「江戸参府旅行日記」エンゲルベルト・ケンペル

 近世日本の風俗・文化が知れる大変貴重な試料です。
 ドイツ人の博物学者エンゲルベルト・ケンペルの、2回にわたる長崎から江戸への往復旅行見聞録。
 出島のオランダ商館長に付いて、参勤交代のように遠路はるばる江戸に参って時の将軍(綱吉)に拝謁しました。
 1691年(元禄4年)と翌年1962年(元禄5年)のことです。
 行程は長崎から小倉まで5日、下関から船で瀬戸内海を大坂まで1周間、大坂から東海道を江戸まで2週間ほど。
 途中、現在の地名で本州からは京都や滋賀、三重、愛知、静岡、神奈川を経由しています。
 この道中録が、かなり詳細に記述されています。たとえば、富士山は世界で一番美しいかもしれないとか、雨で道がぬかるんでいるのに旅館の主人が膝をついて街道でお迎えしてくれたとか、桑名でハマグリを焼いて売っていたみたいな感じで。
 江戸には20日間ほど滞在し、将軍だけでなく5人の老中や若年寄、大目付、江戸町奉行、宗門改めなどの幕府高官に絹などの珍しい外国産物をもって訪問しなければなりません。
 長崎からの随行はオランダ側がカピタンと1,2名の書記、外科医がひとり許されていました。
 ケンペルは外科医として参加しました。ちなみに彼はドイツ人であってオランダ人ではありません。
 このことは日本側は知らなかったのでしょう。ドイツ人がオランダ語を話せば、彼らにはもう違いはわかりません。
 日本側は、荷役の人夫の他に長崎奉行配下の与力が付添検視として道中責任者となり、同心などの警護役が附きました。しかし、警護役とは名ばかりで、実際には監視役です。まるで捕虜のようだったとケンペルは回想しています。
 自由な行動、日本人との接触はまったく許されていませんでした。
 その中で、よくもこれだけ詳しく日本の風情を書き取れたものだと感心しました。

 1651年に生まれたケンペルは、西欧の言語からロシア、アラビア、インド、シャム(タイ)そして日本などの言語にも通じた博学の人物であり、人生の半分以上を外国で過ごした当時の世界随一の旅行家です。
 ですから、中世の日本人が日本のことを書くのとは全然違います、他国との比較ができますから。
 冷徹で博識な目でもって、外国との比較によって日本のことを観察できるのです。
 この当時の日本人が日本のことを書いても、それがあって当たり前の視点ですからね。
 たとえば本文によれば、品川の刑場の側を通ったときに首も手足もない人間の遺体を犬が食い回っていた、カラスもやってきてついばもうとしている、みたいな光景が、当時の日本人には当たり前であったならば、あえて書かないでしょう。
 長崎でも密貿易の咎で、拷問やら処刑もしまくってますからね。野蛮な時代ですよ。
 また、この国ほどどの街道をいっても旅館や道端に娼婦がたくさんいる国はないとも書いています。
 当時はオランダの他に中国のジャンク船も出島に来ていましたが、中国の青年の性のはけ口になっているとまで書かれています。これだって、日本人からしたら恥だと思えば書かないでしょうし、旅館に売春婦がいるのは江戸時代の日本では当たり前のことです。現代の我々が知らないだけであってね。
 だから真実の近世日本を顕した本書の史料としての価値は一級品です。もちろん、彼が書いてあることが本当ならば、ね。
 世界中を見てきたケンペルをして、百姓から大名まで、およそ礼儀正しさという点で日本人に勝るものはいないそうです。
 また日本人は才気があり、好奇心が強いとも書いています。
 一方で、長崎から随伴してきた長崎奉行配下の日本人はクズばかりとあり、この国は幕府の官憲と僧侶が偉そうにしすぎているとも書いてあります。ですから、人名の間違いや思い違い以外は、真実だと思います(笑)

 特に面白かった箇所がふたつほど。
 ひとつは、どこにでもいるような横町の悪童たちが、彼らオランダ人行列をからかうことが何度もあったこと。
 子どもたちは「唐人、バイ・バイ・・・」と歌いながら、後を追ってきたそうです。
 「唐人、バイ・バイ・・・」は中国人をからかう歌だそうで、子どもたちにはもちろんオランダ人とシナ人の区別はつかず、またバイ・バイの意味ももちろん知らないでしょうが、当時でもこんなことがあったのかとびっくりしました。
 子供の乞食はものすごい多かったそうですがね。
 もうひとつは、将軍の徳川綱吉に謁見したときの模様。
 外国人が珍しいのと好奇心からでしょう、すだれの向こう側に大奥の婦人たちがたくさん覗きに来ていたそうです。
 そして、将軍からは「歌を歌え」だの「踊れ」だの、外人は喧嘩して仲直りしたときどのようなジェスチャーを示すのかという実演をさせられたり、外人の男と女はどのように愛をかわすのかと聞かれキスの動作をしたときには、すだれの向こうも爆笑したそうです。
 一方で、綱吉から世界で最新の健康に効く薬は何かと聞かれ、適当に答えたところ、「ここで作れるか」と聞かれ、「作れません。バタビア(ジャカルタ)でなら」とこれも適当に流したのですが、その後長崎に帰ってから、ケンペルの乗るオランダ船が巡検の捜索にあったそうです。これは綱吉が命じたに相違なく、猜疑心のある徳川綱吉という人間の本性が浮き彫りになっていると思いますねえ。
 いずれにせよ、ためになる面白い本でした。


 
 
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