「アンバランス」加藤千恵

 朝井リョウとオールナイトニッポンゼロをやってた“かとちえさん”の、ちょっと危うい? 背徳系夫婦小説。
 性行為と愛情は切り離すことができるかという語り尽くされながらも決着のつかないテーマに挑んだ問題作。

 導入とあらすじ。
 主人公は日奈子36歳、結婚生活10年目を迎える専業主婦。子供はいない。
 夫の由紀雄は広告代理店勤務。42歳。常に優しくて非の打ち所のないご主人と言われる。
 穏やかな日常は、突然崩れた。
 ある日、日奈子しかいないマンションに、見知らぬ中年女性がやってきた。
 40歳代から50歳代と見られる化粧の濃い太った女は、いきなり「私は御主人の愛人です」と切り出し、ホテルの一室で裸のまま寝ている由紀雄の写真を数枚取り出して日奈子に見せたのだ。
 「離婚する気はないか」と迫る女をとりあえず追い出したものの、まったく予想もしなかった出来事に狼狽する日奈子。
 帰宅した由紀雄を問い詰めると、浮気は事実であり、半年前に熟女キャバクラで知り合ったという。
 日奈子は混乱する。
 なぜなら、由紀雄は性的不能であると告白していたからだ。ふたりが付き合って結婚してからここまで12年半、挿入を伴う性行為をしたことは2回しかなかった。日奈子はセックスもしたかったし、子供も欲しかったが、夫は病気であると理解して諦めていたのだ。それが、由紀雄はあの太った醜い中年女相手に10回以上も性行為をしたというのだ。
 どういうことなのか。私はずっと嘘をつかれていたのか。ここで、由紀雄は日奈子の知らなかった事実を弁明する。
 由紀雄は小学校6年生のとき、近所の変わったおばさんに、強引に誘われる形で初体験を経験した。
 そのことがトラウマになっており、同じような太って醜い中年の女性でなければ性的興奮を覚えず勃起しないというのだ。
 そう告白して、由紀雄は土下座した。日奈子には理解の範疇を超える、衝撃的な話だった。
 とりあえず由紀雄はホテルから会社に通い、ふたりの別居生活が始まる。週一度は話する機会を持つことに決まった。
 日奈子は市販の睡眠薬でひたすら眠り続けようとした。起きると由紀雄とあの女が抱きあっている場面を想像してしまう。
 離婚しようか。しかし、ずっと専業主婦で社会から引退している日奈子に生活力はない。このマンションのローンも由紀雄が払っている。食費も日奈子の服飾費も、ぜんぶ由紀雄の給料から出ている。簡単に離婚なんて出来ない。
 いやそれよりも、これほどのことが起きても、日奈子は由紀雄のことが好きだった。彼はずっと優しかった。
 熟慮の末、日奈子はセックスという行為の価値を下げようと試みる。私も見知らぬ誰かとセックスすることで、セックスの意味を薄れさせ、あの女と関係を持った由紀雄を心から許せるようになるかもしれないと考えたのだ。
 日奈子は、出張ホストのサイトに会員登録し、いざ実行に移そうとするのだが・・・

 はい。
 かとちえさんは、たまにラジオ聴いてましたが、作品は初めて読みました。
 まあ、色々と考えさせられましたが・・・
 愛情と性行為の切り離しはあり得るのかがテーマであり、それ自体は面白いものなんですが、ちょっと、テーマの物語への落とし込みが甘かったように思います。
 12年で2回(交際時1回、結婚後1回)しかセックスをしていない夫婦は、おかしいでしょう。
 いや言い方が悪いか、結婚するまでの2年間で1回しかセックスしてないのに結婚するのは、おかしいと思います。日奈子が処女ならまだしも彼女にも男性経験は人並みにあったわけだし、これはおかしいよなあと思う、設定が。
 設定こそがテーマを考える上での大前提ですからね。読者の誰もが納得しえる設定は必要。
 このことが頭にこびりついていたことが、かなりハードルになりました。ありえねえ、というのが。
 由紀雄にしても、半年前に女と知り合ったことになっていますが、これほどのトラウマと性欲があるのならば、同じようなことをずっと以前からあちこちでしていたはずじゃないですかね。愛情とセックスが別個ならば、なおさら。
 となると、少し話がおかしいかなあと思うんですよねえ。
 ただ、全体的に楽しめたことは間違いありません。初めてのかとちえさん、当たりでした。

 愛情と性行為の関係につきましては、私のような国民の最下層に淀んでいる輩がすまして自論を述べるようなところはありませんが、男と女では違いますし、性癖、性欲によって大いに異なる問題です。性行為というものが相手の体を使って自慰をすることと同義的な方も多いのです。そのような方には、愛情と性行為が繋がりようもありません。
 重度のフェチ嗜好のある方(たとえば重度の足フェチなど)とは、結婚しないことが賢明であると思います。
 それか、日奈子ができなかったことですが、割り切るしかありません。


 
 
 
 
 
 
 
 

 
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「失われた地図」恩田陸

 残念ながら、これは読んではいけません、地雷です。
 これを読んで面白かったと云う人は、まずいないと思われます。
 直木賞受賞第一作がこれですからね。
 まさかのトラップでした(ー_ー;)
 アマゾンの批評も見ていなかったので、思いっきり、躊躇なく走って真上から地雷を踏みつけて即死しました。
 直木賞を受賞した「蜜蜂と遠雷」とは、まるでレベルが違うどころか違う人が書いたのかとも思えた。
 たぶん鼻くそほじりながら、片手間で書いたんだと思う。
 まあ、たまにあるんですよ、恩田先生はこういう失態が。だいたいが水準以上なんですけどね。
 ちょっとFTっぽい作品に、出てしまうんです。
 本作は、一応ホラーなのかな。
 軍都と言われる、東京や大阪、呉、横浜の市街や郊外に、「裂け目」という時空の割れ目みたいなのが現れて、そこから「グンカ」という軍服を着て鉄砲を持った亡霊みたいなのがわんさか湧いて出て、そいつらが直接には市民に影響を与えないんだけど、ナショナリズムとか右翼思想と結びついて、社会が悪い方向に進むのを助長するのです。
 それを防ぐのが、先祖代々特殊能力を持っている風雅一族。
 髪に風車のついたかんざしをさした風雅遼平、その元妻で俊平の母である鮎観、就職したばかりの浩平。オネエで関西方面の仕事を受け持つカオル、全国に出現した「裂け目」の情報を得て仕事の段取りをする煙草屋。
 彼らが、「グンカ」と戦ってそれを「裂け目」の向こうの時空に押し返すとともに、裂け目を縫い合わせて閉じてしまうのです。
 むろん、時空の割れ目ですから、「グンカ」だけではなく、あらゆる時代の無念の思いを引きずった魑魅魍魎の類もまた、彼らの行く手を阻むことになります。
 
 まあ、どこが面白くないってすべてなんですが、まずキャラクターの人間関係など設定の説明がなさすぎ。
 いきなり本題に入って補足なしですから、これなにかの続編に違いないと早合点したくらいです。
 浩平なんてぼそっとセリフつぶやくだけで、何者なのかさっぱりわからない。
 風雅一族が、なぜ「グンカ」と戦っているのかも、まったく説明なし。
 だいたい「グンカ」というのが、一つ星の帽子を被っているて中国兵でもないのに、何なのかさっぱりわからない。
 かんざしで裂け目を縫うってのも、馬鹿馬鹿しいですよね。
 遼平は髪にさしてある風車のかんざしで、裂け目から流れ出る風を感じて、さらにそれで裂け目を縫って閉じるのですが、まったくのマンガ。カオルにいたっては、大きなグローブみたいな手でアイロンみたいに裂け目を溶かして閉じるのですよ、アホらしい(笑)ヤマトが波動砲撃ったのは、もう呆れるのを通り越して苦笑しました。
 何を思って(思ってないのでしょうが)、恩田陸ともあろう作家がこんな設定をしたのかほんと不思議に思う。

 やはり恩田陸のホラーやFTみたいな作品は、「三月は深き紅の淵を」とか「黒と茶の幻想」「黄昏の百合の骨」のようなのがダントツに面白くて、恩田陸らしさが一番出ているんじゃないですかね。
 もちろん「夜ピク」や「蜜蜂と遠雷」みたいなガチンコの青春小説もいいんですけども。
 美人の先輩に憧れる後輩みたいな設定で、怪しげな校舎の奥の方で何やらゴソゴソしているというのが、いかにも恩田陸らしい。雰囲気作家ですからねえ。オチを求めているわけではないのですよ、この方には雰囲気を求めているのです。


 
 
 
 
 

「艦隊戦闘機隊」早川英治郎・島野嘉吉・原進ほか

 太平洋戦争ドキュメンタリー(今日の話題社)第15巻。
 昭和44年初版の古書です。
 著者自らの戦争体験を著した記事が海軍関連4、陸軍関連4の計8篇。
 小さい文字の三段組で読みづらいのが難点なのですが、内容はボリュームとも申し分なし。
 終戦後まだ20年を経ていない時期の記事ですので、執筆陣の記憶も生々しいことでしょう。
 陸軍関連は、私はまだ勉強不足なのですが、海軍関連は興味深く読ませていただきました。
 特に、終戦まで生き抜いた歴戦の特設掃海艇の活躍を描いた一篇は非常に珍しく、楽しく読みました。
 初めて読みましたからね、掃海艇の戦記なんて。
 あと、謎もありましたよ。
 表題作であるベテランの母艦航空隊パイロットの手記「艦隊戦闘機隊」を、著者である早川英治郎なる人物は初めて聞いたなと思いながらも読み終えると、編集部注記として著者の名前はペンネームと書いてるじゃありませんか!
 何か差し障りがあるのだろうと想像しましたが、編集部注記には「誰であるかは推測できるでしょうが」みたいなことが書いてる。なるほど昭和40年代だとそうかもしれませんが、現在はそれから40年以上経っていますからねえ。
 でもこの謎を解きたい。早川英治郎とは誰なのか?
 鬼のように調べた結果、99%間違いないと思われる方に行き当たりました。
 愛媛県出身、本山航空隊に在籍経験があり、マリアナ沖海戦で空母瑞鶴戦闘機隊として出撃後単機で帰投した経験を持つパイロットということから鑑みて、この経歴に当てはまるのは、池田(藤本)速雄飛曹長その人ではないかと思います。
 複数の撃墜記録を持つ歴戦の零戦搭乗員である池田速雄さんが、なぜどこに出しても恥ずかしくない貴重な自身の体験を公表するのにペンネームを用いたのか、それは謎です。
 
 謎の早川英治郎氏(601空310戦闘機隊)の表題作「艦隊戦闘機隊」のほかの海軍関連は3篇。
「掃海艇かく戦えり」(島野嘉吉・第3関丸乗組・海軍中尉)
 トン数わずか300トン。捕鯨船を改造した特設掃海艇「第3関丸」(乗組士官4名・下士官兵46名)の戦記。
 著者は艇唯一の現役士官(艇長、水雷長、機関長ともに予備役)で、運用、航海、主計などを兼ねた先任士官。
 グァム攻略作戦を皮切りに、ポートモレスビー攻略作戦など激戦のソロモン海域で1カ年余しぶとく生き残り、ついに終戦まで活躍し続けた武勲の掃海艇「第3関丸」の航跡。南方の攻略作戦では機雷掃海のために先陣を切る任務を受け持ち、また海軍の護衛艦不足から船団護衛も務めました。300トンの小さな体に、8センチ水平砲、7・7ミリ機銃、爆雷、掃海具を積んだこの小艦が南方の第一線で生き残った軌跡を読めたことは、非常によかったです。
「駆逐艦と護衛艦」(原進・駆逐艦春雨乗組・海軍工作兵曹長)
 昭和18年1月にウエワク湾で敵潜水艦の雷撃を受け、艦首が切断されながらも不屈の闘志で生き抜いた第27駆逐隊旗艦「春雨」の戦記。健闘むなしく昭和19年6月にビアク島沖で航空雷撃により沈没するまでの生涯。
「不運の駆逐艦夏潮」(大西喬・夏潮水雷科員)
 昭和17年2月8日、マカッサル湾口で被雷沈没した不運の駆逐艦「夏潮」。著者は戦前に艦隊練習中、駆逐艦峯雲が夏潮に衝突破損したことが遠因ではないかと書いています。夏潮が雷撃を受けた中部機械室は、奇しくも峯雲に体当たりされた箇所と同じだったそうです。

 次に、陸軍篇4篇。
「ラバウルの石松」(瀧利郎・第38師団参謀付・陸軍准尉)
 著者は支隊司令部の暗号手。ガダルカナル島での死闘。激戦の903高地。自決用と特攻用の2発の手榴弾が唯一の武器だったそうです。ソロモンで激闘を続けながら、海軍の苦戦を横目で見、早い段階から「海軍の捲土重来はない」と見切っていたそうです。
「ネグロス島攻防戦」(弓削伊三郎・第6航空地区司令官・陸軍大佐)
 レイテ決戦前後の在フィリピン陸軍航空隊の動きについてよくわかる手記です。陸軍特攻隊についても。
 著者は昭和21年3月に復員しましたが、奥さんは終戦後の昭和20年9月に自決していました。
「盗賊山砲隊奮戦記」(志摩辰郎・祭兵団独立山砲隊・見習士官)
 昭和19年3月、日本軍の敗色が濃くなってきてからの大作戦・インパール作戦の光と影。
 著者はインパール作戦捕虜第一号となったが、後に脱出して本隊に合流した驚くべき経験の持ち主。
「さらば天門」(森金千秋・第132師団602大隊・陸軍兵長)
 連戦連勝敗け知らずの支那派遣軍に訪れた、終戦。負けた気がしない。一ヶ月後の昭和20年9月になってやっと占拠地を撤退しました。それから昭和21年5月にLSTで復員するまでの日々。珍しいことが色々と書いてあります。

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「カブールの園」宮内悠介

 この方の本はデビュー作の奇想SF「盤上の夜」以来。
 こういう方向に進んでいたのか。ふーむ。
 ずいぶんとあれだね、深い方向に行きましたな。
 本作には表題作含む中編2篇が収められていますが、ほぼ文芸作品といっても過言ではないですね。
 「文學界」に発表されたものですから、まあそうか。
 エンタメではありません。人種差別をテーマにした重苦しい物語です。
 それでも、この方ならではの独特の奇想を感じました、特にカップリングの「半地下」という作品は奇抜です。
 ちょっと度肝を抜かれました。
 思わず誘導されるように検索をしてしまったのは私だけなのでしょうか。
 いや待てよ、EWFなんてプロレス団体は聞いたことないなと疑いながらも。
 作者の経歴と重なっているので、まさか私小説なのかと思ってみたり、まあ、術中にハマりましたわ。
 ジャンキーみたいな顔してますしなあ、失礼だけれども。
 子供のときからニューヨークに12年間もいたそうですから、こういう発想ができたんでしょうね。
 人種差別、薬物経験などは、日本にずっと篭っていればなかなか体験できませんから。
 私なんてたまさかの旅だけでも、何度も人種差別されたことがあります。
 中国人に間違えられるしね。中国に入っても中国人に間違えられる(笑)。言葉が話せないのに。
 どこか田舎の少数民族だと思われて、ご飯を戴いたこともあります。恵んでくれたという感じでしょう。
 白人の国で中国人に間違えられるときは、「おまえチノか?」みたいなちょっと侮蔑的にこられることが多かったですが、日本人だと言うとそりゃすまんかったみたいな感じになります。考えてみればこれもおかしいんですけどね、向こうもこっちも。
 よく黄色人種の性格を表現するのに、「相手と目が合えば中国人は笑いかける、韓国人は睨みつける、日本人は目をそらす」という格言がありますが、的を得ていて、日本人は世界で稀有なくらいおとなしく、差別の泣き寝入りをする民族です。
 表にはあまり出てきませんが、日本人女性の性的被害もかなりの数が埋もれていると思う。
 最近では、クレヨンや色鉛筆から「肌色」というのが消えたというニュースを見ましたが、どれだけ差別に敏感になろうとも、人種差別というのはなくなりませんし、嫌いなものは嫌いなんです。それが世界の真実ではないでしょうか。
 色々と考えさせられる作品でした。
 特に「半地下」は読む価値が大いにあると思います。

「カブールの園」
 表題作のタイトルの意味は、子供時代に学校で豚と虐められた日系三世の主人公の思い出からのもの。
 彼女は日本語が喋れません。それでも両親も日系なので見た目は日本人そのものなんです。
 ITベンチャーのエンジニアとして活躍している38歳の今になっても、子供時代のイジメのトラウマから抜け出せず、治療を受けていました。治療の効果はおもわしくなく、会社から休暇をもらった彼女は、旅の成り行きで、マンザナー日系人収容所を訪れます。日系人収容所とは、日本の真珠湾攻撃をうけてアメリカ政府が日系人を砂漠のど真ん中に隔離した施設です。同じ枢軸国であるドイツ系やイタリア系は隔離されることなく、日系人だけが隔離されて凄惨な生活を強いられたのです。
 およそ40年後、レーガン大統領が日系人の隔離政策を「間違いだった」と表明するまで、みじめな過去を己の心の中に隠して多くの日系人は慎ましく暮らしてきました。彼らの声なき声を聞き、彼女は自分のルーツに正面から向き合う決心をします。
 日本語の喋れない日系人のアイディンティティとは何か?

「半地下」
 傑作。これを読めば、宮内悠介という作家にはこの人にしか書けない小説があるということがわかるはずです。
 日本で事業に失敗した父とともに、ニューヨークに逃げてきた姉と弟の物語。
 まもなく父親は失踪し、アップタウンのアパートに姉と弟だけが残されてしまいます。
 ここでこの物語の変わっているところなんですが、姉は生活のためにマジソンスクウェアガーデンのレスラーになるのです。姉は文字通り、体を張って、民族性を切り売りしてカネを稼いだのでした。
 その間、5歳だった弟は学校に通い、ドラッグや人種差別など様々な経験をします。
 このエピソードが生々しいというか、私が作者の私小説なのではないかと考えた所以なのですけどね。
 アメリカという国は基本的に多民族国家で非常に懐が深いと思う一方、ドラッグに蝕まれています。
 結局、リング上での怪我が元で姉は亡くなってしまい、弟は日本へ帰国することになります。
 作者はここで、さも真実の出来事であったかのように動画へのリンクなどを文章中に貼ってリアリティを醸し出させているのですが、この手法がありそうでなかったように思いました。EWFという単語を変えてみたりして私も検索してみましたが、もちろん、ありませんから。


 
 
 
 

「夜行」森見登美彦

 第156回(2016年度下半期)直木賞候補作になった「夜行」を読みました。
 とても幻想的な作品で、読み終えたあとはまるで夢を見ていたかのように、ぼんやり。
 物語全体が、濃霧のなかに包まれているみたいで、実感がありません。
 珍しい後味の作品だと思いました。変わってる。
 「蜜蜂と遠雷」が相手では仕方ありませんが、十分に張り合うことのできた一作じゃないですか。
 理系の作者ならではの、サラサラとしたねっちょりしていない文章は読みやすいですし、この方は京都を舞台にした物語が専門のようですが、魔境が似合う夜の京都の情景が目に浮かぶようで趣があったと思いますね。

 導入。
 鞍馬の火祭の夜に、仲間のひとりがまるで虚空に吸い込まれたかのように姿を消した。
 彼らは同じ京都の英会話スクールに通う生徒たちで、消えたのは長谷川さんという大学2回生の女の子だった。
 警察による捜査も虚しく、何ひとつ手がかりはなく、未解決のまま事件は風化した。
 そして10年。
 あのときの5人の仲間たちは、再び鞍馬の火祭に会合する。
 貴船の宿で、それぞれが旅の思い出話をするうちに、ある奇妙な符合に気付く。
 それは岸田道生という亡くなった銅版画家の描いた奇妙な版画が関係しているということだった。
 「夜行」と名付けられた全48作のシリーズで、ビロードのような黒の背景に白い濃淡だけで描きだされた風景は、永遠に続く夜を思わせる。いずれの作品にも、目も口もなく滑らかな白いマネキンのようなひとりの女性が描かれている。
 岸田道生は、日が昇る前に眠って日が沈んでから起きるという生活を続けていた。
 彼は連続する夜の世界で暮らしていて、そこで想像した日本各地の風景を作品にしていたという。
 10年ぶりに会合した5人の仲間たちは、それぞれの旅の風景で、「夜行」の場面に遭遇していた。
 そして、不気味な世界が彫り込まれた版画の漆黒の世界に、気づきもせぬまま魂を絡め取られていたのだった。
 おそらく10年前の長谷川さんと同じように・・・

 5人は、リーダーの中井、一番年かさの田辺、紅一点の藤村さん、一番年下の武田君、そして大橋。
 順番に、己の体験した不可思議な話を披露していきます。それが章構成になっています。
 トップバッターは中井で、彼が尾道に行った奥さんを連れ戻す話だったんですが、なんか違和感を感じました。
 ? みたいな。だって中井はホテルマン殺したんじゃないですかね。なんでのほほんとここにいるんだろと思って。
 その流れで次の武田君の話は、ほんとに怖かったです。これがマックスだったと思いますね。
 4人のうち誰か2人が死ぬような話で、私は武田君自身が死んだと思いました。おそらく武田君と美弥さんの内通していた2人が霊感おばさんの予言通り死んだと思いました。でも、貴船まで来てるということは武田君は生存していたということです。
 ?? ですよね。
 最年長の田辺の話で、あることに気づきました。
 天竜峡に向かう電車の中で出会った不思議な女子高生が「悩んでるつもりですけどね」っていうセリフを言うのですが、これ、中井の話であった長谷川さんのセリフそのままなんですよ。
 「あ、これ、ひょっとしたらそれぞれの話に長谷川さんが姿を変えて紛れ込んでいるんじゃないか」と思ったんです。
 武田君の話ならば瑠璃、藤村さんの話では佳奈ちゃん、というふうに。
 10年前に消えた長谷川さんは、形を変えてそれぞれの人生に登場しているのではないかと。
 
 結果、違ったわけですけどね。
 マルチバースといいますか、表と裏、、陰と陽、夜行と曙光という多元世界が種明かしであったわけです。
 もちろん、10年前の鞍馬の火祭で消えたのが長谷川さんや大橋ではなく、中井であったり藤村さんであったりした世界もどこかに存在するのではないでしょうか。人間消失はともかくとして、その時その時の選択によって宇宙は無限に分岐していくというのが、現在の物理学の考え方の主流になっています。
 私やあなたがブログをやったり見ているのではなく、既に死んでしまっている世界もどこかに存在しているはずです。
 結局、「夜行」という版画は、怪奇現象を引き起こしたわけではなく、謎を解くモチーフになっていたということです。
 でも、夜のほうの世界は少しおかしいと思いますけどね・・・
 ひょっとしたら、夜の方は完全に閉ざされているのではなく、たまに光が紛れ込んでいるのかもしれません。


 
 
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