「徳島ヴォルティス栄光への軌跡」徳島ヴォルティス栄光への軌跡出版委員会

 刊行されたとき、正直このタイミングでこれが出るのはどうなんだ? と思ったのは事実です。
 ワールドカップで日本代表がまさかの、いや、実力通り?のグループリーグ敗退となったわけですが、それとはまた別の次元で、春先から悲惨な戦いをし続けているチームがJ1リーグにありました。
 徳島ヴォルティス、ね。
 まだ1勝しかしていません。7月からリーグが再開されると思いますが、これからどうなるのでしょうか。
 2013年12月8日の、国立の歓喜から一転。
 なんとか同じようにプレーオフでJ1に上がった、大分トリニータの「2勝」は超えてもらいたいところですが・・・
 現に私は飲み屋で、目標は3勝だと謙遜も多少混じえながらも、苦闘が続くことは確信していました。
 徳島のスタイルは、守備で我慢して我慢して粘り勝つというもので、J2でも抜けた力はありませんでしたし。
 それでも、これほどまでに勝てないというか、引き分けさせてもらえないとは思いませんでした。
 柴崎晃誠が抜けたのが痛かったなあ。補強も全く思い通りに進まず、昨年のJ2を苦しみながら何とか勝ち抜いた戦力より、ダウンしていると思います。お金がないというより、選手が来てくれなかったのだとも思います。
 まあ、仕方ないね。次だよ、次。つい最近まで3年連続最下位だったんだから。
 私は少し興味がある程度なので、この本に載せられているような徳島ヴォルティスのJリーグ参入、そしてJ1昇格に死力を尽くした方々と違って、なにも偉そうなことは言えませんが、これからもひっそりと見守りたいと思っています。
 思えば、一番印象に残っている試合は、いつだったか、シーズン途中からパオさんの後を受けて指揮を執った東孝監督のホーム最終戦、モンテディオ山形戦です。すでに最下位は決まっていたと思います。
 この試合、私はある女性を誘ってふたりで観戦していたのですが、確か12月初旬の寒い鳴門にしとしとと雨まで降り、頼みの玉乃が怪我をして前半途中から退き、糞審判にストレスがたまる中、0-5の完敗となりました。
 面白くないのは当たり前で、「強くなってから、誘ってね!」と言われた一言は、いまだに忘れられません。
 おまけに寒さで顔の感覚がなくなっていたからなのでしょうが、気づかないうちに、私の鼻からは鼻くそが流れ出ていました。横に持ち上がったようにくっついていたので、トイレで鏡を見るまで、知りませんでした。
 この女性とのデートはこれが最後となりましたが、ヴォルティスの暗黒期と相まって、昨日のことのように覚えています。
 
 三好長慶が京都を占領して以来、400年ぶりに徳島が歴史の檜舞台へと騒がれた徳島ヴォルティスのJ1昇格ですが、ことは簡単に進んだわけではありません。むしろ、これほどまでに苦しんだのかというほどの長い道のりがありました。
 本書はいうなれば、四国のど田舎・徳島という地域にJリーグチームをつくろうとした苦闘の歴史です。
 私はよく知りませんが、1994年に一度Jリーグ入りを諦めているのですね。
 それからJリーグ参入に10年かかりました。一度ポシャったものを再び盛り上げるのは生半可なものではありません。
 やはり、サッカーに対して造詣が深い飯泉嘉門知事の誕生が何よりも大きなポイントだったのは間違いないでしょう。
 この人がいなければ、いまだに徳島にJリーグクラブはなかった可能性が高いと思います。
 さらに徳島スポーツヴィレッジという超高性能な練習場を素早く整備した手腕は、徳島にJリーグクラブを生んだだけではなく、その先のJ1昇格への礎をこのときから築いていたという見方もできます。ここが他県とは違いました。
 知事も文章を寄せていますが、プレーオフで勝ってJ1が決まった夜、嬉しさではなくて試合運営などこれからの課題に思いを寄せてブルーになって眠れなかったそうです。まあ、鳴門でするわけですから色々と大変ですわ。
 そして忘れてはならないのが、徳島ヴォルティスの母胎である大塚製薬。
 Jリーグ入りを一度断念しながら、大塚製薬は他都市からの片手に余るチーム譲渡の勧誘を断り続けました。
 ですから、かなり遠回りしながらも、一貫して徳島が本拠地であり続けたヴォルティスは、一本筋が通った経歴を持っているとも云えるのです。
 大塚製薬のサポートに関しては、3年連続最下位からの立て直しについて本書にも興味深い記事がありました。
 他にも経営破綻したJALがヴォルティスのスポンサードを継続した理由ですとか、行政と経済界からの、身の丈にあったものですが並々ならぬ支援が、四国から初のJ1クラブを産んだということが、本書でよくわかりました。

 どこかで誰かかが書いていましたが、クラブは永遠の生命体です。
 私たちの生命には限りがありますが、これから100年、200年と徳島ヴォルティスというクラブは続いていかなくてはなりません。これこそ、地域や故郷を想う心をひとつの未来に結びつける真実の理念なのです。
 すると、読み始めるまではこのタイミングで・・・と思っていた本書も、読み終えてみるとJ1という舞台でこれだけ苦しんでいるのも、クラブの歴史にとっては得難い経験であり、かいている恥は些末である、とも思えます。
 20年前はJリーグ入りを断念し悔し涙を飲んだ、10年前にJリーグ入りが叶った、そしていまはJ1でボロクソに負けている、じゃあ10年後は・・・きっと良い未来が待っているのではないでしょうか。
 徳島ヴォルティスの栄光の軌跡は、まだまだ序章に過ぎないのです。


 
 
 
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「鵟の巣」逢坂剛

 ただ、わたしは警察そのものが腐っている、とは思いたくない。
 大部分の警察官は、法と正義の実現のために体を張っているんです。
 諸悪の根源は、警察を権力維持の装置として利用する政治家と、それにすり寄るキャリアの警察官僚だ。
 割を食うのは、彼らに使い捨てられるノンキャリアの不満分子、底辺にいる叩き上げの警察官です。
 その構造を暴いて、徹底的に明るみに引き出さないかぎり、いくら革新革新とお題目を唱えても、なんの効果もありません。


 ノスリの巣。百舌(MOZU)シリーズ第5弾です。現時点では、これで止まっていますね。
 ノスリとは、名前の漢字は狂うという字の下に鳥と書く、タカの一種。別命クソトビ、マグソダカとも。
 名前からして、禍々しい印象の鳥です。純粋なタカより能力は劣っているそうです。
 で、今回の美希と大杉の敵は、この“ノスリ”と呼ばれている連中。
 そう、過去の“百舌”も“ペガサス”も孤高の暗殺者でしたが、今回はノスリの巣、すなわちたくさんいるわけです。
 父鳥とか母鳥とか、あるいは雛もいたかもしれませんね。

 詳しくは書かれていませんが、おそらく前作から1年~2年くらい経っているかと思われます。
 鷲ノ島での〈百舌〉との凄惨な戦いで、倉木尚武に続き、ついに津城俊輔警視正が死にました。
 しかし事件は、警察庁の上層部の手によって、闇から闇へ葬られてしまったのです。
 現場にいた生き残りの、美希、大杉、残間の3人の証言は取り上げられることなく、重要な証拠物件はいつの間にか行方不明になり、よみがえった百舌と目される男も早ばやと荼毘に付されて、処理されたのです。
 事件後、大杉と共にハワイで3週間の休暇を過ごして帰ってきた倉本美希は、上司である長官官房の特別監察官室長から執拗に退職を勧告されました。しかし、これが逆に美希を頑なにさせることになり、彼女は警視への昇進試験をパス、仲間のなかで孤立しながらも、特別監察官の職務を全うしています。
 大杉良太はすでに民間の一本独鈷の探偵ですので、警察からのあからさまな圧力はありませんが、馴染みの警察官からの仕事がめっきり減りました。しかし、閑古鳥ではありません。アルバイトも雇っていますし、シリーズスタート時には不良少女だった娘のめぐみはついに大学を卒業、就職しています。
 前作でカギとなる役割を果たした、東都ヘラルド新聞記者の残間龍之輔は、地方支局へと飛ばされました。
 しかしあるコネによって1年ちょっとで東京に復帰した彼は、舌鋒鋭く、不祥事の相次ぐ警察組織に迫っています。
 このところ、いや昔からですが、警察官による構造的不祥事が多発していました。
 すでに形骸化している国家公安委員長の号令のもと、各界の有識者を揃えて、警察革新評議会なる機関が立ち上がりましたが、いかにも体裁的であり、ごく当たり前の提言しかなされませんでした。
 このシリーズの通底は、警察支配を目論む政治権力と、良識派の警察官たちの戦いです。
 美希や大杉、亡くなった倉本や津城の追っていた陰謀とは、警察組織が政治権力者のよこしまな欲望を実現し、拡大する危険な装置として利用されることでした。それを防衛するのは、本来組織を掌握する警察官僚の仕事であるはずなのに、キャリアの警察官はむしろ政治権力におもねることで、身の安全、保身を図ろうとしているのです。
 ここ何年もの間、美希や大杉は、巨大な政治権力と死闘を繰り返してきました。しかし、まだ先が見えません。
 陰謀の芽をいくら叩き潰しても、次から次へと新しい芽が、顔を出してくるのです。
 それはおそらく、政治と警察組織の関係が根本から変わらない限り、ずっと・・・
 そして今回は、シリーズ中最も危険な女豹が、襲いかかってくることになるのです。
 そう、ノスリというより、女豹でしたね。公安の女豹。

 うーん、面白かったのは間違いないのですが、前作や3作目より小粒でした。
 ずっと私が感心していた質の高いミステリー的要素も、今回はあまりありません。
 どちらかというと、まるで他の作家が描いたかのような、ハードボイルド小説になっていますね。
 百舌シリーズ真の主人公であったかもしれない、大杉良太のハードボイルド。まあ、それもアリですか。
 それ込みで、シリーズ各作の私的な面白さを不等号で表してみると、
 4>3>2>5(本作)>1、みたいな感じです。
 4(よみがえる百舌)は、やはり別格だったなあ。あれは最高でした。
 結局、通底に警察腐敗がテーマとして固定されているので、物語の飛躍がありませんね。
 どれだけアクションやサスペンスがあっても、遂には警察内部に問題が帰してしまう。
 そのへんが、このシリーズが本作で止まって10年以上そのままになっている所以かもしれませんな。
 でも、ドラマもヒットしたことだし、ひょっとしたら、そろそろ・・・
 そうなれば、嬉しいですけどねえ。


 
 
 
 

「天才までの距離」門井慶喜

 前作「天才たちの値段」(カテゴリー・アーティスティックミステリー参照)から引き続く、連作美術ミステリー。
 美術探偵・神永美有、西洋美術史学者・佐々木昭友、イヴォンヌこと高野さくらなど、登場人物は変わりません。
 全体的なテイストもあまり・・・変わらないかなぁ。
 けっして、この本は面白い!、ということはないんですよね、残念ながら。
 ネタというか材料は素晴らしいんですよ。作者はよほど勉強したはずですよ。
 美術ミステリーは、黒川博行(京都市芸大卒)とか思い浮かびますが、滅多に書ける人はいませんからねえ。
 ここまでいい材料を集めながら、どうしてこんなに面白くないんだろう、と途中から考えながら読んでいました。
 普通なら時間の無駄だし放り出すのですが、この本は投げるにはもったいない。
 いろいろ考えた結果、どうやらエンターテインメント性が決定的に足りない、ということがわかりました。
 確かに謎のタネ明かしもこじつけがましいというか、説得力に欠けていたり、美術品の真贋に関わる重要ポイントが神永の舌であるというのも、このシリーズのバカらしさがつのるポイントなんですが、この本が「楽園のカンヴァス」になれなかった一番の原因は、絶対的なエンターテインメント性が乏しい、という点に尽きるかと思われます。
 つまり、極端に云えば、美術論文みたいで漫画ではない、ということでしょうか。
 スマホが手元にあるなら、なるべく検索をしながら読み進めたほうがいいと思います。絵の画像とかね。
 それでも、最後の唯一の書き下ろしの作品だけは、けっこう面白かったですね。いい形になっていたと思います。

「天才までの距離」
 前作最終話の流れで、京都の4年制大学准教授に赴任した、イタリア美術史学者の佐々木。
 東京とは距離を置いていたが、いきなり教え子だったイヴォンヌこと高野さくらが、彼女らしくない紺スーツ!でやって来て言うには、あの美術コンサルタントの神永未有が、金の亡者になったという。マジで!?
 美術品の真贋を見極め、文化財の真実を見抜く天才の舌を持つ男。贋物を見れば苦味を感じ、本物を見れば甘味を覚える。美術商の地下倉庫で再び相まみえるふたり。お題は、近代日本の美術史学研究の創始者で、日本美術の影の大立者、岡倉天心。滅多に筆を持つことのなかった彼が、明治29年に残したという、法隆寺夢殿の救世観音像図。はたしてそれは本物かあるいは・・・

「文庫本今昔」
 佐々木が東京から関西に舞い戻って8ヶ月。雑誌の仕事で、小学校の旧友を30年ぶりに訪ねる。
 彼の名は中池稔。大阪市中央区の由緒ある財産家だ。
 佐々木はここで、ヒャクスイなる謎の作家の描いた、岩波文庫の表紙の葡萄唐草の切り絵を見せられる。
 昭和2年の文庫発刊時より、一貫して変わらないデザイン。
 それは当時は絶頂ながら現代はまったく顧みられていない、日本画家・平福百穂の考案したものだった。
 はたして、中池家の唐草模様の切り絵は、かの平福画伯の手になるのか!?

「マリーさんの時計」
 大阪の帝塚山で標準語の私塾をしているという、元アナウンサーの女性から手紙をもらった神永美有。
 親しい人から預かった柱時計を見てほしいという。さっそく、大阪にやって来た神永。もちろん佐々木を伴っている。
 一見、第二次世界大戦以前の品に思える。底板にはフランス語で“親愛なるマリーへ”と記されていた。
 神永の舌は、甘いと感じたのだが・・・この柱時計には驚くべき秘密が眠っていたのだ。
 戦後日本の高度経済成長期に、服部時計店(セイコー)が世界で初めて売りだしたクォーツのメカニズム。
 それが19世紀のフランスはパリ大学、さる高名な科学者とリンクすると・・・

「どちらが属国」
 これもネタは面白いだけに、作者の中途半端なタネ明かしがアダとなりましたね。
 またイヴォンヌが、京都にやってきた。今回は、論敵を打ち負かしたいという。
 その論敵とは、テレビでおなじみの中国歴史学者、山野辺ゆかり。彼女が講演で日本は文化的に中国の属国であると言ったのだという。それを聞いたイヴォンヌはすぐさま立ち上がって、中国こそ日本の属国だと反論したというのだ。
 確かに、漢字も仏教も儒教的倫理観もお箸も中国からの輸入だと言えるかもしれない。
 しかしだからといって、日本が中国の属国であるとは聞き捨てならない。憤るイヴォンヌに対して、山野辺は一枚の水墨画を見せた。それは中国宋代の画僧である牧谿筆「白沙布袋図」。中国ではまったく知られていない牧谿だが、日本では足利将軍時代から大看板だった。そして、この京都のある大寺院に納められていた一幅の絵は、贋作だという。
 贋物に目も眩むほど、日本の中世文化は中国だのみだったのか?
 いえいえ、本家中国を凌ぐ技術が日本にもあった。それこそが日本の凄さなのである。イヴォンヌの反撃が始まる!

「レンブラント光線」
 これが一番面白かったです。書き下ろしの作品。
 現在、このシリーズは新作が出ていないので、これが神永、佐々木に会える最後かもしれません。
 奇しくも、そういえば神永美有って古本屋の息子だったな、ということを思い出させてくれるお話です。
 前作、シリーズがスタートした物語が、その話でしたよね。
 そう、佐々木が学者の卵だったときに通っていたのも、美術品専門の古書店、無才堂でした。
 そのときに、ある偉そうな金持ちの客が店主(神永美有の父)に叩きだされたエピソードがあったそうです。
 この客の男が、有名なベンチャー企業の経営者になったのですが、この男に佐々木が絵を売らなければならない事態になってしまうのです。里中琴乃という優秀な教え子が、実家の会社が倒産し、学費が払えなくなってしまったのでした。
 佐々木が売ろうとしているのは、冒頭の物語でも登場した岡倉天心に絡むもので、それもびっくりの油絵。
 なんと、17世紀オランダの画家レンブラントの代表作「デュルプ博士の解剖学講義」を、模写した絵だというのです。
 作品の製作年は明治25年。日本画の庇護者たる天心が、何故に油絵を?
 胡散臭そうで、なかなか商談はまとまらないのですが、神永の舌は甘味を感じるといいます。


 
 
 

「敷設艇怒和島の航海」白石良

 昭和18年7月30日、怒和島に将旗が翻った。
 呉を出港してトラック島に向かう戦艦武蔵以下の艦隊に対し、怒和島に太田實少将が座乗、豊後水道の対潜掃討を行い、露払いをつとめることになったのである。
 将旗が上がったふねに対して、すれ違ってゆく方は、必ず信号手が栄誉礼のラッパを吹かなければならない。
 怒和島のような小さなふねは、いつも吹いてばかりであるが、今日は逆である。
 乗組員全員、胸を張って出港してゆく。


 将旗の上がったこの小さなふねは、この後あいにくの時化で、50度もの傾斜に見舞われました(笑)
 敷設艇「怒和島(ぬわじま)」は、昭和17年11月大阪日立桜島造船所で竣工。同型の平島型8番艦。
 昭和18年4月の大改装などで、終戦時には竣工当時とはまったく様子は違っていました。
 機雷の敷設を本来の任務とするのが敷設艇なわけですが、開戦当時から海上護衛戦にそれほど興味がなく、アメリカの潜水艦に海上交通線を破壊されてから、やっと船団護衛の重要さに気づいたバカ軍令部のおかげで、怒和島は本来の機雷敷設に専心する暇はなくなってしまいました。
 機雷敷設用のレールの上に、対潜水艦戦の爆雷を転がして、艦尾から落とすようになるのです。
 本書は、わずか750トンの小さな船体で、B-29の流れ玉ならぬ流れ爆弾が当って昭和20年4月に擱坐するまで、戦艦や空母、巡洋艦などの大型艦が、燃料がなく、島影に寄り、錨を入れて、木の葉で偽装するという情けない状況の中、機雷敷設、掃海、船団護衛、沿岸警備及び対潜掃討など、多種多様な任務に従事、日本列島防衛に活躍した殊勲のふねの航海記です。元探信儀長の方など生き残りの乗組員の話、防衛庁の公戦史などを基に構成され、それほどボリュームはありませんが、小艦艇の戦記は珍しく、非常に興味を引かれる内容になっています。

 「怒和島」は佐伯基地を母港として船団護衛をしていたわけですが、普段は、その範囲は豊後水道から高知県宿毛沖の沖の島まで、つまり船団が太平洋にこれから出て行くぞ、というところまで見送っていました。
 面白い逸話として、昭和18年5月、佐伯基地の司令の前で各護衛艦の艦艇長が、くじ引きをしたらしいです。
 このとき、怒和島の久保艇長が引き当てたのが「PP」。これはパラオまでの護衛でした。
 8日間かけてパラオまで行ったこの航海が、日本の信託統治領とはいえ若い乗員にとっては初めての「外国」でした。
 そして私が読んだ限り、このパラオが怒和島が行ったもっとも遠い目的地でした。
 怒和島は計画では20ノットの速力でしたが、手入れがよく、23ノットまで出たようです。航続距離も改装で伸びて、14ノットで4千浬まで行けました。新型の8センチ高角砲こそ暴発気味で撃ちませんでしたが、爆雷は36個を装備、当初からあった九三式水中聴音機、九三式水中探信儀に加え、昭和19年4月には新しく出回ったばかりの対空電探(レーダー)をさっそく装備していました。昭和20年になると敵は潜水艦ばかりではなく、日本近海でも新たに航空機による脅威が増したため、艇長の英断で総計20基もの25ミリ機銃を増設、乗員数も倍に増え、全身ハリネズミのようになりました。

 佐伯を基地とし、豊後水道を警戒、ときには輸送船団だけではなく、連合艦隊やドイツのUボート(後の呂500潜)、イタリア潜、陸軍の潜航輸送艇(㋴)など多種多様な艦艇を護衛した怒和島ですが、昭和19年の夏にもなると、太平洋戦線の後退によって、主に鹿児島を基地とし、台湾や沖縄への輸送船団護衛に従事しました。
 昭和19年7月3日には、五島列島沖で初めて敵潜から雷撃を受けます。全員が固まり、「当たる!」と思った瞬間、幸いにも波が艇を持ち上げ、吃水が浅いのもあって魚雷は船底を通り過ぎました。
 昭和20年2月末、石垣島への到着後、敵機の編隊に襲われ、海防艦福江への空襲が終わって腹を見せた敵機を3機(うち不確実1)撃墜しました。
 海上護衛総司令部第4護衛隊から第18戦隊機雷部隊に編入された怒和島は、昭和20年4月から、本土決戦に備えて対馬海峡東水道への機雷堰構築を任務としました。しかし、ようやく本来の仕事に戻ったとはいえ、機雷堰には機雷6千個が必要で、一番大きな特設敷設艦「高栄丸」でも400個、怒和島には機雷75個が限度であり、作業は難航しました。
 機雷を敷設するたびに、佐伯に帰って機雷を積み込まなければならないのです。
 そして、このいくたびかの往復が、怒和島にとって命取りになりました。
 佐伯港で機雷を積み込もうとしているときに、突然B-29が来襲、敵機は佐伯航空隊基地を爆撃するつもりであったのに、爆弾が流れて、碇泊中の怒和島に偶然当たったのです。歴戦の艇長以下乗員たちも不意を討たれました。
 沈没は免れましたが、後部甲板は吹っ飛び、14人が死亡しました。
 怒和島は、最後の力を振り絞って、対岸の大入島の岸に乗り上げ、擱坐。これが航海の最期となりました。

 最期にはこういう形になりましたが、それでも怒和島は幸運の艦でした。
 それは海上自衛隊の艦船は、戦時中とくに幸運だった艦艇の名前を受け継ぐ例があるのですが、「怒和島」も二代目三代目と掃海艇「ぬわじま」として、その名前は継承されたことからもよくわかると思います。
 また東京高等商船学校卒業、商船会社でキャプテンをこなしてから応召された、戦争嫌いで操船抜群の名艇長・久保忠彦大尉は、最初から終戦間際まで「怒和島」に寄り添い、戦後は著名な移民船「あるぜんちな丸」の初代船長や、敗戦国日本が再び世界経済の仲間入りをした、日本の工業製品を宣伝する巡航見本市船「さくら丸」の船長を務め、世界中を回ったそうです。

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「黒書院の六兵衛」浅田次郎

 幕末。東京遷都前夜の江戸城を舞台に、格調高く浅田節が吟ぜられる、創作の時代小説。
 いや、謎の人物の正体が最後まで気になる作りなので、ミステリーとも云えますね。
 「壬生義士伝」という最高傑作がすでに存在し、百田尚樹の「永遠のゼロ」でもその手法が露骨に真似られ、最近ちょっと飽きてきた感のある浅田節ですが、今回、ラストでちょっと泣かせてもらいました。
 全体の出来からすれば、冗長というか、無駄に回りくどい作品で、並みの作家ならまだしも、浅田次郎の作品としては物足りないと思います。でも、余韻の心地よいラストと、読後も残った謎の楽しさで、「さすが浅田次郎、読んで損はない」とも、言い切れるかと思います。

 慶応4年3月14日、勝海舟と西郷隆盛の談判で、無血開城が決まったばかりの江戸城。
 尾張徳川家江戸定府の御徒組頭である加倉井隼人は、官軍の軍監から、江戸城明け渡しに先んじる官軍の俄隊長を申し付けられた。要は開城の勅使が向かう前の斥候であり、すぐさま斬り殺されても不思議ではなく、たまたま暇で下級役職の隼人が選ばれたのである。
 御三家筆頭である尾張徳川家は、もともと勤皇の志が篤かった藩主徳川慶勝の元、藩論は勤皇で統一されていた。
 いきなり徳川家に縁のない西国の官軍兵が入城するのに比べ、御三家の者ならば比較的、角が立たない。
 徒士30名の配下を引き連れ、緊張で嘔吐く部下もでる中、おっかなびっくり生まれて初めて江戸城の門をくぐった隼人だったが、留守居役の家老や、最高責任者の勝海舟をはじめ抵抗の様子はまったく見えない。
 ただ、一点を除いては・・・
 江戸城の本丸は火事のために消失し、現在は西の丸が仮御殿となっていたが、その西の丸御殿の一室に、無念無想で座り込み、物も言わねば梃でも動かぬ侍が、ひとりいたのだ。
 その武士の名は、的矢六兵衛。歳のころなら40前後の分別顔、黒ちりめんの羽織に半袴という身なりは他の役人と同じだが、妙に居ずまいが正しい。鬢には一筋の乱れもなく、月代は青々と剃られており、長身であろう背筋はぴんと伸びていた。
 的矢六兵衛の身分は、三百俵五十人扶持の御書院番士である。
 御書院番士とは、戦時には主君の馬廻りに近侍する騎士であり、平時においては身辺の警護をする、矜り高き旗本中の旗本である。元和慶長以来の世襲であり、的矢家もまた由緒正しい家柄だ。
 しかしながら、一組五十人、十組で総勢五百人の御書院番士の大方が鳥羽伏見の戦いで散り散りとなり、残りも上野の大慈院に謹慎中の上様の警護か、江戸開城を潔しとせずに脱走して彰義隊に身を投じるなか、的矢六兵衛は何を思って、ただひとり西の丸に、石のように座り込んでいるのか。
 わからぬ。官軍の物見の先手として入城した隼人は、弱ってしまう。半月後には勅使が来るやもしれぬのだ。
 困ったことに、江戸城に残っている旧幕臣の誰もが、六兵衛座り込みの理由を知らなかった。
 さらに、驚くべき情報が聞き込みからもたらされた。
 この六兵衛は、的矢六兵衛であって的矢六兵衛にあらず、昨年の正月に、屋敷の若党や奉公人も従前のまま、ご隠居夫婦も依然としてお住まいになり、もとの六兵衛と女房子供だけが入れ替わったというのだ。
 そんな馬鹿な話があるか! しかし、それが真実とすれば、六兵衛と申す奴は何の目的で、ここにいるのか?
 上様のお身代わり説、天朝様ご勅遣の物見役説、そして大英帝国密偵説・・・
 噂の吹き出る中、虎の間で折り目正しく端座していた六兵衛が、すっくと動き出す。その先には――

 では、ミステリーである的矢六兵衛の正体について、私が思うこと。
 まず、答えはありませんし、作者は具体的なそれを想定していません。
 なぜなら六兵衛は、260年のあいだ家柄がどうの血筋がどうのとこだわり続けるうちに、天下の旗本にふさわしき武士はいなくなったこの幕末に、その最期のときを迎えて見た、一閃の光芒であるからです。
 武士の時代の最期に輝いたメタファーなのです。
 近侍の騎士である御書院番士が、幕末には馬を持っていなかったくらいなのですよ、金がないから。
 旗本御家人3万と5千は、累代積み重なった借財に、救いのない貧乏暮らしをしていました。
 これが維新で幕府があっけなく瓦解した元凶でもあったのです。
 そんなときに、おそらく四千両ものお金で旗本株を買って江戸城に居座った、六兵衛は何者だったのか?
 ヒントは、子供と奥さんはおそらく本物だということ(隼人の妻談)、名商鴻池振り出しの為替手形で淀屋に代金を払ったこと、夫婦ともに苦労が手ににじみ出ていたこと、家族揃って武家としての挙措に筋が通っていたこと(すなわち昔からの武家ということにはならないが)などが挙げられます。
 私が注目したのは、鴻池の手形です。おそらくバックは、相当な身分の人物かと思われます。
 そして家族揃って行儀がいいのに、苦労をしていたということは、浪人だったのではないかと。
 六兵衛は、同輩や講武所の教授方が叶わぬほどの、剣の腕前(直心影流)を持っていましたが、これは一朝一夕では上達しないことは、誰もが理解できることでしょう。
 以上から私が勘を働かせるに、ズバリ、可能性が高いのは、水戸の浪士ではないかと。
 直心影流の元は鹿島の剣法です。六兵衛のバックは、水戸徳川家の直系である徳川慶喜その人ではないでしょうか。


 
 
 
 
 
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