「孤狼の血」柚月裕子

 25歳の日岡秀一が、呉原東署捜査二課暴力団係に配属されたのは昭和63年6月のことである。
 第三次広島抗争が終結して、13年。
 過去に広域暴力団の代理戦争の舞台となった呉原には、その間にもずっと火種がくすぶり続けていた。
 戦後まもなく立ち上がった老舗の博徒で、構成員は50名と少数精鋭だが極道の世界で全国的に名が知れた組長を持ち、日本最大の暴力団・明石組に近い尾谷組。
 一方、同じく老舗で構成員は百人を下らず呉原最大の暴力団である五十子会は、明石組と対立する神風会の系列である。
 そして8年前に立ち上がった愚連隊出身の新興組織・加古村組は、呉原でもっとも勢いのある武闘派だ。
 ほんの小さな火花でも散れば、たちまち暴発する状態だった。
 そんな状態の呉原の所轄署に配属された日岡の直属の上司は、暴力団係班長である大上章吾巡査部長だった。
 大上は、良くも悪くも広島県警で知らぬ者はいない名物刑事だ。
 凄腕のマル暴刑事として暴力団事件を多数解決し、警察庁長官賞を筆頭に何度も表彰されている。拳銃の押収数では全国でもトップクラスの実績を誇り、集めてくる暴力団関連情報もピカ一だった。
 その一方、暴力団と気脈を通じているうえ、組織に従わず、問題を起こしてはマスコミのバッシングの対象となり、訓戒処分も現役ワーストとの話だった。暴力団の上前をはねているとの噂もある。
 ネズミを捕る猫はいい猫である。しかし、広島県警にとって大上が厄介な両刃の剣であることは疑いない。
 さっそく異動初日から大上のペースに引きずり込まれる日岡。
 暴力団事務所に入っては幹部と親しげに話す大上に、同じ警察官として違和感を覚えるが・・・

 いやあ、暖冬のクリスマス・イヴをも吹き飛ばすような濃い本でしたわ。
 ぐうの音も出ないね。面白い。
 クリスマス・イヴに広島のヤクザ者の小説というこのアンバランスもいい。じゃけんのう、の世界ですよ。
 作者は東北出身の方ですが、ほぼ広島弁の会話で進むこの物語にまったく違和感はありません。
 ものすごく巧いね、小説の書き方が。読んでいて詰まるところがありません。驚くほど読みやすい。
 こういう基本的なことができている小説が、実は最近あまりないのですよ。
 ストーリーよりも、方言を駆使しながらこの癖のない文体で最後まで通していける筆力に感動しましたね。
 今度の直木賞候補になっていますが、もし受賞しても驚かないですよ。
 今回外しても、いずれ獲るでしょうね、この作家は。

 さて、肝心の内容ですが・・・
 「孤狼の血」というタイトルの意味は、読み終えてなるほどそういうことかと得心しました。
 途中までは、大上はとことんいけない方向に進んでしまう悪徳刑事かと思っていたんですが、違いましたね。
 昔、洋画で確か「トレーニング」ってタイトルだったかな、先輩の悪徳刑事に付いた新米刑事が翻弄されるものがありましたが、ああいう感じになると思っていたんですね。
 大上の妻子は盗難車のひき逃げ事故で死んでいます。これが昭和49年の五十子会若頭刺殺事件に絡んでいることになるんだろうと想像していたのです。
 大上は、司法警察官としてやってはいけないことをやっているわけですが、悪徳刑事ではありませんでした。
 結局、法律は私刑を許していませんが、じゃあ正義はどうなるのという問題ですね。
 法律を律儀に守ることで、私たちの生命財産は悪党たちから守られるのでしょうか。
 究極の問題、暴力団の抗争でカタギが巻き込まれて死んでしまうよりかは、多少悪いことやっても事前にヤクザをだまらせることができたらそれでいいじゃないの、ということです。
 実際、この話の舞台は昭和63年になっているわけですが、この頃の警察と暴力団の関係はこういうこともあり得たと思いますけどね。今のヤクザと違って、金儲けよりも喧嘩が商売でしょ、この頃は、抗争頻発してましたし、今みたいにヤクザが金儲けに血眼にならずとも飯の種があったんでしょうねえ。
 そりゃあやり過ぎはよくないですが、地元の人間が地元の警察に就職すれば、ヤクザに就職する奴もいるでしょうから、昔からの人間関係があっても不思議ではありません。ましなヤクザもいれば本当に腐っているヤクザもいるわけで。
 問題は、腐って当たり前のヤクザよりも、警察の中で腐ってしまった奴のほうがはるかに質が悪いということです。
 日岡の日誌の削除のことですが、これは早い段階で想像がついていました。そうなんだろうなと思ってました。
 面白いのは、巻末の年表ですね。
 事件のあと、日岡はいったん田舎のほうの交番に行かされていますよね。これ例の先輩の件でしょう。
 その後、また中央に返り咲いています。何をしたんでしょうね(笑)腐った奴のネタを転がしたのでしょうか。


 
 
 
 
 
 
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