「ストールン・チャイルド」緒川怜

 うーん、どうかなあ。
 ちょっとズボラ(主人公の刑事と犯人の出会いなど)なところがありますけど、作りは真面目なミステリー。
 2時間サスペンスドラマ風。
 他が複雑すぎるので、逆にあまり目につきませんが、主人公と犯人の出会いは奇跡的であり、どうやって真犯人がそれを仕組んだのかずっと気になっていましたが、結局、世にも不思議な偶然の一致だったということで・・・
 まあ、それは別にいいんですよ、本書でもシンクロニシティーがカギとして触れられていますし、偶然の一致があったからこそ事件というのは起きる場合があるのですから。ですからまあいいでしょ。
 一番の問題は、話が多岐にわたるのでややこしいこと。
 導入はね、これ平成9年に実際に起きた保土ヶ谷事件と呼ばれているものです。
 交通事故を起こして路上の車内で人事不省に陥っていた男性が、警察から酒酔いだと思われてほっとかれて死んだという。
 その事実を隠すために警察は、監察医を抱き込んでしてもいない司法解剖をやったことにしたり、次々と嘘を塗り重ねて失態の真相を隠そうとしました。本作に書かれている通り、実は死んだ男性は警察署の留置場で死んだという話もあります。
 怖い話ですよ。
 いっそのこと、「保土ヶ谷事件」を導入に使うだけではなく、これで全体を作ったら良かったのに。
 そうしたら、話のわかるキャリアの刑事部長も存在が活きただろうし(途中からまったく存在感がなくなった)、神奈川県警と警視庁は仲が良くないですから、それを使って警察組織内の仁義なき戦いを加味したミステリーにしてもよかったんじゃないでしょうか。
 本作を通じて一番引き込まれたのは、人質立てこもり事件です。
 あそこが一番迫力がありましたし、あそこに至る経過と前後が本作では唯一秀逸と言える場面でした。
 ですから、作者が他にどのような作品を書いていらっしゃるのか、私は不勉強なのですが(つまり本作初見)、ああいったアクション込の警察サスペンスを書かれるのであれば、また読んでみたいと思います。
 強引にネタを貼り継いだり繋げたりする“無理やり”ミステリーはもういいかと。
 書いている作者は理解できるでしょうが、読む方は大変です。二度盗まれたといってもね・・・
 ただ、本人が思っていた本人ではなかった、というオチだけは新鮮でした。
 なるほど、あり得るんだよね~、産婦人科で赤ちゃんが盗まれる事件は昔、ありましたから。それを二度、にするからややこしくなるのです。

 まあ、別にいいのですがひょっとしたら続編の可能性もあるので、申し訳程度にあらすじ。
 外岡渉は、神奈川県警本部捜査一課で、コールドケース(未解決事件)を担当する特命二係の刑事。
 結婚して10年になる妻を、暴走事故の巻き添えで失ったばかり。
 妻との最後の会話は、苛立った外岡の一方的な暴言だった。それが深い後悔となって彼を苛んでいる。
 仕事にならないので係長から休暇をもらって、朝から酒を飲んでいた、そんなとき。
 顔なじみの蕎麦屋の主人が、ぜひに話を聞いてくれとやって来た。
 去年車中で急死を遂げた主人の父親の件で、不可解な事実が判明したというのだ。
 警察の見解では、父親は深夜の路上の車の中で心筋梗塞を起こして突然死したということになっていたが、最近知人がその模様を目撃していたことが明らかになり、突き詰めていくと、死因の判断がなされた司法解剖は実は行われていないことが判明したという。
 父を発見した地域課の警官は、車中で意識を半ば無くしている父親を酒に酔っていると勘違いして救急車を呼ばなかった。ばかりか、実は管内の保土ヶ谷警察署に連れ帰り、翌朝、留置場内で冷たくなっているのを発見したのだった。
 失態を隠そうとした保土ケ谷署は、署長によるトップ判断で司法解剖が行われたことにして、父親の遺体を車に戻し、車中での急死を偽造したのであった。
 同じ警察官として憤りを感じた外岡は、この事件の真相追求に乗り出す。
 するとさらに殺人事件の疑いが濃厚になったばかりか、この“事件”には1976年混迷のアルゼンチンを発端とする驚くべき事実が隠されていることに気づくのである・・・

 わかりにくいところですが、凛々子がなぜ自分が池永夫妻がアルゼンチンから奪ってきた子供だったと勘違いしたかというと、彼女は池永夫妻が咲子を奪われた事件の前後の鳥取の事件の存在を知らなかったためです。

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「会長はなぜ自殺したか」読売新聞社会部

 1997年6月29日。
 第一勧業銀行元会長の宮崎邦次氏が、自宅の書斎で首を吊って自殺した。
 野村證券による総会屋への利益供与事件に端を発した、東京地検特捜部による、第一勧業銀行への徹底的な捜査の渦中の出来事であった。
 この日は、1988年に宮崎元会長が第一勧銀の頭取に就任した日にあたっていた。
 第一勧銀では、相談役5人と会長、正副頭取、専務、常務、取締役ら計26人が自行の存続を憂う中堅若手幹部たちによって“粛清”され、前会長奥田正司以下、現旧合わせて11人の幹部が商法違反(利益供与)で起訴された。
 世にこれを第一勧銀事件と云う。

 この事件もすっかり風化しましたねえ。覚えてますでしょうか。
 東京地検特捜部の強制捜査は、野村證券に始まって第一勧銀に飛び火して大発火、さらに大蔵省や日銀まで延焼し、しまいには当時衆議院議員の新井将敬の自殺に至って、やっと自然鎮火しました。
 ノーパンしゃぶしゃぶ、と聞けば思い出す方もおられることでしょう。大蔵省の役員に対する過剰接待の件ですね。
 自殺したのは宮崎会長や新井議員だけでなく、大蔵省や日銀の幹部など計6人の方が沈黙したまま死を選びました。
 あまりにも酷い、民と官、そして政の癒着構造。金融呪縛列島というやつですね。
 もう、金でジャブジャブになるんですな。人間は金で腐りますな。
 私なんか生まれついての貧乏で慣れてるのもあるけど、公共料金とか引き落としのぶん以外で1日千円あれば十分だね。
 猫のタマがうんこを挟んで朝飯を2回食うという、相撲部屋の力士みたいな食生活をするので食費は高くなります。
 まあしかし、接待されるほうもする方も、その立場になってみればほとんどの方がやるでしょうね。
 大蔵省の榊原というのがこのとき捕まったでしょう、あれなんて罪の意識がまったくなかったでしょうね。
 国会議員や官僚の給料が高いとはいつの時代も言われますが、賄賂のことを考えれば、ある程度仕方ありません。
 仲良くなって便宜を図りあうのはやり過ぎは問題ですが世の習いでもある。情報戦だからね。しかし新井将敬の件は、彼だけが悪かったのではないでしょうが、ほとんどの投資家が瀕死状態になっておるのに、政治家で権力があるからといって証券会社に株で負けた損失補てんを迫るのは、ほんとクソだとは思いますがね。
 新井将敬が自殺したとき、私は外国にいましたが聞いてショックでした。テレビでよく観てましたから。
 でも株なんて負けて当たり前なのに、負けたら負けただけ補填しろとか、どんなルール無視の横紙破りだよ(笑) てめえを補填するぶんの金は名もない国民が負けた金なんだよ。死んで当然だわクソ虫と今は思いますね。勝手に死んでろ。

 で、ですね、この一連の金融事件の発端というと、総会屋の小池隆一と第一勧銀に行き着くわけです。
 小池は4大証券(山一、野村、大和、日興)の株をそれぞれ30万株保有する大株主で、経営陣に顔が利き、利益供与を迫っていました。東京地検特捜部が目をつけたのは、小池と野村証券の関係です。ところが、小池が証券株を買った金がなんと第一勧銀から出ていたことが明らかになりました。その額が凄い。直接融資だけで247億円・・・(*´Д`)
 総会屋のタニマチが、なんと預金額ナンバーワンの都市銀行。
 反社会的な人物に、なぜこれだけの巨額な不正融資が行われたのか?
 これが、宮崎会長の自殺にも繋がる、第一勧銀と闇勢力の呪縛の実態なわけですね。
 そして話は、戦後初めての都市銀行同士の合併である、第一銀行と勧業銀行が合併した1971年にまで根源は遡るのです。
 合併当時の両銀行の頭取だった井上と横田は会長になってその後ずっと隠然と影響力を保持し、行内では神様と呼ばれていました。
 しかし、この神様ふたりが怖れる人物がひとりいた。彼が会社にやってくると役員会をぬけ出すような、ね。
 その人物こそ、総会屋・小池隆一の師である、木島力也という人物なのです。正体不明の鵺。
 第一勧銀の誕生に、影の勢力として尽力したフィクサー木島力也と、その背後にある暴力装置。
 そして、何回も切るチャンスがありながら、事なかれ主義で裏社会との付き合いをズルズルと続けた第一勧銀。
 これが呪縛の正体です。
 


 
 
 

 

 
 
 

「真贋の森」松本清張

 素晴らしかったですね、久しぶりに味わいのある小説を読みました。
 これまで松本清張は「点と線」を読んだくらいで、あんまり印象はよくありませんでした。
 戦後の日本美術史界を震撼させた文化財偽造事件の顛末を描いた「永仁の壺 偽作の顛末」を読んだ時に、松本清張が序文を書いておられ、さらに事件を参考に小説を書いているという記事を読まなければ、本作の存在を知ることさえなかったかもしれません。
 本と本のリンクはこうやって繋がっていくからいいのです。
 結果的に、ひとつの事象を多角的に見ることができますし、記憶にも残りますし、想像が広がります。
 表題作である「真贋の森」は、永仁の壺事件に触発されて書かれたアーティスティックミステリーです。
 単なるエンタメではなく、アカデミックな日本美術史界の陥りやすい問題を暴き、さらに芸術そのものの真の定義にまで迫るかのような深い内容を持っていると思われます。
 何が真物で贋物かという問題を、一軸の絵から人間自身にまで昇華させたその構図もさることながら、オチも素晴らしい。
 オチについては、本作は表題作含めて5篇の作品から成っていますが、どれも秀逸だと思います。
 ラストの一行で、それまでの物語がグッと締まりますし、ガラッと雰囲気を変えてくるのです。
 そんな魔法を見る思いの作品にいくつか出会えました。
 やっぱり、松本清張はすごかったですね。昭和臭さも鼻につくことなく、いい意味でセピアでした。

「真贋の森」
 50代半ば、薄汚れた六畳一間を間借りしている宅田伊作は、かつて東大で将来を嘱望された日本美術史学究の徒であった。しかし、東大教授で戦前から美術行政のボスでもあった本浦博士に一方的な嫌忌を受け、美術史界に生きる道を断たれた。日本の学術施設で職を得ることができなかった宅田はやむなく朝鮮の博物館で嘱託をし、貧しく暮らした。やっと本浦博士が死んだときには、もう彼は学究への夢をなくしていた。日本に帰った宅田は相変わらず定職に就くことなく、かつての美術品審美眼を活かして二流美術誌に雑文を書いたり、骨董屋の口を利いたりで糊口をしのいでいた。
 ある日、馴染みの骨董屋が田能村竹田の贋物を持ってくるが、その精巧さに宅田は舌を巻くと同時にある企みを閃く。
 贋物を描いたのは酒匂鳳岳という福岡に住む貧乏絵師だった。鳳岳は、自分の画ではてんでダメだが模写にかけては見違えるような精彩を放った。宅田は福岡まで鳳岳に会いにでかけ、彼を東京に連れ帰ることに成功する。
 宅田が鳳岳にその作風を習熟させ、精巧な模写を命じたのは江戸時代の文人画家、浦上玉堂である。
 時の日本美術史界のトップは、本浦の愛弟子で宅田と同期だった岩野東大教授だった。
 天と地ほどに隔絶した宅田と岩野の学者人生。本浦もそうだったが、岩野は輪をかけて鑑識眼がなかった。
 作品に対する鑑識眼はないくせに、机上で学問を確立させてきた憎むべき日本美術史界のアカディミズム。
 鳳岳が模写した玉堂の絵を見破れる学者は日本にいない。オレを除いては・・・
 贋物を見抜けない学者を真物であると云えるのか? 宅田の復讐の念がいま、燃え上がる。

「上申書」
 本書の5篇の中ではこれが一番読みにくいですね。
 昭和10年代に起こった殺人事件の証人尋問調書を元に話が進みます。主婦が強殺され、夫が疑われているのですが、夫の供述が二転三転するのですね。なんか読んでいるうちに怖くなってくる。今では当たり前になっていますが、前時代の警察というか、取調べの怖さというものを早い内に暴露した問題作ではないでしょうか。

「剥製」
 これも得も言われぬ味がある作品。
 新聞記者の芦田は、担当になった人気作家の家で、かつて一世を風靡した美術評論家Rに出会います。
 そして、今ではすっかり人気のないRですが、担当先である作家先生からこっそりRに何か書かせてやってと頼まれるのです。
 先生の頼みならばと上司も承諾しましたが、出来上がった原稿はとても読むに耐えず・・・
 芦田は1年前、口を鳴らすとたちまち何十羽という鳥が寄ってくるという、鳥寄せの名人を取材しましたが、思わずその出来事が脳裏に浮かびました。剥製は人間。盛りを過ぎた、形骸ばかり・・・

「愛と空白の共謀」
 ここ3年、勝野章子はふた月に一度、ひとりで一週間を過ごす。会社の営業課長である夫が決まって出張するためである。しかし今回はいつもと違った。突然の凶報が舞い込んできたのである。それは、夫が京都の旅館で急病になったという電報だった。取るものも取りあえず章子が駆けつけたときには、夫はもう死んでいた。
 書院風の、古めかしい荘重な旅館だった。
 それから3年。章子は妻子ある夫の同僚と不倫をしていたが、不意に見てしまった男の利己心で破綻する。
 同時に、思わぬ偶然から3年前の夫の死の謎が解ける瞬間がやってくる。

「空白の意匠」
 これなんて、ラストの一行でガラリと風景が変わる逸品です。
 地方の小新聞で広告部長をしている植木欣作は、その日の朝、自分のところの新聞を見て頭を抱えてしまう。
 広告の大得意先である一流の製薬会社の新強壮剤を飲んだ人間が、中毒死したという事件の記事が載っていた。
 編集部の無神経さに植木は呆れる。新聞社は購読料だけでは経営できないのである。
 ご丁寧に、そこにはランキロンという薬の名前まで載せられていた。ライバル紙や全国紙には薬の名前まで載っていない。
 これは先走りではないか。案の定、広告代理店と製薬会社が大激怒したあげく、薬物事件は間違いだったことが判明する。
 植木は至急、謝罪のために東京に向かい、新聞には一面に謝罪広告を載せたが、ことは簡単には収まらない・・・


 
 
 
 

「海軍中攻決死隊」横山長秋

 著者は太平洋戦争末期の予科練搭乗員で、第一線の海軍航空隊で一人前に作戦に従事したパイロットの中では、もっとも若い世代のひとり。戦勢傾く時勢下、制空権なき戦いに夜となく昼となく出撃し、いくたびか窮地に陥り、危機一髪の思いで帰投してきた自称“悪運の強い”パイロット。特攻隊に編入されたこともあります。戦死率が一番高い世代ではなかったでしょうか。驚くべきは、高雄で少し一式陸攻の訓練をした以外は、終始旧型である九六式陸攻を操縦していたことで、連合艦隊とは指揮系統が異なる海上護衛総司令部指揮下にあった901航空隊に所属しており、船団護衛や対潜哨戒の模様を知るには格好の一冊であるかと思います。

 著者の横山長秋氏は、宮崎県高鍋出身。大正15年生まれ。
 宮崎県立工業学校在学中に、予科練を学校にも親にも無断で受験し合格。
 ここは技術者を育てるところで兵隊を育てるところではないと言い切った校長や、危険な目に合わせたくない親の反対を振りきって、甲種予科練12期生になりました。軍隊に入った生徒は学校始まって以来だったそうです。
 昭和18年4月入隊。1年6ヶ月の予科練、飛鎌、延長教育を経て昭和19年10月、中攻操縦員として館山の901空に配属。
 901空は、船団護衛、潜水艦哨戒を専門とする海上護衛総司令部の航空隊です。
 間もなく台湾に移り、潜水艦攻撃に従事するようになった著者は、その模様を詳しく説明しています。
 潜水艦探索はふつう3機の編隊で行うようです。磁気探知した機が海面上で次々と標識弾を落とし、あとの2機が上昇してから爆撃に移るのですが、九六式陸攻の大きな図体でマイナス30度ピッチの降下爆撃は迫力があって生やさしいものではなく、戦闘機乗りのようにGに慣れていない中攻乗りだと、4G以上でブラックアイ(眼水の低下により一瞬目が見えなくなる)になることがあり、速度200ノットからの機体の引き起こしも大変だったそうです。
 魔のバシー海峡で潜水艦哨戒、爆撃を経験した著者でしたが、昭和20年4月に、901空唯一となる神風特攻隊天桜隊に選抜されました。901空からも特攻隊が出ていたことを知りませんでした。
 天桜隊は九六陸攻3機、九七艦攻4機。全機雷装です。陸攻の搭乗員は26名。
 死ぬのは怖くないが、生き延びれるなら生きたい。そういう心境が吐露されてもいますが、弱音はありません。
 4月には沖縄作戦の第一線である鹿屋基地に進出。艦攻は特攻に散りましたが、なぜか陸攻は特攻解除されました。
 理由は書かれていませんが、この戦線での索敵、輸送任務に陸攻が必要となったのではないでしょうか。
 特攻はなくなったとはいえ、901空から分派して派遣された著者らは801空攻撃703飛行隊に配属され、沖縄作戦末期の第一線で孤島に取り残された陸軍への輸送と負傷兵救出、夜間爆撃、索敵に奮迅し、晩飯も今日で最後かと思う日々が続いたそうです。
 “悪運が強い”は自称ばかりではなく、生き残ったのは運と実力があったのでしょう。
 一式陸攻でさえライターと呼ばれるくらい脆かったのに、九六陸攻は昭和11年に採用された旧型です。
 電動セルモーターもないのでエンジンは手動スタートですし、離陸時は操縦席から地面が見えないので副操縦士や搭乗整備員が天蓋から身を乗り出してパイロットに手信号で合図や進路を伝えていました。
 それでもグラマンに追われて穴だらけにされながら堕ちず、終戦まで九六陸攻と共に基地を転々とし、著者は生き残りました。
 戦後は、自家用セスナの教官として飛行時間1万時間を誇り、平和な大空を謳歌したそうです。

 少々面白かったエピソードを2つ。
 ひとつは、サイゴンに寄ったときに現地のおばさんから絹布と引き換えに譲ってもらったという、ポケットモンキーその名も「サイゴン」。制空権のない厳しい戦争情勢でありながら、この可愛い猿を中攻に乗せて飛んでいたそうです。
 なんか、意外。機長の将校も怒るわけでもなく、ペアのマスコットになったそうですが、厳しい世界だからこそこういう癒やしが必要だったのでしょうかね。著者はこの後すぐ内地転勤になったので「サイゴン」のその後の行方はわかりませんが・・・
 もうひとつは、中攻のトイレ事情について。
 これ、そういえば今まで読んだことなかったですわ。零戦の小便の話はよくありますけども。
 横の銃座、スポンソンの後部に小便用の便器があったそうですが、ここで用をたそうとすると、入ってくる風によって小便が霧になって全部自分の顔にかかってしまうそうです(笑)
 ですから、棒状のボール紙と防水の紙袋でできた“小便袋”を持っており、「ちょっと用を足してきます」「はいどうぞ」みたいな感じで機の後部でこれに放尿し、しかる後にスポンソンから爆弾投下よろしくポイとこれを捨てたらしいです。
 新しい一式陸攻の場合はどうだったか知りませんよ。
 こういうのは日本の軍隊は気が回らない方ですから、似たり寄ったりじゃないでしょうか。
 あるいは、一式陸攻や零式輸送機は参謀ら幹部もよく乗りましたから、あるいは違っていたかもしれません。
 え? 大? それは知りません。


 
 

「ブラックオアホワイト」浅田次郎

 1日8時間眠るとすれば、人生の3分の1は寝ていることになる。
 その3分の1を充実させることができれば、なんと人の一生は豊かになることだろうか。
 夢と現(うつつ)を行き来しながら、夢に祟られた人生を送った元商社マンの数奇な人生を振り返る幻想小説。

 面白いのかどうかわかりません。
 相変わらず語りが巧いので、読むことにストレスはありませんが、ちょっと物語にキレがない気がします。
 オチだって、どうしてああなったのか、よくわかりません。
 導入は、級友の通夜で偶然会った都築栄一郎に家に招かれ、滔々と彼の夢の話を聞くことになるというもの。
 おそらく、語り手の都築も聞き手も、ふたりとも60歳代半ばくらいだと思われます。
 都築の家系は名門です。祖父は元満鉄の理事をしていた傑物、戦後は商社員に転身してニューヨークで客死しました。父は祖父の部下であり、都築も同じ総合商社に入社しましたから、三代続けての番頭、ということになります。
 都築は景気の絶頂で家屋敷を売り、会社も辞めて悠々自適の生活を送っていました。
 通夜で会った聞き手は、都築の住む高層マンションに招かれ、彼の夢の話を聞くことになるのです。
 フロイトは夢の正体を抑圧されたエモーションだと考えましたが、はたしてどうでしょう、都築の夢の話は普通ではありませんでした。
 夢の舞台は、30歳半ばのバリバリの商社マンの時のスイス湖畔、パラオ諸島コロール島、デリーの南に位置するジャイプール、天安門事件前夜の北京、そして京都と、都築が仕事や休暇で訪れた地が舞台となるのですが、そこで見る夢が、枕の色に左右されるのです。なぜかホテルの執事や旅館の仲居が、黒と白の枕を持ってきて、どっちがいいかと聞いてくるのです。
 黒か白か。ブラックオアホワイ?
 白い枕は美しい夢を見させ、黒い枕は悪夢になります。
 そして夢の中にはいつも現実にはまるで見覚えがない、恋人が棲んでいます。
 あるときはその恋人とアクション映画さながらの逃走劇を繰り広げたり、あるいは連合軍と日本軍が激闘を繰り広げる南洋の孤島で兵隊になっていたりと、その土地にまつわる奇妙で不可思議な夢を見るのです。
 夢もおかしいですが、都築の商社マン人生も波乱万丈でしてね。
 スイスで買い付けを失敗して以来、インドで手柄を奪われ、北京でスパイに騙され、最後には京都で外国人取引先相手の観光ガイドをするまでに落ちぶれていました。実はそこには理由がありそうなのですが・・・
 そのときそのときの同僚であったり取引先が夢に登場してきますが、都築の深層心理にずっと住んでいるのでしょう、元満鉄理事だった祖父が姿を変えて頻繁に夢の世界に現れます。
 いつのまにか、夢と現(うつつ)の境が曖昧模糊となって、眠たくなってくる・・・
 そんな物語ですね。よくわかりませんが(笑)

 結局、なんだったのかということです。
 都築という人間は病んでいます。それは間違いありません。
 以下推測でしかありませんが、最後の京都の事件ですね。これが発端かと。
 夢に現れる恋人の原形はおそらく、ダーニング夫人。
 その罪の意識が彼をして、睡眠薬を飲ましめ、悪夢を見、級友の命を助けなかったのではないかと。
 スイスやジャイプールで見たという数々の夢は、最近見たものなんじゃないでしょうか。
 あるいは繰り返し見ているのか。
 しかしまあ、改めて考えましたが、人生の約3分の1は寝ているわけですから、本当にもったいないね。
 疲労やストレスを根本的に癒やすのは睡眠しかないそうですけど、少々へんな夢でもいいから、自分であることを感じられる時間が増えてほしいものです。
 ブッラクオアホワイトという言葉の裏には、夢と現、そして真実と虚偽というメタファーもあるのでしょうけど、あんがい、黒と白の境界はにじんでいるのかもしれません。


 
 
 
 
 

 
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