屋敷の奥さまと呼ばれる厳格で嫌味ったらしい父方の祖母だ。
 祖母がいたから商店街の福引で旅行券が当たっても東京ドリームランドに行けなかった。それ以来、ドリームランドは私の中で叶わない夢を指す言葉だった。私が子供のときいけた範囲は島の花火大会でブルーハワイもないかき氷屋の屋台までだ。大人になり初めての無断外泊した朝、祖母が死んでいた。
 縛っていたのは自分自身だ。束縛とは幻である。よく女の子は束縛されるのがどうたら、とか言ってますけど、束縛ってのは自分で自分の首をしめているものであって、ですから。
「雲の糸」
 人気上昇中の若手アーティストが、島の崖から転落して意識不明の重体となった。彼は高校卒業以来、7年ぶりの帰郷だった。その昔、彼の母は父を殺して刑務所に入った。出所してからも、彼と姉と母は島に生き続けた。
 母は生活のためにフェリーの清掃員で泥のように働き、罪を贖うかのように近所の公園のボランティア清掃までした。そんな母子を島民は無視し続けていた。彼もまた学校でいじめられた。
 それが、彼の曲が売れて有名になると、手のひらを返すように島のイベントに無理やり参加させたのである。
 イヤミス。しかし、終わり方は悪くありません。
「石の十字架」
 25年前、父が自殺して、関西の港町から島に引っ越してきた私を待っていたのは、木造平屋建てでの祖母との二人暮らしだった。かつて裕福な暮らしをしていたために服も浮いていて、学校の輪からは外された。そんな私に、ひとりだけ仲良くしてくれたのが、めぐみちゃんだった。めぐみちゃんは毎日同じ服を着ていて、けったいなお母さんと暮らしていた。彼女は消しゴムに十字架を彫っていた。彼女が祈っていたことは何だったのか。
 それからまた、祖母もいなくなったこの家で、私は一人娘の志穂と暮らしている。いじめられて不登校になった志穂を島に転校させたのだ。そしてふたりを猛烈な台風が襲う。そのとき、もう結婚して島で住んでいるめぐみが・・・
 道尾秀介が書くような作品でした。いい話です。ひょっとしたらイヤミスからイヤを除くと道尾になる???
「光の航路」
 生まれ故郷である島の学校に異動した小学校の教師の私。クラスのいじめっ子が島内セレブの家庭なので、その問題に苦慮している。そして寝ているあいだに家が火事に。どうやら放火らしい。入院する羽目となる。
 新聞を見て、見舞いにきてくれたのはかつての父の教え子だった。今は中学校の教員をしているという。
 20年前に亡くなった私の父は島で中学校の教師をしていた。鉄拳も辞さない熱血先生だった。
 見舞いにきてくれた男は、父のおかげでいじめられていた自分が立ち直り、教師になったという。
 私は、父と行くはずだった島最後の新造船の進水式の思い出を語り始める。そこに秘められたドラマ、とは。
 
 他人を傷つけることにためらいのない子供はどこにでも、必ず存在します。
 いじめられる方にも問題がある、とはよく聞くセリフですが、不潔だといういじめられっ子のその肩のフケは、いじめによるストレスで頭皮が病気になったのが先かもしれない、授業中にえづいて隣の女の子に嫌われるのは、声を出せばキモいと言われるために息を押し殺しているストレスの表面化かもしれません。
 湊かなえは、家庭科の先生もしていましたから、そういう意味では島に住み(淡路島は島とはいえないくらい大きいですが)、教師の経験もあり家庭も持っている作者のすべてが注ぎ込まれた短編集である、といえるでしょう。
 

 
 
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