「百年文庫 黒」ホーソーン・夢野久作・サド

 ポプラ社百年文庫のナンバー32のテーマは『黒』。
 なのに、栞は毒々しい赤。なぜなんだろうね。わかるようでわかりません。
 ちなみに、作品の選択に関してもまったく理解できません。
 テーマに沿おうとする前に、もっと面白い小説を選べよと言いたい。
 3作目のサドのやつしか面白く読めたというか、読んでてストレスがなかったものはこれだけ。
 1作目の牧師のやつはまったく意味がわからない。
 2作目は夢野久作の登場ということで期待しましたが、はっきり言って駄作。
 こんなことじゃあ、百年も読んでられないよ、まったく。
 約3分の1、ここまで読んできて気づいたんですが、けっこう当たり外れがありますよね。
 ナンバーごと順番に読んできましたが、これからは考えないといけません。
 でもそうなると、どれが面白いかわからないですからね、読む方は。
 せめて作品を選んだ編集者の名前くらいは、責任編集ということで載せてもらいたかったですね。

「牧師の黒のベール」ホーソーン(1804~1864)
 アメリカ。ミルフォードの村で敬愛されている、年の頃30くらいのフーバー牧師が、安息日の教会堂で、いきなり黒い薄絹のベールをかぶって現れた。クチと顎しか出ておらず、表情は窺えない。不気味である。
 彼がなぜそんなベールをかぶって現れたのか、まったく不明であり、会衆は驚愕を引き起こした。
 それ以来、フーバー牧師がベールを外すことはなかった。村では、気が狂ったのだとか、変身したのだとか噂された。
 婚約者であるエリザベスに対しても、真相を明かすことはなく、彼はついに死の瞬間まで世界からの遮断を続けるのである。死の間際の言葉は「見よ! どの顔にも黒のベールがあるではないか」。
 意味不明。牧師が鏡で自分の姿を見て、そのおぞましさに震えたというんだからなおさらわからない。
 いや、黒のベールが誰にでもあるというのは、人間だれでも裏表や心に闇を抱えているということだとは思うんですが、なぜじゃあ牧師が突然にそれを見に見える形でやったのか、謎だということです。


「けむりを吐かぬ煙突」夢野久作(1889~1936)
 ダサダサの近代探偵小説。当時の人には良かったのかもしれないが、今読んでも何の値打ちもない。
 主人公は、大手新聞社につとめる記者。この男、裏でかなりあくどいことをやっており、有名人や資産家のスキャンダルを暴いては金をせびっている強請り屋である。これが当って、今では相当儲けているという彼が、次なるターゲットにしたのは、南堂伯爵の未亡人だった。
 巨万の財産を死蔵して4,5年前に亡くなった南堂伯爵の未亡人は、清廉な篤志家として有名だった。
 40に近い歳とはいえ美貌は衰えないどころか若返ったふうさえあり、世間の評判も良かった。
 強請り屋の主人公は、そんな未亡人の生活に疑問を抱き、彼女の隠された裏面を探る。
 きっかけは、煙が出ているのを見たことがない、赤レンガの煙突だった。

「ファクスランジュ」サド(1740~1814)
 サディスティックの語源となった、マルキ・ド・サドの1800年の作品。ちなみに、マルキとは伯爵という意味で、本名はドナチアン・アルフォンス・フランソワ・ド・サドというらしいです。ふーん。
 ド・ファクスランジュ嬢は、16歳の美貌の才媛。ファクスランジュ夫妻の一人娘。
 彼女は親戚筋に初恋の男がいました。彼の名はド・ゴエ氏。互いに胸を焦がす恋の炎がメラメラと燃えていたわけですが、残念ながら諸々の事情から、結婚が叶わないことをふたりとも理解していました。
 そこに現れたのが、フランスに大した財産を、アメリカに宏大な大邸宅を持っているという、22歳のフランロ男爵。
 人物的にも教養があって上品で、社交界の人士であり申し分がありません。
 フランロ男爵はファクスランジュ嬢に求婚します。
 母親だけは「あの男はなにかぞっとする」という女の勘でこの結婚に異議を唱えますが、父親は乗り気で、当のファクスランジュ嬢も、ゴエを愛していたはずなのに、フランロの贅沢と豪奢に目がくれて、虚栄心が恋心を凌駕してしまいました。
 こうなると、女は現金ですね。
 未練断ち切れないゴエ氏を袖にして、出会ってから3ヶ月でファクスランジュ嬢とフランロ男爵の結婚は決まりました。
 しかあし! 披露宴が終わり、旅行に旅だったはずのふたりの行く先は・・・
 まあ、これはお伽話みたいなもんなんですけど、1800年にサドが書いたものということで値打ちもあって、なおかつ、清々しいまでのバッドエンドといい、けっこう楽しく読んでしまいました。先がどうなるかわかりませんでしたし。
 フランロの悪い奴なのかいい奴なのかわからないキャラクター、訳のせいなのかずっとお嬢を「奥様!」って呼んでましたけど、そりゃねえだろって(笑)。400人からの山賊の頭領なんですからね。
 でもなにがよかったと言って、さすがサドは情痴に長けてるといいますか、お伽話のくせに、金に釣られて結婚してしまった相手に情が完璧に移っていましたよね、お嬢(笑) そのへんが素敵でしたわ。



 
 
 
 
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「キャッチャー・イン・ザ・ライ」J.D.サリンジャー

 村上春樹の訳のほうです。
 けっこう楽しかったですね(・∀・)
 昔の「ライ麦畑でつかまえて」も持っていたはずで、訳の具合などを比べたりしてみたかったのですが、部屋のどこを探しても見当たらず、1万回くらい本棚の周りをウロウロしてみても痕跡すら見つからず、イライラしだしたところに猫の玉がやって来て、「おなががすいた」とクソ暑いのに足に擦り寄ってきたりするので、探すのは諦めました。
 読んだのはずいぶん昔ですから、すっかり忘れているのですが仕方ありません。
 おそらくだいぶ違うと思うんだけどなあ。
 捨てた覚えはないんですけどねえ。1日中腹が減っているデブ猫が食べたのかもしれないですねえ。

 ストーリーはすべて独白式です。
 場所はアメリカ東海岸、時代はこの小説が発表された1950年代初頭と同じくらいだと思います。
 主人公である17歳(物語当時16歳)のホールデン・コールフィールドの、わずか数日間の物語。
 彼は、自身4つ目の学校(!)となるペンシルヴェニア州のペンシー・プレップスクールを退学処分になりました。
 選択した5科目のうち得意な英語を除く4科目を落第したのです。
 彼はバカではありません。不良でもありません。イジメられてもいません。
 勉強が嫌いなんですね。学校も嫌い。いや、すべてのことが嫌いなんです。少年特有の厭世観。
 もうね、周りがすべてバカに見えて、神経に障って仕方ありません。
 そのくせ、女の子と酒とセックスの話ばかりだと同世代の少年らの悪口を言いながら、自分もまったく同じことをしているのですがね。童貞ですが、無神論者ですし、彼は頭がいいのです。そのぶん生きづらくて仕方ないと。
 何はともあれ、クリスマス休暇を前にして、彼は伝統校であるペンシーを放校になることが決まりました。
 クリスマス休暇は水曜日からなので、それまでは寮にいてもよかったのですが、ちょっとした事件が起こります。
 一昨年、彼はメイン州の別荘の隣に住んでいたジェーン・ギャラガーという少女に恋をしたのですが、なんと彼女が寮で彼と同室である1学年上のストラドレイターというナルシストのキン肉マンとデートをしてしまうのです。
 土曜の夜、車の中のふたりを想像するとホールデンは頭がおかしくなってしまいそうでした。
 そして夜遅くに帰ってきたストラドレイターに、デートの首尾を聞く前に殴りかかってしまうのです。
 結果、背は高いのですが痩せているホールデンは、このルームメイトにボコボコにされてしまいます。
 こういうわけで、荷物をまとめると彼はそのまま夜中に寮を抜け出し、夜行列車に乗ってしまうのです。
 行き先は、実家のあるニューヨーク。彼の父は顧問弁護士をしており、裕福な家庭でした。
 しかし、火曜日か水曜日かに学校から退学通知が家族の元に届くだろうと思うと、ホールデンはそれまでに家族に会おうとは思いませんでした。そうしたショッキングな知らせが吟味された上で、あらためて実家に帰ろうと思っていたのです。
 だから、ホールデンはニューヨークのホテルや知人の家を泊まり歩くのです。
 あるいは、ステディな地元の女の子とデートしたりとか。未成年なのにバーで酒を飲んだりとか。
 しかし、行く先々でトラブルが起きたりするのですね。最悪なのは、ホテルのエレベーター係に買春を斡旋され、ちょいの間5ドルと言われたのを、後から10ドルだったと因縁をつけられたり・・・美人局ですな。
 または、サリー・ヘイズという女の子とデートしてる最中にどうにもムカついてきて「このスカスカ女」と罵倒してしまって険悪になったりとか。結局、金持ちのボンボンだから、小遣いをけっこう持っていたのですが、ほとんどなくなってしまうのです。
 それもあって、こっそり実家に帰るのですね。この世で一番気に入っている10歳の妹、フィービーに会うためもあって。
 フィービーは“天使”です。ある意味、この小説の真の主人公かもしれません。

 読みやすかったし、楽しかったです。
 なんといってもホールデンの毒舌というか、大げさな比喩が最高。
 「とんちき」とか「インチキ野郎」とか「スカスカ女」とか「退屈死する」とか、その場その場で一番適切な罵詈雑言が吐かれていましたが、なかでも私が気に入ったのは「抜け作(ぬけさく)」。抜け作って言葉いいでしょう、ウケる(笑)
 「この学校はホント抜け作ばかりだなあ」みたいに使われたり。原文が気になりますが、ここらへん村上春樹の才能ですよねえ。村上春樹の翻訳作品は、アンソロジーとレイモンド・チャンドラーのロング・グッドバイを読んだことがありますが、けっこういいですよね。本人曰く、創作と翻訳はチョコレートと塩せんべいみたいな間柄なんですって。
 ま、かわるがわるにいいのを世に出してくれたら、ファンとしては嬉しいですね。翻訳だって作品ですから。
 最後に、キャッチャー・イン・ザ・ライというタイトルの語源ですが、これは、18世紀のスコットランドの詩人ロバート・バーンズの作中の言葉とのことです。
 どこの国でも、どの時代でも、生きづらい少年の苦悩というのは、同じようですね。


 
 
 
 

「楽園」花房観音

 名前のない男たちは、偽りの名を語る私たちに精を放ち、去っていく。
 こういう場所を非難する人たちや、私たちを侮蔑したり、逆に見当違いの同情をよせる人たちはたくさんいる。
 しかし、それはどれもこれも違うのだ。
 法律とか理屈とか常識とか、そういうもので判断されるのではなく、ただ溢れる欲望を抱く人間が生きていくために、こういう場所が必要で、そこでしか生きられない女たちもいる、それだけの話だ。
 人間は引き裂かれている。欲望がある限りは、理性と本能、あるいは心と身体が引き裂かれ続けている生き物だ。
 それでも生きていくために、溢れた欲望を受け止める場所を人々はつくってきた。
 そしてセックスは生殖や欲望のためだけのものではない。孤独を知る人間が人間の温かさを手に入れ、生きていることを思い出すためのものだ。
 ここでは、男たちは社会から押し付けられてきた鎧を一瞬の間だけでも脱ぎ捨て、開放され自由になることができる。
 だから男には女が必要で、女は男が愛おしい。


 花房観音さんの「楽園」を読みました。
 この方、京都でバスガイドもされている中年の女性で、昨夜本作を読み終えた後にツイッターを覗いてみると、
 「日本の夏、ハメ撮りの夏。」と短く一言つぶやいておられたのが、非常に印象的でしたねえ(爆笑)
 団鬼六賞を受賞していますが、本作は官能小説ではありません。性の直接的表現はありません。
 ただし、表現や言葉こそありませんが、物語の裏側に進行する怪しげな雰囲気は、暑い夏のせいもあって生物学的な本能を刺激するに十分であり、これは間接的情痴文学とでも云えるかと思います。
 直接的情痴表現を隠すと、背徳小説は文学へと昇華しえると初めて知りました。
 それはきっと本能に直接語りかける下世話で下品な言葉がないせいで、男と女の性交の世界およびその背景というものを、己の人生を顧みながら真剣に考えることができるせいなのでしょう。
 これも読み終えると、不思議に自分の価値観が変えられたような気がします。
 気のせいでしょうか。それとも、今まで本能におもむくままで真剣に考えてこなかった男と女の性のことを、初めて考えてみると、そこに知らなかった世界の可能性が見えたのかもしれません。
 男にとって楽園の世界とは、必ずしも女にとって地獄とは限らないのかもしれません。
 太陽の下で皆に祝福される人生が誰にとっても幸せとは限らないのです。
 闇の中で、後ろめたさや罪を背負うことで生きていられる人間もこの世にはいるのです。
 とりあえず、人間は生きていかなくてはなりません。恥も外聞も捨てて開かなきゃならない時はあります。
 情痴文学の御大・渡辺淳一が亡くなり、村山由佳が路線をまともに戻しつつある今、しばらくは花房観音に注目してみたいと思います。ちょっとこれは物語のシメが緩かったようには思いますけどね。

 さて、ストーリーなんですが、京都の「楽園ハイツ」という2LDK2階建てのアパートが舞台です。
 五条通りから高瀬川沿いに南に行くとあるこの場所、実は3年前まで「楽園」という名の遊郭地帯でした。
 といっても飛田新地や雄琴のように、いかにもそれらしいケバケバした場所ではありませんでした。
 お茶屋と呼ばれる上品だが暗くてひっそりした置屋が軒を連ねていたのです。
 その一帯が潰され、今では新しい住宅やアパートが建てられていました。
 ちなみに「楽園ハイツ」のオーナーは元はお茶屋を経営していた老女です。
 彼女は、顔の左目上から頬にかけて大きな傷があります。
 ハイツの住人は、独身女性含む5世帯。1階部分には管理人を兼ねる喫茶店があります。
 この喫茶店の主人が鏡林吾という30代半ばの謎の男で、彼がアパートの女性たちの性を刺激するのです。
 チャプターごとに、ハイツに住んでいる5人の女性の性を巡る物語が綴られています。
 そして、終章ではすべてに行き着く先というか、結論が出るようになっています。
 冒頭の序章は、おそらく(ほぼ間違いなく)傷ばあさんと☆君の情事です。

 温井朝乃(47歳) ハイツで一番年長。夫しか男を知らず、その夫とは20年以上セックスがない。
 唐沢マキ(38歳) 夫の単身赴任中、一回りも年下の男を深夜に部屋に引きずり込んでいる。
 寺嶋蘭子(42歳) バツイチの薬剤師。ハイツ一の美人だが、まるっきり男縁がない。
 和田伊佐子(44歳) 昔、楽園で働いていた。その過去を知らない夫と今は楽園ハイツに二人で住んでいる。
 田中芽以奈(17歳) 父が死んでから援助交際をしている。30歳までに死にたいが口癖。
 田中みつ子(45歳) 半年前に夫を事故で亡くしてから、人が変わったように若作りするようになった。

 「好きな男と寝るのは地獄です。けれど好きじゃない男となら楽園にいける」・・・意味深(-_-;)


 

「凶鳥の如き忌むもの」三津田信三

 戦後、昭和30年代前半。
 谷間の山村から盆地の農村、沿岸部の寒村まで民俗探訪し、怪異譚を収集している作家・刀城言耶。
 前作での活躍は深い山間の憑き物村でしたが、今回は瀬戸内のある絶海の孤島が舞台となります。
 その島の名前は、兜離の浦の沖合に浮かぶ「鳥坏(とりつき)島」。
 島の断崖絶壁には、船霊の化身である大鳥様を祀神とする鵺敷神社の拝殿があります。
 大鳥様の間と呼ばれるこの拝殿で、支那事変の時分以来18年ぶりに、鵺敷神社の秘儀「鳥人の儀」が行われようとしていました。刀城言耶はツテを頼って、この秘密の儀式の立会人になることができたのです。
 「鳥人の儀」は、神主不在で巫女の系統が中心である鵺敷神社の、数代前の巫女が色々な密教、宗教を参考に再創造した儀式で、鵺敷神社および兜離の浦に災いの影がさしたときに行われるものです。
 しかし18年前に、現在の朱音の巫女の母である朱名の巫女が行ったときには、とてつもない悲劇が起こりました。
 朱名の巫女と娘である6歳の朱音、立会人の大阪の民俗研究所の学者6人の参加者8人中、儀式の途中で朱音以外の7人が行方不明になってしまったのです。
 鳥人の儀は、成功すれば巫女は大鳥様に、失敗すれば鳥女という化け物になると云われています。
 前回の儀式で唯一生き残った朱音は、隠れた物置の隙間の向こうから覗く真っ赤な目を目撃したといいます。
 はたして、18年前の「鳥人の儀」では何があったのか・・・巫女は化け物になってしまったのか?
 そして、そのときの生き残りで現在の巫女である朱音が主宰する今回の儀式は無事に成功するのでしょうか!?
 そんなわけありませんよね。
 今回も参加者は8人。美貌の朱音の巫女と、彼女に懸想する浦の青年が3人(網元の息子、医者、旅館の主人)。戦後どこからともかくやってきた神社の下働きの男、朱音の巫女の弟である青年、そして刀城言耶、もうひとりは大学で民俗学を専攻している夏休み中の女子学生。
 まず、儀式が始まってすぐに朱音の巫女が消えました。完全に遮断された密室状態の拝殿から、です。
 そして、参加者も一人ずつ消えていきます。崖から中空へと足を踏み出したとしか思えない状況下で消えている足跡・・・
 いったい島に何が起こっているのか。この謎を刀城言耶は解くことができるのでしょうか。
 アンダーグラウンドな民俗ホラーミステリーと、本格的なクローズド・サークルが融合した、傑作ミステリー。

 面白かったです。途中少し中だるみしましたが、ラストのおぞましさは最高。
 あくまでも私の主観では、前作の憑き物村より数段面白かったと思いますけど。
 登場人物は、巫女といい村の青年といい神社の下男といい前作と似たようなキャラクターが重なっているのですが、構成がまるで違いましたね。憑き物村は複数視点の一人称であり、それがトリックに使われたのですが、少しややこしかったように思います、対してこちらは徹頭徹尾、終いまで刀城言耶主観の三人称でしたね。まず、これがよかったです。
 そして内容は、絶海の孤島を舞台に人が次々消えていくという、本格的なクローズド・サークルでしたが、これも背景には民俗的などす黒い渦巻きがあって、当然ですが単なる密室ミステリーよりも奥深くなっていました。
 ラストだって、そういう流れだったから納得できるんですよね。怖かったですね。
 誰が殺してどこに消えたのか、といった問題だけじゃなくなるんです。昭和30年代前半の迷信深い地方の離れ小島を舞台としているので、こういうのもアリですし、これがまた普通のミステリーには食傷気味の頭には面白いんですよね。
 シリーズ物ですから、次も楽しみです。


 

「虚ろな十字架」東野圭吾

 東野圭吾、久しぶりに読んでみました。
 その筋では、けっこう評判が良さげだったものですから。
 確かに、導入(冒頭は伏線)から引き込まれ、中盤も見事にプレスが効いていたと思います。
 “死刑制度”というテーマも非常に良かったですね。
 ある登場人物がパソコンに遺したデータ「死刑廃止論という名の暴力」には、本当に考えさせられました。
 前から東野圭吾にその気(死刑是非論)があったのは知っていますが、巻末に参考文献は載っていませんでしたので、おそらくこれは著者自身の持論なのでしょう。こうして活字で読んでみると、死刑とはいったい何であるのかという、問題点が見えてくるような気がするから不思議です。新聞などメディアで見て聴いているうちは、死刑に対しての感情論がどうしても勝ってしまいます。
 それぞれの事件の形が違うように、罪の償いの行き着く先がすべて死刑という形にはならないはずです。
 なぜなら、犯人が死刑になることで残された遺族が報われたり、幸せになることはないからです。
 誤解がないように言えば、 死刑とは遺族にとって単なる通過点でしかなく、死を持って罪が償えるわけではないのです。
 つまり、愛する人間を殺されたものにとっては、死刑でもまだまだ足りないということになります。
 死刑是非論は、非常に奥が深く、殺人を禁じている国家が死刑という殺人を犯すのは矛盾ではないかというのも一方では確かに正論に聞こえます。しかし、遺族は死刑が償いのすべてではないと知りながらも、犯人が生きて息をしているという現実には耐えられません。さらに、死刑を行えば長期懲役刑や無期懲役の仮釈放中に再犯を犯す危険性がなくなるという面もあります。逆に死刑がなくなれば冤罪で国家に殺される人間がいなくなります。
 難しいですね。北欧のように成熟した社会観念があればともかく、日本という国の社会では、この答えは永久に出ないかもしれません。
 ただ私が言えるのは、その時々の立場によって死刑の是非は異なる、ということです。
 虚ろな十字架、たしかな十字架を罪人に背負わすというのではなく、その十字架の意味さえ私たちは見ていない可能性があります。

 さて、少しあらすじ。
 導入部分は、本編の20数年前の出来事になる。中盤以降リンクし、ミステリーを紐解くカギになっていく。
 本編。ペット葬を施行する会社を経営する中原道正のもとに、警察から連絡が入る。
 5年前に離婚した小夜子が、自宅マンション近くで刺殺されたという。
 離婚してよりいっさいの連絡を取っていなかったが、中原は絶句してしまう。
 11年前にも、ひとりで留守番をしていた一人娘の愛美(当時8歳)が強盗殺人事件で殺されたのだ。
 逮捕された犯人は、半年前に刑務所を仮出所していた強盗殺人の前科を持っている男だった。
 中原と小夜子は、底知れぬ悲嘆から立ち上がると、犯人を死刑にすることだけを望みに法廷で戦った。
 もしも死刑にならないようだと、裁判所の前で焼身自殺するほどの覚悟だった。
 しかし現実に犯人が死刑判決を受けても、喪った娘が還ってくるわけではない。
 夫婦は、お互いの顔を見ているだけでも娘を思い出して辛いことに気づき、離婚を決意した。
 けっして仲違いして別れたわけではなかった。癒すことのできない心の傷がそうさせたのだ。
 あれから、11年。今度は妻が殺された。連絡をくれたのは娘の事件も担当していた警視庁捜査一課の刑事だった。
 しばらくして小夜子を殺した犯人が捕まった。警察署に自首してきたという男は、68歳の老人だった。
 名前は町村作造。北千住のアパートで一人暮らし。娘の夫が大学付属病院の医師で経済的な援助を受けていた。
 町村が供述するには、小夜子を刺殺したのは金銭が目的の計画的な犯行であるという。
 何かがおかしい、と中原は思う。これは単なるカネ目当ての強盗殺人事件ではない。
 この事件の裏には、何か重大なものが隠されている――
 殺人の罪、死刑制度の真理を追求する、東野圭吾会心のミステリー。

 で。
 惜しむらくは、ラスト。あと一捻り足りなかったのではないでしょうか。
 そのまんま、で終わってしまいました。
 以前ならば・・・最後でもうひとつ、気の利いたのがあったと思うのですが・・・
 まあそれは望みが高すぎますかねえ。


 
 
 
 
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