「勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧幻の三連覇」中村計

雪国の野球を変えた名将・香田誉士史の栄光と挫折

 夏の甲子園で3年連続決勝に進出し、現代高校野球では前代未聞の三連覇に王手をかけた駒大苫小牧高校。
 北海道のみならず全国的にフィーバーを巻き起こした一方、相次いだ不祥事。
 その舞台裏では何が起こっていたのか。
 雪国野球に革命を起こした香田誉士史監督の熱闘の軌跡とその功罪を振り返る傑作スポーツノンフィクション。

 面白かった。
 高校野球ファンのみならず、色んな方が読んで勉強になる本だと思います。
 内容を端的に言うと、香田監督が大学を卒業して駒大苫小牧高校に赴任するときにお母さんが言ったという、
 「なんで、おまえに先生ができるか!」
 と、常総学院の木内監督が言ったという、
 「甲子園は3年に1度出ればいいの! そうでないと、ねたまれっから!」
 というふたつの言葉に集約されると思います。
 非常に難しい世界です、高校野球は。

 かくいう私も、2004年夏に駒苫が春夏合わせ161回目優勝がなかった北海道勢初めての優勝を成し遂げ、ナインを乗せた凱旋の飛行機内でCAが「深紅の優勝旗がいま初めて津軽海峡を渡ります」とアナウンスしたというニュースを観たときは、非常に微笑ましいものを感じましたし、その夏の大会の日大三高、横浜、済美といった強豪校を奇跡的に撃破していった駒苫の戦いぶりには非常に感動したクチです。
 ですが、次の年ですね、駒苫が連覇したときの2005年夏のベスト8で私の地元の高校が終盤5点差をひっくり返されて負けたときから苦々しいものを感じていました。
 2006年に57年ぶりとなる夏の大会三連覇をかけた決勝で、駒苫はハンカチ王子擁する早稲田実業に引き分け再試合の末破れますが、そのときにはすっとしたように思います。妬んでいたのです。あまりのわけのわからぬ強さに。
 生半可なことで、甲子園で3年連続決勝には行けません。そら運もあったでしょう。
 香田監督自身が「なぜ勝てたんですか?」と聞かれたら、わかりませんが結論と言ったように、駒大苫小牧の勝負強さは異常でした。ずば抜けて試合に強いチームでした。本書を読んで、その謎の一端が理解できたように思います。
 技術もさることながら、チーム内のシンクロといいますか、応援の吹奏楽部を合わせて、それこそ文字通りの一丸となった野球をやっていたわけで、そこには猛練習によって裏付けられた走塁や守備のスキのなさという土台がありました。目に見えにくいんですけど、走塁や守備の連携がここ一番で効いたわけです。もちろん、香田監督の真骨頂である意表をついた選手起用や田中将大という絶対的なエースの存在があったことは言うまでもありませんが、それは案外オマケかもしれません。
 
 駒沢大を卒業した香田監督が恩師の紹介で駒苫の野球部監督に就任したのは、1994年のこと。
 ちなみに彼は佐賀商業出身でそのときに3回甲子園に行っています。
 当時、雪国といいますか気温の低い地域の野球は相当なハンディキャップを背負っていました。
 冬場のグラウンド練習ができないのです。有力校は冬場は室内練習場を使用していました。
 その常識を壊して積雪で寒風吹きすさぶ外のグラウンドで練習をしたのが、香田監督でした。
 これには、2010年に春夏連覇し、現在している夏の甲子園(2017)にも出場していた沖縄興南の我喜屋優監督の助言があったようです。我喜屋監督は、当時社会人野球で北海道にいたのです。
 ひょっとしたら我喜屋をさんがいなければ、香田誉士史という名監督は誕生していなかったかもしれません。
 雪上の練習が逆に選手のバランスとフィジカルを鍛えました。ハンディをアドバンテージに変えたのです。
 もちろん、町おこしに必要な三者、体力があり動ける若者、常識を打ち破れるバカ者、土地の価値観に染まってないよそ者の三者を香田監督が持っていたからこそ、常識を打ち破るチャレンジが可能であったのでしょう。

 この本を読んだおかげで、香田誉士史という人間が好きになりました。
 読んでいなければ、私の人生で彼は「駒苫のデブでうざい監督」という印象しか残らなかったと思います。
 偉業を達成した後、彼は度重なる部内の不祥事で精神を病み、2008年3月に駒大苫小牧高校職員を辞職しました。
 現在はすっかり健康になり、九州の実業団チームでコーチをされているようです。
 いつの日かまた、甲子園に戻ってこられることを切に願っています。再び「香田ウザ」と思わせてください。


 
 

 
スポンサーサイト

「暗手」馳星周

 本当に久しぶりの馳節が炸裂するブラック・ノワール。
 小難しいことは置いといて、やっぱ馳星周はこうじゃなきゃという作品。
 銃の引き金にかけた指は躊躇なく引く!!

 すっかり忘却の彼方にありましたが、本作は「夜光虫」の19年ぶりの続編だそうです。
 間違いなく読んでるはずですが、まったく記憶にございません。
 物語も佳境に入った頃、たまさかフラッシュバックしていた主人公の過去の話がそろそろ詳細に振り返られるかと思いきや、まったく姿を現さないので、「おかしい」と思って調べたら過去作の続編だったということが明らかになったのでした。
 よくあることですね\(^o^)/
 まあ仕方ない、関係なく面白かったですが、やはり順番としては「夜光虫」を読んでおいたほうがよかったね。
 主人公の加倉昭彦は日本のプロ野球のエースピッチャーだったみたいですが、故障して台湾球界に渡り、そこで八百長に手を染めることになり、自分を陥れた連中を殺しに殺しまくったのです。
 そのとき、自分を慕ってくれていた人間の妻に横恋慕していました、その女性は麗芬といいます。
 台湾で黒社会から命を狙われることになった加倉は、整形で顔を変え、戸籍を買い取って名前を変え、日本人であったという痕跡を完璧に消し去ってフィリピンに脱出、やがてインドネシアでスポーツ賭博に手を染めて、ヨーロッパに渡りました。
 そしてイタリアで数々の偽名を駆使し、現在は「暗手(アンショウ)」という呼び名で黒社会の何でも屋をしています。
 彼の過去は誰も知りません。彼自身も自分の本名を忘れて暮らしています。
 余分なものの一切ないシンプルな部屋に、麗芬の写真が飾られている以外には・・・

 便宜的に主人公を加倉と呼びますが、本作で彼が請け負った仕事、それはセリアAを舞台にした八百長でした。
 依頼主は、中国大陸からヨーロッパまで手広く稼ぐサッカー賭博の帝王・王天。
 ターゲットはセリアA残留が目標のプロビンチャチームに所属している、日本人GK大森怜央。
 大森は、将来は日本代表入りも噂される優秀な若手ゴールキーパーで、チームのヒーローになっていました。
 しかし運の悪いことに、黒社会から目をつけられてしまったのです。
 サッカー賭博は失点に絡みやすいGKやディフェンダーが標的にされることが多いのです。
 日本人貿易商を装った加倉は偶然のふりをして、大森に接触し、たちまち信頼を勝ち取ります。
 そして大森のタイプである女性をあてがい、その女性にのめり込ませることによって、八百長の闇の世界へと導いていくのです。かつて自分がそうであったように・・・
 大金が動くサッカー賭博はシーズン終了間際が勝負です。残留がかかった試合で、大森にわざと失点をさせてチームを負けさせる、それが加倉の仕事で、1年にわたる息の長い仕掛けが必要でした。しかし思わぬイレギュラーが起こり、鉄面皮であった「暗手」の冷え切った心が揺れ動くことになります。
 なぜなら弟の活躍を観るために日本からやってきた大森の姉が、麗芬にそっくりな雰囲気を持つ女性だったのです。
 生きる意味などまったくなく、むしろ殺して欲しいと潜在意識で思っていた加倉は、彼女と出逢うことで変わり始めるのです。
 二度と麗芬を裏切りたくない加倉、しかし、組織を裏切れば容赦のない死が待っています。
 そしてかつて台湾で自分を狙っていた史上最強の殺し屋、馬兵が王天に雇われて加倉の仕事を監視するようになり、彼はますますジレンマを抱え込むことになるのです。

 確かに久しぶりの馳節ですが、以前より話がわかりやすくなっているというか、読みやすいです。
 以前も中国黒社会の面々が登場しましたが、福建派、上海派とか台湾とか関係が複雑でわかりにくかったです。
 今回も様々な中華系が出てくるのですが、舞台が西欧だからかな、すっきりとわかりやすい。
 誰が敵でどう揉めているのか、理解がしやすいのですね。
 サッカー賭博をテーマにしたのも、珍しくてよかった。
 私はサッカーファンなので、サッカーで賭博をするってのが現実味がなかったというか仕組みの想像がつかなかったのですが、なるほどこういうふうにやるのだな、と。
 PKをわざと与えるとか、絶対にできないことじゃない、ありえるわな。
 現実に、セリアAでも過去には問題になりましたしね。怖いですね。
 ラストも予想外。
 前ならば加倉は死んでいたと思います。馳星周も年取ったんだね、と思いました。
 続編を熱望しますね。19年後はやめていただきたいですが。


 
 
 

 
 
 

「陰陽師 飛天ノ巻」夢枕獏

 闇と光が混在する平安時代の京都を舞台にした伝奇小説のベストセラーシリーズ「陰陽師」の第二巻。
 枠が固まり、初巻より断然面白い印象。
 安倍晴明と源博雅の掛け合いから始まる物語を定型とした連作短編7篇。
 
 昨日、NHKBSで京都異界物語みたいなのをやってました。ちらっと観ただけですが。
 京の都は、陰陽五行説や風水に基いて造られた、巨大な呪法空間です。
 そもそも平安京は、桓武天皇が怨霊から自分の身を守るために長岡京をわずか10年で捨てて造られたものなんですね。北方に玄武の船岡山、東に青龍の賀茂川、南に朱雀の巨椋池、西に白虎として山陽、山陰の二道を配し、鬼門の方角である東北には比叡山延暦寺が置かれています。
 内部では常に権力争いがあり、殺人の呪法なども日常的に行われていました。
 京の都は、深い闇と鬼とをその内部に育てていく、呪詛の温室であったのです。
 このような背景をふまえて、陰陽師と呼ばれる、呪詛の技術者たちが生まれていったのです。
 安倍晴明が有名になったのは、このシリーズの力が大きいね。漫画や映画にもなったし。
 「今昔物語」を読んでいればこの話ももっと面白いんでしょうが、残念ながら私は知りません。
 私にとって何が新鮮かって、式神が新鮮。
 式神とは、陰陽師が操る精霊や気のことで、晴明は屋敷の庭に咲いている草花の式神を身の回りの世話や用事に使っているのですが、彼女らが実に可愛らしい。
 木犀の薫、竜胆の青虫、藤の蜜虫など。晴明が呼べば「あい」と言って綺麗なべべ着て現れるんですよ。
 「君は野菊のようだ」じゃありませんが、そうか、女性を花に喩える文化が日本にはあったなあと思いまして。
 といっても今「君は芍薬のようにたおやかで美しい」と言っても「は? 漢方薬?」と言われるのがオチでしょうけど。
 晴明や源博雅のように酒を飲みながら庭の草花を愛でる、最高じゃありませんか。
 物の怪や鬼が出るのは嫌だけど、そういう情趣のあるところは今より平安時代のほうがいいですよ。
 ちなみに、本作で源博雅の設定が明確になりました。
 父は醍醐天皇の第一皇子克明親王で、従三位に叙せれている殿上人。音楽の才能がある雅楽家だそうです。
 どっちかというと、四角四面の武人のようなイメージでしたが、違うようですね。ドジなのは相変わらずです。

「天邪鬼」
 上賀茂の山中に、奇怪な子どもの物の怪がでるという。人間が「通りたい」と言うと絶対に通さず、「通らない」と言うと無理に通してくれるが朝まで同じところをグルグル回っているだけらしい。同じ頃、教王護国寺(東寺)の仏師が晴明の元にやってきて、ずっと彫っていた四天王寺像の足に踏みつけられている邪鬼が、元の彫刻からぱっかり抜けてしまったと告げる。
「下衆法師」
 辻で外術(魔法、手品)を見せて商売をしている青猿法師に、絵師の寒永翁が弟子入りしたいと言い出した。青猿は、寒永を師匠に会わすと言って深い山の中に連れて行くが、はたして師匠の正体とは・・・
「陀羅尼仙」
 陀羅尼経とは、すべての悪魔や外道を調伏する真言のことである。ある比叡山の坊主が、仏道ではなく仙道に憧れ、仙人になるために山を降りた。坊主はやがて厳しい修行の末、血なく肉なく毛におおわれ、奇妙な骨を持ちふたつの翼を持つに至った。ある日、空を飛んでいると懐かしの叡山から陀羅尼経が聞こえる。思わず仏堂に降りて聞き惚れていると、なぜか空が飛べなくなってしまった。
「露と答へて」
 白玉がなにぞと人の問いし時 露と答へて消えなましものを
 藤原兼家が夜、女のもとへ通う途中に百鬼夜行に出会って死ぬ思いをしたという。その真相とは!?
「鬼小町」
 八瀬の山里の荒れ寺に老法師が住み着いたが、毎朝、気品のある老婆が通ってくるという。
 小野小町と深草の少将。晴明にさえ救えぬ、ふたりの絡まった魂縛の行方。
「桃園の柱の穴より児の手の人を招くこと」
 源高明が住んでいる高名な桃園邸で怪異が続いているという。柱の節穴から、夜になると稚児の手が這い出てきて人を招くのだ。高明が弓矢を打ち込むと、屋根から人の指が落ちてくるようになった。やがてカエルが落ちてくるようになり、ついにはアオダイショウがぼとぼと落ちてくるようになった。その話を聞きつけた源博雅は、晴明に怪異の調伏と謎解きを迫る。
「源博雅堀川橋にて妖しの女と出逢うこと」
 三条東堀川橋に女のあやかしが出るという噂が、清涼殿の宿直をしている武士の間で広がった。夜な夜な女が橋の上に現れ、通ろうとする武士を通せんぼし、改修が迫っている堀川橋の工事の延期を求めるという。剛の者が次々とあやかしに翻弄され、ついに源博雅に出番が回ってくる。彼は晴明抜きで怪異の謎を暴けるだろうか・・・


 
 
 
 
 
 

「遙かなる未踏峰」ジェフリー・アーチャー

 エヴェレストに消えた伝説の登山家ジョージ・マロリーの半生を追った青春冒険小説。
 著者は同じイギリス人“ジョンブル”ジェフリー・アーチャー。
 上下巻のボリュームがありながら、厚さをまったく感じさせないテンポのよい文章と展開はさすが。

 エドモンド・ヒラリー卿とシェルパのテムジンがエヴェレスト公式初登頂を成し遂げたのは1953年。
 それより約30年もさかのぼる1924年6月8日に、ジョージ・マロリーは人類として初めて最高峰の頂きに到達していたのか?現代の我々の街冬のファッションにも劣るような、ろくな防寒着もないままに?
 最近、この世界登山史上最大の謎が気になって仕方ありませんでした。
 それでこれまでに「エヴェレスト初登頂の謎」トム・ホルツェル著、「そして謎は残った」ヨッヘン・ヘムレブ著と、謎の真相に迫る本を読んできたわけですが、謎のロマンの大きさに比して、関連本の数があまりにも少ないのですよ。
 本作の冒頭にも出てきますが、1999年5月1日にエヴェレスト北東陵26760フィート(約8156メートル)で75年ぶりに行方不明になっていたマロリーの遺体がほぼミイラ状態で発見されました。所持品も検分されました。
 登頂に成功すればそこに置いてくるとされていた最愛の妻ルースの写真は、そこにありませんでした。
 しかし、彼がエヴェレスト初登頂に成功したのか失敗したのかわかりません。
 もっとも登攀のパートナーであったアンドルー“サンディ”アーヴィンの遺体が発見されれば何らかの進展はあるでしょうが・・・1975年に中国登山隊の一員がアーヴィンと思われる西洋人の遺体を27230フィートで発見しましたが、この中国人はまもなく雪崩に巻き込まれて死亡したために、はっきりとした場所はわからないままになってしまいました。
 アーヴィンはコダックのカメラを持っていただろうと推測されています。
 登頂に成功していたならば撮影しているでしょうし、厳寒で乾燥しているためにフィルムが保全されている可能性があります。
 しかし2017年現在、彼の遺体は発見されることもなく、エヴェレスト初登頂者が覆る気配は微塵もありません。
 確かに、生きて帰ってきてこそ登頂に成功したと云えるという意見もわかります。
 しかし、20世紀初頭の貧弱な装備でですよ、エヴェレスト登頂付近に届いているというだけで凄いことなのですが、確かに最愛の家族の元には帰ってきませんでしたけどもしもマロリーが人類で初めて地球の最高峰に到達していたのならば、彼を初登頂者として認めるべきだと思いますね。
 物理的に確度の高い証拠が見つかればね。教科書書き変えでいいよ。
 そうしなければ離れ離れになったままのマロリーとルースが報われないですよ。
 そういう思いがふつふつと沸き起こるのを止められないのが、本作「遙かなる未踏峰」でした。
 ドキュメンタリー二作を読んで、実話を土台にした小説である本作を読んだ順番は正しかったと思われます。
 ノスタルジー度がだいぶ増しますから。

 1892年の6歳の頃から、登山に天賦の才能を発揮した学生時代、そして最愛の妻であるルースとの出会いと結婚、第一次世界大戦への参戦と負傷、エヴェレスト委員会との確執、7人のシェルパを雪崩で失った1922年のエヴェレスト遠征の失敗、そして最後の挑戦となった38歳のエヴェレスト遠征までを、実話を核にした情感豊かな内容で仕上げています。まさにマロリーの人生そのもの。ひょっとしたら登山シーンよりも彼の生活のほうが青春小説として内容に味があったかもしれません。
 時間にルーズでおっちょこちょいであったのは、伏線になっていましたね。
 周辺の人物や遠征隊のメンバーも、実名のまま登場しています。
 王立地理学会の事務局長アーサー・ヒンクスも極めて保守的で堅物な地のままの性格で出ています。
 ただ地質学者で最期にマロリーとアーヴィンの姿を見た人物であるオデールや医師のソマーヴィルとケンブリッジのアルパインクラブで出会ったというのは、フィクションだと思います。
 実際にはマロリーは3回の遠征(1921,1922,1924)に参加していますが、本作では2回(22,24)になっていますし、シェルパのニーマという人物も私が読んだドキュメンタリーには出てきませんでした。
 しかし最後の挑戦となってしまった1924年の遠征に参加するかどうかの葛藤などは、家族との関係や経済状態においても真実に近いものであったと思いました。さすが同国人だけあって背景が上手に書けてるなあと。
 圧巻は映画のラストシーンのような、マロリーとアーヴィンの登頂後の帰路の場面。雪に落ちて笑うところ。
 専門の山岳用語などは使われていないのですが、逆に私のような素人には想像しやすく読みやすかったと思います。
 感動的だったね。
 もちろん本作はフィクションなんですが、やはりマロリーはてっぺんに登ったのだろうと確信しました。
 彼にとっては、生きて帰ったとしてもこれが最後の挑戦だったのです。
 彼ならば止まらなかったと思いますよ。


 
 

 
 

「防空駆逐艦『秋月』爆沈す 海軍予備士官の太平洋戦争」山本平弥

 日の丸の旗の下では死ねるが、軍艦旗の下では死にたくない。
 “船のプロ”商船学校出身士官の太平洋戦争


 明治17年、日本政府はイギリスを真似て海軍予備員制度を作りました。
 これは高等商船学校(現在の商船大学)の卒業者を、戦争時に海軍士官として徴用するという制度です。
 艦船を動かすには高度の航海術や機関術が必要ですが、そのための士官を平時に大量に抱えておくことは、予算的に無理です。ですから平時にはプロの軍人でまかない、いざ戦争になると商船のプロを予備士官として補充するという考えでした。
 日本は四方を海に囲まれた国であり、航空路が未熟な時代にあって、海路は国家の命綱でした。
 必然、日本は当時世界第三位の海運国であり、海運に従事する海員の質は非常に高いものだったのです。
 しかし、彼らは平和の海で活躍すべき職種です。
 心ならずも、強制的に殺人兵器である軍艦に応召される葛藤はいかばかりであったでしょうか。
 太平洋戦争では東京、神戸の両高等商船学校卒業者の約2700名が海軍に応召され、900名を超える方が亡くなりました。著者の卒業した東京高等商船学校機関科第111期生は、なんと31名中18名が戦死されています。
 応召中に、海軍予備士官からプロの軍人である海軍士官に転属できる制度もありましたが、それを利用したのはわずか20数名であったようです。ほとんどの商船学校出身の予備士官たちは“商船乗り”の誇りを矜持したまま、戦争を闘ったのです。
 日の丸の旗の下では死ねるが、軍艦旗の下では死にたくない。これが船のプロとして誇り高き彼らの偽らざる心境だったのではないでしょうか。

img091_convert_20170806112849.jpg
 秋月型防空駆逐艦「秋月」
 昭和17年6月竣工
 公試排水量 3470トン
 34ノット
 10センチ高角砲 最大仰角90度
 1門当たり発射速度毎分19発
 最大射高1万4千7百メートル
 

 商船学校を卒業して少尉候補生になった著者は、昭和18年9月に応召され、重巡「足柄」に配属されました。
 足柄では、機関科の分隊士や工作科の分隊士を務め、昭和18年11月から10ヶ月半を足柄で過ごします。
 ガンルームでは、アブラ海に伊58潜から回天特攻して大戦果を上げた石川誠三少尉がいました。
 このときのエピソードとして初めて聞く話だったのは、マリアナ沖海戦の敗戦を受けて、軍令部ではサイパン島に戦艦「山城」、重巡「那智」「足柄」で水上特攻を仕掛ける案があったらしく(イ号作戦)、出撃寸前で中止になったらしいのです。
 行ったら絶対に助からないだろうと足柄の艦内では話されていたらしいですが、この案を企画したのは無謀で有名な神重徳大佐であり、これが後の大和水上特攻の母案となったのではないかというのですね。
 神重徳は「山城でサイパンの砂浜に乗り上げて撃ちまくる」と言っていたらしいですが、理系の著者に言わせると、砂浜に乗り上げた時点で軍艦の主砲は動かなくなるものであって、これくらいの道理がわからない人間が海軍の上層部にいたのは呆れるとのことでした。神さんは栗田さんの代わりにレイテ行けばよかったんじゃね? 阿呆だよね相変わらず。何人の尊い命を犬死させたのだろう。戦後すぐに死んでよかったわ。
 昭和19年9月、著者は志願して危険な駆逐艦乗りになります。駆逐艦「秋月」の缶指揮官(機関科分隊士)です。
 そして運命のレイテ決戦に小沢機動部隊の空母護衛艦として出撃するのです。
 「秋月」が爆沈したのは、昭和19年10月25日の午前8時頃でした。
 缶室が吹き飛び、高熱蒸気が充満するなか、著者は顔も手足も肺も焼ける重傷で命からがら甲板に上がるのですが、その模様は冒頭に書かれている通り、凄惨の一言に尽きると同時に、これほどまで生死の現場を迫真に満ちた描き方をしている戦記は今までに読んだことがありませんでした。機関は艦底ですから、艦が撃沈されると助かる可能性が低いわけで、著者のように奇跡的に生き残った方の記録が少ないのかもしれませんけど、すごかったように思う。
 著者は駆逐艦「槇」に救助されましたが、槇の石塚栄艦長は司令部の命令でなく独断で秋月の救難に向かったのだそうです。その後、中城湾に逃げ延びるまで槇は敵機の直撃弾を3発食らうのですが、機関が心配で重傷なのにアドレナリンによる興奮で艦橋に這い上がった著者を石塚艦長は「負傷者は下がれ!」と一喝、艦橋で仁王立ちになって踏ん張ったそうで、このときの体験談も鬼気迫るものでした。
 海軍病院に入院した著者は以後第一線を離れ、練習艦「八雲」や砲術学校の教員配置を務め、終戦となりました。
 戦後も海一筋で、海上保安学校の校長を奉職されています。
 
 戦後数十年、秋月はなぜ突然爆沈したのか、ミステリーとされていました。
 敵潜水艦による雷撃、味方母艦に向かう魚雷に体当たりした、味方による誤射などの説もあり、公刊戦史にもはっきりとした沈没原因は記されていなかったようです。
 しかし、本書で著者は理系の才能と爆発時の自身の体験、秋月生存者の証言などから、ほぼ沈没原因を特定しています。それは、秋月の激しい対空射撃の間隙を突いて後方から侵入した敵爆撃機による直撃弾が、魚雷発射菅のあたりに炸裂して魚雷が誘爆したものということでした。
 米軍も恐れる高性能の防空艦だった秋月爆沈のミステリー解明、そして海軍予備士官としての艦船従軍経験、貴重な機関室士官の体験談など、何より筆力があって読みやすいですし、本書は戦記として読む価値の非常に高い一冊に仕上がっています。


 
 

 
 
NEXT≫
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
カテゴリ
ミステリー (92)
ミステリー短編集 (17)
歴史ロマン・ミステリー (17)
冒険ロマン・ミステリー (14)
サイコホラー・ミステリー (15)
学園ホラー・ミステリー (14)
民俗ホラー・ミステリー (10)
政経・金融ミステリー (18)
ファンタジックミステリー (22)
近代・昭和ミステリー (14)
オカルティックミステリー (7)
青春・恋愛ミステリー (21)
医療小説・ミステリー (22)
伝奇小説・ミステリー (14)
時代人情小説・ミステリー (18)
時代冒険小説・ミステリー (19)
社会小説・ミステリー (15)
スポーツ小説・ミステリー (10)
アーティスティックミステリー (12)
海外ミステリー (28)
海外冒険小説・スリラー (17)
SF・FT・ホラー (26)
SF・FT・ホラー短編集 (13)
海外SF・FT・ホラー (17)
クライシス・パニックサスペンス (12)
警察・諜報サスペンス (29)
悪漢・犯罪サスペンス (30)
中間小説 (24)
青春・恋愛小説 (32)
家族小説・ヒューマンドラマ (31)
背徳小説・情痴文学 (14)
戦記小説・戦争文学 (19)
政経・金融小説 (14)
歴史・伝記小説 (22)
芥川賞受賞作 (19)
直木賞受賞作 (19)
文学文芸・私小説 (24)
海外小説・文学 (12)
文学アンソロジー (54)
歴史・伝記 (30)
戦史・戦記 (31)
海軍戦史・戦記 (150)
物理・宇宙 (26)
生命・生物 (37)
アンダーグラウンド (46)
事件・事故 (38)
世界情勢・国際関係 (25)
スポーツ・武術 (24)
探検・旅行記 (22)
随筆・エッセイ (30)
月別アーカイブ
プロフィール

焼酎太郎

Author:焼酎太郎
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
最新トラックバック
リンク
QRコード
QR
RSSリンクの表示