「隠蔽捜査」今野敏

 これ、めっちゃおもろいやん(・∀・)
 今野敏、もちろん著名な作家なのですが、今回初めて読みました。
 何が代表作なのかわかりませんでしたが、最近、本作で始まるシリーズの5作目が刊行されたということなので、それだけ続いてるなら1作目にハズレはなかろうと思って読んでみたんですがね、まさに大当たりでしたな。
 ジャンルは警察小説ですね。今は警察小説全盛時代でして、私が読んだのだけでも相場英雄、貫井徳郎、佐々木譲や黒川博行などあって、大沢在昌の新宿鮫なんて好きだったんだけど、もはや時代遅れの感すらありますなあ。
 警察モノの何が面白いかというと、まあ、小説もドラマや映画も同じなんでしょうけど、勧善懲悪的なエンターテインメントはもとより、ヒューマンドラマな展開も望めますし、あれだけ大きい組織でありながら、一般社会から見るとベールで覆われているような謎の部分がありますからね、それを物語で窺い知れるのもまた興味深いです。
 刑事部と公安部の関係などセクションごとにあまり仲が良くない、というのも警察モノを一段と面白くさせている背景になっていますが、“キャリア”という特殊な存在がまた、ストーリーに花を添えるのです。警察モノだと何にでも一人は出てきますよね、キャリア。トップエリート。国家公務員1種試験の合格採用者のことですね。本作の場合だと同期は1年で22人となっていますから、それほど多くの小説や映画に出てくるはずないんですけどねえ(笑)
 
 本作は2005年が舞台なので多少直近とは様子が違っているかもしれませんが、簡単に警察庁キャリアのルートを紹介しておくと、警察庁に入庁した時点で階級は警部補となります。それより下の巡査部長で退職していく警察官もいっぱいいますがね・・・そのあと警察大学校で6ヶ月の初任幹部科の教養課程を受けます。そして9ヶ月の現場研修。所轄署に見習いとして配属されるのです。それが終わると階級は警部になります。さらに1ヶ月の警察大学校での補習、続いて2年間の警察庁勤務と再び警察大学校での補習。その時点で警視になります。もうどうにも止まらないトントン拍子です。そこから地方回りが始まり、2,3年毎に異動を繰り返します。地方の警察署の署長、県警本部の役職などを経て、いかに早く中央の警察庁に戻ってくるかが、キャリアの出世のバロメーターになります。
 本作の主人公もまた、キャリアのひとりです。
 彼の場合、40代なかばにして警察庁長官官房の課長というポジション、これはなかなか悪くありません。

 竜崎伸也、46歳。警察庁長官官房の総務課長。青春時代を犠牲にして勉強し、人一倍努力を重ねて東大に入り、国家公務員甲種試験に合格した。少年時代にいじめられっ子だった彼は、社会的な勝者になりたかった。
 妻の冴子によると、彼は変人である。世間からズレているという。
 確かに竜崎は息子の邦彦が有名私立大に合格したときも、東大以外は大学ではないと浪人させた。
 エリート意識は強く、自分が選ばれた人間であることを自負し、出世競争に勝って権限が増えることを望む。
 しかし、彼はエリートは特権とともに大きな義務を負っていると覚悟しており、お役所仕事が大嫌いである。
 まあ要は、子どもがそのままおとなになったような、理想家なのですね。少し融通の利かない。
 
 竜崎と同期の22人の中に、小学校で幼なじみだった伊丹俊太郎がいた。
 伊丹は同期のうちただ一人の私立大卒。警視庁で刑事部長をしている。現場主義で、颯爽としたパフォーマンスでマスコミ受けもいい彼は、竜崎が陰性なら陽性の男である。
 しかし、竜崎は伊丹が嫌いだ。なぜなら小学校時代に竜崎をいじめていたのは伊丹なのである。
 もちろん伊丹は、そんなことは忘れてしまっているが・・・いじめられた方は過去を払拭できないものだ。

 かたや国家警察の中枢である長官官房、かたや警視庁という地方警察の幹部。
 キャリアの出世競争としては行く末の見えた感のあるふたりの関係が、ひとつの、いやふたつの事件で再び絡み合う。80年代の終わりに世の中が大騒ぎした残忍で衝撃的な事件があった。女子高生が誘拐、監禁され、1ヶ月以上にわたり集団で性的な陵辱と暴行を繰り返されて殺害されたのだ。実行犯たちは当時少年だった。主犯格の少年以外、反省した素振りもなしに2,3年で社会に復帰した。その犯人がふたり連続して殺されたのである。
 これはかつての事件の遺族が関係しているのか、それとも義憤という社会正義か。
 さらに第3の事件が発生、今度は過去にホームレス殺人で保護観察になった元少年犯が殺害された。
 竜崎はこの3つの事件の発生日にある関連があることに気付く。それは警察にとって驚愕の事実だったが・・・
 しかし竜崎はこの重大な刑事事件の他にもプライベートで危険な事件を抱えていた。
 息子の邦彦が部屋でヘロインたばこを吸っていたのである。警察キャリアの家族が麻薬をしていた!
 これが公になれば、とても今後出世など望めないどころか、どこに飛ばされるかわからない。
 伊丹は「もみ消せ」と言うが、竜崎は理想家らしい潔癖さで息子を自首させようと判断するのだが・・・

 隠蔽ねぇ。
 最近、ホテルの料理がどうだかもやってましたね、社長さんやめちゃいましたよね。
 あれと警察という組織の“隠蔽”はまた問題が違いますが、人間も組織も、一度やったことは二度三度と繰り返してそして必ず腐ってゆきます。何かの工作をすると、それが暴露されそうになったとき、また新たな工作が必要になり、工作が上塗りされるほどそのエネルギーは倍加していきます。最初のときに白状しておけばよかったと後悔してももう遅いのです。竜崎という人間は、最初はこいつは嫌なヤツだなあと思いながら読んでいましたが、後にいくほど凄いヤツだと思うようになりました。邦彦の件、自首で大正解でしたね。私なら、と読者は考えるでしょう、そして多くの方はもみ消そうとするかもしれません。しかし、あれは自首以外に解決策はありませんでした。
 颯爽と所轄である大森署の署長に更迭された竜崎伸也。
 ラストのフレーズ「これからおもしろくなりそうじゃないか」 その通りだと思えます。
 楽しみなシリーズになりそうです。

 シリーズなので、これからもキーになりそうな人物をメモしておきます。
牛島陽介 東大卒、竜崎の5期上。鹿児島県出身は警察庁では理想的なキャリア。
坂上栄太郎 京大卒、竜崎の2期上。刑事局捜査第1課長だったが、隠蔽指示の責任を取らされ更迭。
谷岡裕也 東大卒、竜崎の4期後輩。広報室長。竜崎を尊敬している。
戸高喜信 38歳、大森署刑事課巡査部長。問題刑事の雰囲気?


 
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「幕末志士の死亡診断書」酒井シヅ監修

 NHK大河の「八重の桜」や、私が大好きだったドラマ「JINー仁」の監修も手がけた医史学家・酒井シヅ先生の監修ということなんですが、おそらくコラム以外はノータッチに近いんじゃないでしょうか、内容は概論的で薄っぺらいですね。
 誤植もありますし。坂本龍馬は毎日1升5号の酒を飲んだらしいです。5合ですよね?
 まあそれはいいとして、勝海舟が子どもの時に陰嚢を犬に噛まれて死にかけたのも、はじめは9歳のときと書いてありますが、次のページでは7歳になっていたりします。
 まあ、これもいいか別に(笑) 歴史評論家ではありませんしね、私は。
 しかし、タイトルが「幕末志士の死亡診断書」で、サブタイトルに「幕末を駆けた偉人たちの死因を現代医学で解き明かす!」としてあるのは、誇大広告だと思いますよ。
 全部で42名の明治維新期の人物たちが、一人あたり2~4ページで紹介されているのですが、けっして死因の究明にページが割かれているわけではなく、ひとりひとりの伝記に、こんな病気やケガをしたとか、こんな健康法をしていたとかが付与されているだけです。もっと説明してくれなくちゃ、タイトル倒れですよ、やっつけ仕事ですよ。
 さらに健康度チェックといって5段階で体力、健康意識、自己管理度などを数値化しているのですが、これなど滑稽というか(爆笑)、死因や持病はともかく、そんなプライベートまでわかるわけないだろ! と思いました。
 はじめの数人でそんな感じだったので、読むのやめようかとも思ったんですが、あんがいこの偉人たちひとりひとりの伝記がうまいこと出来ていることに気づいたのと、偉人たちの顔写真が今まで見たことのないのが使われたりしていたので(これは酒井シヅ先生の力かも)、興味深くなってきて結局、読み終わってしまいました(*^_^*)
 まぁ、真剣に何かを求めて読むのではなく、暇な時に眺める感じで楽しむのがいい本でしょうね。

 じゃあ、気になったエピソードの紹介を少し。
西郷隆盛 沖永良部島へ配流されたときに、フィラリア感染症に罹患した。感染の後遺症で象皮病になり、陰嚢が人の頭ほどに肥大して馬にも乗れなくなった。のちに西南戦争で見つかった首のない遺体は、フィラリアによる陰嚢水腫が目印となった。
坂本龍馬 ADHD(注意欠陥・多動性障害)の疑い。これは一部脳の機能が失われる発達障害なのですが、反面類まれな行動力や創造力を発揮する方もいるとか・・・
勝海舟 9歳のときに病犬に陰嚢を噛まれて死線をさまよう。「刺絡」という、後頭部や指のツボを刺して悪血を抜く独特の健康法をしていた。
木戸孝允 38歳までに歯を9本抜いた。多病、ストレス過多。消化器系のガンが死因か?
徳川慶喜 屋敷の廊下で1時間のウォーキングを実施。享年77歳。いつ死んだのか知らない方も多いのでは?
大久保利通 常に煙の中にいる、とまで言われたヘビースモーカー。円形脱毛症。
井伊直弼 自己愛性パーソナリティ障害の疑いあり。自らを特別視し、自己の能力に過信。
島津斉彬 急死のタイミングは抜群なために暗殺説も囁かれたが、明治時代の海軍軍医・高木兼寛は薩摩藩藩医の残した記録を読んで、死因は赤痢と断定。
大隈重信 78歳6ヶ月は歴代最高齢の首相。生物として人間は125歳まで生きることができると主張。1899年に爆弾テロに遭い、右足を切断。
山県有朋 現代のサウナのような半身浴健康法を実施。
徳川家茂 享年21。死因となった病気は脚気だが、脚気と診断する漢方医とリウマチとする蘭方医で意見は分かれた。
川路聖謨 日露和親条約調印に貢献するなどした名官吏。隠居してからは午前2時に起きて読書、午前4時から夜8時まで槍や刀の稽古を数千回こなした。日本人初のピストル自殺。
孝明天皇 親幕府派だった天皇の突然の死に陰謀説も囁かれたが、1990年名城大学の原口清教授は、当時の書簡に記された天皇の症状は、悪性の紫斑性痘瘡のそれと符号すると論文で発表。
岩倉具視 1883年(明治16年)5月、記録に残る日本初のガン告知をされる。
中江兆民 咽頭がんの宣告を受けたあと、しつこく余命を医師から聞き出し、それが長くもって1年半と知ると、「一年有半」という本を出版、ベストセラーとなった。日本初の気管切開手術を受けた。
藤田東湖 1855年安政の大地震で、母を守ろうとして落下した鴨居の下敷きとなった。阪神淡路大震災でその危険性が警告された、クラッシュ症候群(壊死した筋細胞からミオグロビンが血液中に漏れ、急性腎不全を起こす)が死因と思われる。

 新島襄、岩倉具視、有栖川宮熾仁親王、三条実美のエピソードに登場するベルツ博士とは、明治政府が雇ったドイツ人医師エルヴィン・フォン・ベルツのことです。
 閑話休題的にコラムがありましたが、これは面白かったですね。
 特に、江戸患いと言われた脚気の話。白米が精米されたことにより、ビタミンB1の欠乏が起こりました。
 ところが当時は原因がわからない。主食であるコメの問題なので西洋には例がありません。
 麦飯は卑しいものという先入観がありますから、軍隊では麦飯なんて喰わすわけにはいかないってんで、日露戦争の時には陸軍の動員兵が2万7千人も脚気で死んだそうです。脚気の原因がビタミンB1の欠乏であることが認められたのはようやく昭和初期になってからのことだそうで・・・
 他にも胃潰瘍など現在では簡単に治癒するような病気で大勢が亡くなっています。
 このことだけは、昔より今がいいですね。医学、科学の力を思い知らされます。ひょっとしたら、それを味わうための本かもしれません。

「強い力と弱い力」大栗博司

 いじめ問題、教育関係の本ではありません。
 この宇宙は何でできているのか、その間にはどのような力が働いているのかを明らかにし、私たちがどうしてここに存在していられるのかという、宇宙の深遠な謎に答えようとする素粒子物理学の中級入門書です。

 未知の世界を探求する人々は、地図を持たない旅行者である 湯川秀樹
 物質とその間の力をすることで、自然現象を理解しようとする科学が物理学なら、“素粒子”という物質の最小単位とそこに働く力の秘密を探るのが素粒子物理学です。
 原子は原子核と電子にわかれ、原子核は陽子と中性子にわかれ、陽子や中性子はクォークが3個で出来ています。
 つまり物質の最小単位(フェルミオン)はクォークというものだそうです。
 ところが、たとえば陽子の質量の中でそれを構成しているクォークの質量はわずか1%にしかなりません。
 残りの99%は、エネルギーなのです。有名なアインシュタインの特殊相対性理論の公式E = mc2は有名ですね。ミクロの世界はエネルギーに満ちているのです。
 かりに1グラムの1円玉をすべて電気エネルギーに変換できたら、8万世帯の1ヶ月分の消費電力を賄うことができるってんだから、すごいですね。原子力発電もこれの応用なのです。その燃料にウランを使っているのです。
 素粒子物理学は、素人には理解しにくいのですが、実は密接に私たちの生活に結びついている科学なのです。
 著者の前著『重力とは何か』(カテゴリー物理・宇宙参照)は、アインシュタインの光の性質に関する特殊相対性理論と、重力を説明する一般相対性理論を、これまで読んだどんな物理学入門書よりもわかりやすく解説してくれいる好著ですが、そこにも自動車のナビシステムにアインシュタインの理論が応用されていることが説明されていました。
 本書は前著よりも、若干レベルアップしたというか、難しい内容になっています。
 しかし超電導の仕組みを取り入れたり、ヒッグス粒子というものを素人相手に下手に出て勘違いを生むような説明をせず、真正面から理解させようとするその姿勢は素晴らしいと思います。
 CERN(欧州原子核研究機構)のLHCのヒッグス粒子発見のメカニズムも素晴らしくわかりやすいです。
 私たちが手を叩いて音を伝える空気の存在を実証できるように、手を叩く代わりに、2つの陽子を超高速で衝突させ、そのときの衝撃でヒッグス場を揺らして波を起こし、その波がヒッグス粒子として観測されるのですね。
 ちなみに、ヒッグス粒子は素粒子に質量を与えたとか、私たちの周りにはヒッグス粒子がギッシリつまっているという言い方は間違っているようです。先ほども書いたようにクォークの質量は1%しかありません。そしてヒッグス粒子の寿命は10の22乗分の1秒しかないのです。正しくは私たちの周りはヒッグス粒子が出現しては消える“ヒッグス場”というものに囲まれているのです。そして素粒子の質量の起源はいまだによくわかっていないようです。
 『重力とは何か』を読んだ上で、さらに深くこの世界を覗こうとするなら本書を読むべきでしょう。
 ただ、私なりに例えれば、結局はクルマを運転したことのない人が、クルマの運転説明書を読むようなものです。
 実験を直に見ているわけではありませんし、どうしても理解できないところは理解できません。
 でも、他ならぬ人間が住んでいるこの宇宙の真相は何なのか、一歩でも近づきたいと思うのです。
 せっかく生きているのですからね。たとえ真相に近づくほどそれが意味のないことだと思えたとしても・・・

 で、タイトルの意味はというと、この自然界全体には4つの力があります。
 重力、電磁気力、強い力、弱い力。このうち重力は素粒子の世界ではほぼ無力なので、本書では語られません。
 電磁気力は、ふだん我々が目にしている現象を起こしている力で、素粒子的には光子をやりとりしています。
 電磁気力と重力は、ほぼすべての方が知っているというか、感じている力ですね。
 しかし、強い力と弱い力というのは感じ取れることはありません。ミクロな素粒子の世界の話です。
 強い力というのは、陽子の中にクォークを閉じ込めている力のことです。この力は単独でクォークを検出することができないほど強く、つまりもしもこの力がなければ、私たちの体はバラバラになります。
 弱い力というのは、素粒子を性質の違うもの入れ替える力のことで、陽子を電荷をもたない中性子に変えたりします(その逆も)。なんのことかというと、これは放射線と関係しています。弱い力によって構成因子を変えられ、バランスを崩した原子核が電磁波(ガンマ線)の強いエネルギーを放出するのです。
 太陽がじわじわ燃えていられるのも弱い力のおかげです。太陽のなかには73%の陽子がありますが、弱い力がこの陽子を中性子に変えることによって核融合が起きるのです。しかし、弱い力は「弱い」のでこの反応は10億年に1回程度しか起きません。だから、太陽はじわじわとあと50億年も燃えていられるわけです。

 ま、わかったようなわからないような。
 印象的だったのは、この宇宙は対称じゃなくなったから今の世界として残っているんだな、と感じたことでしょうか。左右対称だったら、物質と反物質はプラスマイナスゼロで消えるわけなんですよね。
 でもDNAがまったく同じである双子が育っていくうちに違いがでるように、この宇宙は左右対称な世界ではありません。イレギュラーに満ちています。このズレが宇宙を産み、偶然出現した宇宙は、吹き出物が破裂するがごとく加速膨張しているのです。いったんズレた勢いが止まらないんじゃないでしょうか。
 ようは「いったんできてしまったものは案外うまくできています◎」ということですかねー。
 ノーベル賞受賞者40余名含む数多くの優秀な理論物学者が、紙と鉛筆を使って構築してきた素粒子物理学の世界。それでも宇宙の95%ほどは、私たちの知らない暗黒物質と暗黒エネルギーでできていますから、まだまだわからないことだらけです。ヒッグス粒子はその存在を予言された1964年から発見まで48年もかかりましたが、CERNの実験のように人類の知性は効率的に集約されつつあります。一歩一歩、謎は解かれていくのでしょう。
 これで著者の大栗博司の本は2冊目ですが、いよいよ専門である超弦理論の本も出たようですね。
 わからないながらも、目を通しておかなければと思っています。

「伊号第366潜水艦奮戦記」池田勝武

 太平洋戦争末期に竣工した伊366号潜水艦の元乗員による戦記と関係者の寄稿。
 著者が攻撃型の潜水艦ではないと書いているように、規準排水量は1440トンと日本海軍の主力潜水艦と比べると小さめです。魚雷発射菅も2門しかありませんし、実際に当初は魚雷を積まないで輸送作戦に従事していました。
img014_convert_20131025171309.jpg 真ん中に2隻並んでいるうちの1隻が伊366

 昭和19年12月3日に初出撃をした伊366は、終戦までに3回の作戦出撃をしましたが、2回めの昭和20年1月30日のときには、広島へ落されることになる原爆の部品を運んでいたアメリカの重巡インディアナポリス(原爆輸送後伊58により撃沈『伊58潜帰投せり』カテゴリー海軍戦史・戦記参照)を発見するのですが、このときは1トンでも多くの輸送物資を積載するために魚雷を積んでいませんでした。
 速力も低いので一概には言えませんが、もしも魚雷を持っていてインディアナポリスを攻撃できていれば、8月6日に広島に原爆が落とされた歴史は変わっているに違いありません。うーん。
 日本に敗戦の色濃いこの時期、戦線を拡大し過ぎたために補給線が伸びきった状態で、南方の基地は孤立していました。といっても制海権も制空権もすでにないわけですから、飢餓状態にあって戦闘能力もなくなっている味方部隊への命綱の輸送は、海中に身を隠して行動する潜水艦を利用した輸送しか出来なくなっていました。
 だから伊366のように、輸送型潜水艦という魚雷を積まないケッタイなタイプがでてきたのです。
 もっとも、伊366が参加した輸送作戦自体の、目的の価値やミッションの難易度は非常に高いものですけどね。
 
 伊366の初出撃は昭和19年12月3日、マリアナ諸島パガン島への食料弾薬輸送任務でした。
 著者は細かくは書いていませんが(まあ潜水艦の乗員は2役も3役もこなすのですが)、戦闘見張員と潜舵を操作していたとのことです。著者はこの時点で兵曹で、伊366の初出撃が19歳の著者にとっても初の実戦でした。
 艦長はこのとき正田啓治大佐。12月14日に到着した伊366は荷揚げ後、陸軍飛行機乗員含む40名の負傷者を内地に還送しています。このときの搬送者の方の寄稿が載せられていますが、手足のない方やアメーバ赤痢の方が便所に閉じこもるなど、艦内は地獄絵図だったようです。
 2回目の出撃は昭和20年1月30日、すでに機能していなかったトラック島とメレオン島(パラオの西。オレアイ環礁)への輸送作戦でした。著者は艦長(二代目、時岡隆美大尉)に冷やかされながら挺身隊の彼女に別れを告げて出撃。トラック島では漁船の燃料もなくて伊366の燃料をわけたなんて話もありますが、このときの帰りのエピソードは注目です。メレオン島から42名の内地還送者を乗せて出発したのですが、途中で点呼を取ると、なんと一人多い43名! 島からの脱走者がいたらしいのです。誰がそうなのかみんな口を閉ざしていますし、今更ほっぽり出せるものでもありません。結局、艦長が機転を利かして書類の四二という漢字に線を一本足して四三に書き変えたらしいですが・・・
 はじめて聞くミステリーですね。どういう事情があったのでしょうか。本でも書けそうな謎ですな。
 
 三回目の出撃は、終戦直前の昭和20年8月1日となりましたが、どうしてこれほど間隔が空いたかというと、4月に呉軍港で人間魚雷回天を5機搭載できるように改造工事をしたのと、回天作戦の訓練基地である徳山の光基地の港外で、アメリカの機雷に触雷しエンジンが壊れたために修理を要したのです。
 最後の出撃は、ウルシー沖縄間通商破壊任務でした。回天多聞隊(隊長・成瀬謙治中尉)5機と、初めて魚雷を積んでの航海となりました。
 回天はねえ・・・魚雷を改造した特攻兵器ですが、飛行機のように窓があるわけでもなく、走行前こそ潜望鏡で海上が見えますが、いったん発射されると金属の菅の中で何も見えないまま突っ込んでいくわけですから。とてつもなく怖いと思いますよ。当たれば自爆、目標に当たらなければ海底に失速着底するので100%生還できません。
 結局、伊366は終戦のわずか4日前の8月11日に敵の大規模輸送船団を発見してしまうのです。
 けれどもいつ終戦になるのか知らない状態ですからね。回天戦用意、となって2機が故障したので成瀬隊長含む3機の回天は敵に向かって潔く特攻していったのです。

 本書には著者の戦記の他にも、成瀬中尉の遺族の方や、回天が故障したために生き残った多聞隊隊員の寄稿もあります。生き残った方は、「助かったという喜びは心のどこかにあり、それを誰かに見抜かれてはならぬ思い、精神的に孤独な毎日だった」と書かれていますが、その通りだと思います。一方で、従兵にも極めて優しく(たとえばご飯の用意への感謝など)、なんの不平も悩乱もなく颯爽と死んでいった成瀬謙治中尉もまた格別、偉人です。
 終戦後、伊366は五島列島沖で米軍により爆破処分されました。
 
 大君の御稜威かしこみ微笑みて 今ぞ散るらん若桜花 (海兵73期 成瀬謙治)

「11/22/63」スティーヴン・キング

 長大な物語でした。私が今までに読んだ本の中でもっとも分厚かったと思います。
 上下二段組500ページ超が上・下巻(゚д゚) 若干、同じ作者の名作ホラー『IT』のほうが短かったかな?
 もちろん漕いでも漕いでもなかなか進まない膨大なページの海を航海し終えると、そこには味わったこともない感動が待っていることはわかっているのですがね。ええ、実際読み終えてウルウルしましたね、かなり。
 2年前、今「Dライフ」でやってるドラマの原作『アンダー・ザ・ドーム』をその分厚さに慄いてスルーしてしまった私は、今回このキングの新作をスルーするようだと、元よりろくでもない書評ブログの看板を下ろさなくてはならんとまで意気込んだわけですが、チラ見した内容に興味を惹かれた面も大いにありました。
 タイトル、何のことだか私にはよくわからなかったのですが、わかる人には初めからわかったのでしょう。
 いちいち、にいにい、ろくさん。1963年11月22日。
 第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディが、テキサス州ダラスで暗殺された日です。
 オープンカーに乗ったケネディの頭が銃弾によって炸裂する場面は、多くの方が見たことのあるショッキングな歴史の一場面だと思います。犯人として逮捕されたのは、一度ソ連に亡命しながらアメリカに舞い戻ってきた、元海兵隊員のリー・ハーヴェイ・オズワルド(日本の厚木基地に勤務経験あり)。しかし逮捕されて2日後、「俺は捨て駒だ」の有名なセリフを残して、オズワルドはジャック・ルビーという地元の男に護送中撃ち殺されるのです。
 この瞬間から、大統領暗殺事件は、未来にまで喧々諤々と続く陰謀論の虜となりました。
 はたして、本当にオズワルドに黒幕はいたのでしょうか。
 そして、もしもケネディが生き残っていれば、世界はどう変わったのか。
 アーサー・キング牧師も殺されることなく、人種暴動は起こらず、ヴェトナムからアメリカは手を引いたのか?
 この2つのテーマを、巨匠スティーヴン・キングが“時間旅行”という、魅力的で禁断な手段を使って大まじめに考えたというのが本作の魅力です。惹かれないわけがありません。
 そしてそれだけではない、というかケネディうんぬんは“ついで”と言っても過言ではありません、とにかく主人公の過去への旅が素晴らしいのです。本来いてはいけない世界での恋愛が、ね。ありがちなラストかもしれませんが、あれだけ感動できたのは、導入にケネディを持ってきて、細かいことまですべて書かれたこの長大で崇高な物語のボリュームがあったからこそ、だと思います。日本の流行作家のやっつけ仕事で、ここまで泣けるわけありません。

 じゃあ、はじめのほうだけのあらすじ。
 2011年。メイン州の内陸の街、リスボンフォールズ。ここに、トレーラーハウスの“アルズ・ダイナー”という食堂がある。
 看板メニューのファットバーガーが、なんと驚きの1ドル19セント! この安さのため、リスボン・ハイスクールの生徒からはキャット・バーガーと陰口を叩かれていたのだが・・・
 ダイナーの安さは、猫や犬の肉を使っていたからではなかったのである。
 それがわかったのは、店の常連でハイスクールの英語科教師ジェイク・エピングが、ダイナーの店主アル・テンプルトンに呼び出されてからだった。なんと20数時間前に会ったばかりのアルは、十数キロ痩せていたのである。
 しかも、肺ガンに罹っていた。
 昨日元気だったのに今日は死にかかっているアルは、信じられない秘密を漏らした。
 厨房の奥のドアは過去の世界へと繋がっているというのだ。
 彼は、そのことに気づいたときから、過去へ旅して昔の物価が安い街で肉を仕入れていたのである。
 ドアの奥の階段は、いついっても1958年9月9日午前11時58分の“この街”に繋がっていた。
 そして、どれだけ過去の街で長く過ごそうと、階段を上がって帰ってくると2分しか経っていないという。
 過去に行くたびに過去はリセットされている。また、お金を持って帰ってくることもできる。
 今回、アルは4年間も過去へ旅していた。その理由は、1963年にダラスで暗殺されるJFKを救うための大冒険だった。しかし、病魔に冒された62歳の彼は現代に引き返さるをえなかったのだ。
 ケネディが生き残っている世界。過去を変えれば現在も変わる。その世界は今よりもいいとアルは信じ、死にかけた自分に変わって、ジェイクに夢を託したのだった。
 アルはすでにジェイクに過去での偽の身分を用意していた。
 ジョージ・T・アンバースン名義の、社会保障カード、運転免許証。ファッション(バックパックなどない)、9千ドル(過去の6万ドル相当)の現金。JFK暗殺に関する情報がまとめられたノート。資金に困ったときの賭博用に作られた過去のスポーツ記事。
 半信半疑ながらも実際に過去を体験したジェイクは、本格的な時間旅行で、アルの遺言とでも言うべきケネディ暗殺の阻止を主眼としつつ、5年に及ぶ生活を過ごすことになるわけだが――そこはあまりにも魅力的な世界だった。タバコのひどい煙を除いては・・・

 過去は共鳴する。人生は一瞬で方向を変える。
 このフレーズが、全編通じて何度現れたでしょうか、そしてこれが本作のテーマでした。
 バタフライ効果って聞いたことありますよね、北京で蝶々が羽ばたけば、ニューヨークで嵐が起きる!?違うな、でもそんな感じの喩えでした。つまり、小さいことでも大きな結果に繋がるという。
 些細な事が重大な結果の変更を及ぼすならば、JFKが生き残っていれば地球の未来は180度変わることになります。本作では、過去は歴史を変えられることに激しく抵抗します。そして“イエロー・カードマン”という、時系列の番人みたいな謎の人物も登場しました。このへんがキングならでは、というかキングしか発想ができないですね。特にイエロー・カードマン。これは未来が変わることにあくまでも強情な過去を擬人化した存在だったわけですが、これをアル中のオッサンとして描くところに、およびもつかないキングの泥凄さがあります。
 偶然というのは小説では最も描きにくいことですが、これほど偶然を説明できた物語はありません。
 そして書き忘れちゃいけないこと、共鳴は過去だけではありません。
 メイン州デリーの呪われた街がまた出てきました。
 『IT』のデヴァリーとリッチィー・トージアがダンスしていましたが、これほどジェイクとセイディーに共鳴(リンク)している場面はありませんでしたね。
 人生はダンスである。ひものようにもつれて絡まって踊り合う。すべてはラストに集約されていたように思います。


 
 
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