「夏の裁断」島本理生

 髪や瞳の色素が薄く、体も薄い。
 普通に付き合ったら手に負えない男。
 本能的に人をコントロールするのが得意な人間。
 それが作家である萱野千紘の担当編集者になった柴田だった。
 柴田の意のままに操られ、恥ずかしい会話を録音され、どんなに邪険に扱われても千紘は柴田に惹かれた。
 ばったり顔を合わせた帝国ホテルの立食パーティーで、とっさに握りしめたフォークで刺すほどに。
 千紘は柴田に絡め取られていた。

 薄っぺらいと思って手にとったのですが、これがまた神経に生で触られるような中身でしてね。
 嫌だ嫌だと思いながら読んでいたら、120ページでガラリと風景が変わるという。
 ゾクゾクっとしましたね。
 ジャンルは中間小説よりの純文学であると思いますが、どういう意図で作者がこれを書いたのかで見方はまったく変わってくると思いますよ。残念ながら、島本理生さんが本作について語っているものは見つかりませんでしたが。
 柴田のような、女性を手玉に取る魔術師のような男は実際にいますし、千紘のような蜘蛛の巣に絡め取られて逃れられない女性もまたいますね、もう理屈ではわからないみたいな。
 本作では、千紘が13歳のときに母親の店(スナック)の客から性的いたずらをされていたということを、理由付けといいますか、エッセンスとして使っているわけですが、これはどうでしょうか。
 猪俣が千紘の母親に聞いたところ、千紘にいたずらをしていた磯野という客は存在しなかったということでした。
 でも、千紘は磯野は実在したといいます。
 どういうことでしょう。事実を知っている母親が隠しているのか、あるいは千紘の妄想なのか。
 それほど深く読み込んだわけでもありませんし、私の脳みそは読解力に乏しいので偉そうなことは言えないのですが、推測させてもらえるならば、磯野は本当にいなかったと思います。
 千紘は大学で心理学をかなり真面目に勉強していたということですが、過去にこういうトラウマがあるような女性が、私は臨床心理に向かうとは思えないんですけどね。いやこれは偏見なのかなあ。
 磯野という存在は、6歳のときに父親が離婚して出て行った千紘の妄想の産物であると思います。
 しかし、いくら事実でなくとも、千紘の脳にはそれが実在しているのです。
 ここで「夏の裁断」というタイトルの思わせぶりに気づきます。
 自炊、というのは本を裁断機でバラバラにして、デジタルデータとしてスキャナーでパソコンに取り込むことです。
 あと残った本の残骸はただのゴミとなります。
 そしてもうひとつ、ふたりの会話を録音したスマートフォン。
 この本のデータ化とスマホのボイスレコーダーが意味するところは、記録として残った過去は実在するのだ、ということです。
 裏を返せば、記録として残っていないことは実在したかどうかわからない、ということですね。
 この作品の言いたいところの核心はそういうことじゃないかなあ。
 柴田の会社に千紘が送った録音データは、だから意味が出たのですね。柴田の所業がはっきりしましたから。
 そうでなきゃ、千紘がストーカーだったと思われかねないでしょう。
 夏に鎌倉で祖父の遺した蔵書を裁断したこと、そして猪俣の存在が、いや猪俣が母親のスナックに行ったからこそ、千紘はデータを公にして柴田を吹っ切ることができたのです。
 本当だったのですよ、と。手段に気づいたのでしょうね。
 一方では、記録に残っていないばかりか、公にできずに記憶をねじ曲げた出来事も存在するのです、人の過去には。
 ズバリ、磯野とは危篤になっても千紘が見舞いにも行かなかった相手、つまり父親じゃないでしょうかね。


 
 
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