「百年文庫 月」ルナアル/リルケ/プラトーノフ

 久しぶりに読みました、ポプラ社百年文庫。
 ナンバー33(ようやく3分の1までキタ・・・)のテーマは、「月」。
 なんだろうね、月って。
 メタファーとして見た場合、月ってのは太陽なんかと違って極めて曖昧模糊ですな。
 明るいうちは太陽に隠れてるけど、暗くなったら、存在感が出てくる。
 綺麗ですが、なんとなく寂しいような感じもする。
 月日という言葉から、月は時間ということも云えますね。
 まあ、よくわかりません(笑)
 本書に収められた3篇の物語のどこが「月」であったのか?  
 見当で言ってしまえば、ルナアルのは、身の程を過ぎた欲をかかず慎ましく暮らしているフランスの農夫が真夜中に仰ぎ見た月の場面を、農夫が唯一手の届かないものに思いを馳せた瞬間として、切り取っていますね。
 リルケの極めて短いながらも非常に秀逸な一品では、陽だまりのベンチで隣り合った老人の人生(かたや昼飯を呼びに来る小娘がおり、かたや貧院に暮らす)の月日、ということでしょうか。
 最後、真の20世紀ロシア文学の最高峰と云われるプラトーノフのでは、戦争で4年間互いに遠ざかっていた夫であり父親と、妻と子どもたちの家庭の空白の月日ということなんでしょうが、ラストの感動的な締まり方といい、薄暗いソビエトという国の印象といい、「どこかでお月さんが見てた」的な教訓めいた話でもあり、やっと夜が明けたという意味にも取れます。
 
 まあでも、3つとも面白かったですね。
 「月」ということで、月夜への情趣が極めて深いわが日本人の手になる作品がなかったことは残念ですが、久しぶりの百年文庫を楽しみました(・∀・)

「フィリップ一家の家風」ルナアル(1864~1910)
 パリから汽車で12時間、ニエヴル河のほとりの村で、村中で一番古いおそらく2百年くらい経った代物の家が、フィリップ一家の住まいである。一家といっても、息子ふたりは村から出ており、そろそろ老年に差し掛かるようなフィリップ夫婦がふたりで住んでいる。生活は質素で貧しい。おかみさんは家の古すぎることを気にしているが、フィリップはさほど気に留めていない。年に何回かこの村を訪れる書き手である“わたし”と、フィリップ一家の交流。
 1907年発表。スウという貨幣価値は不明。フィリップのモデルは、田舎を愛したルナアルの別荘の管理人だという。

「老人」リルケ(1875~1926)
 わずか6ページですが、これほど味わい深い作品もめったにありません。さすがリルケ。
 市の公園の菩提樹の下のベンチ。いつも3人の老人がひなたぼっこをしている。
 昼になると、10歳くらいの小娘が真ん中に座る老人を家に呼びに来ます。それを見て、端に座るふたりの老人はゆっくりと帰る。ふたりの行き先は、暖かい華族の待つ家ではなく、貧院(おそらく、孤老院のようなもの)。
 いま思いましたが、この小娘さんがふたりにとっての“月”であるというベタな解釈もありましたね。

「帰還」プラトーノフ(1899~1951)
 20世紀ロシア文学の真の最高峰として、その業績が改めて評価されているプラトーノフ。
 この物語も、面白かったです。どうして、アル中の巣のような暗黒ロシアで、世界的な文学者が次々と生まれたのでしょうか。逆にお酒のおかげかな、それとも雪が深いから、することがなかったからかな。とても不思議です。
 ハッキリ言って、イデオロギー的には日本の真逆であろうロシアの文学というのは、フランスやイギリス文学とは違って、なぜか日本人の心にスッと入ってくるんですよ。読みやすいですし。
 この作品も、ストーリーはおそらく第2次世界大戦の直後か、復員で除隊となった特殊部隊の軍曹が、4年間も会っていない家族のもとへと帰る話なんですが、留守のあいだに奥さんがちょっとした浮気というか間違いをしていたことが明らかになって、復員兵である夫がブチ切れるんですね。これがフランス文学なんかだと、うじうじした文章になって読みにくいんですが、その点こっちはサッパリしている。帰ってきたばかりの家を出て、帰り道で一緒になった部隊の所用係の娘のもとへはせ参じようとします。非常に単純明快な思考ですな。
 嫉妬深い人間というのは、自分も浮気をするからこそ、嫉妬深いのですね。
 それがとてもよくわかるお話でした。奥さんは真実を話しましたが、夫は死ぬまでマーシュのことは喋らないでしょう。
 ただしこの物語は、そんな胡乱な教訓を残しては終わらずに、けっこう感動的であるラストが用意されています。
 空白の月日が、一瞬で埋まった瞬間でしたね。それはキスなんかでは詰められない、心の距離なのですよ。


 
 
 
 
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「悪徳の都」スティーヴン・ハンター

 シリーズ初弾「極大射程」から番外編ながら一番面白い「ダーティホワイトボーイズ」、「ブラックライト」「狩りのとき」と続いた、ベトナム戦争の英雄的スナイパー“ボブ・ザ・ネイラー”ことボブ・リー・スワガーを主人公とした一連のシリーズは、いったんそこで一休みとなり、新たにボブの父であるアール・スワガーを主人公としたシリーズが本作から始まります。
 本作は上下巻約900ページですが、ストーリーは単純明快であり、スラスラ読めるでしょう。

 1955年、顔見知りの悪童だったジミー・パイとバブ・パイと銃撃戦の末、射殺されたアール・スワガー。
 彼は、ガダルカナル上陸作戦から3年間太平洋戦争に参戦した歴戦の海兵隊先任曹長であり、幾多の死線を乗り越え、1945年2月22日の硫黄島の戦いでは、最高栄誉たる名誉勲章を受章した、アメリカの英雄でした。
 ちなみにこの小説では日本人を揶揄する“ジャップ”という言葉が何十回と出てくるので、それが嫌な方は読まれないほうがいいかもしれません。ギャングと比べて日本人兵士がいかに手強い存在だったかと比喩で使われています。
 で、戦後1年経った1946年、硫黄島の英雄はアル中になって自殺未遂を試みるようになっていました。
 妻のジュニィにとっても、かなりの謎を秘める男だったアール。彼は戦争や自分の過去について語るのは好まず、けれど、それらにひどく悩まされているようでした。いいひとで、正直な夫ですが、心の奥底に憂鬱な気分をためこんでいて、それを表に出そうとしません。負傷のために軍隊生活にピリオドを打ち、製材所で働いていましたが、復員兵村に住むアールとジュニィの生活は楽ではなく、ジュニィは見守ることしかできないまま、どんどんアールは何かを抱え込んだままダメになっていくようでした。

 しかし、アールに転機が訪れます。
 アーカンソー州ガーランド郡の検察官フレッド・ベッカーが、悪徳の都と呼ばれるホットスプリングス市の犯罪摘発に乗り出すため、特別部隊を編成、その部隊の“鬼軍曹役”としてアールをスカウトしたのです。
 ラスヴェガスがまだ存在していない時代、繁華街ホットスプリングスはアメリカ一の荒っぽい街でした。
 ギャングが経営するカジノ、娼館、スポーツブック(私設胴元)が軒を連ね、多数のギャンブラー、ガンマン、売春婦はもちろんのこと、グレムリー一家など海千山千の悪党がごろごろしていて、銃器を扱う人間もたくさんいました。
 悪徳の都を支配するのは、ニューヨークのギャングであるオウニー・マドックス。オウニーは、この街のあらゆる利権を我が物とし、警察などの司法機関や新聞などのマスメディアにまで影響力を持っていました。
 このために、政治的野心のある検察官ベッカーは、自分が直接指揮する精鋭部隊をもって、ホットスプリングスの腐敗を一掃し、ギャングのアジトを襲撃、影の権力者オウニーの失脚を画策したのです。
  12名の優秀な若者からなる摘発部隊の隊長は、30年代のギャングの首魁を何人も射殺した伝説的FBIエージェント、D・A・パーカー。そして部隊には、特別仕様のコルト・ガバメントをはじめ、トンプソン軽機関銃、超強力なブローニング・オートマチックライフル(BAR)という、一流の武器が与えられました。
 戦う場を与えられたことで、鬼軍曹アールは蘇ります。
 そして、子供を身ごもったジュニィの心配をよそに、危険な摘発の現場へと先頭を切って繰り出すのですが・・・

 まあ、まんまハリウッド映画でしたね。アクション、裏切り、逃亡そして逆転、愛・・・
 しかし、読んでいればわかるのですが、それだけではなく色々と謎があってそれが最後に集約していきます。
 なぜ、アールは行ったことないというホットスプリングスの街の地理に詳しいのか?
 1940年、ボーキサイト鉱山の従業員の給料を積んだ列車を襲って40万ドルを強奪したのは誰か?
 1942年に強盗に射殺されたというアールの父、チャールズの謎とは?
 1940年に首を吊って死んだアールの弟であるボブ・リーは、本当に自殺だったのか? など。
 それらの謎を追って読んでいくのも、この作家の作品の醍醐味ですね。
 なんせアールの父ということはボブの祖父である男まで出てきたのですから。
 巻末の解説で翻訳をされた公手成幸氏の言うとおり、これはもはやスワガー家の大河小説です。
 そういう意味では、これからに繋がると思われるフレンチー・ショートという油断も隙もない陰謀の天才が気になるところです。CIAのエージェントになるこの危険人物ですが、確か今までのボブのシリーズで少し名前が出てきたような気がするのですが・・・気のせいかなあ。


 
 
 
 

「軍艦防波堤へ」澤章

 福岡県北九州市若松区の洞海湾を望む岸壁に、3隻の駆逐艦が防波堤となって眠っています。
 終戦直後の昭和23年、物質が乏しい時分に、戦争で使われていた軍艦を防波堤代わりに港に埋めたものです。
 3隻のうち、もっとも古くて小型の駆逐艦「柳」だけはかろうじて船体の格好がわかりますが、あとの2隻はコンクリートで固められ、かつて軍艦であったことはほぼわかりません。
 コンクリートを身にまとい、波に洗われるまま眠りにつくこの2隻の名前は、駆逐艦「涼月(すずつき)」と「冬月」。
 ほぼ同型艦であるこの2隻の駆逐艦は、長10センチ高角砲という垂直発射(90度真上の敵機が撃てる)が可能な上、高度1万3千メートルの射程を誇る最新式の高角砲を装備した防空駆逐艦で、同じ「第41駆逐隊」に属して活躍、そして2隻は昭和20年4月の戦艦大和を中心とする第2艦隊の沖縄水上特攻作戦に参加しました。
 上空掩護機のない特攻艦隊は鹿児島坊ノ岬沖で敵航空機の大編隊に捕捉され、集中攻撃を受けた戦艦「大和」、軽巡「矢矧」らが健闘むなしく沈没。「冬月」は敵航空機の猛攻にさらされながらも、大和などの負傷者を救助して無事佐世保に帰還、「涼月」は敵爆撃機の直撃弾を受けて大破しましたが、後進微速のまま敵潜水艦の雷撃をかわして佐世保港に奇跡の帰還を果たしました。沈んだとばかり思っていた「涼月」が帰ってきたので、戦場で姿を消した「涼月」の行方を懸命に捜索した僚艦の「冬月」の乗組員をはじめ、佐世保港は歓喜で沸き上がったそうです。

 著者は、この駆逐艦「涼月」の艦長であった平山敏夫中佐の孫に当たられる方です。
 平山敏夫艦長は、奄美大島出身、海兵55期。駆逐艦「早霜」の艦長を経て、沖縄水上特攻作戦のわずか1ヶ月前の昭和20年3月10日に、「涼月」の艦長として着任しました。
 物語は、平山艦長の曾孫にあたる小学校6年生の男の子が、親子旅行で縁のある軍艦防波堤を見学しているときに、謎の青白い影の男に引っ張られて、特攻出撃前日の「涼月」にタイムスリップしてしまうというもの。
 男の子の姿は、男の子を海から引き上げた2番砲塔員の4人のほかは、曾祖父である平山艦長にしか見えません。
 そしてそのまま、「涼月」とともに壮絶極まりない戦場を駆け巡り、戦争の実態を目にするのです。

 著者は別に作家というわけではなく、平山艦長の孫であったために書かれた本だと思います。
 あとがきで触れられているように、「涼月」の砲術長だった倉橋友二郎氏の著作を参考にされています。
 私は「激闘駆逐艦隊」(カテゴリー海軍戦史・戦記参照)を読んだばかりなので、よくわかります。
 言うまでもなく本作に出てくる倉本砲術長とは、先任将校で艦長につぐナンバー2だった倉橋氏のことです。
 出撃前に記録係の主計中尉が退艦することや、夜中に倉橋氏が酔った平山艦長に叩き起こされたことなど、ラッキョー踊り(笑)以外は、「激闘駆逐艦隊」で私が読んだような事実が下書きされています。
 しかし、ただの焼き回しではありません。
 敵戦闘機の機銃攻撃によって切り取られた船体の断片が凶器となって人間を襲う場面や、完全停電してしまった窓のない鉄の箱である機械室の奮闘や壊れて手動で油圧を作らなければならなくなった舵動力などの、縁の下の力持ちが大破した「涼月」をなんとか支え続けた様子は真に迫っています。あと少しで沈没するとこですから。
 そして、「手の届かない遠くの戦争はどこか美しく、それを美しいと感じる人間はどこまでも矛盾に満ちた存在である」など、文学的な表現もなかには見受けられます。
 また、「大和」が沈み、「涼月」も瀕死の大破となって、このまま作戦を続行するか撤退するか、乗組員の胸の内が2つに割れる場面があるのですが、このときも平山艦長の口を借りて、著者自身の特攻観、戦争観を表現しているように思います。
 特攻は下の下の作戦で、本来は絶対にやってはならないことは兵学校出の士官なら誰にでもわかります。しかし、それをやらなければならない時もある。これこそ、出撃時に「涼月」の乗組員が感じたことだったでしょう。しかし、作戦は半ばで失敗し、とても沖縄にはたどり着けないとなったとき、すでに百名近い乗組員が死んでいるわけですから、このまま自分たちが生きて帰ることに葛藤が生まれるわけですね。そしていざ帰れるとなったら、逆に命が無性に惜しくなってくる。死ぬ気で戦っているときは死の恐怖を感じないそうです。こんなものなのでしょう。実際に、平山艦長や乗組員の心を去来したであろうことを、うまくまとめられていると思いました。
 
 まあしかし、「涼月」は不死身でしたね。昭和19年に日本近海で2度、敵潜に雷撃されてぶっ壊されていますから。
 同じような伝説の不沈駆逐艦「雪風」もそうですが、“もっている艦”というのは、あります。


 
 
 

「ニホンオオカミを追う」世古孜

 環境庁の動物保護の専門技官が、ある日、電話で次のようなことを言ってきた。
 「伊勢神宮の原生林約4千町歩、それに続く大台山系、大峰山系、その付近の山々で、オオカミのように猪を追い、鹿を追って獲物としてきた犬が、天然記念物紀州犬(昭和9年)に指定され、その犬が人に飼われるようになると、猪を見ても後ろへ下がる犬になってしまった。これを、猪に向かうような犬にすることはできませんか」


 本の内容は、昭和62年のものです。
 著者は、10年間で138匹の犬を飼い、一匹で猪と闘えるような猟性の高い犬を創りだす猟犬ブリーダー。
 明治38年1月23日にアメリカ人のマルコム・アンダーソン(東亜動物学探検隊員)が、奈良県吉野郡東吉野村で土地の猟師から買い取った若牡の死骸を最後に、絶滅したと云われているニホンオオカミ。
 しかし、三重県熊野市から和歌山県側、そこから奈良県側に続く紀伊山地には、終戦直後まで地元民に当たり前にオオカミが目撃されており、普通の犬の足跡とは素人でも一目瞭然に違いがわかるオオカミの足跡を、昭和53年まで確認していたという専門家の証言もあります。そして、この山系の麓の村では、ニホンオオカミ混じりの犬が飼われて猪猟に使われているということは、昔から語り継がれていました。
 猟師が良い犬に巡りあうのは、長い猟生活で一生に一度のことであると云われています。
 猟性の高い優秀な犬をつくるため、飼っている牝犬を山に放してニホンオオカミと掛け合わせたのです。
 しかしその系統は、成犬になると誰が見ても和犬ではなく山のケモノという不気味な感じになり、人にはなつかず、とても人が飼えるような犬ではありません。これをさらに二代、三代と仔を取って、和犬の側に寄せていき、はじめてオオカミのように猪を一撃で倒すような攻撃力を持ち、人間が扱えるような猟犬が出来上がるというのです。
 著者は考えました。ニホンオオカミの血がどこかに混じっている犬が複数頭いれば、それを掛け合わせることによってニホンオオカミの復元、“先祖返り”が可能なのではないかと。
 はたしてオオカミの血が確かに混じっている系統は、現存しているのか。
 あるいは、一匹で猪を倒すことにできる紀州犬は、元よりニホンオオカミの血が混じっているのでないか。
 はな、明治37年の和歌山大学のものなど世界でもわずかの標本しか残っていないニホンオオカミとは、いったいどんな動物であったのか。そして、それは学者が言うように本当に絶滅してしまったのか?
 ニホンオオカミの正体を追い、紀州犬の生態まで詳しく語られた、動物ノンフィクション。

 クリスチャンだった雷撃機搭乗員の太平洋戦争の戦いを描いた「雷撃のつばさ」(カテゴリー海軍戦史・戦記参照)という本を読んで、世古孜という著者のその後(フィリピン戦線で墜落重傷)が気になった私は、世古さんが戦後書かれたもう一冊の本を見つけました。世古孜という珍しい名前で同姓同名の確率は低く、三重県に住んでいるということは、間違いなく同一人物です。クリスマス用のもみの木の話もありました。252飛行隊「天山」電信員の世古さんです。
 本書では戦争中のことはいっさい触れられていませんが、どうやら猟犬ブリーダーにハマり、そのために給食工場を経営するようになったようです。確かあのときは20歳くらいだったから、本書で60歳過ぎでしょうか。

 ニホンオオカミが絶滅しているか、あるいは形を変えて生き残っているかはともかく、こうなってしまった理由は、日本の高度経済成長期における環境破壊が原因です。オオカミは照葉樹林帯にしか住めないそうです。
 一匹オオカミという言葉がありますが、牡オオカミはテリトリー性が強いのか、牝がそこが生存に適さない土地と判断して他に移っても、自分のテリトリーを固守して、そこでただ一匹となり死亡する習慣があります。奈良県で明治38年に見つかったという最後の死骸も、そうしたロンリーウルフだったかもしれませんね。
 山でもしオオカミを見つけても、どんな素人でも犬との違いはわかるそうです。
 犬は平地で暮らすようになって、平らな所を歩くのに適するよう前脚と後脚の長さが同じになりましたが、オオカミは急な崖でも猪を追って走れるように、前脚のほうが短く、後脚は筋肉が発達して大きくできています。ジャンプ力も犬とは比べものになりません。背中の筋肉は盛り上がっています。フラットではありません。
 そして、口の中は外見からわかりませんが、犬は人に飼われるようになって雑食性になりましたが、オオカミは肉食性であり裂肉歯が発達しています。牙が鋭いのです。また、これも外見からはわかりませんが、ニホンオオカミの残された頭骨を調べると、鼻骨に特徴があり、長時間ある程度のスピードで走れるようにできているそうです。ご存知の通り、犬は数百メートルも走ると舌を出してへばりますが、オオカミはそんなことはありません。どこまでもついてきます。
 見てわかる最大の特徴は、耳先が尖っておらず、耳と耳の間が狭いということ、目は丸くて光る、尻尾はフサフサで狐のようだということ。なんだそれだけかと思われるでしょうが、本書にも少し写真が載っていますが、誰でもわかります。
 写真でそうなんですから、山で目の前で見たら、明らかに犬ではなく山のケモノとわかって怖気をふるうでしょう。
 毛色は不明です。夏毛と冬毛があるという説があり、灰色かキツネ色か一色に絞るのは危険です。

 10年くらい前に亡くなった近所のオッサンが、ある時、たぶん町会の飲み会か何かで、オオカミは生きていると力説していました。山犬というのはオオカミなんだ、と。若い時分に、山のほうで生活していた人でした。本書を読む前にそのことを思い出しましたが、あの時もっと話を聞いていればよかったです。

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「激闘駆逐艦隊」倉橋友ニ郎

 いま屈してはならないのだ。
 この上一発でも被害を受けたならば、涼月の沈没は必至だ。
 沈没によって任務は終わる。楽になるのかもしれない。
 否々! それは屈服である。涼月を守らなければならない。
 敵機を一機でも傷つけたい。最後まで艦と人を守り通そう。
 いかなる打撃を受けても、断じて士気を沈滞させるようなことがあってはならない。
 最後の最後まで、全力を尽くすのだ。


 昭和20年4月1日の米軍の沖縄上陸を受け、発令された「菊水一号作戦」。
 戦艦「大和」、巡洋艦「矢矧」、そして「雪風」「涼月」「冬月」「朝霜」ら歴戦の駆逐艦8隻は、4月8日未明の沖縄突入を期して、4月6日午後4時徳山を出港しました。無謀で世に有名な沖縄水上特攻作戦です。
 艦隊は沖縄で敵艦船を撃滅し、陸岸に乗り上げて砲台となり、全弾撃ち尽くせば、全将兵は上陸して敵陣に斬り込むことになっていました。「死ね」と命令されたのと同じです。
 著者は、駆逐艦「涼月」の先任将校砲術長として、この最後の戦いに参加、紙一重で生きて帰ってきました。
 4月7日の昼頃、沖縄よりはるか手前、坊ノ岬沖で敵航空機の大編隊を、艦隊に先駆けてレーダーで探知したのは、「涼月」だったそうです。
 大和が第一弾を放ってから、わずか28分。「涼月」は、敵雷撃機の放った魚雷を機銃で撃沈したり、紙一重でかわしたり、壮絶な戦いを続けていましたが、カーチス・ヘルダイバーが落とした爆弾が、前甲板右舷を直撃。これが痛烈な一撃となって、操舵装置、射撃指揮設備をはじめ航海兵器、羅針儀、消防設備、通信装置に至るまで一挙に使用不能になり、艦橋の電気時計も1時8分を指したまま止まってしまいました。卓越した工作技能を持ったベテランの応急員も全滅。誰のものともしれぬちぎれた下半身が信号マストの揚旗ロープに垂れ下がり、あまりの凄惨な現場と被爆のショックに、一時生き残った将兵も行動不能となり、同じように舵を故障した「大和」とあわや衝突寸前ですれ違ったりしました。
 しかし、ここから淡白豪快な平山敏夫艦長や先任将校である著者のもと、「涼月」は奇跡の粘りをみせます。
 「涼月」の前部は沈没した状態となり、前に進めばそのまま海中に没するので、瀕死の状態のまま、最低速力の後進で母港である佐世保まで帰還するのです。途中、敵潜水艦の雷撃は、間一髪当たりませんでした。
 僚艦である「冬月」乗組員の大歓声を受けながら、大至急で佐世保港のドックに引き込まれた「涼月」。
 水が抜かれてみると、その第一火薬庫には、火災と浸水から火薬庫を守るため、3人の水兵が自ら逃げ道を閉ざして扉に封をしたまま死んでいたそうです。彼らがいなければ、「涼月」は沈んでいました。

 駆逐艦、水雷戦隊のことはもちろん、壮絶な沖縄水上特攻、ミッドウェー海戦を知るためににも格好の一冊です。
 著者は、駆逐艦一筋の倉橋友ニ郎氏。おそらく海兵65期。終戦時少佐。
 駆逐艦「村雨」の航海長を経て、昭和16年9月、完成直後の駆逐艦「萩風」の砲術長。「萩風」時代には、空母「加賀」の直接護衛艦としてミッドウェー海戦にも参加。被弾した「加賀」を救助中に、敵潜水艦からの雷撃があったと書かれていたのは驚きました。やはりアメリカのほうが一枚上手でしたね。包囲されていたんだね。
 「萩風」の甲板は500名あまりの「加賀」の負傷兵であふれ、砲塔が旋回したときに、重傷者をひとり轢き潰したそうです。空母「赤城」を雷撃処分し、西方2,300海里にいた戦艦「大和」らの艦隊に合流したときには、この艦隊に付随していた小型空母「鳳翔」の複葉の艦攻が対潜警戒をしており、最強の機動部隊が壊滅するのを間近で見ただけに、こんな初めて見るような旧式の飛行機を目にして大変がっかりしたそうです。
 最新の高性能高角砲が装備された防空駆逐艦「涼月」に配属されたのは、昭和16年9月のことです。
 ずっと駆逐艦乗りですな。歯に衣着せぬのが、著者のいいところですが、おそらく出世にも影響したのでしょう。
 大和を運用する第2艦隊司令部に「役立たずの大和はスクラップにしたらいい」と言ったのは、2艦隊は伊藤司令官はじめいい人ばかりだったのでいいとしても、呉鎮守府で一席ぶったときには、2日後に上海の海防艦の艦長へ転勤せよという、流罪にも等しい命令を受けました。これは沖縄特攻前だったので、平山艦長らがもみ消したようですが・・・
 インド洋作戦のとき、スキを突かれてイギリスの爆撃機に機動部隊が爆弾を落とされましたが、「逆に、このとき当たっていれば気が引き締まって3ヶ月後のミッドウェーの失態はなかった」については、本当にその通りの慧眼だったと思います。
 
 水雷戦隊は艦隊の花形であり、戦前の訓練では、夜戦2千メートル昼間5千メートルにまで接近しての雷撃など高速を活かした必殺のヒットアンドアウェイ戦法が駆逐艦には期待されていましたが、実際、今次大戦では、敵艦に1万メートル以内に近づくことでも稀だったそうです。連合軍のレーダーは、日本海軍伝統の夜戦を封じ、よって駆逐艦はその活躍の場を大きく失うことになりました。ソロモンの戦いでは、輸送にも使われました。
 「涼月」が時代に対応して、機動部隊護衛用の防空兵装を充実させたのも、時すでに遅し、だったのです。

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