「よめはんの人類学」黒川博行

 関西を舞台にした関西ネイティブ小説家の黒川博行のエッセイ集。
 私が勝手に名づけた“大阪ピカレスク”の唯一無二の書き手であると思っています。非常に好きな作家です。
 この人の書くものは、警官は「おいこら警官」になり、坊主は「生臭坊主」になり、役者は「大根役者」になります。
 登場人物にまっとうな奴は少ないんですが、誰もがどこか憎めない。そこが大阪ピカレスクの魅力だと思います。
 垣根涼介も似たようなものを書けると思いますが、東京で活動している彼ではこうはいかないのです。
 そしてこの方の小説が面白いのは、私たちがイメージしている大阪文化に作者自身の土壌があるからです。
 なかでも私が特に好きな部分に、セリフの独特の言い回しがあって、たとえばこの方の小説を読んでいるとよく「☆☆やん、メシ食お」とか、「☆☆ちゃん、ビール飲も」「☆☆やん、歌うたお」という風にオ段語尾のセリフが目につきます。
 これは普通に大阪を舞台にした小説だと「メシ食わへん?」とか「メシ食おう」「メシ食おや」という標準的大阪弁の誘いかけの言葉になりますが、これでは数多ある大阪小説のなかで区別をつけられるのは難しく、黒川博行という売れっ子作家が生き残ってきたのは、大阪を舞台にしながらも人間として独特の個性と感覚を持っていたからなのです。
 まあ、書いてあるのをみればわかりますがね。ギャンブル、古美術、ヤクザ、悪徳警官・・・
 しかし、その作家としての実態は謎に包まれており(私が勝手に思っているだけですが)、黒川博行という人がどういう人間であるのか、創作活動を通してしか知ることは叶いませんでした。
 たとえば、「離れ折紙」(カテゴリー・アーティスティックミステリー参照)の表紙の太夫は氏の奥さんが描いたものであり、黒川博行も京都の芸大を卒業して大阪府立の高校で美術教師をしていたことはよく知られています。
 創作の源たる氏の前歴を解き明かすべく発見した本作は、1998年刊行の古いエッセイ集ですが、黒川夫妻のことをはじめ、生い立ちや小説家になった経緯が明らかにされています。
 ドジな日常生活は笑いに満ち溢れ、黒川作品のファンならば目を通して損はない良エッセイ集だと思います。

 まず感じたのは、経歴が想像以上だったのと、ピカレスクな黒川作品とドジな日常生活のギャップでしょうか。
 そして小説家になった経緯が、格別興味深いように思われます。
 それでは経歴から行きましょうか、簡単に。
 黒川博行は1949年愛媛県今治市生まれ。両親は瀬戸内海航路の機帆船乗りで船で生活していました。
 大阪へは小学校から移住しました。父は内航船を扱ったビジネスを始め、羽振りは良かったようですが、先物で大損をしたり、豊田商事に騙されたりとバブル終焉時には財産はほぼなくなったようです。
 黒川は高校を卒業するとすぐタンカーの乗組員(コック)を1年経験。その後、京都市立芸術大学彫刻科へ入学。
 彫刻科の同級生は9人で、彼らは学校の先生やプロの彫刻家をしており、いまだに飲み会や旅行など交流があるようです。
 大学を卒業寸前に、生きるの死ぬのとすったもんだの大恋愛で奥さんと結婚。
 奥さんも芸大出で日本画を描いているということからすると、同じ京都芸大の方だと思われます。
 結婚当初、奥さんは料理はまったくできず、味噌汁さえ作れなかったそうです。
 芸大を卒業した黒川は、某大手スーパーの店舗意匠課で4年サラリーマンをしています。意外だなあ。
 しかし上司と折り合いがつかず、猛勉強の末、府立高校の美術教師の採用試験に合格。
 おそらく10年間ほど教職を勤めたようです。バレンタインにチョコを数十個ももらったというのは嘘だと思いますが・・・
 職員室にあった雑誌で第1回サントリーミステリー大賞の存在を知り、その頃ミステリー小説を乱読していたことから、帰宅後に執筆を始め、締め切りギリギリで応募してみたところ、これがなんと最終選考に残って佳作に。
 そのときのペンネームは「麸所修」。「氏」がついたら「ふところさむし」になるからって、フザケてる(笑)
 その後、第4回のサントリーミステリー大賞で大賞を受賞してデビューしたのは周知のとおりです。
 ほんとに、なんとなく気まぐれで小説家になったという感じなんですよ。
 思うに、初めて書いた小説が佳作になったというのは、いかにも小説家としての才能が溢れていたように思われますが、私は違うと思いますねえ。小説を書く下地というか、素材がこの方の人生にあったのではないでしょうか。
 黒川の取材力と資料漁りの力はすごいらしいですが、この方が小説家になった経緯を読むに、今更ながら小説家というのは才能ではなく、人生力であると思いました。
 もちろん、本書にもえげつないイラストを装入されている奥さんの存在が、黒川博行をして小説家たらしめた理由の大部分であるとも思います。本当に面白い夫婦ですわ。

 1949年生まれということは、もうすぐ65歳になられるのでしょうか、本書を読んでいるとバセドー病や、痛風、高血圧、便秘など多くの持病を抱えておられるようなので、黒川氏の健康が気にかかります。
 夫婦ともどもいつまでもお元気で、寡作ながらも面白い小説を、これからも楽しみにしています。

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「チア男子!!」朝井リョウ

 まず、この本を読み始める前に、動画かなんかでチアリーディングを観たほうが絶対いいと思います。
 そうしなきゃ、専門的な技の名前とかいっぱい出てきますしね、作中の説明だけではイメージわかないですね。
 実際にチアリーディングを観ることによって、どれだけこの物語の登場人物たちが無謀で危険なことにチャレンジしているのか理解できると思いますし。
 また、ラインダンスをしますが組体操みたいなのはしない“チアダンス”との違いもわかることでしょう。
 まあ、 本当にこれはすごいというか・・・体操の床運動とですね、ピラミッドとかの組体操の凄いのが合体したような、思わず見入ってしまうような、アクロバティックな競技です。
 全国選手権のような大会もあって、選手は8人以上16人以下、競技時間は2分20秒以上2分30秒以内。
 そのうち1分30秒間は音楽を使ってもいいのです。あとの1分は、選手たちのかけ声ですわ。
 「GO! FIGHT! WIN!」とか、なんとなく聞いたことあるでしょ。
 しかも、これ実は“応援”なんですよね。当然なんですけど。
 応援することが主役になり、誰かの背中を押すことがスポーツになっているのです。
 チアとは、戦うスポーツではなく、世界でたったひとつだけ、人の関わりの中で生まれた競技であり、誰かを応援するという姿勢が評価されるスポーツなのです。
 チアリーダーとは観客も選手も関係なくすべての人を応援し、励まし、笑顔にする人のことです。
 チアリーダーの笑顔の裏には、涙も凍りつくような努力があります。しかし、観ているものを不安にさせてしまうのなら、それはチアリーディングとは言えません。チアは一般人からすると危険なスタントに思えますが、ハラハラドキドキさせたのならそれは“サーカス”なのです。上手なグループのチアを観てください。どれだけ危ないことをしていても、どこか安心して楽しみながら観ていられると思います。
 敵も味方も観客も関係なく、全員が笑う、応援して、応援される。
 ある意味、生き方の基本といいますかね。これまでに団体競技など精神的にキツいスポーツ経験のある方は、本作をうまく読めたならば、価値観が広がるかもしれません。
 決して筆力があるというよりどちらかというと下手くそな小説なんですけど、これを読んで何か残るとしたら、それでしょうね。うん、何かは残ると思いますよ。

 簡単ですが、あらすじ。
 命志院大学柔道部1年生60キロ以下級の晴希と一馬は、小さい頃から仲の良いコンビだった。
 柔道一家で大学の公式柔道練習場「坂東道場」の息子である晴希。姉の春子はインターハイ準優勝の強豪選手だ。
 一馬は、両親は昔に事故死し、唯一の肉親である祖母も高1のとき入院してから、彼は築何十年の風呂なしアパートで一人暮らしをしている。彼はインターハイにも出場したが、大学には一般入試でトップクラスの成績で合格し、特別給費生の資格を得ている。
 入学して3ヶ月。肩の怪我をして練習できなくなった晴希は、どこかホッとしていた。
 彼はインターハイにも出場できず、姉のように取り立てて才能に恵まれた柔道選手ではなかった。
 公式道場の息子だからもらったスポーツ推薦で入学できたのではないか、ということにも疑念があった。
 そして、はるかに及ばない姉の背中を追いかけていることは、重荷だった。
 晴希は柔道部を退部することを決める。
 しかし、いざ部長室に向かうと、驚いたことに一馬が先に来て退部していたのである。
 一馬には一馬の事情があったのだが・・・
 「・・・一発おもしろいことしようぜ、ハル」
 一馬はそう言って、出会ったころのように白い歯を出して笑った。そう言う一馬の声が少年だったころの声に重なり、一馬の姿が真夏の太陽に重なった。
 あのとき確かに聞こえた。何かが始まる音。夏が始まる合図。晴希にはっきりと聞こえた気がした。
 一発おもしろいことしようぜ。それは、二人が出会ったころからの永遠の合言葉だった。

 二人がやろうとしたこと、それは男子のみのチアリーディング。男子チア。
 人を応援することに性別なんて関係ない。
 掲示板にチラシを貼ったり、なじみの食堂に協力してもらって集めた7人のチームは10月の学園祭でデビューした。
 そして、反響から選手は16人に増え、専門のコーチもついて3月の全国選手権を目指すのだが・・・

 あとがきによれば、早稲田大学の男子チアチームが紹介されているように、男子チームや男女混成チームはけっこうあるようです。そこがウォーターボーイズとは違うよね。
 まあ、小説の題材にするのは初めてだろうとは思いますが。
 スポーツ小説と言っていいと思いますが、こういうのに付き物なのが、選手の中に必ずいる、劣等感の塊みたいな肥満型の男と、メガネをかけて運動音痴な秀才タイプ。本作もご多分に漏れず、いますよ(笑)
 バック転とかバク宙が、数ヶ月の訓練で簡単にできるとは思えないけどなあ。
 それ以前に、何もできないのに、チアリーディングをしようとする神経も理解できない。危ないでしょ。
 笑いながら演技してますけど、一歩間違えば大怪我ですからね。
 個人的には、男子チアのユニフォームは短パンなんですが、すね毛をどうしたのかが非常に気になるところでした。


 
 
 

「とまどい本能寺の変」岩井三四二

 覇王・織田信長が倒れた本能寺の変。
 日本の歴史を変えてしまったこの出来事は、様々な人物、社会、文化に莫大な影響を与えました。
 たとえば信長はキリシタンを許容していましたが、庇護者が突然いなくなると不安ですよね。
 また、信長には生涯10人ほどの妻妾がいましたが、信長がいなくなると側室の方々はどうなったのか。
 日本の天下をほぼ手中にしかけていた信長の突然の消失を、最大限に活かしたのは羽柴秀吉であることに疑いはありませんが、絶対的な主の死に対する準備ができていたのは、彼だけではなかったのでしょうか。
 ほんとに、何事も準備というか、運不運というよりも人間の人生は心構えですね。
 本作は、作者自身の目線による、どちらかというと歴史の脇役たちの“本能寺の変”のその後の物語、8篇。
 歴史に壮烈な光芒を放った巨星が堕ちることにより、影に隠れていた六等星たちは輝きを増したのか、それとも消え去ったのか・・・

「南の山に雲が起これば」
 安国寺恵瓊が主人公。彼は西国の覇者・毛利家の使僧でしたが、後には伊予に2万3千石の所領を持つ大名になります。
 天正10年(1582)6月4日、備中高松城を水攻めにして毛利軍と対峙していた秀吉軍は、突然、和議を結ぶのです。
 このとき和議の仲立ちをしたのが、安国寺恵瓊。有名な秀吉の大返しですが、本能寺の変の事実を知っても、毛利家は起請文を守り、秀吉を追い打ちはしませんでした。その後10日もせずに秀吉が光秀を打ち破ったことを思えば、このときの毛利家の判断が歴史に及ぼした影響は大きいでしょう。
 自分の利益ではなく与えられた使命を懸命に果たすうちに敵が増える安国寺恵瓊。
 ですが、信長が倒れる前から京と中国を股にかけて駆け回っていた彼にとって、名将の誉高い小早川や吉川という毛利家の武将も、しょせん天下の情勢がわからぬ田舎侍に過ぎませんでした。
「最後の忠臣」
 信長の三男・織田信孝の物語。信長・信忠亡き後、織田家でもっとも有能であった彼は、どうして26歳の若さで腹を切らねばならなかったのでしょうか?
 本能寺の変の前、信孝は四国征伐のために岸和田城に寄っていました。
 四国攻めの副将には元信長の母衣衆で出世が遅れている古参武将・蜂屋伯耆と丹羽長秀がいましたが、信孝自身の兵は千人くらいしかいなかったのです。ですから、おっとり刀で父の仇を討つというわけにはいかなかった。
 清須会議の後、結局、彼は岐阜を領有することになるのですが、かつての副将である蜂屋と丹羽に攻め込まれることになります。人の運不運は紙一重と信孝は無念に思いながら死んでいったのでしょうが、ちと違うなぁ・・・
「久々よ、怒れる武神、勝家を鎮めよ」
 主人公は堀秀政。元は信長の小姓であり、秀吉とも昵懇の仲でした。
 本能寺の変のとき、彼は秀吉の備中高松城攻めの軍監をしていました。山崎の戦いの後、光秀の居城である坂本城へ押しかけ、光秀の婿である明智弥平次に腹を切らせ、城を焼き払うなど活躍しましたが、当初は友人であった秀吉との関係はしだいに家来のそれへと変貌していくのです。
 秀吉が柴田勝家を追い詰めた北ノ庄城攻め。野心家の秀吉と奉公人の勝家。最後の一戦に堀秀政は何を思うのか・・・
「関東か小なすびか」
 滝川一益は織田家の宿老でありながら、どうしてか影が薄いように思います。
 彼は、堺で鉄砲術を会得し、まだ信長が尾張半国の主でしかなかった頃から仕えているのです。
 北伊勢五郡を領していた一益は、天正10年2月、織田家の宿敵武田家との戦いで総大将信忠を支えて大活躍し、わずか2ヶ月で武田家を滅ぼした後は、信長から上野一国を与えられ、関東の仕切りを任されました。
 しかし、58歳になっていた一益は、馴染みの薄い関東にやられることに不安を覚え、「一国よりも茶道具の名物である珠光の小茄子が欲しかった」などと友人に漏らしていたそうです。
 一益の懸念は的中し、本能寺の変のあとたちまち本性を現した北条氏や上野の地侍から逃げるため、箕輪城から百里以上の突破、脱出行を強いられることになります。
「本能寺の変に黒幕はいたか」
 日本史最大の謎と云われる本能寺の変に黒幕はいたのか。作者である岩井三四二はいないと思ってるそうです。
 しかしそれではタイトルに本能寺がついている以上、面目が立たないということで編み出した?本稿。
 黒幕の存在は信じていませんが、実は怪しいと思える人間がひとりだけいるそうで・・・公家に。
 その公家の名は、近衛前久。彼は本能寺の変直後から行方をくらましていました。
 そして光秀の年齢の秘密とは? 読後呆然必至の“岩井史観”
「カタリナ・おかつの受難」
 デウスの教えを捨てようと決めたおかつという女性が主人公なのですが、これは創作でしょうか?
 この時代の騙されやすい純粋な民衆の直喩かな、とは思うのですが。わかりません。
「北方城の悲惨な戦い」
 永禄10年(1567)に信長が美濃の斉藤家を攻略するきっかけとなったのは、西美濃三人衆と呼ばれる稲葉、安藤、氏家の豪族が織田側についたためです。その後も三人衆は、信長の旗本として数々の戦いに参加しました。
 しかし起こった本能寺の変。2年前に信玄への内通疑惑によって信長に追放されていた安藤守就は「でかした光秀」と思い、織田家での地位を着々と築いていた稲葉一鉄は「光秀の大馬鹿者め」と思ったのです。
 そして、80歳の安藤守就と70歳の稲葉一鉄が岐阜の北方城で一戦交えることになるのですが・・・
 老雄、並び立たず!?
「信長を送る」
 信長の側室であり、3人の子をもうけた、おなべの方が主人公。
 亡くなった方も含めて、信長には10人ほどの妻妾がいたそうです。
 本能寺の変が起きたとき、彼女たちは安土城にいました。安土城には頼りになる兵力はありません。今にも明智勢が攻めこんでくるかも、ということで浮足立つ女子達。そんな中で、豪傑で知られるおなべは籠城しての徹底抗戦を主張するのですが・・・家来や敵には冷たく、残酷であった信長ですが、彼女たちにはよき夫であり、子供たちにはよき父でした。おなべの選んだ人生とは!?


 
 
 

「鉄底海峡」高橋雄次

 「全軍突撃せよ」の命令はすでに発せられた。
 右にガダルカナル島、左にサボ島の島影が見える。“鉄底海峡”には微雨が降っていた。
 突然、青白い光が走った。さきに進発した味方の偵察機が、敵の上空に吊光投弾を投下したのだ。
 「発射目標 右5度巡洋艦 右魚雷戦」「右砲戦 右5度 巡洋艦」
 全艦の大砲と魚雷発射管が目標のほうを向いた。私は、直ちにつぎの号令をかけた。
 「魚雷発射ハジメッ!」
 「発射魚雷数4 方位角左35度 照準距離3.500 深度4メートル 第一雷速 射角零」水雷長が報告する。
 射角零は、このとき敵が停止しているか直向してくることを意味する。第一雷速は魚雷の速度は36ノット、つまり1分間に1.112メートル進む、敵艦の舷側に到達するまで2分か3分であろう。はたして2,3分経ったとき、私の右側にいた若い見張員が叫んだ。
 「敵艦、魚雷発射!」
 これは、おかしかった。私は7倍双眼鏡で魚雷命中爆発の水柱を見ていたので、心地よい腹立ちを感じて、見張員の水兵の頭を軽くたたいた。
 「バカヤロウ、あれはうちの魚雷があたったんだい!」


 タイトルの鉄底海峡とは、ソロモン群島ガダルカナル島の北からフロリダ島ツラギの南にいたる海峡のことです。
 昭和17年8月以来1年以上にわたるガ島争奪戦の間に、この海峡に沈んだ彼我多数の艦船は、海底を文字通り鉄と化しました。ゆえに米海軍は海図にこの海峡の名を「IRON BOTTOM SOUND」と記入したのです。

 著者の高橋雄次氏は元重巡「加古」艦長。
 潜水艦はそうでもないんですが水上艦の艦長の手になる戦記は多くありません。
 しかも、「加古」は第1次ソロモン海戦の帰路、米潜水艦の雷撃によって轟沈しましたからね。
 日本の海軍艦長は、艦を沈めた責任をとって船と一緒に沈む方も多くいらっしゃいました。
 しかし、この元「加古」艦長である著者は、生き残った乗員に向かって、「艦が沈没し生き残っても腑甲斐ないと思うな。艦は沈んでも沈んでも、いのちあるかぎり最後まで粘って奉公せよ」といったそうです。
 これは正しいですよね。沈没後、同じ第6戦隊僚艦の艦長と顔を合わせたり、指揮下にある第8艦隊司令部に出頭したりと恥を忍んだ場面もあったと思いますが、著者はひたすら耐えて胸を張って生き抜いたのです。
 輸送船で内地に帰還して何も知らせず自宅に向かい、「ただいま!今回はキンタマひとつで帰ってきた!」と奥さんに言うと、奥さんは「キンタマがあれば結構です」と返したと書かれています。
 思わず笑ってしまいましたが、この方が強く生き残っていればこそ、本書のような「加古」の栄光と悲劇の航跡が後世に残されたわけですから、沈没時に死亡された68名の乗組員の御霊のためにも、船が沈んだってこれからまた頑張る!という著者の姿勢は正しかったのです。戦うものにとって殉死など、無意味なのです。

 加古の栄光は一瞬で暗転しました。
 昭和17年8月7日のDデー(連合軍反抗開始日)によって、これまでMO作戦支援のほかはドサ回りをしてきた重巡加古属する第6戦隊は、初めて戦争の矢面に立つことになり、第8艦隊旗艦重巡「鳥海」を先頭に敵艦隊の泊地であるツラギ海峡夜襲に進発したのです。
 途中、米潜水艦S38に南下を発見されるものの近すぎたために雷撃されず、オーストラリア軍の偵察機は艦隊を発見しましたが、報告が遅れたばかりか艦種を誤って伝えたために、ツラギの連合軍艦隊は8日夜半から9日未明にかけての日本軍の夜襲はないだろうと推測し、米機動部隊もはるか南に南下退避していました。
 さらに泊地の入り口で哨戒していた米駆逐艦ブルーは艦隊を発見できず、艦隊に2千メートルまで近づいた米駆逐艦ジャービスは昼間の日本海軍航空隊の攻撃で大破し、わずかに推進機関が可動しているだけで戦闘機能も通信機能も失われていたので、日本艦隊の泊地侵入を通報することができませんでした。
 著者が書いているように、この海戦「第1次ソロモン海戦」の完勝は、指揮官の果断、実行力とならんで何重もの偶然に恵まれていたというのが、真相のようです。
 わずか数十分の戦闘で、連合軍の重巡洋艦を4隻も撃沈したばかりか、こちらの被害は微々たるものでした。
 「加古」は、五島第6戦隊司令官によって豪軍巡洋艦「キャンベラ」への雷撃撃沈が認められ、被害は12.7センチ砲弾の破片が1番砲塔の右側防熱板を貫通しただけでした。
 しかし、搭載している水上偵察機が1機、戦闘前に行方不明になっていましたが・・・

 このときの艦隊が余勢をかって敵のガ島輸送船団を襲撃していたらという、有名な「タラレバ」について著者は、なぜ再突入しなかったのかという疑問はもっともであると答えています。
 さらに、海峡への突入が浅かった(もう少し深くはいっていればもっと敵艦を叩けた)、26ノットという速度が速すぎた(あと4ノットでも遅ければもっと砲撃出来たし戦果は上がった)、艦隊間の開距離1200メートルは長すぎた(古鷹はおそらくこのために前艦を見失い艦隊の行動が崩れた)などの当事者らしい疑問点を挙げておられました。

 海戦の帰路、8月10日午前7時過ぎ、意気揚々と凱旋中の「加古」を雷跡が襲いました。
 シンベリ島沖で対潜警戒を五島司令官が解いて、之字運動もしておらず16ノットで航海していたときのことです。
 「加古」は改装を重ねたとはいえ大正15年竣工の最旧型の重巡であり、舵の効きがよろしくなく、しかも外二軸の推進器で航行していたためになおさら回頭が遅れました。艦首に1発被雷したあと、続けて2発が中後部に命中爆発。
 被雷から約5分、瞬く間に沈没しました。その割には生存者は多く650名、戦死者68名。
 艦長をふくむ生存者はシンベリ島に漂着し、救助を待つことになります。
 余談ですが、戦後著者が横須賀で水先案内人をしているときに、このとき「加古」を雷撃した米潜水艦Sー44の艦長だったムーア大佐と再会しています。大佐から「お前は今私をどう思うか」と訊ねられ、著者は「野球の試合をして負けた同様に思っている」と答えたそうです。
 
 この他無念ながらの沈没後の事後整理(船とともに沈んだ乗組員の給与やら戦死者の弔辞なども)がこれほど詳しく書かれている本は他にないでしょうが、昭和16年9月15日に著者が「加古」の艦長として赴任して以来の日々も楽しく書かれています。開戦を控えて南洋に行く前に艦内の酒保で扱うミカンを大量に買わせたこと、士官の結婚問題、航海中は禁酒していたがたまにひそかにビール一本を艦長休憩室で飲んだことなど、面白かったですよ、大変いい本でした。
 以下はウェーキ島攻略作戦中、僚艦の水兵が海上に転落したことを皮肉った短歌
 ウェーキとアウェイクをかけるなんて、さすが艦長(笑)

 戦闘の用意をよそに居眠り坊 どぶんと落ちてやっとアウェーク   元「加古」艦長・高橋雄次



 

「原発ホワイトアウト」若杉冽

 霞が関の現役官僚による告発的ノンフィクション・ノベルということらしいです。
 もちろん、若杉冽(わかすぎれつ)という名前はペンネームですよ。
 何を告発したかというと、電力会社の秘部というか、電力料金の形で大衆から広く薄く回収された金がプールされて、政治家や官僚の私腹を肥やしているということが、ひとつ。
 電力会社は地域独占が認められているかわりに政府の料金規制を受けていますが、その内容は総括原価方式といって、事業にかかる経費に一定の報酬率を乗じた額を消費者から自動的に回収できる仕組みになっています。
 電力料金という名の会社の売り上げは天から降ってくるのですな。
 事業にかかる経費自体は政府によって甘く査定されており、経費を浪費したら浪費しただけ報酬が増えるため、電力会社としてもより多くの経費を使うインセンティブが内在しています。
 そのため、結果として、電力会社から発注される資材や燃料の購入、工事の発注、施設の整備や清掃業務等は、世間の相場と比較して、2割程度割高になっているらしいのです。
 本作に登場する小島巌(関東電力)という日本電力連盟の常務理事は、この2割に目をつけて、取引先と結託して4分の1をリザーブし、ここから政治家や官僚へのキックバックを生じさせているのです。
 与党はもちろん目をつけた野党の落選議員の生活保障まで面倒を見るという、まさに打ち出の小槌のような集金・献金システムは、まさしく“モンスターシステム”であり、これがある限り政治家も官僚も電力システム改革なんてかけ声だけでハナからやるつもりがないというのですが・・・

 フクシマ以来の電力システム改革論議は、原子力再稼働のため世間に示すポーズであるということ。
 これから電力業界で競争が起きると大衆に信じさせていればいいだけの話であって、肝心なところは官僚がルールに穴を空けているため、発送電分離なんて絵に描いた餅らしいのです。
 要は国民に電力会社が政府からこっぴどく締め付けられているというイメージを与えたいだけで、内心舌を出しているのですね。
 まあ、最近というかよく使われる手ですよ。
 消費税だっていきなり20%と打ち出してから10%に引き下がれば仕方ないような気分になるでしょ。
 同じように世論誘導というか形成というか、「値上げか再稼働か」と国民に迫って原発再稼働やむなしという方向に持っていくのですね。原発を再稼働しなければ原油の購入で国富が海外に流出し、日本の製造業が高価な電気代で国際競争力を失うと言いながら、10万年ものあいだ放射能を出し続ける核のゴミの処理費用や老朽化した原子炉の廃炉費用は“先送り”ですよ(笑)。
 原子力の核のゴミの処理費用は税金や補助金で優遇して人為的に安く設定して、再生可能エネルギーその他の電源に原子力の廃炉や放射性廃棄物処理のコストまでこっそり上乗せして、託送料金を高く設定する。
 ほんと、「おぬし、ワルじゃのう」の越後屋の世界ですよ。笑えますね。

 これだけで話が終わりつつありますが、もちろん本作にはその他の告発もあります。
 日本製原子炉が最新の欧州型原子炉に安全性で劣っていることとかも重要ですね。
 ただ、どこまでが創作でどれだけ真実が混じっているのか、それはわかりません。
 実際にあった出来事を踏まえながらも、フィクションに作り変えて物語を展開していますからね。
 1998年に四国の坂出で70メートルの送電塔が人為的に倒壊させられたのは、事実です。
 恐ろしい出来事でしたよ。みんな忘れていますけどね、時効になりましたが・・・
 原子力規制庁の審議官が更迭になったのも元ネタがある事件ですね。
 一方で、年末に15基の原発が再稼働するというのは、フィクションになりました。
 もちろん同じようにこの物語の結末も永遠にフィクションになることを祈っていますが・・・
 次にメルトダウンを起こせば、おそらく日本は終わってしまうでしょうから。

 私自身は基本的に、原発推進派も反対派の言うことも話半分で聞いています。
 少々ですが電力会社の株式を所有しているので、公開された会社の帳面も話半分で見ております。
 原発が再稼働すれば配当が復活するでしょうが、それはもうどちらでも、別に紙くずでもいいって話でね。
 でも原子力ばかり悪く言われますが、化石燃料の世界だって、先物市場で値段が上がりまくるっておかしい話ですよ。
 だいたい地球温暖化で化石燃料はアカンってこの前まで言ってませんでしたか?
 んで、風力発電や太陽光なんて構造的に絶対に原子力や石油の代わりにはなりませんから、これらを強硬に勧める人間はまず詐欺師と思って間違いありません。
 放射能の危険性だって、ひょっとしたらPM2・5のほうが結果的にヤバいかもしれませんよ。
 高速増殖炉もんじゅだって、エネルギーを自給できるかもしれないというその理想だけは素晴らしかったのです。
 技術がはるかに及びませんでしたけどね。表向きのチャレンジとしてはよかったと思います。
 とにかく、エネルギー関係は賛成する人間も反対する人間も、魑魅魍魎がワラワラと湧いてくるので(それだけ儲けがあるのでしょうね)、話半分で聞いてひっかかったことだけを心に留めてておき、実生活ではできるだけ省エネを心がける、ということでいいんじゃないかと私は思っています。


 
 
 
 

 
 
 
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