「百年文庫 店」石坂洋次郎・椎名麟三・和田芳惠

 27冊目にして、本格的な当たり☆ かも!?
 ポプラ社百年文庫No.27のテーマは、『店』。非常に面白かったです。
 26冊目の『窓』でしたっけ、あれが最悪の出来だったので、もう百年文庫読むのやめようとも思ってたんですが、あきらめないでよかったですよ。このシリーズは、ここで読まなかったら二度と読む機会のないような地味な作品が選ばれていますから、本作に収められている3篇の作品も、きっと知らずに人生終わっていたかもしれないですからね。
 3作目の「雪女」はともかく、「婦人靴」と「黄昏の回想」は面白くて一気に読みました。
 時代背景は、戦後まもなく、くらいでしょうか。
 貧苦という耐え難い現実におかれながら、生き続けなければならない絶望のなかで導かれる精神性の光。
 やはり人生と同じように、文学も貧乏、不自由というバックグラウンドがなければ、昇華できませんね。
 命や恋愛やお金の有難みが出てきませんから。

「婦人靴」石坂洋次郎(1900~1986)
 農家の三男に生まれた又吉は、中学校を出ると、丸井靴店の使用人として住み込んだ。
 丸井靴店は、国道通りに面した二間間口のうす暗い店で、使い古した靴の修繕こそ多いが、滅多に新しい靴は売れない。親方夫婦は気持ちの上では親切だったが、暮らし向きはつまっていて、使用人である又吉も楽ではなかった。
 又吉は月の小遣い5百円で、ひと月2回の休日に、中華そばを食べることと映画を観ることだけが楽しみだった。
 それから6年。又吉の給料は月2700円になり、仕事面でも親方の片腕になったが、貧しいことに変わりはない。
 しかし21歳になった又吉に、春の目覚めがおとずれる。毎月買っている「若人の友」という雑誌に、ペンフレンド募集の便りを出すと、それが掲載されたのである。実は内容は虚栄心に満ちたデタラメも混じっていた。
 しばらくすると、早川美代子という汽車の駅で3つ向こうの町の女性から、手紙が舞い込んできた。
 感激に打ち震えた又吉はすぐに返事をしたため、ふたりは写真の交換をしたり、文通を続けるうちに、直接会うようになった。美代子は、白くてちっちゃくて丸っちい、コロコロ太った元気と魅力の塊のような女性だった。
 又吉は、親方とふたり苦心惨憺しながら、初めてハイヒールを作り、その赤いハイヒールを美代子に贈った。
 しかし、とたんに美代子からの連絡が途絶えてしまう。
 最近でいうとメル友、ライン友みたいな感じでしょうか。いつの時代も男女が出会いを求めることは変わりません。
 本作は1956年「明星」に掲載されたもので、作中の「若人の友」は明星のことだと思われます。


「黄昏の回想」椎名麟三(1911~1973)
 経済的に追い詰められている若林が、新宿のデパートで偶然見かけた老人、それは少年時代にコック見習いとして2年間ほど働いていたカフェのマスターだった。
 しかし、若林はその頃の出来事を、苦痛なしでは思い出すことができない。
 貧乏長屋。寝たきりの父と、吉原の遊郭で下働きをしている母。駆け落ちして行方しれずの姉。
 早くから働かねばならなかった若林だが、彼はカフェでいじめられた。
 彼の顔が面白いといって、カフェの女給たちに寝ているときに鼻の穴にコショウを入れられたりしたのである。
 マスターもそのことを影で笑っていた。彼は若林のことが嫌いでしょうがないようだった。
 女給らいじめる側は深刻に捉えていないが、彼へのイジメはエスカレートしてゆく。
 マスターは、若林の中に自分を見ていたのでしょう。だから嫌いだったのではないでしょうか。
 女性というのは、ブ男には本当に残酷に出来ているもので、これは今も昔も変わりません。


「雪女」和田芳惠(1906~1977)
 荒物屋の長兄の仙一は、脚気をこじらせて足が不自由になった。
 小樽中学校を退学して故郷に帰ってきた仙一は、青年団の経理を務めるうちに、小学校の同級生で料理屋の娘である、さん子と再会し、お互いに意識しあうようになる。
 やがて禅寺の住職の世話で、印章店(はんこ屋)に住み込みで弟子入りすることになった仙一は、修行を重ねるうちに子供のいない親方夫婦に見初められ、店の後継ぎとして考えられるようになった。
 実は、仙一は長兄だが、弟の勘太と父違いであった。
 2年経ち、仙一は、さん子を迎えて印章店に養子になる腹積もりを決め、故郷に帰る。
 前の2つと比べると、少し落ちます。
 雪女というタイトルも、いまいちマッチしていないというか、よくわかりませんでした。



 
 
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「蒼空の器」豊田穣

 読んでいる途中から、頭のなかでアメイジング・グレイスが流れます。
 紫電改戦闘機隊の先任飛行隊長、撃墜王・鴛淵孝(おしぶちたかし)の短すぎる青春を描いた伝記。
 著者は、鴛淵と海軍兵学校第68期の同期生で、直木賞作家である豊田穣。
 元は軍事雑誌『丸』に1976年から2年半連載されたもので、今回私が読んだのは光人社名作戦記として2002年に刊行されたものとなります。

 このブログでも何回か取り上げているのですが、太平洋戦争末期に咲いたあだ花、本土防空“紫電改戦闘機隊”。
 四国松山を基地として、昭和20年から開隊された第343航空隊は、司令である源田実大佐が直接軍令部と交渉し、遠くはラバウル、近くはフィリピンから、生き残りのエースパイロットを呼び寄せた精鋭部隊でした。
 俗に“マリアナの七面鳥撃ち”と言われまして、マリアナ沖海戦において、性能的に連合国の戦闘機に太刀打ちできなくなってきたうえに、搭乗経験の浅いひよっ子パイロットが乗った零戦は、アメリカの空母艦載機に次から次に叩き落とされました。まるで七面鳥をなぶり殺すが如くのもので、すっかりアメリカのパイロットは調子に乗っていました。
 その高く伸びた鼻を思い切りへし折ったのが、最新鋭の重戦闘機・紫電改を擁した松山343空なのです。
 昭和20年3月19日、鼻歌交じりで海軍の根拠地である呉に向かって進撃するアメリカの空母艦載機群を、満を持して強襲し、50数機に及ぶ撃墜戦果を上げたのです。以来、紫電改はジョージと呼ばれて連合軍に恐れられるようになります。

 343空は、戦闘「301」「407」「701」の3飛行隊と彩雲偵察隊で構成されていました。
 鴛淵は、戦闘701飛行隊(通称維新隊)の飛行隊長であり、全体の先任飛行隊長でもありました。
 戦闘301飛行隊長は最後の撃墜王こと菅野直大尉(海兵70)、407飛行隊長は、林喜重大尉(海兵69)。
 343空飛行長の志賀淑雄少佐は、この3人の隊長の人間像を、「鴛淵は楠木正成、林は乃木将軍、管野は清水次郎長」と著者に対して語ったそうです。
 まあ管野直は私も本を読みましたけど(「最後の撃墜王」カテゴリー海軍戦史・戦記参照)、空の要塞B29の撃墜方法を考案したり、戦闘機乗りとして天才的な能力を発揮する一方、プライベートは暴れん坊将軍ですから。
 というか、極めて運動神経の高い者しか戦闘機乗りとして選ばれないんですが、なんせ一人乗りだし、極めて危険だし、大空では食物連鎖ピラミッドの頂点に立つ存在でもあるので、ちょっと一風変わった人が多いのですね。
 そんな中、鴛淵孝はというと、好青年、品行方正、誠忠無比。著者曰く、「敢闘した軍人は多いが、鴛淵孝のように優れた資質を持ち、期友に絶大な感化を及ぼし、江田島精神の権化と讃えられる人物を他に見出すことは難しい」。
 これほど、海軍兵学校出の幹部士官として、文武両道でリーダーシップもあり、ユーモアも解し、仲間にも部下からも愛される軍人はめったにいないんじゃないでしょうか。
 だから終戦のわずか2週間前の7月25日、櫛の歯が欠けるようにたった21機に減った紫電改迎撃隊で、100機を超す敵艦載機群と豊後水道上空で死闘を繰り広げ、衆寡敵せず大空に散ったこの25歳の若き隊長を思うとき、思わず頭のなかにアメイジング・グレイスが流れたのです。
 兵学校で出来の悪かった豊田穣が、撃ち落とされながら捕虜になって生き残ったのに、この男が死んだかと。
 運命は皮肉だと思いますが、こういう責任感の強い人間だからこそ、死んだのかもしれないですね。

 鴛淵孝は、大正8年(1919)、長崎県出身。
 県の衛生課長で医師でもあった父に厳格に育てられました。
 佐世保には海軍の軍港があり、停泊する軍艦を見るうちに海軍に対する憧れが膨らんでいったようです。
 冒頭は、松山343での奮闘から書かれていますが、中盤は著者も長崎で取材したという鴛淵の生い立ちや、兵学校に進学してからの青春期を主として語られています。
 343空で鴛淵の部下だった山田良市(海兵71。後の航空自衛隊西部航空方面司令官)の話もあります。
 当初はどうしてこんなに細かく小さい頃までと思ったんですが、それが結局は鴛淵という人間の輪郭をハッキリさせることにつながっていましたね。だから感情移入しやすいんですよ、空戦とかになると。
 兵学校のときの話は面白かったです。
 これほど兵学校の生活を詳しく紹介した、活きのいい小説というかノンフィクションはないんじゃないですか。
 それもそのはず、著者も鴛淵と1年生(4号生徒)を同じ第2分隊で過ごした同期生ですから。
 自分を登場させるのはこっ恥ずかしかったかと思いますが、身長160センチ体重75キロ柔道3段で階段がうまく駆け上がれない豊田と、ぜい肉がなく足も長くてスマートな鴛淵の対比は、著者には悪いがとても効果的で面白かったです。
 卒業後(昭和15年8月)、著者と鴛淵は昭和16年5月に第36期飛行学生として霞ヶ浦で再会します。
 ちなみに艦爆パイロットになった豊田穣は昭和18年4月7日、ガダルカナル上空で撃墜され、捕虜になりました。
 兵学校で同期だった真珠湾潜航艇の捕虜第一号酒巻和男と、まさかのアメリカのウィスコンシンで会うことになります。
 鴛淵や豊田の兵学校68期は別名“土方クラス”と言われまして、68期を教育した65期生がとにかく殴りつけてしつけをした期生なのです。65期生は同じように62期生に殴られて教育されたのですね。
 ちなみに69期生は“聖人クラス”といって教育担当の66期生は暴力なしで海軍軍人としてのしつけを教えました。
 これも66期生は、63期生から殴られることがなかったからです。
 これは現在の高校の部活動なんかも一緒で、いじめられた学年は新入生をいじめ返し、優しくされた学年は優しく接する傾向が強くなります。強いクラブほど、そういう面が見られますね。

 あと、これは触れておかねばなりません。
 最終章は、いよいよ鴛淵が南方ラバウルへ進出するのですが、どうも記述がおかしいのです。
 兵学校時に世話になったラバウルのリヒトホーフェンこと笹井醇一や、有名な坂井三郎、最強の撃墜王・西沢広義と編隊を組んで戦うことになっているのですが、なにか不自然なので、ここでは詳述を控えました。


 
 
 

「フェッセンデンの宇宙」エドモンド・ハミルトン

 河出書房新社の、奇想コレクションというシリーズの一冊。
 海外のSF、ホラー、ファンタジーなど“少し不思議な話”の名作短編を、作家別に編集したアンソロジーです。
 私は今までに一冊読んでいるかな。ロバート・F・ヤングの「たんぽぽ娘」(カテゴリー海外SF・FT・ホラー参照)ね。
 今回は、アメリカのスペース・オペラ(宇宙活劇)の代表格といわれるエドモンド・ハミルトン。
 彼が活躍した1900年代初期から中期にかけての、情感たっぷりの奇想SFが読みやすいボリュームで9篇。
 ま、作品を選ぶ編訳者の偏った嗜好もあって、好みは分かれるんでしょうけども、今回は大変気に入りました。
 また機会があれば、この作者の別の作品を読んでみたいと思いましたよ。

「フェッセンデンの宇宙」
 変人ながら世界最高の科学者であるフェッセンデンが、自宅にミニチュアの宇宙を創った。
 二枚の円盤にはさまれた無重力空間に発光性のガスを満たし、ガスの電子の軌道を少しいじってやると、あとはただ、何十億年も前にわれわれ自身の宇宙を形作ったのと同じ避けがたい自然のプロセスが、この小さな極小宇宙を形成するのを見ているだけでよかった。極小宇宙の何十億年の時間の変化は、我々の世界ではわずか数分間に過ぎない。
 友人が止めるのも聞かず、フェッセンデンは、ただの実験だ、研究対象だと言って、極小宇宙のなかで育った生命や文明を、故意に彗星をぶつけたり、惑星間戦争に持ち込んだりして、躊躇もなく殺していく。
「風の子供」
 トルキスタン最奥の地にある前人未踏の高地には、世に比類なき豊かな金脈が眠っているという。
 しかし地元のチェルク賊は、その場所を風の高原、風の聖地と呼び、近づけば風に殺されると恐れていた。
 ひとりの白人のゴールドハンターは、迷信を信じない西洋かぶれした地元民をひとり雇って、風の高地に踏み入る。
 彼がそこで見たものは、生き物のように舞う風の集団と戯れる白人の少女だった。
「向こうはどんなところだい?」
 ウラン鉱床発見のために火星に行ったフランク・ハッドン軍曹は、大勢の人間が帰ってこなかった第2次探検隊の生き残りである。彼は遺族にせがまれて、亡くなった者たちの最後の瞬間を伝えるべく、重い腰を上げるのだが・・・
 離陸時のショック、ロケットの不時着、4分の1の者が倒れた火星病・・・そして食料は乏しくなり、医薬品はなくなり、決してやってこない救助のロケットを待つうちに、遺族には言えない秘密の事件が起きた。
「帰ってきた男」
 死と見分けがつかない強硬症の昏睡のために、死んだと思われて棺に入れられた男が数日後に蘇った。
 男は「自分が死んだと思い込み、喪に服している家族はどんなにか喜ぶだろう!」と教会から真冬の道を家まで急ぐが、そこで見た光景は・・・妻は男の親友と愛を語り合っており、息子の新居では男の保険金で事業を起こす話で盛り上がっており、会社の社長に電話をすると、あんな使えないまま死んだ奴の名前を騙ってイタズラ電話していくるな! と怒鳴られる始末。こうなったら、男に帰れる場所はひとつしか残ってない。
「凶運の彗星」
 水平線の向こうでまばゆい緑色の光を放つ円盤。そこから流れる大きなエメラルドの尾が長々と天空を横切る。
 地球に迫り来る彗星だ。しかし、地球の何百万マイルも外側を通り抜けるはずの彗星が、予想外に近づく。
 それもそのはず、地球が太陽の周回を出て、彗星に向かって動き出したのである。
 不老不死の金属の体を持つ、宇宙の放浪者彗星人の恐るべき陰謀。
 わずか60ページでこれほどワクワクする物語はそうそうない。
「追放者」
 架空の世界をつぎからつぎへ空想することに人生を費やしている、プロのSF作家たち。
 そのなかに、かつてある架空の惑星の話を書き、そのあとその世界に住むはめになったという男がいた。
 一日かけて空想したものが、揺るぎない現実に具現化したのである。それは今いる世界と別の次元の宇宙だった。
 彼はその世界で自分自身をも物理的に具現化してしまい、あろうことか二度と帰れなくなってしまう。
 オチ最高(・∀・)
「翼を持つ男」
 強力な放射線事故で両親を亡くしたデイヴィッド・ランドは、生まれたときに、背中にこぶがあった。
 それはやがて発生期の翼だったことがわかる。さらに彼の体は驚くべきことに、骨は鳥のように中空であり、血液も人間と異なり、体重は普通の新生児の3分の1しかなかった。彼は突然変異体(ミュータント)だったのだ。
 ランドは全世界から注目を浴びるようになるが、彼を担当するハリマン医師は、沖合の小島で静かに彼を養育する。
 そして彼は翼を生やした美しい金髪男性に成長していくが・・・
 感動のラスト。あれ以上の文章はありません。
「太陽の炎」
 探査局に辞表を出し、何もかも放り出して、男は懐かしい地球に帰ってきた。
 翻意を促すために男を追ってやってきた上司に、男が隠した事件の秘密。
 炎上して墜落する宇宙船、太陽に焼きつくされる水星の昼側。男は何を見、何と出会ったのか?
 この作品が書かれた時代は、水星が同じ面だけを太陽に晒して周回していると考えられていたそうです。
「夢見る者の世界」
 イリノイ州ミッドランド市の保険会社に勤める平凡なサラリーマンのヘンリー・スティーヴンズは、眠りにつくとすぐに目が覚める夢を見る。そして夢?の世界では、ザールという世界で、ジョダンという国の王子カール・カンとして生きている。カール・カンが眠るとすぐに目が覚める夢?を見て、そこでまたヘンリーの生活が始まる。
 ヘンリーはやせた平凡な顔、カール・カンは赤銅色をした荒削りで陽気な顔をしており、毎日上司に嫌味を言われながら生きているヘンリーと、冒険家で先頭に立って他部族と戦うカール・カンの、ふたりの性格にもまったく共通点はない。
 お互い、それぞれが夢と思っている世界の記憶だけは残っている。
 はたしてカール・カンの世界が夢なのか、ヘンリーが夢なのか、それとも・・・

 私は最近、宇宙は無なのではないかと思い定めており、それに類した話もあって面白かったです。
 宇宙が始まる前の世界がわからないかぎり、この世に自分が存在している証拠はありません。
 時間というものが実は眉唾であったとき、宇宙の始まりという概念はなくなり、私たちの存在は消えることでしょう。


 

「『紫電改』戦闘機隊サムライ戦記」角田高喜・堀知良・田中悦太郎ほか

 太平洋戦争末期、本土防空に命を懸けた決戦航空隊松山343空を、整備員の立場から見つめた表題作「紫電改戦闘機隊サムライ戦記」ほか、秋水など海軍航空隊にまつわる異色作も含めた全5篇。
 どれも非常に興味深いです。
 戦後30年以内の昭和40~50年代に軍事雑誌「丸」に掲載されたものだけに、生々しくもあります。
 全部に共通しているのは、基地への空襲ですが、たいへん迫力がありましたし、身につまされました。
 なんかこう、今まで読んできた物とはまた違いますね。
 零戦などに搭載されていた7・7ミリ固定機銃は実はイギリスが手放した欠陥品だったとか、日本最初のロケット戦闘機『秋水』の事故を実際に見た証言など、とても貴重な証言もありましたし。簡単に5篇にタグを付ければ、
 1・整備員の目からみた紫電改戦闘機隊の基地は、敵に攻撃されっぱなし
 2・南方最前線ラバウルで終戦時まで籠城した航空隊責任者
 3・日本海軍戦闘機武装のスペシャリストの証言
 4・特攻に飛び立つ目前、転勤になった雷撃機搭乗員
 5・最後の局地戦闘機・秋水の最期を見届けた、海軍飛行予備学生の秘話

 というふうになります。

「『紫電改』戦闘機隊サムライ戦記」角田高喜(松山343空整備員)
 毎日のように本土が爆撃される大戦末期、四国松山に開隊された第343航空隊。
 司令には源田実大佐、「301」「407」「701」の3飛行隊と整備分隊で構成され、搭乗員には南方帰りの百戦錬磨のエースたち、機体には特有の空戦能力(空戦フラップ)を持ち、4門の20ミリ機関銃を誇る新鋭戦闘機「紫電改」が90機採用されました。著者の角田高喜は、昭和19年11月の開隊準備前から所属するベテラン整備員。
 新鋭機の基地ということで、松山基地は敵から目の敵にされ、連日の攻撃を受けました。
 日本最強といわれる紫電改の留守中に基地を襲われる様子が、生々しく描かれています。
 これは華やかなパイロットには決して書くことのできない、縁の下の力持ち的な、リアル戦記です。
「さらばラバウル航空隊」堀知良(151空飛行長)
 南方最前線、海軍航空隊の大根拠地であったラバウル。前線に憧れる著者は、偵察飛行隊の飛行長として昭和18年の真夏に赴任してきますが・・・まさか、終戦後しばらくまで捕虜として勾留されるとは思いもしなかったことでしょう。
 まだ赴任当初こそ劣勢になりながらも航空戦で踏みとどまり、著者の偵察隊も敵基地や港湾の高々度写真偵察など地味ながらも活躍しましたが、昭和19年2月、ついに航空隊はラバウルを捨て、トラックに移動になったのです。
 著者はラバウル居残り部隊の指揮官を任されました。残留したのは7個航空隊の搭乗員2百余名と、約3千5百名の航空部隊員。そして水上機10機足らず。しかし、終戦の前日まで空爆されながら、彼らと共についに最後まで著者はラバウルを死守しました。特筆すべきは、部品をつなぎあわせて作ったラバウル製零戦7機と九七艦攻2機の活躍。
 これらや水上機は、まるで幽霊飛行機のように、アドミラルティ泊地など敵に思わぬ痛撃を与え続けたのです。
「横須賀航空隊興亡記」田中悦太郎(横空戦闘機武装主務担当)
 著者は大戦中の日本海軍戦闘機武装の第一人者で、日支事変開戦前から戦闘機の武装と機銃の実験に従事。
 所属は横須賀航空隊のままで、隣接する航空技術廠に勤務していました。空技廠は終戦時、職員1700名,工員3万1700名を抱えた世界最高水準の航空技術の殿堂であり、著者に言わせれば、敗戦は日本全般の工業技術がこれについていけず、さらに総工業力においてアメリカの足元にも及ばなかったことが原因であると述べています。
 ほぼ無傷で墜落したB29を見たときに、その高々度性能や完全防備タンクなど日本の技術者では想像もできぬ画期的設計に驚愕したそうです。この章は著者の海軍での貴重な立場と同じく、興味深いネタにあふれていますが、特に意外だったのは、昭和19年には航空用30ミリ機銃が実用可能であったということと、日支事変開戦前に日本がイギリスから輸入していたビンカース7・7ミリ機銃が欠陥品だったということです。欠陥品だから、これから敵国になりそうな日本への輸出が認められたのです。それを著者が必死の思いで、ほぼ国産品といえるくらいに改良したのでした。
「沖縄『天山』雷撃隊出動始末」内海米吉(251空搭乗員)
 昭和19年5月、著者は沖縄本島南部西海岸にある小禄飛行場の哨戒部隊へ転勤となりました。
 のちの沖縄航空隊、951空です。対潜哨戒攻撃の要領は、まず磁探機が低空で海面を飛行する。磁気反応があると赤ランプがつくので、すかさず航空目標弾を投下する。目標弾の弾体はボール紙でできており、中には銀粉がつまっていて、接水と同時に割れて水面に銀の円ができる。潜航潜水艦の上を通過したとき、機上から投下すると目標より先の方に落ちるので、これを3方向から進入航過して投下すると、銀の三角形ができる。この三角形の重心点に潜水艦がいるわけで、ここを待機していた爆撃隊が攻撃するのです。実際に著者の部隊は敵潜水艦を撃沈しており、中央から潜水艦撃沈のバッジをもらったパイロットもいたそうです。
 著者はこの後沖縄を離れ、一時特攻待機するなど数奇な運命を辿るのですが、特攻出撃直前での偵察員との別れなど、とても読み応えのある場面が、昨日のことのように切実に書かれており感動しました。
「最後の局戦『秋水』は大空に在りや」松本豊次(312空搭乗員)
 著者は13期海軍飛行予備学生。配属先は、Me163。なんのことか?と思ったそうですが、ドイツのメッサーシュミット戦闘機のことで、日本初となるロケット戦闘機『秋水』の搭乗員として16名の予備学生が実験隊の横空へ配属されたのです。
 最初はモルモットでした。秋水は過酸化水素を主燃料とし、高度1万~1万2千メートルまで1分30秒で上昇し、逆に降下は30秒で行います。気圧の急激な変化で人体はどうなるのか、著者らは大島正光軍医少佐(戦後、日本における航空宇宙医学の権威者となる)をはじめとする医師たちに食事や排泄までコントロールされたそうです。
 ふつう、局地戦闘機には「電」が付くのが海軍の伝統ですが、秋水と命名されたのは、隊員が「秋水(秋剣)三尺露を払う」、すなわちMe163がB29を駆逐し、戦局の不利を挽回するという意味の短歌を披露したからだとか。
 人体実験的なテストに合格して晴れて秋水の搭乗員候補となった著者らは、滑空機の訓練を繰り返しました。
 秋水は、上昇はロケット噴射ですが、降下はグライダーのように滑空なのです。
 そして有名な、秋水の初試験飛行での犬塚豊彦大尉の事故。著者は一部始終を見ていました。
 どうやら事故は必然ではなく、こういう結果になったのは、ちょっとしたタイミングだったようです。
 この他にも、グライダーの記録を持っていたというベテランパイロット沢田兼吉飛曹長が隊にいたように、百里原で繰り返された滑空機の技術や訓練の模様などが大変詳しく載せられており、これほどの体験談はなかなか目にすることができないと思われます。


 

「株価暴落」池井戸潤

 「融資の要諦は回収にあり」
 板東はそう高らかに宣言した。
 「これは銀行員として、初めて融資の現場に着任したとき、誰もが言い聞かせられる言葉です。
 今回、一風堂から5百億円の追加融資が申し込まれたとき、私が検討したのもまさにこのことでした。
 与信判断の要諦が債権回収にあるとすれば、返済できない会社には貸すべきではない。
 よく、我々銀行は、晴れた日に傘を差しだし、雨の日に傘をとりあげるといわれます。
 ですが、それは間違っています。たとえ雨が降っていたとしても、それが土砂降りの雨であっても、きちんと返済できると信じるに足る企業には、融資を実行してきたのです。その見極めこそが融資の根幹であったはずです」


 2004年だから、日経平均株価がおそらく1万円以下のときの本ですが、タイムリーでしたね。
 今日の東証は、平均株価の体感下落幅以上に、スコンと落ちましたよ。円高と先物の売りで仕掛けられたのでしょうね。
 まあ、今の株式市場は半分以上の資金が外国勢のものですから、上がろうが下げようが仕方ありません。
 上がったり下がったりするのが株で、市場のことは予測不能、それがわかれば誰も株なんかで損はしません。
 私は株はずぶの素人ですが、傍で見ていると、日本の金を外国人が巻き上げる構図になっているような気がします。
 雑誌で派手に株が取り上げるようになったときは、もう売りどきですからね。
 くれぐれも高値掴みには、ご用心。そして、私のように“誤発注”をしないように。

 さて、本作、主人公は板東洋史という、白水銀行の審査部調査役なんですが、どっかで見た覚えがありました。
 それもそのはず、白水銀行は半沢直樹の東京中央銀行のライバルであり、板東は半沢直樹の東京編に登場しているのです。びっくりだねえ。
 伊勢島ホテルの内情を半沢直樹に示唆したのが、他ならぬ本作の主人公、正義のバンカー・板東洋史なのです。
 しかし本作は半沢直樹のスピンオフではありません。というのも、本作のほうが刊行が早いんですよ。
 まあ偉そうに言っても、この前半沢直樹の東京編である「オレたち花のバブル組」(カテゴリー政経・金融小説参照)を読んだばかりだったので、思い出すことができたのです。白水銀行は、この作家の作品によく出てくる銀行ですからね。
 
 板東が属する白水銀行の審査部という部署は、別名“病院”と呼ばれています。
 赤字や債務超過など、いわば重傷、重体の、業績が悪化した上場企業とその系列会社だけを専門に担当します。
 そして通常の与信所管部と違って審査部が特異なのは、相手企業の決算づくりにまで関与する点です。
 しかしこの銀行内の病院が、患者の生命維持を第一にする通常の病院と違うのは、“死”をも選択肢のひとつになっているということです。倒産ですな。
 巨大企業が破綻すれば、その影響たるや計り知れません。
 貸し倒れになる銀行の損失はもとより、ピラミッド型企業集団の頂点に君臨している企業の破綻は、何百という企業、またその数倍、数十倍に及ぶ下請け業者へと波紋を広げていきます。
 しかし、銀行だっていつまでもダラダラと回復不能な瀕死の患者に大切な血液を輸血し続けるわけにはいきません。
 審査部のエース、正義のバンカーである板東洋史が担当している大手スーパー一風堂は、まさに危篤状態でした。
 一風堂は、超カリスマ経営者の風間耕造が、裸一貫から売上2兆円にまで育て上げた、傘下に数百社を擁する流通業界の巨像です。ズバリ、イメージはダイエー。
 しかし、その有利子負債は1兆円を超え、白水銀行にとって最大、最悪の業績懸念企業でした。
 白水銀行が一風堂の債権半額5千億円を放棄してなお、再生計画大幅未達のまま、さらなる追加融資を要請されています。カリスマ創業者の風間は76歳にしてなお鼻息荒く、銀行は金を貸してくれて当たり前の強硬姿勢。
 板東は、これ以上の一風堂への支援は再考せざるを得ないという姿勢を貫きますが、銀行の金庫番である企画部は、キレ者で知られるエースの二戸次長を筆頭に、さらなる一風堂への追加融資を主張して譲りません。
 銀行は破綻懸念先に対する引当金を積まねばならず、そうすると銀行の決算に多大な影響を及ぼすからです。
 また一風堂の株価のみならず、白水銀行の株価まで下がれば、同じ資本系列企業にも有価証券評価損で決算時に甚大な迷惑をかけてしまいます。ですから、企画部としては一風堂を形だけでも活かしておいて、決算を凌ぎたいのです。
 せっかく、日本経済に薄日とはいえ、明るい兆しが見え始めた1年だったのですから。
 そんなときに、驚愕の事件発生。
 都内の一風堂の店舗で、3人が死亡する人為的な爆発事件が発生するのです。すわ企業テロか?
 一風堂本社にはメールで、案山子なる人物からの犯行声明ともとれる文書が届いていました。
 内容は、会長、社長の辞任と、一刻も早い会社精算手続きを求めるものでした。
 一風堂の再建計画では、再就職先の世話もないまま3千人を超す人員が整理され、2百を超す取引先が淘汰されていました。その中には売上の大部分が一風堂との取引に頼っていた会社もあり、当然ながら倒産した所もあります。
 爆発事件の実行犯は、弱者を切り捨てて自身は再建途上にある一風堂に対して恨みを持つ者かもしれません。
 しかし驚くべきことに、担当として応対した板東に向かって、一風堂広報室長の財前は、この犯行声明を隠蔽するというのです。「発表すれば、客足は落ち、株価も下がる」という財前に、「後で理由を聞かれたときに、説明できない行動はするな」という企業コンプライアンスに則って、板東は公表を強く主張します。
 ところが、再び都内の一風堂の店舗が爆発し、今度は5人の死者が出るのです。
 混迷する警察の捜査。そしてストップ安の一風堂の株価。
 そんな中、板東と企画部の二戸の戦いは激化し、日本の銀行がやってきた与信行動を問う、問題提起がなされるのでした。延命か、安楽死か。銀行の正義とは・・・


 
 
 
 
 
 
 
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