「水魑の如き沈むもの」三津田信三

 刀城言耶シリーズの長編第5弾です。
 時は、終戦からおよそ10年近く経った、前作「山魔の如き嗤うもの」(カテゴリー民俗ホラー・ミステリー参照)から、2ヶ月後のお話。事件の舞台は、奈良の山奥、蛇迂(だう)郡の波美地方。もちろん架空ですね。
 奈良には宇陀(うだ)という場所がありますが関係ありません。イメージ的にはこの話の場所はもっと南の山奥です。
 ここに、4つの村がありました。
 西から五月夜村、物種村、佐保村、青田村。西の端の五月夜村が一番古くから拓かれている村です。
 4つの村はすべて、北側が水田地帯、南側が寺社地帯となっており、北側と南側は、西から流れている深通川によって区切られています。深通川を遡っていくと、二重山という波美の西端の山中にある沈深湖という、上野の不忍池くらいの池くらいの大きさの水源に行き着きますが、ここには水魑様という龍神が祀られた祠があり、湖底には水魑様がおわせられると村人たちには信じられています。
 4つの村の南側には、それぞれ水使神社、水内神社、水庭神社、水分神社という神社があり、本殿には深通川から水を引いて、水魑様を祀っています。つまり御神体は水(龍神)なわけですね。
 また、各神社は水利組合を組織して、それぞれの村に水を分配する「番水制度」を施行しています。
 そして、波美地方に増水による氾濫や日照りによる渇水が起こる度、それを鎮めたり潤すために、各神社の宮司が選ばれて、水魑様の儀という、沈深湖において神事を執り行うことになっていました。
 儀式では“神男”と呼ばれる宮司が、“神女”と呼ばれる巫女が舞を踊り、その他の宮司や水利組合が音楽を奏でる中、船に乗って水魑様に捧げるたくさんの供物を湖底に沈めることになっています。
 供物が浮き上がってくると、神男は湖に潜って水魑様が受け取ったと認められるまで、それを沈めなけれななりません。
 23年前、神男として湖に潜ったまま、行方不明になった宮司がいましたが、水魑様に呑まれたのだと云われており、また、13年前には神男となった宮司が、船上で何事かの恐怖に顔を引きつらせたまま、心臓麻痺で息絶えるという事件も起こっています。
 そして数年ぶりにこの地方で、雨乞いの水魑様の儀が行われることになり、例の、「流浪の怪奇作家」が訪れることになるのですが・・・もちろん、ただではすみませんわねえ。しかも、今回はコブ付きというか、「探偵助手」もいたりして・・・

 いつも通り長くて複雑な物語なんですが、今までより読みやすいかもしれません。
 しかし、この地方の方言で「~け」という喋り方をすることになっているのですが、これが異様に目障りというか鼻につくというか、ふつう奈良だから関西弁だと思うんですけどねえ。なんで「~け」なんだろ。
 まあ、それはともかく、今回は不可解な“密室状態の湖”で発生した神男連続殺人事件がネタになったわけですが、間違いなく今までで一番、誰が真犯人であるのか興味がそそられる話でしたね。
 結果、ああそうか、そうだわな、ということになったわけですけども。
 水庭游魔がどこまで事件そのものに関わっていたかなあ。本当にまったく関係なかったのか。
 しかしまあ、游魔が戦時中に所属していたという伏龍特攻隊と、こんなところでお目にかかれるとは。
 物知りというかマニアックだよねえ、三津田信三は・・・伏龍なんてどれほどの日本人が知っていますかねえ。
 懐かしい名前も出てきました。蒼龍郷の神々櫛村。これはシリーズ初弾の「厭魅の如き憑くもの」の舞台となった場所で、さぎりと名付けられる双子が巫女となる憑き物村でした。そして本作の「左霧」も、そこの出身だったわけですが、なんと波美の生き字引といわれる重蔵という老人も、神々櫛村に縁のある人物ということでした。
 確か神々櫛村は、神かくしの噂もあったなあ・・・と思いまして、ひょっとしたら重蔵なる老人は子供のころ、何者かにさらわれて奈良の山奥まで連れてこられたのかもしれません。
 ちなみに、刀城言耶が神々櫛村を訪れる「厭魅の如き憑くもの」の物語は、本作より後のお話のようです。
 だから、神々櫛村と聞いたときの刀城言耶の態度が、読者にとって?なものに思えたのです。彼はまだ知りません。

 で、本作の一番の謎はというと・・・
 左霧、正一、鶴子、小夜子の家族が満州から舞鶴港に引き揚げてきたとき、重蔵が迎えに来ていましたが、彼が言ったひとこと「追い掛けて来よったか・・・」。これ、本当の意味がわからないままです。
 これを気にしながら読んでましたが、最後までわかりませんでした。
 いまだにぞっとします。
 村から久保(龍璽のお庭番)が尾けてきたのかなあ、とも思ったんですが、よく読んでみると、少し頭の弱い鶴子のことを見ながら言っているようにも思えるし(何か憑いている)・・・海のほう、あるいは左霧の過去を指しているようにも見えます。
 追い掛けて来よったか・・・・ 謎ですね。
 誰か、わかる方いらっしゃいませんか?


 
 
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「護衛なき輸送船団」神波賀人

 「あれっ、おい見ろよ、北斗七星が南の水平線の上に見えるよ、オレたち遠くへきたもんだなあ」
 と、戦友が頓狂な声で叫んだので見ると、無数の星のなかで一際あかるく輝く北斗七星が、南方水平線上に輝いていた。南方航路では北方水平線上に見た星がいままた南方水平線上に見るとはと、南冥の果てから北遡の果てまで、太平洋をかけめぐって、いまこの北海の洋上に立っている自分の運命が不思議に思われ感慨ひとしお深かった。


 開戦わずか23日目でやって来た陸軍からの召集令状。
 貧困生活の苦労と心痛のなか女手一つで育ててくれた母、涙ぐむ妻と長女を残し、凍てつく早朝の東京を発った著者は、輸送船の高射砲兵として、南は灼熱のラングーンからガダルカナル、北は凍てつくキスカ、アッツと駆け巡った。
 太平洋上で戦ったのは独り海軍だけではない!
 身を隠す遮蔽物一つなく、全身を砲座にさらし、生死のことなど忘れたまま、敵機に立ち向かう。
 知られざる輸送船甲板上の死闘。幾多の死線を乗り越えた歴戦の船舶砲兵による貴重な実録戦記。

 戦前戦後を通じて、この世にまったく知られていない船舶砲兵。
 この兵科の主任務は、輸送中の防空防潜、上陸戦闘の掩護、泊地の防空です。
 太平洋戦争は、何十何百万の将兵、兵器、糧秣物質を前線へ輸送し、海外からは重要資源を国内へ還送する船舶輸送大戦争でしたが、陸軍216万トン、海軍174万トンを輸送船として民間から徴用したものの、海軍にはこれを護衛する能力がなかったのです。連合軍側はコルヴェット艦などを大量に作って海上補給路を確保していたのに比べると、バカでしょう? 開戦当初は艦隊の進撃と輸送船が合同していたのでなんとかなりましたが、次第に護衛に当たる船が足らなくなりました。ですから、陸軍は護衛艦の不足を補うために、自ら輸送中の陸軍兵士を守るべく、輸送船そのものに大砲を搭載し、船舶高射砲部隊を急設して、直接船団防衛にあたらせることにしたのです。これが船舶砲兵です。大体において1万トン級の優秀船には中隊主力編成(約70名)で、高射砲4~6門、高射機関砲4~8門、野砲なども装備していました。
 しかし、場当たり的な急設であったために、海上における対空、対潜戦法に関する統一的な教範もなく、当初、各隊は陸上における砲兵戦法を応用しつつ、それぞれの実戦経験にもとづいて工夫しながら船団防衛に従事していました。
 たとえば、著者は予備役のベテラン陸軍兵でしたが専門は高射砲兵であり、スピードが速く変化自在の戦闘機に対しては、陸兵が長く訓練してきた照準射撃などまったく洋上では役に立たず、分隊長に進言して弾をどんどん速射的に撃ちまくる信管射撃を行ったそうです。それでも、弾が当たることなど稀なことで、追っ払うのがせいぜいであったそうです。
 しかも、使用した高射砲は時代遅れの旧式兵器であり、船舶砲兵は粗悪な武器でもって、不慣れな洋上において、未知の近代的対空戦、対潜戦に挑むことになったのです。真っ先に狙われる危険な任務にもかかわらず。
 太平洋戦争中、約1万名におよぶ船舶砲兵が犠牲になったと云われています。
 
 著者は戦後大蔵省国税局で勤務された神波賀人(こうなみよしんど)さん。
 光人社の「海防艦『占守』電探室異状なし」(カテゴリー海軍戦史・戦記参照)にも短編が載せられていますが、こちらは戦後30年経ってから思いついて出来上がるまで10年かかったという、オリジナルの完全版。圧倒的な実録です。
 裏に校長室の額縁のような著者の写真も載せられていますが、戦後はこんな上品な老紳士でも戦時中には「オラオラオラ!死ね!」と高射砲をぶっ放すのが、戦争の実態なのです。すぐ狙われる輸送船でビルマやソロモン、アリューシャン列島まで敵航空機や潜水艦の脅威のなかを奇跡的に生き長らえたばかりか、終戦前には宇品の船舶砲兵教導隊にいたので数キロの近さで原爆に被曝しながら無事であり、本当に幸運な方だなあというのが実感ですね。
 強いて理由があるなら、乗っていた輸送船が崎戸丸(9,425総トン)という最速19ノットの高速輸送船だったことでしょうか。それでも著者の担当は艦尾の高射砲ですが、艦首の高射砲隊は敵機の攻撃で全滅していますからね。
 
 玉砕したアッツ島への最後の輸送などアリューシャン作戦も興味深かったですが、一番すごかったのは、ガダルカナル島への第1次強行輸送作戦でしょうか。10月13日、第2師団などの主力を搭載し、ショートランド島からガ島のタサファロング泊地へ殴り込み輸送。このときの、敵機の攻撃は飛行場が近いために繰り返し繰り返し執拗なまでに行われ、著者ら船舶砲兵は寝る間もなく必死に戦いました。その模様は非常に迫力がありました。特に、高空から当たらない爆弾を落とす爆撃機はともかく、こちらの兵隊の顔を舐めるように飛んできて機銃射撃する戦闘機は凶暴ですね。
 しかし、こうまでして送り込んだ兵団も、結局はガダルカナルの密林に散っていったわけです。
 前半は、ラングーンやシンガポールなど勝ち戦の便乗で、著者もなかば観光気分でした。たとえば、ビルマで立派な寺を見物したとか、月給18円(当時兵長)の著者が内地は配給制度で大変なのでマニラで子供服(1円25銭)子供靴3足(5円40銭)セーター2着(7円30銭)チョッキ(1円50銭)を買ったとか平和であったのに、やはりソロモンを転機として雰囲気は変わってくるんですよね。そういや、初めて潜水艦に雷撃されたのは北方だったと思いますが、同じ艦に2回撃たれているので、免れたのは本当に奇跡だったと思います。
 危険水域の前になるときまって「航行の無事を祈る」と信号を送ってきて消える護衛の第5艦隊(笑)
 護衛なき輸送船団というタイトルには、第5艦隊のような著者から見た主観的な面もあるでしょうが、太平洋戦争における日本軍の敗因および軍隊のセンスの悪さが言い表せられているような気がしますね。
 この本を読めば、ひょっとしたら日本は勝てていたのではないかなんて夢にも思えません。

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「朽ちていった命」NHK『東海村臨界事故』取材班

 きっと多くの方が忘れていることでしょう。
 しかし、これがある種の禍の原点であることは間違いありません。
 どうして忘れられますか?
 国内の原子力関連施設で初めて起こった、重大な臨界事故であり被曝事故。
 臨界とは、核分裂連鎖反応が持続して起こる状態のことで、大量の放射線や熱を発生させてしまいます。
 この結果、致死量を超える中性子線を浴びた作業員2人が、懸命の治療の甲斐なく死亡しました。
 本書は、事故そのものの取材報告および原子力行政に対する提言という観点からではなく、高線量の中性子被曝をした作業員が身体の臓器・組織・機能にどのようなダメージを受け、それに対し東京大学医学部附属病院に集まった前川和彦教授(当時)を中心とする最高の医療班が、どのように苦闘したかについて詳細に追跡取材をした記録であり、作業員とその家族、そして医療チームの83日間にわたる戦いのドキュメントです。
 いまさらながら、この治療経過を公開することを承諾した御遺族の方の判断は崇高であり、原子力行政の岐路に立っている現在の日本社会に対してどのような意見を持っているのだろうかとも思います。
 致死量の放射線は、人間を酷たらしく破壊します。
 原子力発電に対する賛否はともかく、それをああだこうだ言うならば、知識を積み重ねる努力を怠るべきではありません。私は元より頭が悪いうえにアルコールで脳が萎縮しており、いくら読んでも核分裂やら原子力発電のところは理解ができません。しかし、だからといってただの感覚でもって原子力発電が賛成だの反対だのは言えないと思うのです。ひたすら本を読んで真相に近づいて自分なりに考えるしかないでしょうね。

 1999年9月30日。
 茨城県東海村の核燃料加工施設「JCO東海事業所」で、ウラン燃料の加工作業中に臨界事故が発生。
 チェレンコフの光という青い発光があった瞬間、放射線のなかでもっともエネルギーの大きい中性子線が作業員の体を突き抜けた。事故は、安全性を軽視した裏マニュアルという簡略化された工程の途中で起こった。
 放射線を閉じ込める防護措置もない裸の原子炉が出現したのである。この事態に、東海村は事故現場近隣住民に避難を要請、茨城県も半径10キロメートル圏内の住民31万人に屋内退避を勧告。現場ではJCO社員による決死隊が組織され、臨界を収束させる作戦を展開、成功するまで19時間40分にわたってこの裸の原子炉は放射線を出し続けた。
 被曝した作業員は、千葉県にある放射線医学総合研究所に運ばれた。
 もっとも被曝量の多かった作業員Oさんの被曝量は、20シーベルト以上と推測された。
 8シーベルトでも致死率は100%であり、一般の人が1年間に浴びる限度とされる量のおよそ2万倍であった。
 2年前から被曝医療の施策に関わっていた東京大学医学部教授の前川和彦(専門は救急医療)は、自身が委員長を務める「緊急被ばく医療ネットワーク会議」を召集、治療の中心を担うことになる。それは、世界中の文献を見ても前例のない、まさに海図のない航海に等しい、五里霧中の被ばく治療だった。

 当初、Oさんはどこから見ても重症患者には見えず、元気で落ち着いていたそうです。
 前川教授も「これはいけるんじゃないか」と思ったそうで、この前例のない患者に対する治療方針として、悪化が予想される全身状態の集中管理、体を外敵から守る免疫力を取り戻させることが検討され、病院を挙げての総合診療が可能である東大病院へと転院することになります。
 しかし、このときにはもう、すべての遺伝情報が集められた生命の設計図である染色体が、分子を鋭く貫く中性子線によってバラバラに破壊されていました。これはどういうことかというと、今後新しい細胞が作れないということです。
 人間の体は、古い細胞が死んで新しい細胞へと交代する新陳代謝が行われていますが、これがなくなるのです。
 しかも、転院初日にはリンパ球がまったくなくなり、白血球も急激に減少していきました。
 被ばくから7日目、妹さんからの末梢血幹細胞移植が実施され、10日後には白血球も増加、脊髄細胞には女性であるXXの染色体があり、Oさんの体のなかで妹の細胞が息づいたことが確認されました。成功です。
 しかし・・・妹さんの染色体もやがて傷ついていきました。これは、バイスタンダー効果といって、中性子線に被曝したことによって体内の細胞が活性酸素を出すようになり、妹の細胞から生み出された骨髄細胞の染色体を傷つけたのではないかと考えられています。
 被ばくから27日目、大量の下痢。そして、中性子線を直接浴びた体前面の皮膚が完全に剥がれ落ちました。
 放射線障害は、腸壁や皮膚など細胞活動の活発な箇所に顕著に現れるのです。
 50日目、下血。体から失われる水分は一日なんと10リットル。水分を失われただけ補給し、大量の鎮痛剤と鎮静剤を投入。塩酸モルヒネの100倍の効果があるという合成麻薬「フェンタニール」が使用されていました。医療スタッフには、この治療がどこまでいくのか、Oさんの苦痛を長引かせているだけではないのかという煩悶が起こってきましたが、しかしこの頃はまだ、Oさんは完全に意識がありました。
 状態が急変したのは、被ばくから59日目のことでした。突然の心停止。
 スタッフの懸命の蘇生措置で鼓動は再開しましたが、腎臓機能はほぼ廃絶し、肝不全などの多臓器不全を起こしました。Oさんの反応も、まったくなくなりました。
 昇圧剤の大量投与などで止まろうとする心臓を保たせましたが、ついに状態は回復することなく、被ばくから83日目の12月21日午後11時21分、Oさんと家族、そして医療チームの壮絶な戦いは幕を閉じたのです。
 事故は茨城県で発生したため、三澤省吾・筑波大学法医学教室教授が司法解剖を実施。
 体中の粘膜という粘膜が失われ、筋肉の細胞の繊維がなくなり、臓器もボロボロになっていましたが、心臓の筋肉だけは放射線に破壊されておらずキレイなままでした。それは懸命に生きようとしたOさんの強い意志を改めて感じさせるものだったと、解剖スタッフは語っています。どうして心臓だけが無事だったのか、謎のままです。
 JCOという会社は、いっさいのウラン加工事業を停止しましたが、ウラン廃棄物の保管管理や施設の維持管理を細々と行いながら存続しています。


 
 
 

「最後の雷撃機」大澤昇次

 レイテ決戦のためにオルモックに日本の陸軍が上陸するので、これに合わせてレイテ湾の敵に対し、昼間航空総攻撃をすることに決まった。戦闘機隊の掩護はない。足の遅い雷撃機は敵の艦砲射撃かグラマンの餌食になるだろう。
 南のブーゲンビル島沖で撃墜され、死の一歩前、死の直前までいったあの時のことや、台湾沖航空戦の被弾で知った敵の対空射撃の正確さと恐ろしさ、そこからの生還の難しさなどを思い、本当に悲惨な、絶望的な気持ちになった。
 制空権を取られた空を飛ぶことがいかに危険か。あの凄まじい米艦隊の砲火を冒して進むことがいかに恐ろしいことか。作戦を練る司令官や参謀は敵の空を飛んだことはなく、また敵艦の見事な射撃を見たことのない人たちなのだ。
 そのために俺たち搭乗員が犠牲にならなければならないのか・・・


 敵艦に3度雷撃して生還した者はいないという。
 800キロの魚雷を抱いた艦上攻撃機を操り、太平洋戦争を戦い生き残ったパイロットの熾烈な戦記。
 艦隊の悲しきヒットマン・雷撃機の鎮魂歌。


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 著者の大澤昇次(旧姓・町谷)さんは、大正9年新潟県新発田町出身。第43期操縦練習生。終戦時少尉。
 14歳で海軍を志願し、当初は電信兵として昭和11年秋から13年まで東京海軍通信隊で勤務していましたが、一念発起してパイロットになりました。当たり前ですが、飛行機は自動車とは違います。自動車の舵は左右だけですが、飛行機は左右の方向を変える方向舵、機首を上下する昇降舵、そして左右の傾きを変える補助翼と3つの舵があります。
 大変ですよね。ましてや車の運転をしたこともないのですよ。著者は昭和13年春に操縦練習生として空の世界へ踏み出したベテランですが、この頃は希望者がいても、たくさん試験で落とされたそうです。
 一人前になってからは、内地の航空隊教員としての勤務が長く、太平洋戦争開戦時には、戦争に対する漠然とした不安がある一方で、早く第一線の艦隊航空隊の一員として戦争に参加したい気持ちが募ったそうですが、初陣は遅く、第1航空戦隊空母翔鶴のラバウル派遣艦上攻撃機隊として、昭和18年11月5日夜ブーゲンビル島沖への出撃が初めての実戦経験となりました。中隊長機のパイロットだった著者は、夜間だったために知らずに高度50メートルで敵艦隊の真上に出、激しい艦砲射撃をかいくぐってすでに火災をおこしている敵艦(輸送船?)に雷撃を敢行しましたが、足がガタガタ震えたそうです。そしてわずか5日後、再びのブーゲンビル島への出撃でエンジンを撃たれ、不時着水しました。
 このときの心境が詳しく綴られているのですが、私は、自爆しようとするパイロットの気持ちが初めて理解できたような気がしました。他の戦記では感じられなかったことです。一般に戦訓として偵察員は早く自決したがり、操縦員は最後まで粘ろうとするものらしいのですが、このときの著者はあっさり自爆を決意したとのこと。思うに、あまりにも恐かったんじゃないですかね。諦めたほうが楽ですから。しかし、偵察員で中隊長の渡辺譲大尉から「待て!」と言われて、自爆するつもりで突っ込んだ機体を海上に着水させたのです。これがなければ、平生24年に刊行された本書もなかったわけです。
 人生とは不思議なもので、著者は90歳過ぎまで元気で、このとき一緒に不時着し、サメのいる暗やみのソロモン海をゴム筏で漂流した渡辺譲大尉と電信員の田邊武雄飛曹長は、故あって終戦間近に戦死されています。3人はブーゲンビル島に泳ぎ着き、陸軍の兵隊に救出され、潜水艦呂109に便乗して帰還しますが、すでに翔鶴の艦攻隊は全滅しており、トラック島にいた翔鶴も内地へ帰っていました。
 この後、昭和19年に入って電信員の田邊武雄飛曹長と共に553空(4月1日より攻撃252飛行隊)に転勤になった著者は、3月から北千島の防備に配属され、幌筵島や占守島で、日米対峙の最前線ながら両軍ともこの方面の戦力は薄いために非常に散発的で牧歌的な戦いをしながら、北千島にいたときが一番楽しかったと回想するような日々を送りました。ちなみに、この9月から乗機は九七艦攻から天山に変わったようです。
 しかし平和な日々は続かず、昭和19年10月に鹿屋基地に進撃すると、台湾沖航空戦に参加。
 千島から台湾までの使える全機が集まっての乾坤一擲の大勝負は、日本側の大敗北に終わりました。
 17機出撃した252飛行隊は、整備不良で出遅れた2機を除き、助かったのは著者の操縦する隊長機のみ・・・
 ここで著者は米軍の使うVT信管の怖さを思い知ったそうです。VT信管とは、砲弾が電波を出しながら飛んできて、日本の飛行機の近くにくると自動的に爆発し断片が四方に飛び散る最新兵器です。日本の砲弾は命中しないと爆発しないんですね。狙いが極端に外れないかぎりVT信管は作動するので、その命中率は日本の数十倍から数百倍にもなったそうです。潜水艦で帰ったときにもわずかなスキを磁気探知で突かれて爆撃され、米軍の技術的優位を痛感していた著者は、物量だけで日本は戦争に負けたのではないと断言しています。負けるべくして負けたのだ、と。
 機体を蜂の巣にされながら生き残った著者は、まさに最後の雷撃機というタイトルに相応しく、フィリピン戦線でも白昼レイテ湾雷撃を敢行、昭和20年に内地に還ったあとも沖縄戦に出撃するなど、後退した前線に踏みとどまって戦い続けました。特攻に呼ばれたことはなかったそうです。その理由として、特攻では沈まない正規空母や戦艦を沈めるために魚雷攻撃の技術を持った実戦経験者を極力残したのではないかと推測されています。

 最後まで読んで、ゆっくり目を通したあとがきは少し泣けました。
 平成15年というと、著者は83歳ですか。実に、約60年ぶりに偶然出会った友。
 彼はすでに写真の中でしたが、いつまでも若かった。本当に奇跡のような邂逅でしたね。
 ただの戦記ではなく、素晴らしい実録であったと思います。

 狂乱怒濤の 飛沫浴び
 海原低く 突っ込めば
 雨霞下る 弾幕も
 突撃肉薄 雷撃隊



 

「不祥事」池井戸潤

 今年、Jノベルコレクションとして新調刊行されましたが、元は2004年の小説です。
 半沢直樹シリーズより前(直前)に書かれていますから、池井戸潤の初期作品と云ってもいいかも。
 銀行の支店を指導する臨店チームの2人(相馬健、花咲舞)を中心に展開される連作金融ミステリー集。
 二段組30ページ強のお手頃で読みやすいボリュームの作品が8篇。
 専門的な銀行の業界用語の他は、別にややこしいところもないので、すぐ読めます。
 それぞれの話も、思わずのめり込んでしまうのもあれば、退屈なのもあり。池井戸潤のレベルから云えば中の下かな。
 ただ、それぞれの話しのつながり具合がとてもいい感じなので、ラストでは、ああそうなったかと、連作ではありますがひとつの長編を読み終えたようなすっきり感がありました。
 気になるのは、本作の舞台が東京第一銀行という都市銀行であること。
 半沢直樹シリーズの東京中央銀行は、東京第一銀行と産業中央銀行が合併して出来たメガバンクです。
 半沢や頭取の中野渡は産業中央銀行出身で、不良債権も多く香川照之扮した悪徳役員もいたのが東京第一銀行。シリーズ通して旧S(産業中央派閥)と旧T(東京第一派閥)の派閥争いが根底にあるのは周知の通りですね。
 ですから、半沢シリーズに繋がるものはないかと、けっこう気にしながら読みましたが、登場人物等リンクしているものはないようです。東京第一銀行がかなりブラックだというのは、同じ認識でしたが・・・花咲舞とか出したら面白かったと思うんですがねえ。いや、そうしたら半沢直樹の倍返しもかすんでしまいますか。花咲のほうが強いでしょうね。

 では、簡単にあらすじ。
 この小説によくでてくるテラーという言葉は、銀行の窓口係のことです。カウンタースタッフですね。
 相馬健は、2ヶ月前に転勤してきた本店事務部調査役。かつては大店の融資部で名を馳せたバンカーでしたが、出世競争から落ちこぼれ、5年越しで念願叶って本部調査役の椅子を手に入れました。少しぼんやり型。
 花咲舞は、臨店チームのためにセレクションされた凄腕の花型テラー。跳ねっ返りでズケズケと物を言いますが、正義感が強く、相馬から「狂咲」と呼ばれるほど怒り狂う一幕もある、美貌の中堅女子行員。
 このふたりが、事務部臨店チームとして、営業課の事務処理に問題を抱える支店を個別に指導していきます。
 営業課の事務処理とは、窓口業務のことです。融資部に対する臨店チームとはまったく性格が違います。
 行く先々で色々な問題、罠、ミステリーが待ち受けているのですが、東京第一銀行内部で強行的な改革路線を推進する最年少の執行役員、真籐毅企画部長の派閥を仮想敵として物語は展開しています。
 
「激戦区」
 各銀行がしのぎを削る激戦区でライバル行に惨敗している、自由が丘支店の営業課は惨憺たる内容だった。口座相違2件、現金紛失1件、裁判沙汰になった誤払い1件・・・etc。しかし、12人いる営業課スタッフの能力は予想したより低くない。相馬と花咲は、最近相次いでいるベテランテラーの退職が事務過誤が多発している原因と推測する。そして、その裏には、支店幹部による“コストカット”のための、ベテランいじめがあった。
「三番窓口」
 将来の頭取候補と目される真籐企画部長の派閥だった自由が丘支店の矢島支店長が、臨店チームに成敗された。
 同じ真籐派閥で矢島の同期だった神戸支店副支店長の紀本は、仇を取るべく燃える。関西指折りの大店・神戸支店は半年で重要過誤が2件。そのミスは三番窓口を担当する1年目の行員、田端恭子が原因だった。自由が丘の仇を神戸で・・・相馬と花咲を迎えた、口座相違の罠!
「腐魚」
 老舗百貨店ワンマンオーナーの伊丹清吾は、真籐が自ら応対するVIPである。伊丹百貨店は、融資額1千億円の優良取引先であり、首都開発の一大プロジェクトも計画されていた。そんな中、相馬と花咲の臨店先は、新宿支店。事務量がハンパではない繁忙店だ。そして、ここには伊丹清吾の御曹司が勤めていた。さあ、大事件の予感・・・
「主任検査官」
 行員数25名、中規模店舗である武蔵小杉支店に、金融庁の検査が入った。相馬と花咲が臨店する直前のことである。主任検査官は、青田という札付きのノンキャリアで、銀行業界からは恨まれていた。そして検査で重大なトラブルが発生。なんと銀行側が隠蔽した資料が立ちどころに発見されたのだ。資料を隠した南田博は、相馬と花咲の代々木支店時代の同僚だった。どうやら、支店内に密告者がいるらしいのだが・・・
「荒磯の子」
 伊丹百貨店の御曹司の一件で、立腹している真籐。蒲田支店の須賀支店長が、臨店チームを嵌めてやるという。相馬と花咲は、臨店ではなく応援として蒲田支店に入った。蒲田は不況の京浜工業地帯の管轄で、客層は複雑なうえ多忙、地獄の一丁目と呼ばれる難しい店である。さっそく、姑息な手段で潰されようとする臨店チームだったが、売られた喧嘩は買うが花咲の真骨頂。支店員全員に大事にされている会社社長の裏の顔を暴く。
「過払い」
 臨店先は、新宿支店。閉店後の照合で、百万円が合わない。どうやら、今年入行10年目になるベテランの中島聡子が過払いのミスをしでかしたらしい。彼女は仕事ぶりに定評もあり、営業課の行員からは一目置かれていた存在だったが、魔が差したのか? 百万円の過払いは支店にとって大事件である。さっそく過払いの相手先と思われるIT関係の会社社長に問い合わせると、余分な百万円は受け取っていないという。さあ、どうなる!?
「彼岸花」
 突然、真籐の元に届けられた彼岸花。真籐はそれを捨てろと言うが、彼の部下で若手最有力の児玉直樹は、その態度に不自然なものを感じる。送り主の名は、川野直秀。人事部に問い合わせると、彼は元企画部の行員で、早期退職制度によって退行していた。さらに調査を続けた児玉は、なんと川野が自殺していることを知って愕然とする。ならば、彼岸花を送ってきたのは誰だ・・・最年少執行役員である真籐の輝かしい経歴の裏に秘められた罪深き過去。
「不祥事」
 伊丹百貨店の全従業員9千人分の給与データが紛失した!
 これは東京第一銀行の信頼を根底から揺るがす、前代未聞の不祥事といってよかった。
 データが入ったMOディスクを伊丹側から持ち帰り、来客の合間に紛失したのは、本店第二営業部の坂田調査役。将来が嘱望されている30代前半のエリート行員である。魔が差したとしか言い様がない。
 一方、伊丹側は収まらない。東京第一銀行側の事務能力不足を指摘し、計画が進む巨大開発プロジェクトのパートナーに、ここにきて東京第一銀行のライバルである白水銀行が浮上する。
 銀行では急きょ、真籐企画部長を委員長に、各部署から選抜された調査委員会が組織され、紛失事件の真相を追う。
 ちなみに、委員会には、事務部から相馬と花咲が入っていた。嵐の予感・・・と驚愕のラスト!


 
 
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