「無戸籍の日本人」井戸まさえ

 戸籍のない人がたくさんいるなんて、まったく知りませんでした。
 戸籍のない人を「無戸籍者」「無戸籍児」といい、戸籍がないまま20歳を過ぎた人を「成年無戸籍者」といいます。
 極めてアンダーグラウンドなために、正確な数字はわかりませんが、彼らは一万人くらいいるという説もあるそうです。
 戸籍というのは、「私が誰であるのか」の証明であり、この国で生活していく上での基盤となるものです。
 戸籍がなければ、普通ならば(手続き次第)、住民票が取れず、義務教育が受けられず、健康保険証がもらえず、選挙権はなく、銀行口座が持てず、携帯電話の契約ができず、身分証明証がいっさいないため就労に困難をきたし、結婚・出産にも支障をきたすなど、生きていく上でのありとあらゆる不都合と不安を抱えて生きていかなくてはなりません。
 私たちはこれが普通であると意識さえしない権利自体が、ハナからないのです。
 そして、実際に、無戸籍のままたくさんの人が、人生を台無しにされながら生きているのです。
 まさに、本書はこの素晴らしい日本という国が持っている裏面である、とてつもない貧困を暴いたものです。
 戦後まもなくならいざしらず、この平成の時代に・・・ものすごい闇です。
 著者は、元衆議院議員の井戸まさえさん。
 私は民主党は大嫌いですが、関係ない。多くの日本国民が知らなければならない事実がここにある。
 自分が誰なのかわからないままの27歳のホスト、32歳まで友達もおらず学校も行けずに家に閉じこもっていた少女、無戸籍の妊婦の出産の複雑すぎる事情、就籍(戸籍をとること)の厚い壁に跳ね返され続ける西成の日雇い労働者・・・
 権威ある第13回開高健ノンフィクション賞の最終候補に残った問題作です。

 戸籍は、生まれてから14日以内に、出生届を役所の提出することで作られます。
 ということは、無戸籍であるということは、親の何らかの事情で出生届が出されなかったということです。
 たとえば住居が定まらなかったり、貧困などの事情で出生届を出すことに意識が至らないケースが考えられます。
 逆に、富裕層の人間が秘密を隠匿するために、生まれた子の出生を隠すケースもないとはいえません。
 ごく少数ですが、思想信念上の理由から戸籍や届けの制度に異議を唱えてそれを実行している団体もあります。
 もともと戸籍のあった人が、失踪や記憶喪失などの事情でそれを使えず無戸籍者になっているケースもあります。
 一番多いのは、貧困が理由かもしれません。そもそも産婦人科に行けないとかですね。
 しかし、著者が一番の問題であるとして、本書で声高に訴えているのは、300日問題が理由というものです。
 300日問題。民法772条。嫡出推定。
 離婚してから300日以内に生まれた子供は、前の夫の子供と推定する、という法律です。
 離婚までに時間がかかってグダグダしているうちに、新しい結婚相手ができて妊娠してしまうと、生まれた子供は、前のダンナの戸籍に入ってしまうのです。恐るべき法律でしょう。
 前のダンナが嫌だから別れたのですね。DVがあったかもしれませんね。それなのに、新しい子供が法律では前夫の籍に入れられ、それを解消するためには、前の夫に頼んでややこしい手続きを踏まなければなりません。
 それでも我慢して手続きしてもらおうと思っても、前のダンナが飛んでどこにいるかわからない場合もあります。
 もう縁を切ったはずの男の戸籍に、自分と夫の子供が入るなど言語道断です。それならばいっそ無戸籍に・・・
 この法律があるために、無戸籍になってしまう子供が実は多いのです。
 女性の権利がないがしろにされていた明治時代に出来たのですね、この法律は。まったく時代にあっていません。
 もちろん、これまでにも法改正の動きはありました。
 2007年には、もう一歩のところまでいっていました。自民党の議員もこの「離婚後300日問題」に積極的に取り組んでいたのです。しかし、潰されました。当時の長勢甚遠法務大臣が壁となったのです。富山県選出の長勢甚遠元法務大臣には、もちろん彼なりの信念や考えがあったのでしょう。
 一方、本書でも取り上げられている女性の再婚禁止期間(民法733条)のほうは、つい最近、6ヶ月から100日間に期間の短縮がほぼ決定しました。

 それにしてもホストの「雅樹さん」の件は、謎というかミステリーだわ。
 彼はずっと「オカン」ひとりに育てられて、学校も行かずオカンが勉強を教えてくれて、15歳のときにはすでに高校3年生の勉強が終わっていました。14歳のときに、「私は本当の母親じゃない」とオカンが告白します。彼は家出し、数年後に「オカン」が火事で焼け死んだことを知るのです。
 彼は誰だったのか、「オカン」とはいったい何者だったのか、その本名もわからないままです。
 高校の勉強を教えれるという「オカン」が本当の母親だったのか、謎の宗教団体だったのか、それとも北朝鮮とかの諜報機関の可能性だってあるかもわかりません。本当に謎です。

 井戸さんは、13年にわたって無戸籍者の支援活動を行い、24時間体制で彼らからのSOSに対応しているのは、素晴らしいの一言に尽きるのですが、少しだけ政治家としての宣伝が入っているのが残念。
 開高健ノンフィクション賞の候補作から出版にあたってどれほど手を入れているのかわかりませんが、このままではそりゃ受賞はないでしょう。まあそういう押しの強さが大事だけどね、政治家は。長勢甚遠さんしかり。
 一方、本書にも名が出るくらい頑張っているのに、遊び人と叩かれる後藤田正純のような気の毒な政治家もいる。
 まあ、遅かれ早かれ、この「離婚後300日問題」の法律はなくなるでしょうけどね。
 戸籍制度とはいったい何かという、この国の伝統の氏姓制度そのものを考える機会を与えてくれた意味でも、いい本であることに間違いはないわけですが。


 
 
 
 
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