「サイタ✕サイタ」森博嗣

 Xシリーズ第5弾です。
 S&Mからの一連の流れは、いまのところGとこのXのシリーズが続いているわけですがね。
 まあ、刊行間隔が長いので、ほぼ前作の記憶がなくなっていますが、これは仕方ありません。
 だから偉そうなことは言えないわけですけども。覚えてないんだからね。
 でも、私の感じとしては、一連の大河的な流れはすべて「真賀田四季」を巡るものであって、その点、Gシリーズのほうは彼女の影が濃厚に感じられ、以前からのシリーズキャラクターも頻繁に登場するのに対し、このXシリーズは独立しているというか、「真賀田四季」を辿るにしてはずいぶん遠回りしているような気がしますね。
 もちろん、椙田泰男こと保呂草(下の名前なんだっけ)が経営する探偵事務所SYアート&リサーチ(東京のW大に就職した西之園萌絵に見つかりそうになったために名称を変更した)に関する面々がメインキャラですし、椙田は滅多に事務所にいないし、たまに小川令子が電話しても忙しそうだし、この物語が独自に進んでいる裏で密かに何かが進行しているのは感じられるんですけどね。ただ泥棒してるだけだったら別ですが。
 でも本作もそうですが、表で発生する事件に関しては、独立してるっぽいと思うなあ。一概には言えませんが、それが率直な感想です。もちろん、佐曾利隆夫がマンションでどう生活していたのか謎だったし、国会議員の島純一郎を尾けて発進したクルマは何だったのか、などの疑問も残るんですけど、それらが後に繋がっていくとはなかなか思えません。
 ただ、独立してるにしても、このシリーズの話は特徴としてちょっと気色悪いのが多いんですよね。
 これも、ストーカーだし、火付けだし、なんだかドロッとして嫌な話ではありました。

 では、少しだけあらすじ。
 爆弾魔チューリップによる謎の連続発火事件“サイタ サイタ”で、この1ヶ月のあいだ不穏な都内。
 椙田の探偵事務所に妙な依頼がメールで届いた。もちろん、事務所には小川令子しかいない。
 その依頼とは、「ある人物の行動を1週間見張ってほしい」というもの。
 言われた通りのお金は支払うが、依頼人は、自分の名前や身分は明かせないという。
 行動調査の対象となる人物は、佐曾利隆夫という、三十代の男である。
 佐曾利は、東大出のインテリだが今は無職で、2年前に離婚し、マンションでひとり暮らしをしていた。
 しばらく仕事がなかった小川は、椙田に了解をとってこの依頼を引き受けた。
 といっても、ひとりの人間を見張るには、ひとりでは無理である。
 バイトの真鍋瞬市と、彼と同じ芸大の永田絵里子に応援を頼んだ。
 さらに、この後、探偵の鷹知祐一朗も引っ張り込むことになる。つまり、いつものメンバーである。
 でもまさか,これが大事件に発展して、自分も炎に巻かれて死にかけるとは、そのときの小川は思ってもみなかったのである・・・
 当初は元妻へのストーカーふぜいと思われていた佐曾利隆夫への調査は、やがて都内連続発火事件との関連が怪しまれ、さらに思わぬ連続殺人事件へと繋がっていく。

 人によって色々でしょうが、私はまずまず面白いお話だったと思います。
 特に、依頼人はいったい誰なのかというミステリーが上手な牽引役になっていたので、サクッと読めました。
 やっぱ、ミステリーにはそういうページを捲らせる牽引役というものが必要だと思いました。
 あいかわらず、会話はとても巧いし、楽しいし。
 少し、内容はわかりにくかったけどね。
 殺人はともかく、佐曾利隆夫の火付けの理由というか、動機がはっきりしません。
 ただのストーカー被害者だと思われていた野田優花の、売春宿的な変転もしっくりきません。
 つまり、作者はそういった、「動機なき犯罪」の怖さが言いたかったのかな。
 表の顔と裏の顔というか。
 裏の顔しかないとかね。
 できれば、裏表なく生きていきたいものです。

 さて、森博嗣といえば、「クーラ」とか「ティーチャ」とか「エレベータ」「クローラ」「フューチャ」など、最後の「ー」を表記しないことが特徴的なんですが、本作で例外を見つけました。
 「コーヒー」。これって、犀川創平はコーヒー好きだったような気がしたし、私が今まで気付かなかっただけなんでしょうね。今頃になって・・・(笑)


 
 
 
 
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「潜伏キリシタン」大橋幸泰

 踏み絵って本当にあったんですねえ・・・
 しかもキリシタンは禁制でしたから、聖なる遺物を見たためしがない“自称キリシタン”が京都から長崎まで、わざわざ踏みに行ったということもあったそうです。
 踏み絵に使われる遺物自体も、本来なら崇拝の対象となり得る禁制品ですから、各藩が取り扱いに苦労したみたいに書いてますね。
 たとえば、踏み絵は、幕府の出先機関として九州の各藩を指導する立場である長崎奉行が藩へ貸し出すという形を取っていたようですが、平戸藩なんかはそれまで使っていた踏み絵が踏まれるたびに傷んで古くなったため、藩の長老がわざわざ長崎奉行に謁見して、古くなった踏み絵はどのように処分すればいいですか、と慎重にお伺いを立てたという資料が残っています。そりゃ後から、おまえのとこはあの踏み絵どうした? まさかどこぞの藩士が拝んでるんじゃないだろうな、なんてイチャモンつけられたら難儀ですからね。

 さて、宗教。
 宗教抜きでは、今の戦争、国際関係はおろか、地球の歴史さえ語れないことに異議はないでしょう。
 そして宗教とは弾圧の歴史を持っています。日本史も例外ではありません。
 キリシタンはもちろん、鎌倉時代の親鸞、日蓮、戦国時代の浄土真宗、明治時代の天理教、大正・昭和の大本教など、厳しい迫害を受けた歴史を持っています。
 しかし、日本史における禁教と聞いてふつう日本人が思い浮かべるのは、やはりキリシタンが一番でしょう。
 キリシタンとは、16世紀に東アジアにもたらされ、以後近世の同地域に広まったカトリックのことです。
 スペインとポルトガルが地球儀を線引して、それぞれ東と西に宣教師部隊を派遣したのですな。
 ついに日本にまで到達したそれは、教義とともに、貿易による西洋文明開化をもたらしました。
 実際は、豊臣秀吉はキリシタンを禁制にしたかったようですが、できなかったのは貿易による利益があったためです。
 その後、イギリスとオランダという宗教活動を伴わない貿易が可能なプロテスタント国家がやってきたため、徳川幕府は、1610年についにキリシタン禁教に踏み切りました。
 その理由は、幕府の方針と相容れないためですが、
1・ 宣教師の背後にあるポルトガル、スペインの軍事力が不気味
2・ 伝統的な神仏への宣誓で成り立っている日本列島の秩序の根幹が揺らぐ
3・ 神の前の平等という教義は不都合
4. 信仰共同体を基盤とした地域支配の可能性、武装蜂起・一揆の可能性
5・ 魔法を操る怪しげなイメージ

 などが考えられます。でも時すでに遅かったのですね。
 寛永14年(1637)西九州の島原天草一揆では、天草四郎に率いられ原城に篭った3万人と幕府軍の間で死闘が繰り広げられました。一揆勢は壊滅的に虐殺され、幕府軍にも少なからぬ被害を与えました。
 もちろん、3万人の一揆勢がすべてキリシタンではありません。苛政によって鬱憤の爆発した農民が多く混ざっていました。現に、島原天草の為政者は厳しい処分を受けています。しかし、これで江戸幕府はキリシタン禁教に本腰を入れる契機としました。すべての人民の宗旨(何を信仰しているか)を毎年改める、宗門改の全国的な制度化を行い、仏教による監視体制を敷いたのです。

 結果的には、禁教によって地下に潜伏したキリシタンたちは、明治維新まで約3百年間途絶えることはありませんでした。ちなみに、明治政府はキリシタン禁教を解除したとは、一言も言っていません。扱いに困って放っておいただけです。幕府が倒れて、「もう大丈夫?」とワラワラ信仰表明をしたキリシタンは3千名。当初、明治政府は彼らを分断して地方に配流(隔離)したので、数百名が死んでいます。外国に怒られたんですけどね。
 さらに皮肉なことに、彼らにとっては天使に等しい、待ちわびた外国の宣教師がやってきたのですが、数百年のあいだ地下に潜っていた潜伏キリシタンの教義は、キリスト教の正しい教義ではなくなっていた部分も多々ありました。
 ですから、新しく建立された教会に入らずに再び引きこもったり、棄教した者もいたそうです。

 それでも、彼らの信念は並大抵ではありません。どうして3百年も地下で存続し得たのでしょうか。
 同じ異端である、たとえば浄土真宗の隠し念仏なんかも規制の対象でしたが、こちらは影も形もないですよね。
 実は、その答えは、キリシタンは潜伏していなかったからです。
 彼らは、キリシタンであることを決して表に出さず、ふだんは近世秩序に正しく従順な人民だったのです。
 仏教の寺の檀家であり、神社で祈願もし、地域の宗教行事にも進んで参加していました。
 踏み絵も踏みました。どこから見ても、島原の乱以来怪しいイメージしかなかったキリシタンには見えませんでした。
 これがキリシタンが存続できた理由です。潜伏とは、心のなかでのみ潜伏していた、ということです。
 たとえば、死者を弔う儀式の際は、経消しの儀式を同時にやっていました。異教で祀られると天国に行けませんからね。
 コンフラリアという信仰共同体の存在や、11月の霜月祭り(クリスマスのことか)には当時の日本人が絶対に食べなかった牛肉を食べた形跡があるなど、まだまだ潜伏キリシタンには謎が満ちているのですが、当然ながら、キリシタン自体の書いた資料なんかは残っていませんから、詳しいことまではわからないようです。
 その点だけが残念ですが、なかなか興味深い、良い本だったと思います。


 
 

 
 
 

「零戦隊長」神立尚紀

 太平洋戦争において、日本軍と連合国軍が血で血を洗う激戦を繰り広げた、ソロモン。
 航空機の墓場と言われたその地獄の戦場で、昭和17年10月に進出して以来ずっと、この方面の海軍戦闘機隊の主力として長く苦しい戦いを続けてきた第204航空隊(旧6空)には、海軍内にその名を轟かす若き名指揮官がいました。
 彼の名は宮野善治郎大尉、大正4年(1915)大阪府八尾出身。海軍兵学校第65期。
 宮野は204空の飛行隊長として、自ら零戦を駆り、櫛の歯が欠けていくようにパイロットが戦死していく航空消耗戦のなか、明るさと思いやりで若手を引っ張り、ときには叱咤し、困難な任務を率先して引受けてきました。
 たとえば、味方攻撃隊を守る護衛戦法。
 零戦は本来ならば、艦隊や味方航空機などを敵航空機の攻撃から守ることが仕事です。
 しかし、戦術的に確立されたものがなく、無線の具合も役に立たなかったこともあり、また零戦隊自体が地味な味方攻撃隊の直掩任務よりも、開戦当初世界一だったその性能に自惚れて、獲物を求めて派手な格闘戦を嗜好したために、護衛される側からの信頼をなくしていました。たとえば、本書に載っている事案ですが、艦爆隊の護衛をした帰りに、敵の駆潜艇を見つけた零戦隊がこれを銃撃に向かい、そのスキを突かれて艦爆隊が敵戦闘機に襲われる、なんてのがいい例です。
 さらに戦争が進むに連れ、敵戦闘機の質が上がったこともあり、零戦がまともに掩護してさえ艦上爆撃機や攻撃機は激しく消耗していきました。
 宮野は、攻撃隊の上空で敵機を駆逐する隊、攻撃について行って直接護衛する隊、攻撃隊が避退する方向を切り開く隊、という3段構えの護衛方法を考案しました。身を挺して、攻撃隊を守るのです。
 これには、海軍を代表する豪腕ヘルダイバーである江間保大尉も思わず宮野の顔を見て唸ったそうです。
 宮野のポリシーは、地獄の中にあっても、置かれた状況にベストを尽くすことです。
 しかも、己の名誉栄達を心の糧として努力するは不純である、という信念があります。
 兵学校3期上の先輩で、空母準鷹で一緒になった志賀淑雄(のち343空飛行長)に「日本は勝てると思いますか」と宮野は聞いてきたそうですが、おそらく宮野は日本が勝てないことはずっと前からわかっていた、その上で腐らずに、一番激しい戦場の第一線から一度も内地に帰らないまま、自分のベストを尽くして、命を賭して戦ったのです。
 縁談も持ち上がっていたのに帰国しなかったのは、部下が戦っていたからでしょう。
 そして昭和18年6月16日、空戦後の集合地点に帰ってこなかった部下を心配して単機で引き返し、そのまま行方不明になりました。わずか27歳と6ヶ月。零戦隊長と呼ぶにこの人物ほど相応しいひとはいない、壮烈な最期でした。
 
 
 著者は、宮野善治郎の八尾高校(旧制八尾中学)の後輩である、神立尚紀(こうだちなおき)氏。
 零戦搭乗員会を引き継ぐ「零戦の会」の世話人でもあり、この方でなければ本書は書けなかったでしょう。
 宮野の兵学校時代の日記をはじめとして、彼の人生に関わった人間の声がこれでもかと集められています。
 特に、先輩同期後輩問わず、海軍のパイロットたちの名前は、聞いたことある人ならみんな登場しています。
 零戦撃墜王の方くらいですね、名前さえ見当たらないのは。
 しかも、パイロットというのはクセがある人間が多いですが、宮野の悪口を言う人間はいません。
 なかでも、終戦時横須賀航空隊の先任搭乗員であり、「特攻」というアメリカのドキュメンタリー映画にも出演していた大原亮治さんの証言が多く取れていますが、彼は204空がラバウルに進出して以来の数少ない生き残りの一人で、宮野の列機でしたから、彼の証言は宮野の生き様を語る上でもっとも説得力がありました。
 また、宮野善治郎の生涯を追うだけではなく、海軍航空機隊の棋譜としての資料性も高いです。
 彼らがどのような戦いをしてどのように負けていったのか、この一冊で十分に知ることができます。
 たとえば、昭和17年10月時点で、海軍戦闘機隊の人員は総計9百余名しかいません。こんなに少なかったとは知りませんでした。これが櫛の歯が欠けるように、歴戦のベテランがひとりひとり戦死していくのですから・・・
 ミッドウェーではなくてソロモンの戦いで負けたのだ、ということが身にしみてよくわかりました。
 中島三教という、捕虜になったために、戦死扱いで生きながら靖国神社に祀られているという、古参のパイロットの話も初めて知りました。いったん合祀されると、靖国神社は取り消しができないのです。

 では、宮野善治郎の簡単な略歴を。
 大正4年、大阪府八尾生まれ。昭和9年4月より、海兵65期生(修了時187名、大戦中戦死108名)。
 昭和14年9月第32期飛行学生。昭和15年9月戦闘機専修課程修了。
 昭和16年4月、中国戦線前線の漢口の12空配属。9月、3空に転属、分隊長。南西方面侵攻作戦を臨む。
 12月8日、開戦に伴い初陣。高雄から比島へ遠征。以来昭和17年2月ティモール島まで南方作戦従事。
 昭和17年4月、新編成の6空配属、戦闘機隊分隊長。ミッドウェー進出後の駐留部隊を臨み、準鷹乗艦。
 昭和17年9月、ラバウルへ。10月19日ブイン基地から初のガダルカナル島攻撃に参加。
 11月、6空は名称変更で204空。(台南空→251空、鹿屋空→253空等)。
 ブイン、ニュージョージア等ムンダ基地など、ソロモンの最前線で制空、船団護衛、攻撃機掩護に活躍。
 昭和18年4月、山本GF長官護衛に204空所属の戦闘機6機が失敗。
 昭和18年6月16日、宮野善治郎大尉機、行方不明。
 全軍布告、2階級特進。出撃回数81回個人撃墜数推定11機、共同撃墜破300余機。


 
 
 
 
 
 
 
 
 

「背乗り 警視庁公安部外事二課」竹内明

 警察組織内部に巣食う中国情報機関のスパイと、かつて外交事件にまで発展する大失態を犯し、公安警察を追放された元警視庁公安部外事二課四係のスパイハンターたちの暗闘を描く、傑作諜報サスペンス。
 著者は、警察捜査のノンフィクション作家である竹内明(たけうちめい)。
 私も一冊面白いのを読んだことあります。「時効捜査 警察庁長官狙撃事件の深層」(カテゴリー事件・事故参照)。
 小説の創作は、おそらく初めてだろうと思いますが、本作もあんがい面白かったですよ。
 ただ、少し難癖をつければ、登場人物が多すぎるので、ややこしいですけどね。
 核となる元公安部外事二課の面々はともかく、外務省の官僚なんか誰が誰だかわからなくなります。
 あとはまあ、エンタメですから少々突飛なアイディアもアリだと思いますし、筆力というか読みにくいところはないですし、ラストへの強引な持って行き方はともかくとして、“モグラ”(組織内のスパイ)がはたして誰であったのかという、ミステリーのオチも二重の意味でよかったと思います。
 柱である外務大臣のほうのプロットよりも、そっちのほうが楽しかったですね。
 小説家としてはデビュー作ですから、甘目ですが85点の評価をしてもいいかと思います。
 主人公の筒見慶太郎が、麻生幾の「外事警察」の住本健司に似ているのは、組織柄仕方ないかと。
 少なくとも私は、次回作があるのなら読むでしょう。

 少しあらすじと説明。
 背乗り(はいのり)とは、外国の非合法情報機関員が諜報対象国の市民を装うために、身寄りのない人物の戸籍を乗っ取る手口のことです。住所不定などの反社会的あるいは没社会的人間が密かに死んだ場合、その人間に何者かがなりすましても、容易にはわからないということです。
 これだと、正規のパスポートが取得できますし、年金や生活保護の受給もできそうですね。
 ホームレスが戸籍をヤクザに売る行為がありますが、あれと似ています。

 警視庁公安部外事二課、通称“ソトニ”は、中国や北朝鮮の諜報事件や情報収集を担当する部署です。
 ちなみに、外事一課は対ロシア、外事三課は対テロ組織だったと思います。
 対韓国や隠れ対アメリカというのがあってもいいのですが、まあ、それはおいといて、今現在わが国最大の脅威は、気むずかしい隣人である中国だということに異論はないでしょう。
 中国はまた、日本など及びもしないスパイ大国です。アメリカと比肩するインテリジェンスがあります。
 それに比べ、かつて大昔には忍者の伝統もある日本ですが、現状はスパイ大国どころかスパイ天国ですね。
 各国の非合法情報機関員が、わさわさと暗躍しておるようですが、なかでも中国は積極的な工作をしています。
 特定秘密保護法が施行されて、どれだけ変わるかでしょうが、中国のスパイは日本の基幹システムにまで食い込もうとしているようです。金もありますしね。でも、もちろん、こちらもやられっぱなしではありません。

 主人公の筒見慶太郎率いるソトニの四係は、完全秘匿で中国情報機関のスパイ網を摘発するためのウラ作業を担当する精鋭部隊で、秘匿追尾、秘撮、秘聴の高い技術を持つ選りすぐりが集められていました。
 しかし、8年前、外務省と警察組織のなかに獅子身中の虫であるモグラ(中国国家安全部の協力者)がいることに気づいた筒見は、それをあぶり出すために行った強引な作戦が裏目となり、結果的に日中関係に致命的な打撃を与える事件を引き起こし、政府は激怒、ソトニ4係は解散、筒見は在外公館警備対策官へ出向、優秀な捜査員も所轄署の交番や運転免許センターなどに異動となりました。公安警察からの追放です。なかには警察を辞めてしまったものもいました。
 その事件のターゲットになっていたのが、中国国家安全部のエース工作員・劉剣(リウ・ジエン)。
 そして8年後、ニューヨーク領事館で警備官をしている筒見の周辺に、再び劉剣の影が忍び寄ります・・・
 国連総会出席のためにニューヨーク入りした外務大臣黒崎倫太郎が、ホテルの自室で意識不明となって倒れたのです。黒崎は、対中国強硬派で、次の総理候補と目される人物でした。
 この事件の背後に、現在はアメリカで対日工作に手を染めている劉剣の存在を嗅ぎつけた筒見は、8年前の復讐を誓うべく、捜査に乗り出しますが、劉剣は今度は逃げるように日本へ異動となりました。
 そして、かつて“影の公安部長”と呼ばれ、極右の非公然活動家から旧共産主義国家の情報機関員まで、あらゆる敵と戦い、修羅場をくぐり抜けてきた伝説の公安捜査官であり、筒見にとっても信頼できる上司であった浜中忠一が不審の死を遂げる事件が発生。
 ここに、かつての精鋭スパイハンター、外事二課四係が再び集う!
 孫と会うことだけが楽しみの好々爺、がんを患い干からびたミイラ、粗暴極まりない武闘派ヤクザなどになってしまった面々は、劉剣との暗闘を制し、警察組織の深部にまで巣食ったモグラを引きずり出すことができるのでしょうか・・・


 

 
 
 
 
 
 
 

「百年文庫 灰」中島敦・石川淳・島尾敏雄

 百年文庫の第35作目・テーマは『灰』。グレイ。
 3篇の作品の著者の顔ぶれは、なかなかけっこう、渋い重鎮を揃えたって感じですかね。
 グレーってのは、当たり前ですが、黒でも白でもないんですけど、それに意味があるんですよ。
 黒でも白でもない、ということが灰色の存在感なんですね。
 色彩がない、ということでもあります。白というのは、色彩がないということにはなりません。
 一作目の中島敦の作品の意味するところの「灰」は、そういう意味でしょう。
 引きこもりを色にすると、グレーであって、まっさらな白でもアクの強い黒でもないんです。
 二作目の石川淳の場合は、「灰」の意味するところは空襲、戦争ということであり、それによって灰燼に帰した物質、ということでもあるかと思います。個人的には、この作品が一番好きかな、3つの中では。
 三作目、特攻艇「震洋」の元隊長だった島尾敏雄の場合は、まあ、作品自体が自身の終戦体験をモチーフにしているのですが、特攻待機で駐留していた島の軍用道路、アスファルトの色を「灰」で示しているのかと思います。
 関係ありませんが、ちょっとびっくりしたのは、日本軍が道路を舗装していたことですね。
 そんな技術と物質があったんだ。なんでも、御影石をこまかく砕いてタールをまぶしたアスファルトまがいの道路、らしいです。

「かめれおん日記」中島敦(1909~1942)
 学校で博物の教師をしている主人公は、生徒から、船員の親戚がカイロから持って帰ったというカメレオンを渡される。蜥蜴よりずっと立体的な生物で、龍に似た小さな怪物。この生物をどう扱おうか? 寒い日本では長く生きられまい。他の教員と相談し、いったん学校で飼育することに決まったが、主人公はひとりで飼ってみようと決めた。
 主人公は、教師をしているが、慢性的なぜん息持ちで、精神的な引きこもりである。
 功利主義は欠如し、物事を一連の流れとして理解する能力がなく、一切の努力を放棄した厭世家だ。
 すべての概念が灰色(現実生活に色彩がない)で、希望を持って闘うということがなく、諦めの人生を送っている。
 カメレオンは、わずか5日で、動物園に引き取られる。
 「死」の気配が濃厚な作品。主人公が何を言いたかったというと、「死」ではありませんか。
 著者の中島敦は、その通り33歳の若さでこの世を去っています。
 この作品は、彼が教員生活をしていた27歳のときのものです。


「明日珠」石川淳(1899~1987)
 戦時中、貧寒の身で一人暮らしの主人公。貧乏作家。おそらく中年かと思われる。
 配給の酒を舐めた正月。初詣に参ったが、心願の筋は「一日も早く自転車に乗れるようになりたい」だった。
 なぜかというと、親友の紹介してくれた会社を、自転車に乗れないばかりに不採用になったのである。
 早速元日から、自転車屋の娘に指南役になってもらって、中古自転車で特訓を始めた。
 ところが、元来が不器用であり、乗ることより落ちることに忙しい。近所の子供に笑われながら、ようやく慣れてきたときは、3月になっていた。空襲に見舞われた日、初めての遠乗りに出かけるが、全身が灰で覆われてしまう。
 作中、詩人の老紳士のモデルは、永井荷風とのことです。
 灰=戦争=灰燼。どれだけ大事にしていたものでも、いつなくなるともしれません。
 個人的には、貧寒の身で正月配給の酒を舐めながら、自転車の練習をする主人公の面白さが好きですね。


「アスファルトと蜘蛛の子ら」島尾敏雄(1917~1986)
 舞台はおそらく、作者が戦時中に特攻艇「震洋」の隊長として駐留していた奄美諸島加計呂麻島。
 何者かの告知によって、敗戦の日を予知することができた主人公は、それに関する機密問題か、その他の理由によって降伏の前日に、憲兵に拷問されます。
 妙な薬を飲まされ、気づいてみると、終戦当日の朝。
 アスファルトまがいの軍用道路を、フラフラしながら自分の部隊に帰ろうとする主人公の目の前に、米軍の上陸に怯える島民、構築した陣地にひそむ陸戦隊、女を連れた脱走兵、風で飛んできた蜘蛛の子の群などが現れる。
 そして、敗戦という、断層を超えて次元の異なる瞬間が訪れるのですが・・・
 おやじと陰で呼ばれる老け顔で引っ込み思案の学生が、独立特攻艇戦隊の隊長になって部下を率い、死を決意するまでの軌跡を描いた、戦争文学の名著「魚雷艇学生」(カテゴリー戦記小説・戦争文学参照)の島尾敏雄。
 この作品がある程度事実ならば、「魚雷艇学生」の後日譚ということになりますね。
 ただし、巻末の解説の魚雷艇の特攻隊長という言い方は間違っており、正しくは特攻モーターボート「震洋」の隊長です。魚雷艇というのは、英語でいうところのPTボートと同種であって、特攻兵器ではありません。
 アメリカの小さな高速魚雷艇に日本軍の艦艇がどんどんやられだして、こっちも急いで魚雷艇乗組員の養成など整備にかかったのですが、搭載するはずのメルセデス製エンジンの日本での生産が無理だったこともあり、大量生産とはなりませんでした。島尾敏雄は、当初は魚雷艇専修の学生でしたが、爆薬を搭載した特攻艇「震洋」のほうへ回されたのです。



 
 
 
 
 
 
 
 
 
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