「黒涙」月村了衛

 またやった、続編だと知らずに読んでしまいました。
 もっとちゃんとamazon、書いておいてくれないかなあ、シリーズだって。
 もちろん、調べなかった私が悪いんですけど。
 しかし、前作があるとわかった時点で「やめようかな」と一瞬、思ったんですが、我慢して正解。
 そんなこと眼中になくなるくらい、面白くなってきました。
 警察組織にまで浸透し、日本の政財界を牛耳る中国の闇社会の恐怖を描いた、諜報バイオレンスです。

 実は今年、タイトルも思い出さないくらいの駄作を読んで(学校の部活のキャンプが襲われるような話)、もう月村了衛を読むのはやめようと思っていたんですが、本作はちょっと違いました。
 深みはまったくないですし、ツッコミどころもあるのですが、面白かったです。
 なんせ、我々の社会に中国がこっそりと浸透しているという、現実的な恐怖に妄想が駆り立てられました。
 これ実際、ここまでいかなくても似たようなことあるんですよね、きっと。
 順番が逆になりましたが、前作も読んでみなくちゃなりませんね。

 あらすじ。
 日中秘密協議の席上で、中国商務部の幹部が機密漏洩をほのめかせる発言をした。
 内閣周辺しか知らないはずの、大臣の健康状態を問うてきたのである。
 すぐさま、外務省と警察庁が協力してカウンターインテリジェンスの措置が取られた。
 中国の諜報活動による国家機密漏洩の阻止が至上命題である。
 それにはすべての元凶を根絶やしにしなければならない。
 暗躍する中国スパイ、政治家に利益供与をし政策決定に影響を与える在日華僑、そしてすっかり中国に金で飼いならされた日本の政治家や高級官僚を、これを契機に一網打尽にするのだ。
 警視庁には、公安部だけではなく各部署から特に選抜されたメンバーで、極秘の特別チームが結成された。
 警視庁組織犯罪対策第二課に属する沢渡警部補(36)も、突然上司に呼ばれ、公安部への異動を告げられた。
 腑に落ちぬまま出向してみると、そこは中野のビルの3階にある極秘の公安別室だった。
 顔を知っている捜査一課や二課の精鋭たち、そして見たこともない公安部の刑事たちら総勢40名。
 チームの指揮を執るのは、“一人Gメン75”の異名をとる、苦みばしった公安部外事二課長の滝口警視正。
 中国共産党の独裁政権と果てしない権力闘争が生み出した欲望の怪物を叩き潰すべく、いずれも名だたるメンツが揃ったこの秘密基地に、なぜ自分のようなうだつの上がらないマル暴刑事が呼ばれたのか、沢渡は不思議に思った。
 まさか、バレているのか!?
 自分が黒社会「義水盟」の大幹部である沈と義兄弟の契りをかわしながら、警察組織の中に誰にも知られず身を隠している“黒色分子”であることが・・・

 前作「黒警」を読んでいないのでわからないのですが、そこで沢渡と沈が兄弟分になるような出来事があったようですね。
 そして今回は、ふたりが対立する中国の巨大犯罪組織「天老会」が噛んでいると見られる中国のロビー活動に対して、陰で警察に協力し、中国と日本の悪党たちを一網打尽にしようと目論みます。
 いわば、沢渡は黒色分子といえど、善玉なわけです。
 ところが正体はわからないけど、警察内部に捜査情報を中国側に流している悪玉がいる。
 この正体を見破れるかどうかなのですが、読者はとっくに気づいているのに、沢渡はわかりません。馬鹿じゃないの。
 まあ、それはいいとして、本作の読みどころはインドネシアの青年実業家ラウタンと、中国のファム・ファタールことシンシア・ユンの、恋と裏切りの行方。
 ラウタンはショッキングでしたが、シンシア・ユンの挙動というか真の顔ですね、唖然とさせられました。
 さすがチャイニーズ・ビューティー・・・男は裏切っても期待を裏切らない。
 ラウタンを拉致したクルマでのシンシア。あそこが本作一番の読みどころだったと思います。


 
 
 
 
 

 
 
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「日本特攻艇戦史」木俣滋郎

 帝国陸海軍の水上特攻艇「震洋」と「四式連絡艇」を豊富な資料を元に研究した本。
 特攻艇というと、航空機による神風特別攻撃隊のような知名度はありませんが、実はこれまでに色々な元隊員らによる戦記が出版されています。震洋隊の隊長だった作家の島尾敏雄の本なんかがそう。
 本書は、それら特攻艇戦記の総まとめとでも言えましょうか。
 その誕生から終焉までの活躍ぶりを、陰と陽の両面から余すところなく伝えています。
 頭が下がるのは、アメリカ側の資料を精査して、日本の特攻艇が損傷を与え撃沈した艦艇を特定しているところです。
 これはこの本しかないんじゃないかな。中にはアメリカ側資料の誤りを指摘されている箇所もあり、さすが木俣さんだと感心いたしました。
 反面、詳しすぎて読み物としては面白みがまったくありません(笑)
 たとえば、第48震洋隊はこの輸送船にどこそこまで運ばれて、どの海防艦が護衛したなんてことまで書かれていますから。
 まあ、海上護衛戦が好きな方にはいいかもしれませんがね。
 「そうか、バシー海峡でアメリカの潜水艦にやれらたあの船は震洋を運んでいたのか」
 とか、ふつうあまりピンときませんからね、一般の方は。
 あと、本書がパッとしない理由として、肝心の主役たる特攻艇があまりにも活躍していないことが挙げられます。
 これは壮大な失敗でしたな。
 規模の割には、ほぼ戦果なしと言っても過言ではありません。
 陸軍の㋹(四式連絡艇)のほうは数字が出ていませんが、海軍の震洋は6千隻を超して生産されていたんですよ。
 終戦のときに残存していたのは、震洋が2千隻超、㋹が7百隻でした。
 海軍のほうは有名な黒島亀人大佐が、軍令部第二部長のときに発案したのが、震洋だそうです。
 船の先に250キロの爆薬を積んで体当たりする特攻モーターボート。
 250キロの炸薬は、航空機の250キロ爆弾が実質爆薬は67キロで残りは鉄なので、航空機の250キロ爆弾4個分の破壊力を持っているということになります。船の腹にでもぶち当たれば、楽に撃沈できそうですよね。
 私も素人考えで、そう思う。しかし、あくまでも想像と実際は違うんだなあ。
 一方、陸軍の方は、震洋と同じころに船舶司令部の鈴木宗作中将が発案したものだそうです。
 こちらは震洋と違って、船尾に250キロの爆雷を積んでいて、敵艦に近づいてそれを落とすというもの。
 落とせばすぐさまUターンできるので(といっても爆発までの猶予は4~7秒)、少し人道的だと思われます。
 まあ、震洋だって当初は、舵を固定して操縦者は体当たりする前に脱出する仕組みだったそうですが・・・
 
img083_convert_20161228183622.jpg

 特攻とはいえ、回天や桜花とは明らかに決死率が違います。
 しかしなぜこの二艇が特攻艇かというと、現実に体当たりをかます隊員が多かったのも事実ですが、その前に、敵艦にたどりつくまでが非常に難関だったということが挙げられるかと思うのです。
 標的で訓練の練習台になった日本の艦艇の乗組員でさえ、「これは機銃で撃退できる」と確信したそうです。
 遅いのですよ、スピードが。せいぜい40~50キロですから。
 敵船団が目の前で投錨してくれなければ、攻撃できません。動いてる船なんてもってのほかです。
 昭和20年1月にフィリピンのリンガエン湾で歩兵上陸艇を陸軍の㋹に撃沈されて、多少痛い目を見た米軍が、特攻艇対策として防御用の材木や、魚雷艇などでのパトロールを強化してからは、なおさら接近することが難しくなりました。
 ベニヤ製ですし、爆薬を積んでいるので、機銃を斉射されればイチコロです。
 ですから、出撃すればほとんど帰ってくることはなかったのです。
 陸軍はともかく、海軍のほうは運用に問題もありました。
 活躍すべき場所、時期に配備ができなかったのですね。
 たとえば、米軍のレイテ島上陸に合わせて一挙に投入すればどうだったでしょうか。
 戦果は大いに違っていたはずですよ。
 元々、これは土壇場で大量に投入しなければ意味が無いと決まっていたのに、戦力の出し惜しみと行き違いで小出しにしてしまいました。その結果、敵に対策されて、ただでさえ少ない命を賭した戦果をなおさら削ってしまったのですね。
 このような外道の兵器を作ったほうもどうかと思いますが、それでもこの島尾敏雄いわく「うすよごれた小さなただのモーターボートでしかなかった。緑色のペンキも褪せ甲板のうすい板は夏の日照りで反り返った部分もでていた。私はなんだかひどく落胆した。これが私の終の命を託する兵器なのか」というように、かけがえのない命を祖国のために投げ出した特攻艇隊員のために、せめてもっと、こういう言い方は変ですが、価値の高まる死に場所を与えられなかった軍令部の責任は非常に大きいと思いますし、彼ら当時の日本の官僚どもは本当クソだと思いますね。


 
 

 
 
 
 
 

「遺跡でたどる邪馬台国論争」中村俊介

 横書きだから、すごい読みにくい。
 教科書読んでるような感じ。
 注釈も多いし、「本書は邪馬台国がどこかを追求したものではない」と初っ端に言っている通り一貫して逃げ腰で、ひとつの遺跡や異物の考え方に主張が異なる様々な研究者の意見を連ねているため、何がなんだかわかりません。
 せめて、「私はこう考えるけれども」みたいな感じで、別に無責任でいいのでね、主張が欲しかったなあ。あるはずだから。
 近畿論者にも九州論者にもおもねった無理がたたり、バランスがガタガタになっているような気がします。
 著者は熊本出身、朝日新聞の西部本社(福岡)の方なので、「邪馬台国は九州に間違いない。近畿? アホは寝て言え」でいいじゃないですか、売れるような本でもないんだし。
 そりゃ著者の言うこともわかりますよ、邪馬台国がどこにあるかで行き過ぎたナショナリズムのような郷土愛が伸長するようなことがあってはならない、という意味はね。
 それはもう、でもちょっと大げさだと思いますわ。
 なぜなら、邪馬台国がどこにあったかという論争は、近畿にあったでほぼ90%終結していると思いますのでね。
 やまたいこく=やまとこく、ですよ。
 箸墓古墳は陵墓参考地なので発掘が不可能ですが、今後は、どうなるかわかりません。
 邪馬台国が近畿以外にあったという可能性が再び浮上するのは、箸墓古墳に何もなかったときでしょうね。
 「親魏倭王」の金印があるとはさすがに思いませんが、被葬者には卑弥呼に繋がる何かが見つかるはずだと期待します。
 確信はありません、期待だけ(笑)
 でもね、偉そうなだけで能無しの考古学者が偏屈なこと言ってるのと、素人の期待はそう変わりませんから。
 むしろ、埋蔵文化財行政に関しては、素人の期待のほうが貢献は大なんじゃないですかね。

 著者がことわりを入れているように、邪馬台国九州説を強く主張している内容はありませんが、ほぼ遺跡などのリポートは九州産のものが扱われています。
 確かに大陸に近い北部九州が弥生時代における先進地帯であったことは間違いない事実ですが、だからといって、伊都国や奴国といった北部九州の有力国を統率する立場にあった卑弥呼率いる邪馬台国まで九州にあった必要はありません。
 2世紀末に起こった「倭国乱」の結果、共立されたのが卑弥呼であるとされているのです。
 ただ、わずか2千字程度、原稿用紙にしたら5枚の「魏志倭人伝」に、この国の成り立ちの根幹をこれだけ委ねてしまってもいいものなのでしょうかね。
 だいたい、「倭人」という言われ方も、「卑弥呼」「邪馬台国」などの見下したような漢字の当てようもまったく気に食わない。
 卑弥呼は日御子でしょう。天照皇大神でしょう。
 邪馬台国と対立していたという所在不明の狗奴国なんて、著者は「狗」は「犬」だからとクソ真面目に地名の由来まで検討していますが、蛮族だと見下しているから「狗」という字を当てたのでしょう、きまってるじゃないですか。
 邪馬台国論争は江戸時代から続いているそうですが、ハナから東方の島国と馬鹿にしている中華思想の支那人の作った雑文に、なんでこれほどああだこうだと論議しなければならないのか。
 日本という国は、文書が残されていないために国家の成り立ちがはっきりしないという、世界でも稀有な国であるわけですが、だからといって、ひとつの雑文に振り回されていいわけではないでしょう、危険ですよ。
 だいいち、邪馬台国の位置が適当なこと書いているだけでさあ、そのとおりに陸行水行すれば太平洋なんでしょ?
 その時点で、真偽を疑うべきなんじゃないですか。

 ただ、まあ、倭人伝を離れたところでは、けっこう収穫がありました。
 東遷説なんて知りませんでしたから。
 擁立された卑弥呼が九州か吉備から大和に移住したというのは、面白い。
 九州の道具類が纏向遺跡からあまり見つかっていないというのは、いくらでも説明がつくと思う。
 違う土地に染まろうという意味でね。嫁が嫁ぐからといって実家のものをたくさん持っていかないでしょう。
 人間は九州で、場所を近畿にすることで勢力のバランスをとったのかもしれません。
 おそらく、想像している以上に、その頃の交通網というか、交流は発達していたと思います。
 ちんけな船で大陸まで渡るんだから、日本国内なんて目じゃありませんよ。
 とすると、「水行10日陸行1月」というのは、シャーマンたる卑弥呼が一番大切な神殿の場所を決定するのに国内を探査して費やした日数なのかもしれません。


 
 
 
 
 

「震洋発進」島尾敏雄

 作家・島尾敏雄が数十年の空白を経て、我が青春を費やした“震洋隊”を振り返る手記。

 本書の著者である島尾敏雄の戦争文学の名作「魚雷艇学生」を読むまで、私は震洋のことを知りませんでした。
 “震洋”は海軍の水上特攻兵器のことです。海軍内ではマルヨンと名付けられた軍機兵器のひとつでした。
 全長5メートルから6メートルの、トラックのエンジンを使用したベニヤ板製モーターボートで、船先の突端に250キログラムの炸薬を装填し、敵艦船に体当たりするのです。
 一号艇と五号艇があり、前者は先に製造された一人乗りの艇、後者は装備が補充された二人乗りの艇でした。
 期待に見合うだけの機動性はありませんでしたが、他の特攻兵器に比べ製造が容易であったために、震洋隊は113個隊、艇は敗戦までに6200隻も製造されました。
 著者は震洋隊発足からの要員ですが、当初は、海軍としては震洋を風雲急を告げるフィリピンでの敵上陸作戦に集中して使用する腹積もりであったようです。しかし、戦局の急激な推移に震洋の発進は時期を逸し、本土防衛のためにあらゆる海岸線に配備されて、最後の決戦のときをじっと待つこととなりました。
 実際に震洋が出撃したのは、マニラ湾コレヒドール島の第12震洋隊、沖縄本島の第22震洋隊の2部隊だけです。
 あとは基地進出の途中で輸送船もろとも沈んだり、基地の空襲や事故で全滅若しくは半壊解散した部隊を除き、8割あまりの震洋隊は、所在の基地で出撃待機中に敗戦を迎えました。
 つまりほとんどの部隊が一回の戦闘も交えることなく(もちろん出撃すなわち死だが)、艇を秘匿するための崖下の横穴などを痕跡として残しただけで、隊員たちは戦後の市井に拡散し消え去ったのでした。
 著者もそうです。戦後は、戦争に関することから目を遠ざけていたそうです。
 しかし、時が経つにつれ、かつて自分が命を賭した“震洋”に、すなわち自分の過去に次第に向き合うようになります。
 そして全国に残っている秘匿艇庫跡をめぐり、知られざる震洋隊に関する事件を追求するのです。
 終戦翌日に命令で出撃し、全滅したという高知の第128震洋隊の突撃の真相。
 捕虜を惨殺したという石垣島事件に関与し、戦犯として処刑された第23震洋隊のM指揮官。
 魚雷艇学生同期で仲の良かった第26震洋隊指揮官・引野祐二中尉の行方不明事件。
 本書は、作家であり、もっとも震洋をよく知る島尾敏雄だからこそ書くことのできた、知られざる特攻兵器“震洋”の悲劇のドラマです。

 島尾敏雄は、第3期海軍兵科予備学生、第1期魚雷艇学生。
 魚雷艇は結局、戦局に間に合わず、231名の第1期魚雷艇学生中、約半数が特攻艇震洋に関わることになりました。
 著者のように震洋隊(1号艇なら50隻、5号艇なら25隻、隊員総数180人前後)の指揮官となったり、あるいは兵学校出の指揮官の下の先任将校になったのでした。
 実は、島尾は震洋が出撃したフィリピンに送られる予定であったのですが、事の成り行きから、その役目はフィリピンで戦死した同期の中島始郎中尉に譲ることになり、島尾は第18震洋隊の指揮官として、昭和19年1月に奄美諸島加計呂麻島に着任しました。出撃待機のまま終戦しています。

 敗戦で混乱する現場において、高知の震洋隊が敵艦隊に突撃したという無線を聞いたときは、驚愕したでしょうねえ。
 俺らも行かなければならないのか、と覚悟したはずです。
 それだけに、戦後しばらくして、高知の事件の真相を聞いたときは、もっと驚いたのではないでしょうか。
 幻の出撃命令。それさえなければ、100名近い人間が死なずに済んだのです。終戦翌日ですよ。たまりません。
 石垣島事件も戦争の悲惨さを如実にあらわしている事件です。
 棒にくくりつけられたまま、銃剣の刺突の練習台になって死んだというアメリカの捕虜。
 この事件の真相も、捕虜の首を斬ったとして戦犯処刑された指揮官が所属した第23震洋隊の先任将校に島尾の魚雷艇学生同期がいたために、本書によって詳述されることになりました。
 凄まじいアンダーグラウンドです。


 
 
 

「Red」島本理生

 結婚して4年。
 イケメンで誠実で一流企業に勤める夫、可愛い盛りの2歳の娘。
 友達のように気さくな姑。
 こんなにも安定し、平穏な生活を送っているのに・・・
 まだ私の体は覚えているのか、ほんの短期間、あの人にだけは溺れたことを。

 女という性を内包したまま、母親という役割を生きる女の危うさを描いた、
 島本理生の傑作長編背徳小説。


 やっぱり島本理生は特別な作家であると改めて思える作品。
 「ナラタージュ」には及びませんが、彼女の代表作のうちのひとつには間違いありません。
 なにがすごいって、濡れ場の描き方の感性といいますか、性技の比喩ひとつとってもレベルが超絶高い。
 エロ親父の喜びそうな下品さはなく、なんつうかこう、興奮するんじゃなくて熱くなるような感じ。
 どのような頭の構造ならば、こういう表現が出てくるのでしょうか。
 まず、今の日本の小説家の中ではピカイチでしょうね。
 セックス描写。どんな官能小説家でも勝てないわ。濃厚で刺激的で文学性もある。
 そういう意味では、ほぼ全般に渡り、目が釘付けでした。

 さて、あらすじ。
 31歳の塔子は、夫の真、2歳の娘の翠、夫の両親と世田谷の高級住宅地に同居している。
 塔子は元SEでバリバリ働いていたが、子育てに専念するために仕事を辞めた。
 夫の真にはそれなりの収入があり、経済的には問題がない。
 姑の麻子は友達のように気さくで、義理の父は月の半分が出張でほとんど家にいない。
 夫は少し坊っちゃん気質だが、イケメンで誠実で夜遊びもせず、浮気の気配すらない。
 翠が出来て以来セックスレスな夜の生活を除けば、安定した平穏な生活だった。
 女子校の友達の結婚式で、あの男に再会するまでは・・・
 10年前、アルバイトしていた先の会社の社長の鞍田秋彦。
 20歳のとき、塔子は生まれて初めて男にのめり込んだ。それが鞍田だった。
 偶然が重なり、再会してからも顔を合わせるようになったふたり。
 彼に溺れた記憶を、まだ私の体が覚えている・・・
 平穏だった生活は、大量の家事に朝からノンストップの育児、仕事をやめたフラストレーション、いくら仲が良いとはいえ夫の両親に気を遣うことなど、たちまち居心地悪くその色を変えていく。
 塔子は、母親の、妻の仮面を脱ぎ去り、嘘を重ね、ひとりの女として男と逢瀬を重ねていく。
 いけないことと、わかっていながら・・・

 結局、見かけとは裏腹に上昇志向といいますか、母子家庭で倹約家の母に育てられたためもあるでしょうが、塔子は家でじっと子育てしているような女性ではなかったということです。
 真は、妻がそんな女性だとは思っていませんでした。見かけ通りの地味で控えめな女だと思っていた。
 塔子自身もわかっていなかったかもしれません。窮屈な場所に押し込められていると感じるまでは・・・
 その反動が、性欲という形になって吹き出たのだと思います。
 もちろん、夫にまともな性欲があれば、事態は変わっていたかもしれません。
 しかしまあ、いずれ私はこうなっていたと思うなあ。
 鞍田の出現はきっかけではありましたが、ただのきっかけだったと思います。
 あまりにも都合よく偶然が重なりましたでしょう。不倫とはこんなものです。
 奇跡的な偶然の重なりがなければ、うまくいきっこありませんから。
 本性とは、どれだけ隠して騙してても、いずれ現れてくるものです。
 それの折り合いをつけながら生きていくのが人間ではないでしょうか。
 まだ相手が鞍田や小鷹で良かったんじゃないですか。特に小鷹はいい味だしてた。好きなキャラです。
 やらないよりやったからこそ、後の人生に味が出たみたいなラストだったでしょ、塔子さん。

 私は一度の浮気なら許します。
 仕方ないことは仕方ありません。
 人間ですからね。人間らしく生きようと思えばありますよ。
 もちろん相手には言いませんが、そう思って覚悟して付き合いますから、あまりジェラシーを感じません。束縛もしません。
 ただし、浮気の1回目と2回目は違う事象だと思うので、2回目はサヨウナラです。


 
 
 

 

 
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