「ナニカアル」桐野夏生

 戦前戦後と文壇の第一線で活躍した人気女流作家・林芙美子の生涯をモデルとした評伝小説。
 戦時中の情報統制を描いた後半からの不気味な流れは一級の戦争文学でもありますし、夫ある身でありながら愛人と南方で逢瀬を重ねる姿は情痴文学とも云えるでしょう、しかし私はあえてこの小説を昭和ミステリーと分類したいと思います。
 なるほど、斎藤謙太郎はスパイではないでしょう。
 しかし、元床屋という野口が不気味すぎるのと、昭和17年10月から昭和18年5月にかけての、陸軍報道部の嘱託を受けての南方視察が謙太郎を釣りだすためのエサだったとすれば、これほど背筋がぞっとする物語も滅多にないと思います。
 林芙美子といえば、「放浪記」が爆発的に売れたものの、文壇からは母と行商をしながら放浪した生い立ちをルンペン作家と揶揄され、支那事変での南京女流作家一番乗り(昭和12年)や漢口従軍一番乗り(昭和15年)で一躍男性作家の顔を潰した女傑としてその野心や強すぎる好奇心は「自分が目立つためならなんでもする女」を陰口を叩かれた女流大衆作家です。
 今なら芸能人でも似たようなのがたくさんいますが、時代が時代ですからね。
 この物語でも、男性からの上から目線を常に意識する反骨精神や蓮っ葉な態度など、謙太郎という7歳年下の恋人との愛を底流としながらも、林芙美子という時代を先駆けしすぎた女傑の一代記かと思いきや、一転、芙美子がしおらしく気の毒に見えるほどのどんでん返しといいますか、ミステリーが用意されておりました。
 つまり表向きの芙美子の男勝り的な南方従軍記が作品の主なテーマではなく、戦争という背景下にある国家の前ではどれほど個人が強烈な個性を持っていても潰れてしまうという不気味な教訓が秘められているのですね。
 さらには、夫の手塚緑敏に隠れて子供を産んだというオチもあります。
 これらから総合的に、この作品は桐野夏生が林芙美子の人生を土台にミステリーを編みこんだと私は判断しました。
 筆力は唸るほど豊かで、往年の文豪(井伏鱒二や佐多稲子ら)との芙美子の会合も楽しく、これほど読みやすくて一冊に様々な要素がつめ込まれた小説も珍しいと思います。

 導入。
 平成3年。昭和26年に作家・林芙美子が急逝してから40年。
 芙美子の資料や遺品を管理する姪の林房江は、芙美子の夫だった画家・手塚緑敏の遺した絵から隠された資料を発見する。それは、昭和17年10月から昭和18年5月まで、陸軍報道部の嘱託としてジャワ、スラバヤ、バリ、バンジェルマシンなど日本軍占領下の蘭印を視察中、芙美子に何があったのかを記録した手記だった。
 軍が主導する戦意高揚のための宣伝工作であるが、芙美子には行ったことのない土地をこの目で見てみたいという放浪癖にも通じる欲望があった。
 しかし、他の女流作家たちと共に宇品港から偽装病院船でシンガポールを経て蘭印に入ってみると、芙美子にだけは従兵がつき、数年来不倫関係を続けている恋人の毎日新聞記者・斎藤謙太郎が社用を利用して逢いに来てくれても、何者かに見張られているような不気味な感じがつきまとう・・・
 その理由の真相とは!?
 そこには恐るべき軍部の陰謀と、死後40年にして暴かれた秘密が芙美子の手で包み隠さず語られていたのである。

 改めて振り返ると、こんなの書いてよかったの桐野さん、と思いましたけど。
 林芙美子の葬儀では、葬儀委員長を務めた川端康成の奇妙な謝辞が思い起こされますが、この方の本当のところは誰にもわかりません。確かに目立つ存在であり、成り上がりの身であったので、辛辣なやっかみがひどかったのは事実ですが、かといって根も葉もない噂を流す輩というのは、どこにでもいることですし。
 ただ、同じ死ぬならこういう、死後数十年経っても謎含みの小説の題材となれる人間はある意味うらやましいと思います。

 花の命は短くて 苦しきことのみ多かりき


 
 
 
 
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「戦艦大和転針ス」大野芳

 昭和44年10月17日、敵の上陸部隊はフィリピンの中央部東端レイテ湾口に浮かぶスルアン島に上陸を果たし、これを足がかりにレイテ島を狙っているのが明白となった。
 それに連動して日本側は、陸海軍の合同会議で決定した「捷一号作戦」を発令する。
 世界に冠たる巨大戦艦「大和」「武蔵」を擁した栗田健男中将率いる主力海上部隊栗田艦隊と、戦艦「山城」を主力とした西村祥治中将の西村艦隊は、シンガポール南百海里にあるリンガ泊地から上陸した敵部隊を殲滅するべく出撃した。
 これに呼応して志摩清英中将の志摩艦隊は台湾方面に進出し、馬公で給油しながら出撃を待つ。
 敵の注目を北に引き寄せて栗田艦隊のレイテ湾突入を成功させるための囮部隊である小沢治三郎中将の率いる機動部隊は、将旗を「瑞鶴」に掲げ、豊後水道を出て南太平洋へと進撃した。
 帝国海軍の最後の総力をあげた乾坤一擲の「レイテ作戦」が始まったのである。


 このとき、栗田艦隊を空から援護するべき在フィリピン第一航空艦隊麾下の戦闘機部隊はすでに消耗しきっていました。
 航空機の援護無しでの艦隊殴りこみなど、緒戦はともかくこの時期では自殺行為です。
 司令長官大西瀧治郎中将が苦肉の策として実施したのが、神風特別攻撃隊です。
 250キロ爆弾を積んだ零戦が敵の空母に体当たりし、艦隊に殺到する敵航空機の発艦を妨害することが目的でした。
 一機一艦を屠る特攻はある程度の戦果をあげましたが、それでも主力である栗田艦隊は敵潜水艦、敵航空機の執拗な攻撃を受け、一隻また一隻と欠けていき、ついに不沈戦艦「武蔵」も轟沈し、生き残った艦も息も絶え絶えで進撃しました。
 しかしレイテ湾を目前とした地点で、敵機動部隊(実は護衛空母群)を捕捉し、生き返ったようにこれに猛攻を加え、撃退します。ここで奇跡が起きるのです。目標としたレイテ湾が、台風の目のようにポッカリ口を開けたのですね。
 囮となった小沢機動部隊は、真珠湾以来の武勲艦である空母「瑞鶴」を沈められながら、敵機動部隊の北への釣りだしに成功、急所であるレイテ湾の防備に穴が空いたのです。
 戦艦「大和」の46センチ砲が火を吹き、敵上陸部隊や停泊艦船をなぎ倒す絶好の好機が到来したのです。
 栗田艦隊の起死回生の殴りこみ作戦は成功したかに見えました。
 ところが・・・
 旗艦である戦艦「大和」以下栗田艦隊は、レイテ湾に突入することなく、北に転針しました。
 逃げたのです。
 「我囮作戦に成功せり」という小沢機動部隊の電文と、「天佑を信じ全軍突撃せよ」の連合艦隊司令部の命令を無視して・・・
 戦艦「大和」の謎の転針。
 司令官である栗田健男は戦後も沈黙を守り、その理由は長く秘密のヴェールに覆われています。

 本作は、栗田艦隊謎の転針の原因を、謎の工作員が立案した偽の電文作戦によるとした小説です。
 こう聞けばいかにも興味をそそられそうですが、アクションあふれる戦記小説でもなく、スパイの暗躍する冒険小説でもありません。ひたすら、重苦しい小説です。
 構成は、現在(おそらく1990年くらい)と、過去(レイテ作戦前後)の両面で展開していきます。
 二人の初老の元零戦特攻隊員がかつての戦場であったフィリピンの慰霊と戦跡巡りをかねて、幼なじみの日系二世の家を訪ねるのですが、そこで思いがけない事件に遭遇してしまうのです。
 その幼なじみとは、明治に入植したミンダナオ島ダバオ在留邦人の子孫であり、フィリピン人である母を日本人の養女として戸籍を解決して海軍兵学校に入学(陸軍士官学校は多国籍だったが海兵は日本人オンリーだった)したものの、病気になって退学、太平洋戦争中はダバオで陸軍の軍属をしていました。
 レイテ作戦の前の10月12日に、軍属である藤堂なる謎の人物の来訪を受け、日本の将来を救うためと説き伏せられ、秘密作戦に従事することになります。それはミンダナオ島北端のスリガオから7人の友人と共に漁師を装ってバンカ(舟)に乗組み、船底に取り付けられた無線機で定められた電文を発信するというものでした。
 言わずもがな、これがレイテ作戦の戦局を転換するものになろうとは、思いもせぬことでした。
 彼らはその後、セブ島に漂着し、ゲリラに捕らえられ、仲間の半分が処刑されてしまいます。

 展開が不思議な本。妙にリアルで怖い。
 なぜに重苦しいかというと、ダバオの在留邦人が悲惨すぎます。
 巻末の参考文献からすると、本当にいたんだよね。
 開戦でフィリピンの敵になって、日本軍がやってきたらこき使われて、アメリカが捲土重来したらまた逃げるみたいな。
 こんな悲惨な状況を、どれだけの日本人が知っているのでしょうか。
 私はまったく知りませんでした、考えてもみませんでした。
 スパイとしては、英語も日本語もわかるので、双方の無線が聞けるのは確かですけどねえ。
 あくまでも大和の謎の転針がテーマですが、本筋はダバオ在留邦人の生涯を描く小説だったと思います。


 


 
 
 
 
 

「職業としての小説家」村上春樹

 十二章からなるエッセイ。
 なぜ自身が小説家になったのか、なれたのか、それが続いているのかという「小説家とは?」的なものから、小説家になる前は何をしていたのか、学校で何をやっていたのか、どうやって海外で小説が売れるようになったのかという回想、そして現在の教育システムや原子力に対する批判が絶好調な「村上の主張」的なものなど、本書は全般を通じて、村上春樹という人間はどういう人なのか、ある程度知ることができる内容となっています。
 自伝的と付けたいところですが、あとがきでは「そういうのじゃない」そうです。
 読み始めて、これはなんだろうと思いましたね。
 やたら口語といいますか、講演調なんですよ。
 ですから、村上春樹が講演したものを文字に起こしたのかと思いましたが、違うそうです。
 文芸誌「MONKEY]が創刊されるにあたって、「じゃあこれを」と渡したものだそうですよ。
 なんでも、こういうエッセイを書き貯めておいたらしいです。
 講演調で書いてみたら、しっくり来たらしいんです。
 それを読んだとき、ものすごく不思議な気がしましたね。
 なんだかよくわかりませんけど、この方に違和感を感じました。
 悪い意味ではありません。
 私はこの方の作品を9割方好きで読んでいますからね。
 しいて言うなら、やっぱり宇宙人はいた的な感じでしょうか。
 いつ使われるかもしれないこれを、講演調で書いて置いておいたことに対してですね。
 あとがきでそれを読むまでは、「なんだ村上春樹もふつうのおっさんじゃん」と思っていましたが、やはり違う。
 たぶん私のような凡人が言うその意味が、村上さん自身にはわからないだろうなぁ。

 まあ、それはおいといて。
 教師の両親を持つ一人っ子として関西に生まれた村上春樹が、神戸の公立進学校を「中の上」の成績ながら英語原書のペーパーブックを読みつつ早稲田大学に入学、学生結婚、ジャズ喫茶経営、手形が不渡り寸前になるなど借金を返済することに明け暮れた20代を経て、30歳を目前にした1978年4月、神宮球場でファンであるスワローズの試合を観戦中、突然天からの啓示のように「そうだ、小説を書こう」と思いつき、店を閉めてから深夜キッチンテーブルで原稿用紙に向き合い、デビュー作「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞、あれよあれよというまに作家への道は開けたものの、芥川賞候補には2度なるも落選、文壇と交わることもなくまた個人や作品への風当たりもきつく感じ、海外に執筆場所を求めて200万部を超す空前のベストセラーである「ノルウェイの森」を書き上げて生活は安定、職業作家として己の気の向くまま筆の向かうままに一日一度ランニングしながら好きな小説を書いて生きてらっしゃる、それがまあ、ここに書かれた村上春樹という人の、おおよそのところですかね。
 意外だったのは、国内での風当たりがきつかったことを何度も繰り返し書いていらっしゃることでしょうか。
 私は「ノルウェイの森」からのファン、といっても刊行されてから10年以上経って読んだ(笑)ので、この初期のころの苦労というか文壇での評判とかいろいろを知らないもんですからね。
 文学賞についてという章があって、結局受賞することのなかった芥川賞のことについても書かれています。
 かなり直接的で機微に触れる話題、と自分で言っておられます(笑)
 言えば言うほど嘘に聞こえるが本当にいらなかったんだというです。私は信じます。
 
 面白かったのは、小説の執筆の仕方について。
 自らの内的衝動に従って自発的に小説を書くため、つまり締め切りに追われたりということがないために、俗に言うライターズ・ブロック、小説が書けなくなるというスランプはいっさいないそうです。
 早起きして一日400字詰め原稿用紙換算で10枚をきっちり書く。だいたい5時間。あとの時間は自由。
 小説を書き始めて35年になりますが、30年前から毎日ランニングしているそうです。
 小説を書き続けるためには強固な意志が必要であり、意志の宿る身体が常に健康でなければならないそうです。
 そして驚いたのは、いったん書き上げた小説を数えきれないくらい何度も書き直して手を加えること。
 これは意外でした。音楽を演奏するように文章を書いているという点は、私もこの方の小説を読んで本当にそういうリズムを感じていたので、天才的にあまり推敲をしないのかと思っていましたが、そうではなかったのです。
 作品を俯瞰して直すべきところは徹底的に手を加えるなど、ある意味職人的に作品を仕上げていたのです。
 これから小説を書こうという方には、勉強になる本でもあろうと思います。
 あの村上春樹でさえ、こうなんだから、ねえ。
 努力なくして天才なしだよ、やはり。

 「多崎つくる~」は私的にはつまらなかったので、できたら「海辺のカフカ」みたいなのをもっかい読んでみたいですなあ。
 なんだかんだですが、正直、小説というスタイルで強烈なオリジナリティも衝撃を感じさせてくれたのは、私の年代では、村上春樹くらいのもんですから。
 これからも期待して待っています。



 
 
 
 

「孤狼の血」柚月裕子

 25歳の日岡秀一が、呉原東署捜査二課暴力団係に配属されたのは昭和63年6月のことである。
 第三次広島抗争が終結して、13年。
 過去に広域暴力団の代理戦争の舞台となった呉原には、その間にもずっと火種がくすぶり続けていた。
 戦後まもなく立ち上がった老舗の博徒で、構成員は50名と少数精鋭だが極道の世界で全国的に名が知れた組長を持ち、日本最大の暴力団・明石組に近い尾谷組。
 一方、同じく老舗で構成員は百人を下らず呉原最大の暴力団である五十子会は、明石組と対立する神風会の系列である。
 そして8年前に立ち上がった愚連隊出身の新興組織・加古村組は、呉原でもっとも勢いのある武闘派だ。
 ほんの小さな火花でも散れば、たちまち暴発する状態だった。
 そんな状態の呉原の所轄署に配属された日岡の直属の上司は、暴力団係班長である大上章吾巡査部長だった。
 大上は、良くも悪くも広島県警で知らぬ者はいない名物刑事だ。
 凄腕のマル暴刑事として暴力団事件を多数解決し、警察庁長官賞を筆頭に何度も表彰されている。拳銃の押収数では全国でもトップクラスの実績を誇り、集めてくる暴力団関連情報もピカ一だった。
 その一方、暴力団と気脈を通じているうえ、組織に従わず、問題を起こしてはマスコミのバッシングの対象となり、訓戒処分も現役ワーストとの話だった。暴力団の上前をはねているとの噂もある。
 ネズミを捕る猫はいい猫である。しかし、広島県警にとって大上が厄介な両刃の剣であることは疑いない。
 さっそく異動初日から大上のペースに引きずり込まれる日岡。
 暴力団事務所に入っては幹部と親しげに話す大上に、同じ警察官として違和感を覚えるが・・・

 いやあ、暖冬のクリスマス・イヴをも吹き飛ばすような濃い本でしたわ。
 ぐうの音も出ないね。面白い。
 クリスマス・イヴに広島のヤクザ者の小説というこのアンバランスもいい。じゃけんのう、の世界ですよ。
 作者は東北出身の方ですが、ほぼ広島弁の会話で進むこの物語にまったく違和感はありません。
 ものすごく巧いね、小説の書き方が。読んでいて詰まるところがありません。驚くほど読みやすい。
 こういう基本的なことができている小説が、実は最近あまりないのですよ。
 ストーリーよりも、方言を駆使しながらこの癖のない文体で最後まで通していける筆力に感動しましたね。
 今度の直木賞候補になっていますが、もし受賞しても驚かないですよ。
 今回外しても、いずれ獲るでしょうね、この作家は。

 さて、肝心の内容ですが・・・
 「孤狼の血」というタイトルの意味は、読み終えてなるほどそういうことかと得心しました。
 途中までは、大上はとことんいけない方向に進んでしまう悪徳刑事かと思っていたんですが、違いましたね。
 昔、洋画で確か「トレーニング」ってタイトルだったかな、先輩の悪徳刑事に付いた新米刑事が翻弄されるものがありましたが、ああいう感じになると思っていたんですね。
 大上の妻子は盗難車のひき逃げ事故で死んでいます。これが昭和49年の五十子会若頭刺殺事件に絡んでいることになるんだろうと想像していたのです。
 大上は、司法警察官としてやってはいけないことをやっているわけですが、悪徳刑事ではありませんでした。
 結局、法律は私刑を許していませんが、じゃあ正義はどうなるのという問題ですね。
 法律を律儀に守ることで、私たちの生命財産は悪党たちから守られるのでしょうか。
 究極の問題、暴力団の抗争でカタギが巻き込まれて死んでしまうよりかは、多少悪いことやっても事前にヤクザをだまらせることができたらそれでいいじゃないの、ということです。
 実際、この話の舞台は昭和63年になっているわけですが、この頃の警察と暴力団の関係はこういうこともあり得たと思いますけどね。今のヤクザと違って、金儲けよりも喧嘩が商売でしょ、この頃は、抗争頻発してましたし、今みたいにヤクザが金儲けに血眼にならずとも飯の種があったんでしょうねえ。
 そりゃあやり過ぎはよくないですが、地元の人間が地元の警察に就職すれば、ヤクザに就職する奴もいるでしょうから、昔からの人間関係があっても不思議ではありません。ましなヤクザもいれば本当に腐っているヤクザもいるわけで。
 問題は、腐って当たり前のヤクザよりも、警察の中で腐ってしまった奴のほうがはるかに質が悪いということです。
 日岡の日誌の削除のことですが、これは早い段階で想像がついていました。そうなんだろうなと思ってました。
 面白いのは、巻末の年表ですね。
 事件のあと、日岡はいったん田舎のほうの交番に行かされていますよね。これ例の先輩の件でしょう。
 その後、また中央に返り咲いています。何をしたんでしょうね(笑)腐った奴のネタを転がしたのでしょうか。


 
 
 
 
 
 

「天皇陵の謎」矢澤高太郎

 わが国の歴史の中で最大の謎は、本能寺の変でもなく坂本龍馬暗殺事件でもなく、日本という国はいつどのようにして出来上がったのか? ということです。
 日本人としてのアイデンティティを真っ向から問う核心的議題なのですが、曖昧模糊としてわかっていません。
 だいたい3世紀初頭くらい、ヤマト政権かどうかは知りませんが、有力な中央政権の勃興期の頃のことですね。
 紀元後のことなのに、いまだに邪馬台国はどこにあったのか? 卑弥呼の墓はいずこに? などと言って右往左往しています。
 きっと永遠にわからないでしょう。
 ちなみに、邪馬台国も卑弥呼も、支那が勝手に当てた漢字であって、残念なことに卑しくなっています。
 本来ならば帚木蓬生の小説のように「日御子(ひみこ)」であってほしかったですが。
 不思議なくらい文書というものを残さなかったのですね、わが古代王朝は。字が苦手だったのでしょうけども。
 文献史学、考古学の両面から確と実在が証明されているのは、第21代雄略天皇にまで遡らなければなりません。
 もちろん私は、初代神武天皇もモデルとなる人物がいたに違いないと思っていますが・・・
 古代のことを窺える資料である日本書紀、古事記でさえ、古墳時代から300~400年経って書かれたものです。
 今の我々が、関が原の戦いを宙で想像して小説を書くようなものです。
 どれだけの整合性があるでしょうか。
 しかしここにきて、世紀の発見というべき重大な動きがありました。
 奈良県桜井市の箸墓古墳の存在です。これが、想像されていたより古い3世紀のものであり、おそらく大和政権初代大王(おおきみ)の墓と見られる、という見解が定着しつつあります。
 これがズバリ卑弥呼の墓なのか、あるいはその跡を継いだという台与(とよ)のものなのか、あるいは卑弥呼を補佐して国を治めたという男弟(だんてい)のものなのか、それはわかりません。
 しかし、これまで考えられていたように邪馬台国とは弥生時代のものではなく、古墳時代のものであるという可能性が高くなりました。そして周辺には、纏向集落群の存在が知られ、これが邪馬台国の有力候補に踊り出てきたのです。
 箸墓古墳は、第7代孝霊天皇皇女の倭迹迹日百襲姫命の墓と治定されていますが、同じ女性であるとともにシャーマン的な卑弥呼と雰囲気が重なる人物とされています。
 とにかく、箸墓古墳はわが国発祥の謎を解く大きなカギを握っている場所であるのは間違いありません。
 よっしゃ、考古学者の出番だ、はよ掘りなはれ。
 だがしかし。発掘できないのです。調査できないのです。
 箸墓古墳は「陵墓参考地」であり、宮内庁の管理下にある禁断の領域であるためです。

 この本、なかなか良かった。
 同じ天皇陵の謎をテーマに書かれた「古代天皇陵の謎を追う」大塚初重より、わかりやすいですね。
 著者の矢澤氏は文化財を担当する元新聞記者であり、歯に衣着せぬ物言いも性に合いました。
 大塚先生のは、奥歯に何かはさまったような“奥ゆかしさ”がありましたが、本書はありません。
 徹底した事なかれ主義と現状維持を金科玉条として近年の考古学の成果など一顧だにしない宮内庁、とこき下ろしています。
 宮内庁が管理する陵墓は、全国に896基あります。これらの発掘調査を許可することは絶対にないそうです。
 まあ、わからないではありません。
 墓を暴くことになりますからね。学問が倫理に勝る道理はありません。これは天皇も一般人も一緒です。
 しかし、箸墓古墳だけはなんとかしないといけないでしょうなあ。
 もっとも、本書は間に合っていませんが、箸墓の周辺を探査することは最近できましたから、風向きも変わってるのかもね。

 しかし恐るべきは盗掘ですなあ。最悪ですよ。
 ほとんどの陵墓は、中近世に荒らされて石棺に収められたお骨さえ残っていません。
 古代の天皇陵は律令制の衰退とともに荒廃の一途をたどり、祭祀は途絶え、伝承すら曖昧なものになりました。
 宮内庁の治定は、被葬者と陵墓がかなりの確立で一致していないというのが考古学の見解です。
 戦国時代では、砦や城として使われた陵墓もたくさんありました。
 かつての天皇の陵墓を特定しようという研究が始まったのは、江戸時代になってからです。
 本書で驚いたのは、でかい前方後円墳で有名な大阪の伝仁徳天皇陵が、江戸時代と明治に2回調査されていたことです。
 江戸のときには、すでに盗掘されていたようですね。
 しかし明治時代に、県令が鳥の糞を掃除するという名目で発掘したのは、その好奇心はよくわかりますが、よく思い切ったことをしたなあとビックリしました。無事だったのでしょうか。
 ボストン美術館には、仁徳陵から出たという立派な遺物が収蔵されていますが、こちらもまた謎です。
 宮内庁は現地に赴いて否定したそうですが、ではこれらの遺物がどこから出てきたのかということになります。
 
 しかし、今ふと改めて思ったのですが、どうして古墳に名前をわかるように刻みでもしたものがなかったのでしょうね。
 現在の我々の墓でも、名前が入っていないものはないでしょう。
 天皇の陵墓だけではなく、日本には15万基の古墳がありますが、ほぼすべて名前が入っていないそうです。
 墓誌というのですがね、被葬者が誰かわかるように。中国や朝鮮半島にはあります。
 これが現代人からして、一番の謎だと思うのです。


 
 
 
 
 
 
 
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