「百年文庫 汝」吉屋信子・山本有三・石川達三

 すっかり存在を忘れていたので、久しぶりの百年文庫です。
 死ぬまでに、100冊読めるのかなあ。
 本作で、ナンバーは44。テーマは「汝」。三篇。
 その中で、冒頭の吉屋信子の作品は、今まで読んできた百年文庫のなかで最恐でしたね。
 こういうのも、ありなんだ。トイレいけなくなったわ。
 どうしてこれが「汝」というテーマなのか、まったく理解ができませんでしたが、面白いのは面白かった。
 まあもう、テーマはぶっちゃけどうでもいい。
 「おっ」と思える秀逸な小説で出会えれば、それだけで百年文庫は儲けものだと思います。
 こまけえことはいいんですよ。

「もう一人の私」吉屋信子(1896~1973)
 小学校5年の戦時中、最後のつもりで行った墓参りで、私は代々の墓の墓誌で見慣れぬ戒名を見つける。それは「夢幻秋露童女」。享年は生後1時間10分。そして没年日は、私の誕生日と同じだった。このとき初めて知ったが、私は双生児だったのだ。母の胎内でともに育ちながら、先に生まれた姉はまもなく死んでいたのだ。それ以来、私は青春の年月にまで成長しつつ、絶えず心の底には、自分には一緒に生まれた姉がいたのだということが、こびりついて離れなかった。
 「夢幻秋露童女」の命日は、私の誕生日なのだから。
 そして戦争が終わり、東京に活気が戻りつつあった高校時代、私は映画館のトイレで、私とそっくりの女性にはち合わせしてしまう。
 何が怖いって、自分が心の底で慕っていたはずの存在が、自分の成功をやっかんでいた、それも死にながらというのは、これほど理不尽で恐ろしいものはないですよ。

「チョコレート」山本有三(1887~1974)
 1931年の作品。物語の舞台も同じ頃でしょうか、ものすごく不景気で就職難だったようです。
 就職難で無職の恭一。実業家で成功した父も母も、顔を合わせればしかめっ面だ。田舎から出てきて苦労してのし上がった父は、息子のために就職の斡旋などする気はないらしかった。それでも、突然呼ばれて、明日、愛国紡績の専務がおまえに会いたいらしいと言ってきた。久しぶりにニコニコしている。ははん、と恭一は合点した。自分は力を貸さないと言いながら、ついに裏で父は手を回したのだろう。少し情けないと思ったが、この不景気に就職できるだけでもありがたいのに、愛国紡績は大企業である。恭一に否も応もなかった。
 すっかり就職が決まった気で、ネクタイでも買おうと出かけた恭一は、思いがけず大学の同窓と銀座で出会う。
 彼は酔っ払っていた。話を聞くと、半ば就職が決まっていた会社に突然、不採用の知らせを受けたという。
 その会社の名前を聞いて恭一は驚く。同窓が袖にされたのは、愛国紡績だった。
 恭一が採用されたせいで、彼は追い出されたのだ。
 わからないのは、タイトルの「チョコレート」。苦くて甘い、という意味でしょうか?

「自由詩人」石川達三(1905~1985)
 30年来の友人である詩人の山名英之介は、妻と子供ふたりの4人で六畳のアパートに住んでいる。私の家にたびたび訪れては、酒をねだり、あちこちに電話をかけ、私のタバコを懐に入れて去る。家を建てる話と詩集が出版される話を何十篇としながら、何年たっても話だけだった。少なからぬ金も貸している。一度も返ってきたことはない。私がそれに腹を立てているうちは巧みに気配を察して訪問を避け、私がどうでもよくなってきた頃に、またぞろ無心にやってくる。
 私と彼の収入にはそれほど差はない。彼が金を湯水のように放蕩に使い、妻子供には一銭も与えない。
 私は搾取され、ときおり腹を立てながら、腹を立ちきれない。私はずっと彼に負けているのだ。
 英之介は人生をたのしげに楽々と生き、のびやかに心のまま暮らしている。
 戦争の終わりが近づいていたが、彼は沖縄が攻撃されても軍艦が沈んでも、心を痛めなかった。
 国家とも民族ともつながりを持たない、孤独なコスモポリタンだった。そのことが寂しくない男だった。
 こういう奴、いますよ。時代関係なくいますね。関係を切りたいんだけど、腹をたてる自分がみっともないように思えて、ずるずると付き合ってしまうような、愛すべきろくでなしですね。
 自由の果てには、孤独と破滅があります。
 英之介の最後の詩、「信仰と無知とは同じかもしれない・・・」は、名文であろうかと思います。



 
 
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