「百年文庫 地」ヴェルガ・キロガ・武田泰淳

 ポプラ社百年文庫ナンバー45のテーマは『地』。
 どういう意味で使われているかというと、運命の前で人間は無力である、みたいな感じかと思います。
 最初のヴェルガの作品は、己の天命に反した男の悲劇。
 2作目のキロガの作品は、死とは否応なく突然に訪れる。
 最後の武田泰淳の作品は、自然(動物)は人間の策謀を超えたところにあり制御できない。
 まあ、こんなとこかなあ。
 地球の営みの前で我々人間のできることはほんと微力です。
 算段の平兵衛じゃありませんが、けっして意図したとおりにはなりません、それが人生です。
 我々の人生は結局のところ瞬間瞬間での選択からできていると思うんですが、その時々でどれが正解などわかるはずもなく、正解続きの人生でもたったひとつの失敗で奈落に落ちてしまうものです。
 ならば運命に抗うことなく、ひたすら時の流れに身を任せるのもまた生き方なのではありませんかね。
 何が勝ちで負けでもない、失敗を受け入れて優しく生きることができれば、最後に笑えるかもしれません。

「羊飼イエーリ」ヴェルガ(1840~1922)
 舞台はシチリア。時代設定はわかりません、近世かな?
 家も身寄りもなく、野原の中でひとりで生きてきた、牧童のイエーリの切なくて物悲しい物語。
 彼は貧しく、学もないのですが、家畜の放牧や世話に天性の才を持っていました。
 少年のとき、小作人頭の娘マーラのことが好きになったのですが、甚だ身分違い、それでも彼は彼女のことがずっと好きだったのです。一方のマーラのほうは、引っ越したこともあって彼のことなどすっかり忘れていました。
 それもそう、孤独に馬の世話をし野原を駆けずり回るだけが生活のイエーリと、美人で華やかで友人も多いマーラの世界では進む時間が違っているものです。
 大人になって再び出会ったふたり。聖ジョバンニの祭りのときです。
 このときイエーリはいつにない失敗をやらかして職をなくし、マーラのほうは裕福な青年と恋に落ちていました。
 信じられないくらい臭いうんこみたいな服を着たイエーリと、祭りで着飾ってダンスを踊るマーラ。
 もうすっかり交わることのないふたりの人生であったはずですが、運命のいたずらがこの後微笑みかけるのです。
 そしてもう一度、暗転します。
 残酷ですが、それなりに面白かったような気がしました。
 あくまでも、百年文庫というレーベルの平均からして、ということですけどね。


「流されて」キロガ(1878~1937)
 ある意味、ショッキングな一篇。
 ジャングルで、ふいに毒蛇に噛まれた男の物語。
 パラナ川、向こう岸がブラジルで、こっちがパラグアイって、いったいどこだろう?
 ちなみに作者のキロガは、ウルグアイ出身で、アルゼンチンに住み着いてジャングルでの生活などを題材に小説を発表した作家です。ということは、話の舞台はアルゼンチンなのかな。まあ、10ページほどの小編なので細かいことはいいですけどね。なんだか違う作品も読んでみたいと思いました。呼吸が止まるまでが妙にリアルではありませんか。


「動物」武田泰淳(1912~1976)
 地方大学の西洋史学教授をしている南木氏の息子が、地域の有力者が運営している私設の動物園で、熊の子に指を噛み折られる事件が起きました。南木氏も地域の名家であり、夫人は戦中戦後と婦人会でリーダー的な役割をしており、動物園の運営者であるM氏の再三のお詫びや補償を紳士的に固辞したばかりか、彼と仲良くなってM氏の市長選の参謀を務めるまでになります。しかしこれ、南木氏の深謀遠慮といいますか、遠大な計画であり、彼にとっては息子は不幸だったとはいえ、M氏に近づくには絶好の機会だったのです。しかし、くだんの熊の子が動物園を脱走して人を襲うようになり・・・
 南木教授と対照的な存在として、性格も暮らしぶりも彼とは正反対の西川教授というのが出てきますね。
 この人ちょっとおかしいですけど、武田泰淳という複雑な経歴を持つ作家が、どういうメタファーを意図してこの作品で読者に提示させたかったのか謎だなと思います。その真相も現在に生きる私では掴みきれません。
 こういうところが百年文庫の不親切なところであってね、巻末に現代作家による100冊100人分の感想解説を付ければよかったと思うのですよ。

 
関連記事
スポンサーサイト

この記事へのコメント

トラックバック

URL :

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
カテゴリ
ミステリー (92)
ミステリー短編集 (17)
歴史ロマン・ミステリー (17)
冒険ロマン・ミステリー (14)
サイコホラー・ミステリー (15)
学園ホラー・ミステリー (14)
民俗ホラー・ミステリー (10)
政経・金融ミステリー (18)
ファンタジックミステリー (22)
近代・昭和ミステリー (14)
オカルティックミステリー (7)
青春・恋愛ミステリー (21)
医療小説・ミステリー (22)
伝奇小説・ミステリー (14)
時代人情小説・ミステリー (18)
時代冒険小説・ミステリー (19)
社会小説・ミステリー (15)
スポーツ小説・ミステリー (10)
アーティスティックミステリー (12)
海外ミステリー (28)
海外冒険小説・スリラー (17)
SF・FT・ホラー (26)
SF・FT・ホラー短編集 (13)
海外SF・FT・ホラー (17)
クライシス・パニックサスペンス (12)
警察・諜報サスペンス (29)
悪漢・犯罪サスペンス (30)
中間小説 (24)
青春・恋愛小説 (32)
家族小説・ヒューマンドラマ (31)
背徳小説・情痴文学 (14)
戦記小説・戦争文学 (19)
政経・金融小説 (14)
歴史・伝記小説 (22)
芥川賞受賞作 (19)
直木賞受賞作 (19)
文学文芸・私小説 (24)
海外小説・文学 (12)
文学アンソロジー (54)
歴史・伝記 (30)
戦史・戦記 (31)
海軍戦史・戦記 (150)
物理・宇宙 (26)
生命・生物 (37)
アンダーグラウンド (46)
事件・事故 (38)
世界情勢・国際関係 (25)
スポーツ・武術 (24)
探検・旅行記 (22)
随筆・エッセイ (30)
月別アーカイブ
プロフィール

焼酎太郎

Author:焼酎太郎
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
最新トラックバック
リンク
QRコード
QR
RSSリンクの表示