「フラッタ・リンツ・ライフ」森博嗣

 人間は何故、戦いをやめないのか。
 どうして、いつの時代にも争いがあったのか。
 そんなに醜く、空しく、悲しいものが、どうして続くのか。
 考えたことがあるだろうか。
 人の命は大切だ、と彼らは説く。
 けれど、その命より大事なものがある。
 それを知っている者が、戦っているのだ。


 スカイ・クロラシリーズ第3弾(刊行順では4番目)になります。
 フラッタ・リンツ・ライフ。Flutter into Life.
 どういう意味ですかね。この小説は、航空冒険小説的な面が強いですから、フラッターをそういう意味で取ると、飛行機の揺れ、ガタガタした挙動みたいな感じになることから、私は「人生に起こる揺らぎ(空中分解の可能性)」と解しました。
 まあ、どうでもいいね。

 で、ざっくりと第3弾がどうなったかというと、前作2つと大きく変わったのは、主人公。
 本作の語り手の僕は、草薙水素ではなく、クリタジンロウという人物です。
 「僕」という一人称はこれまでずっとクサナギでしたから、冒頭でフーコという女性と「僕」がベッドで何かしておったので、こりゃいったいこのシリーズはどういう方向に進むのか、といささか動転しました。
 すぐに誤解は解けましたけどね。「僕」はクリタジンロウ。キルドレの戦闘機パイロットです。
 前作「ダウン・ツ・ヘヴン」との間に、少し時間的距離を感じるのは、クリタの上司であるクサナギが、中尉から大尉になって、基地の指揮官をしていること。クサナギは自ら戦闘機で飛ぶこともあるので、自分で自分に命令を出しているということになります。プレーイング・コマンダーですな。我ながら、うまい造語(*^_^*)
 クリタが言うに、クサナギと飛ぶようになって1年ということから、おそらく前作から約1年経過しているのでしょう。
 会社側はカリスマであるクサナギに、あまり危険な任務をさせたくないのですが、クサナギはずっと空で飛んでいたいという人種ですから、両者がこういう形で折り合ったのでしょうね。
 本作の、クサナギが指揮官になった基地には、カリスマ整備士である笹倉もいますし、情報部の甲斐もたまにクサナギを訪ねてくるようです。そしてクリタや土岐野といったパイロットたちがいます。
 これが本作のざっくりとした環境。そのなかでクリタの物語が進みます。
 
 物語のキーは、クリタが知り合った、鳥を飼っている家の女性です。
 相良亜緒衣といいます。クサナギの幼なじみで、生物医学の研究をしている科学者です。
 おそらく、クサナギが妊娠したときに面倒を見た医者がいましたが、その娘だと思います。
 相良は、歳を取らないキルドレを普通の人間に戻す方法を発見しました。
 キルドレは原因となった薬があって、今は禁止されていますから新しいキルドレが生まれてくることはありませんが、それは多くの人が歳を取らない人生を拒んだからであって、でももし嫌になったら元の人間に戻れるとなったら、状況はまったく異なってくるのです。
 相良は、この情報を隠蔽しようとしている組織から逃げるために、基地に来てクリタを頼りました。
 クリタは、追手から相良を逃がせることに成功しますが、びっくりするようなことを聞いてしまいます。
 相良がキルドレを元に戻す方法を発見した理由、それはなんとクサナギだったのです・・・
 クサナギは、偶然に普通の人間に戻ってしまっていたのでした!
 原因は、ボンネットに黒猫をマーキングしたあの人との・・・

 さあさあ、3作目にして少し盛り上がってきました(≧∇≦)/
 キルドレという、この物語世界を読み解く大きな構成要素の謎が、ようやく形を伴ってきました。
 これは薬の副作用というようなものだったのです。それで半ば不死の人間が出来てしまったという。
 考えてみれば、我々の遺伝子に組み込まれている“死”の理由はわかりません。
 細胞が永遠に新陳代謝をして新しく繰り返していけば、人間は死なないはずではありませんか。
 死なないのは無理としても、500歳くらいまで生きれても、不思議ではないでしょう。
 ところが、ゆるやかにそのルーチンを80年くらいで止めるように出来ているのは、なぜなのでしょう。
 生き続けることは、それほどまでに苦痛なのでしょうか。
 死ねることが、実は特権であるのかもしれません。この小説の土台はそれかな?


 
 
 
 
 
 
 
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「池田屋乱刃」伊東潤

 これはなかなかの良作かと思います。

 風雲急を告げる幕末、元治元年(1864)6月5日。祇園祭の宵々山で賑わう京の街。
 三条木屋町の旅館・池田屋で寄合をしていた尊攘派志士たちを、会津藩配下の治安組織新撰組が急きょ襲撃しました。志士たちは約20名、建物に踏み込んだ新撰組は局長近藤勇以下4名。これが世に云う“池田屋事件”です。
 数的不利を物ともせず、この事件は新撰組の活躍で幕府側の圧倒的勝利に終わりましたが、壬生浪と蔑まれていた新撰組はその名を一気に天下に高らしめた一方、尊攘志士側は指導者的立場であった宮部鼎蔵ら維新回天の原動力となるべき逸材が多数死亡し、「明治維新が数年遅れた」とまで云われています。
 でもね、この「池田屋事件」のことを、どれだけの方が詳しく知っているでしょうか。
 切り込んだ沖田総司が血を吐いたことなど新撰組側からの視点はともかく、池田屋で寄合をもって急襲された志士側のことは、ほとんどの方が知らないんじゃないでしょうか。私が知っていたのは宮部鼎蔵という名前だけです。
 志士側には、どんな人間がいたのか。そして、そもそもこの寄合は何のために行われたのか。
 寄合を決めたという桂小五郎は、この事件にどのように絡んでいたのか。
 常説では、桂小五郎は池田屋に行ってみたが、まだ人が集まっていなかったので、いったん対馬藩邸に寄ったために襲撃から免れた、ということになっていますが、それは真実なのか。
 史実を根底に、知られざる池田屋事件の可能性を追う、作者渾身の5連作歴史ロマン・ミステリー。

「二心なし」
 食い詰めた伊予松山藩・中間の福岡裕次郎は、死のうとさまよっていたところを夜鷹のお吟に救われた。そのままお吟と暮らし始めた裕次郎は、彼女の勧めもあり、新撰組の入隊考試を受ける。自信のあった剣術はまったく通用しなかったが、全藩挙げての佐幕派である伊予松山出身ということが重宝し、土方歳三の命を受けて尊攘派に潜入し、新撰組の間者となった。三条家家士の丹羽正雄の用人となった裕次郎は、知らぬ間に政局の中心に放り出される。そして、己の損得勘定抜きで命を捨てて奔走する志士たちの情熱に、スパイでありながら、ほだされてしまうのだが・・・
 新撰組側の死亡者のひとりである奥沢栄助を絡めたラストは、脚色ながらも秀逸だったと思います。

「士は志なり」
 「自分らが帰ってこなかったら、龍馬には京を通らずに長州に行けと伝えよ」と言い残し、池田屋の寄合に出掛けた北添佶摩。土佐勤王党だった佶摩は、土佐藩江戸屋敷で龍馬に感化され、28歳で脱藩、蝦夷地海防の重要性を説き、彦根藩探査行や高野山遊説で名を馳せた、優秀な志士だった。長州藩の諜報網に一翼である桝屋こと古高俊太郎が捕縛され、事後の対策を協議するため、佶摩は宮部鼎蔵から池田屋に呼び出される。
 桝屋の土蔵には、中川宮邸に砲火するため、佶摩らが集めた武器弾薬が貯蔵してあった。
 土佐藩脱藩の北添佶摩は、池田屋事件で倒れた志士のひとりですが、初めて名前を知りました。

「及ばざる人」
 宮部鼎蔵は、豊臣秀吉の家臣として活躍した宮部継潤を祖とし、熊本藩兵学師範を務めた名門の出である。
 のちに140日間の奥州探査旅行を共にする、吉田松陰との出会いが彼の運命を大きく変えた。維新回天のために宮部は東奔西走し、文久3年(1863)には全国諸藩から集められた禁裏守衛のための御親兵3千の総監の座に就いた。
 松陰亡き後、池田屋事件のときは45歳。名実ともに、尊攘派志士たちの中心的存在だった。
 長州藩藩邸に居候していた宮部は、古高捕縛の急報を受け、この4月に長州藩京都留守居役を拝命したばかりの桂小五郎と善後策を協議するが、桝屋の土蔵に武器弾薬を貯蔵していたことを咎められる。
 
「凛として」
 松蔭門下四天王と謳われた俊英・吉田稔麿はこのとき24歳だった。彼は長州藩の穏健派として、今にも千切れそうな長州と幕府の間を懸命に周旋してきた。桂小五郎の尽力により、偽装脱藩した稔麿は、間者として旗本奥右筆の妻木田宮の家臣となり、すべてを見通していた妻木田宮にも気に入られ、幕臣として栄光に彩られた人生さえ眼前に開けつつあった極めて優秀な人材だった。尊攘派志士の暴発を防ぐため、桂小五郎に頼まれて池田屋へ志士たちを周旋した稔麿は、次の日、江戸へ出立する予定だった。寄合ですぐにでも囚われた古高を奪還しようとする京都商人の志士、西川耕蔵と言い争いになった稔麿は、桂に促されて一足先に藩邸に戻されるのだが・・・

「英雄児」
 明治10年。56歳になった元長州藩京都留守居役・乃美織江は、木戸孝允(桂小五郎)の京屋敷に呼び出される。桂は45歳にして死の床に伏せっていた。かつては同じ京都の最高責任者である留守居役として相役で、幕末の修羅場をくぐり抜けてきたふたり。しかし乃美織江は志士ではなく、藩の定期異動で京都に行かされただけの吏僚であり、彼では京の役目が果たせないため、国元よりやって来た桂は、明らかに年上の乃美を見下していた。お互いに嫌悪していたと云える関係だった。なのに、なぜ死期が迫ったこの時期に、桂は乃美を呼んだのか。
 明治維新の元勲・桂小五郎の、今生最後の望みとは、誰にも言えなかった「池田屋事件の真相」の吐露だった!
 ま、じゅうぶんあり得るでしょうね。
 でも、桂小五郎は剣術の達人でありながら、常に逃げる人でしたから、今更逃げたことを恥として体裁を繕うような作り話をするでしょうか。そこが問題ですね。
 いずれにせよ、長州の工作員である古高俊太郎の捕縛は、桂および長州にとって大きすぎる痛手でした。
 池田屋の寄合を前にして、志士たちの暴発を抑えなければ、たちまち会津藩や桑名藩と長州の戦争になりますし、だからといって何もしなければ拷問によって機密を知っている古高が口を割る可能性もあります。
 桂のことですから、ひたすら悩んだことでしょう。
 差料を回収したことは、池田屋が長州藩に近いという油断があったからにしても、大失敗でしたね。
 革命には血がつきものとはいえ、これだけの優秀な人材があたら若き命を落としていたのかと思うと、池田屋事件というものをどうしてこれまで勉強しなかったのかという後ろめたさと、派手なものにばかり引きつけられるという人の目の節穴さに、歴史にはまだまだ深い謎がたくさん隠されていると確信した次第です。



 
 
 

「百年文庫 恋」伊藤左千夫・江見水蔭・吉川英治

 百年文庫34作目、テーマは『恋』(≧∇≦)
 栞も、もろにピンクですよ。なぜに、恋にイメージってピンクなんでしょうね?
 しかも昨日はイヴで、今日はクリスマス♪
 ですが、何の用事もない私は、猫の玉子にケーキを買って帰りました
 玉が大好物の生クリームを食べ(また太る)、私が玉の嫌いなスポンジとフルーツをいただきました。
 少し余ったので、玉を毛布にくるんで(重い)、森のダンボールの家に住んでる玉の友達の黒猫のフーコにおすそ分けを持って行きましたが、彼女は留守のよう。デートかなあ??

「隣の嫁」伊藤左千夫(1864~1913)
 この春、中学を終えたばかりで百姓デビューした、19歳の省作。いきなりの稲刈りは骨が折れた。
 百姓は、朝夕忙しく、水門が白むと共に起き、三ツ星の西に傾くまで働く。兄夫婦は丹精で気が抜けない。
 しかし、日々の辛い作業にも楽しみはあった。隣家の嫁のおとよさんと並んで仕事することである。
 省作と同じ19になる彼女は、仕事もできるし何もかも行き届いた女だった。どうして彼女が隣のとろくさい清六なぞに嫁いだのか、おとよさんの里は中農以上で、小作人同然の隣家に来たのは、仲人に欺かれたのだという。
 ある雨の日、屋内作業を皆でしていると、おとよさんは省作に気があるのではないかという話になった。
 思わず赤面してしまった省作は、それ以来おとよさんが気になって仕方がない。
 しかし仮にも隣家の嫁である。道ならぬ恋、ままならぬ世の習い・・・
 しまい方がブラック(;一_一)
 倫理観が性欲に打ち勝つのは大変ですよ、でも、それが出来なければ人間ではありません。
 恋は盲目といいますが、ひとりの人しか見えないとこうなります。純情というのは、罪作りなのですね。


「炭焼の煙」江見水蔭(1869~1934)
 道もろくすっぽない深山幽谷のすり鉢状の底に平地があり、炭焼職人の真次がひとり小屋で住んでいる。
 友達は飼っている猿だけ。決まった頃になると里まで炭を運ぶ作爺がたまに顔を見せる程度である。
 炭に燻りたる顔、泥に塗れたる手、垢に光ってる衣服。真次は酒も呑まなければ煙草もやらない。半ば仙人である。
 春になったある日、作爺がやって来た。明日、山主の藤原の旦那とおかみ様とお嬢様、村の衆がここに花見にやってくるというのだ。こんな辺境までよくぞまあ、と迷惑な気持ちしかなかった真次だったが、花見の当日、足に豆を作って歩けなくなったお嬢様をおんぶすることになり、知らないうちに恋心が芽生えてしまう。
 及ばぬ恋。それからの真次は寝苦しい夜を過ごし、太古の暮らしのなかで空想を膨らませ、その心のなかで恋は大きく発達していく、そして・・・
 うん、傑作です。今までの百年文庫の作品のうちでもピカ一。これぞ恋。素晴らしいです。恋の相手というのは、実は自分の心の内にいます。現実に戻ると、パーンと裂けちゃうんですね。

「春の雁」吉川英治(1892~1962)
 反物や装身具など長崎骨董を扱う商人の清吉は、3年のうち2年までは旅暮らしで、関西から江戸の得意先を回り、あらかた金にすると、春の雁のように遥々長崎の故郷まで帰るという生活を続けている。
 清吉の得意先は、花柳界である。そして今、彼は深川の色街に逗留していた。ここには、大坂や島原とは違う、独特の気風があった。それは客も妓も、茶屋や船頭にいたるまで粋を研くという、遊びの通人つまり悟りの世界であった。
 深川で清吉は、秀八という23,4の少しやつれのあるところが魅惑的な芸妓に惹かれてしまう。
 秀八は、流行っていた芸妓だったが、急に客が落ちたという。馴染みの茶屋の若おかみには、あの女には注意しろと言われた清吉だったが、場末の茶屋で秀八と逢瀬を重ね、請われるままに百五十両もの大金を渡してしまう。
 清吉が極めつけの粋人ぶって渡した大金の行方、そして謎の女・秀八にまつわる真相はどのようなものなのか。
少しミステリー仕立てだったでしょうか。
 一見、粋でカッコイイ深川の色街も一皮めくれば・・・誰の人生にも生活という現実があるということです。
 表面しか見ていない、見れないから人間というのは恋をしてしまうのかもしれませんね。
 でもこの物語の一番のオチは、清吉おまえ妻と子供がいたのかよ! ということ。



 
 
 

「最後の輸送船」竹内いさむ

 「福寿丸」(5500トン・岡田商船)という陸軍輸送船の通信長の方の実録です。
 なかなか、新鮮な角度からの追憶もあって面白かったです。
 たとえば、外地で見た「戦時中の日本人の野暮ったさ」について書かれていました。商船員は仕事で世界各地を回りますから、常に白人の振舞いなどを見ておりスマートになりますよね。でも戦争によって初めて海を渡ってきた、徴兵された田舎者の日本兵がそんなことわかるわけがありません。飲み屋の女の子などから日本人は嫌われていたそうです。
 どうせ汚い服着て、口が臭くて、声が大きくて、ケチだったんでしょう(笑)
 そして、戦前戦時中の船員の良くない因習についても書かれていました。初めて読みましたよ。
 そのことにも少し関係するのですが、「福寿丸」は南方開発金庫の宰領により、現地への軍票の輸送もしていましたが、最後の航海のとき、シンガポールに到着してみると、2千万分(約2億円)の軍票が一箱なかったのです。
 出発地の神戸で積荷の記載を間違ったのだろう、┐(´∀`)┌ヤレヤレということで処理されましたが、戦後わかったところによると、実は船の中に軍票を盗んだ奴がいたようなのです。とんでもないことですよ。
 昭和19年といえば日本の敗色が濃くなっていますから、軍票の価値は下がっていましたが、それでも2億円分ですから。しかも、あまりにも多すぎて処理に困って、船のボイラー(石炭)で焼いたというんだから呆れる・・・
 とまあ、迫真の戦記としてはもちろん、読む価値のある一冊だったと思っています。
 「福寿丸」の船長(大下船長39歳)は、逃げずに船と共に沈みましたが、軍艦長ではなく商船長の殉死もまた珍しい。
 私が読んだかぎり、戦争中、逃げずに船と一緒に死んだのは、海運国である日本人とイギリス人だけです。
 日本人というのは、ともすれば自分の生命よりも責任感のほうが上回る、非常に格調高き国民性を持っています。
 間違っても、日本人の船長は船に人命を残したまま、逃げたりしません。
 もちろん、逃げることが悪いと言っているのではありません。巡洋艦加古の艦長みたく、撃沈されて「キンタマひとつで帰ってきた!」と奥さんに話すと「キンタマさえあればようございます」と切り返された話がありましたが、生きている限り何度でも逃げ延びて国に忠孝を尽くすというのこそ、本当は正しいと私は思います。
 その一方で、船を失くした、部下が死んだという責任感のあまり殉死してしまう艦長の気持ちもわかるということです。
 でも、軍艦はともかく商船は珍しいと。著者も、このときの大下船長の気持ちを推し量っていましたが、まだ39歳ですからね・・・

 では、そろそろ「福寿丸」の航跡にいきましょう。
 5500トンのこの船、船齢二十数年の老朽船で、蒸気機関車のように機関員がスコップで釜に石炭を放り込んで動力を得るレシプロエンジンでした。速力わずか8ノット半。戦争がなければ、とっくにスクラップになっていました。
 輸送船団は遅い船に速力を合さなければならないので、同行船は「老いぼれと心中はしたくない」と、福寿丸と組むことを嫌がったそうです。福寿丸は、常に船団の最後尾から、老残の姿を晒し、黒煙を上げて喘ぎながらの懸命の追随でした。もう、おじいさんが若者の最後方から、死にそうな咳をしながら追いすがっているような感じですな。
 でも「福寿丸」は本当によく頑張ったのです、中国と室蘭間の石炭輸送に従事していたこの船が、危険極まりない南方に配置替えになったのは昭和18年5月。以来、日本とシンガポール間の輸送を成功すること4回。一発で沈む船が多いのに、これはすごいですよ。残念ながら。5回目で沈みましたが・・・
 昭和19年7月15日、福寿丸を含む「ミ11船団」23隻は神戸を出港しました。護衛艦は駆逐艦「汐風」と海防艦「占守」。高雄でさらに商船4隻、そして特別砲艦「やえぐも丸」や掃海艇などの護衛艦群も加わりました。
 しかし、この大船団は、日本商船隊の墓場と呼ばれて久しいバシー海峡(台湾とルソン島の間)において、7月31日の払暁、船団のまっただ中から四方に敵潜水艦隊の凄まじい魚雷攻撃を受け、わずか2,3時間の間に往時の欧州航路の花形客船である吉野丸など20隻もの輸送船が大破、沈没の被害を受け、輸送中の陸軍の兵隊を含む2万人近い遭難者を出しました。
 無事にフィリピンのパンギー港に着いたのは、福寿丸らたった7隻。救助された遭難者は約4千名。
 生き残りが次に目指したのはリンガエン湾ですが、出港してしばらくすると駆逐艦「汐風」がものすいごいスピードで「福寿丸」を追いかけてきて、「福寿丸は、被雷して航行不能の『だかあ丸』を曳航せよ」と命令を発してきました。
 また危険な海に還ってしかも曳航だと!? 海軍と陸軍の確執、この輸送船団を守れなかった護衛艦への反発から、福寿丸はこの命令を無視して進みますが(まるでおじいさんが耳が悪いみたいに)、「汐風」がいよいよ怒りだしたので、仕方なく福寿丸だけ引き返し、だかあ丸をリンガエン湾まで曳航する羽目になったのでした。
 シンガポールに着いたのは8月25日。ベルトコンベアがあったというピンタン島でボーキサイト鉱を1万トン(!)積み込み、5500トンの船に1万トンでどうみても積載量超過なのですが、よたよたと福寿丸が内地に向けて出港したのは、11月1日。この間、著者はセクター軍港で、レイテに出撃する前の戦艦「武蔵」を見たそうです。
 5日にサイゴン着。ここで5隻の船団になります。護衛は海防艦か駆潜艇?1隻。
 7日に泥棒の町サイゴンを出港し、12日に海南島近くでB-29の水平爆撃と機銃掃射を受けました。無事。
 15日に台湾基隆着。大時化。18日、寧波沖で燃料炭が発火、火災発生。護衛艦ともども懸命の消化活動により鎮火。そして、鵬程1万キロ万難を排して喘ぎながらもなんとか内地までもう少しの朝鮮沖で、11月24日、「福寿丸」は潜水艦に雷撃され、沈没しました。
 近づいてくる雷跡を発見し、船長が「取舵いっぱい」をコーターマスターに命じ、コーターマスターが「取舵いっぱい」を復唱しても、鉱石を限度を超えて積み込んだこの老朽船は、ただちに回頭することはできませんでした。
 ズシーン、と魚雷が腹の底をえぐるような鈍重な音を立てて、船体に命中。
 脱出しなかった大下船長を含む40余名が船と運命を共にし、救助艇に拾われた著者ら生存者は26名。
 2年有半、「福寿丸」と共にした板子一枚下は地獄の生活が、終わりを告げたのでした。



 
 
 
 

 
 
 

「ダウン・ツ・ヘヴン」森博嗣

 ティーチャが去り、所属する社のトップエースになったコードネーム・ブーメランこと草薙水素(クサナギスイト)。
 しかし、かつてエースだったというコードネーム・ジョーカとの戦闘で油断して負傷する。
 意に反し、大事を取って2週間入院することになったクサナギ。
 病院で、函南(カンナミ)という記憶を失くした少年パイロットと出会い、不思議に共鳴したものを感じる。
 退院後、ササクラやゴーダのいる基地から離れ、内陸の基地で若手パイロット相手に講習会と模範飛行を行ったクサナギの前に、同時出撃中に墜落死した比嘉沢の弟が現れる。そして、退院して軍服を着たカンナミも。
 クサナギ中尉は、その麗しい容貌といい記者会見が開かれるほどの有名人になっていた。
 もはや、一介の戦闘機パイロットには戻れないのか・・・それでもクサナギのアイデンティティは空だけにある。
 情報部の甲斐に、都心の本社に連れて行かれたクサナギは、甲斐の上司である萱場(カヤバ)に会い、謎のプロジェクトへの参加を要請される。それは、都心の低空で、人々に見せつけるように戦闘機同士でファイトするというもの。
 カヤバ曰く、これは単なる広報活動ではなく、国家の中枢と直結している国家的プロジェクトだという。
 空中戦が出来るなら、いずれ前線に戻してもらえるならとプロジェクトへの参加を承諾したクサナギ。
 そのときはまだ、空中戦の相手を知らなかったのだが・・・

 スカイ・クロラシリーズ第二弾です。
 ダウン・ツ・ヘヴン。Down to Heaven.
 まだまだ謎だね。これからどうなるのか、この世界は何なのか見当もつきません。
 そんな中でも、杣中という、クサナギにつきまとうジャーナリストの言ったセリフは意味深でした。
 彼はクサナギのような純粋な人間が、政治や会社の利益に利用され安易に尊い命を落とし、勝っても負けても影響のない戦争をスポーツのように大衆が観戦している、こんな状態は尋常じゃない、と言いました。
 これから推測されるに、都心の空中戦デモンストレーションは、敵がこうやっていつ攻めてくるかもしれないのだから、戦争も軍備も必要だ、というこの世界の政権の人心誘導術だったのでしょうね。
 それはわかりますよ。その価値観は、あんがい今の地球社会と離れていません。
 しかし飛行機がプロペラであることと、キルドレという不死の人種の存在がいまだ皆目わかりません。
 キルドレについては、自ら死を求める傾向があり、死と直面する仕事に望んで就きたがる事実があるそうです。それは、不死である自らの生命の永遠を拒んでいる、ということです。
 これもなんとなくわかる気がします。死なないということは地獄だという意見もありますから。
 しかしこのキルドレという、大人でも子供でもない?ような変異体の存在の原因と理由がわからないですね。
 謎といえば、カンナミという少年。彼とクサナギの関係もまた意味深です。
 お互いに共鳴するということは、過去か未来か現在かあるいは生物的に関係があるはずです。
 あるいは、この世界はカンナミという少年の夢の中の世界であり、クサナギは彼の投影したキャラクターかもしれませんね。今のところ、想像力のない私にすればこれが精一杯の飛躍だなあ(*^_^*)
 ま、なにはともあれ、10年近く前の本であんがい楽しませてもらってます。


 
 
 
 
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