「ブラックライト」スティーヴン・ハンター

 ボブ・リー・スワガー。元海兵隊一等軍曹。
 凄腕の狙撃手であり、3度出征したベトナム戦争では公式狙撃スコア87(実数341)を誇る。
 彼の名は1992年の事件(シリーズ第1作「極大射程」)を境に、伝説的なまでに高まった。
 50歳を間近にした彼は現在、喧騒を避けてアリゾナ州に隠遁している。
 亡くなった戦友の妻だったジュリィと再婚し、ニッキという名の4歳になる娘にも恵まれた。
 伝説の男“ボブ・ザ・ネイラー”は伝説のままに、このままひっそりと暖かで幸せな暮らしが続くかと思われた。
 彼が訪ねてくるまでは。ボブの父のことを本に書きたいと言って、彼が訪ねてくるまでは。
 彼の名はラッセル(ラス)・ピューティ。1994年、オクラハマ州立重犯罪刑務所を脱獄したラマー・パイとオデール・パイの事件(シリーズ第2作「ダーティホワイトボーイズ」)で大活躍した、オクラハマ州警ハイウェイパトロール隊巡査部長バド・ピューティの長男である。作品の中、あのときの彼は秀才のハイスクール生で、名門プリンストン大学に合格したところだった。ところが、本作22歳になったラスはプリンストン大学を2年で退学し、根無し草なジャーナリストの卵になっている。そして、父であるバドを憎んでいるだ。
 なぜか? それは前作で同僚の妻と不倫をしていた父が、結局、家庭を捨てて不倫相手を選んで出て行ったのである。
 ピューティ家は滅茶苦茶になったのだ。
 ラスは、一家を壊した元凶となったのは他ならぬラマー・パイの存在であると考えた。
 そして彼はラマー・パイの事蹟を追ううちに、奇妙な符合に気付いたのだった。
 その符合とは、ラマーの父であるジミー・パイもまた凶悪な事件を起こして警官に射殺されていることだった。
 そう、1955年7月23日アーカンソー州ポーク郡ブルーアイ。当時21歳のジミー・パイは刑務所から出所したその日、いとこであるバブ・パイと共に食料品店を襲撃、警察官ひとりを含む4人を殺害した。
 ジミーとバブ・パイを射殺し、自らもまた凶弾に倒れたのが、他ならぬボブの父・州警巡査部長アールリー・スワガーだったのだ。アールは海兵隊で15年を過ごし、硫黄島の戦いで名誉勲章を授章した第2次世界大戦の英雄だった。
 実はジミーは、アールが戦友ラニー・パイが戦死した際、後見を頼まれていた彼の息子だった。
 しかしジミーは優れた容姿と抜群の運動神経、優秀な頭脳を持ちながら、どこまでもホワイトラッシュボーイ(白人のクズ少年)で、ちんけな犯罪を繰り返し、アールの手にも余っていたのである。
 ラマーの父であるジミーを射殺し、また自分も殉職した警官がボブの父であることを知ったラスは、執筆の協力を請うためにボブの元にやって来たのだ。興味を惹かれながらも当初は断ったボブだったが、父の死以来はじめてその事実に向き合うことを選ぶ。そして、1955年7月23日、アール・リー・スワガーにとって硫黄島以来最悪の日となった一日には、多くの謎が秘められていることを知るのである・・・
 コードネーム“ブラックライト(赤外線スコープ)”の幕が開く!!

 非常に面白い。シリーズを読んでおれば気づきますが、ただの勧善懲悪な冒険小説ではありません。
 アーカンソー州第2の都市フォートスミスの帝王、レッド・パーマがボブの殺害を企てても悪役とはかぎりません。
 深いね。ヒューマンドラマティック的ですね。
 ジミーの妻だったイーディ・ホワイトが流産したと書かれていたので、ラマーを妊娠したのはいつだったんだ? おかしいな、と首をかしげながら読んでいたのですが、まさかこういう驚天動地なオチが用意されているとは!!
 びっくりしましたぁ(^_^;)
 「極大射程」で活躍した、ボブの数少ない友人である老弁護士サム・ヴィンセントが86歳にして少し認知症が出ているのですが、その描き方も読んでいて切なくなるくらい、巧かったですねえ。
 さらに今作では、アメリカの近代的というか南部的というか、人種差別の問題についても勉強になりました。
 要するに、スティーヴン・ハンターという作家は非常に能力の高い、超一流のテラーなんですね。
 ところが、弘法も筆の誤りなのか、実はアールの死んだ日が前作では1955年の8月になっていました。
 あとがきで作者本人が間違ったことを白状しておられますが、こういうこともあるんだなあ。
 私は逆にほのぼのしたというか、今後が気楽になりましたね。
 まだまだこのシリーズの先は長いですが、少々辻褄やキャラクターを忘れても、楽しく読んでいこうと思います。


 
 
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「地獄のレイテ輸送作戦」岸見勇美

 レイテ島はフィリピンの中央からやや南、ミンダナオ島の北にある島です。
 大きさは四国の3分の1ほどのこの小島で、昭和19年10月末から約2ヶ月間、日米両軍合わせて約40万人の兵士が血を血で洗う死闘を演じ、十数万人の戦死者を出しました。
 戦死者の割合は圧倒的に日本軍が多く、大岡昇平の「レイテ戦記」(カテゴリー戦史・戦記参照)などにその悲惨な戦闘の模様が記されているように、自活自戦(食糧を自分で賄う)永久抗戦を命じられた日本軍は、ほぼ壊滅しました。
 本書は、『多号作戦』と呼ばれるレイテ島への陸海軍共同輸送作戦の模様を専門に扱ったものですが、本書の数字が確かならば、9次にわたる多号作戦に投入された日本の陸海軍は総数約10万、うち戦死者9万、陸軍部隊に限ってみると投入された8万5千人のうち、生還できたものはわずか2千5百人。海軍艦艇も延べ70隻、輸送船延べ26隻が参加し、艦艇30隻、輸送船17隻が撃沈破され、9千人余が戦死しています。これに多号作戦掩護のために出撃した陸海軍の航空機も、特攻攻撃などで全滅に近い損害を受けているのです。

 レイテ島への強硬輸送作戦である「多号作戦」が正式決定されたのは昭和19年10月28日です。
 この10月20日、レイテ島東岸タクロバンに、8百隻の上陸用舟艇によって17万人の米軍主力が上陸しました。
 ここで日本軍の最高機関である大本営は「捷一号作戦」作戦を発動、陸海空の全力をあげてレイテ島に米軍を迎え撃つ姿勢をとりました。しかし、10月24,25日の比島沖海戦で日本の誇る連合艦隊は壊滅してしまいます。
 このタイミングで、兵員、軍需物質をレイテ島西部オルモック湾へ輸送する「多号作戦」の決行が決まりました。
 当初、フィリピンを統括する山下奉文第14方面軍司令官は、大本営と南方総軍のレイテ決戦方針に頑強に抵抗しました。もともと、第14方面軍は、ルソン島を決戦場にするつもりで兵員を集中し、マニラに軍需物質を集積していたのです。
 ところが、多号作戦のために、それらの兵員や物質をマニラからレイテ島に分散しなくてはなりませんでした。
 山下司令官は、「レイテ作戦は将来、史家の非難の的になるぞ」と言ったそうです。
 その通り、多号作戦は人員、物質の損害を招いただけの結果となりました。

 マニラからレイテ島オルモック湾まで海上を720キロメートル。
 この頃、執拗な米軍の潜水艦攻撃によって、日本は開戦前の輸送船舶640万トンの8割を失っていました。
 しかも、かき集めた虎の子の輸送船を空襲から守る掩護の航空機は、一度に陸海空で10,20機がせいぜいでした。
 もともと、輸送船団を守る駆逐艦や海防艦、駆潜艇などの護衛艦艇でさえ払底していたのです。
 9次にわたる輸送作戦で、ほぼ成功したと言えるのは第1水雷戦隊司令官木村昌福少将が指揮した第2次(10月31日~11月4日)。このときは航空機の掩護も比較的強力で、駆逐艦6隻海防艦4隻という護衛陣の層も厚く、輸送船の艦長にも練達者が揃っていました。レイテ決戦で主力となった第1師団の大部分を揚陸成功しています。
 ところが、第1次ソロモン海戦で旗艦「鳥海」艦長を務めた第2水雷戦隊司令官早川幹夫少将の指揮した第3次の輸送は、ほぼ壊滅して失敗しました。敵機動部隊の艦載機300機以上に襲撃されたのです。
 高速駆逐艦「島風」をはじめ、ほとんどの輸送船と護衛艦艇が撃沈しました。
 この頃より、雲行きは一段と怪しくなり、たまに輸送が成功しても兵員だけ上陸して武器が海に沈むなど、輸送作戦の本質を疑う事態が頻発しました。第8次の輸送でレイテ島に揚陸した第68旅団(星兵団)は、自動小銃を各自が装備した精強な特殊部隊でしたが、目的地のオルモック湾に米艦隊が出現したために急遽到着地が変更され、武器や物質は揚陸されずにほぼ身一つでレイテ島に放り出されました。これでは、いくら精鋭の兵士といえど戦争になりません。
 また、輸送船や護衛艦が撃沈され船員や兵士が近くの島々に泳ぎ着くと、必ずと言っていいほどフィリピン人ゲリラに殺害されました。奇跡的に輸送に成功しても、帰り着いたマニラ湾で潜水艦に雷撃されたり、大規模な空襲で沈没したりと、レイテ島に関わるだけで急激に日本軍の戦力は枯渇していきました。

 わずかに溜飲を下げたのは、第7次輸送で、悲壮な大宴会を開いて決死の出撃をした駆逐艦「竹」(宇那木勁艦長)が、米駆逐艦クーパーを雷撃、撃沈したことや、第9号輸送艦(赤木毅艦長)の活躍、第9次の輸送艦140号(小栗三郎艦長)が卑怯と理解しながら、偽星条旗を掲げてすでに米軍に制圧されたオルモックに突入したことなどでしょう。
 駆逐艦「竹」は戦時急造型の小型・低速な護衛駆逐艦ですが、樹木の名前が艦名に付けられ「雑木林」と呼ばれたこの丁型駆逐艦という艦種は、2軸のスクリューが別々の機械室で動かされ、これまでの艦隊用駆逐艦のように機械室が爆破されると2軸のスクリューが止まり航行不能になるということがなく、対空・対潜にも強かったそうです。
 
 第9次の輸送時には、オルモック湾はすでに米軍に占拠されており、間の抜けている艦隊司令部はこのことを知りませんでした。そんなことを知らずに事情がおかしいと思いながらも突入した輸送船団は気の毒という他ありません。
 このときの駆逐艦「桐」と輸送艦140号がマニラに帰投した12月13日の翌々日、ミンドロ島に米軍が上陸し、ついにレイテにかまっておれなくなったために、多号作戦はほぼ無駄だったまま打ち切られることになりました。
 阿呆な作戦でしたね。あたら若い命を犬死にさせたと思います。
 山下奉文大将だけでなく、現場指揮官であった木村昌福少々は「艦隊司令部は頭の毛が3本足りない」と言って痛烈に上層部を批判し、米極東軍総司令官マッカーサーも「日本軍の兵士の素質は依然として最高水準にあるが、日本軍の将校は上級ほど素質が落ちる。これが日本の弱点」とワシントンに報告しています。
 また、戦後の防衛庁公刊戦史にも「艦隊司令部の判断は謎である」と延べられています。
 なぜ、こんな阿呆な作戦を立てたのか。決戦するならルソンですよ。
 それを途中の航路が危険極まりないのに、人員物質を割いてまでレイテ島に拘る理由がわからない。
 そりゃはじめからレイテ島にいた数千の守備隊には悪いとは思いますが、すでにサイパンだってグァムだってほったらかされて落ちてるわけでしょう。
 わたしは、度重なる方面軍の讒言を受け入れなかった南方総軍司令官の寺内寿一が一番怪しいと思いますね。
 こいつはしかも、フィリピンが危うくなってくると、サイゴンに逃げた。
 自分のいるマニラが戦場になるのが怖かったから、ルソン決戦を許さなかったんじゃないでしょうか。
 もう一度言います、寺内寿一。おそらく、このクソが、この無謀で無駄極まりない阿呆な作戦の最大の責任者です。


 
 
 
 

 

「ユリゴコロ」沼田まほかる

 これほど人殺しの話で感動したものはありません。
 うーん。独特の読み味があるなあ、さすがは沼田まほかる。
 人が運命と呼ぶ偶然、いや、偶然というものが運命と呼ばれるものに昇格するとき、それは人生になります。
 そして、人生とはつまるところ愛なのですね。
 そういうことを、なんとまあ、サイコまがいの殺人物語の合間に強烈なまでに感じさせてくれるのが、本作です。
 もうね、話のなかで殺された人たちのほうがホントは可哀想なんでしょうが、飛んだね、すっかり。
 
 思わず、少しだけ泣いてしまいました。
 ちょうど、いつものように猫の玉とふたりで、近所のパン屋に恵んでもらった食パンの耳で粗末な夕食を頂いており、物語に入り込んでしまったので、知らずのうちに玉のぶんの耳まで食べてしまっていました。
 どれだけの人間が、運命と呼べるまでの愛に出会えるのでしょうか。
 離れたくないから、いっそ死んであなたの思い出になりきりたいとまで思えるのでしょうか。うーん・・・
 何か私の身に不穏なものを感じたのか、玉はヒゲにマヨネーズをつけたままヨタヨタと出ていき、そのデップリ太ったケツを見ながら私はこの年頃のメス猫に、性格が極端に悪いからなのか、腹が地面にすれるくらい太っているからなのか、屁をたれるからなのか、放し飼いにしているのに一向にオス猫が寄り付かぬことをことさら不憫に思ったのです。
 玉は根が人間の子供がとても嫌いながら、それが15歳以上くらいに成長してエサをくれるようになると一転して擦り寄りゴロゴロなつくという、二股係長的な利己主義満開にできており、「デブ玉ちゃん」とか「たまこや」などと相手にしてくれる目ぼしい近所を巡って、猫の形に焼かれたクッキーやエビフライの尻尾などをせしめてひとりで食べるのです。
 以前に私が飼っていた猫は、非常に美形でボーイフレンドがたくさんいましたが、何度か決まったオスに自分のエサを与えていました。彼女は彼女なりに、利己的なことよりずっと大きな愛の世界に生きていたのでしょう。
 玉もいつの日か、ボッテリ膨れた腹が凹むくらいに、自己犠牲ができる愛に出会えるのでしょうか。
 私は無理なような気がするなあ。もちろん飼い主のほうも。

 さて、あらすじ。
 主人公は亮介(20代半ば)。2年前に奈良でドッグラン・カフェをオープンした。
 亮介はその自分の店でオープン時から働いていた、千恵という女性と深い仲になり、結婚を考える。
 12月のはじめ。ちょっと早い家族の忘年会という形で、千恵を両親と弟の洋平に引き合わせた。
 難波でカニを食べた。ワイワイ盛り上がって酒を飲み、父も母も千恵を気に入り、洋平が千恵に気に入られようとしているのが見ていておかしかった。みんな楽しそうで幸せだった。
 そのときのことを、亮介はつい先週のことに思える。あのときはまだ何一つ損なわれていなかった。
 あのすぐ後に次々と襲いかかってきた不幸のどれひとつをも、いったいあの場にいた誰が予想し得ただろう。
 あの夜の何もかもが、壊れる寸前の最後の輝きに包まれていた・・・
 最初は千恵の突然の失踪だった。あれからふた月も経たないうちに、彼女は亮介の全貯金2百万円を借りたまま行方をくらました。住んでいたアパートには何の痕跡も残っていなかった。
 次に父が末期のすい臓ガンと診断された。父は手術できないとわかると、延命治療を拒んだ。
 父が近いうちに死ぬという事実を家族がようやく受け入れたとき、今度は母が交通事故であっけなく亡くなった。
 亮介は、神とか運命とかそんなものについて深く考えたことはなかったが、今は何か悪意に充ちた得体のしれないものが、まわりに陰湿な罠を張りめぐらせているように思えた。
 そんなとき――亮介は、実家の押入れから妙なものを見つける。
 それは、母の名前「美紗子」と墨書された和紙に包まれた一束の黒髪と、「ユリゴコロ」とタイトル書きされているノートが4冊。何気なくノートをめくってみた亮介は愕然とする。
 それは、ノートの書き手による殺人の告白だった・・・
 これが事実ならば、家族の誰かが殺人者だったということなのだろうか。
 そして亮介はノートを読むうちにこれが事実に違いないという確信を抱く。さらに、20年以上前の彼が幼い頃の奇妙な記憶(母が入れ替わった)とも、次第にノートの内容が符合していくような気がするのだが、はたして!?

 この話を「愛に満ちたサイコスリラー」とか「殺人ネタが付与された恋愛小説」のように感じるのでなく、あくまでも「不気味で人外魔境的なサイコホラー」と読むことももちろん可能です。
 そうするためには、千恵がいなくなったときに細谷さんが岡山まで行った理由を考えてみればいいでしょう。
 どうしてあそこまで彼女が千恵を追ったのか、当初、それは亮介を裏切った女への復讐だったかもしれないと考えれば、なにかの食い違いで千恵は惨殺されていた可能性があります。
 なんだか「鬼子母神」の話を思い出してしまいました。


 
 
 
 

「百舌の叫ぶ夜」逢坂剛

 26日午後6時ごろ、新宿歌舞伎町の靖国通りを通行中の男が持っていたボストンバッグが突然ととも爆発、男と近くにいた主婦1人が即死したほか、21人が重軽傷を負うという大惨事になった。
 人通りの多い現場近くには硝煙と土ぼこりがたちこめ、負傷者の助けを求めるうめき声があたりをおおいつくして大混乱に陥った。警視庁および新宿中央署の調べによると、死んだ男は中野区野方三丁目の著述業筧俊三(30)で、ボストンバッグに入っていた小型の時限爆弾が爆発してこの惨事を引き起こしたことが分かった。
 筧は左翼の過激派集団“黒い牙”の隠れた幹部であることが判明しており、なんらかの目的で爆弾を製造し、持ち運び移動中に、誤って爆発させたものとみられる。
 また筧とともに爆弾の直撃を受けて死亡したのは、杉並区西荻四丁目の主婦倉木珠枝さん(32)で、倉木さんはこの日たまたま現場付近で友人と立ち話をしていて災難にあった。


 すべては、この事件からでした。
 表面的な新聞記事の裏には、これでもか、というくらいにドロドロした陰謀と秘められた謎が隠されていたのです。
 爆発の巻き添えで妻を亡くした、警視庁公安部特務一課警部・倉木尚武による執念の追跡。
 隠密的な捜査で爆発現場の近くにいた、公安第三課巡査部長・明星美希の謎の行動。
 公安が大嫌いだが次第に倉木に共感を覚えていく、捜査一課勤務16年のベテラン警部補・大杉良太。
 一向に事件を解決しようとしない、公安第三課課長・若杉警視と次期警視総監も噂される室井公安部長。
 公安内部のきな臭い問題を追う、警察庁警務局特別監察官・津城俊輔警視正の鋭い視線の先・・・
 そして――エサである生物を樹の枝に串刺しにすることで知られる鳥、百舌(もず)をニックネームとし、仕事を請け負って次々と鮮やかな手口で暗殺を繰り返す、凄腕の殺人鬼・百舌。
 彼らキャラクターが一堂に会するラストで繰り広げられる迫真の大団円と、明かされる謎。
 最後まで息が抜けません。油断禁物です。

 サスペンスというよりも、ここまできたらミステリー小説と云ってもいいんじゃないでしょうか。
 最近、テレビドラマでやってるでしょ、見ていませんから、内容がどれくらい違うのかわかりませんが。
 西島秀俊が倉木尚武、真木よう子が明星美希くらいは想像つきます。個人的にはピッタリだと思いますね。
 ちなみに作中に中森明菜が出てくるように、本(原)作は昭和61年(1986)の作品です。ほぼ30年前ですね。
 その頃から、刑事警察と公安警察の軋轢というか、睨み合いがこうして小説になってたんだなあ。
 いま、相場英雄やら今野敏やらが書いている警察小説と組織内の雰囲気は一緒ですわ。
 世間一般の社会は刻々と変化しているのに、警察という巨大権力の構造はまったく変わっていないということなのでしょう。たとえば、本作では左翼の過激派なんてのが出てきますが、今もいるんでしょうが、タイムリーではないですよね。社会が変わるたびに、警察の仮想敵も変化していくものだと思いますが、警察は変わりません。超保守的です。
 
 さて、本作少々わかりにくいというか、読みにくいのはチャプターに時間差があるからです。
 前後するのです。だから、死んだはずのキャラクターがまた出てきたりする。
 あとがきで作者は我慢して読んでほしい、と書いていますが、それほど気にすることなく読み飛ばせばいいと思います。わからなくなったら、ちょっと巻き戻して読み直してみる、という感じでいいと思います。
 一番肝心なのは、爆発の前後ですね。以下ちょっと重要。
 1・マンモス喫茶店で変装した女が待つ
 2・そこに筧がやってきて女と会話
 3・筧を追って百舌がやってくる
 4・百舌を追って明星がやってくるが、監視しにくいので外で待つ
 5・筧が店内のトイレにいく。それを見て百舌もトイレにいく
 6・女が筧のバッグに時限爆弾を仕掛けて、店を出る
 7・百舌、トイレでの暗殺に失敗。席に戻ると女が出て行くのが見えて、慌てて後をつける
 8・女は通りのビルに入り、変装を解く。百舌、撒かれる
 9・百舌が店を出て15分後、やっと筧が店を出てくる。それを見て百舌を見失った明星が筧を尾行
 10・女に撒かれ(撒く意識はない)、ビルから出てきた百舌が筧を偶然発見
 11・筧を発見して喜ぶ百舌を、明星が発見
 12・3人(筧・百舌・明星)の向こうで、変装を解いた女とその友人らしき2人が浮浪者たちに囲まれている
 13・それを見つけた筧が走り出す(女に気づいたかどうかは不明。私は気づいたと思う。素顔を知っているため)
 14・筧を見て、変装を解いた女が叫ぶ(おそらく、そろそろセットした爆弾が爆発するから)
 15・爆発


 本作の肝は、この変装した女が誰かということと、彼女が何のために左翼団体の幹部を殺そうとしたのかということ、爆弾はいったいどこから手に入れたのかということ、この3つです。
 百舌自身にも壮大なミステリーが潜んでいるのですが、読み終えれば気づきます、彼は“にぎやかし”でした。


 
 
 
 
 

「ポースケ」津村記久子

 前作「ポトスライムの舟」(カテゴリー芥川賞受賞作参照)から5年。
 健気でたくましくも不安気な“ポトスたち”は、いかに世間の荒波を乗り越え、育っていったのか。
 “近奈良”そばの商店街にある『カフェ・ハタナカ』を舞台に、再び彼女たちの物語が始まる。

 前作でも登場した「食事・喫茶 ハタナカ」の従業員や常連客にまつわる、ヒューマンドラマ短篇集。
 具体的にはそんな店はないのですが、漠然とした所在地のモデル場所として、近鉄奈良駅東口のほうの商店街のさらに奥の商店街、猿沢の池あたりへんがイメージできるかと思いますね。駅の北側つまり奈良女子大側のイメージではありません。
 なんでそんなに私が詳しいかというと、昔そのあたりでバイクの旅中に転倒し、入院していたんですね。
 なんていう名前の商店街だったかなあ。「もいちどの商店街」だったかな、もちいどの、だったかなあ。
 とにかく、本作を読み始めてその場所がパッと頭に思い浮かびましたから。私の場合は。
 まあ、それはいいですな、あくまでもフィクションですからね。

 前作から刊行5年のブランクはそのまま物語でも当てはまり、ナガセやヨシカは34歳になっています。
 りつ子の娘、よく図鑑を眺めていた恵奈は小学校5年生。
 ヨシカの経営する「カフェ・ハタナカ」は軌道に乗っているようです。古書店の2階に店を開いてもう7年になりました。
 以前はナガセがタダ働き同然で手伝っていましたが、今は朝と夜に1人ずつパートを雇っています。
 そしてナガセ(長瀬由紀子)なんですが、残念ながら今回の短篇集では彼女が主人公になる話はありません。
 でも、ハタナカの中心人物である彼女は、どの短篇にも頻繁に登場するので、客観的に彼女の今の様子が逆に浮き彫りになっており、これはこれで等身大な彼女の現況を表すに役立つ手法でしたね。
 ナガセは、化粧品容器の工場で以前のラインの契約社員という立場から在庫管理の正社員に登用されており、相変わらず週3回はパソコン教室で講師のバイトもしているようですが、カルチャー教室でピアノなんかも習っていたり、業者の男性と浮いた話もあったりして、5年前よりはぼちぼち楽しくやってるような雰囲気です。
 前作では肝の存在だったお母さんが今回出てこなかったのが、少し気にかかりましたが・・・

「ポースケ?」
 ポースケとは、ノルウェーの祭り?のことらしい。
 その力が抜けるような語感に楽しくなったカフェ・ハタナカのメンバーは、ポースケと銘打ったバザー、出し物を兼ねた夕食会のようなものを企画する。34歳になった店主のヨシカ(畑中芳夏)はますます恰幅がよくなった。
「ハンガリーの女王」
 加藤のぞみは、ハタナカの常連客で、肌荒れ、職場の対人関係に悩む社会人5年目。
 80歳代で隣国の王子から求婚されたという、14世紀のハンガリー王妃エルジェッドが使っていたローズマリー抽出の化粧水『ハンガリアンウォーター』を作ろうと思いたち、いきいきしたものが自分の中に芽生えるのを感じる。
「苺の逃避行」
 小学校5年生になった恵奈は、飼育栽培委員になってから周囲に内緒で校庭の隅でイチゴを栽培している。
 世話役である川崎先生は、難しい人物で注意が必要だ。バレたら危険である。恵奈の学校生活模様。
 ちなみに本作にはなんばCITY近くのパン食べ放題のレストランが登場、これこそ噂の作者御用達の店か(笑)
 ほか、改めて思ったのは、恵奈の隣のクラスの斉藤さんみたいな子の描き方が異様に巧いこと。
 「校庭の草木のあるところをうろうろしていて、たまに図書館にも出没する」。これだけでどんな子かわかります。
「歩いて二分」
 ハタナカの朝パート、竹井佳枝28歳は、鬱的な睡眠障害で店から家まで歩いて帰る2分の間に道端で寝たりする。
 彼女は会社で役員の秘書になって以来、モラルハラスメントを受けて、電車にも乗れなくなっていた。
 ここでの津村記久子の鋭いところは、竹井佳枝が、朝3時に起きてBS1の国際ニュースしか観ないことを、自分(佳枝)にとって一番負担のない距離、と表現しているところ。世間と断絶しかかっている彼女にとって、国内の一般社会的な情報が入ってくることは苦痛なのである。
「コップと意志力」
 カフェの常連客、梅本ゆきえの話。彼女は大学を卒業して以来、土質試験の仕事をしている。
 土質試験の仕事? 作者の小説のどこかで見たよね。「ウエストウィング」か??違う??
 ゆきえにはぼんちゃんという、背の低い私大図書館の司書をしている彼氏がいて、仲がいい。
 しかしあるとき、ゆきえのアパート付近で不審な男性を目撃する。それは1年半前に別れた元彼だった。
 うん、これは津村記久子にしては珍しい恋愛小説でして、予想に反してとてもいい仕上がりです。書けるんじゃん。
「亜矢子を助けたい」
 タケナカの夜パートのおばさん、十喜子さんの家庭を巡るお話。
 十喜子さんの家族は、リストラされて配送センターで契約社員をしている夫と、東京に出て結婚している長男、会社を辞めて引きこもりになっている次男、そして一生懸命就職活動に励んでいるのだが、めったに最終面接にも残らない、長女で大学3年の亜矢子の4人。
 就活に疲れきり、追い詰められている亜矢子をなんとか助けてあげたいと思う、十喜子さん。
 亜矢子に変わって、就活に有利になるという、SNSの記事を書くことに・・・
 そして東京の長男が家出したという事件も発生。一難去ってまた一難、十喜子さんはいつ家族のことを考えないで、ひたすらレコーダーの中に録り貯めた海外ドラマを一日中観てのんびりすることができるのか。
「我が家の危機管理」
 ハタナカの客であり、ナガセのピアノの先生でもある林冬美37歳の、ぼんやりほのぼの幸せな生活と、小さなさざ波。
 人当たりが良くて美人と決まって言われる彼女は、物書きの夫・匠さんと借りた一軒家で暮らしているが子供はいない。
 ある日、彼女の担当するピアノ無料体験教室に、陽菜乃ちゃんという可哀想な境遇の女の子がやって来る。
 質素に暮らし、滅多に食べないすき焼きを食べたあとお酒を飲んでいるときに世界が破滅するなら仕方ないと思うような、小さい幸せのなかで暮らしている夫婦に考えの転機が現れる。
「ヨシカ」
 カフェの経営者で、ナガセやりつ子、そよ乃とは大学の同級生であるヨシカこと畑中芳夏の物語。
 前作では触れられていなかったが、彼女は恰幅がよくて貫禄があるらしい。
 いま34歳の大阪生まれの彼女が、奈良で店を始めたのは27歳のとき。ナガセの家に居候していたこともある。
 実はヨシカは、新卒で食品メーカーの総合職として採用され、営業成績も抜群の“できるオンナ”だった。
 しかし、仕事の評価が上がれば上がるほど、彼女は社内で孤立していった。
 たったひとり人間として接してくれた、女性経理部長の篠宮さんが急な事故で亡くなってから、彼女の会社人生が変容していく。会社というところは、どれだけ着実に居場所を作ったようでいても、そんなものは幻なのである。
「ポースケ」
 ハタナカ主催のお祭り・ポースケの日がやってきた。様々なキャラクターが一同に会した大団円となる。
 加藤のぞみはハンガリアンウォーターを、そよ乃はフェルト製のダイオウイカを、恵奈はドライイチゴなどを持ってくる。注目はナガセのピアノ弾き語り。なんとシンディ・ローパーのトゥルー・カラーズ。名曲じゃないですかぁ。
 トリの夕食会は、なぜかアメリカの連続殺人鬼テッド・バンディの最期の晩餐のメニュー。ステーキ、目玉焼き、ハッシュドブラウンポテト、など。これで2500円は安いのか高いのか・・・
 竹井佳枝は、ハタナカを辞めて生駒にある学習塾の代用教員をすることになりました。
 ひとまず、この奈良のカフェものがたりも、メデタシメデタシというところでしょうか。
 私としては、結局、作者は人生はトゥルー・カラーズということが言いたかったんだなあと思いました。
 会社で生きているうちは、社会で人目をうかがって暮らしているうちは、トゥルー・カラーズじゃないのです。
 人生に遅いということはありません。
 いつトゥルー・カラーズで生きていけるか、ということが人間の本当の幸せのカギなんじゃないでしょうかね。


 
 
 
 

 

 
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