「予科練の空」本間猛

 宇垣長官機から「敵空母見ゆ、われこれに突入す」の無電が発せられた。
 それに引きつづいて無電音。「ツーー」と、受信機は長符を受け続けた。そしてその長符音はパッと消えた。
 長官機の敵艦突入である。時に昭和20年8月15日午後7時30分であった。
 この遠藤秋章飛曹長の突入が、わがクラス最後の戦死者となった。
 「秋章よ、せまい座席で、さぞ窮屈だったろう。なにも長官に遠慮することはないぞ。便乗者は長官なんだ。お前、充分に手足を伸ばして休めよ」と、いってやりたくなる。
 クラスの卒業者191名中、167人目の戦死者であった。


 卒業者の191名中、167名が戦死した第9期乙種飛行予科練習生。
 昭和13年6月に入隊し、太平洋戦争直前に実戦部隊に配属されたこの組は、海軍航空隊の主力として戦った太平洋戦争の申し子と言われる世代です。それだけに、その損耗率は、予科練中最多ではないかとも言われています。
 「9期生? やつらならとっくにあの世へ行ったよ。生きてる連中も腕や足の1本がもがれてるさ」消息を尋ねる故郷の旧友に、海軍関係者はこううそぶいたそうです。
 著者は、その全滅に近い乙9予科練の貴重な生き残りの1人。しかも奇跡的に五体満足で復員しました。
 もちろん、安穏とした後方にいたわけではありません。
 内地の教員配置はわずか半年足らず。開戦から飛行艇の偵察員としてマーシャル・ギルバート方面の中部太平洋の最前線で2年間激闘に明け暮れ、飛行艇隊が壊滅するや重巡「利根」搭載の零式水偵でレイテ沖海戦の死闘に参加、艦隊が解散するや今度は高速偵察機彩雲のベテラン偵察員として、沖縄作戦の最前線で終戦まで危険極まりない偵察任務に従事していました。
 この方が生き残ったのは、奇跡としか言いようがありません。
 飛行艇は離陸寸前で襲撃され大破し、基地での大空襲、敵艦隊の電探猛射を受けたレイテ沖海戦、1万メートルを超える高空でわずか数百メートル下を反航していったグラマンの編隊、数え上げたらキリのない整備の不良・・・
 本当に凄いと思いました。乙9の同期が死んだという消息を聞く度、「次は俺の番だ、待っとれよ」という気持ちもわらかるような気がする。それほど死が身近な世界なのですね。現在の日本は、明日戦って殺されるかもという危惧も、「戦友」という言葉自体からも関係のあまりない社会ですが、数十年前はこういう青春や価値観が現実に存在していたのです。
 非常に勉強になったと思っています。

 著者の本間猛さん(旧姓石塚)は、大正11年7月、新潟県佐渡出身。終戦時海軍飛行兵曹長。
 本書には死線をくぐり抜けた歴戦の搭乗員としての経験があますところなく語られています。
 その中でも特筆すべきは、昭和18年3月からの、中部太平洋マキン基地からフェニックス諸島カントン島への長距離爆撃行。機材は二式大艇。距離は、鹿児島から樺太までに匹敵する、全航程16,7時間の長距離爆撃は、同じ二式大艇が洋上で潜水艦の補給を受けて実施したハワイ偵察に次ぐ長距離作戦飛行であったと書かれています。しかも、何の目印もない大海原を夜間飛行ですよ。著者曰く、これで相当航法が鍛えられたと。ですから、後で乗ることになる零式水偵や彩雲での偵察航法はママゴトのようであったそうです。このおかげで、零式水偵や彩雲に乗っているときに、航法をおざなりにして見張りに専念でき、生き残る確率が格段にアップしたのです。奇跡は偶然ではありません。根拠がある。
 重巡「利根」乗組からペアになったベテランパイロットの松本良治特務少尉の“腕”も、もちろん大きい。
 この方、危機回避能力が高い上に、慎重です。しかも、連合艦隊解散時に普通ならバラバラになるはずが、171空第11飛行隊の偵察機彩雲でも同じペアになりました。沖縄戦では、松本少尉の飛行時間が4千、著者が2千5百、電信の馬渡兵曹が7百というベテランコンビで、戦後のペア会(初めて聞いた)で確認されたように、あるときは松本少尉が危機を乗り切り、あるときは著者がパイロットの技量の外にある航法で互いの生命を助け合ったのでした。
 
 あと、二式大艇の過荷重状態で離水ですね、危険なポーポイズ運動。これもさすが詳述されていました。
 イルカみたいに、波間を上下に跳ねるのですね。で、大破してしまう。
 これは結局、ベテランの操縦員による勘だのみの複雑な操縦桿操作によるしか、回避できるすべはなかったそうです。

 著者の当初の配属先は横浜航空隊であり、連合軍のガダルカナル反攻で全滅したツルギの飛行艇隊が有名ですが、横空には分派があり、それが著者のいたヤルート、マキン基地であったわけです。
 さらには東港空の飛行艇隊が加わり、ここからさらに増援でツルギに送られているわけですね。
 この人選にいたら、著者も生きていない、本書も存在していなかったでしょう。 
 ちなみに、中部太平洋での著者のペアだった飛行艇クルー(機長・岡本松太郎中尉)は、その後、福留繁参謀長が搭乗不時着してゲリラの捕虜となった「海軍乙事件」の当事者となっています。

 帰り来得て、往事なし。
 房総は烟霧、湘南は暮色。
 孤影悄然、帰らざる戦友を憶う。


スポンサーサイト

「ぼぎわんが来る」澤村伊智

 第22回(2015年度)日本ホラー小説大賞受賞作です。
 よくまあ、大賞が取れたな、と思う。
 私は本作から登場人物が重なっている著者第二作「ずうのめ人形」を先に読んだので、こちらも読んでみようかと思ったのですが、順番通り本作に目を通していたならば、「ずうのめ」は読んでなかったかもしれないね。それくらいのレベル。
 だからまあ、運が良かったんですよね。「ずうのめ」はそれなりに面白かったですから。
 もちろん、大賞を取ったくらいだし、雰囲気があって怖いことは怖いのですよ。
 特に最初の導入ね、小学生の夏休みに、祖父母の家に突然やってきた気味の悪い訪問者。
 これに対して痴呆だった祖父が急にシャキンとなって「帰れ!」と得体の知れないものを追い返したエピソード。
 まあ、どこかで聞いたような話なんですが、雰囲気がありましたよこの始まり方はね、不気味だったし。
 「ちがつり」って何だんたんでしょうね? 意味がわからないって怖いですし、最期までわからないままですよね。
 比嘉姉妹とオカルトライターの野村にしても、「ずうのめ」を先に読んでしまったからどこか陳腐に映るだけであって、初見ならば、また見方も違ったかもしれません。
 3章構成の、章ごとに語り手が変わって、その度に見えなかった事実が浮かび上がるというのもアイディアは良かったです。
 上手くいったかどうかは別にしてですけどね。
 ただまあ、デビュー作ですし仕方ないのですが、小説を書く(文章力)のが下手な感じです。
 ホラー小説は読者に与える恐怖感が命なので、文章の上手い下手で全然違いますからね、迫力が。
 今後に期待(ずうのめの感想でも書いたと思う)ですが、ホラー大賞がこれではどうかと思いますねえ。

 では、簡単に導入。
 昭和の終わりの頃。小学6年生の夏休みを、大阪の下町にある祖父母の家で過ごしていた田原秀樹。
 祖母が出かけ、家には英樹と痴呆で寝たきりの祖父しかいないある日、その訪問者はやってきた。
 玄関の曇りガラスの向こう、灰色の塊にしか見えなかったそれは、まず玄関越しに祖母の名を呼び、次に40年前に亡くなった叔父の名を呼んだ。この時点でおかしい、普通ではないと察した秀樹は腰が抜けて動くことができない。
 謎の訪問者は、次に祖父の名を呼んだ。「ギンジ・・・ギンジさんはいますか」と。
 すると突然、奥から「帰れ!」という大声が響いた。普段は痴呆で正気ではない祖父の怒鳴り声だった。
 途端に、玄関の向こうの何者かの気配はなくなった。
 驚愕している秀樹に、祖父は正気のまま、今のは化け物であること、来ても無視しなくてはならないこと、受け答えしても本当はいけないことを伝えた。問い返そうとする秀樹に、祖父は「聞かれたらまた来るから今は黙ってな」と優しく言った。
 そして、祖母が帰宅すると、祖父は何事もなかったかのように、痴呆の状態に戻っていたのである。
 それから、20数年後。祖母も祖父もとっくに亡くなった。
 あのときの訪問者が、再び、秀樹のもとへ訪れようとしている。
 それは、祖父の田舎の三重県のKで「ぼぎわん」と呼ばれる化け物だった。
 人を呼び、さらい、山へと連れて行く。
 「ぼぎわん」は、英樹の妻である香奈と娘で2歳の知紗に触手を伸ばした・・・
 秀樹は知り合いのツテで、オカルトライターの野村昆、野村の恋人で霊能者の比嘉真琴の助力を得る。
 さらには、真琴の姉で強力な霊媒者である琴子の紹介で、日本の有力な霊能者を紹介してもらった。
 しかし修験や経験を積んだ彼ら“異世界”のエキスパートたちが、尻込みして逃げてしまう。
 あれは、ヤバイ・・・と。
 逃げずに戦った霊能者のひとりは、片腕を噛み切られて死んだ。
 ぼぎわん。
 西洋のブギーマンが日本に入って訛って「ぼぎわん」と呼ばれるようになったという、この得体しれない化け物の正体とは何か。アンダーグラウンドでの壮絶な闘いが始まる。

 次作の「ずうのめ」に出てきた人は、野村、比嘉真琴、琴子(チラ)、そして岩田は次の前半で死にましたね。
 ということは、「比嘉シリーズ」ということでいいんじゃないかと思います。
 その次もあるならば、ですよ。
 おそらく、あるだろうね。
 だから言うのですが、野村の存在感がなんかおかしい。動きが。これを直してほしい。バタバタしすぎ。
 民俗学者の唐草は次に出して、えげつない化け物に殺されてほしい。
 怪談やホラー、都市伝説のいいところどりをしてうまくアレンジしているので、オリジナリティをもっと考えてほしい。
 オカルト世界ってのが、なんかうさんくさくてね、もっとバックグラウンドは普通でいいと思います。
 警察や探偵がやっても埒が明かないから、仕方なく、真琴や琴子がやってきた、みたいな感じで。
 なんだかんだで、次を待っています(笑)


 
 
 
 

「続 毒蛇」小林照幸

 毒蛇咬症の世界的権威である医学者・沢井芳男の蛇毒との闘いを描いたノンフィクション。
 前作「毒蛇」の続編。
 前作は、おもに奄美大島や徳之島に生息し長年島民を苦しめてきた猛毒蛇ハブとの闘いが主題でした。
 ラバウル帰りの軍医で、戦後は東大附属伝染病研究所(東大医科学研究所)の試験製造室主任をしていた沢井芳男は、昭和28年から命ぜられるままハブの血清を製造していましたが、昭和30年代に訪れた現地の奄美大島で、その恐るべきハブ咬症の真の姿を見て、今のままの血清ではいけないと一念発起し、昭和33年には世界初となる常温保存が可能な凍結乾燥血清の開発に成功します。血清の使用期間が伸びるだけでなく、当時の冷蔵庫がまだ普及していなかった島嶼部にとっては、まさに画期的な開発でした。
 そればかりではなく、実際の毒蛇咬症臨床にも立ち会い、咬まれた患部に注射していた血清の使用方法をより効果的な静脈注射に変更したりしました。さらには、昭和40年にジヒドロチオクト酸(DHTA)を用いてハブ毒を無毒化し、世界初の蛇毒ワクチン、ハブトキソイドを開発しました。
 これによって、毒蛇咬症での死亡者だけでなくく、ハブ特有の患部壊死に苦しめられる重症患者も激減したのです。
 私、恥ずかしながら前作を読むまで沢井芳男さんのことを存じ上げませんでしたが、病理臨床両面において日本医学史上に残る功績を成し遂げられたのではないかと思います。
 そして、沢井芳男の挑戦は日本だけでは終わりませんでした。
 GHQ医学研究所の医動物学研究所部長だったアメリカ人医学者ヒュー・L・キーガンの助力を得て、文字通り世界を股にかけて、あらゆる地域の毒蛇咬症に取り組んでいくのです。

 世界には、約2700種類の蛇がいて、そのうち800種類が毒を持っていて、人命に関わる危険な毒を持った蛇は約200種類いるそうです。
 多いのか少ないのかわかりません。しかし、前作を読むまで毒蛇の怖さというものを、あまり私は認識していませんでした。
 日本には、マムシ、ハブ、ヤマカガシという3種類の毒蛇しかいません。
 しかも、ハブとマムシが屋久島を境にはっきりと南北に生息地域が分かれているのです。
 このことは、毒蛇咬症の治療において、とてもやりやすい環境にあると思います。
 それはハブかマムシか、咬まれた相手がハッキリとわかるからです。
 しかし、たとえば本書で舞台となる台湾だと、7種類の毒蛇がいるのですね。
 どの蛇に咬まれたのかはっきりしないと、ピンポイントで血清が使えません。
 こうなると、考えを改めなければなりません。日本と外国ではまったく毒蛇に対する環境は違うのです。
 ちなみに、台湾で主に人命に関わる毒を持った蛇は3種類(タイワンコブラ、タイワンアマガサヘビ、ヒャッポダ)ですが、それぞれ毒の種類が違うのです。蛇毒には咬まれた部分の血管を破壊して出血させ、筋肉組織を溶かして腐らせる出血毒、神経組織の働きを抑制して麻痺症状を起こさせる神経毒、さらには両方の特性を併せ持ったものもあります。
 タイワンコブラは神経毒ですが患部を壊死させ、タイワンアマガサヘビは咬まれてからしばらくは無痛ですが数時間経つと死に至る激痛を伴い、ヒャッポダは血液の凝固作用を阻害するという特徴を持っています。
 いずれも、恐るべき蛇毒です。
 本書では、1968年からこれら台湾の毒蛇咬症に挑んだ、沢井先生の記録が綴られています。
 意外にも、その頃の台湾には、多くの危険な蛇がいながら研究の礎となるべき毒蛇咬症のデータベースがありませんでした。沢井先生は、まず台湾全土における毒蛇咬症の実態を探ることから始めなければなりませんでした。
 当時の台湾は、西洋医学よりも漢方医学が幅を利かせており、毒蛇治療も怪しいものでした。
 血清のある西洋医学の病院よりも、人々は長年の因習から中医と言われる彼らを頼り、いたずらに毒蛇による治療を困難なものにしていたのです。薬草を煎じた湿布では、毒蛇咬症が治るはずがありません。
 まさしく、台湾における沢井先生の研究は、世界的な実績がありながらもゼロからのスタートだったと言えるでしょう。
 それでもヒャッポダにやられて重篤な状態に陥った少女を、現地の医師がなすすべもない中、患者の状態に合わせたエネルギッシュな対症療法ですね、血清だけにとどまらず、酸素吸入器やアドレナリン、強心剤、止血剤を駆使して命を助けた手腕は、臨床の世界ですから多いな説得力があったのです。
 読んでいるこちらも、思わず手に汗を握りましたね。
 結局、難航しながらも台湾の蛇毒治療に筋道をつけることに成功した沢井先生は、さらに世界へ向かって羽ばたいていきます・・・
 前作も強く思いましたが、どうしても蛇がダメな方は読まない方がいいです。
 夢でうなされる可能性があります。
 私もよく東南アジアのジャングルとか入っていましたが、正直、よく咬まれなかったもんだと思う。奇跡に近い。
 豹とかいたら怖いな、とは思っていましたが、蛇はあんがい眼中にありませんでした。
 蛇よりも、虫が嫌でした。
 知らぬが仏とはこのことか、と前作と本作を読んで強く思いました。
 ひょっとしたら、私自身がツチノコ状になる「寝袋まるまるくるまり作戦」がよかったのかもしれません。
 君子危うきに近寄らず、ですね。

img079_convert_20161026154458.jpg

 

「去就 隠蔽捜査6」今野敏

 所轄署の署長に左遷されたキャリア警察官の活躍を描く人気シリーズの第6弾。
 実は間に短編集が2作あるので、厳密に言えば単行本としては8冊目になります。
 過去の内容は、申し訳ないのですが私、ほとんど忘れています。
 面白かったことは覚えていますよ。最初の方なんて、本を肴に焼酎ひと瓶空きましたからね。
 覚えているのは、主要な登場人物と物語の背景だけです。
 でも十分、楽しく読めますし、過去作を読んだという経験さえあれば、すっと入れると思います。
 それほど、主人公の竜崎伸也の周辺の環境は変わってないですね、たぶん。
 ただ、本作に影響があるところで、竜崎が署長を務める大森署を含む9つの所轄署を統括する第2方面本部ですね、ここの本部長が変わりました。野間崎管理官の上司です。長谷川というキャリアの本部長から、ノンキャリアの刑事・公安畑で実績を積んだ弓削篤郎という警視正に変わりました。この方、野心のある危険な人間です。
 長谷川本部長は一度だけ登場したような気がするなあ。野間さんはいつも出てる(笑)
 とにかく、アクの強い弓削本部長と我らが竜崎伸也の確執といいますか、争いが本作の読みどころです。

 簡単にあらすじ。
 大森署管内で、他殺体が発見された。
 状況から見ると、容疑者の男性はストーカー行為の末に、ストーカー対象者である女性の交際相手を殺害、さらにその対象者を略取・誘拐したと見られる。
 折も折、警察庁の指導により、続発するストーカーによる殺傷事件を重く見て、ストーカーに対する対策セクションを、大森署でも起ち上げたところだった。
 竜崎肝いりで立ち上がったそのストーカー対策チームには、型破りだが優秀な刑事である戸高、そしてシリーズ初登場となる生活安全課の熱心な少年係女性警察官・根岸紅美も含まれていた。
 早速、彼らは大森署に指揮本部が据えられたこのストーカー殺人誘拐事件に着手する。
 しかし、この事件は一筋縄ではいかずに、妙な動きを見せる。
 まず、指揮本部を緊張させたのは、容疑者と思われる男性が、父親の猟銃を盗み持っていると見られるところ。
 これには、竜崎の幼馴染である伊丹刑事部長の判断で、SIT(特殊犯捜査係)が投入された。
 さらに、容疑者と被害者である女性を乗せた車は、神奈川方面に逃げたと思いきや、都内の事件現場に舞い戻っていたことが明らかになった。
 犯人は猟銃を持って被害者を人質に立て籠もる腹である。
 これに対していつのまにか呼んでもいないのに指揮本部に現れた弓削方面本部長は、警備指揮権に基づき、機動隊を出動させる。しかし、機動隊の運用法を巡って、竜崎と弓削は対立し、事件解決後にその波紋は竜崎への特別監察という形を伴って噴出する。

 うん、面白いのは間違いない。警察モノでは、私、これが1,2番目というくらい好きです。
 でも、悪い意味で安定してしまったというか、初期の頃の初々しい高揚感はありません。
 1と2の頃なんて、読みながら時を忘れて酒ひと瓶飲んであと3時間で仕事かよどないやねん、てありましたが、今はない。
 せいぜい、3合の肴くらいかな。それでも、上の上ですけどねえ。
 かくなる上は、ラストの方で匂わされましたが、竜崎の新天地への異動かな。
 これが残された刺激策か。でも、一歩間違うと、毒薬にもなるでしょうな。
 私は、大阪とか地方への転勤もありかなと思う。面白くなるでしょう。ヤクザ関連はネタになる。
 でも、この作家の作品の中の大阪弁というのが、あまり記憶にないのですねえ。
 さあ、どうするのかなあ・・・今のままでは、ジリ貧になっていくような気もします。



 
 

「猿の見る夢」桐野夏生

 家も家族もあるからこそ男はひとりになりたいのだ。

 なるほど、そんなもんだろうね。
 仮に、それらすべてのしがらみがなくなってしまうと、寂しくてひとりではいられないでしょうね。
 そう思う人は、ですよ。
 本作の主人公である薄井正明(59歳・大手ファストファッションチェーン財務担当取締役)の場合は・・・
 ちょっと調子が良すぎるように思います。
 60歳を目前にして、愛人のことをよくも「みゆたん」とメールで呼べますね。一喜一憂する様は少年のよう。
 確かに、男は何歳になっても中味は変わりませんが、これはあんまりだろう。
 それとも、私も60歳になってみたら、その心境がわかるのだろうか。
 まあ、妻や愛人がいるからこそ、会長秘書の朝川のようなふと目についた美人に惹かれてしまう余裕があるのというのは、わかりますが(笑) 気持ちに余裕があるほど、ノリが軽くなるからね。
 妻帯者や彼女持ちがモテるというのも、この理由からです。
 けれども、それを巧くやりおおせるのは、本当に難しい。
 まず体力、金力がなければ続かないわなあ。知力ももちろん。私なんて到底ムリだわ。
 大体において、破綻するでしょう。
 その点、薄井は間抜けに見えて、さすが銀行出向の役員だけのことはありましたね。
 1週間に2回も性交をしなくてはならない、みゆたんとの仲はなんと10年も持った。
 こんなバカはミスキャストじゃないのか、と思われるかもしれませんが、この男はなかなかやりますよ。
 せこい人間ですが、あんまり厭味ったらしく感じられないのはこの作家ならではの筆力だろうねえ。
 こいつは破滅するだろうなあと思いながらも、ちょっと同情してしまうような。
 他、史代や志摩子ら家族、織場や朝川ら会社の人間についても、キャラクターが目の前に存在しているかのような、自然観がありました。相変わらず人間の書き方が巧いと思う。人間の“こすさ(ずるさ)”の表現が秀逸。
 物語のキーとなる、長峰栄子ですが、これについては、モデルがいるのではないでしょうか。
 なんとなく不思議なお話でもありましたね。

 あらすじ。
 売上2千億円の大手ファストファッションチェーン「OLIVE」。
 薄井正明は、13年前に創業者会長の引きで銀行から出向してきた財務担当役員である。59歳。
 家庭は、妻・史代との間に一流企業に勤める既婚の長男30歳と、引きこもりニートの次男。
 家庭外に、元の銀行の同僚で、10年来の腐れ縁である愛人の田村美優樹46歳。
 会社の他の役員は上場前からの叩き上げばかりで、薄井自身筋の違う彼らの中で居心地の悪い思いをしてきた。
 思わぬ会社の急成長と会長の庇護あればこそだが、会長の織場ももう80歳を迎え、薄井としては定年の伸びる常務取締役をどのように射止めるかという立ち位置である。
 そんなとき、会長の義理の息子で社長の福原に、突然のセクハラ騒動が巻き起こった。
 じわじわと、ネットで騒がれだしているらしい。
 事態の沈静化を任された薄井は、この事件の黒幕に、常に楚々としている会長秘書の朝川真奈の存在を知る。
 社長のセクハラをネットにリークしたのは、朝川だった。
 薄井は、実は朝川のことを前から気にしていた。思わぬ成り行きから、朝川と近づくことになってしまった薄井は、「この女はヤバイ」と思いながらも、膨らむ妄想を抑えることができない。
 一方、放ったらかしの家庭では、この頃、妻の史代が長峰栄子という怪しげな初老の女性を招き入れていた。
 長峰は、夢見で相談人の悩みを解決するという、占い師らしい。
 史代の悩みの解決に来たにもかかわらず、長峰は薄井の夢を見て、彼に警告するのだが・・・

 ラストは不条理でした。タイトル通りなのかな。メタファーかな。
 その不条理、長峰が実は魑魅魍魎であったと飲み込んで、あえて道をつけるならば、長峰が薄井に惚れたのでしょうね。
 薄井が長峰と出会ったその夜に見た夢、あれは長峰がわざと見せたのではないでしょうか。
 であるならば、その後何かつけて、長峰が薄井にまとわりついた理由もわかろうというものです。
 まあ、無理やりだけどね。ラストは飲み込んでも、あえて真面目に筋道をつけるようなことは野暮かもしれませんねえ。
 この話のもうひとつ面白いところは、薄井の身になって自分ならばどうするかということを考えながら読むことでしょうか。
 特に、うどん屋に高橋に会いにいったときがあったでしょう、あれなんて、自分ならばどう言うだろうとずっと考えました。
 で、結局、自分も薄井とどっこいどっこいの保身で、根が純情ながら助平にできてるということに気づくという(笑)


 
 
 
NEXT≫
カレンダー
09 | 2016/10 | 11
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新記事
カテゴリ
ミステリー (92)
ミステリー短編集 (17)
歴史ロマン・ミステリー (17)
冒険ロマン・ミステリー (14)
サイコホラー・ミステリー (15)
学園ホラー・ミステリー (14)
民俗ホラー・ミステリー (10)
政経・金融ミステリー (18)
ファンタジックミステリー (22)
近代・昭和ミステリー (14)
オカルティックミステリー (7)
青春・恋愛ミステリー (21)
医療小説・ミステリー (22)
伝奇小説・ミステリー (13)
時代人情小説・ミステリー (17)
時代冒険小説・ミステリー (19)
社会小説・ミステリー (15)
スポーツ小説・ミステリー (10)
アーティスティックミステリー (12)
海外ミステリー (28)
海外冒険小説・スリラー (16)
SF・FT・ホラー (26)
SF・FT・ホラー短編集 (13)
海外SF・FT・ホラー (17)
クライシス・パニックサスペンス (12)
警察・諜報サスペンス (29)
悪漢・犯罪サスペンス (29)
中間小説 (24)
青春・恋愛小説 (31)
家族小説・ヒューマンドラマ (31)
背徳小説・情痴文学 (14)
戦記小説・戦争文学 (19)
政経・金融小説 (14)
歴史・伝記小説 (21)
芥川賞受賞作 (19)
直木賞受賞作 (19)
文学文芸・私小説 (24)
海外小説・文学 (12)
文学アンソロジー (54)
歴史・伝記 (30)
戦史・戦記 (31)
海軍戦史・戦記 (148)
物理・宇宙 (26)
生命・生物 (37)
アンダーグラウンド (46)
事件・事故 (37)
世界情勢・国際関係 (25)
スポーツ・武術 (23)
探検・旅行記 (22)
随筆・エッセイ (30)
月別アーカイブ
プロフィール

焼酎太郎

Author:焼酎太郎
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
最新トラックバック
リンク
QRコード
QR
RSSリンクの表示