「よだかの片想い」島本理生

 顔に生まれつきアザがある女の子、アイコ。
 彼女の左目の下から頬にかけて青く広がる大きなアザ。
 人は彼女の顔かたちよりもまずアザに気を取られる。
 おしゃれすることもやめ、ひっそりとうつむきがちに送った学校生活。
 物理部で心を癒し、やがて彼女は国立大学の理学部物理学科に合格する。
 それでも4年間を他の子たちのように恋や遊びに使うことなく、勉強ばかりしていた。
 大学院に進み、自分はこのまま孵化せずに一生研究室にいるのかもしれないと思っていた。
 転機は出版社に勤める中学校時代の友人がもたらした。
 顔にアザやケガのある人たちのルポルタージュ「顔が私に教えてくれたこと」にアイコの記事が載り、表紙のモデルになったのだ。本は話題になり、やがて映画に。
 そしてアイコは対談インタビューで映画監督の飛坂に出会う。
 飛坂はアザを経由せずに直接アイコの目を見た。
 飛坂の話は緊張しているアイコを笑わせ、和ませた。大半の男の人はアイコの自信を奪ったり、気を遣いすぎて疲れるだけの存在だった。この人だったら、“私の左側”を否定しないんじゃないか。
 飲み会で飛坂は、アザを見られたくないため席を右にずれようか迷うアイコの左にさりげなく座った。
 初めて二人で会ったときに、アイコはアンティークな手鏡をプレゼントされた。
 「私、鏡、嫌いです」「そうだと思った」高価で美しい手鏡は、アイコの意固地な心の扉を開けた。
 アイコは恋をした。
 偶然が重なっただけで、本来ならなんの接点もなく住む世界もまるで違う人に。
 「先に言っておく。僕がアイコさんを幸せにしてあげることはできないと思う」
 「大丈夫、私、頑丈ですから。あなたが好きです」

 最後のほうで、アイコがアザをレーザー治療で治そうか悩むところがあるんです。
 でも彼女は、アザが顔からなくなったと仮定して、新しく出会う人たちをどんな目で見ればいいのだろう、と考えるんです。アイコは、物心ついて自分の顔のアザを自分で意識しだしたときからずっと、アザを通して他人を見ていたのです。なぜなら、他人がアイコを見る時に最初に目が行くのはアザですからね。アイコのアザを認識してから他人は行動を起こす。すなわち、アイコはアザを通してその他人の人間性を見ていた、ということです。
 だから、レーザーでアザがなくなったら、新しく出会う人間が、もしも自分にアザがあったら近づいてきただろうか、自分に優しくしただろうかと考えてしまうのです。
 このへんは、さすが島本理生、話のもって行き方がうまいと思いました。
 
 よだか、というのは宮沢賢治の『よだかの星』からきています。みんなに嫌われる不細工な鳥のことです。
 実際、どうですか。最近はレーザーでほとんど治るらしいですが、同級生にもいましたね、私の場合は。
 それにアイコの研究室のミュウ先輩みたいに、火傷や事故で後天的に外見が変わってしまう場合もあります。
 「人を外見で判断するな」は言い換えれば「人は外見で判断するものだ」ということです。
 ビジネスならともかく、恋愛となると、外見のハンディは大きいものがありますよね。
 でもね、だからこそ好きになってくれたらホンモノだ、とも云えるわけでしょう?
 容姿端麗で百点満点スタートの恋愛は減点していくしかありませんよ。
 どんな美人でも、鼻毛が風にそよいでいたことは絶対にありますから。知らずに鼻からちょうちんが出てたり。
 外見が美しいからこそ、そういうなんでもないことが取り返しのつかないダメージになったりするものです。
 結局、大したことないんですよ、外見なんて。その人らしさが直結していればね。真摯に生きていれば外見は幸せの結実に関係ありません。人間が嫌われるのは性格です。

 片想いほど幸せな恋愛はないとも云います。
 「あなたを好きになって本当に良かった」アイコのこのセリフを読んだとき、私もこの本を読んで本当に良かったと思いました。アイコは絶対に幸せになりますよ。
 またヒラノトシユキさんのカバーイラスト、アイコの顔だと思いますが、とても優しい雰囲気が醸しだされていて素敵でした。いい本だったと思います。
 
 

 
 
 
 
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「Another」綾辻行人

 再読です。4年くらいまえに読んだのかなあ。見事なくらいに内容を覚えていませんでした。
 ですから、情けない話ですが、とっても新鮮な気持ちでワクワクしながら読み進めることができました。
 そして、あらためて本作が学園ホラーの屈指の名作であることを再確認した次第です。
 著作は半分も読んでいませんが、綾辻行人の代表作といってもいいんじゃないのかなあ。面白いですよねえ。
 来月でしたっけ?続編が出ると聞いています。「AnotherエピソードS」、だったかな。
 Sとは何なのでしょうか。それも少し気にしながら読みましたが、思い当たるようなところはなかったですね。
 生徒として一番最初に犠牲となった桜木ゆかりのS、物語のクライマックスの舞台となった合宿所「咲谷記念館」のS。どれも関係ないんだろうなあ。ひょっとしたら、本作の内容には直接的な関連がないのかもしれませんし。
 
 まぁ、それはおいといて、本作『Another』はどうしてこんなにドキドキさせてくれるのでしょうかねえ。
 恩田陸が書きそうなテーマでもあるのですよ。学園が舞台で、あるクラスが呪われていて、次々と不思議なことが起こり、生徒が死んでいくという。でも恩田陸が書いていればどこかでストーリーが破たんしたに違いないと思うんです。ラストであんな思い切ったことも出来ないでしょうし。綾辻行人だから、プロットもしっかりしており、伏線の張り方もさりげなく絶妙で、クラスに紛れ込んだ“死者”はいったい誰なのか?という鳥肌が立つような謎を読者に追いかけさせてくれたのだと思います。ひとりだけ死者がクラスに紛れ込んでいるんですが、関係者の記憶や知識、実存する書類などが事実と歪曲されて、誰も、肝心の死者である本人さえわからないのです。実は、私、うっすらとですが誰が死者であるのかを覚えていたんですが、それでも面白かったです。逆に自分の記憶のほうを怪しんだくらいです。
 もちろん、クラスに死人がひとり紛れ込んでいる、そのことによってどうして災厄が次々起こるのか、また25年前から夜見北の3年3組にだけ祟っているこの呪いだが毎年起こるわけではない、それはなぜか、という疑問に対する答えはありません。それはそれで別にいいのです。エピソードSで明らかになるかもしれないし、その次の続編で、もしくは永久にほったらかしかもしれませんが、それは本作を読んで面白いと感じた読者が突き詰める話題ではありません。なぜなら、本作が面白いのは、学園ホラーとしての王道パターンといえる“制約”が存在しているからです。
 いわゆる学園の七不思議もそうですね。順繰りに卒業していくから流動的でもありますが、基本的に学園というのは閉鎖的なんです。外界とは一線を画した世界なのです。ですから、今回の謎にしても、呪われている3年3組の面々はそれを自分たちの手で防ごうとします。ここで警察が出張ってきたら話はぶち壊しですから。
 具体的には、呪いが発生したのは25年前ですが、対処法が見つかった10年前から夜見北中の3年3組は申し送り事項として後輩たちに伝えていることがあるのです。それは、誰にもわからずに死者が4月から紛れ込むのだから員数合わせとして誰かひとりを徹底的に無視していないものとしてしまう、というものでした。
 これで実際に呪いのある年の4回中2回は阻止に成功しているのです。対策係やクラス委員、担任の先生を中心とした3年3組の生徒たちは真面目に取り組むのですが、ほころびが出て破たん、苦闘の闘いが始まってしまうのです。一見、バカらしいと思える仮定ですが、そういう学園ストーリーならではの“縛り”があるからこそ、面白いのですよ。
 1年の途中で災厄を止める方法を見つけた15年前の生徒が、教室の清掃道具を入れるロッカーの天井に秘密を吹き込んだカセットテープを隠したなんていうエピソードも、学園ならではの仕掛けで最高でした。

 物語の触り。
 山間の地方都市・夜見山市にある夜見山北中学3年3組は呪われていると云われる。
 ことの起こりは、26年前の1972年だった。学業優秀でスポーツ万能しかも容姿端麗な人気者の生徒ミサキ(夜見山岬)が、3年3組に上がって15歳の誕生日を迎えて間もない1学期に航空機事故で死んでしまったのである(事実は原因不明の火事。隕石説アリ)。ショックを受けたクラスメイトたちは、「ミサキは生きている」というフリを卒業までし続けた(このときの担任・千曳辰治も協力)。その結果、卒業式のあとで撮ったクラスの記念写真にミサキが映り込んでしまったのである。呪いと云われる現象は次の年から起こった。
 クラスに誰なのかわからない一人の人間が増えてしまうのだ。そうしたら毎月、クラスの生徒や家族が死に始めた。1973年には3年3組の生徒や二親等以内の家族が16人も死んでしまったのである。
 毎年あるわけではない。しかし、いったん始まれば毎月クラスに災厄が振りかかるのだった。
 15年前の1983年には夏休みにクラスで合宿を張り、夜見山の神社にお参りをしたが惨事は止まらないどころか帰途に悲惨な事故が起こった。そして10年前、誰かが見つけたという秘策。それはクラスの一人をいないもにしてしまうということだった。人数の帳尻を合わすことによって紛れ込んだ一人=死者が招き寄せるその年の災厄を防げるのだ。この“おまじない”が代々の3年3組に言い伝えられてきた。
 いないもの、にされた生徒には絶対にいるものとして接してはいけない。イジメとは違う儀式的な完全無視である。しかし、この年、1998年はイレギュラーだった。榊原恒一という生徒が東京から転校してきたのである。しかも、彼は気胸という肺の病気を抱えており学校に出てくるのがゴールデンウィーク明けにずれ込んだ。
 このため、クラスで決められた秘密の伝達事項を説明するタイミングが失なわれてしまったのである。
 いないものにされたのは見崎鳴という義眼で眼帯をした女子だった。しかし、恒一は偶然に病院で鳴を見かけていたために、初めて登校するやいなや、クラス委員や担任、対策係が事情を説明するより早く、いないはずの鳴に話しかけてしまったのである・・・
「気をつけたほうがいいよ、もう始まっているかもしれない」
 見崎鳴の言うことは恒一にとって謎だった。しかし、5月末の中間試験の最中、家族の訃報を受けた女子のクラス委員長桜木ゆかりが慌てて階段を駆け下りる途中に足を滑らせ亡くなってしまう・・・
 おまじないの効果は解け、3年3組の恐怖の1年が始まったのだった。

 榊原恒一 東京の有名私立中学の生徒、1年間の期限付きで母方の祖父母がいる夜見山に転校。母は15年前死亡。
 見崎鳴  人形師麗果の娘(実は養女)。左目は義眼で、死者の色を見抜くことができる。藤岡未咲とは実は双子。
 三神怜子 恒一の亡くなった母の11歳下の妹。夜見北の美術教師で3年3組の副担任。1985年の3年3組。
 千曳辰治 第2図書室の司書。1972年の3年3組担任。その後の災厄の観察者。
 風見智彦 クラス委員長。 勅使河原 茶髪でお調子者。 望月優矢 美術部。
 水野沙苗 恒一が入院していた病院の新人看護師。3年3組の水野猛の姉。
 松永克己 15年前合宿に参加。死者を死に還す方法をカセットテープに収める。
 
 
 
 

「幸村去影」津本陽

 クライマックスである大阪夏の陣の戦闘シーンが圧巻。
 幸村率いる西軍大坂方の寡兵が死力を揮って東軍を圧倒し、家康旗本本陣へ斬り込む様はまるで映画を観ているかのような迫力がありました。凄かったですわ。
 幸村だけでなく、相対した伊達政宗や松平忠直などの東軍の生々しき負け様も臨場感に華を添えました。
 最初の読み始めはなんとなく盛り上がりに欠け、考えてみればそれが当たり前なのですが、登場する戦国武将たちが方言で喋るので読みにくく、面白いとは思えなかったのですが、すべてはラストの戦闘シーンの前振りであったと思えば納得です。幸村や家康が標準語で喋るわけないですものね。~だらとか~ずらとか~だべが本当なのです。これも慣れれば問題ありません。逆にリアリティが増してのめり込みました。

 主人公は、戦国最強の武将、真田幸村左衛門佐。
 徳川家に敗北のみじめな経験を2度もさせた、“家康の天敵”元信濃上田城主真田昌幸の次男です。
 一度目は、天正13年(1585)の上田合戦。騙されて城の中に誘い込まれ、わずかな時のあいだに、真田勢の倍以上である7千余の徳川勢は半数が死傷し、歯の根もあわないほど恐怖して退いた、と云われています。
 二度目は、有名ですよね、関が原の合戦の前に徳川秀忠軍が上田城で真田軍に惨敗し、天王山に間に合いませんでした。真田昌幸は戦の天賦の才があり、幸村も父の影響を多分に受けていたと思われます。
 また、ひょっとしたら昌幸の家康嫌いの感情までも受け継いでいたのかもしれません。
 関ヶ原以後、昌幸・幸村父子は紀州高野山麓の九度山村へ流罪蟄居となります。
 家康もまたこの真田親子が気色悪かったのでしょうか、当初の目論見通り短期間での赦免は叶わず、この間に昌幸は亡くなりました。そして48歳になった幸村もまた、わびしい生活に身も心も腐りかかっているときに、大坂城からの豊臣秀頼の使者を迎えたのです。九度山村に入って14年が経っていました。

 慶長19年(1614)の大阪冬の陣。関ヶ原から14年。
 家康に没収された西軍諸大名の領地は622万石に及び、その後取り潰された大名は36家にもなります。
 まもなく74歳になり、自分の死後の徳川家が心配な家康は最後の仕上げをしようとしていました。
 いまだ信望の高い大坂65万石・豊臣家を滅亡させようというのです。
 徳川軍30万に対し、大坂方は10万。しかも、大坂城に集まったのは、日雇い人夫のような者ばかりでむさくるしいかぎりであると世上で噂されていました。しかも1万人は徳川家に内通していたとも書かれています。
 毛利勝永、長宗我部盛親、明石全登、後藤又兵衛とともに大坂五人衆と呼ばれ、その中でも最も信望が高かったのが真田幸村です。
 幸村は、大坂城の一箇所だけ弱い場所に“真田丸”という出城を築き、7千人を率いて勇戦しました。
 真田丸は百間(約180メートル)四方を囲う塀、柵には一軒につき銃眼6箇所を設け、鉄砲三挺を備えていました。合計1200挺になります。状況に応じ、兵が左右に移動して射撃できるよう、塀の中途に幅七尺の武者走りと呼ぶ通路がありました。
 赤ビロード地に白六連銭が目立つ真田の旌旗が翻り、真田丸は東軍の兵士を万人以上屠ったと云われています。
 
 冬の陣で思わぬ損害を出した東軍は、大坂方と講和しました。
 しかし家康は世情に甘い城方を騙し、大坂城の惣構え、二の丸、三の丸を取り壊し、総堀を埋めました。こうなると、いかに難攻不落の大坂城といえど裸城です。籠城しても持ちません、戦うなら野戦しかないのです。
 こうして大阪夏の陣は、野戦決戦を覚悟して始まりました。
 東軍は16万。対する大坂方は、冬の陣では盛り上がりましたが、うらぶれた生活はつづけたくない、侍として華々しい働きをして最期を迎えたいと思っても、敗北は疑いをいれない(絶対に大坂が負ける)という形勢があきらかになってくると腰が浮き上がって逃げる牢人が相次ぎました。最終、5万ほどだったようです。
 幸村の率いる兵も7千いたのが3千になりました。しかし、この3千、5万はすべて死兵です。
 もうええやんけ、ここで死のう、家康の首をとるまでやったろやんけ、という心境にどうやったらなれるのでしょうか。幸村もすごいですけど、彼や又兵衛に最後まで付き合った名も無き牢人たちもまた凄い、本作の主役は彼らじゃないかとも思えるくらいの戦いぶりでした。
 幸村に痛い目に遭わされた伊達政宗は奥羽に覇をとなえた猛将ですが、二度と真田隊とは合戦をしないと心に決めたそうです。その他にもこのときの幸村の鬼神のごとき奮戦ぶりは島津家久をはじめ全国の諸将が書き残しているのです。そこには本陣に切り込まれて逃げた徳川の旗本隊への侮蔑も含まれているようですが・・・
 赤備えですから、真っ赤の真田隊を見たら怖かったでしょうねえ。関ヶ原から14年も戦がなく、代替わりをして戦いを知らない兵士の方が多かったでしょうから。
 切羽詰まった家康は二度ほど腹を切ろうとしたと書かれています。それを止めようとした武将も結局は逃げた(笑)
 本当に、真田幸村は戦国一強かったのかもしれませんねえ。

 「おのれ、三河の狸めが、息の根とめて、あの世へゆかせようぞ。真田の武名を後世に轟かせてくれる!」
 
 
 

「百年文庫 川」織田作之助・日影丈吉・室生犀星

 川。川といえばホタルでしょうか。
 ホタルというのは酔っ払ってるような飛び方をしているもので、歩いているとぶつかってきたりします。
 捕まえてまじまじと見てみると、ゴキブリの縮小版みたいな形をしており、私は好きではありません。
 たくさん群れているのを、少し離れて見るから綺麗だと思えるのです。
 50メートルも離れていれば、ゴキブリのケツが光って飛んでいるほうが迫力があって秀麗でしょう。
 しかし女性は正体がゴキブリだと知ると間違いなく嫌がります。ホタルだってグロテスクな虫なのですが、そういうことは話題にはなりません。いかにイメージが大切かということです。
 百年文庫、24作目のテーマは『川』。お互いを遮るもの、融合して流れていくもの・・・そしてホタル、一夜の夢。
 名作が揃っておりまする。

「螢」織田作之助(1913~1947)
 1944年の作品。非常にリズムがいいです。
 天涯孤独の登勢が18で嫁いだのは伏見の船宿・寺田屋。祝言に顔も見せぬ姑、江州なまりを嗤う小姑、そしてお人好しでぼんやりな夫は重度の潔癖症でした。普通なら嫌になる環境ですが、生まれついての不幸が身に付いている登勢は、自分を憐れむまえにまず夫の伊助を憐れみました。そして懸命に働き、奉公人の信頼を得て寺田屋の商売を盛り立てたのです。登勢にすっかり貫禄がついた頃、維新が風雲急を告げ、尊皇攘夷家の信用を得た宿となった寺田屋に、坂本龍馬という男が泊まるようになります。登勢の養女であるお良は、坂本を幕府の捕縛から救い、やがて二人で京を離れることになるのです。淀にふたりを見送った登勢は、暗がりの中をしずかに流れていく水に、はや遠い諦めをうつしました。
 坂本龍馬とお良で有名な寺田屋のエピソード・ゼロ。人生という川を逆らわずに流れていく登勢の生き方に共感。

「吉備津の釜」日影丈吉(1908~1991)
 事業に失敗して金策の苦労をしている洲ノ本は、新橋駅近くの居酒屋で川本という男に出会います。
 川本は洲ノ本の愚痴を聞いているうちに、知り合いの資産家を紹介してやろう、と言いました。
 明くる日、川本からの手紙を持って、喜び勇んで資産家の元へ向かう洲ノ本。
 道すがら、水上バスに乗った彼は、乗り合わせた乗客の風貌から、過去に知り合った男を思い出します。
 その男は、洲ノ本の実家が倒産して引っ越した先の界隈にいた男で、祈祷師をしていました。
 川を眺めているうちに洲ノ本の記憶はどんどん蘇り、祈祷師の男が話した不思議な民話まで思い出してしまうのです。そしてその中にあった川の魔物の話が、自分の今の境遇と似ていることに気づき、愕然とします。
 どうしても川本から預かった手紙を開けたくて仕方なくなってしまうのです。そして、その結果は・・・
 ノスタルジックな中にもシャープなキレがあるミステリーの逸品。事前知識なく読めば面白い。

「津の国人」室生犀星(1889~1962)
 伊勢物語に題材をとった作品で、とても美しく余韻を引く恋愛小説となっています。
 平安朝。津の国菟原の夫婦は、夫が下の役を解かれ、5年の月日を貧しく過ごしていました。
 ある時、ついに都への夫の出仕が決まり、その生活が定まるまで妻である筒井は田舎に残ることになりました。
 別れの日、夫は津の川を東に上って都に向かい、筒井は川を下って土地がかりの官人の村に向かいました。
 そしてこれが、妻と夫の長の別れとなったのです。
 役人の家で奉公をすることになった筒井はその美しさと教養からとても大事にされ、家族同様の扱いを受けるようになります。そして、その家の息子である貞時に懸想されてしまうのです。
 かつては人の妻であったことを隠し、それとなく貞時の熱い想いをかわしながらも、人の情けを偽ることのできない筒井は気苦労を重ねます。そして1年たっても、2年たっても、都の夫からは何の連絡もないのです。
 ついに3年と4ヶ月。待てど暮らせど夫からの便りがないまま、筒井は貞時の想いに応えることを決めるのですが、その晩、なんと裏の戸を叩いた者の正体は・・・
 あづさ弓ひけどひかねど昔より こころは君によりにしものを
 美しい話だなあ。ふたりはどういう想いだったのでしょうか。夫の方は、何か理由があったのでしょうね。
 しかし、わざわざに妻の居所を探し当てて訪ねてくるというのは尋常じゃありません。後ろめたいところがあるのなら、なおさらのことです。思うに、夫は都へ出てしばらくも経たないうちに、何かに巻き込まれて軟禁状態になっていたのではないでしょうか。ようやく外に出て、落ち着いてきたところに都のうわさ話で筒井の話を聞き、居ても立っても居られなくなった、と。いや違うかなあ。夫の第一声は「ただいま戻ってきた」ですからねえ。
 都に出る前から実は、田舎の妻のことは忘れる決心をしていた。そのまま3年超を過ごしたが、またもやクビになり帰ってこざるをえなくなった。だから妻の元へやってきた、と。
 う~ん、これもしっくりきませんねえ。



 

「日本はなぜ開戦に踏み切ったか」森山優

 どうして日本は太平洋戦争を始めてしまったのか、一度滅亡の瀬戸際まで追い込まれたのかということを正確に説明できる方は実はそれほど多くいません。軍部が暴走したとか、アメリカに騙されたとか、思いつくパターンはだいたい似通っていますが、ほぼ勘で喋っています。私もそうです。正しいところを正確に教えてもらった記憶はありません。なんせ敗戦から70年になろうとしている今になって、こんな本が出るのですから。
 確かに、今までにも「どうして戦争になったのか」ということの真実を探ることに永遠のテーマを感じている私は、多くの戦争の本を読んできました。しかし、本書ほど納得できるものはなかったように思います。
 読み始めてすぐに頭に血がのぼりました。内容を鵜呑みにするわけではありませんが、反論の余地がないほどうまく出来た本です。本書の内容にないことを加味するとすれば、日本の傀儡国家だった満州に莫大な石油が埋蔵されていたことを当時の日本政府か軍部が気付いていれば開戦は回避できたのではないか、ということだけです。
 満州の石油探査は執拗に繰り返されましたが、当時の日本の技術では発見できませんでした。
 そして、即物的な観点から「どうして日本は戦争をしたのか」というと、それは石油のためです。
 北部仏印に援蒋ルート阻止のため駐兵した上での1941年7月の南部仏印進駐は、石油の一大産地である蘭印を臨む以上、ここを先にイギリスにでも抑えられると手が出ない急所でした。
 しかし、この案件がアメリカに与えた衝撃は大きく、ガソリンなどの対日全面禁輸は目前となったのです。
 ここからが、日本の正念場となりました。譲歩か開戦か。英米協調か革新強行路線か。
 本書は、戦争が誰によって、どのような政治過程を経て決定されたかという問題に絞り、様々な角度から検討しています。こんなアンポンタンどもが負けるとわかっていながら戦争をおっ始め、広島長崎に原爆をおとされた上、沖縄では壊滅的に誅戮され、各地で虫けらのように兵隊が死んでいったかと思うと、今更ながら腹が立って仕方ありません。
 戦争はやるんだったら絶対勝たなければならない。負けることは絶対許されないのです。
 
 まず、明治憲法の下、天皇の直下に内閣や軍部や議会が並立している当時の政治権力の中心は空っぽでした。
 天皇は口を挟むことさえままありません、首相、軍部、大臣、どっかの偉いおっさんなどが、ああだこうだと終わりのない議論をして、玉虫色的な政策を決定するだけです。両論併記と非(避)決定という言葉が本書のサブタイトルですが、たとえば対米開戦にしても、外交交渉をしながら戦争を準備する、みたいな感じでどっちつかずの決まり事ばかりなのですよ。意外かもしれませんが、云えば独裁からは一番遠い状態でした。
 外交をやって失敗したら戦争をすると決めたものの、外交でどれだけの成果を得れば成功(戦争に踏み切らない)かのコンセンサスはないうえ、戦争の勝算もまったく不明でした。
 軍部だって意見はひとつではありません。連絡懇談会というのがこのときの実質的な最高意思決定機関ですが、ここには首相、陸軍大臣、海軍大臣、外相の他に陸海統帥部の代表が入っていました。軍部においても軍政事項を担当する省と軍令事項(作戦、命令など)を担当する統帥部の2本立てだったのです。
 これはダメだったと私なんかは思いますがね。また首相には閣僚の任命権がなく、たとえば三国同盟を推進した松岡洋右外相を放逐しようとすれば、いったん内閣が総辞職しなければなりませんでした。
 結論から云えば、開戦が決まってメデタシメデタシと思っていたのは、陸軍参謀本部の中堅幕僚です。
 だから、こいつらが開戦を後押しした最大の元凶であることには間違いありません。
 第三次近衛内閣は戦争を避けようとしていましたし、外務省は絶対避戦主義でした。海軍だって、アメリカと戦って勝てるメドはありませんでした。
 言い出しっぺは前線の兵隊の苦労も知らぬ陸軍の馬鹿官僚の組織的利害(セクショナル・インタレスト)です。
 4年にわたる日中戦争の、大陸における陸軍の利権。アメリカは中国からの撤兵を強く望みましたが、どれだけ外務省などがなだめても、陸軍は大陸から引き揚げることをよしとしませんでした。
 遂行は開戦に乗り気でなかった海軍のこれまた組織的利害です。海軍が動かなければ太平洋戦争はできません。アメリカを仮想敵国にすることで莫大な予算を確保してきた海軍は、いざ開戦になると引っ込みがつかなかったのです。もしも山本五十六が内閣に入っていたなら状況は違っていただろうと著者は書いていますが・・・
 でもね、軍部がどれだけ戦争をやろうとしても、それを決定するだけの力はありません。
 天皇の意志が明確に反映されず船頭の頭数だけ多いバカの集まりは結局、開戦を決定するというより、むしろ効果的な戦争回避策を決定することができなかったため、最もましな選択肢を選んだところ、それが日米開戦でした。
 要は、石油が入らなくなってさあ困ったどうする?で、思考停止して居直って暴れたのですよ。
 臥薪嘗胆という選択肢もあったのに、耐え忍ぶということを回避して暴れた。云わばキレたのです。
 本書の言葉で難しくいうと、日本は自らの政策が破たんしたツケを、自らが傷ついてまで支払う責任感に欠けていたと。最低限度の現状維持すら確保できなくなった日本は、それまでの成果を無にしないため、英米の世界秩序に挑戦し、さらなる「革新」へと突き進むことを選んだ、のです。

 成果というのは陸軍の利権です。中国にこだわったために結局は、満州、朝鮮、南樺太、台湾と広大だった東アジアの既得権益を一切合切なくしました。日本という国を考えるより先に我が陸軍という組織を考えるバカ。
 戦争を引き起こしたのは、国のことを第一に考えねばならぬ軍の官僚が、あろうことか己のエゴを大事にしたことが一番の原因であると私は読みました。国のために死んでいった末端の兵隊はそれで浮かばれますか?
 開戦が決まったとき、陸軍参謀本部の中堅幕僚たちは、めでたいめでたい、青年が国を興し老人は国を滅ぼすのだと言っていたらしいです。その結末はどうでしたか?
 確かに私は未来から歴史を見ているのでなんとでも言えます。仮に私がその頃の人間で軍部の中堅幕僚だったら、刀を振りかざして「鬼畜米英、討つべし!」と叫んで回っていたかもしれません。青年が元気がなければ国が衰退するのも然りだとも思います。
 でもね、いくら若かったといえど責任は取らなければなりませんよ。「あのときわし若かったから」と言って国を滅亡に追い込んだ人間どもが、戦後のこのこ国会議員がどうしてできるの???
 あと500人くらいは処刑で良かったと思います。腹を切るのは老人に任せて己はその覚悟もなかったのでしょうからね。


 
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