「ツナグ」辻村深月

 生者と死者の一期一会の再会を描いたファンタジックミステリー連作小説5篇。
 早朝5時半、第二級活字中毒者、号泣。 (>_<)
 4作目の「待ち人の心得」という、プロポーズした直後に失踪した恋人と、7年間彼女をずっと忘れられずにいた彼氏の一度だけの再会の物語なんですが、これが相当ツボにはまってしまいました。
 切なすぎる(TдT)
 昼休みに思い出してまた泣き、夕方に読み返していてまた涙が出てきたので、これ以上読み込むのはムリでしたね。
 これだけショッキングだったのは、ベタですが映画の「セカチュウ」とアニメの「時をかける少女」以来でしょうか。
 本書の映画版では私が泣かされた日向キラリの役を桐谷美玲がやっているそうですが、違うと思うなあ。
 もっとこう、田舎っぽい垢抜けていない女の子ですよ、キラリは。それこそ女優の顔ではありません。
 だから泣けたんです。
 彼氏(土谷)は、彼女(キラリ)が裏切ったのだとしても、騙されていたのだとしても、どこかで今も生きていて欲しかった。
 彼女(キラリ)は、自分の死を知らず、今も自分を愛して待ち続ける恋人に会えば、今度こそ彼の中で、彼女は死んだことになる。
 ふたりとも悩み、苦しみました。それでも、ふたりは会ったのです。
 先に進むために・・・もう一回だけ好きだったあの人と逢うために・・・
 最後、消える前に「大好き」って言ったんですよ。あそこがツボで早朝から読んでいましたが号泣してしまいました。
 仕事ができないかと思いましたね。
 別れを言えないままに永遠に離れてしまうことって、とても辛いことなんです。心が止まってしまうんです。
 このふたりは2年間付き合うっていうか同棲していたわけですが、そのまま結婚していればひょっとしたら、喧嘩別れしていたかもしれません。しかし、恋人たちの物語はそうやって良くも悪くも完結していくのが筋であって、この話みたいに、いや現実でもよくあるんですが、言いたいことが言えないまま突発的に離れてしまったりすると、忘れられずに想いが留まってしまう場合があります。
 私もこんな切ないのではないですが似たような経験があるので、これほどツボだったのかもしれません。
 なぜか柴咲コウの「逢いたい~と、思う気持ちが♪」の歌が頭でリフレインしたのは謎です。

 さて、こればかりではなく本書の説明を少ししておかなくてはいけませんね。
 ツナグ=「使者」のことです。
 この使者は何をするとかというと、死んだ人間と生きた人間を会わせる窓口を務めます。
 生きた人間から依頼を受け、物理的には会うことが不可能になった、死者に会うために交渉してくれます。
 恐山のイタコではありません。会うことになれば、死者の用意した面会の場で、死者は実体を持つことが許され、生きた人間は現れた死者を目で見て触れることができます。
 ただし、死者の側は会うか会わないかを選ぶことができます。
 また、生者も死者も境を超えて会えるのは一度だけです。誰かに一度会えば、もう誰にも会うことができません。
 このへん、いかにもな話なんですが、ラストの章で一本筋の通った説明がされています。
 詳しくは書きませんが、死者に魂はない、という結論であると思いました。
 この世に残る記憶や未練の集合体なんですね。だから死んでいた時間の記憶がないように見えるし、消えるんです。
 これがけっこう良かったと思いますね。ファンタジーのなかにもルール有り、とでもいますか。
 で、5篇の連作中ずっと登場する「使者」が、高校2年生男子の渋谷歩美。
 物語が進むにつれてだんだんと彼の正体が明らかになり、最後の章では彼が使者になった理由が明かされます。

 第1章が「アイドルの心得」突然死したタレントと、彼女に会いたいファンの物語。
 第2章は「長男の心得」。2年前に死んだ母親に会いたい、田舎の工務店社長のお話。
 第3章は「親友の心得」。これはちょっと凄いというか黒いストーリー。高2の親友同士が演劇部の主役決めで仲がこじれ、ひとりが死んでしまいます。残ったひとりは死んだ友達に会うのですが、とんでもないことが起こってしまいます。
 ちなみに、この2人は歩美と同じ高校の同級生です。
 第4章は、私絶賛の「待ち人の心得」。
 そして最終章「使者の心得」で、歩美側からの視点によりこれまでの話の舞台裏などが明かされます。
 どうして病院の中庭で使者と依頼人が会っていたのか、電話を受けていたおばあさんは誰だったのかなどがわかるわけです。
 まあ、最終章は特別だから別として、それぞれの面白さでは
 「待ち人」>>>>>「親友」>>>「長男」>「アイドル」かな。後になるほど面白いということで。
 続編はムリでしょうが「待ち人」の違う話が読みたいですね。
 それとも、これで終わりだからこそ余韻が残って面白いのかな。
 死者に会うのも同じことかもしれませんね・・・大切なことは前を向いて自分が幸せに生きていくことでしょうが、余韻もまた大事なんです。


 
 
 
 
 
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「悪役レスラーのやさしい素顔」ミスター高橋

 レスラー専用の移動バスの前で、無謀にも“狂虎”タイガー・ジェット・シンに近づいて握手を求めたファンがいた。
 必然的に(?)、ファンはシンに蹴り倒され、恐怖のまあり悲鳴を上げて逃げていった。
 バスが出発した後、しばらくは無口になっていたシンがふと私に顔を向けた。
 「ピーター(高橋)、さっきの彼、怪我はしなかっただろうな?」
 「大丈夫だよ。蹴った足が当たる前によろけて転んだだけだから。怪我をしていたら走って逃げられないだろ」
 「そうだよな・・・」
 本当は「いつも観ていてくれて、ありがとう」と言いたくても言えない辛さ。
 プロレスを面白く見せる大切な役割を担っているのに、嫌われ役に徹しなければならない。リングの外であっても・・・
 外国人ヒール(悪役)。ひとたびリングを下りれば、実はその多くが人情味あふれる気のいい男たちだったという。

 著者は、“金曜8時”新日本プロレス黄金期のリングを支えたレフェリー・ミスター高橋。
 どれくらいの方が覚えてるでしょうかね、あるいは知らない方も多いでしょう。
 あの固太りした体型と、角刈りみたいな頭の丸い顔、そして融通の利かないレフェリング等、私はよく覚えています。
 激昂した外人レスラーにロープに振られてラリアートみたいなの食らって、吹っ飛んでたときもありましたよね。
 ああ、高橋死んだなと思えた時もあった気がします。
 しかし、あの時は体格のいいレスラーたちに挟まれていたので気が付きませんでしたが、この方、ベンチプレス180キログラム挙げるような、凄いかたなんですよ、実は。元プロレスラーですしね。
 そして本書を読むまでまったく思いもしなかったのですが、試合のマッチメイクもしていたんですね。
 たとえば、アンドレ・ザ・ジャイアントとスタン・ハンセンがタイトルマッチを行うにあたって、高橋を含めた3人で話をし、最初は両者リングアウトで引き分け、それから急遽延長戦をすればファンは盛り上がるだろう、なんてことを相談していたわけです。
 ただの山本小鉄の部下みたいな下っ端のレフェリーじゃなかったんですね、びっくり。
 そして彼は新日本プロレスと契約した外国人選手の世話係もしていました。
 1シーズンにだいたい8~9人の外国人選手と契約したそうですが、その数、25年間で約1000人にのぼるとか。
 アンドレ・ザ・ジャイアント、スタン・ハンセン、ハルク・ホーガン、タイガー・ジェット・シン、アブドーラ・ザ・ブッチャー・・・
 北は北海道から南は沖縄まで、全国津々浦々の興業において常に高橋は外国人選手の傍らにいました。
 そんな彼だからこそ知り得た、外国人悪役レスラーたちのやさしい素顔。
 もちろん、ブルーザー・ブロディみたいに自己主張が強すぎて不平不満ばかり言っていたとここで書かれているレスラーもいますが、押しなべてたくさんのリングの外の素のエピソードが、「今だからこそ話せる」的に暴露されています。
 笑顔でポーズをとる悪役たちの写真も実に豊富に掲載されていて、驚きました。
 約半数のレスラーの名前は私は知りませんでしたが、それでも大変面白く読むことができました。
 プロレスファンに限らず、日本昭和興行史として読んでも価値のある一冊だったと思います。

 まあ、読んでみて紹介したいことがたくさん見つかる本なのですが、中でも面白かったのがひとつありました。
 1983年6月2日の第1回IWGP王者決定戦。アントニオ猪木対ハルク・ホーガンの世紀の一戦の真相です。
 この試合、リング外から戻ろうとした猪木をハルク・ホーガンが必殺のアックスボンバーで再び場外に叩き落とすと、吹っ飛んだ猪木が舌を出して失神するという想定外なアクシデントが起こり、ハルク・ホーガンのKO勝ちという結果になりました。
 テレビを観ていた誰もが、あまりの結末に凍りついた一戦です。
 実はこれ、本書に詳細が書かれていましたが、筋書きでは猪木の勝ちになっていました。
 レフェリーの高橋もそれに沿って動いており、もちろんハルク・ホーガンもそのつもりでしたから、あまりの突発的なアクシデントに高橋もどうしていいか頭が真っ白になり、ハルク・ホーガンも「猪木は大丈夫か? 怪我をさせてしまったのではないか・・・」と勝ったくせに喜ぶ素振りはまったく見られず、青くなっていたそうです。
 そして、ここに衝撃の事実が・・・
 あれはアントニオ猪木が観衆を、そして高橋やハルク・ホーガンを、さらに新日本プロレス関係者さえ騙した演技だったというのです。猪木がたまにやったという、究極の自作自演だったそうで・・・本当にびっくりしましたわ。
 プロレスはなるほど結論が決まっているのですが、実際のアングル(台本)作りにおいては想定外のトラブルやアクシデントも多く、一部のファンが「どうせ八百長だし」と思うほど単純ではないそうですよ。
 人間のやることですからね。外国人選手でもタッグを組んでいるのに、リング外ではいっさい会話をしないほど仲が悪いとか、偉そうなのをホテルでリンチとか、マジの喧嘩とか、いろいろあったそうです。
 そんな意味で、本書は飽きないですね。私は特別プロレス好きではないですけども。

 しかしまあ、本書を読んでもうひとつ気づいた重大な点があります。
 ここで紹介されているレスラーのほとんどが、若くして亡くなっているということ。
 多くが心臓発作などの急死です。
 これはたぶん、現在よりも野放図だったステロイド剤などの筋肉増強剤の乱用が原因ではなかろうかと思うのですが・・・
 もっとも新日本プロレスを盛り上げた最凶の悪役のひとりである、タイガー・ジェット・シンなんかは初めて日本に来たときにきちんと背広に身を包み「初めまして、私がタイガー・ジェット・シンです」と名刺を配ったというくらいですから、自分の人生が大事にできたのでしょう、今も元気で生きていらっしゃるそうです。


 
 
 
 
 
 
 

「捏造の科学者 STAP細胞事件」須田桃子

 2014年、日本国中を騒がせた「STAP細胞はあります(´・ω・`)」事件の真相を追求した科学ノンフィクション。
 著者は毎日新聞東京科学環境部記者・須田桃子氏。
 専門は物理学みたいですが、生命科学に対する造詣も深く、事件の舞台となったCDB(理研発生・再生科学総合研究センター)や各種機関の研究者からの信頼も篤いように感じられました。
 亡くなられた笹井元CDB副センター長や丹羽プロジェクトリーダーとのメールのやりとりも載せられていましたね。
 著者が本書執筆の打診を受けたのが2014年7月だったそうで、あとがきの時点で11月ですから、よく事件をおさらいして書く時間があったなと思います。だいたい、著者が理研から重大な記者会見を行う連絡を受けたのが、1月末のことですからね。
 で、会見後瞬く間に日本国内がパッと小保方フィーバーで舞い上がりましたよね。
 ところが2週間後にはネット上で疑義が持ち上がり、やおら暗雲がたちこめて、2月にはCDB内で調査が始まりました。
 で、わずか発表から5ヶ月後には英科学誌ネイチャーに掲載されるはずだった論文を撤回。
 8月には小保方さんをリードして論文を形にした共著者の笹井芳樹副センター長が自殺しました。メガネの人ね。
 結局、丹羽プロジェクトリーダー(パーマの人)が検証を行ったSTAP再現実験でも成果は上がらなかったようで、今の時点ではSTAP細胞は存在しなかった、小保方さんの実験に不正があり論文は捏造されていたということになっています。
 いったいどうゆうことなんでしょうか。
 本書を読んで納得した部分もあり、著者もおそらくそうでしょうが、いまだ解けない謎も残っていると思います。
 納得90%?10%くらいの割合ですかね。
 私と造りがだいぶ異なる科学者という人種だから理解し得ない、という部分もあるでしょう、無論。
 まあ、今凝って読んでいる旧石器捏造事件のスクープも毎日でしたし、取ってないけど学術関連は毎日やるなあということで。

 さて、肝心のSTAP細胞とは何だったのでしょうか。
 私、フィーバーの最中は小保方さんの鼻の穴ばかり見ており、STAPなんちゃらのことはまったく知りませんでした。
 今でもよくわからないんですけどね\(^o^)/
 要は、STAP現象とは、分化した(例えば骨や臓器になってしまった)体の細胞が刺激を与える(酸にさらす)ことによって初期化し、ES細胞やiPS細胞のように体のあらゆる細胞に分化する能力を持つ万能細胞に変化するということのようです。
 乱暴に言えば、もう胃になっていたのに、またリプログラミングして眼球にできるということです。
 つまり、ちょっと違うかもしれませんが、若返りでもありますな。不老不死にも繋がるような気がします。
 で、STAP細胞の場合は胎児だけでなく胎盤にもなるのが特徴であり、さらにiPS細胞と比べてガン化の危険性が低いということを強調して、かの発表会見は行われました。
 2006年山中伸弥京都大学教授が発表した世紀の発見iPS細胞に対する優位性を示したわけです。
 組織としての対抗意識ですな。実を言えば、すべてここにこの事件の原因はあったように思います。
 もちろん、小保方さんを実験ノートの書き方も教えないまま博士にしてしまった早稲田大学の責任は大きいでしょうが、CDBという成果主義(これはいいこと)の優秀な組織が、異例の極秘主義で研究を推し進め、なし崩し的に衝撃的な実は爆弾の研究発表を強行してしまったのは、一も二もなく予算を獲得するためです。
 京都大学iPS細胞研究所でしたか、その存在のために、神戸のCDBの影は薄くなっていました。
 笹井さんは予算獲得の仕事もしましたから、禁断の毒キノコを食らってしまったのだと思われます。
 理研が国が指定する特定国立研究開発法人を狙っていたことも、大きく影響しているでしょうね。
 だいたいね、この論文、ネイチャーに採用が決まるまでに3回も科学誌の掲載を却下されていたって知ってました?
 山梨大学の若山照彦教授は元CDBのチームリーダーであり、小保方さんは2011年4月から2013年2月までCDB若山研究室の客員研究員として、STAPを研究し、同じような論文を科学誌に送りつけていたのです。
 しかしずっと却下されていました。それを形あるものにしてネイチャーに通用するまでにまとめあげたのが、再生医療研究のトップサイエンティストである笹井さんだったわけですね。これは金になると目をつけたわけです。私欲じゃありませんよ、CDBという組織の予算獲得のためです。もちろん笹井さんは論文で扱われている画像やデータの捏造を知らなかったわけですけど。
 どうして有名な科学者が後見に控えていたのに、捏造に気が付かなかったか?
 それは笹井、若山、丹羽という日本を代表する科学者、それにまあ、ハーバード大のバカンティ教授の存在もあったでしょうが、有名な人が後見にいるために互いに信じてしまった、遠慮してしまった、確認をおざなりにしてしまったということなんでしょう。
 このことはネイチャーに掲載されたことにも関係があります。笹井という後見のビッグネームの存在のせいです。
 本書を読むまで、私は笹井さんのほうが検証の丹羽さんより立場が上だったことを知りませんでした。
 だからといって死んでしまいましたが、壮大な落とし穴にハマった笹井さんの責任は大きいわけですけども。

 一番、私があ然としたのは、STAP現象の検証をしていた丹羽さんが、細胞をさらす酸性の溶液が論文の通りだとその濃度にならないと言っていたことでしょうか。
 これ、どういうことだと思います?
 小保方さん、実験そのものをしていなかったんじゃないでしょうか。
 私には、STAP細胞という結果から逆算して過程を紐解いたからこそ、画像の切り貼りやデータの捏造ができたと思うのです。
 実験は必要なかったのですね。
 実に怖ろしいことだと思いました。




 
 
 
 
 

 
 
 
 

「秋の牢獄」恒川光太郎

 「夜市」を読んで遅ればせながら恒川光太郎の才能に関心を持ち、本作を読んでみました。
 中編小説が3篇収められた幻想怪奇小説集。著者の作歴では三作目の単行本になります。
 期待をまったくはずさない出来。
 面白い、の一言。
 この方の作風、どことなく他の作家の影響も感じられるのですが、やはりひと味違います。
 たとえば表題作の「秋の牢獄」は、主人公が同じ一日を繰り返す時間反復タイムスリップものなのですが、どちらかというと小説のネタとしてありふれていますよね。読みながら、これをどうしていくのだろうと興味津々でしたが、やはり恒川光太郎らしいところにオチていきました。他の作家ではこうはいきません。オリジナリティがあるということです。
 そのオリジナリティとは何であるのか、ちょっと考えてみましたが、SFではないということが第一点ですね。
 サイエンス・フィクションではなくて、オカルト(妖怪ぽいもの)を加味するところにこの方のセンスがあります。
 東野圭吾や乾くるみのSFミステリーには、オカルト(妖怪ぽいもの)はありません。
 たとえるなら「秋の牢獄」では北原伯爵。「神家没落」ではマヨイガ、「幻は夜に成長する」ではクーピーの中にいたもの。
 これら異界のモノたちが、恒川作品の底流であるかと思うのですが、どうでしょうか。
 それによって読者は、煙に巻かれるということもあるし、その世界の価値観に染められてしまうのですね。

「秋の牢獄」
 11月7日。雨の朝。大学生の藍は学校に行き、学食のテーブルで友達の由利江と話をし、いつもと変わりない日を過ごした。そして彼女はこの同じ一日を何百回も繰り返すことになる。永遠に11月8日がやってこないのだ。
 時間反復現象、一日だけのタイムスリップ。
 25回目か6回目の11月7日、藍に転機が訪れる。同じリプレイヤーの青年が現れたのだ。50回目の11月7日を過ごしているという彼に連れられて行った噴水前の広場には、藍と同じように11月7日を繰り返すリプレイヤーたちが集まっていた。
 中には500回リプレイして長老と呼ばれる人もいた。妻とその浮気相手を何十回も殺した男もいたし、夢を叶えて東名高速でパトカーとカーチェイスして死亡事故を起こした人もいた。人を殺しても自分が死んでも朝になれば同じ日がやってくる・・・
 イレギュラーが起こるのは、リプレイヤーたちが北原伯爵と呼んでいる超自然的な浮遊物体に取り込まれたときである。
 仲間たちは、北原伯爵に飲まれて一人また一人と消えていく。果たしてその先に11月8日はあるのだろうか・・・

「神家没落」
 ある春の夜。友人の家で酒を飲んだ帰り道、少し遠回りして近所の公園に寄った私は、そこで不思議な光景を目にする。
 月光が一軒の民家を照らしていた。その民家は藁葺き屋根で縁側があり、文化財のような家である。垣根をくぐって私は入ってみた。すると、翁の面を被った老人が現れ、私のことを待っていたという。翁は、数百年も前から秘密裏に村で代々守ってきた神域の家守で、交代でくる次期継承者がやってこないまま寿命を超えて歳を重ねてしまったというのだ。
 まったく話が噛み合わないまま、私は目前で崩れ落ちるように消え去った翁の代わりに家守となった。
 この家は、数日おきに規則正しく日本国内を漂流する迷い家だった。家守は敷地を超えて家を離れられない。だが、家守の役割を交代する人が訪れれば解放される。代わりを見つけるために、私は家に「カフェ・ワラブキ OPEN」と札を貼り、日本中を漂流し、物好きな客がやってくることを待った。そして、半年後。海の近くで真面目そうなメガネの中年男性を引き込み、事情を慌ただしく話したきり彼を置いて逃げたのである。しかし、私の予想もしなかったことが明らかになる。家守を代わった彼は、殺人鬼だったのだ。

「幻は夜に成長する」
 小6のリオは、海で奇妙なおばあさんに誘拐され、祖母と思い込んだ彼女と4ヶ月間何の疑問もなく一緒に森の家で暮らし、幻術というべき不思議な力を継承した。
 森の家はリオが町の子どもに連れ出されいる間に火事になり、おばあさんもいなくなった彼女は警察に保護され、4ヶ月ぶりに両親と再会してはじめて、誘拐されるまでの記憶が戻った。それまで親の顔も学校のこともすべて忘れていた。
 しかし彼女のなかに不思議な力は宿ったままであり、やがてそのパワーはレベルを上げていく。
 森の家の火事が新聞に載るような事件であったことも知った。火を付けたのはおばあさんに逆恨みした町の中学生であり、彼らは一晩でリオも顔を知っている35歳の無職男性に連続殺傷されていた。
 東京に出て力を隠し働くようになったリオは、普通の彼氏も出来た。
 しかし、彼女の不思議な力を利用しようとする新興教団によってリオは目をつけられ、客の地獄を受け取る代わりにその手を握り光と自由を渡す生き神様として囚われの身となる。

 表題作の「秋の牢獄」の雰囲気そのままに、あとの2作もテーマは「牢獄」でしたね。
 時間と、マヨイガ(場所)と、リオ(己の力)に囚われてしまった、3人の主人公たち。
 マヨイガの私は抜けだしたところで終っていますが、あとの2件はどうなったのでしょうか。
 私の勘では、北原伯爵に取り込まれた藍は、11月8日に行けたと思います。
 リオは、眉毛のおじさんを軽くひねり殺して、もはや誰も手がつけられない妖魔として夜のとばりに降りたと思われますが、彼女の場合は己の力からは逃れ得なかったであろうと思います。


 

 
 

「伊号三八潜水艦」花井文一

 昭和18年1月に竣工し、南方方面の潜水艦輸送任務成功23回を数える殊勲艦・伊38潜の戦記。
 著者は操舵員の水兵・花井文一氏。
 本書は伊38潜が昭和18年5月8日出撃後、著者が非番の折に書き溜めた1年間の日記を下敷きにしたものです。
 敵制空権内での危険な潜水艦輸送任務、迫り来る敵魚雷艇、そして私は知らなかったのですが、運荷筒という潜水艦からワイヤーで牽引した物質輸送カプセルみたいなものの実験記録と輸送成功記録が載せられており、珍しいかと思います。

 伊38潜は、昭和18年1月竣工。標準2584トン、水偵1機搭載の大型潜水艦です。
 最高速水上23.6ノット、水中8ノット。魚雷発射管は前部4門のみ、12センチ砲1門、25ミリ機銃2基装備。
 艦長安久栄太郎中佐以下乗員98名。
 著者は戦艦日向乗組み後、海軍潜水学校呉分校を経て、昭和18年3月竣工して猛訓練中の伊38潜に乗艦。
 職務は操舵員(潜水艦は水上艦のような縦舵の他に魚の尾びれの役割をする潜舵と横舵がある)ですが、潜水艦乗員は複数の役割をこなすのが当たり前であり、著者の場合は砲戦時は弾込め要員、水偵発進時は右翼組み立て要員でした。
 昭和18年5月8日に呉を出撃した伊38は、南方に航路をとり、トラック島で水偵を下ろした後一路ラバウルを目指します。
 水偵を下ろしたということは、ハナから輸送専用に使おうと上層部は思っていたのでしょう。
 ソロモン群島での戦闘は劣勢が顕著となり、敵中に孤立した味方軍への補給は潜水艦をもってするよりありませんでした。
 本来潜水艦の任務は偵察及び通商破壊であり、仕方ないとはいえまさか輸送艦に役割を果たすとは・・・
 しかし、これもまた戦争なのです。
 伊38には魚雷発射管が4門ありますが、1門ずつ1本だけ必殺の魚雷を搭載し、ギリギリまで医薬品や米、生活物質を詰め込み、敵航空機や魚雷艇の厳重な警戒をかいくぐって孤立無縁の死闘が続く味方陸上軍への決死の補給を行います。
 半日がかりで詰め込んだ物質を、1時間おきに敵機がやってくるので1時間内で迎えの大発に荷揚げしなくてはなりません。
 ある意味、戦艦や空母を雷撃することよりもその行為は崇高でさえあります。
 この頃はソロモン諸島だけではなくラバウルの膝元であるニューギニアまでも連合軍の攻勢にさらされていましたから、伊38による輸送はブインやコロンバンガラから、近所ともいえるスルミやラエにまで及びました。
 それほどまでに、海上や陸上での輸送は危険だったのです。
 そこで考えだされたのでしょう、運荷筒なる物体。
 これは潜水艦の半分ほどの大きさのカプセルであり、中には食糧や弾薬など潜水艦に積載する場合の5~7倍の物質を搭載することができます。それを潜水艦が曳航して目的地まで行くのです。
 伊38はラバウル港外で輸送任務の合間に、ひたすらこの運荷筒の実験を繰り返しました。
 しかし潜航のスピードと水上のスピードが違うので、潜航の調整が非常に難しいのです。
 水上航行のときは運荷筒が沈みすぎてしまうし、水中航行のときは運荷筒は浮き上がってしまうのです。
 結局、昭和18年12月7日、伊38潜22回目の輸送任務において運荷筒曳航は実施され、スルミへ無事送り届けることに成功しました。ちなみに伊38潜最後となる23回目の輸送においてもニューギニアへ運荷筒は使用され、成功したそうです。
 
 昭和19年1月呉に帰投するまで、伊38は23回の輸送を成功させ、総計753トンの物質補給を完遂しました。
 航空機や魚雷艇に攻撃されながらこれだけの働きは誠に殊勲であり、天皇陛下直々の拝謁も賜ったそうです。
 名艦長のほまれ高い安久艦長は艦を去り、11月に二等兵曹に任官したばかりの著者もまた、海軍航海学校運用術高等科練習生となって伊38を退艦しました。
 この後、著者は終戦まで海防艦に乗ることになります。
 大佐になった安久艦長は第33潜水隊司令として呂64潜に乗組み訓練中、投下機雷に接触して戦死。
 伊38潜は昭和19年11月5日、比島東方海面にて行動中、敵発見を報告して消息を絶ちました。


 

 
 
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